境界線上の守り刀   作:陽紅

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書き直しで白紙にすること3回……かなりの難産でした……。


二章 刀、迎える 【伍】

***

 

 

 

「……急げぃ愚弟!」

 

「黙れぃ! ワシが兄じゃろうがい!」

 

 

 夜中の町を走る二人は、一般的な思考の持ち主であれば身を挺してでも止めるだろうほどの、老人であった。絵に描いたような『仙人』を、まさしく『鏡写し』にしたような二人は、口汚く罵り合いながら駆けていく。

 

 

「『十勇士をけしかけてから向かう』という言を真に受けおってからに……! だから貴様はバカなのだ!」

 

「兄に向かって何たる言い草じゃ!? 先に『わかりました』と言ったのは貴様じゃろうが!」

 

 

 駆けていく最中で、手にした杖刀が抜かれずのまま二度、三度と交差する。急いでるんじゃないのか、という指摘をする者は、残念ながらいない。

 

 この二人こそ清武田教導院の副会長を務める佐藤兄弟……強国・大国の重鎮である。もっとも、現在においては威厳もなにも無いが。

 

 

「「ええい、こんな事をしている場合では……っ! 真似するな貴様ぁ!」」

 

 

 交差を再度。そして、跳ぶ。

 

 滲む汗を拭う事もせず、焦り……逸り。もっと早くとまた跳んだ。

 

 

 

「「お逸みくださいますな……義経様!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――「なんじゃあおんし、そげに不景気な顔ばしよってからに。……腹でも下しちゅうか?」

 

 

 確か、こんな感じじゃったかのう。ひどい訛りで、一瞬何を言われとるのか、わからんかったわ。

 

 

 ――「ほーん……義経公の名をのぉ。……で、義経ってだれじゃ?」

 

 

 多分、本気で呆けたのはこれが初めてだったかのう。だって、お前、『あの』義経じゃぞ? 草紙(マンガ)やらマジ伝説やらお前、いろいろ、ほれ。

 

 

 ――「知らんもんは知らんき。そのヨシツナちゅう名ぁ知ろうが知るまいが、ワシの明日の朝飯が変わるわけでもなかろーが?」

 

 

 ヨシツナ違うヨシツネ。ツネってやって義を……って思った当時のワシ、けっこうアレじゃのー。

 

 

 ――「おうおう、元気ば出たがか? そんだけ吠えりゃー大丈夫じゃき」

 

 

 

 そう、言って……ニシシ、と笑った――緋色の男。

 

 

 

 

(……似ておる、と……思うてしまうのは、やはり、贔屓目からじゃろうかのぅ)

 

 

 黒い髪と、黒い眼。

 

 ……具体的に『似ている』と断言できるのは、それだけだった。純極東系ならば、適当に集めて指差せば、結構な割合でその特徴の者に当たるだろう。

 緋色の和装も少し金を掛ければ用意する事は容易い。一族の特徴なんて、そんなものだった。

 

 

 決して、美形とは言えない顔立ちだ。美か凡かと問われれば、『間よりちょっと凡寄り?』と言われる、そんなレベルだろう。

 

 だが精悍な……どこか人懐きやすい面持ち、という点は、しっかりと似ているのだ。

 

 

 

(似ているからこそ、確かめねばなるまい)

 

 

 

 

 

 

「さて、駆け付け一杯が終わったところで、酔いの席の夜咄(よばなし)でもしようかの」

 

「別にいいけど……あの嬢ちゃん、義康だっけ? あいつに飲ませる必要、なかったんじゃねぇの……?」

 

 

 どこか同情するような、憐れむような視線を某所へ送る。具体的には、義経の宣言に悪ノリした氏直が、呑ませて潰した義康に。……安い挑発に簡単に乗った彼女もどうかとは思うが、度数の高い麦老酒をストレートで飲ませる必要はなかっただろうに。

 

 なお介抱を、という名目で女衆が義康を脱がせようとしていたが、上着を脱がしたあたりで硬直。「これはない……」「どっちの意味で?」という会話が挟まれ、安静にしておこうと大人対応。若干通夜のような雰囲気になったが、数分後にはまた乱痴気騒ぎを開始した。

 

 

 

 それら全てを踏まえて、義経は短く、かか、と笑う。――些細な事は笑えば大体済むのだ。長年の経験で培われたのだから間違いない。

 

 

「……ワシゃオンシに、ずっと聞きたいことがあっての? これを確めんと、いろいろと()に進めんのでな」

 

 

 

 そういう義経は酒を一干し。酒精の残る舌で乾いた唇を舐めて、湿らせる。

 

 ……呼吸を一つ挟み、告げた。

 

 

()()()()()()()……()()()()()()()()()()

 

 

 

 卓が静まる。……少し離れたところで卓に付いて騒いでいるジョンソンたちの声が、よく聞こえた。

 

 

「……それ、は……どういう意味だ? 義経公。なにを根拠に……」

 

 

 眼を数度瞬かせて惚ける止水の代わりに、問い返したのは、正純だった。しかし、彼女とて理解が追いついている訳ではない。止水の出生は確かにいろいろと謎が多いが、一族そのものを疑われたことはなかった。

 

 

「武蔵の副会長よ。むしろ問い返そうか。『何を根拠にこの男を守り刀の一族とするのか』とな……黒い髪も黒い瞳もありふれておる。緋衣も織れる。刀は、それらしい術式を用意すればよい。それ以上にどうしてもワシには、その『名』がの……信じられんのよ」

 

「名前……? 俺の名前って……いや、まあ確かに普通と比べるとちょっと変だけどさ」

 

 

 当人が、首を傾げる。トーリからはあだ名で『ダム侍』と呼ばれ、最近では結構大事な侍が抜けて『ダム』とまで短くなった呼び名。止水自身、少し変わっているな、程度の認識はあったらしい。

 

 

 

「ぬしの名は止水。――止める水、じゃったな。この名はの、一族にはあってはならん名じゃ」

 

 

 身を固くする正純と眉を顰めるナルゼ。そして、酒を一煽りしている止水。

 

 ――自身のことに結構無頓着、というのも、また、似ているのぉ。

 

 

「先代の守り刀は紫の華でシカ。先々代は、紫の芙蓉……花の名じゃぞ? それでシヨウじゃ。――そしてワシの知る限り、すべての守り刀の一族は例外なく、その名の一部に植物の意を持っておる。

 

 わかるか? 例外なく、じゃ。にも関わらず……」

 

 

 義経の眼が、体の大きさ故、座高の違い故……卓を挟んで、下から覗き込むように見上げてくる。虹彩が深い……幼い外見からは想像もできないほど長き時を生きた者の眼だ。その眼が、嘘偽りは許さぬとばかりに、止水の眼を見抜いている。

 

 

「ぬしの名には植物の意がない。それどころか、水を止めるというその名が、ワシにはどうしても信じられんのじゃよ。水を止めれば植物は枯れる。つまりは殺すという意味じゃ。

 

 ――ゆえに、今一度問う。オンシは、一族を殺すという意の名を持つオンシは……本当に守り刀の一族か?」

 

 

 

 気づけば、場は静まり返っていた。別卓で騒いでいた連中も酒ではなく固唾を飲んでいる――義経の気配に呑まれたのだろう。すべての視線が、腕を組んで唸る止水へと集まっていた。

 

 

 

 

「はあ――なあ正純。そろそろ『バカだから難しい問題を持って来ないでください』って張り紙かなんか作っていいか? どうして皆そういう頭使って答えるような問題を俺に持ってくるんだよ……?」

 

「わかったわかった。――で?」

 

 

 どうやら正純は助けてくれないらしい。ならばと周りを見るが、援護してくれそうな者は一人もいなかった。

 

 ……ガリガリと頭を掻き、さらに唸ること数秒。

 

 

 

 ――義経と同じように酒をひと舐めし、口を湿らせた。

 

 

 

「あー、なんだ……『本当かどうか』ってのはわからないぞ? 緋衣(コレ)(こいつら)以外、証拠になりそうなものなんて何にもないから証明しようがない。けど『本物かどうか』ってんなら……

 

 

 

 ――俺はきっと、偽物だろうな」

 

 

「ほう」

 

 

 義経の息を吐くような声が、続けろ、と促してくる。

 

 ……盃を空け、手酌で満たして、また空けて。再び満たして――水面を揺らす。

 

 

「理由は二つ? かな。あんたの言う名前のあれこれは俺も正直初耳だから、それを抜いて二つ。

 

 まず一つ目。俺はそもそも、『正式な手順で守り刀を継承していない』――守り刀の一族は、生まれた時に一族から最初の一刀を貰うんだ……それを『心刀(こころがたな)』って言うんだけど、俺はそれをおふくろから貰っていない」

 

 

 ……英国、『花園(アヴァロン)』でエリザベスから聞いた内容を正純は思い出していた。祝いの品の最初の一刀。そして戦ごとに一本ずつ増やしていくのだと。

 ――刀の増やし方も、例外なのだろうか。

 

 

「んで、二つ目。……これはまあ、俺の不甲斐なさ――だな。

 

 ――俺は『守れなかった守り刀』だ。守ると誓っておきながら、結局盾になる事も、その時その場にいることすら俺は出来なかった。そんな奴が守り刀を名乗るなんざ、どの面下げてって話だろ? ……以上の二つで、だから俺は、守り刀の『影打(偽物)』だ」

 

 

 

 ――戒め。誰もがそう、心中でつぶやいた。

 

 そして、それを……苦みの軽い苦笑で淡々と話せるのは、この男が、それを当然以上の当たり前として、己の芯に据えているからだろう。

 

 グイ、と煽り。盃を卓へ。

 

 

「……だけどさ、俺が本物だろうと偽物だろうと。それこそ、俺がそもそも守り刀の一族でなかったとしても、俺がやることはなに一つ変わらないぜ?」

 

 

 英国で言って――そして、英国で改めた、その誓い。

 

 

「ただ『守る』だけだ。そう決めた。そう誓った。今度こそ――俺が心の底から守りたいと思う大切なもの全てを。……俺が心の底から、満足するまでな。で、そいつらは今の所全員武蔵にいる。だから俺は……武蔵を守る、ただの刀だ」

 

 

 言い切って笑い、酒を注ごうとして空になっていることに気付く。厨房に立っているウオルシンガムに一言謝罪し追加注文……しようとして、ジョンソンにここの会計はどうなるのかと問うていた。

 ……男はそれに答えない。その代わりに、男の注文で店一番の高い酒が卓へと運ばれていった。

 

 堪らないのは武蔵の二人だ。――心の底から云々、大切なもの云々。……顔を横に限界まで背けて、酔った訳でもないのに赤い顔を手で扇いで冷まそうとしている。

 

 

 

 それを眺めながら、義経は目を閉じ……内心で頷いていた。

 

 

 

(――守る、か。ただ……只々ひとえに。……血泥に塗れてなお……裏切られ死してなお、貫き通すその生き様)

 

 

 

 これ以上にないそれは……かの一族の証明に他ならないだろう。

 

 

 

「なんか高そうな酒来ちゃったな……で、義経。いまので答えになるか? 正解不正解はいいからさ……大目に見まくってくれると、すっげぇ助かるんだけど」

 

「カカ……十分すぎるほどじゃ。一族の『守り狂い』とさえ思えるその信念、しかとオンシにも継がれておるわ。……まあ、三河以降から、刀の御力を使ってたのは知っておったんじゃが」

 

「「「じゃあなんでわざわざ確認しようとしたんだよ回りくどい……」」」

 

「しょうがなかろう、それだけ『止水』の名が異質に思えた、ということじゃ。じゃが、回りくどかったがおかげで確信を得ることができた――これでワシは……ワシがここにきた主題と命題のうちの……命題を果たす事ができる」

 

 

 そう笑い……義経は背筋を伸ばす。それ以前の動作があまりにも自然過ぎたせいで、正純は義経が背筋を伸ばすまで、彼女が姿勢そのものを正していたことに全く気づかなかった。

 

 座敷で行儀悪く肩膝を立てていた足は正座に。常に一升瓶と盃を持っていた手は、その足の付け根辺りに添えられている。

 

 

 そして、腰に帯びる緋鞘の短刀を鞘ごと外し……これまた、いつの間にか片付けられていた卓の上に、静かに置かれた。

 

 

 

 ――緋色の鞘。飾り気のない無骨な鍔。黒い巻布の柄。

 

 止水の参加を要請してきた際には詳しく見ることができなかったが……改めて見れば、それは止水の帯びている無数の刀と同じ造りをしている。

 

 

 ただ一点……今にもバラバラになりそうなほどに、ボロボロの状態であることが唯一にして最大の違いだろう。

 

 

 

 

「さて。守り刀の子よ。オンシには――『ワシを殺す権利』があるんじゃが……さて、どうする?」

 

 

 

***

 

 

 

「――やっぱりね」

 

 

 静まり返った『表示枠の向こう』の光景を見て、焼き肉店の一角に座るネシンバラが眼を細めた。

 

 

「フム……おーい皆の衆。ネシンバラがいつもの説明癖(病気)を出したのだが、どうする? 拙僧的には向こうで説明があるだろうから無視しても良さそうなのだが……」

 

「とうとう病気扱いかよ!? べ、べつにいいさ! かなり自信はあるけど、所詮は僕の憶測だからね! わざわざ周知させる必要もないね!」

 

 

 そう言って、自棄気味に鉄板の上にある肉を割り箸でさらい、タレを付けてそのまま口へ。隣に座っている二代が自分が取ろうとしていた肉をネシンバラに取られて眼を細め、真正面で二人分の席を埋める半竜の領土に進軍を始めたことで戦争が始まった。

 

 

「くくく、いいからさっさとゲロしなさいよこのオタク眼鏡。さもないとアンタの嫁にアンタの家の住所教えるわよ?」

 

「あ、それむしろしていいですか? 彼女から『教えて欲しい』って内容の通神文(メール)が結構来てまして……」

 

 

 その卓の隣。巨乳を卓に乗せて脱力している喜美と、立ち上がって鉄板上を忙しなくヘラで混ぜて五目炒飯を調理中の智だ。対面にはアデーレと鈴が五目炒飯の完成を今か今かと(主にアデーレが)待ち望んでいる。

 

 

 

「……店の方針ガン無視して炒飯作ってることへのツッコミ、誰かやったのかい?」

 

「鈴の名前出したら、店長が率先して買い出しに走ってくれたからいいんじゃない? そんなことより、さっさと大好きな説明始めなさい? おまけでアンタの銀行の口座番号も教えちゃうわよ?」

 

「なんで知って……! やめてくれっ口座の共有とか、向こうの方が圧倒的に稼ぐんだぞ!? 僕の心が木っ端に……! わかった! 説明するから!」

 

 

 

 現れた英国系の表示枠を叩き割り、咳払いを一つ。

 

 

 

「……義経公は直系の長寿族っていうのは知ってるかな? ――知らないトーリくんのために超わかりやすく説明すると、『すげぇありえないくらい長生き』って思ってくれればいい。あんな外見だけど……軽く四世紀は生きているはずだよ」

 

「つまりマジモンの合法幼女ということですね!? ちょっと小生今から挨拶に……ぎゃあ!?」

 

「国際問題になるから黙ろうね。あと、制圧ありがとうノリキ君……で、そんな義経公が、止水君の一族の縁の品を持ってここへ来て、しかも話をしようとわざわざ彼を会談に同席させたんだ。

 

 ――400年生きていたんだ……当然、()()()()()()()()()()()()よね?」

 

 

 

 

 190年前。ネシンバラは、その年号を敢えて強調する。

 

 ……なにせ、その時には世界的な大事変が起きているのだ。そして武蔵は……その大事変に犯してしまった二つの大罪を注ぐべく、行動している。

 

 

 

「……関わっている、はずだよ。190年前に起きた『重奏統合争乱』に。そしてその時……止水君の直系の祖先を残して滅んでしまった、守り刀の一族に――ね」

 

 

 

 ――流石に、『殺す権利がある』とさえ言い切るほど深く関わっているとは、思わなかったけど――。

 

 言おうとした言葉を、酒と共に飲み込む。

 

 

 

「……相当な覚悟を持って来ていることは間違いないよ。それこそ、命賭けてるからね。

 

 さあ説明は終わったよ? ――だからその『発信待機状態になっている僕の個人情報』を消してくれないかな? いや、消してくださいお願いします」

 

 

 ネシンバラの懇願が叶ったかどうかはさて置き、別卓にて肉を裏返して焼き色を確認するホライゾンが、一つ頷く。

 

 

「――なるほど。ホライゾンも理解できました。しかし、止水様はまた外部で女性と深い関係になる訳ですね。どうですか、幼馴染であるトーリ様。差を付けられた現在の心境……おや?」

 

 

 ホライゾンの発言にムッとした数名の女子が送信を選択し、ネシンバラの個人情報が『ある個人限定で』漏洩している中で……。

 

 

 ホライゾンの目の前――肉を置いていた服の中身が、忽然と消えていた。

 

 

 

***

 

 

 

 ――神器を失い、神州と重奏神州が世界の境界を超えて衝突。重奏統合争乱が起き、現在に至る。それが、未だ改定されていない教科書の歴史だ。

 

 

 

 そして、その危機に『居合わせた』と言ったのが、ホライゾンの父である故・松平 元信公である。

 

 ……そして、その危機の打開のために『喚ばれ、応じた』と改めたのが、英国の女王であるエリザベスだ。

 

 

 真の歴史が白昼に晒され、さらに事実が改められ……そして、そこに当然の疑問が生じる。

 

 

 

 ――『一体、どこの誰が、守り刀の一族の招集を行ったのか』?

 

 

 

 その疑問の答えが……いま、目の前にいる。

 

 

 

「――その刀は?」

 

「……争乱の時よりもさらに古い時代に一族の者と知己を得てな。その時にこの刀を譲り受けた。『有事には刀を使って呼べ』との言葉と共に――そして、()()なった」

 

 

 義経が短刀を手に取り、少し手間取りつつも――刃を抜く。

 

 止水の持つ刀たちの澄んだ音色とは比べようもないほどのザリザリという擦過音を立てて……赤錆に塗れ、いまにも砕けそうな刀身が現れた。

 

 

「……今日、ワシはオンシに謝りにきた訳ではない。あの時のワシの行動は間違っていなかった。ワシが呼ばねば、一族の力を一点に集めることは出来んかったじゃろう。でなければ、今の極東は松平 元信が言いおったように対消滅か、それに限りなく近い凄惨なものになっておったじゃろ」

 

 

 だが。

 

 

「――ワシが呼ばねば……一族が滅びの憂き目に晒されることも、なかったじゃろうな」

 

 

 義経は改めて止水を見る。一族の生命力の高さは、子孫である止水を見ればわかるだろう。重奏統合による崩壊で幾人かは死傷したかもしれないが、それでも数百人は生き残ったはずだ。崩壊後の環境激変などにも耐えただろう。

 

 そして、統合の際、一族が何をしたかはわからないと義経は続ける。

 

 

 衝撃に意識を失い……目が覚めれば、当代の頭領であった女が義経を守るように覆い被さり、背に数多の致命傷を負って絶えていた。

 

 

 それ以降……義経は一族の動向を調べはしても、一族の者と会うことだけは頑なにしなかった。

 そこに罪の意識があったのかどうかはわからないが……末世が遂に迫り、世界の動乱の中心に武蔵が名乗り上げ――その先陣を緋の刀が駆けていくのに、呼応せずにいられなかったのだろう。

 

 

 

「どうじゃ? オンシからすれば、ワシは一族の仇と十分に言える。オンシに殺されるならば是非もない。そして、ワシが死ねば、清武田は無条件で武蔵に降ろう。当然多少のいざこざはあろうが、まあその辺は必要な労力と頑張ってくれ」

 

 

 

 ……眼を閉じ、語る。止水が義経を殺すだけの理由があると、武蔵が義経を殺すだけの利点があると。

 

 眼を閉じて……いるが故に、気付かない。

 

 

 

 

 ……目の前にいる三人が、すでに自分を見ていない、という事に。

 

 

 

 

 ――「お、なんだ! 変態が来たぞ変態が! ……俺らもか! わはははは!」

 ――「これは貧弱でありますな! しかし堂々たる仁王立ち……! お見事!」

 ――「mate! 遅いじゃないか! さああ一緒にレッツgrind! からーのー……!」

 

 

 ――「「「「抜けねぇんだこれが!」」」」

 

 

 全裸が四人、股に何かを挟む動作の後、声を合わせる。英国の王賜剣でやったネタなのになんで関係者ではない二人が知っているのかさっぱりわからない。当然の疑問を他所に、新規全裸を合わせてイエーイ! とハイタッチを交わしていた。

 

 その新規全裸が静かな卓……正純たちがいる卓に気付き――ニヤリ、と笑みを浮かべた。

 

 

「――謝って済む問題ではない。故に、ワシはこの命を差し出すしかないのじゃ。ワシはこの先、オンシよりもずっと……誰よりもずっと長き時を生きるじゃろう。オンシの子々孫々の何れかにその役を担ってもらうのもいいが、末世という面倒が迫っておる」

 

 

 正純が無言で止せ止めろ来るなとジェスチャーし、ナルゼが諦めるようにため息を零して撮影準備。止水が眼を瞬かせているだけ。

 

 ――静かにしろという全裸のジェスチャーが返され、店内に沈黙が満ちる。

 

 

 

「ならば、末世で命を落とすくらいならこの命、オンシにやろうと思うてな。こうして来たわけよ。一族の末代たるオンシに会え、その血が確と受け継がれておることを確認できた。……美味い酒も飲めて、死ぬには良い夜であろうて」

 

 

 義経の声だけが響く。全裸がその背後に忍び寄り、止めろ、止めろと首を振る正純に良い笑顔だけを返して、その後ろに立った。

 

 

 

 

「じゃから――ワシを『許してチョンマゲぇー♬』」

 

 

 

 ――……それは、義経の口からではないが義経の『声』だった。

 

 ――……義経の頭に乗った金色のモザイクは、しかし義経にしっかりその感触を伝え……。

 

 

 

「作って良かった服話術式! おうおめえ、良い空気吸ってんじゃねぇか。俺も便乗させてくんね?」

 

 

 

 股間のモザイクの『実状』を義経の頭に乗せたまま……

 

 

 武蔵が外道一座、その座長――葵 トーリが、ここに参上した。

 

 

 




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