境界線上の守り刀   作:陽紅

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アルマダ海戦が終わるわけではないのです……


十五章 アルマダ海戦 【結】

 

 

 

「……いや、すごいね。武蔵の防衛能力が、まさかここまで高いなんて思わなかったよ」

 

「同意しますけど、敵をそんなに純粋に褒めないでください。士気に関わります」

 

 

 あ、ごめん――と、すぐに返される謝罪。それはいつも通りで、半ば癖のような言葉だが……今までと違って、フアナはそれが嬉しかった。今までその言葉は対面から来るものだったが、今その言葉は、すぐ隣から。寄り添うような近さから届けられる。

 

 

(……勢いに任せてキキキ、キスまでしてしまったんですよね、私)

 

 

 形は男の方が押し倒すように。

 しかし実際は、女が独占をこれでもかと主張して。

 

 ずっとそばにいてください、ってあれ完璧にプロポーズじゃないですかやだぁぁぁああ!!! と真っ赤になった顔を押さえてブンブンと頭を振る。周囲はそれをホッコリとしながら見守っているが、『寄り添うような』と言える近さに立っていたセグンドおじさんにそんな余裕はない。フアナの長い髪が鞭のように顔面を打ち据え、なによりも肩の装飾装甲が鈍器のように襲いかかってくるのだ。

 これがなかなか、地味に痛い。

 

 

「イタタ……ふ、房栄君の道征き白虎は撤退……揚陸部隊もそろそろタイムリミットが近い。こんな状況だからこそ、本当なら僕らの艦隊砲撃で突破口を作ってあげなきゃいけないんだけど……これも予知したみたいな防御壁展開で防がれている」

 

 

 ――本当に、つい最近まで聖連の圧力下で不戦を強いられてきた国なのだろうか――と、セグンドは本気で疑ってしまう。まだ短時間だが、ある時を境に直撃数が全く増えていない。それが今も現在進行形だ。

 

 何かが起きた……そう考え、記憶を辿り、思考を巡らせる。

 

 

 

(さっきの高速艦は海賊女王の所有するグラニュエール……英国に赴いていたっていう武蔵の戦闘系の特務たちが戻ったという報告の直前だったから、彼らがグラニュエールで送り届けられたと考えて間違いはないだろう)

 

 しかし。

 

(だけど、この高い防衛能力が発揮されだしたのは彼らが戻る前だ……つまり、攻撃の比率が防御に寄ったわけじゃない。防御力がそのまま『なにかしらの要因』で強化されたということ。

 ――最初のアルマダでそれが無かったのは……武蔵そのものが海戦の中で凄い勢いで成長しているのと……多分、現れたのかな。一線級の人材が)

 

 

 セグンドは自分の思考の中でも『もしかしたらだけど』と頭に付けて控えめだが、その結論を微塵にも疑っていなかった。

 

 そして、そのセグンドの予想の殆どが、正鵠を射ていた。

 

 

 ……たった、一つだけ。

 

 最後の『一線級の人材』――その予想だけを、レパントの英雄は当てる事が出来なかったのである。

 

 

 セグンドが記憶している武蔵の総長連合や生徒会、委員会のメンバー。その中で、経験浅いながらも満点に近い対応を見せたアデーレがその候補の筆頭だった。実際、前半のアルマダ海戦を武蔵が無事に終えることができたのは、彼女の功績が大きいだろう。

 

 

 だからこそ、そこで勘違いをした。この海戦でアデーレも確かに素晴らしい頭角を見せたが、この状況を作り上げた彼女ではない。まあ……そもそも『銭湯の看板娘』がその人材である、と予想できるほうがおかしいのだが。

 

 

 

(でもこれで、武蔵が急造じゃない……本格的な武装を用意したら、どうなるんだろうね)

 

 

 想像したくない、と思う反面で、強くなっていく国を見てみたい……とも思ってしまう。

 

 

 武蔵がどうなるのか。そして、どこまで行くのかを見てみたい。高い防衛能力に加え、準バハムート級の武蔵が搭載できるだけの戦闘能力を持ち出したら、と……自国ではなく、それどころか敵対すらしている国ではあるけれど……。

 

 

 若者の未来を楽しみにしていいのは、中年以降の特権だと、おじさんは思う。

 

 

 

(……だけど、すまないね)

 

 

 心の底から、謝罪する。しかし、許しは決して求めない。

 

 

 

 ――その未来を……いまから、全力で摘ませてもらうよ――

 

 

 

「さて、状況を動かそうか。誰か、揚陸部隊全員に撤退の合図を送ってくれ。……あと、航空武神隊の状況はどうかな?」

 

 

 艦橋に複数人いる伝令役の生徒に聞く。

 

 

「撤退……? あ、Tes.!」

 

「武神隊の損耗四割ってとこです! ……武蔵の魔女が合体したとか組んず解れつとか挟まれたいとか、なに言ってんだコイツ?」

 

 お前がなに言ってんだよ、という視線が男子伝令官へ殺到した。気付いた彼が、違う俺じゃない! と無実を必死に主張するが、ふと気付く。

 

 

 

「総長……? 確かに作戦に『撤退』は含まれていますが、その……些か、早くありませんか……?」

 

 

 

 気遣わしげなそのフアナの言葉は、その場にいた全員の代弁なのだろう。撤退の指示に対して咄嗟にTes.と応じた女生徒も、最後の発信工程で手を止めている。

 

 揚陸部隊のタイムリミットが近い、というのはわかる。現状も拮抗から、徐々に劣勢に強いられつつあるというのも随時送られてくる報告でわかる。武蔵の騎士と英国の番犬の参戦が決定打となった。

 

 

 ……だが、揚陸部隊『全員』に撤退指示を出すのは、少し早過ぎはしないだろうか。

 

 艦隊からの砲撃が完全に防がれている今、武蔵へダメージを与えられるのは揚陸部隊の爆破系の攻撃だけだ。タイムリミットギリギリまで粘るべきでは……と考えるのが当然だろう。

 

 セグンドは一度頷き、説明する。

 

 

「……最初のアルマダで撤退した内の数隻が、英国付近で『偶然』機関部の不調で止まっちゃったらしくてね。その彼らから少し前に報らせがあって、どうやら英国の主力艦隊が英国を出撃したようなんだ。

 距離や英国艦隊の航行速度を考えると……揚陸部隊がギリギリまで粘ってしまうと、武蔵と英国に合流されてしまうかもしれない。……そうなったら、僕らの勝ち目は完全になくなる」

 

 

 息を飲み、顔をしかめる数名。そんな彼らに、総長は笑みを返した。

 

 

「これは、そうならない為の準備だと思ってくれるかな。……僕なんかの言葉じゃ不安かもしれないけど、どうか信じてほしい」

 

 

 笑ったまま。

 

 

「――勝とう。みんなで」

 

 

「「「「〜っ! Testament.!」」」」

 

 

 揚陸した全部隊の下へ指令が飛んでいく。幾人かはセグンドの言葉に察したのか、航空武神隊へ再編成、並びにいつでも出撃できるようにと通神を飛ばす。

 

 超祝福艦隊、否。三征西班牙が、動き出した。

 

 

 

 

「……『王様でも、英雄でもない』なんて――やっぱり嘘ですよ、総長」

 

「フアナ君?」

 

「貴方以外に、私達の王はいませんよ。……オジサン以外に、私のヒーローはいないんです」

 

 

 

 そう言って、少し頬を染めて嬉しそうに笑うフアナに、オジサンが盛大に狼狽えたのを余談として。

 

 

 

 ――アルマダ海戦は、最終局面に移っていった。

 

 

 

―*―

 

 

 

「アナターは、だんだんカレーが食べたーくなりますネー」

 

「まず鍋あっためろ、油忘れんなよ? 溶いた卵入れて飯突っ込んで、ネギとかハムとか刻んで入れて炒めんだ。個人的にはパラパラよりしっとり派でよ」

 

「アナターは、だんだんカレーが食べたーくなりますネー」

 

「で、で! 塩とか胡椒とかよ、好みで醤油なんかもいいよな。あーそうそう、俺実はレンゲで食うよりスプーンで食う派でよ」

 

「アナターは、だんだんカレーが食べたーくなりますネー」

 

 

「おーい人の話聞いてっかあ!? なんだ!? 催眠術か!? あと今混ぜた白い粉なんだ!?」

 

 

 

「アナターは、いいから黙ってカレーを食うですネー」

 

 

「もう脅し入ってんじゃねぇか! 武蔵ってこんなのばっかりなのか!?」

 

 

 聖譜顕装を装備した生徒会書記がらしくなく吠える。その目の前にいるのは巨大な皿に山盛りのカレーを携えたハッサンだ。香ばしいスパイスの香りが、嗅覚を刺激して食欲をそそる。

 

 

「アナターは、だんだんカレー無しでーは生きられないカラダーになってきますネー」

 

「なんだよその依存性!? 本当に今混ぜた白い粉なんだ!?」

 

 

 ベラスケスは別段、カレーが嫌いという訳ではない。香りを嗅げば食べたいと思うし、空腹であればお代わりくらいする。

 だが、『食べたい物を言え』とカレーを突き出しつつ問うハッサンに対し、この前に受けた鬱憤を……と若干大人気ない考えがよぎった。

 

 

 ……よぎって、しまった。

 

 

 

 世界をカレーで満たそうとしている神道奏者。ハッサン・フルブシの前で、カレーを差し出されているにも関わらず別の料理を注文してしまったのだ。それがどれだけ無謀な行為であるのか、移動式屋台を肩に担いだバケツヘルムの大男、ペルソナ君が合掌している時点でお察しいただけるだろう。

 

 ……それから一分後、全揚陸部隊撤退の指示を受けて、誰よりも早く離脱したのが誰であるか。……武士の情けで、どうか、詮索しないであげて欲しい。

 

 

 

―*―

 

 

 

 そして、ベラスケスが誰よりも早く離脱艦に乗り込んでいる頃――ノリキは、右手を取られていた。彼の体が相手に向かっていたなら、両手でしっかりと――まるで感激系の握手をするかのように見えたことだろう。

 

 

「あ、あの! 名前! 名前ちゃんと教えて! あとできたら通神のアドレスも!」

 

「……おい。撤退命令が出てるんだろ。早く帰れ。バルデス妹」

 

「ダメ! そんな呼び方ヤダ! ちゃんとフローレスって名前で、名前……え、呼び捨て? ……あ、うん。待って、ちょっと恥ずかしいかも……でもでも、あうう」

 

 

 だが、半身……どころか、離れようと背中を向けかけている状況を見れば、それは最早握手とは言えない。

 

 そして、周囲はピンク色だった。その色は主にバルデス妹……フローレスから噴出している。右手を握られたノリキはどこか困っているようだが、訳有って、その手を強く振りほどくことができなかった。

 

 

 

 

 

「……なに? あれ」

 

「俺が聞きてぇよ。あいつがあんなに『女の子』しているところなんて初めて見たぞ」

 

 

 撤退の指示にスタコラサッサ……とはいかず、言葉通り外野で眺める小豆ジャージ。退くならば、と静観姿勢の武蔵守備員。

 

 その二人の視線の先には、バルデス兄妹の妹フローレス・バルデスと、武蔵のソニックブラスト……失敬、一般生徒のノリキがいる。

 けっ、と舌打ちをしているような、やってられねぇぜと言わんばかりの苦い顔と、珍しいものを見たと驚き顔。……どっちがどちらかは余談として。

 

 

 その場……その空間だけは、他とは全く別の空気を形成していた。

 

 

「えーっと、まず、バルデス妹が三球勝負を突き付けて」

 

「ああ。あの武蔵生徒の……ノリキって言ったか? あいつがそれを受けたんだよな。『3発殴って〜』って」

 

「で、3球目で打ち返して、それをバルデス妹が獲った……」

 

 

 

「「んだけど」」

 

 

 腕を組み、そして唸る。

 

 

「バルデス妹が球の勢いに耐えられなくて、バランス崩して海に落ちかけて……」

 

「それを、思わず駆け寄って助けた、と。……鉄球殴り返して、ボロボロの右手で」

 

 

 

 助けられた直後、呆然として。激痛に顔を歪めながらも強く握って離すまいと……自分を助けようとする男に。

 

 

「「…………キュンと来ちゃった、と」」

 

 

 

 話し込んでいた二人が、黙って視線を合わせる。そして、アイコンタクトをすること数秒。二人はなにを思ったのか、ガッチリと握手を交わし、ひどく男くさい笑みを浮かべた。

 

 ――握られた手から、ギリギリと嫌な音を上げて。

 

 

「リア充死すべし慈悲はない……!」

「させるか。ウチのチームの妹分の、やっとこさ来た春だ。邪魔はさせねぇぞ……!」

 

 

 そんな二人と二人、計四人のやり取りは『撤退だって言ってるだろ早く退けよ馬鹿!』と『撤退するって奴を引き止めてんじゃねぇよ馬鹿!』という両陣営の部隊長の跳び膝蹴り(ジャンピングニー)に止められた。

 

 

 ――なお、唯一の女子が達成感のある笑顔を浮かべ、次いで、人生で初めて野球以外の事に燃えていたりするのだが……これは、別の機会に語るとしよう。

 

 後日シスコンの兄が泣きながら怒り狂うのだが、こちらは余談であるのでスルーする方向で。

 

 

***

 

 

 譲れぬものがあるとして

 

 譲らねばならなくなってしまったら

 

 自分を納得させることができるだろうか

 

 

  配点【不器用な女】

 

 

 

***

 

 

 

 《――り返す。武蔵に残留している全兵科・全部隊は現状の行動を放棄し、至急武蔵を離脱せよ!》

 

 

 顔のすぐ横。数分ほど前から表示されるようになった表示枠(コルテチェフィルマ)に一瞬視線を合わせ、すぐに外す。

 

 

 二度。二度だ。

 

 二度も自分は『機会』を逸してしまった。だからこそ、この三度目、語尾に正直と付けるものにしたい。

 

 

 

 ――二度あることは、とも言いますが。あの人ならば前向き思考で突っ走るでしょう。

 

 

 

 そう告げる彼に後ろ向き思考の自分がブレーキになって……そんな思考、それも一瞬。

 

 

 《繰り返す! 武蔵に残留している全部隊は――》

 

 

「邪魔です」

 

 

 手で払う暇がない。無作法云々を気にする必要も()はない。

 

 ……ので。

 

 

 

 誾は当たり前のように、『頭突き』でもってその表示枠(命令)を粉砕した。

 それが明確な命令違反であり、そしてその行為が、おそらくこの後にくるだろう三征西班牙の全力攻撃を受ける武蔵から、飛び降りる以外の退艦方法がなくなることを意味している……ことを、当然誾も理解していた。

 

 

 ――最初から、覚悟の上です。

 

 

 その勢いのまま体を回転させ、巨大な義腕を振るい、一対の連刃を奔らせる。

 

 

「っ、おおぉお!!」

 

 

 気合裂帛。命を屠るには十分過ぎる脅威を持っている四つの刃の嵐の中を、突っ込んでくる女武者……!

 

 退かず、防がず――体からほんの数ミリの位置を通っていく四刃の乱舞に対し、二代は愚直なまでの直線を、蜻蛉切で穿った。

 

 

 顔を狙う二貫を最小限、首の動きだけで回避。続く右肩に穿たれた一閃を身を捻り避けて、腹への本命を義腕の装甲で受け流す

 

 払おうと誾が義腕を振る直前に、二代が蜻蛉切をバトンのように回す。わずかな穂先の刃で的確に誾へと斬撃を当てに行く技量は流石と言う他ないだろう。

 

 

 しかし、それは布石。確証はない。何故と問われても、なんとなくそう思ったからとしか誾は答えられないだろう。だがそのなんとなくは……絶対だ。

 

 

 ――来る。

 

 

「――()()っ」

 

 

 ――来た。必殺の、勝敗を決める一撃。

 

 

「蜻――「十字火砲(アルカブス・クルス)!」

 

 

 刹那の差。それを読み勝った誾が先手を奪う。誾という城を守る攻城武装が火薬仕込みの砲弾を射った。

 

 

「ぬ……!?」

 

 

 最初の、ぬ、は砲撃の直前に察知したもの。次いでの驚愕は、その砲撃が己ではなく足元の地面に向かって放たれていることへのもの。

 砕かれる道に、広がる爆炎。そして、彼女たちを中心に広がった、煙幕。

 

 

 己をも巻き込んだ、おそらく誾にしかできない『割断封じ』だ。

 

 

(やるで御座るな……! しかし)

 

 

 爆発の衝撃。まだ忠勝()の拳骨のほうが痛いと切り捨て、前方を見据える。

 

 そして、視界の上。風に払われて行く煙の中で、二つの塔が並んでいた。小柄な誾よりも巨大な双の義腕、その装甲の先端だ。煙の中とは言え、相手の姿はよく覚えている。その位置ならば……。

 

 

 

「そこっ!」

 

 

 渾身。胴があるだろう場所を貫き――――空を、抜けた。

 

 ……目を見開く二代の眼下で『カシュン』という、機構系接続音がする。これに二代はさらに困惑してしまう。なにせ、義腕はまだ目の前あるのだ。接続するにしても位置が……。

 

 

 

「……自分で決めたことですが、やはり納得していないようですね……我ながら、本当に融通の利かない女です」

 

 

 煙が晴れる。真っ先に見えたのは綺麗な焦げ茶の髪――全身を駆使した全体の急降下で、帽子は落ちたのだろう。

 

 

「せめて、誇ってください。私にこれを……この()()を使わせた事を」

 

 

 煙が、消える。その姿は二代が覚えているものから遥かに遠い。細くて華奢なものだった。しかし、誾の体型を考えれば本来はそれが普通なのである。

 

 かつて、彼女が襲名するはずだった宗茂の名と共に切断された、彼女の両腕。それをベースに造られた生体義腕……先ほどの接続音はこれで御座るな、と他人事のように二代が納得を得る。

 

 

 ――納得と共に得たのは、背筋に走る怖気だった。

 

 

 

「――穿て。

 

 

 

 ……四つ角十字(クアトロ・クルス)……!」

 

 

 なにかに堪えるような叫びと共に。

 

 追加された二機の大型十字火砲を合わせた攻城四砲が、個人へ向けて砲撃を放った。

 

 

 

 

 

 ――いいか二代。人には……『どう考えても詰んでるわコレ』って状況が必ず来るんだ。取り分け、我たちみてぇな武に生きる者にはな。

 ――忠勝様の場合、頭の出来的に『武に()()生きられない』が正確です。試験では誤解答になります。

 ――せめて三角採点で点数半分くれよ? 我の数少ない得点源なんだぜ三角。

 

 

(おおう、これが巷にいう……なんで御座ったか、死の直前にみる……あれで御座るな!)

 

 

 走馬灯である。あと、そんなに巷に言われるようなものではない。二代は三角採点すら貰えないようだ。

 砲口に灯る火薬砲特有の発射炎、そして、続いた砲弾を……やたらゆっくりなそれを見ながら、二代は懐かしい二人の幻声に耳を傾ける。

 

 

(……そういえば墓云々弔い云々を一切やって無かったで御座るなぁ。今度暇な時にでも浅間殿に聞いてみるで御座る)

 

 

 

 ――で、なんだっけ。そうそう、大体覚えてる事書いておけば大体三角……

 ――『どう考えても詰んでしまっている状況』カッコ笑いカッコ閉じ。

 ――採点がもらえる事は置いといて、だ。いいか二代。逆だ。考えてもどうしようもねぇなら、考えなきゃいい。そういう時は体が勝手に動く。動かなかったら、そん時は素直に『己が未熟だった』と諦めりゃあいい。

 

 

 ……そのあと、やらねばならない事を放置して、子猫と戯れていた父を捕獲した角持ち侍女が時間無制限の耐久説教を開始。どう考えても詰み、体も動かず、己が未熟であるから諦める、を実演してくれた。

 

 

 

 ――どう考えてもどうしようもない状態だ。ならば、家族の言葉に従ってみてもいいだろう。

 

 

 

(ふぅむ。体が、勝手に動く……お?)

 

 

 動いた。どちらに跳べば回避できるのか――そう、二代は足に意識を向けていた。だが、考えるのを止めて……最初っからあんまり考えてもないよな? というツッコミは無視して……動いたのは手。より正確には、蜻蛉切を握る、指。

 

 

 伸縮機構の制御するスイッチを強く押した。

 

 

「なっ!?」

 

 

 輸送艦で使われるバネは力強く、そして一気に柄を伸ばしていく。その強さと速さをもって、二代の体を空高く打ち上げた。

 その直後、四つ角十字の砲撃が炸裂するが、すでに二代は安全圏にいる。完全に決まったと確信した事もあり、誾の胸中への衝撃は大きい。

 

 

「まさか、槍に離脱のための機構を!?」

 

(いや、海中で魚を捕るために御座る)

 

 

 大自然の中で学び得た技術、とそれらしく言えばきっと納得できるだろう。二代は黙っていて正解だった。

 

 そして、自由落下を始めた二代と誾の間に、遮るものは何一つない。

 

 

 ――空中でやるのは、何気に初めてだ。

 

 

 

「結べ! 蜻蛉切!!」

 

 

 一閃。そして割断が翔ぶ。

 しかし、大型十字火砲の一機を壁にされた事で防がれた。

 

 

「結べ……っ! 蜻蛉切!」

 

 

 再び、一閃。『この武人()ならば防ぐ』と確信していたが故の、連続割断。

 しかし、これも残る大型十字火砲を壁にされ阻まれる。

 

 間を置かない連続の割断は、二代自身の負担もさる事ながら、拝気の消費が凄まじい。蜻蛉切の示す流体残量は殆ど空だ。――全裸からの拝気供給はあるが、最低射程の割断にも数秒の時間がかかるだろう。

 

 

 

 その空白に、彼女が動かないわけがない。

 おそらくこの攻防が最後になる……そう判断した誾が残る二つの十字火砲、アルカブス・クルスの残弾を連射し、自身も双の連刃を構えて二代へと跳ぶ。

 

 砲撃の射撃と、誾自身が放つ斬撃。二代が割断を放てないわずかな時間に勝負をかけた。砲撃は対処されるだろう。しかし、そこに必ず生じる隙があると。

 

 

 だが……

 

 

(誘われた――いや、違いますね。この女にそんな器用なマネが出来るとは思えません。これは純粋に、私が測り違えた)

 

 

 ――穂先の鏡面は、未だ誾へと向いていた。

 

 

 

 

 

「結、べ……!  ――蜻 蛉 切 !!」

 

 

 

 

 

 三度目。

 三連続割断。――これは、悲嘆の怠惰を所持していた頃の宗茂でさえ、不可能であった荒技だ。

 

 武蔵総長からの流体供給では間に合わなかった。足りなかった。ならば、間に合わない分、足らない分は二代自身の内燃拝気を食わせればいい――ただ、それだけのこと。

 

 

 放たれた砲弾の全てに割断が及び、空中へと進んだ誾の直近で爆発。その身を強く煽る。二代を目の前にした距離で――

 

 

 

 それは覆しようのない致命の隙だった。

 

 

 

「ひとつ!」

 

 左の連刃。咄嗟に盾にした剣が砕かれる。爆発で煽られた体勢はまだ戻らない。その間にも、二代は全身を回している。

 

 

「ふ、たぁつ!」

 

 

 盾にすら出来なかった右の連刃が、明らかに狙われて砕かれる。

 

 

 

(そんな、だめです。そんなこと宗茂様だって――)

 

 

 考えるな。

 

 

 ――並ばれる。

 

 

 考えるな。

 

 

(西国無双を……東国無双の娘に、超え、られる? それは――)

 

 

 

 

 

 考えるな。考えるな思考するな考えるな思考するな……!

 

 

 

 

 地に足を着いたのは同時であった。しかし、二代が『勝敗を決めていない』と即座に反転、踏み込んだのに対し――誾が着地の姿勢のまま、無防備に膝を突いていた。

 

 

 カシュン、という……つい先ほど、二代が聞いた――その音。

 

 あの日――無名の男が『立花 宗茂』の名を己の物にした時の様に。しかし、あの日とは違って、きりおとされたのではなく『自分から切り落とす』ことで。

 

 

 お前は、彼に並んでいない。彼とお前の決着は、まだ宙に浮いたままなのだ――と。

 

 

 

 

 

「私の――」

 

 

 

 

 槍が迫って、しかし止まる。

 

 

 

 

「っ、私()……負けです……っ」

 

 

 

 夜の暗さに隠れ。未だ続く艦隊からの砲音に消され。

 

 少女が、初めて敗北で流した涙は、誰に知られることもなく。

 

 

 

 

『敵将! 立花 誾!! ――討ち取ったり!』

 

 

 

 ――ここに、一つの決着をつけた。

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

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