境界線上の守り刀   作:陽紅

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凄い今更ですが、

「」  →同じ場所にいる
『』  →場所は違うが映像などで声がそのまま聞こえる
HN『』→実況通神(チャット)による文字のやりとり
【】  →守り刀の御霊・走狗たちの台詞


 という感じになります。全話を通して違和感がある部分を、少しづつ加筆修正していこうと思います。


四章 刀の『王』 【弐】

 

 

 

「……なんだ、あいつはまた新しい力を見せるのか? ……なあおい、これでいくつ目だ?」

 

「ふむーー三河で三征西班牙の部隊を討った『鎩』、艦隊を数隻切り裂いた『鈍』、英国での非公式戦で見せたという『鉋』、アルマダ海戦の終幕で王賜剣・一型と激突した『鎧』――私の記録漏れがなければ、五つ目であるな」

 

「英国の非公式……ああ、シェイクスピアの演劇空間だったか。となると、三つ目はどんな力かもわからんか……酒井のところにいい手札が揃い過ぎじゃあないか? ――あの酒も、あの小僧が作ってるらしいじゃないか」

 

「……武蔵にあれだけの事をやっておきながら、平然と武蔵産の品を買うのか? 元少年」

 

「それはそれ、これはこれだガリレオ。実際かなり――いや、相当に美味かったぞ? ……酒井め、きっと身内のよしみで融通を強要してるに違いない」

 

「話がズレて来ているぞ元少年。彼は……確か止水と言ったか。松平 元信が言うには、「末世の保険」とされているが」

 

「『大罪武装を本命として』だ。あれが強くなれば強くなるだけ、保険の領分が強くなるのだとしたら……望むべき展開ではあるよなぁ、なあおい。

 ……ふむ。この抗争が終わったら、『名』の一つでも送ってやるか」

 

「ほう……珍しいな。確か、元少年が名を送ったのは武蔵に二人か。現総長兼生徒会長の『不可能男』、君が商売で煮湯を飲まされた武蔵会計シロジロ・ベルトーニに送った『冷面』か」

 

「飲まされたんじゃなくて飲んでやったんだ。そこを間違えるなガリレオ。……刀、守り、護……当て字になるが、丁度いいのがあるか」

 

 

(……さも、たった今思い付いたように言うあたり、元少年も難儀な性格をしている)

 

 

 

「……だが元少年。あの地は……」

 

「……Tes. 『アレ』の縄張り(テリトリー)だ。

 

 神は気に入った者にこぞって試練を与えるというが……流石に出てきたら、俺でも同情するぞ」

 

 

 

―*―

 

 

 

「『前に進むな、後ろで退くな。なにより自分より先に死ぬな』――まるで、叙事詩に綴られる英雄の言葉ですね」

 

「それを現実で言葉にするのは現実を知らないか、よほどの自信過剰者かと思ったのですが。よもや、あの番外特務が宣言するとは。宗茂様……赴きたいのですか? あの戦場へ」

 

「Jud. ……正直に言えば、適当な剣を見繕って、今すぐにでも参加したいです――いえ、行きませんよ?

 

 

 ――行きませんから誾さん、私の肩を固定するのは止めてくれませんか?」

 

「……宗茂様はそう言って、よく無理をなさっている自覚がないようですので。ここは妻として実力を持って封殺させていただこうかと」

 

 

 赤い大きな義腕が、宗茂の肩と上腕をしっかりと()()。周りで作業していた面々は苦笑するか生温い視線を向けるかして、数秒後には作業を再開していた。

 

 ――慣れるの早いですねぇ、と。今度は宗茂が苦笑を浮かべる。三征西班牙の面々よりも慣れるのが早い。流石は多種族が集まる武蔵、と完全に見当違いな理解をしていた。

 もちろん、そんなお綺麗な理由であるわけがない。武蔵民は常日頃からもっと高レベルなやりとりを見ているので、立花夫妻のやり取りはどうってことないのだ。

 

 

 

「……セグンド総長と止水さんはやはり似ていますね――あの人も『難は全て自分が背負う』という気質の人でしたから」

 

「外見的な特徴は類似どころか対比ですが……まあ、居酒屋などで意気投合しそうな感じはします」

 

 

 わかります、と宗茂は返す。

 

 そして、わかるからこそ、またわかる――残念ながら自分はそこに居合わせることができなかったけれど、その大将が『皆で勝とう』と言った時の臣下たちの歓喜は、想像に容易く、また想像を絶するものだったろう。

 

 

 そして、それと同じことが今、あの戦場でも言えるのだ。

 

 

 

 緋の力――守り刀の力を与えられた一軍の、その緋焔が猛っている。まるで本人たちの心情を、そのまま表しているかのようだ。

 

 

 

 そしてその心情……それは、歓喜だ。

 

 認められた――共に戦うことを許されたことに対しての喜びだ。武蔵に残った者の、一体どれだけの者がそれを羨んでいるだろう。

 比喩でも、『結果的に』と枕詞を付ける事もない、共闘。

 

 

 彼を筆頭に、戦場を駆けて――

 

 

「……。まあ、いい行動ではありますが、どうせ何も考えていないのでしょう。ええ、考えなしに決まってます。きっと、あの従士の方が何かを言われたのでしょう」

 

「誾さん、もっと素直に褒めてあげればいいじゃないで、あ、ちょ。絞ってはいけませっ」

 

 

 

 絞られる宗茂の、その眼下。多摩の艦尾にほど近い場所にいる二人だから、その光景がよく見えた。

 

 

 緋を纏い、せっかく整えた陣形を無視して前へ進む一人の女武者と一機の機動殻がいる。

 

 どちらも青系の軽装鎧と甲殻、そして身の丈より長い槍と、挙げれば意外と共通点が多いことを新たな発見とし、その様を見届ける。

 ……神格武装『蜻蛉切』を肩に、迷いのない足取りで進むのは東国無双が娘――本多 二代。そして、重装甲を持って前進してくる機動殻『奔獣』に乗り込んでいるのは、武蔵が従士――アデーレ・バルフェット。

 

 

 二人は進み進んで……最前線の、その隣。

 

 

 刀を肩に構える守り刀の横に、並んだ。

 

 

 

 その身に纏われた緋は――変わることなく、その身から揺らめいている。

 

 

 

 その二人を発端に、IZUMOに展開する武蔵の迎撃部隊のおよそ四百名が開戦の数秒前の今にして、一人、また一人と陣形を崩し出したのだ。

 

 ――なんてことを、と思う。

 当然だ。もうすぐ武神隊を先鋒にした強国の精鋭部隊が向かってくるというのに、今陣形を乱しては一気に崩される。そうなれば、久秀公や義経公の示した十五分を待たず、武蔵は航行不可能になる損害を受けるだろう。

 

 

 ……だが、新しく――もはや陣形の形すらとっていないその並びに、宗茂の心が震えた。

 

 

 

「――前に出ず、しかし後ろで退かず。……叙事詩の英雄たちはきっと、心の底ではこれを望んでいたのかも、しれませんね」

 

 

 

 王命は遵守されている。――止水の前には、誰もいない。だが同時に、最後尾も担っていた。

 

 

 

 止水を含めた四百余名全員が、最前線。そしてまた、止水を含めたその四百余名全員が最後尾なのだ。王の命たる【王権刀治】の三条に『横に並ぶな』という一文は無い。つまり、反していない。

 

 

 ――ただ、横一列に並ぶだけ。それだけで、王の命令の裏をかける。

 

 

 

(少し考えれば気付くようなことにも気付けないほど、鋸というあの方は最前線と殿の役を担い続けたのでしょうね……)

 

 

 

 『一番槍は武人の誉れ』――本多の彼女はきっとそう言うだろう。だが、だからと言って、それをやらせ続けることを誰が良しとするだろう。

 

 ……炎が灯る。いま、戦場で空に届かんばかりに猛る緋炎には程遠いかもしれないが――宗茂の芯に、強い炎が確かに灯った。

 

 

 

 

「時間です。宗茂様。あと、副会長と書記からなにやら通神文が届いておりまして……」

 

「連名ですか……お二人はなんと?」

 

 

「Jud. ――『余裕ある者は、開戦の鬨声を上げてくれ』と」

 

 

 

 

***

 

 

 

ANA『ねえ……』

 

竜 犬『――はい、なんでしょうか。お嬢様。これより、開幕ですが』

 

ANA『ええ、わかってるわ。嬉しそうな声がここまで聞こえるもの。あのね……兄さんに、伝えて欲しいことがあるの。それで……』

 

竜 犬『Tes. お伝えいたします。――皆様からのお返事を頂いてくればよろしいでしょうか?』

 

ANA『……最高だわ、貴女』

 

 

 

***

 

 

 

 

 始まる前……同情した。桁違いの人数差と段違いの戦力差に、敵ながら、その苦境のほどに、思わず同情を抱いてしまった。

 

 次いで、呆れた。いくら聖連に押さえつけられて非武装を強制されているからといって、整えた隊列を開戦直前に動かすという愚挙をとることに。

 

 そして、憤った。なんだ、あの馬鹿げた陣形は。横一列の歩兵など、『どうぞ突破してください』と両手で歓迎しているようなものではないか。

 

 

 最後に、始まって――その武神乗りは呆けた。

 

 

 広く響く……いや、轟く音は鬨声だ。武蔵から聞こえてくるそれに呼応するかのように、四百名ほどの武蔵陸戦部隊を包んでいた緋の炎が、一気に武蔵八艦に燃え移ったのだ。

 

 その緋炎が、守り刀という一族の男特有の力である、という情報は戦前のブリーフィングで叩き込んでいる。そして、この戦場で必ず出場してくるだろうという予測も、戦力として要警戒が必要なのはそいつだけだ、とも。

 

 

 

『(何が起きて……いや、関係ねぇ!)――武神隊、作戦開始! ……突っ込むぞ!』

 

『『『Tes.!!』』』

 

 

 赤布を首下に纏う武神、十五機。……小国ならば余裕で落とせるだけの戦力が、戦場を高速で駆る。

 

 

 男が聞いたその男の戦闘力、戦績は――話を聞いても、映像を見ても、到底信じられない内容ばかりだった。

 

 

 初陣で2500名に無双し、航空艦数隻を一太刀で壊滅させる。

 

 英国主戦力の半数を打ち負かし、終いには伝説の剣と互角を演じて見せる。

 

 

 

 信じられないが、油断はしない。だからこそ、一気に彼我の距離を詰める。

 

 

 ――小国を落とすだけの戦力(最新鋭武神十五機)で、武蔵ではなく……その前に並ぶ部隊でもなく――その守り刀という個人を討ち取れ――

 それが、十五人の武神乗りたちが受けた、国からの第一命だった。

 

 

 それを果たす。武蔵から上がった鬨の声の余韻がまだ残る中、すでに駆け出している。スペック計算でこの距離を駆け抜けるのに必要な時間は、約一分――。

 

 武蔵の四百名は、未だ、立ち尽くすだけだった。

 

 

 

『――っ!? 武蔵から射出音多数! 砲撃です!』

 

『今更慌てんな! 集中砲火なんざわかりきってたことだろうが! 必要な事だけちゃんと報告しやがれ!』

 

 

 昂ぶる気から自然と大きくなる同僚たちの声に顔を顰めつつ、しかし『何かが飛んでくる』という事だけは理解する。集中砲火は前以てかなり可能性が高いと示唆されていたので動揺はしない。

 

 

 

 砲撃の回避訓練を思い出しながら意識を武蔵へ向け、それを捉えた。

 

 

 直線ではない、山形に近い放物線の軌道を飛んでくるそれは、細長く――

 

 

 

『――柱!?』

 

 

 

 ―*―

 

 

 

「……あれは、総長がアルマダ海戦で武蔵に投下した……」

 

「うん。有効活用されちゃったか……これ、六護式仏蘭西に抗議されたりしないかなぁ」

 

 

 ―*―

 

 

 長さおよそ二十メートル強、太さ二メートルから三メートルほどの、丸太の先端を鋭く尖らせた白木の柱――木杭だ。それが二十を超える数で飛んでくる。

 

 

『……何を使ったか知らないが、軌道が甘い――』

 

『油断するな! そもそも俺たちを狙ってない!』

 

 

 木杭が、その自重で加速する。そして、駆ける武神隊の前に複雑に乱立した。人間ならば数人でも余裕で通れる隙間だが、武神が通るには十分狭い。最短ルートはかなり潰され、余裕を持って通れる隙間は十五以下だ。

 

 

 ――即席のバリケードか!

 

 

 時間をかければなんてことはないが、確実にこちらの突撃の足は止められる。突撃してくるだろう数を減らせる良い手だ。

 

 だが、十五が十に、最悪五に減じたところで、四百の歩兵には過剰戦力であることに変わりはない。

 

 

 

『――編隊五! 中央の五が先行して奴を討つ! 左右は波状でついて来い!』

 

 

 

 指示を飛ばす。左右の計十機で武蔵を落とすことも考えたが、第一命を果たしてからだ。敵の戦力の上限がわからない以上、自戦力を分断しない。

 

 ルートを選び、抜ける。わずかに速度が落ちるが、それでも十分な速度はある。

 

 

 そう断じて見上げた――否、戻した視線の目の前に。

 

 

 

『あ……?』

 

 

 ――《緋衣》を纏う四百人が飛び込んだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 行くぞと、かけられたのは軽い声。

 

 

 そして――理解する。

 

 踏み込み。……力は軽く、しかし()()。真っ先に跳んだ背中に、付いていく。

 

 

 

 そして――理解する。

 

 重心は水月(鳩尾)よりもやや高く……そして、()()()()()()()()に。

 

 

 

 そして――理解する。

 

 携えたそれぞれの武器を軽く握って……。

 

 

 

 

 

 

 

 ……気付いたら、振り抜いていた。

 

 

 

「「「……は?」」」

 

 

 跳躍の際に感じる重力に逆らう感覚の長さに我に返り……崩れていく五体の武の神に、まず、それを成した数十名が呆けた。

 

 記憶がないわけではなく、全てを覚えている。自分たちの足で跳んで、自分たちの意思で姿勢を正して、自分たちの手に持つ刃で、斬った。

 

 

 

 ただその三拍子を行って――武神を五体、すれ違いざまに打ち倒したのだ。

 

 

 

「……なんだ、いま――ってか、なんで緋衣(コレ)着てんだ……?」

 

 

 落下していく。十数メートル高さから落ちているのに、なんの焦りもない。『焦る必要がない』と本能で理解していた。受け身を取らなければ最悪死にかねない高さで、その受け身すら必要ないと――。

 

 

 落下する五十人は『理解できていることに理解が追いつかない』と言う矛盾に戸惑いながら――波状で続く第二陣の五体の武神に意識を向けた。

 

 

 ――問題ない。

 

 

「ああ、問題な――……? だからなんだよ、今の」

 

「おーい、問題はないけど、着地ミスって転んだりはするからな? ……っと」

 

 

 重力に従って落ちていく自分たちの後ろから、自分たちの上を飛び越えていく数十名を眺める。一機に対して十数人が迎い、刃を振り抜いて、斬り払った。……問題ない、というより、問題がなくなった。

 

 

 それがもう一度繰り返されて――最初の者たちが地面に軽く降り立つ頃には、十五の武神が修復不可能な損傷で倒れ伏していた。

 搭乗機構がある部分は避けているので、搭載が義務付けられている『搭乗者保護機能』があれば、怪我はあれど命に別状はないだろう。

 

 

(武神、なん、だよな……?)

 

 

 非武装を余儀なくされた武蔵の朱雀のような機関部の作業仕様ではなく、純然たる戦闘用に造られた武神。その戦闘力の高さは各国のエース級が搭乗すれば、一機で戦闘系特務級の戦力を誇る戦場の花形だ。

 

 

 

 ……それを、十五機。一人の怪我人も出すことなく、全滅させる。

 

 

 

 そのありえない光景に、開戦したばかりの戦場が僅かな間だが、しかし確実に――止まった。

 

 

 

『あの……作戦とか、いる? 現場のバルフェット君と槍本多君、率直な意見で、どう?』

 

「……いや、俺には聞かないの?」

 

『えーっと、ですね、あの、ちょ、ちょっと待ってくださいね? 今からちょっと整理しますんで――ああ、いえ、とりあえず書記、止水さんになにやったか、聞いといてくれませんか? 今から追いかけるんで』

 

『危うく武神と一緒に味方を『割断』するところでござった。蜻蛉切が止めなければ百五十名がこう、腰からスパンと』

 

 

 通神越しの声は、乾いた笑いのメガネ二人と、聞き逃してはいけない台詞をサラリと吐いた副長。……一番の危険要因は後ろ、しかも身内だったらしい。並んでいる男はスルーされて当然だろうというのが一同の総意だ。

 

 ゲンナリとしかけるが持ち直す。先の二人の言う通り、情報は欲しい。『習うより慣れろ』や『考えるな、感じろ』の精神は時と場合によるのである。一同の視線を一身に受けた止水……の肩上にいる『鋸』は、特に気負うことなく武神を迎撃した四百名の前に立っていた。

 

 

 

『あ、止水君? 説明するならその――鋸さん、でいいのかな?  そちらにお願いしたいんだけど。』

 

「……安心しろよ、ネシンバラ。言われなくてもそのつもりだから」

 

【説明の前に、貴方も半分くらいしか理解していませんよね?】

 

 

 ――クスリ、と微笑を浮かべる。戦場とは思えない皆の雰囲気を、どこか羨んでいるようにも見えた。

 

 

【……まあ、他の一派と比べて(王刀)は少し複雑というか、いろいろと制約や条件がありますから……全部覚えてるのは、一派直系の血族……の、女性くらいでしょうから】

 

 

 あの子達は何度も何度も説明しても、「あー大体こんな()()かー」と感覚でまとめてしまうんですよね、と。

 

 ……直系の血族でも、男は基本頭の出来を期待されていないらしい。

 

 

 

 ――コホンと咳払いをひとつ。

 

 

 

【では、手短に説明しましょう。まず、私の力は大きく分けて二つ――『身体能力の強化』と『意識の簡易共有』です】

 

 

 

 鋸は陣形を変えていく六護式仏蘭西の軍勢を眼を細めて眺める。驚いてはいるが、慌ててはいない……厄介な相手ですね、という言葉を、しかし飲み込んだ。

 数十秒――相手が上を行けば、十数秒の僅かな間だろう。

 

 

【まず、意識のほうですが……現状はこの子の意識が行き渡ってるはずです。本来は伝令や合図を不要とし、かつ一軍が生き物のような動きを可能にするためなのですが……多分、殆ど感覚的なものが飛んだかと思います】

 

「……あの強制的に『あ、うん出来るな』って感覚はそれか」

 

【はい。本来ならそれではダメなのですが……今回はそれで正解でした――正直この子の身体能力を、私自身……かなり過小評価していたようです】

 

 

 身体能力の強化……は、結果の話。過程や工程を詳しく説明すれば、『守り刀の身体能力の一割を発現させる』のである。

 

 鋸の生前――守り刀最弱を自称した彼女には、常人よりやや優れた程度の身体能力しかなかった。鋸一派の者はその傾向が多く、その強化を受けても気持ち程度の上昇率でしかなかっただろう。それゆえに、彼女の力は、小さな力を束ねる『集の力』――意識の簡易共有こそが本領であった。それを以って多くの勝利を得てきたので、どちらかと言えば身体能力強化はオマケのようなものだった。

 

 

 ……オマケだった、の、だが。

 

 

 

 鋸ではない、止水の一割。

 

 果たしてそれは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ……二万本を超える刀たちの負荷を、負っている状態か負っていない状態か。

 はたまた、二万本を超える刀たちから齎される緋の流体による、人外の剛力を発現した状態か否か。

 

 それとも、二万本を超える刀たちの影響を、一切受けていないそのままの止水の力なのか。

 

 

【……………】

 

「……えと、何? 俺なんかした?」

 

 

 ……当事者であり、かつ『そのもの』である鋸にさえ、その判断が付かなかった。

 

 術はしっかりと成立し、発現している。その証拠に、緋の流体は形を紡ぎ、証である陣羽織となって揺らめいていた。鋸にとってはそのその光景は懐かしいが、残念ながら、今は懐かしむ時間ではない。

 

 

 結論は出ている。そこから、過程を予想するのは容易かった。

 

 

 

【たった一割ですが、それでも皆さんにとっては膨大な力です。そして、その力を使うには膨大な量の燃料が必要になります。貴方方(あなたがた)の王から青い力を受け続けているようですが、それでも足りません。

 ……開始前の十五分間の蓄積がなければ、きっと、数秒の発動で終わっていたでしょう】

 

『ちょ、ちょっと待って下さい! 武蔵の四分の一の流体ですよ!? そこから分割して供給されたにしたって膨大な……それで数秒なんて言ったらそれこそメアリさんの王賜剣やホライゾンの大罪武装級と同じかそれ以上の流体消費量で……』

 

【おっしゃる通り。私もビックリしています】

 

『いや、あのぅ、ビックリ程度で済ませていい問題じゃないんですけど……』

 

 

 尻すぼみになる智を置いて、思い出す。鋸が顕現する前――トーリに開戦の十五分前から流体を供給するように言っていたのは、他ならぬ止水だったということを。

 理解していないというのに、わかっている。それが感覚なのか野生の勘なのか、それとも守り刀の一族の本能の為せる業なのかはさておいて。

 

 

 

『質問でござる。――あ、自分は点蔵と申しますれば。んん、二代殿とアデーレ殿が、その強化を受けていないようなのでござるが、なぜでござろうか』

 

『あー、それなんですが……自分もしっかり強化されてます。ですがそのぉ、機動殻(これ)は対応外みたいで……』

 

『『『つまり……脱いだら強くなるわけか』』』

 

 

 

俺  『おう、呼んだかYo!?』

 

賢姉様『ンフフ、愚弟? アンタもう全裸だから、これ以上脱げないじゃない。で・も! そんな不脱弟に朗報よ! 上――』

 

 

 

 

 ……実況通神(チャット)板は無視した。叩き割る直前に規制が入っていた気がしなくもないが、無視した。男衆の一部が何かを否定するように力強く割っていたような気がしないでもない。

 

 

 

【簡単にお答えしますと、それは……いえ、時間切れみたいです。

 

 ――『将棋』と『成り』、槍の彼女は『金将』。それで皆さん各自理解でお願いします】

 

 

 

 鋸の声が尖る。それを聞いた一同は意識を変え、戦場に心を置いた。

 

 砲音、そしてついで、飛来音。空を埋め尽くさんとする勢いの砲弾たちが、武蔵の右舷艦と、陸上部隊に殺到した。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

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