境界線上の守り刀   作:陽紅

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最近文字数が普段の倍を行くようになりました。読みづらい、長い等のご指摘があればお願いいたします。


番外編 【M'sレポート】

 

 

「んー……」

 

 

 腕を組む形から、右手を顎へ。手指で口を隠す姿勢は、深く思考するときの彼女の……正純の癖だ。

 

 視線は忙しなく、かと思えば一点をじっと見つめ、それを幾度か繰り返したのち、瞼を閉じてさらに深く思考を落としていく。

 

 

 ──まー。

 

 

 肩に乗るアリクイの子……ツキノワが声をあげて「かまってー」とばかりに顔を頬に擦りつける。

 

 ……ツキノワって熊じゃないか? という姐御系級友からのツッコミもあったが、以前に負った怪我の所の体毛が白くなり、三日月のようになっているからと説明したら納得した。

 

 

「……こらこらぁ、くすぐったいぞー」

 

 

 と言いつつ、首を撫でつつ頬を擦り付けつつ。幼獣特有の柔らかい毛の心地よさに目尻をこれでもかと下げる──デレッデレの副会長がそこにいた。

 

 そんな感じでツキノワに構うこと二分。正純は目の前にある十数枚の表示枠に視線と思考を戻す。

 

 

「うん。にしても便利だなぁ、やっぱり」

 

 ──まー?

 

 

 よしよし撫でつつすりすり擦りつつ、口をフフフと緩ませつつ。

 

 ……今まで走狗との契約をしていなかったため、正純は表示枠系のアレコレが十分にできなかった。以前持ち合わせていた携帯型社務の通神端末もあるにはあったが、性能が低すぎて紙媒体のほうがやりやすかったのである。

 

 ツキノワがまだ幼く、走狗としても未熟であるので、ハナミたちベテラン走狗と比べたら拙いところもまだまだあるが……正純にとっては現時点でも十分過ぎるほど便利だった。

 

 

 何より、紙と違って嵩張らない。インクで手が汚れないのもかなりありがたい。持ち運びに困らないというのも大きい利点だ。

 

 

 これで、ツキノワが慣れて来れば通神上で情報を調べながら内容をまとめたり、リアルタイムで全体に図解説明しながら──ということもできるようになるという。

 ならば練習だ、となるのは当然のことであり……どうせやるならば無駄にならない必要なものを……となるのも、当然のことだった。

 

 

「──これで、私は一体どこまで至ったんだろう、な」

 

 

 三河での『決起』に始まり、続く英国での『宣誓』……その中で、葵・トーリを王とし、ホライゾン・アリアダストを姫として武蔵は世界単位での行動を開始した。

 この二人の存在は……やはり大きいだろう。特にホライゾンは末世解決の鍵を担うとされる大罪武装の主人だ。否が応でも世界的騒動の中心に立たされるだろう。

 

 

 王と姫──だが、これだけでは足りない。

 

 少なくとも武蔵では当然として……そして、もうすでにその名を全国に知らしめたもう一人、もう一つの一字……それが、『刀』。

 

 

 ──手が動き、一枚目の表示枠を目の前に置く。

 

 

『 ──姓は確認できず、名は止水。武蔵アリアダスト教導院高等部、三年梅組所属。 』

 

 

(これが公式の、本当に基本的な情報だ。知ろうと思えば……それこそ誰でも、子供ですら手に入れられる程度の)

 

 

 このたった一文の情報を長く眺めることなく、正純は次の表示枠に指を伸ばす。

 

 次に前に来たのは顔写真付きのもの──まだ、高襟をネイトに無期限貸出(強奪と本人は言っているが受け入れられなかった)する前のもので、顔のほとんどが隠れているが……目元だけでも、優しげな苦笑を浮かべているとわかる彼がいる。

 

 写真は、ツキノワが治療に預けられている際に記録していたらしい。

 

 

『 ──高等部二年時、前任者であるネイト・ミトツダイラの後任に就く形で武蔵アリアダスト教導院総長連合麾下、『番外特務』に就任する。 』

 

『 ──なお、アリアダスト教導院総長連合の番外特務は『武蔵の専守』、そして『武蔵の民の護衛』をその主な任とする。その任を果たすために、公的に武装が許されない武蔵において、貴族・従士・襲名者でないにも関わらず武器の所持及び使役を許された数少ない人物である。 』

 

 

(高等部二年……つまり一年前。時期を見ても、ホライゾンがP-01sとして武蔵に来たタイミングと一致している。偶然では……まあ、ない──よな)

 

 

 苦笑を浮かべる写真の男に、正純は苦笑を浮かべ返そうとして──できなかった。

 

 ……代わりに、僅かに鎌首を上げたその感情は、姫に対する羨望か……それとも。

 

 

 正純は頭を二度振り、心の中のそれに、上からそっと押さえつけて蓋をする。顔の輪郭を撫でるような動きで表示枠を動かして位置を変えた。

 

 

 

 ──ここまでの情報は、先ほどの情報の延長線上。少し時間をかけて調べれば難なく手に入るものである。

 同時に、これ以上の情報を得る事ができないのである。事実、正純はこれ以上の内容を通紳を通して調べることが一切できなかった。

 

 

 

 故に、ここからは正純自身が見た事。そして、正純自身が人の言葉を聞いて集めた『正純だけの情報』となる。

 

 

 

『 ──《守り刀の一族》── 』

 

 

 その彼女が……止水という存在を語るにあたり、これは絶対に外せない情報だろうと先頭にした内容、その題目がこれだ。

 

 正純は先ほど自分が書き上げたばかりの文章を、確認の意味も込めてゆっくりと目で追っていく。

 

 

 

『 ──発祥・来歴を始めとする、様々な情報が謎に包まれた血族。極東に属している理由は定かではないが、武蔵が極東上の航行を始めた初期から武蔵に乗船していたと思われる。 』

 

『 ──特徴は緋色の和装。最低でも四本を超える刀を所持していることと、父母の容姿に左右される事ない黒髪黒瞳。 』

 

 

『 ── 一族に連なる者は非常に高い身体能力と戦闘能力を持っていたと思われる。止水はその一族の中でも『集大成』と言われるほどの実力(限界上限?)があるとの事。現段階でも発展途上である可能性が十分にある。 』

 

 

 ここで正純は一旦区切り、違う表示枠を持ってきて隣に並べる。集大成と言い示した彼女もまた、特記すべき情報であるからだ。

 

 

『 ──守り刀の走狗(守護霊?)。そもそもが通常の走狗とは根本から違う存在であり、また、生前があることから現代でいうところの霊体が近いのかもしれない。常時は走狗型の姿だが、等身大……生前の姿で出現することもできるらしい。 』

 

『 ──現段階で確認されているのは四人。四人全員が金偏の一字で(『金殺(つるぎ)』『金屯(なまくら)』『金包(かんな)』『金豈(よろい)』。武蔵の会計が反応しそうである)名を示している。一人一人が特化した力を持っており、止水が召喚し、術式【変刀姿勢・戦型】を発動させることで、その力を発現させている。 』

 

『 ──強大な力ではあるが、その反動として術者である止水に大きな負荷がかかる模様。……それを彼らも望んでいない節があり、できるなら近日中に彼ら彼女らを交えて、改めて話し合いの場を作る必要があるだろう。 』

 

 

 

 ──まー。

 

 

「……うん、大丈夫。そうだ、そうだよな。『一緒に戦う』って、私が言ったんだ。尻込みなんかしていられないさ」

 

 

 どこか気遣うような鳴き声に、正純はしっかりと答える。

 

 ……英国でエリザベスに突きつけられた『無知』という言い逃れようのない事実。実際、『共に戦う』と声高に掲げながら、三河では結局止水一人に無理を強いてしまったのだ。

 

 止水の身を案じるのであれば──……そんな考えを、僅かにでも持たなかったのかと問われれば、正純は即答ができなかった。

 実際、英国と武蔵の国力差は歴然としたものがある。もしも、『止水の英国転校』がエリザベス一人の独断専行ではなく、国家として動かれていたなら結果はどうなっていたかわからない。

 

 だからこそ、『武蔵の刀である』と止水が自ら英国に、そして世界に宣言するために会議の場に来た時──当時は緊張や混乱もあって気付けなかったが、冷静になった今思い返せば……よく破顔しなかったと思うほどに、嬉しいものだった。

 

 

(課題は多い上に難題ばかり──だが、模索を続けるしかない)

 

 

 

 英国は、守り刀を守ると言った。

 

 武蔵は、守り刀と共に戦うと言った。

 

 

 つまり武蔵は……守り刀に──止水に、戦わせる。その実力ゆえに常に最前線に立つだろう。そして窮地となれば、彼は迷うことなく走狗を喚び術式を用いるだろう。

 

 ──それを、止めない。

 

 

「……やってやるさ」

 

 

 止めず、先駆ける彼の背を追っていく。武蔵が一丸となって、追いかけていくのだ。時には先を取り戦場を誘導し、時には傷つき疲れ果てた止水を守る壁になる──これを、理想として、武蔵は進んでいく。

 

 

 ──公言を守るのは、そして、守るために行動するのは、政治家として当然のことだ。

 

 

 余談だが、公式な両国会議であったので、正装の止水の画像を見つけるのは簡単だった。……それを別途、暗号文字(パスワード)必須のフォルダにしまったのは内緒である。

 閑話休題。

 

 

 呼吸を一度。そうして意識を切り替えることで、この先にある文章に対する心を構えた。

 

 

 

『 ──重奏統合争乱。神州と重奏神州の激突の危機に守り刀の一族が駆け付け、対消滅という最悪の結果を防ぐものの……力を使い果たした一族は神州側に攻め込んできた重奏神州の兵に討たれ……止水の直系に当たる祖先を残し、滅んだ。 』

 

 

 お腹の下の方の熱が消えていく感覚に、正純は顔をしかめる。

 ……その当時、何があったのか。何が起きたのか。……知る者はおらず、今となっては知る術もない。三河で松平 元信公が世界へと遺した言葉だけだった。

 

 

 英国の長──妖精女王エリザベスの慟哭を聞くまでは。

 

 

(悔しいが、おそらく……あの走狗たちを除いて、止水本人も除いて──守り刀の一族を最も知っているのは、彼女だ。花園で色々教えられたが……間違いなく、まだいろいろと知っているはずだ)

 

 

 そのエリザベスは、夢に見ると言う。……守りの刀の一族の、誰かしらの記憶を。

 

 女系の一族で女の方が圧倒的に多い、と言っていたことを思い出し、正純は情報を追記する。……花園でわずかに見れた止水の母、彼女も何かしらの行動を取っていたことも。

 

 

 その件についても多少調べたが……これが何も出てこない。武蔵に所属こそしていたが、そのほとんどの期間を武蔵の外で過ごしていた程度だ。どこへ行き何をしていたのか、さっぱりなのである。

 

 

「歴史に、語られぬ一族……か」

 

 

 守る歴史……守れぬ歴史。──そして、裏切られる歴史。

 その繰り返しだと自身の無力に憤りながら、エリザベスはそう告げた。そう告げた上で、もう二度と繰り返してはならぬ、とも。

 

 三河直後の行先に、英国を選んだのは……色々とあったが正解だったのだろう。知らねばならないことを知ることが出来て、『近くにいるのだから』という何の確証もない安心感を壊すことができた。

 

 

 ……焦ることはない。だが、呑気に構えていれば、本当に最悪の結果を見ることになる。

 

 

 

 

「……ただ、うちの連中というか、当の本人がなぁ……」

 

 

 ──まー?

 

 

 無意識によしよしと撫でながら、思い浮かべるのは梅組のメンバーだ。

 

 能力は高いが外道が多く、敵の隙よりも味方の隙を見つけるのが上手いときている。

 

 

 狂人も変態もいて、どこまでが本気でどこからがブラフなのか、その基準が未だにさっぱりわからない。……わかるようになったらなったで、つまりは同類ということなのでそれも嫌だ。

 

 

 そして、これは止水にしても同じようなことが言える。平時は常識的かつ温厚で、大変頼れる存在なのだが、有事……戦時になると外れちゃいけない何かが大量に外れる。

 止水一人に負担をかけまいとしても、止水自身が最大危機場に全力疾走してしまえば……武蔵の誰にも、彼を止めることはできないだろう。

 

 

「……これも、要会議だな」

 

 

 少ない一族の情報をフォルダーにしまい、また止水個人の情報を前に置く。

 

 『守る』という意思……一族故なのかもしれないが、止水はその行動理念が特に、過剰にと言っていいくらいに強い気がする。──その原因かもしれない情報に、正純は手を伸ばした。

 

 

 

『 ──十年前、武蔵の完成を祝う式典のなかで、ホライゾン・アリアダストが事故に遭い落命する。事故を起こしたのは元信公の乗っていた馬車であり、その彼女を追っていたという葵 トーリも重傷を負った。……その同日、止水は葵 喜美に式典へと連れ出されていた。 』

 

「……守ると誓い、守れなかった。あいつが、守り刀を継承した原点でもあるんだよな」

 

 

 母から何も教わっていない。──そう、どこか寂しげに語る男の苦笑は、今でもしっかりと思い出せる。聞かされているのは守り刀という一族の生まれであることと、緋衣の由来だけ。剣術のイロハどころか、握り方すら教えられていないという。

 

 

 それでも、守ると誓い──しかし守れず。されど、もう一度守ると誓ったその時に、守り刀を継承した止水。

 

 

「その、先駆けとして行ったのが──」

 

 

『 ──守り刀の術式。その一つである『守りの術式』。

 武蔵の全住民(ヤクザなど、不法滞在者を除く)をその対象とし、対象に生じた負傷を術者である止水が肩代わりする術式。術式の度合いは深度で表現され、最深の加護になれば、害を生じるだろう痛みとすべての傷が止水に奪われる。 』

 

『 ──なお、術式は外部的要素の負傷に限定され、内部的な負傷(病による頭痛や腹痛など)は範囲外である。また、『止水本人との接触による負傷』や、『男女の差異がある部分』も対象外とされる。細かい術式設定はまだ多いらしいが、術者本人が「忘れた」とホザイタので要々調査の必要あり。あのバカ自分のことだろう。 』

 

 

 最後の十二文字と、その直前のスラング表現を消そうかどうか迷い、残しておくことにする。

 止水が術式を発動させて十年。武蔵はその間老衰と病気以外の死因による死傷者を一人も出していない。この事実がどれだけ凄まじいことなのか……あの大バ刀は、知りもしないだろう。

 

 

「あとは──」

 

「あとは、なんだ? 正純」

 

 

 ……声に硬度なんてないが、その声を喩えるならやはり『硬い声』だろう。

 

 条件反射で座っていたソファから立ち上がり、背筋を伸ばして声の方向へ向く。本多正信……正純の父がいた。仕事の帰りなのか、資料が入っているだろう鞄を手に持っている。

 

 

「え、えと、これは、その……」

 

 ──まー!

 

「ちょ、ツキノワ! お前それ浅間からもらった対霊爆弾の術式!? 待て! 待てって!」

 

 

 両手を広げ、三日月の模様を見せつけるように。正純を守るようにして正信の前に浮かぶツキノワに、正信は目を細める。

 

 

「……。自分の身内の存在くらいは教えておけ、正純。それは──なるほど、彼の情報か」

 

「あ、も、申し訳ありません……三河での決起と英国でエリザベス――女王陛下に示唆されたこともあって、彼のことを改めて知るべきだと……」

 

 

 身が竦んでいくのがわかる。手で抑えたツキノワもそれを感じたのか、警戒の度合いをあげていた。

 

 正信はそれを意にも返さず、目を細めたまま正純の書き上げたレポートを黙読しているのだろう。

 

 

「……一応は、基本的な内容は抑えているようだが、まだ浅いな。三河では威勢と勢いはあったが……まだ実を得てはいないということか。それも、他国の長に指摘されて動き出しているようではな」

 

「……っ」

 

 

 溜め息混じりの父の評価は、及第点をかなり下回るものだった。

 

 正純に反論はできない……なにせ、事実なのだ。自分自身で思っていたことを再度突きつけられて、閉口し俯く以外に正純にできることはない。

 

 その父が、手元で表示枠を開いて何かしらのやりとりをしている。どちらが片手間の案件なのかは……考えないようにした。

 

 

 

―*―

 

 

ノブ誕『唐突だがすまない。みんな聞いてくれ。──うちの正純が可愛すぎて生きてるのが辛い』

 

正副会

 &  『じゃあ死ねよ』

暫定組

 

 

ノブ誕『だが生きるぅ! 正純のヴァージンロードの付き添いをするまではぁ! 反論できずに俯くウチの娘キタこれで勝ツル!』

 

コニ誕『本多家で今期アニメ上映会すると言っておきながら、ノブタンまた正純さんをイジメてるんですか!? いい加減ツンオンリーのツンデレパパやめないと『お父さん嫌い! 家出』からの『結婚()()()()報告』のコンボされますよ!?』

 

 

ノブ誕『なん、だと……!? ど、どうしたらいいんだコニえもん!』

 

コニ誕『しょうがないなぁノブ太君はー。○○○○ッ○ッ○~、ツンデレの『デレ』~』

 

 

―*―

 

 

「──ふむ。なるほど」

 

 

 片眉を上げる。睨む一歩手前の眼差しを一文に送り、眼を閉じている父のその癖を見て、『言葉を作っている』と判断し、黙って待つ。

 

 

「……正純。これから議会の者が家に集まって会議を行う。しばらく……いや、もしかしたら1日かかるかもしれん。議題のいくつかに、かなり機密を含む内容になるのでな……その間、すまないが家を空けてもらえるか?」

 

 

 表示枠を見ながら、なにやら険しい顔になり、数秒悩んだ父がそう告げてきた。

 

 家で? という疑問が当然浮かんだが、それもすぐに消える。武蔵に来てすぐの頃に、この家には武蔵でもトップクラスの防諜設備が施されていると父から聞いている。その実情こそ教えられてはいないが、一年の内で武蔵の重鎮がかなりの頻度で集まることもあったので、今回もそれだろう。

 

 しかし……家から出ろ、と言われたのは流石に初めてだった。言葉には頼むようなニュアンスがあるが、実質は決定事項だ。反論はできない。

 

 

 正純は了承を伝える頷きを返しながら、内心で一晩をどこで越すか悩む。

 

 そんな娘を見つつ、父親は咳払いを一つ置いて告げた。

 

 

 

「これは独り言だが……用意周到にして備える事が、政治家としての常識だが……時には勢いのままに本丸へ乗り込むことが最適解になる事もある。……ことさら、己の知らぬことを知ろうとするならば、たとえ聞き辛かろうとその件の当事者に聞くことが一番の近道となることもある」

 

「……え、と。それは……?」

 

 

 独り言と前置きした父の言葉を、正純は正しく理解する。止水(本人)に聞け、という、父なりの助言なのだろう。

 

 

「……さて、そろそろ議会の皆さんが来る時間だ。もう行きなさい。──お前の踏み込んでいく時の力強さは、中々のものだと私は思っているぞ」

 

 

 

 

 ──父親に背を押されて家を出る、という久しぶりか……もしかしたら初めてのことに戸惑って、正純は返答もできず、ツキノワを伴って家を出る。

 

 不器用ながら助言されたことにも驚き、驚いたがゆえに──

 

 

 

 

「……止水の家の住所を知らない、なんて……それこそ言えないよなぁ」

 

 ──まー。

 

 

 

 

 正純はツキノワの首元を擽りつつ、とりあえず、知っている友人の家を目指す。

 

 『歴史に記されない一族』である止水のことを知るならば、文面ではなく……人の言葉を聞いて行くのが正しいだろうと決めて。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 【丸べ屋】

 

 

『あれ? 正純? ウチに来るなんて珍しいわね~。冷やかしにきたの?』

 

『あの、オーゲザヴァラー? そこは『買い物に来た』って聞かないか? ふつう』

 

『え……だってお金持ってきてないでしょ? 』

 

 

 ……金どころか、正純は財布すら持ってきていなかった。

 

 ツキノワとエリマキが何やら意思疎通しているのを傍に、本題へ。

 

 

『──ふーん。止水君のことを、ね。けど、それなら私よりもシロ君の方が接点は多いから……丸べ屋として見ると、『どこよりも大切な商い相手』ってところかな』

 

『確か止水が作ってる酒……緋の雫、だったか? その卸し先だったか』

 

『Jud. うふふ、今となっては丸べ屋の鉄板目玉商品って言っても過言じゃないのよ? あ……でも、値段を決める時にちょっとあってね』

 

『──へぇ……ちょっと意外だけど、止水もそういう話はしっかりするんだな』

 

『ううん、違うの。値段を決める段階でね? 止水君、こっちに全部任せてきたのよ。仕入れ値も卸し値も、なにもかもぜーんぶ。さすがのシロ君も、

 

 『もっと疑え! 私がお前を騙すともしれんのだぞ!?』

 

 ──って怒ったんだけど……そしたら止水君がね。

 

『お前を疑うくらいなら、俺は信じて騙されて、知らないままの方がずっといい』……って』

 

 

 

『…………。それは、また』

 

『止水君って、無自覚無意識なんだろうけど、結構演出家気質のところあるのよね。で、それ聞いてね、シロ君ったら耳真っ赤にしちゃって、もー照れちゃって可愛くて素敵で、その日の夜は私の方から襲ってやろうかしらって思うくらいでね、ヤバいのよああ思い出しただけでご飯五杯はいただきますなの。それでねそれでね!』

 

 

 数分旦那自慢が続くので割愛。

 

 

『──っと、いけない、この後商談があるんだった! ごめんね正純! それじゃ!』

 

『あ、ああ。時間取らせてすまな──……あっ』

 

 

 

 取引しているなら、家の場所を知っているはず……そう思い至った時にはすでに遅く、ハイディはもういなかった。

 

 あきらめながらも思い返せば、確かに止水が場を高める発言や行動をとる節があることを思い出す。ほとんど無意識だろうが──粋で雅を愛する、とどこかの女王も一族のことを言っていたのをふと思い出した。

 

 

 

 

 【浅間神社】

 

 

『すまないな、浅間。突然押しかけてしまって……』

 

『いえいえ構いませんよ。……玄関から呼び鈴ならして、その上『お邪魔します』で入ってきてくれるだけで、うちにとってはもう賓客ですから。ええ』

 

 

『はは……それで、その』

 

『──Jud. 止水君のこと……ですよね? もちろん、私が知っていることでよければ喜んで……と言いたいんですけど、私もそこまで深く知っているわけではないんです。……彼が『特殊な一族の生まれ』ということは知ってましたけど、その一族が『どう特殊なのか』とか、そういうことは知りませんでしたし……』

 

『そう、か……』

 

『浅間神社として深く関わっているのは、付喪神との契約──は雛形を作っただけですから、強いて挙げるなら例の守りの術式です。無調整だとあらゆる負傷を何でもかんでも奪ってしまいますから。

 ……まあそれも、これまでの一連の出来事で簡単に『知ったこっちゃねぇ!』って振り払われてしまうことがわかったわけですが。大体、私ほとんど関われてないんですよ……! 調整とかいろいろ、みんな父がやって……私が加わろうとすると逃げ出すってどういうことですか全く!』

 

『(……い、今湯呑みから変な音しなかったか……?)し、止水個人のことでは? 葵たちと同じで、一番長い付き合いだって聞くが……』

 

 

 怒りを吐息に込めて吐き出して治めて、そうですね……と、湯呑みを置いて手を顎に添える。それによって梅組1位の巨乳が揺れるが──そんなことよりも湯呑みにしっかりと走っている罅に正純は眼を見開く。

 ……経年劣化だろう。きっと。そうでなければ、『弓を持ってないから安心』という理論が根底から崩壊してしまう。

 

 

『最初は普通の──それこそ、どこにでもいる……ちょっとおバカな男の子でしたよ。突拍子もない上に予想も回避もできないおバカやらかしまくるトーリ君とか、それこそ産まれたときから唯我独尊を貫いて変わらない喜美と違って、なんと言いますか……こっちに被害の来ない、微笑ましいおバカをする感じで』

 

『なんでだろうな……想像がすごい簡単にできるんだが。止水だけじゃなくて三人とも』

 

『根っこは変わってませんからね。でも、止水君だけ──ちょうどあの人のお母様が亡くなったころからですかね、こう……変わってはいないんですけど、重くなったというか……しっかりと根付いたというか……あ、おバカなのは変わらないんですよ? なのに一人だけなんか、先に進んでしまった感じでした。

 ──それでも当時はまだ四歳でしたし……私の家や、葵家で引き取ろうって話も出たんですけど……本人がかなり頑なに拒みまして』

 

『そのまま、今に至る……と。あとは、十年前の……?』

 

『Jud. 十年前……八歳でホライゾンが事故にあって皆が泣いている時にも、あの人は一人だけ泣きませんでした。三河で、直政(まさ)が言ってましたよね。──喜美がトーリ君に付きっ切りになっている中で皆を励まして、それに私たちは甘えてしまったんです。

 

 ……本当は、一番泣きたい──いえ、泣かなきゃいけないのは、あの人だったのに。それに……』

 

 

 そう言って俯きかけた智が、ハッと顔を上げる。

 

 ……重い。空気が重い。トーリのエア支え……はそもそも不必要としても、女子二人が向かいあって醸し出していい空気ではない。机の端の方で遊んでいたハナミとツキノワも、どこか悲しげにしゅん……としているではないか。

 

 

『え、えと、あとは〜……そうですね……そ、そう! マッサージ! これがすっごい上手なんです! で、でも最近、っていうか高等部に入ってからなかなかやってくれないんですよ!? トーリ君のお母さんやウチの父にはやってあげる癖に!』

 

『……凝りそうだもんな、肩』

 

『ええ、最近また……って、あ、ち、ちっがいます! 正純!? 眼が怖いですから!』

 

 

 知ってる。意図して乗っかって、怖い目を意識してるだけだ。……おかしいな? ハナミとツキノワも抱き合ってカタカタ震えてルゾゥ?

 

 

 

 ***

 

 

 

「──おや、正純様と浅間様。お二人でブルーサンダーにいらっしゃるとは珍しい……冷やかしとお買い物ですか?」

 

 

 陽が傾き、西の空を茜に染め出して暫く。

 もうそろそろ閉店の準備をしようか──という軽食屋に、姫の毒舌が炸裂した。……その直前に鳴った小気味の良い鐘の音が物悲しく聞こえたのは気のせいではなかろう。

 

 

「……なあ、そろそろ、泣くぞ? 私だって、限界がきたら、泣くんだぞ?」

 

「ンフフ、泣いてもいいのよ貧乳政治家。この賢姉様が胸貸してあげるわ──有料で!」

 

「──……。

 

 もう、いい、しすいのとこいくもん。わたしとツキノワのふたりでいくもん……ぐすっ」

 

 

「わー!? 喜美がトドメさしてどーするんですか!? ほ、ほーら、正純。こっちの胸は無料で──喜美は開いた表示枠(ソレ)を今すぐ閉じなさい! ──ハナミ!」

 

「──ちぃっ、浅間巫女の権力乱用なんて卑怯な……っ! アンタそれでも巫女!?」

 

「巫女ですよ紛う事なき! あっれ? 悪いの私ですかこれ!? 大体それを言ったら喜美だって有料でなんて、破廉恥じゃないですか!」

 

「有料は有料でも、人見て値段決めるからいいのよ! ち・な・み・に! 一見さんお断りよ残念でした男衆ぅ!」

 

 

 

    ──なお、当方……手綱を見つけることができませんでした。

 

 

 

「……このホライゾンが、合いの手を入れる間もないとは──やりますねお三方」

 

「私を含むなよぉ……」

 

 

 

 ……閑話休題(副会長慰め中)

 

 

 

「で? 止水のおバカのことを知りたいらしいけど……この案件でこの私を後半に持ってくるとか、いい度胸してるじゃない貧乳政治家──それで、今どんな感じなの?」

 

「まもっ、んん! ……守り刀の一族については、やはり情報が少ない。何代か前から武蔵に在籍していた事実はあるのに、先代の……止水の母親の名前がわかっただけだ。止水については……友人を名乗れるかどうか、と言ったレベルだろうな。これでは」

 

「ふむ──言われれば、ホライゾンもあまり詳しくはありませんね。いろいろと人間やめてーらな身体的能力と、昼寝込みで寝るのが大変お好きな方としか。

 

 ああ──……あと、擬似再起動中のホライゾンに過去形告白をする、意外性益荒男ですか」

 

 

 湯呑みが軋んだ音がした。発生源は複数あったのと微かであったため数ははっきりとしないが、ホライゾンがその発生源を認識しようとする前に、手が頭に置かれて止められる。

 

 

「んふ、未来愛義妹ホライゾン。良い女は、告白された回数は誇らないの。──本気で惚れ抜いた相手が、一人だけであることを誇りなさい?」

 

 

 

 そのホライゾンの隣。湯呑みを()()()()()()()()姉が、優しさしかない笑顔で説く。それを見て、幼馴染の巫女は強かだなぁ、と苦笑した。

 

 ──弟がいる。そして、弟を介して義妹もできる。その上で、己が最後の一人を捕まえれば、この姉の完全勝利だ。

 

 

(しかも、牽制してますよねコレ)

 

 

 未来の愛おしい義妹……その意味は、決して浅くはないだろう。

 

 

「それにしても、ちょっと思い出したわ。先代──御義母様は、何を隠そうこの賢姉の永遠目標なのよ?」

 

「あ、それなら私も少し覚えてますよ。本当に綺麗な方でしたよね。誰にでも気さくで、優しくて……」

 

 

 幼馴染二人がうんうん頷いて、正純も花園で見た姿を思い返して頷こうとして。

 

 

 

「「──止水のおバカ/止水君 にだけは超ハード だったけど/でしたけど」」

 

「……へ?」

 

 

 声が上擦って変な音が出た。

 

 それに気付かず気にせず、二人は続ける。

 

 

「ふらっと帰ってきて、母子の触れ合いだーって言って、止水君の首根っこつかんで航行中の武蔵から真下の樹海に飛び降りたりしてましたからね。──止水君も最初の二、三回は落ちる事に悲鳴上げてたんですけど、それ以降は絶対落ちた先の事を想像して悲鳴上げてましたから」

 

「いや、え?」

 

「うわぁ、と、ぎゃあ、の差よね。フフ……今だからぶっちゃけトークるけど、母さんに言われるまで、いい女の条件だと思ってたもの。武蔵からの紐なし落下」

 

 

 ロリ私も浅はかねぇ、と笑う喜美と、苦笑を返す智。

 

 ……三人がズズッ、と茶をすする。茶をすすれなかった正純は、見惚れて目標にしようとしていた女傑の意外すぎる一面に、かなり揺らいでいた。

 

 

(いや、でも──それなら花園での止水の対応も頷ける、か?)

 

 

 天敵を目の前にしたような、諦観の中にも必死の抵抗を見せるような止水の行動を思い出し、一応納得しておく。

 

 

 そしてそこから、幼馴染二人の会話は弾みに弾んだ。

 

 

 

 ……食べ物の好き嫌いは基本無く、酒の好き嫌いも基本無い。結構な量の酒を飲み干しても深く酔ったところを見た事がなく、頻度も二週に一度程度と、酒好きと言われる割に意外と少ないこと。

 

 ……筆記系は残念だが、実技系の教科は軒並み高水準である。料理はトーリや御広敷には劣る上に大雑把な男料理だが中々に美味く時折食べたくなったり、大抵の楽器が弾けるし吹ける上に、滅多に聞けないが歌も侮れないということ。

 

 

 ……あの体格で、もしかしたら女子よりも可愛いくしゃみをすること。そうなる理由になった鈴の話。そして、鈴と止水の間で交わされる打音による秘密の合図がずるい羨ましい。

 

 ……直政が最近怪しいわあれは発情している女の顔よ。発情って……それをあなたが言いますか? つかあの騎士狼もうデッレデレじゃないあの高襟私が預かったのよ返しなさいよ、だからそれをあなたが言いますか?

 

 

 ……最近マッサージしてもらってないんだけど。私もですよ。……愚弟も上手いは上手いんだけど、もうちょっと奥なのよねぇオク。ってあなたトーリ君にさせてるんですか!? 姉特権ってステキよね!? マーベラスッ!

 

 

 

「……なんか、途中から絶対変な方向に突っ走ってる気がする……」

 

 

 あ、反語だ。と、一応書き留めておいた内容を読み返しながら正純は小さく呟く。幼馴染二人が勢い付いて大体中盤くらいから、止水の情報ではなくなってきているのは、確かだ。

 

 

「なによ、女が男を語り出したら、フツーこんなもんじゃない。これでも私、初心者のアンタとホライゾンの為に超抑えてあげたんだから! 私たちってエロくない!?」

 

 

 言い間違いだろう。ロ、ではなく、ら、だろ──というツッコミも最早力なく。途中から思いっきり我欲を暴露していた巫女は歩きながら頭を抱えて反省していた。……私たち、というのに反論しなくていいのだろうか。

 

 

「で、マッサージ云々が拗れに拗れ、ホライゾンたちは喜美様先導の下、止水様の自宅へ向かうのであった──まる」

 

「ナレーション、いるか今? にしても……」

 

 

 青雷亭がある右舷二番艦『多摩』から後方へ向かい、右舷三番艦『高尾』を経て、浅間神社から来た智と正純は戻る形で中央後艦『奥多摩』へ。後悔通りを越えて教導院を横目に、正純は同艦内にある学生寮を思い浮かべた。

 

 

「──……あれ? おい、ここじゃないのか?」

 

 

 学生寮に着き、しかし先導の足は止まらず、続く智の足も迷うことなく続いていく。

 

 そのまま奥多摩を通過し……一行は、左舷三番艦『青梅』へ。左右三番艦は極東民の住居が多くあるため、全十五階層と他艦に比べてかなり階層が多い。そこから昇降機を使うことなく……街中を進んでいく。

 

 

 

 

「着いたわよ」

 

「いや、着いたって、お前これ……」

 

 

 

 ……武蔵左右三番艦、その第一階層(表層)。そこは、航空都市艦である武蔵において特級の一等地だ。一般人が見聞けば軽く気絶してしまうほどの高額の値が土地に掛けられている。

 

 そこを、まるで占領するかのように聳える高い塀。そして、正純たちがまさに目の前にしている立派な両開きの屋根付き門。来るものを拒んでなるかと全開に開いた戸のその奥には、白い石畳の道が十メートル以上伸びて家屋の玄関へと伸びている。

 

 

「い、家っていうかお前──これもう『屋敷』だろ!? しかも老舗旅館とか、そういうのでも十分通るレベルの! アイツこんなところに住んでるのか!?」

 

 

 石畳に一歩進めば、左右に広がるこれまた広い庭だ。正確な広さはわからないが、教導院の校庭の半分はおそらくあるだろう。本邸とはちがう構造の蔵のような建物も、廊下続きの離れのような建物も確認できる。

 

 本邸そのものもかなり立派だ。華美ではないが、センスというか品が良い。旅行に出て、ここが今日の宿だと紹介されれば、正純ならば間違いなく満面の笑みを浮かべるだろう。

 

 

 しかし、立地……土地と合わせても、小西クラスの豪商が持てるかどうかという物件だ。というより、土地のない武蔵でこれだけ広い土地を遊ばせておけば、批判が殺到してもおかしくはない。

 

 

「落ち着きなさいよ貧乳政治家。そんなこと言われても、実際ここの所有者は止水のおバカなんだから仕方ないじゃない」

 

「経緯を教えろ経緯を! 同年代で商人やっているベルトーニでも多分無理だぞこれ!」

 

「もう面倒な女ねぇこの子……止水が所有者でも、止水が買った訳でも建てた訳でもないわよ。ちょっと頭冷やしなさい」

 

 

 そう言われ、跳ね上がった気持ちの温度が下がってくる。よくよく考えれば、喜美の言う通りだ。住んでいるからと言ってそこを建てた訳でも購入したわけでもない。

 武蔵が現在の八艦構成になる前から守り刀の一族の誰かが所有権を持っていたなら、その直系の子孫である止水に土地や建物が相続されていたとしても、なんらおかしくはない。

 

 

 石畳の道を進みながら、敷地内をせわしなく観察しながら、当然の問いをかける。

 

 

「……なんでこんな立派な家を持ってるのに、野宿とかしてるんだ? アイツ……」

 

「『無駄に豪勢過ぎて一人で寝るには落ち着かない』って。実際部屋余りまくって、愚弟たちが外の蔵をエロゲ倉庫にしてるとか言ってたわよ」

「え、あれってマジなんですか? ……新作は入って無いですよね? 買うときは悲しい系ENDのが無いかどうかこっちで検査(毒味)するって言ってあるんですけど」

 

 

 そんな聞きたくなかった実情を智から聞き──武蔵決起直前に正純が手にしたエロゲ──『絶頂! ヴァージンクイーンエリザベス』とやらを思い出す。あれは、英国のエリザベスさんと関係があったりするのだろうか……なんてズレた思考も挟みつつ。

 

 

「……男って、どうしてそういうことに金かけるんだろうなぁ」

 

「「「その男に昔なろうとして、ついこないだまでなりすましてた人がそれを言いますか」」」

 

「──訂正する。あのバカどもはどうしてこういうことに金かけるんだろうな。と……さて」

 

 

 たどり着いた、個人宅にしては大きすぎる玄関を前に一息。参りの挨拶の定番である『御免下さい』と言葉を作ろうとして、できなかった。

 

 

「……なんだ、この荷物?」

 

 

 大きな旅行カバンが幾つか。家財道具と、引越用の強化紙箱が数段。個人の荷物にしては多く、家族にしてはやや少ない。それが、広い玄関で左右に分けられて一組ずつ。

 

 

「む、お客人ですか? 大変申しわけありませんが、現在当家の家主は……おや?」

 

 

 そこで思考を、場に集まった()()全員が止める。

 

 角を曲がって屋内から来たのは、どこか無感動に聞こえる淡々とした女の声で、声に続いて現れたのは、小柄な女性……。

 

 

「立花 誾……? なぜここに?」

 

 

 西国無双、立花 宗茂が妻、誾その人だった。大型の義手は室内故か外されており、普段着けている帽子もない。しかし、トレス・エスパニア式の重級の赤い制服はそのままだ。

 

 驚いて目を丸くしていた誾がなにかしらの説明の言葉を作ろうとして、正純たちから視線を少し上に外す。

 来訪してきた女子四人、その後ろを伺う形で。

 

 

 

「……ん? あれ? なんでみんながここにいるんだ?」

 

「お客さんですか? 止水さん。と、お待たせしました、誾さん。荷物はこれで最後になります。止水さんもすみません、これからご厄介になるというのに搬入を手伝わせてしまって……」

 

「あー、いいっていいって。宗茂だって、まだ病み上がりなんだろ? これくらいの手伝いなら構わないよ。んで、立花。部屋は決まったか?」

 

「Te……いえ、Jud. 武蔵は航空都市艦なので日当たり云々は余り関係がありませんから……少し大きめの一室をお貸し頂ければと。

 

 ──しかし、本当によろしいのですか?」

 

 

 布製のバックを幾つかを背負い、幾つかを刀に引き下げた止水と、その後ろで止水の半分くらいの荷物を手に持っている極東制服を着込んだ宗茂が帰宅した。

 

 玄関の片側に積まれている荷物の山を高くしつつ、止水は笑う。

 

 

「Jud. 気にすんな。棟梁たちに聞いた話じゃ、どうしても学生寮は後回しになるらしいから、早くても一月は掛かるっていうし……その間、ウチで良けりゃ使ってくれよ」

 

「えっと……話の流れから察すると、学生寮の修繕が終わるまで止水君の家に立花ご夫婦が居候、という形ですか?」

 

 

 智が前後を交互に見て出した推論で正解だったらしく、三様の頷きが返ってくる。

 

 正純は、そういえば──と。先のアルマダ海戦で三征西班牙に巨大な木杭を落とされて、武蔵野にある学生寮に結構な被害が出た、という情報があったことを思い出す。

 現在在籍している生徒は、残ってる部屋でギリギリ押し込めたり一般家庭の余ってる部屋を借家契約で一時的に貸してもらう形でなんとかなったと報告を正純は受けていたのだが。

 

 

転校生(立花宗茂)留学生待遇(立花誾)……しまった、この二人の住居確保をしてなかったのか)

 

 

 確認漏れ──というよりも、正純たち上位役職者の方から気づかなければいけない案件だ。

 

 立花夫妻は身一つで武蔵に来ている。当然、三征西班牙出身の二人が武蔵にツテなんてあるはずもなく、住居の手配は難しい問題だったろう。偶然かもしれないが、止水に上手くカバーされたようだ。

 

 

「しかし、家賃無料というのはさすがに……家計を預かる身としては大変にありがたいのですが……」

 

「使ってない部屋だから構わないって。トーリたちだって表の蔵勝手に使ってるくらいだし。それに、なにかとこれから入り用だろ? 貯めとけ貯めとけ」

 

「……なんですか、この器量のどデカイ益荒男快男児は。武蔵最強は懐も最強という……これを共有財産にしているとは、やはり武蔵は侮れません……!」

 

 

 止水からの提案は、立花二人にとってはこれ以上ない優良提案のはずだ。にも関わらず、誾が何故か悔しそうに戦慄している。

 

 

 ──「宗茂。立花がなに言ってるのか、お前わかる? 俺が共有財産とかなんとか……どういうこと?」

 ──「ちょっと思い込みが激しいんです。それに、勘違いと後で気付いて、真っ赤になって恥じらう誾さんがまた素敵なんですよ」

 

 

 後方の男子のさわやかな方から、もの凄い仮想熱(ノロケ)が来て、巫女と姉が暑い暑いとお互いを手で扇いでいる。

 

 

「……ん? なあ止水、こっちの荷物は立花夫婦のだとして、そっちのもう一組のはなんだ? 明らかに二人の私物と物が違うんだが」

 

「ああ、そっちは点蔵たちのだ。……なんでも、親父さんに家追い出された上に、学生寮にこれまた空きがないって今朝方来てさ。今はメアリの生活に必要なもの買いに出てる。夕飯までには戻るって言ってたから、そろそろ帰ってくると思うぞ?」

 

 

 と、軽い感じで止水が告げる。

 

 

「ほう、つまり二組の夫婦の中に止水様という男性が一人──つまり、『この泥棒猫……ッ!』がリアルに再現されるわけですか」

 

 

 ……玄関の引き戸の一枚を外し、身体を隠すように立てた上で顔を半分覗かせ―──ジト目を何故か正純に向けてくるホライゾンは、きっと平常運転だ。きっと平常運転なので正純は無視することにした。

 

 

 ──「あ、あの、止水さん? 姫ホライゾンの方が何を言っているのか、私にはわからないんですが……」

 ──「ん? ああ、安心しろ。俺もわかんないから。それよりも、姫さんが今引きはがした戸は……やっぱり俺が直すんだろうなぁ」

 

 

 立花夫婦はまだ慣れてないからしばらくは大変だろうなぁ、と思えるようになったのは、なってしまったのは……きっと、正純が手遅れな感じで染まってしまったからだろう。

 

 

「ンフフ、でもホライゾンの言うことも尤もだわ! 二組の夫婦と一人の男が同棲するのはアレよね! ご近所に変な勘違いされちゃうかもしれないわ! それだと色々困るから、し・ょ・う・が・な・い・か・ら! この賢姉様が一人寂しい止水のオバカのために泊まってあげるわ感謝しなさい!」

 

「いやちょっと待て葵。私も今日宿の手配が……」

 

「え? なに、お前らも泊まるの? ……似たような理由でそろそろ直政も来るんだけど……布団、足りるかな……」

 

 

 止水が呟いた一言に、姉の目がきらりと光る。

 

 

 

 そして、いつの間にか。どこで聞きつけたのか、誰が広めたのかは定かではないが……

 

 気付けば……梅組関係者がほぼ全員が、止水宅に集合する感じになっていた。

 

 

 




読了ありがとうございました!

後半へ続けようかどうか迷ってます……w

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