境界線上の守り刀   作:陽紅

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十二章 火種を抱く者たち 【弐】

 英国の内海。その穏やかな波の上に在る巨影から、夕暮れの空に向かって飛び立って行く無数の影があった。

 巨影は航空都市艦『武蔵』の連なった八艦であり、飛び立って行く影は、大小様々な輸送艦だ。輸送艦群はゆっくりと、しかし確実に上昇と前進を続け、武蔵から離れていく。

 

 

 ……その様子を、茶屋の軒先で団子を頬張っている酒井が、のんびりと見上げていた。

 

 

「――ひほまず(一先ず)、海戦の準備は、はんりょう(完了)ってわけかねぇ」

 

 

 ズズーッと音を立てて緑茶を啜り、団子の甘さと茶の苦味が良い感じになったところで飲み込んで、ほうと一息。……勧められて初めて来た店だが、かなり当たりの良店だ。また来よう、絶対に。

 

 そんな再来店の決意を固めた酒井の隣。丁度一人が座れるスペースを空けた場所に座るヨシナオが、湯のみを両手に頷きの動きを見せた。

 

 

「Jud. しかし、中々に大それたことを考えるものであるな。 まさか、武蔵から民を退去させるとは……」

 

「んー、退去ってよりは()()に近いんじゃない? あれの航路はIZUMOなわけだし。アルマダ海戦が終わったら、そのまま武蔵はIZUMOへ向かうって話じゃない。上手くいけば途中で拾えるし、間に合わなくても問題なしだ」

 

「航空都市艦である武蔵だからこそ、であるな。もっとも――上手くいけば、の話である。下手をすれば……」

 

 

 ヨシナオの言葉に、沈黙が呼ばれてやってくる。

 遠ざかっていく輸送艦の航行音と、海戦への最終確認で走り回る足音が、いやに響き、そして耳に残った。

 

 ……ヨシナオも酒井も、歴戦とまではいかないが、どちらも相当数の戦場を経験している。その参戦歴は三河以前まで非戦を強いられてきた武蔵の中では、他を圧倒する数だろう。

 だからこそ、その経験から培われた二人の直感が、警鐘を鳴らしている。

 

 

 この海戦で、武蔵は三河とは比べものにならない被害を被るだろう、と。

 

 そして恐らくその被害は、武蔵の勝敗に関係なく、大きなものになるだろう……とも。

 

 

 

 

 

「……俺さ、前にもチラっと言ったかもしれないんだけど……――今の現役の奴らがさ、本気で羨ましかったんだ」

 

 

 空になっていた湯呑みを片手で揺らし、だってさと、酒井は言葉をつなぐ。

 

 

「まあ、今でも少し思ってるよ。守り刀が同期で、しかも明確に自分たちの仲間だなんて。そりゃあおじさんだって軽く嫉妬するよ。紫華さんか紫蓉さん……あ、止水の御祖母さんね? 二人のどっちかでも俺たちの代にいてくれたらなーって。

 今考えたら、いろいろ上手くいったことがゴロゴロ浮かんできやがるんだ」

 

 

 だいたいだっちゃんのバカが如何の斯うの、そもそも榊原のアホは如何の斯うの……などなど。出てくるわ出てくるわ、同じ松平四天王への愚痴が続く。その様子がどこか悲しげに見えたヨシナオは――しかし同僚のよしみで、それに気付かなかったことにした。

 

 湧いてきた愚痴を一頻り言い切って満足したのか、酒井は自分で外した話の筋を戻す。

 

 

「でも、さ。そんだけゴロゴロあるところにいたら、いくら守り刀でも、一人じゃあ大変だろうなって。……実際、大変なのに無理してやろうとする――そういう母娘だったから」

 

「……麻呂はそのどちらにも会ったことはないが――不思議と、想像がつくのである。……きっと見ていて、そして共にいて、気分のいいご婦人であったのであろうな」

 

「しかも二人とも超美人だったからね。たまーにこっちの度肝抜くことやらかすけど、なんでか不思議と被害はなかったし」

 

 

 ヨシナオが誰を透かして想像しているのかは、言うまでもないだろう。その母娘の性分を、しっかりと受け継いでいる孫がいるのだ。想像するのは簡単だ。

 

 

 ……そして、酒井の記憶に今なお鮮明にいる緋を纏う母と娘は、それはもう強かった。

 

 

 母に挑めば、片手間に何度も空を飛ばされたし、娘に稽古だと挑んで何度も地面に埋められた。大体無傷だったのと、男の意地も併せて被害にカウントはしない。

 ……酒井はともかく、武力において四天王最強の力を持っていた東国無双・本多 忠勝でさえ子供扱いされていたのだ。その実力の高さはお分かり頂けるだろう。

 

 

 

 だが……そんな二人でさえ、命を落とした。

 

 

 

 ……未だに明らかになっていない二人の『死』の真相。あれだけの実力者が何者かに殺されたとは考えにくい。だが事故などで死んだ方がもっとあり得ない。老衰なんてもってのほかだ。

 彼女たちの力をもってしても、どうしようもない何かが起きた――そう考えるのが妥当だろう。

 

 

 遡ること十四年前。酒井のもとにいきなり届いた、守り刀 紫華の訃報。

 いろいろと放り出して酒井が駆け付けてみれば、遺体のない葬儀はすでに終わり……赤ん坊の時に会ったきりの、四歳になった彼女の息子がそこにいて……。

 

 

 

「……『守り刀を守れ』か。できればもうウン十年前、現役だったころに聞きたかったなぁ」

 

 

 榊原の遺した言葉が、ふと口から出てくる。

 酒井は止水の祖母の死も、母の死も。全てが終わった後に知ることしかできなかった。それは押し付けるように意図して言葉を換えれば、『守れなかった』とも言えるだろう。

 

 

 ――酒井の持つ湯呑みが、ミシリ、と小さく軋んだ。

 

 

(何が起ころうとしてるんだろうね……末世の迫った、この世界で)

 

 

 謎は未だに多い。

 

 

 『創世計画』 『公主隠し』 『二境紋』 『守り刀を守れ』 これが、三河で得たヒントだ。

 そして、三河抗争の直後――後悔通りに出現した二境紋と、そこにあった『ボロボロの一刀』と『please kill me all』と記された一文。それに対して、オリオトライが感情的になっていたのも少し気にかかる。

 

 

 

 

 気にかかるが……今は目先に迫った大事が先だ。

 

 

 

「しかし、やはり歯痒いであるな。表立てないというのは……」

 

「本当にねぇ。現役の頃は『もう勘弁!』って思ってたのに。――俺、脳筋とかでもないし戦うことだってそこまで好きでもないのになぁ」

 

 

 自分もだ、と頷くヨシナオ――二人で店主に茶と団子のお代わりを頼み、また一息。

 

 

「まあ、海戦そのものに参加はできないけど、裏方準備で色々やったから燻りはそこまでじゃないけどね。教頭だって、やり終えたってここに来てんでしょ?」

 

「ふむ。戦とは生き物である。ゆえに油断はできないであるが……麻呂としては満足のいく仕事ができた、とだけ答えさせもらうのである」

 

 

 ……相変わらず回りくどいし素直じゃないなぁ、との感想を、やって来た団子を口に入れることで止める。

 

 

 ヨシナオがどういう感じにやっているのか気になって調べてみれば、かなり巧妙に……それこそ最初から疑っていなければ分からないほど上手く隠蔽された仕事が幾つもあった。

 何事もなければいつかに生き、何事があって焦れば必要なものが()()そこにあり、ヒヤリとした生徒たちはそれを経験か教訓にするだろう。

 

 やるねぇ、と感嘆している酒井も、それと同等のことを何気なくやっていたりする。

 

 

 ――聖連がその手腕を疎ましく思い、領地と民を人質に武蔵へ縛り付けた領主と……松平四天王の長であり、かつて総長連合の総長として『 大総長(グランヘッド) 』とまで呼ばれるに至った男にとって。

 

 

 きっと、なんでもないことなのだろう。普通に考えれば唖然とする仕事を、人知れず完遂することなど。

 

 

 

「あとは、現役の彼らの役目である。……勝利と無事を祈りながら、麻呂たちは月見でもするとしよう」

 

「いいねぇー。そういや今日、満月だっけか。んじゃ、ジジイは縁側で月見酒しながら観戦させてもらおうかね……そういや教頭、止水の作った酒って飲んだことある? 軽くお願いしたら、まだ若い奴だけど大瓶のくれてさ」

 

「Jud. 噂で大層美味である、とは聞いているであるが……」

 

「多分その噂超えるよ? 俺が初めて飲んだ時なんて、半年くらい他の酒が美味く思えなくってさ」

 

 

 

 夜には海戦が始まる、はずなのだが……楽しそうに酒やら肴やらを語るおっさん二人の間に、そんな雰囲気は、欠片もなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 輸送艦の艦影が武蔵を離れて数刻。そろそろ目を凝らさないと難儀する距離まで離れた無数の艦影に、誰かが、知らず知らずの内に笑みを向けた。

 

 

 『正純先生と一緒に戦うんだ!』――と。

 

 

 二十数人の子供たちの叫びがその一部始終の始まりだ。

 武蔵から非戦闘員や一般住人を避難させる、というアルマダ海戦準備最終段階の行動の中で、初等部のある組がそう宣言し、全体の行動を僅かながらに遅らせたのだ。

 

 その子供たちの行動に対して注意はあったが、叱るという意味は当然僅かにもない。むしろ参戦する面々の胸の内に火を灯し、笑顔すら向けられていたくらいだ。注意と説得でなんとか理解をして、渋々ながらも輸送艦に乗ったあとも……あらん限りの声で『気をつけて』やら『しっかり飯食べて』やらを叫び、両手を大きく、ずっと振り続けていた。

 

 

 そして、そんな純粋な心配をまっすぐに向けられた正純先生は堪ったものではない。なんとかポーカーフェイスを駆使して見送ったが、目視できない距離まで輸送艦が離れたらすぐさま涙腺決壊した。ついでにあまり人様に見せられない笑顔も浮かんでしまい、しばらく両手で顔を隠す羽目になった程だ。

 

 

 それから、数刻。つまりは現在、まだ若干目元が赤くなっている正純先生はというと……。

 

 

 

「えーっと、それでは厳正な審査の結果……もー面倒なんで、有罪(ギルティ)ってことで良いですか、皆さん」

 

「「「「異議なーし」」」」

 

 

 

 

「異議大有りだぁぁぁあああ――!!!」

 

 

 

 ……教導院前の橋の上。そこで開催された青空裁判の『被告人席』に縛られていた。縛られた上で、吠えていた。

 

 ちなみに、裁判官は『足りない本部』より、指揮官を務める事と相成ったアデーレ・バルフェットが行っている。

 さらにちなみに厳正な審査と言っているが、罪状発表された直後の判決結果に厳正さがあるわけもなく、というより『面倒なんで』とガッツリ言っていた。

 

 

「正純様――いえ、被告人は静粛に。では、改めて罪状の確認と、罰則の候補上げを行います」

 

「静粛に出来るかぁ! い、いきなり黒尽くめの連中に袋に詰められて拉致されたんだぞ!? っていうか何だ罰則の候補って!?」

 

「これ、ホライゾンが裁判官やった方がいいんじゃね? 実際アデーレよか偉そうだし」

 

「部外者も静粛に」

 

 

 ……関係者が総長連合生徒会だと考えたらホライゾンも部外者じゃありませんの? と銀色の騎士がポツリと呟いたが、案の定スルー。

 梅組において厳罰を受けた事のない正純の、記念すべき初やらかしとあって、一同のテンションが地味に高いようだ。

 

 

「……いや、あの。半分以上冗談なノリで進んでますけど、これ結構大事ですよ? 正純。

 ――止水くんがアルマダ海戦に参加できないことを伝え忘れてたとか、当日に言われても……」

 

「う……」

 

 

 智の真面目な声と表情に、正純も呻く。

 

 妖精女王エリザベスに呼び出された際、『花園』を始めとした情報の対価として求められたのが『アルマダ海戦への止水の不参加』だ。その直後の情報の衝撃が色々と凄すぎて、正純の記憶からすっかり抜け落ちていたのである。

 

 

「……自分、超びっくりしましたよ。グレイスさんに海戦での航行法とか相談してたら『ごめんな、うちの馬鹿クイーンが』――あ、これ聞いたままですんで。『止水だっけ。あいつって結構な主力なんだろ? 無茶すんなよ?』って」

 

 

 なんのこったいとアデーレは数秒呆然とし、慌てて各方面に確認をとっても誰も知らず。当の止水すら寝耳に水(甲板縁で寝ていたらしい。アデーレの大声に驚いて海に落ちていた)の状態だった。

 英国側の連絡ミスでは? とグレイスに聞いたら正純(犯人)の名前を告げられ、そこで発覚したのである。

 

 

 勿論、正純とて暇だったわけではない。むしろ、役職持ちの中では上位の多忙者であった。

 言い訳になるかもしれないが、英国の持つ大罪武装の返還云々、これからの武蔵英国間の貿易云々で、武蔵にいない時間も多かったのだ。

 

 一度落ち抜けてしまった記憶を思い出すのには時間もきっかけも必要で、アデーレからの連絡でようやく思い出せた。それが、涙腺決壊の直後のことである。

 

 

「正直なところ、大丈夫なの? ナイちゃん空戦組だから、艦上部隊の内訳とかあんまり聞いてないんだけど……しーちゃん抜きって、想定してた戦力大幅ダウンなんじゃないかな?」

「防御――この場合は防衛力かしら。そっちだってかなりダウンするはずよ。……私のいる艦上の魔女狙撃部隊なんて、特に一撃でアウトな紙装甲連中ばっかりだし……」

 

 

 マルゴットと、どこか表情に影を落としているナルゼが、恐らく最大だろう懸念を口にする。

 

 それを聞いて――自身も懸念していただろう正純が冷たく感じる息を飲み……。

 

 

 

 

 

「あ、そっちは特に問題ないんで。皆さん、多分気にしないでも大丈夫ですよ?」

 

 

 

 

 

 ――そんな言葉を返されて、呼吸そのものを数秒ほど。一同は本気で忘れた。

 

 

「え、と……。大、丈夫なのか? バルフェット、その。私が言うのも何なんだが……もう部隊配置とか、班決めとかそういうの……」

 

「Jud. 決まってますよ? で、まあ一番の難題が止水さんでして、どういう風にすれば止水さんの負担最も軽くして、どうやったら最大限力発揮してもらえるのか。どのタイミングが一番いいのか、とか」

 

 

 史実のアルマダ海戦を徹底的に調べ上げ、武蔵野に頼み込んで何度も何度もシュミレートして。

 

 ……いつかのように、止水が予想外の理由で戦えなくなったとしても、あの時のように結局頼ることにならないように……!

 

 

「……ええ。寝る間惜しんで、悩みましたとも。考え、ましたとも……!」

 

 

 

 語尾がどうしても、強くなってしまう。だが、それもしょうがないだろう。なにを隠そう、『非戦闘員の先行退避』を立案したのは、他でもないアデーレだ。

 

 

 武蔵そのものがアルマダ海戦へ投入されるのだから、武蔵のどこにも『絶対に安全』と言える場所はなくなる。万が一、初等部やお年寄りなど、守りの術式の深度が深く設定されている人々のいる区画に砲弾が飛んできたりしたら……止水へ向かう損傷は計り知れないものになる。

 

 ではどうすればいいのか? と考え、先行退避という方法をアデーレは割とすぐに思いついた。

 

 その際、万が一輸送艦になにかあったらと悩んでいた彼女の下に「話は聞かせてもらった!」と現れたオマリが働きかけてくれ、英国からジョン・ホーキンスとトマス・キャベンディッシュの二名が付いてくれることになり、数万人の輸送艦移動はなんの滞りも障害もなくあっさりとできたのである。

 

 

 それ以外にも、迎撃砲を装備した作業武神の配置やら、一気に増えた学生戦員の鍛錬やら。いくつもの案件を解決するべくアデーレは必死に、それはもう必死に武蔵中を駆け回った。

 

 余談だが、そんな必死な姿を何度も何度も目撃して感化された男衆が『俺たちももっと頑張るぞ……!』と意気を高めて作業効率がかなり上がったり、非公式のランキングでアデーレの人気の右肩上がりが止まらない状態になったりしたそうな。

 

 

「止水さんには敢えて特定の部隊に付かないで、単独で遊撃強襲みたいな感じでやってもらうつもりだったんですよ。基本的には本部で待機してもらって、ヤバそうな場所に突撃で強い一撃入れたら即離脱って感じで……ええ。各艦への最短経路とか、止水さんが出た時に味方に被害が出ないように一時退避場所とか……!」

 

 

 

 ――それはもう、大変だった。武蔵全体の見取り図を見ながら唸っていて、気付いたら東の空が白んでいた日もあったほどだ。

 

 大変だったが……それ以上に、嬉しかったのだ。

 自分の成せば成すほど、彼の負担は減って行く。そう思うと、体は自然に前へ前へと動いた。今回、共に戦場に立つことはできないかもしれないが、共に戦場に()()ことくらいはできるだろうと……。

 

 

 

 

 ――思って、いたんですけどねぇ……。

 

 

 

 

 ……役職持ちに集合がかかっていながら、この場に止水の姿はない。彼は今、浅間神社にて守り刀の術式の一時停止の処置を施されているのだ。

 

 

 というのも、エリザベスの提示した『守り刀無し』という条件が、一体どの程度まで指すのか、それがわからないからだ。

 

 ――戦わなければいい、と言うだけならなんの問題もない。だが……もし戦場にいることから条件に抵触するならば、止水はアルマダ海戦中、そもそも武蔵にいることすらできない。そして、守りの術式による負傷の肩代わりも言ってしまえば『止水の能力(ちから)』……それが海戦中の武蔵で発動したなら、参戦していると判断されるかもしれない。

 

 

 

 つまり英国に……妖精女王になんのイチャモンもつけさせないためには、守りの術式を一時的に無効化し、その上で止水を武蔵から降ろすしかないのだ。

 

 

 

 アデーレはそれを理解し、そして納得した。

 

 

 

「まあ……そんなわけでして、止水さんが抜けたらいざという時の保険がなくなってしまうだけなんです。……そのいざという時を作らなければ、十分行けるかと」

 

 

 

 理解した。納得もする……だから。

 

 

 

(――だから、ちょっとくらい、ため息をつくくらいは……許してくれますよね)

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

  ――「やっべ、アデーレガチ凹みしてるぜ!? 無からマイナ――」

  ――「トーリ様。真面目な空気の中で打っ込む気概は認めますが、黙りなさい。命令です」

 

  ――「とりあえず、正純は罰則を受ける前にアデーレにだけは謝っておいたほうがいいと思いますわよ? あの子、本当に頑張っていましたもの……」

  ――「あたしん所にも何度か来てたさね。抜け道とか構造体のこととか、変なことばっかり聞いてくるとは思ってたけど……止めの字のためってわけか。納得したよ」

 

 

 

 裁判の傍聴席からヒソヒソと何人かの声が聞こえる。それに『あーあ……』という感じの視線も合わさり、縛られた正純の背中に殺到した。

 

 それに対し、言い訳か反論か、とにかく言い返そうとした正純がなんとか縛られた身で振り返り……。

 

 

 

 

「――その話、嘘でも冗談でもないのよね……!? 止水が、守りの術式を解いたって!」

 

 

「ナル、ゼ?」

「ガッちゃん……」

 

 

 黒い翼が興奮に膨らみ、喜びからくる笑みを浮かべているマルガ・ナルゼを見て、言葉を止める。

 

 傷と痛みが奪われるその術式。海戦の一時でもその停止を喜んでいる――

 

 

 

 

「……なら、それなら! 私も空へ出るわ! 止水が術式を止めてるなら、私だって!」

 

 

 

 ――のでは、なかった。

 

 全員がその宣言に目を丸くして驚いているのに対し……相棒たる金翼の魔女は、いつも浮かべている笑みを消して、どこか、悲しそうに黒翼の背を見ていた。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

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