境界線上の守り刀   作:陽紅

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十五章 武蔵の朱雀

 オリオトライが挙げた現状における武蔵の課題。

 

 個々の力ではなく、国として持つ軍事力の向上。それは……名乗る事を頑なに辞した部隊長と、彼らの不可能を奪った王、この二人の行動によって跳ね上がった士気で補われるように埋まり、さらには王の『全能力の分配と伝播』をもって供給され続ける流体によって達成され、劣勢だった戦況は一気に巻き返した。

 

 

 

 だがそれは……ほんの、短い時間のことだった。

 

 

 

「くっ……ははっ、そうだよなぁ。そうじゃなくっちゃ、『祭』はつまらねぇもんなぁ……っ!」

 

 

 体重と走力が乗った拳骨に殴り飛ばされ、揺れる視界と鉄の味を意識しながら、三征西班牙(トレス・エスパニア)兵の一人が笑う。

 

 『俺達は金があったら使ってしまう。ただ情熱に任せて祭をやって、嫌なことは忘れてしまう』……その言葉を、強く強く、思い出しながら。自分もその男であることを、そんな男であろうと己に刻みながら。

 

 

 

 食い縛る。

 

 拳を握る。

 

 地面を殴って撃鉄にして、己を弾丸にして突っ走る。そして自分を殴り飛ばした武蔵の、名前も知らない学生に全身で体当たりした。

 

 それを発端に、両軍は拮抗状態となった。

 

 

「……なめんじゃねえぞ……! 馬鹿やってんのが自分たちだけだと思ってんのか!? こちとらこのアルマダ始まる前から……! 『この国のために』って誓ったその日から! ずっと馬鹿やってんだよっ!」

 

 

 身を切るような、絞り出すようなその叫びは、容易く伝播した。

 

 

 ――そうだ、そうだ。俺たちは、

 

 

 

「衰退背負ってんだよ! 日を沈ませねえつもりでやってんだ! 周りから『さっさと沈め』って思われながら、言われながら戦ってんだよ!!」

 

 男が叫び、女が続いた。

 

「……お酒飲みながら、未来の話しようとしてっ……でも、『来年』が言葉で出て来なくって! 子供のいる仲間が、泣きながら私たちに謝って、他のところに移っていくのを笑って見送って……!

 

 それでも!」

 

 

 

 自らで望んで、ここに来たのだ、と。敗北することが決められた戦場に、臨んだのだと。

 

 この戦場に立つ三征西班牙(トレス・エスパニア)兵は、事前に配られた『転校願書』を、受け取ったその場で破り捨てた者達だ。衰退していき、そして確実に滅ぶと決められた国と最期まで共に在ると、誓い合った仲間たちなのだ。

 

 

 いずれ、沈む。いずれ、燃え尽きる。その定めは変えられない。歴史再現と聖譜に明記された決定事項だからだ。

 

 ――ならば。

 

 

 

 

「……He――na――re――s……!!」

 

「「「……Testament.!!」」」

 

 

 

 ――ああ、見せてやろう。

 

 

 

Tr――iunfo――( 無 敵 な れ )!」

 

「「「『『『Triunfo――!!』』』」」」

 

 

 

 ――日の昇らぬ、亡国よ。その眼と魂に、刻むがいい。

 

 

 

Victo――ria――( 勝 利 あ れ )!!」

 

「「「「「「『『『『『『Victoria――!!!』』』』』』」」」」」」

 

 

 

 陽の沈まぬ、我が帝国は――

 

 

 

Glo――ria――( 栄 光 あ れ )! ――TresEspana!!」

 

 

 

 

「「「『『『Glo――ria! TresEspana!!』』』」」」

 

 

 

 永劫に健在であると――!!

 

 

 

「はっ! 来いよっ、大罪者!」

 

「けっ! 行くぜっ、断罪者!」

 

 

 

 武器よりも、拳よりも。何より硬い意思をぶつけ合い、両軍は拮抗する。

 

 

 

 

 ――その遥か頭上……金色(こんじき)の道を純白が走っていた。乱戦の中、一方が笑みで、もう一方が焦りで顔を歪め、その姿を確認する。

 

 

 

「次から次へと――報告上げろ! くそ、このタイミングでくんのかよ……!」

 

 

 

 四方が西を守護せし、四聖武神――『道征き白虎』が、戦場に出陣した。

 

 

 

***

 

 

 

『お、青梅推力部被弾! 推進出力さらに二割減! これ以上はまずいぞ……!』

 

「うるせぇ! 弱気な想像する暇があるなら一発でも多く撃ち返しやがれ! 今直しに行ってやらぁ!」

 

『はぁっ!? 乱戦のど真ん中突っ切るつもりか!? いくらなんでも危険だ!』

 

「機 関 部 な め ん な ! こちとら危険作業なんて毎日やってんだよ! 五分で直してやる! テメェはテメェの持ち場の心配だけしとけ!」

 

 

 叫びに叫び返し、行くぞ、と発破をかけられた数人が工具や消耗品を背負って、喧々囂々の戦場へと駆け出していく。

 それと同じような光景は、第一次アルマダ海戦からずっと続いていた。戦闘部隊は一次と二次の合間で僅かにでも休めたが、機関部の作業員たちはぶっ通しで修理補強を続けている――体力も疲労も相当にきついはずなのに、彼らの動きは精彩を欠くことはない。

 

 

 ――通神画面で、途中でバッタリ出会った三征西班牙(トレス・エスパニア)の部隊を張っ倒しつつ修復現場へ向かうチームの、なんと心強いことか。

 

 

「アハハ。すっごいねぇ、これが武蔵の機関部かぁ。清武田でも出雲でも、ココまで破天荒じゃなかったよ?」

 

「武蔵にいりゃ、遠からずお前もああなるさ。……んで、塩梅はどんな感じだ? (ヒロ)

 

「Jud. 『無茶な要求に応えてこそ一流さね~』って無茶振りしてくる先輩に、十回くらいは豪華ゴチを請求してもバチは当たんないくらいにゃ仕上げたよ。……でも、やっぱり急場凌ぎのその場凌ぎ、色々と問題はあるね。っていうかそもそも三日で修繕と改造やれって、マサ先輩も鬼言ってくれるよホント……」

 

 

 小柄な体に反し、かなりのボリュームのあるポニーテールがへニョンと力無く垂れている。少女の名は、三科 大。清武田の教導院に在籍し、出雲の極東教導院に留学中……のところを、技術員として武蔵へ出向している、なんとも行動力に溢れる少女だ。

 

 しかし、そんな彼女も『ほんの数分前』までやっていた長時間全力突貫作業で流石に疲れ切ったのだろう。両足を投げ出して、後ろに倒れそうな体を手で支える姿勢から一向に動く気配がない。

 隣にきた祖父の声にも視線すら向けないことから、その疲労の度合いが伺える。

 

 

「……ねえ、爺ちゃん。朱雀の『アレ』って、みんな知ってるの?」

 

「おう。直政の奴が自分から教えてくれたからな。機関部とアイツのクラスの連中は――……まあ、忘れてなけりゃ知ってるはずだ。

 

 ――あと、ヒロ。知らないだろうから先に言っとくが、アレ、なんて言うな。……本気で、怖ぇ目に遭うぞ」

 

 

 大の祖父、機関部の重鎮である泰造が、告げる。冗談の欠片もない、本気の警告だ。

 

 

「……それ、マサ先輩が? マサ先輩がキレる所ってあんまり想像できないからなぁ……あ、だからこそ逆に怖いのか」

 

 

 普段怒らない人を怒らせると怖い。いつの時代、どこの国でもそれは変わらないのだろう。

 

 その意見には納得して頷く泰造だが、すぐに首を――横に振った。

 

 

「いや、直政じゃねぇ……止水の坊主だ。確か、まだヒロは会った事なかったか?」

 

「うん。でも、見た事はあるよ。武蔵最強で、守り刀っていう一族で……あっ! あとマサ先輩の好きな人!」

 

「そういうことデケェ声で言うなって……それこそ直政のバコン食らうぞ? まぁ、機関部のオバちゃん連合が影でこっそり堂々と応援してんだがな」

 

 

 こっそり堂々ってどっちなの? という孫娘の感想は無視する。

 

 『だまれくそじじい!』というご婦人方からの罵声は気のせいだ。……タイミング悪く現れた敵兵への一撃も三割増しの痛撃になっていたのも、気のせいにしておこう。泰造に実害はないのだから。

 

 オバちゃ――機関部ご婦人連合は、ちょくちょく機関部バイトに来る止水を気に入っている。同じようにバイト学生のノリキやアデーレもお気に入りで、何かにつけて世話を焼こうとする。

 その中でも、直政は彼女たちの娘のような特別な存在だ。デバガメ精神も多大にあるが、一歩引こうとする直政の背を押したがるのである。

 

 ……その片鱗を、武蔵に来てわずか数日の間に経験した大も、納得の苦笑を浮かべ、しかし疑問を抱く。

 

 

 

「……あの人が、怒るの?」

 

 

 全国放送で見た、三河での一連と英国のアレコレ。判断材料は極僅かだが、それでも『あ、この人温厚だ』と初対面すらまだの大は確信している。それほど、止水の怒る姿というものが本気で想像できなかった。

 

 

「ああ。すげぇ……怖いぞ。坊主がキレたのを見たのはあの一回だけだが……」

 

 

 一回で十分だぜありゃあ、と呟きつつ泰造は当時のことを思い出し……ブルリと身を軽く震わせる。

 

 

 あの時、朱雀と直政に対して暴言――その方向の最上の表現があれば、それで比喩するような言葉を吐き散らしたその男は、その時近くにいた泰造たちが殴りかかるよりも早く、その言葉を止めた。

 

 その日は――夏だった。太陽燦々のカンカン照りの、その年度最高気温を記録した日だった。……にも関わらず、泰造は全身に鳥肌を立たせ、極寒に震えた。――止水がその男に叩きつけた殺気、その余波だけで、そうなってしまった。

 

 そのものを叩きつけられた男は顔色を青、土、白と忙しく次々と変えていき、呼吸も出来ずに泡を吹く……そんな状態になっても気絶することが許されず、その男は止水がゆっくりと近付いてくるのを絶望の表情で待ち――

 

 

 

 

 ――謝れ。――()()に。

 

 

 

 

 ……と、冷刃のごとき言葉を、ただ聞いた。

 

 

 

「……暴力を振るったわけじゃない。あの野郎を傷付けたわけじゃあない。だが……あれだけの殺意、いや殺気か? とにかく、すごかった。――どんな経験積んだら中等部に入ったばっかりの坊主があれだけのモンを出せるようになるのか……ワシには検討もつかん」

 

 

 その場で即座に土下座し、そのまま逃げるように武蔵から降りたその男がどうなったのか……数年経った今ではどうでもいいことだ。

 

 

「だが止水の坊主が、武神である朱雀も武蔵の身内として見てる。――それだけ分かりゃあ、ワシら(機関部)には十分だ」

 

 

 『機関部の作業で地摺朱雀(武神)が倒れた際、止水が下敷きになったことがある』――いつだったか、直政が止水の頑強度合いを示すために言っていたことだ。それは間違いではなく事実で、結果を見ればまさしくその通りだろう。

 

 

 

 ――倒れる場所に、誰がいる訳でもないのに駆けていき……まるで受け止めるように両腕を掲げた馬鹿がいた。

 

 ただ、それを言っていないだけだ。

 

 

 

(うわっちゃあ……そりゃあ、マサ先輩でなくとも惚れるよ)

 

 

 想像する。自分の為に本気で怒ってくれて――自分の大切なものを、自分以上に大切にしてくれる男。

 

 その手の話にあまり興味がない大ですら、直政の立場に自分を当てはめるだけで胸に来るものがある。ならば、当事者である直政にはより堪らないだろう。

 

 

「さて。そろそろ、準備終わるんじゃねぇか?」

 

「『打ち上げだけしてくれ。あとはこっちでなんとかする』――って、男前発言してたからね、マサ先輩。準備は早いよ」

 

 

 

 その話の最中にもガコン、という大きな何かが外れる音がして、それに続き、より大きな何かが射出される音が響く。

 

 ――そして、武蔵各地に展開した機関部作業員たちの雄叫びが、その出撃を賛じた。

 

 

 

「ははは、ほんとに元気。んじゃ私も――ちょっとキャラじゃないけど……」

 

 

 どっこいしょ、と立ち上がり……大きく、大きく。胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

 

 

「っ! がんっばれぇ! マサ先ぱぁああい!!」

 

 

 聞こえるはずがない。届くはずもない。

 

 でも、そう叫ばずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

「ん? ……キャラじゃない?」

 

「お爺ちゃん座って? 肩叩きしてあげるから」

 

「……謝る。爺ちゃん心から謝るから。な? その手に持った10キロレンチは置こう」

 

 

 

 

***

 

 

安全と安寧を約束されたその場所から

 

飛び立つ翼を取り戻して

 

 隣立ち、対等であることの証明を掴み取る

 

 

  配点 【朱雀】 

 

 

***

 

 

 

 射出され、垂直方向への高速移動からくる重力に踏ん張って――数秒。

 

 白の武神の迎撃たる咆哮を回避し――朱の武神は、黄金の大道の上に躍り出た。

 

 

 飛翔能力がないからこそ付けられた『地摺』の名。故に、向かってくる的と思い放った咆哮列化が難なく回避され、白虎と共にある江良 房栄は、普段の細目をやめて見開く。

 

 

 その朱い武神の背中――いかにも『即席です』と言わんばかりの配色に違和感のある……そしてやたらと見覚えのある十字型に、房栄は頬を引きつらせた。

 

 

ウチの武神(猛鷲)の飛翔翼!? 一体何時……まさか、三河の時の残骸から……!?」

 

「Jud. 物資の乏しい武蔵なら、当然の再利用(リサイクル)技術さ……っぶちかませ地摺朱雀!」

 

 

 大気が唸りを上げ、鋭い鉤爪を備えた足が白虎の頸を狙う。白虎はその直近にいる房栄を守るためか、体制を崩しながらも両腕で防ぎ――。

 

 

「攻め立てろ! 地摺朱雀っ!!」

 

 

 ――再び、大気の唸りを聞いた。

 

 盾となった腕の隙間から、即席の飛翔翼が、猛鷲が緊急回避の時に用いる急加速の飛翔炎を散らせているのを房栄は目撃し、また頬を引きつらせる。

 

 

(正気なの!? 飛翔翼の推進力を回転に用いるなんて……!)

 

 

 猛鷲は二対、つまり四つの十字翼を用いて飛翔のバランスを取っている。さらに長い訓練を超えてきた操縦士たちが乗り込んで初めて、赤の鷲は空を翔け戦場を飛ぶのだ。

 しかし、目の前の地摺朱雀は十字一対しかなく、直政にしろ朱雀にしろ飛行訓練すらまともにしていないはずだ。

 

 

「――考えたわね……!」

 

 

 崩れるバランスを無理に調整するのではなく、崩れたままあえて使う。生まれた遠心力を蹴りに乗せるには相当な技量が必要になるはずだろうが……そこは、体術道場の師範をやっているほどの直政。完全に生かすとまでは流石に行かないが、地摺朱雀の攻撃力不足は十分に補えていた。

 

 

 右から、左から。回転をさらに加え、上から雷のように落ちてきたかと思えば、両足で下からカチ上げる。

 

 

 そんな、重力を無視した挙動の絶え間のない連撃が、10トン級の武神の大きさで繰り出されるのだ。それはもう凄まじい迫力があった。

 

 

「――『朱雀の偽物』と言ったことを、心から謝罪するわ。……貴女の武神乗りとしての技量も、それに応える地摺朱雀(その子)も。たとえ四聖でなくとも、世界に名乗れる存在だもの。

 

 ……だけど、と」

 

 

 ……だからこそ、その連撃を受ける立場にいながら笑みを浮かべている房栄と、連撃を完全に防ぎきる白虎。朱雀の連撃が凄まじいからこそ、彼女たちの実力の裏付けとなる。

 

 

 相性が、そしてなにより状況が、最悪だった。

 

 

 遠心力の乗った蹴りの連打。反撃を許さない猛攻は、確かに脅威だろう――だが、堅牢な装甲と、それゆえ相応の重量を持つ道征き白虎には、その蹴りは『軽過ぎたのだ』。見た目朱雀が攻め続けて圧倒しているように見えるが、むしろ損傷は朱雀のほうが大きい。

 

 朱雀が殴り合うのに、白虎は相性最悪の相手なのだ。

 

 

 そして、状況――いや、この場合は『場所』だろう。

 

 

 海上を航行する武蔵上空に作られた、黄金の大道。四方数キロ圏内にある唯一の()()は、白虎が四聖の能力持って作り上げた、白虎のための道だ。初撃で崩れた体制は、続く二発目には持ち直し、三撃目にはすでに盤石の構えになっている。

 

 

(そんな無茶な動きに、貴女と朱雀……どっちが先に根を上げるかしらね! と)

 

 

 全身を回す朱雀の動き――左右は当然、時折上下の急回転がある。その肩に乗っている直政には当然、とてつもない負荷が襲っているはずだ。その点でも、十年前のレパント海戦で落命し霊体となった房栄が優勢と言える。

 

 守り続けていれば、相手が勝手に弱っていく。そう判断し、白虎は防御に専念した。

 

 ――それを確認し、直政はそれでも連撃をやめなかった。

 

 

 

 

(まだ、だ……!)

 

 

 ……飯食わなくてよかったさね、と。上下左右に揺れまくる内臓と、嫌な意味でこみ上げてくるものを感じる直政は、そんなことを考えながらただひたすらに耐えて――待っていた。

 

 

 ほんの一瞬あるかないかの――朱雀が白虎に勝つ唯一だろう勝機を、ただひたすらに、待っていた。

 

 

 

(耐えてやろうじゃないか……!)

 

 

 直政は――朱雀があらゆる面で白虎に劣っていることを理解していた。数値化されたスペックなど5倍近く離されているし、数値では計測できないスペックも……朱雀は白虎に負けている。

 乗り手としても、直政は房栄に勝てないだろう。新大陸の機獣相手に勝利してきた……勝ち続けてきた実力は世界でもトップレベルと言っても過言ではない。

 

 

 そんな格上相手に挑む。消極的に戦って足止めして時間を稼ぐ……という手段も後輩であるヒロに提案されたが、直政はそれを良しとはしなかった。

 ゆえに、狙うしかなかった。賭けるにしても相当分の悪い……悪すぎる賭け。

 

 

 ――右で蹴りつける。響いた重低音と足に伝わってくる嫌な震動――朱雀の打撃力が白虎の防御力に負けている証拠だ。

 

 歯噛みし、高速の回転を加えて再び右。内臓が揺れる。耳鳴りは三半規管の悲鳴なのかもしれない。

 

 

 だが、それでも耐える。こっちが一撃ごとに弱っていくのはもう知られているだろう。だからこそ、房栄は必ず『止めを刺し』にくる。武神乗りのプライドが『相手の自滅による勝利』など認めるはずがない。

 

 

 

 そして、三度目の右。朱雀の右膝内部から細かな破砕音。直政自身の限界も近いのか、視界が揺れる……その揺れる視界で、直政は捉えた。

 

 白虎が両腕で行っていた防御を左腕のみの防御に変え、右腕を上へと振り上げる。

 

 

 

「ッ! 地摺朱雀!」

 

 

 三度の右脚。酷使したせいで、また右脚は全改修だろう。だが、そのお陰で左脚に十分な力を貯めることができた。

 

 左脚の踏み込みに、十字翼の最大推力を合わせる。過去最高速度を圧倒する加速を持って、朱雀は白虎の振り上げられた右腕に飛びついた。

 

 

(いくらそっちより軽くても重武神の重さとこの速度……! 一気に持っていけるさね!)

 

 

 武神がまさか関節技を仕掛けてくるとは誰も思わないだろう。腕一本でも破壊できれば、白虎の構造上相当な戦力ダウンになる。

 

 

 

 

 

 

 

「……って、踏んだんだけどねぇ……!」

 

 

 

 

 

 腕に飛びつけば、朱雀に強い急制動がかかる。だと言うのに、それが殆どない。全くないとは言わないが、白虎の重量を考えればあまりにも小さ過ぎた。

 

 

 

「――武神で関節技ね。普通の武神乗りなら考えもつかないことだろうけど……と」

 

 

 その浮遊感の中で、相手は変わらず――笑っていた。

 

 

「私と白虎はね、新大陸で何度も機獣を相手にしてきたの。知ってる? 機獣は土壇場になると、捨て身で組み付いてくるのよね。……だから、似たような事なら、何度も経験済みなのよ。っと」

 

 

 簡単なことだ。朱雀に合わせて白虎も後ろに跳んでいた。それで朱雀の加速は殆ど殺される。肩を支点にすれば、重量の軽い朱雀は容易く振り回される。そのまま朱雀を背負うように固定し……。

 

 

「決めなさい、道征き白虎。アルマダ海戦の白星は、私たちから飾るわよ、っと」

 

 

 道征き白虎の巨軀が、自ら作り上げた大道へ向かい……その全重量を持って、地摺朱雀の全身を圧し潰した。

 

 

 ひしゃげる異音と、砕ける破砕音――。

 

 

 

 

「――――え……?」

 

 

 そこで初めて、房栄の笑みが消えた。

 

 

 

***

 

 

 

 ――ずっと……ずっと、気分が沈みがちだった。皆といる時は平気だったが、一人になると、どんどん沈んでいった。

 

 嫌気の大罪を受けて、右腕の義腕がその力に捕らわれて。

 

 最初は、自分の限りなく少ない女としての何かが腕の欠損を気にしているのではないか……と僅かな時間考えた。だが、それを意識させるだろう惚れた男は、そういうことを気にするような男じゃない。別の意味で気にしろと盛大に叫びたいが、これは後に回すとしよう。

 

 女としてではないとしたら、自分のなにがこの腕に『嫌気』を抱いているのかと考える。機関部の作業でもこの右腕はなにかと便利だし、武蔵の戦闘要員としての地摺朱雀とつながるこの義腕は、直政にとっては必要不可欠なものだ。

 

 

 

(はは……そっか。ああ、そっか……だからか)

 

 

 ――結って纏めていた髪が解けたのか、軽くなったような開放感が頭にある。そして、久しぶりに粘性の高い温もりのある液体……血が、額から流れるのを自覚する。

 

 痛み。強いそれは、今まで奪われていたもの。

 

 

 ……体を起こし、ふらつきながらも、立ち上がった。

 

 

 息を飲み、朱雀の胸部を呆然と見、次いで、信じられないようなモノを見る眼で直政を見る房栄に、苦笑する。

 

 

 

 ……砕かれた、朱雀の胸部装甲。人間にして心臓がある場所に、それはあった。

 

 

 

 ――否、この表現では守り刀の逆鱗に触れることになるだろう……故に、訂正する。

 

 

 

 ……そこに、彼女は、いた。

 

 

 薄っすらと青く光る賢水(流体を大量に含んだ水)に満たされた、分厚い耐爆ガラスの流体槽。そこに、漂うように一人の裸身の、少女がいる。

 

 生気のどこか虚ろな少女は、直政の血縁者……いや、妹だろうと判断させる程度に彼女に似ていた。

 

 

「……妹さ。アタシの」

 

「なに、を……」

 

 

 問い質したい房栄は、しかし言葉が出てこない。

 直政が操るならば、当然朱雀に搭乗者はいない。だが、本来搭乗者が入るべき流体槽が朱雀には在り、武神乗りとしての訓練など全くしていないような少女が入っている。

 

 その少女の姿もまた異様だ。直政より僅かに年下だろう年頃の少女の両手足の先がない。欠損しているのではなく、術式鳥居の先でどこかへ繋がっているようだ。

 

 

 

 

「アタシがまだ武蔵にくる前……アタシの住んでた村が襲われてね。そん時にはまだ朱雀は動けなかったんだ。この右腕もその時にやられて、妹も瀕死の重傷で……もう、なにもかもがダメになりそうになって――殆ど息も出来てないような状態でこの子が言ったんだ」

 

 

 

 ――使って、って。

 

 

「っ!?」

 

「だから――使うさ。アタシはね」

 

 

 

 

 俯き、朱い装甲に点々と落ちていく赤を見つめ、義腕の接続部を左手で握る。そんな直政を見つつ……房栄は違和感をそこに見た。

 直政が武蔵に入ったのは、初等部に入る直前。房栄も丁度その頃から『武蔵に朱雀の名を持つ朱い武神がいる』と噂を聞いている。

 

 

(成長、してる……?)

 

 

 直政のいう言葉が正しければ、彼女の妹は片手ほどの年齢で朱雀と同一化したことになる。だが、流体槽の中にいる少女はどう見ても高等部ほどの年齢の女子だ。

 

 

 理解を超えている何かを理解しようとする房栄を置いて……直政は笑う。

 

 

「姉のアタシが、妹を犠牲にして生き残ったアタシが……って、どっかで思ってたんだろうね。だってのに、受け身に回って、あいつから言ってきたなら……なんてさ」

 

 

 らしくない。ああ、本当にらしくない。祝言だって構わない、などと……もう殆ど本心を暴露しているようなものではないか。

 

 

 

(……悪いね。アタシは、自分に嘘……つけそうにないさね)

 

 

 

 翼を失い、地を摺る朱雀は、しかし大樹の庇護を得た。その大樹の下は居心地が良く、翼がなくともなんの問題もなかった。

 しかし今、その大樹は……太陽と月と共に、多くの仲間たちと共に、世界へ挑んでいる。

 

 

 それでもきっと、大樹は変わらず居場所をくれるだろう。だが、だからこそ、翼無き朱雀は――再び、空を望んだ。

 

 

 ――戦う力を、守る力を望んだ。

 

 

 

「――起きろ、地摺朱雀」

 

 

 流体槽の中の少女の眼が、微かに見開く。何事かを呟くように口元が動き――大量の表示枠が出現し、それに呼応するように、地摺朱雀が鳴いた。

 

 ……高い、猛禽類のそれを思わせる鳴動を経て、そして……目覚めた。

 

 

 

   『四聖武神三型《地摺朱雀》――初動作確認。……初期起動開始』

 

 

 

「――四聖!? 本物だったというの!? まさか、今まで四聖のOSが未起動のまま――」

 

「言ったろ…… 『本物かどうかなんて、アタシ()()にはどうでもいい』ってね。武蔵の南、それだけ守れりゃ十分さね。止めの字が、アホ面で日向ぼっこで昼寝できるようにしてやるだけさ」

 

 

 朱雀が沈み、白虎も沈む。朱雀から展開された四聖の力――朱雀が司るは山川道澤の『澤』。澄んだ水面の如き、無窮の空。翼無きものは無限の空に落ちていく――朱雀のために作られた、絶対の制空権。

 

 

 飛翔能力を一切持っていない白虎は、朱雀と上下を入れ替え、落ちていく。堕ちていく。

 

 

 

 

 アルマダ海戦本戦、最初についた決着は、四聖対決。

 

 白星を掴み取ったのは――直政と地摺朱雀であった。

 

 

 

 

 

「……満身創痍、こりゃ、アルマダ海戦はこれ以上無理かね」

 

 

 激戦明けの疲労からか、脱力して朱雀の肩に座り込む直政は……地摺朱雀の背中、十字翼から聞こえてくる崩壊の音に顔をげんなりとしかめた。長年の機関部の経験からして音的に持って数分……直そうにも道具一つなく、武蔵に戻ろうにも間に合わないだろう。

 

 

「……締まらない決着さね。さて、どうすっかなぁ」

 

 

 前は似たような状況で、刀馬鹿が拾いに来てくれたのだが……そうそう都合よく救助が間に合うわけが――

 

 

 

「――よう、お疲れさんだな、直政。乗ってくかい?」

 

 

 来た。

 聞こえた女の声に、直政は苦笑を浮かべた。

 

 

「アタシゃ、今こそご都合主義って言葉があるんだと実感してるよ。いろいろとツッコミ入れたいが、助かるよ。でも、アンタがなんでここにいるんだい? 海賊女王グレイス・オマリ」

 

「英国から武蔵へ速達便を届けにな。あんなちゃちな輸送艦じゃ間に合いそうもなかったんでね。それに、海賊が気に入らない命令に従うか、ってな。

 ――守り刀にゃ、ちょっとじゃ返しきれそうにない恩が出来たしな。少しでも借りを返しておきたいのさ」

 

 

 止水がなにをやったのか直政にはわからなかったが――まあいいか、と割り切ってグラニュエールに朱雀ごと乗り込む。と……同時、十字翼の片方が瓦解した。本当にギリギリだったらしい。

 

 

「くく……ボロボロなのにいい顔してるこって。うん、良い女の顔だ」

 

「良い女なんざアタシにゃ合わ……いや、そうさね。グレイス・オマリ。植物関係でちょいと聞きたいことがあんだけど」

 

 

 

 ふと思いついた直政が聞き、グレイスが応じ。深読みしたグレイスが笑い、直政がソッポを向き……。

 

 その光景に満足するかのように、朱い武神は、OSを休眠状態へ移行した。




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