境界線上の守り刀   作:陽紅

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四章 刀の『王』 【壱】

 

「……なあ、お前知ってるか? この抗争の指揮、誰が取るのか。アルマダじゃあ従士サマだったけど……」

 

「とりあえず機動殻――ほら、あの青装甲の丸い奴。あれが出場名簿にあったから、従士サマは前線に立つみたいだぞ? ――消去法で書記(あのメガネ)だろうな」

 

「野郎の指揮だとウダるべきか、女子が一緒だと喜ぶべきか」

 

「いや、警護隊にも女子いるからな? そんなこと言ってると今度の演習でズタボロにされるぞ?」

 

「だからだよ。演習で男たちを軽々ズタボロにしていく女子はもう勘弁なんだよ……」

 

 

 ため息が、少なくとも五人以上の人数で同時に溢れる。溢した面々はズタボロ経験者か、それともズタボロ現場を見たことがあるのか――そのどちらかだろう。

 

 思い出して、ゾワリと走った悪寒に身を震わせる。なお……ズタボロにされたのは有り体に言ってしまえば完全に野郎どもの自業自得な内容だ。体育会系武闘派の逆鱗に触れた方が悪い。

 

 

 

「おらー、おめぇら。何時までもくっちゃべってねぇで装備の確認チャンとしろよー」

 

「はい! たいちょー! バナナはおやつに入りますかー!」

 

「残念ながらおやつの時間がそもそもありませーん。いちいちネタ突っ込むなよ。……ったく。お前ら、浮れるのはいいが準備はマジでしっかりやれよ? ――この土壇場で弾が切れた武器が壊れたーとかマジで笑えねぇし、一生後悔するぞ」

 

 

 バタン。と閉じた金属の扉は、ロッカールームに備え付けられたロッカーの一つだ。数十はあるそれは前三河警護隊……現武蔵警護隊(仮)の更衣室兼武装保管庫になっている。武蔵の各所にある空きスペースに優先的に設けられ、部隊毎に抽選で振り当てられている。自宅や鍛錬場から近ければ当たり、遠ければハズレ――と、一喜一憂の騒動があったのはまだつい最近のことだ。

 

 

 ……丁度衝立のようになっていた扉が閉められたことで、部隊長である男の姿が現れる。

 

 

 

 機動力に重きを置きながらも全体的な防備も抜かりなく。そして、有事の際の予備武器も、見える範囲で片手の指の数を揃える徹底振り。三河での抗争の時よりも、そして、アルマダ海戦の時よりも装備は明らかに充実していた。だがそれは警護隊に支給されている標準装備以上――つまり、部隊長である彼自身の自腹購入の品々である。

 

 

 ――完全武装。そう表現して、何ら差し障りはない。

 

 

 纏う精悍な顔は若く勇ましく血気に溢れ……正しく『若武者』を体現して、これ以上なく今のこの男には相応しいだろう。

 

 

 

 

「――なんせよ、今度は『途中』からじゃねぇんだ。『押し付けた後』でもねぇ……最初っからだ。開戦の号令から、一緒に戦えんだぜ?」

 

 

 

 言葉にこそしているが、それは誰かに向けているものではない。――今まさに吹き出そうとする胸の内で猛る炎を抑えるように――自分に言い聞かせるような、そんな響きがあった。

 

 扉が閉まる音が無数に続く。……巫山戯ながらも彼らの手は止まることなく、淀みなく動き続けていた。足りない力を補うための武装と、新規契約した様々な術式。使い捨てにするにはやや値が張って、使うのも躊躇ってしまいそうな浅間神社謹製の護符まで。

 

 

 

「あの時は悔しくって、不甲斐なくってよ……でもよ、嬉しかったんだ。ああ、本気で、心の底から嬉しかったんだ」

 

 

 

 だから。

 

 

 

「――さあ、行こうぜ。()()一人で戦おうとしてる……大馬鹿野郎のところによ」

 

「「「Judgement.!!」」」

 

 

 

 一部隊二十名。

 完全武装を終えた総勢の応答を受けて、男は先頭を進む。

 

 

 通路を目的地に向かって進んでいけば、自然と他部隊と次々と合流し、数は二十の倍数で増えていった。かつての警護隊、その面々は顔も知ったる馴染みの連中だ。そして、その誰もが支給品だけではない装備を身に纏っている。

 

 

 ――「なんだよ、お前らもか」「そのまま返す……必要もねぇか」「どうよこの装備! ……あれ、 なんか似たり寄ったり?」「得意不得意の距離でしか分かれないでしょ。あとは武器の好みくらいじゃない?」「「鞭持ってるアンタが一番オリジナリティだぜ」」

 

 ワイワイガヤガヤ、緊張感の欠片もないやり取りだ。それを聞いて、いつの間にか先頭を進んでいた男は口端を上げた。

 

 

(――どいつもこいつも、わかってんのか? 俺たちはこれから圧倒的に不利な戦争に出るんだぜ?)

 

 

 これは苦笑だ。足取りはゆえに軽く、応じて強くなった。

 

 目指すは武蔵右舷二番艦『多摩』……から、降りた――IZUMOの地。

 

 

 

 

 ――いた。

 

 

 

 

「――おい見ろよダム。ほらな、俺が言ったとーりじゃねぇか」

 

 

 そう言って隣にいる大きな体の肩をバシバシと叩く王と、

 

 

「はあ……たまには、俺の意見が通ってくれてもいいんじゃないかって思うんだけどなぁ」

 

 

 叩かれる、刀だ。

 

 

 その王と、こちらに背を向けている刀を中央に、教導院の主要メンバーが一堂に会している。視界の彼方には、すでに六護式仏蘭西の軍が展開を終えており、最早開戦を待つだけとなっていた。

 

 

 一人背を見せ、緋色の着流しをはためかせる刀は、それをまっすぐ見ているようだ。

 

 

 

 遠目にもわかる二十はいるであろう武神。それだけでも戦力過多。そして、その足元に陣を張る正規兵は『警護隊』という自衛組織などとは比べものにならない装備を備えているだろう。重盾兵を最前列に整然と整列し、開けられた空間には術式砲らしきものが幾つか見える。

 そこから少し視線を上げれば、三十ほどの航空戦艦が横並びに布陣し、無数の砲塔を既に武蔵へと向けていた。開戦となれば、武蔵に向かって無数の砲弾が殺到する事は想像に難しくない。

 

 

 戦闘は、熾烈を極めるだろう。嫌になるほどの戦力差だ。

 

 

 

「――元三河警護隊、250名! 武蔵学生部隊150名! 計400名、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 ――それが、どうした。

 

 

 

 

 警護隊に出されていた一命は、武蔵()待機。

 

 戦場に出ず、武蔵を城とした籠城戦である。それは防衛に専念して前へは出ない……専守防衛の命令だった。

 

 

 

 ――その命令書を破り捨て、命令違反と知りつつ。罰則すらも覚悟して、彼らはここに来ている。

 

 出場名簿はそのまま、命令違反者名簿というわけだ。管理する側も大層楽ができるだろう。

 

 

 

「――って訳だ。だから、混ぜろよ。……まあ、十中八九足手まといになるだろうけど、その時は置いてけ。

 

 ……蚊帳の外より、置いてかれるほうがずっとマシだ」

 

 

 代表している男の言葉が全員の総意である。そうはっきりとわかるほど、四百人全員が笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

「……わかってんのか? これに出たって報酬も、それどころか色んな手当てだって出ないんだぞ?」

 

 

 

 止水が告げる――命令違反なのだから、それは当然だ。むしろ減俸すらあり得るだろう。実際、今月は三食お茶漬けの覚悟を少なくない人数が決めてきている。止水がその条件を出した時に正純やシロジロが掴みかかってきたが、止水がゴリ押した。

 

 ……ため息を一つ。

 

 

「……それに正純か、智の入れ知恵だろ。俺の守りの術式の対象が『武蔵の住民登録名簿を元にしてる』なんて、普通は気付かないし……気付いても調べられない。

 お前らに今、俺の術式の線が繋がってない。怪我すりゃ痛いし、普通に――死ぬぞ?」

 

 

 守りの術式。その対象の設定に組み込まれているのが武蔵の『住民票』である。不法滞在のヤクザ連中が術式の対象から外れているのはこれが理由だ。

 ――ここに集まった400名はそれを逆手にとり、守りの術式の加護対象から外れたのた。早い話、彼らは現在、住所不定なのである。より正確には、『武蔵移住希望者』だ。武蔵の行政に移住届けを提出し、それが認可されるのを待っている、という状態だ。他国に物申されるかもしれないが、物申される直前に正式認可してしまえばいくらでも開き直れる。

 

 無職じゃないから平気、とここに来るまでに何人かつぶやいていたのが苦笑を誘う。

 

 

 ……誘われた苦笑を、一つ。

 

 

 

「……戦いが始まったら、俺は単騎で駆ける。合わせてたら、全力なんてとてもじゃないが出せない。一緒に戦うなんて言ったところで、名前だけのもんだぞ?」

 

 

 ――それでも、熱気のように登る意気は、微塵にも揺らがなかった。

 

 

 

「全部、承知の上だ。一銭の得にもならないことも、最悪死ぬことも。ぶっちゃけ、この行動にあんまり意味がねぇってことも。

 

 それでも――『お前一人で戦え』なんて言葉を、俺たちは誰一人持ってねぇんだよ。舐めんじゃねぇよ、極東魂」

 

 

 

 

 ――誇りを失うくらいなら。消えぬ後悔を抱くくらいなら。

 

 ――泥だらけでも、笑顔で死ねる道を選ぶ。

 

 

 

 

『――開戦予定時刻の三時まで、あと十五分となりました。各員、最終確認のち所定の持ち場に着いてください。――以上』

 

 

 随所に設置してある艦内放送のスピーカーから武蔵の声が聞こえる。残り十五分。戦いが始まるまでの時間と、凌げばいい時間が等しく……しかし、きっと体感時間は天地ほどの差があるだろう。

 

 ならば、と――澄んだ金音が一閃。抜き放たれた銀色が刃を描いて現れた。言葉で止められないなら力でか、一瞬身構えたが、切っ先は真っ先に、真っ直ぐに天へと突き向かう。

 

 

 

「……『トーリを王に』って、『武蔵の守り刀になる』って決めてからさ――【絶対に使わない】って決めてた力が、二つある」

 

 

 刀を抜き、そして唐突に語り出した彼に、その場にいる全員の視線が向かう。

 

 

「――毎回思うんだけどよ、ダム。おめぇ、何気に隠し事多すぎじゃね? もっとオープンになれよ! 俺なんかもー全部さらけ出して身の潔白を常時証明してんだぜ!?」

 

「いや、隠してないよ。――本当に使う気がなかったから、言う必要なかったってだけ」

 

 

 

 それを世間様じゃあ隠してるって言うんじゃなかろうか、というツッコミを飲み込んだ。

 

 続ける。

 

 

 

「本当に、使うつもりがなかったんだ――『みんなに戦う力を分ける』なんて、俺は使うことがないだろうって。戦うことがあれば、俺が一人で戦えば済む話だしさ。

 それに……まあ、盛大にトーリと被るんだよ。特に【コイツ】は割と、本気で」

 

「…………。

 おい。おいおいおい。待てダム。ステイステイ……じゃあ、なにか? おめぇ、俺が流体分配で全員のヒャッハーやるのと同じことできんの? 強欲の大罪武装で影薄くなった俺の影さらに薄くなる感じ? え、俺が点蔵化しちゃう感じ?」

 

 

 

十ZO 『な、ナチュラルに自分の事を影濃度最底辺扱いしてござるなこの男……!』

 

ウキー『場の空気を読んでこっちで物申すあたり、小心者であるな。いっそ黙っておけば忍者的な本懐を遂げたものを……』

 

金マル『しょうがない、点蔵だから、しょうがない。byナイちゃん――あ、季語ないや』

 

あさま『どうしてこう、真面目な雰囲気を貫けないんですかねっ!』

 

約全員『一番上が率先して真面目雰囲気をズドンするからなぁ』

 

あさま『……あれー、おかしいですねー? あれー? ナチュラルにこれ、私まで対象になってますよーう?』

 

未熟者『うん、とりあえず君ら現場に意識向けようか? 個人の扱き下ろしは後でもできるから。それよりも、それよりもだ』

 

 

 

 わずか五秒のうちの高速チャット。あまりの早さに何人か驚いたが、当事者たちも含めて意識を持っていかれる。

 

 

 

 

 

 ――止水が言った言葉。それを要約すると――

 

 

 

 

 

 

   『みんなと一緒に戦う力がある』

 

 

 

 

 

(それって……)

 

 

 

 血が熱を――いや、最早その血は、燃えていた。

 

 

「……トーリ。あと十五分()()に流体供給を目一杯かけてくれ。そこに俺が合わせるからさ。

 

 

 頼むぞお前ら。――なんせ、これから呼ぶのは当人曰く……守り刀で『最弱』なんだからよ」

 

 

 

***

 

 

 

 一つ一つでは、何もできなくて

 

 ならばと集っても、何もできなくて

 

 

 綺麗にならんで、力をそろえて、やっとやっと、少しずつ

 

 

 

配点【鋸】

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 それが偶然によるものなのか。はたまた、そうなるような必然的な要素があったのか。

 

 実のところはどうなのか、ある意味当事者の一人である止水には見当もつかなかった。

 しかし二人の力は、若干の方向性の違いはあるものの、ほぼ同種のモノであると言えた。『仲間に戦う力を分け与える』という部分に至っては完全に一致しているからだ。

 

 

 『王』は、自分の冠するものではない。自分の相棒のものだ。

 

 ……何時ぞやの夜に語った、『姫と並ぶのは王であり、王とともにあるべきは姫だから』という――自分の中にある男が、笑いながら拳を固く握って宣言したこともあり――その力を、心のどこかで避けていたのかもしれない。

 

 

 ――そんな馬鹿げた男の意地で『彼女』には、本当に申し訳ないことをした。「絶対に使わない」と言い、また、その信念とは真逆の生き方を現在に至るまで強いてしまったのだ。

 

 

 

「悪いな――あんだけ大言壮語吐いたってのに、お前に、頼らないといけないみたいだ」

 

【――いいのですよ。人とは時に過ち、違えるもの。ですが、その間違いから学ぶのも、人が人である証明なのですから。

 

 少なくとも私はあの時、嬉しかったんです。あなたが正直に心の内を語ってくれた。私と――向き合ってくれた。黙っていればわからなかったでしょうに。……まあ確かに、必要とされないことには幾ばくかの寂寥感を覚えましたけど】

 

「それはもう本当にすいません。あの時は俺がもう全面的に圧倒的に悪かったです」

 

 

 

 

 鉋とも、鈍とも。鎩とも、鎧とも。今まで顕現したどの守り刀とも違う……どこか凛とした、涼やかな女性の声が通る。

 

 

 開戦まで残り十分を切り、武蔵から降りた四百余人のその先頭……最前線に止水はいた。そんな止水の左肩の上に――ちょこんと乗っている、一柱の三頭身。

 長い黒髪と、極端に短い前髪。顔の横を流れる一房に、刀の波紋のような特徴的な色合いがある。鎩と同じ女性型だが……どこか彼女より若い印象があるだろう。

 

 

 

 何よりその身が纏うは緋袴の道場着が証明している。その存在は――守り刀の、御霊の一人だ。

 

 

 

 止水の腰が負い目からなのか、やたらと低い。……後ろでそれを見ているアデーレは、鉋以外の全員を見ているが、こんなにも低姿勢な止水を見るのは初めてだった。

 

 

(武藏さんたちとはまた違った、こう……『幼い頃から面倒見てもらっていて、大人になって子供の頃の黒歴史を握られていて逆らえない』って感じですかね? 男の子が大きくなったらおねぇちゃんと結婚するーっていう感じの)

 

 お姉さんキャラ多いですね〜、とアデーレが苦笑を浮かべようとした時。

 

 

 

 

【謝らないでください。

 

 ――そもそも謝るのは、私の――いえ、私達のほうなんですから】

 

 

 

 深い悲しみと後悔に満ちたその様子に、アデーレは表情を変える事ができなかった。雰囲気が……変わってしまっていた。

 

 

 走狗特有の重力やら慣性やらを一切合切無視した動きで移動。後ろで待機する一同が見守る中、真っ直ぐに進み、止水から最前線の立場を奪った。

 

 

 風に髪を揺らし、待ち構える軍勢に眼を細める。――あと数分だ。

 

 

【……貴方は強い。その強さは、すでに多くの完成した歴代たちを越えているでしょう。

 そして、その強さすら発展途上――到達点は未だ見えません。それだけの器を貴方は持っています。更には、そこへ段飛ばしで駆け上がる尋常ならざる手段もある……『連綿と受け継がれてきた私達一族の集大成』――その言葉に間違いはない。

 

 ……一族の歴代で最弱の私が言っても可笑しな話ですけど】

 

 

 

 でも。

 

 

 

【だからこそ、言える事があるんです。……私たち(守り刀)の一族は、強くなればなるほど、高みへ至れば至るほどーー悲しき死が訪れる】

 

 

 

 ーー千もの刀を巧みに操る女傑がいた。

 

 終の決戦で味方の裏切りに遭いーー千の刀をすり替えられた彼女は、竹光を収めた鞘を武器に戦い、血涙を流しながら相討ちの末に果てた。

 

 

 ーー万物を断つ一閃を持つ武士がいた。

 

 殿を引き受け、敵の足を止めるために居合を構え続け……その背中に数多の矢を浴びた最期に、生涯の至上たる一閃を放ち敵の国ごと切り裂いて果てた。

 

 

 ーー抱えたただ一人を守ると誓った少女がいた。

 

 抱えた幼子は両親を人質に取られ脅され、その腹に刃を深く突き刺した。致命傷を抱えたまましかし手放すことはなくーー幼子の両親の仇を討って、世界に訴えかけるような慟哭を最期に果てた。

 

 

 ーー星の災害を相手にした大男がいた。

 

 巨きな力を恐れた国々に覚えのない大罪を浴びせられ、独り光届かぬ牢獄の中で誰に知られることもなく果てた。創り上げた巨躯は戦争に用いられ――しかし争うことをそもそも想定していないがゆえに、当時の兵器によって呆気なく絶えた。

 

 

 

 淡々と……一切の起伏なく、平坦に。

 

 慣れて慣れて……もはや、何も感じなくなってしまった、一族にとってはごく有り触れた悲劇。

 

 

 

【……貴方は高みへ行く。歴代の誰もが到達しえなかった場所まで駆け上がる。

 

 私達はそれを、後押ししかできない。いえ、後押ししかしない。自分たちの守れなかった後悔を、貴方を通して雪ぎたいから。だから、貴方を強くする。

 

 

 ……その果てが、一族で最も悲しき最期になるとわかっていながら】

 

 

 

 

 

 ――ごめんなさい。どうか、許してください。

 

 

【……貴方独りに、こんな大きく重い(モノ)を背負わせてしまって】

 

 

 

 

 ――ごめんなさい。どうか――どうか、許さないでください。

 

 

【……それでも、強くなっていく貴方を見てーー我が事のように歓喜を抱いている、私達を】

 

 

 

 

 ……誰もが、言葉を失っていた。

 

 後ろに並ぶ者たちは、少なからず聞いていた。

 緋を纏う一族は誰彼を、守るために戦い、守るために傷付き――守るために死んでいったことを。その中で幾度も幾度も裏切られて、それでもなお守る信念を揺らがせる事なく、真っ直ぐ貫いてきた事を。

 

 

 悲しいと思った。思わず、拳が作っていた。

 

 誇り高いと思った。思わず、憧憬のような憧れを抱いていた。

 

 

 

 ――だが、甘かった。その程度の認識では、到底足りなかった。

 

 

 

 悲劇でも、呪いでも……あらゆる言葉で飾り付けても言い表せない。そんな軽い言葉で、済ませて良いものではなかった。

 

 

 

 

 青い流体を供給され続けているためか、握り締めた拳と食い縛った口は、いつも以上に強く硬く。

 

 

 

 

 

「ったく――おいおい。これから戦うってのに、皆の士気下げてどうすんだよ」

 

 

 

 そんな中で、どこまでも軽いため息と、しょうがねぇなぁと言わんばかりの苦笑を合わせた止水が、前へ進んだ。

 

 最前線にいた彼女に並び――更に一歩進み、最前線を奪い返した。

 

 

 

「小難しく考えんなよ……俺にわかるわけないだろ?

 

 俺はただやりたいことをやってるだけで、やりたいことをやり抜くための力をお前らからもらってる――ただそんだけの話なんだ。お前が謝る必要も、ましてや引け目感じる必要だって、どこにもない」

 

 

 それに。

 

 

「最期がどうなるかーなんて、今考えてもしょうがない――っていうか、考えたところでどうにもならないだろ? なら、今できる精一杯をやり続けりゃあいい。それだけだ。たったそんだけの、簡単な話だ」

 

 

 そして長針から、ついに秒針へ。開戦へのカウントダウンが始まる。

 

 否応なく高まっていく緊張感の中で止水は一度振り返り――苦笑した。

 

 

 

 

「もう『戻れ』なんて言わない。そんな時間もないしな。だから……借りるぞ。お前らの命。……あとでしっかり返すんだから、無茶とかすんじゃねぇぞ?」

 

 

 

 返事はない。待たない。

 

 その総身から溢れた緋色の流体が、大きく緋衣を揺らす。高く昇り、大きく広がる緋の力は炎のように猛り、後ろに並ぶ四百人を。それどころか、武蔵そのものを覆い尽くしていった。

 

 その原点である止水は、右手に刀を左手に鞘をそれぞれ握り、それぞれを左右へ大きく広げる。真上から見ればそれは一本の線を描いた。

 

 

「……今更だけど格式美だ。ちゃんと答えろよ?

 

 ――《変刀姿勢・戦型玖番》! 例え息絶え朽ちようとも、先陣斬りて皆が往く道を成せ! 『鋸』!

 

 

 

 んでもって、時間もないから続けて圧して……っ!」

 

 

「【――《初めの口上》っ!】」

 

 

 

 

 

 

  ***

 

 

 

 

 

 ーー笑う。

 

 

 しょうがない子だ。あれこれ考えて、引け目と後悔を負っていた自分さえ、守り救おうと言うのか。

 

 これだけ脅しても、事実を突き付けても揺らがないというのなら――進んで見せろ。我が王道を!

 

 

 

 

  【  ――先ずは皆に御礼を! よくぞよくぞ、この戦場に集ってくれた!  】

 

 

 

 

 意識した声だ、とアデーレはすぐに気付く。よく響くように腹の底から、よく通るように地声より少し低く。 少し男寄りの口調の方が士気が上がりやすい――それを心がけている副会長が同じクラスなので声の質に聞き覚えがあった。

 

 ……手に汗が滲む。心臓の音が、どんどんと強くなっていった。

 

 

 守り刀の最弱。身体能力が常人とは比べものにならないかの一族において、常人よりほんの少し優れた程度の力しか持っていなかった彼女は、しかし一族に倣い『守りの信念』を強く抱いていた。

 

 

 ――力がない。それでも、守りたい。

 

 

 では、どうすればいいか。どうすれば、守れるのか。悩み苦悩し、その全てを背負う覚悟を持って彼女は宣言し、願った。

 

 

 

   【  我が身の不足ゆえ……力を、どうか貸してほしい! そう願うことを、どうか、どうかっ、許されよ!  】

 

 

 

 戦場で、共にあることを。

 

 戦場で、共に進むことを。

 

 

 そして、戦場で、共に戦うことを。

 

 

 

 ーー他でもない、彼女自身が守りたいと願った、その者たちに。

 

 

 

 

 

 

(……どうして)

 

 

 奔獣のーー機動殻の中にいてよかったと、アデーレは心から思った。こみ上げる熱が眼に至り、両の目尻から一雫が頬を伝う。

 

 

(……『一緒に戦って』って、ただお願いするだけじゃないですか。そんなことすらっ、なんで……)

 

 

 

 告げる背中は、悔恨に満ちて。響く声は、懺悔にすら聞こえて。

 

 ーーそして、後ろを一切振り返らないのは……確認すら、しないのはーー。

 

 

 

 

   【  ――我が身は、一騎当千になれずとも! 我が魂は、万夫不当に程遠くとも!! それでも、作れる道があるならば……! 】

 

 

 

 

 十五分間、止水が頼んでいた通り、葵・トーリの供給していた青い流体が変化していく。空間を占める緋色の流体と混ざり溶け合い、より鮮やかで濃い緋色となって、一同の全身へと行き渡っていった。

 

 

 ……流体は、万物全てにおけるエネルギーである。トーリが副王権限を用いて武蔵の保有する膨大な流体の1/4を供給することで、人の身では無尽蔵とも言える燃料を術式になどに使役することができる。

 

 対して止水の……守り刀の緋色の流体は青い通常の流体とは違う。生体ーー肉体に馴染みやすい、と言っていたのは、かつてのオリオトライだ。傷を補い、肉体的な力を現す。止水の人外染みた怪力の主原因の一つだろう。

 

 

 

(……待て、これ、この光景……どこかで……)

 

 

 

 その中で、警護隊の一人が、自分と仲間たちに起きている現象に強い既視感を感じていた。

 

 奇特な現象である。しかし、自分はこれを知っている。見てすらいる。

 

 

 

 それは当然だろうーー 何せこれから起きることは、実のところ、所謂『二番煎じ』なのだから。

 

 

 栄えあるその一番煎じ、それを行ったのはシロジロだ。彼は朱の武神と相対するためーーそして、二度と友を失わないため、守り刀の力を借り受け、その力を身に宿した。

 

 ーーだが即興ゆえの不完全な術式は粗が多く、短時間の行使で半日動けなくなるほどの肉体損傷を代償とした。人の身でありながら武神に勝利するだけの力を得たのは凄まじいだろうが、継続性云々に大きな難があった。

 

 

 

 

 ではもし……その難が、解消されたとしたら?

 

 ただの商人が、強化された武神を相手に勝利するほどの力を『分け与える力』がーー即興などではなく、綿密な考察と試行錯誤の果てに完成した術式ならば?

 

 

 ……商人から求めたのではなく、守り刀から、使ってくれと懇願されたなら?

 

 

 

 

【 ――進み往け! 我が【王刀】の作りし、その【楽土】! 超えて往け! 我が信念の抱きし、その夢を!  】

 

 

 

 

 その完成系――それが、恐れ多くも『王』の字を戴く、刀の力。

 

 共に戦ってほしい、しかし、死んでほしくもない、という矛盾した願いの果てに編み出された――守り刀唯一の軍装術式。

 

 

 

 

 ――『鋸』という刃を思い出してほしい。

 

 なりはするだろうが『武器』とはとても言えず……普通は建築のための『道具』として使われる。

 

 小さな無数の刃が規則正しく、同じ方を向いて一列に並び、引いて戻してを繰り返して切っていく。切って作る家は人が集まり、雨風を凌ぐ壁も作るだろう。

 

 

 

 ――力弱い自分が『刀ではない』という皮肉か。それとも『殺す刃ではなく、人の命と平穏を造り守る』――そんな刃でありたいという、心底の願いかは定かではないが。

 

 

 

 

 力を合わせ。己が元へ。

 

 英雄ではない。英傑とも言えない自分の元へ。

 

 

 

 守りたい者たちと共に、守り抜きたいから。

 

 

 

 故に、その刀の王が定し法は、たった三つ。

 

 

 

 

 一ツ。我ガ前ニ立ツ事ヲ禁ズ

 

 

 二ツ。我ガ後ニ戻ル事ヲ禁ズ

 

 

 三ツ。我ガ先ニ役目終エル事ヲ禁ズ

 

 

 

 ――此ノ三条守リシ者、【王刀楽土】進ム事ヲ認ム

 

 

 

 言葉ではない。文字として浮かんだわけでもない。しかし頭に浮かんできたその傲慢で身勝手な三条は、しかし、彼女とその一族が口にすれば、この上なく優しき王の定めし絶対の法だった。

 

 

 

 前を行くな――最前線は譲らない。

 

 後に戻るな――殿も譲らない。

 

 最初に役目を終えるのは、最初に死ぬのは、自分だと。

 

 

 ……その三条からなる【王権刀治】の遵守を承諾する事で、【王刀・鋸】の一型『王刀楽土』は成立する。

 

 

 

 

 開戦の三時まで――あと、十秒。

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

まずは、一本目……

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