境界線上の守り刀   作:陽紅

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今年最後の更新になります。
皆様、良いお年を!



四章 刀の『王』 【結】

 六対一。

 

 この数字だけを見て『どちらが強いか』と聞かれたら――聞かれた大半は、よほどの捻くれ者でもない限り数が多い『六』と答えるだろう。

 

 

「……くっ……!」

 

 

 六の刃が高速で、かつ無尽の軌跡を描いて緋色に襲いかかる。――ひと呼吸の間に二十は超えるだろうその激しい剣戟の中で、堪えていたその苦悶の声が、わずかに漏れた。

 

 ……攻め立てる六が、肌や肉は疎か、緋色の衣にすら当たらない。届かないのだ。

 澄んだ金属音が絶え間なく響き、六刀は大太刀によって完全に受け流される。受け流されるならまだ良いほうで、いくつかの斬撃に至っては最低限の体捌きで紙一重の回避をされてしまうのだ。

 

 そして、六が見せた刹那の隙を突かれて攻守が変わる。迫る大太刀を六刀で受け止めようとするが、そのあまりの重撃に容易く崩されてしまう。

 ……ならばと迫る銀閃を、後退と六刀による受け流しでなんとか回避するが――なんとか受け流した際、耳障りな金属音がギャリギャリと掻き鳴らされた。

 

 

 攻守のどちらをとっても、否定しようのない劣勢。

 

 アンリは剣士としての技量の差を、まざまざと見せつけられているような現状に、顔をゆがめていた。

 

 

「アルマンッ! 此処はいい! お前は部隊の指揮に専念しろ! ――こいつの突破は無駄だ!」

 

「Tes. そのようだな。……死ぬなよ」

 

 

 突破が出来ない――とは言わない。それは弱気で、それを口にすれば、部隊の士気にも関わってくるだろう。

 

 尤も、無駄という判断もあながち間違いではない。重力をかけて威力を上げた所で意味がないことは、最初の一撃でぶつけた最大出力の六刀一撃を受け止められている時点で分かっていた。

 

 必要なのは威力よりも手数—―そしてなにより、防御を捨てた攻めの一手。

 

 

 

 アンリは重力制御で用いる六刀を、さらに早く、より精度を上げて乱舞させる。 ひと呼吸の二十が、 瞬きの二十へ。

 

 幾輪もの火花が止水とアンリの間に咲き乱れ、耳を劈くような金属音が鼓膜を連打した。

 

 

 

 

 ……だが、それでも届かない。届く気配のある一撃すら、出てこない。

 

 

 

「我が剣戟を、見切っているとでも言うのか……!」

 

「まだ見切っちゃあいないが――悪いな。六刀流(それ)はもう英国で知ってるんだよ、俺」

 

 

 

 思い出すのは数週間ほど前の事。伝説の剣に選ばれた、美しい金色(こんじき)の髪の女。

 

 六刀から繰り出されるそれぞれの一撃は、たしかに彼女より幾分か重い。だが、それだけだ。剣の速度も技量も経験も、なにより、剣戟の一つ一つに込めた思いの強さも。

 

 

 

「……エルザの方が強かったし、色々とエゲツなかった!」

 

 

 

 

 

***

 

 

女 王『ふふん。わかっているではないか止水。そうとも、あの六剣は私のとっておきなのだから、そうそう貴様の一番を塗り替えられてたまるか。おいジョンソン、もっとズームしろズーム。ほかの連中はいいから止水を写せ。……メアリは写さなくていいからな? 別に探さんでもよいぞ?』

 

御 鞠『剣を六本使うやつがそもそも特殊じゃねえ? しかもアンタの場合精霊術も合わせて守り刀に対してドカンドカンしてたしな。

 ……つーか、花園の被害って半分くらいお前じゃないか? ……おい、エリザベス。眼ぇ逸らすな。あー、いい機会だ。ちょっと来い。木精として説教してやる』

 

薬詩人『ズゥゥウウム・イィィイン! 不肖、ベン・ジョンソンが現場よりお伝え致します! あ、それとメアリ様から映像伝言をお預かりして――あの、lady?』

 

地味商『……守り刀の彼のリスペクトでしょうか。我らが女王が蔦蓑虫に……あ、ちょ、その体勢で光翼はさすがにダ――……』

 

 

 

***

 

 

集う理由があるものも

 

集う理由がないものも

 

 

 祭場来れば、皆同じ

 

 

 配点【極東】

 

 

***

 

 

 

 英国オクスフォード教導院が今日も元気な光翼による外壁破損に興じている頃、IZUMOでぶつかり合う両国が、新たな一手を投じようとしていた。

 

 武蔵側のその一手の一つを担うのは、第一特務の点蔵だ。

 

 

「…………」

 

「――う様。点蔵様!」

 

 

 ――はっ!? 女神!? 気が付いたら目の前に金髪巨乳の女神がいたでござるよ!? あ、メアリ殿でござった!

 

 などと、冗談のような本気の一人芝居を一つ。メアリの顔は近く、点蔵の帽子のツバより内側だ。武蔵住民が総出でもげろコールをするだろう状況である。

 碧眼の美しい虹彩やら吐息やらで心拍数を上げながら、点蔵は慌てて一歩引いた。

 

 

「……ももももも申し訳ござらんっメアリ殿! な、ななあ、なんでごさるか?」

 

 

 噛みすぎて最早噛んでいるのかラップに興じているのかわからない点蔵に、メアリはクスリと笑みを浮かべる。

 

 

「そろそろ出撃の用意を、と――今先ほどネシンバラ様からご連絡がありました。点蔵様の代わりに私がお受けいたしましたので、そのご報告を」

 

「え!? あ……」

 

 

 慌てて通神の履歴とログを確認し、ネシンバラから連絡が来ていたことに気づく。まだ数十秒ほどの時間しか経っていないが、この時分においての数十秒は相当の価値があるのだ。

 

 

(い、いかんでござる。集中せねば……)

 

 

 点蔵は奥歯を強く噛んで頭を振り、意識を切り替える。

 

 ――点蔵とメアリは、これから戦場に往く。英国から武蔵に移住してきた精霊系や獣人系の異族を中核とした特殊奇襲部隊を率い、乱戦を繰り広げる敵の横っ腹に突撃して、一気に戦況を決める――というのが、ネシンバラ曰くこの部隊の基本方針なのだが……。

 

 

「『十中八九、臨機応変のほうで動いてもらうから覚悟してね?』と――基本方針の通達、いらないでござらんかなぁ……」

 

「相手方もこちらと同じように戦力の追加をしてくるようです。ネシンバラ様からのご連絡に続いて、向井様から『大きな人たちの部隊が準備している』とご連絡が。おそらく、私共と同じような異族が中心になっている部隊かと」

 

 

 

 

 ――至宝様パネェ……。

 

 ――むっさまこそ守護神か。

 

 ――斥候いらずだな。あの忍者もとうとうクビか……よっしゃ。

 

 

 

 ……向井殿のお陰で士気を上げる必要がなくなった、と思えばいいでござろう。自分の精神衛生上的に。――自分にはまだ忍び込んで裏工作的な能力とか役目があるでござるが。

 

 自分の考えが若干負け惜しみにも思えてしまった点蔵は、もう少し『引き出し』を増やそうか、と考える。忍者ゆえに基本は裏方だが、メアリの隣に立つなら、表立った戦闘力の向上もこれからは必須だろう。

 

 

(せめて、止水殿がこの刀を譲ってよかったと、思い誇ってくれる一端にはなりたいでござるな……)

 

 

 手を腰の後ろに添える。そこには帯紐に挿して固定している、一振りの無骨な小太刀があった。

 

 

 メアリを救いに行く際、ウォルターを出し抜く為に犠牲にした愛刀の代わりとして、アルマダの終わりに止水から譲られたものだ。

 

 慣れ馴染むまで多少時間がかかると思ったそれは、むしろ失った愛刀以上に点蔵の手によく馴染んだ。基本的な動きはもとより、奇抜染みた曲芸まがいの動きまで。変態忍者とまで言われる武蔵トップクラスの点蔵が、忍刀を使った思いつく限りの動作に緋鞘の小太刀は十全以上に答えてみせたのだ。

 

 

 

 

「……おいクビもげた忍者。準備完了だ。ニヤけてないで拙僧らも一戦参るぞ」

 

「ちょっとそれ死んでる! それ自分死んでるでござるよウッキー殿! あとニヤけてないでござる!」

 

 

 対異族用の異端審問道具を、これでもかと腰や肩に配備したウルキアガが毒舌とともに登場する。……点蔵がアルマダで守りの術式から除外されたり守り刀の一刀を止水本人から譲られていたりと、方々からすると『相当ずるい』待遇なので、当たりが少々強めだ。

 

 普段より多めの外装布の真下にある甲殻がピンクの水玉模様(厳罰執行)のせいで若干機嫌も悪いのだろう。

 

 

 

賢姉様『『布の奥に隠れたピンクの水玉模様』で妄想した奴がいたら御広敷案件の可能性があるため番屋に通報します』

 

礼賛者『なんで今の今まで話題に上がっていなかった小生がいきなりディスられているのですか!? 水玉模様とか下着の模様の定番だから中等部や高等部でもいるでしょう普通に!』

 

⚫︎ 画『マルゴットも好きよね水玉模様。あと縞々とかも。アデーレも下だけならそうだったかしら』

 

金マル『ガッちゃんにゃに暴りょしてるにょかにゃ!? それガッちゃんの描いてる草紙の中でだかんね!? ナイちゃんのはもっとこう……そう、大人っぽいのだから!』

 

丸べ屋『音声入力だから猫語化しちゃってるわねー……あれ? でも確かこの前ウチで注文したのって……』

 

副会長『真面目にやれお前らぁ!』

 

俺  『セージュンは白でホライゾンは黒だよな! 俺? 俺はもちろんノーパ――……』

 

 

 

 

 どこからか姫と政治家が全裸を殴打したような音が聞こえてくる。そして、近場では御広敷案件扱いされた半竜が重々しく膝を屈するような鈍い音が――。

 

 

「う、ウッキー殿お気を確かに! (正直ざまあでござるけど)膝を屈したらダメでござる! これから自分たち戦闘でござるから! それに、ほら。戦場で活躍すればいい感じで帳消しになるでござるよきっと!」

 

「……。くぬぅ、もはやそれしかないか……! 汚名返上、名誉挽回……! やってやろうぞ!」

 

 

 orz体勢だったウルキアガが気焔を上げる。……若干自棄が入っている気がしなくもないが、この部隊の主力の一人なのだから元気なくらいが丁度いいだろうと割り切る。

 

 周りを見れば、呆れているか苦笑しているか。とてもではないが、戦の前とは思えない空気だった。

 

 

 

『――これが武蔵か、ふむ。……良い雰囲気だと思わないか? 義康』

『どこがだ!? おい武蔵総長……は、ダメだから副会長! もっと気を引き締めさせろ!』

 

俺  『復帰! おいおーい、連れねぇなペタ子! ……閨を共にした、俺とお前の中じゃねぇか……!』

賢姉様『ちょっと愚弟! この賢姉をさしおいて勝手に命名しちゃだめじゃない! ヨッシーよあのワンコは! 誰がなんと言おうと!』

ホラ子『義康様改めヨッシー様。この節操のない駄犬の躾はコチラでやっておきますので、お気になさらず。ええ』

 

 

 再び打音。今度は姫がソロで奏でたようだ。きっと嫉妬の大罪でも発動したのだろう。

 

 その打撃の前に聞こえた声は男女で、それぞれ里見 義頼と義康のものだ。音声限定の表示枠なので表情は伺えないが、義康の方は眦を上げている様子を容易く想像ができる。

 

 

 

『む? 義康は良いが、その名付けでいくと私もそのヨッシーとやらになるのだが?』

 

副会長『あー、馬鹿の血文字(ダイイングメッセージ)を代読すると『お前は犬兄だ』らしい。……こいつのあだ名の付け方が、イマイチわかるような、わからんような……わかったら同類になるからそれはそれでやだなぁ……』

 

『なるほど。……よかったな義康。確か、前に『級友から気さくに声を掛けてもらえない』と悩んでいただろう? 一歩前進したぞ』

 

『貴様それはいつの話だぁ!? 武蔵総長! 覚えておけ! 後で正式に武蔵教導院に抗議するからな! ……ええい、準備が終わったならさっさと号令を出せ! 号令を!! ――おい北条 氏直。それで貴様笑いを堪えているつもりか? 武神の器官を使わなくても聞こえているぞ?』

 

『おや怖い。そう熱り立ってはご学友も遠慮してしまいますよヨッシー。それに聞こえて当然でしょう。そもそも堪える気も隠す気もありませんから。ええ』

 

 

 声が並ぶ。義康に呼ばれるようにして新たに加わったのは、ノリキとのやり取りが記憶に新しい北条が現当主――北条 氏直だ。どこかケンカ腰――のように聞こえるが、戦前で逸っている義康を宥めているようにも聞こえる。

 

 

未熟者『さて、緊張もいい具合にグダグダになってきたところで、建前を説明しようか。

 

『両国の代表が宿泊している時に、()()()()()()()()()()()、武蔵は抗争状態になってしまいました。止まない砲撃の流れ弾で両国の代表が被害を被らないとも限らないから、自衛のためにご本人たちが参戦するぞ』

 

 ――と。こんな感じでいいかな?』

 

『Jud.参戦の建前としては十分だろう。実際、先ほど中々近いところに、騎士殿が弾かれた砲弾が落ちてきたからな。……八房に乗る直前だったから、少々焦った』

 

 

 武神乗りは各国の軍で強力な戦力と認識されているが、それは文字通り、武神に搭乗している時だけである。武神無しの状態では訓練を積んでいるため一般人とまではいかないが、肉体の強度はそれと大差ないのだ。弾かれた砲弾が直撃でもしたら、普通に大怪我か最悪生死に関わるだろう。

 

 ゆえに、主に通常砲撃を弾いて対処しているネイトに一同の意識が向けられた。

 

 

銀 狼『……け、結果オーライですわ』

 

煙草女『アンタのオーライの方向性どっちさね。……だぁ! また主砲くるさ! ――アサマチ砲、ってぇ!』

 

 

 

 ――会いましたぁ! ってマサ! なんですかアサマチ砲って!? ……あれ? 疑問に思ってるの私だけな雰囲気ですよこれ。

 

 

 

未熟者『まあ、なんだっていいよ。里見義頼公、義康公は追加で来る武神を。北条 氏直公は、奇襲を狙っている自動人形部隊の相手をそれぞれしてもらいたい。とは言ってもあくまで自衛だから、あまり前には出ないようにだけ留意してくれ。

 

 ……質問はないね? それじゃあ、出陣だけど……点蔵くん。号令をお願いできるかい?』 

 

 

「……自分が、でござるか?」

 

 

 ネシンバラからのオーダーに、点蔵は何故と意外を合わせた疑問を返した。出撃の号令であれば、自分よりも最適な者が複数人揃っている。武蔵であればトーリやホライゾンがいるし、里見・北条もそれぞれ長が参戦しているのだ。そうでなくとも、ネシンバラ本人がやってしまえばいい。そういう役を寧ろやりたがるのがあの作家ではなかっただろうか。

 

 

未熟者『Jud. 君だ。心が望んだ第一陣での参戦を辞して、奇襲部隊の指揮に真っ先に立候補した君だからこそ、この号を令ずる者に相応しいと思うんだ。やってくれるかい?』

 

 

 奇襲とは静かに、しかし故に、苛烈に行うものだろうから。

 

 そう言われ――第一特務の役を負うその忍は言葉の返答をせず、まずメアリを見た。何も聞かず、そしてなにも答えず。ただ愛らしい笑みを浮かべて、ゆっくりと彼女は頷いた。

 

 

 ……それで十分と。忍は、後ろ腰の一刀を抜く事で、その大任を了承した。

 

 

 

「では。

 

 ――戦人として誉は『全敵撃破』……されど此度より、我らが王と刀が願いたる『生還せよ(生き残れ)』をその至上とせよ」

 

 

 一息。背後の部隊と、近くから、そして遠方から続々と聞こえる武装の安全装置を解除する音を耳に――声を鋭くして告げた。

 

 

 

 

「――総員、出撃……!」

 

 

 

***

 

 

 

 『――その時、戦場は僅かな間……それこそ刹那ほどの時間だが、確かに止まった。戦士たちは意識を眼前の敵から、自分たちが守るべき城と国がある後方へと向ける』

 

 『荒々しく地を駆けるは蹄。燃料を吹かして燃えるは飛翔音。高ぶる感情に抗うことなく……彼らは叫び、鬨の声を上げた』

 

 

 

俺  『ら、らめぇぇぇええええ!!』

 

 

 

 ――ドカボスドコバキドカボスドコバキ。

 

 姫の拳やら作家らの蹴りやら、魔女の箒やらアマゾネスの長剣(鞘付き)やらが、バカのボケ術式による攻撃無効化を確実に上回るようにツッコミが殺到する。側から見ると私刑にしか見えないが、おそらく満場一致で正当な制裁だと判断されるだろう。

 

 

「オウフッちょ、ちょっと待てオメェら! 無表情でボコるのはマジで――ごーめーん! ちょっとふざけ過ぎました! あ、ちょ、ホライゾンそこはダ……っ」

 

「ああもう、くっそ見損ねた! 絶対なんか胸熱なセリフ言ってたよね!? 点蔵君たちもそうだけど、義頼公と止水君、なんか合図っぽいの交わしてたよね!?」

 

 

 ネシンバラは最後のひと蹴りを入れると、意識を再び戦場へ戻す。

 

 止水が率いる先行部隊が右へ、現在交戦している部隊を引っ張るようにして移動して、道と広場を作る。そこを里見教導院が誇る八犬伝の伝説に名を冠する二機の武神『義』と『八房』と追加投入された武神隊が戦場にしていた。

 開戦当初に打ち込まれた杭柱が未だ健在であり、かつ右側の方がより杭柱の密度が高い。少数精鋭が戦いやすい状況だ。

 

 そして、点蔵が率いる奇襲部隊。彼らはすでに止水たちの横から攻めようとしていた六護式仏蘭西の異族部隊と激突している。獣人系異族同士のぶつかり合いが先んじているためかなり豪快だ。その中で敵部隊のど真ん中に飛び込んで嫁と一緒に撃破数を稼いでいる忍んでない忍者がいた。

 

 最後に――おそらく、追加戦力で一番目立ったのは北条 氏直、彼女だろう。

 いくつもの巨大な木箱(コンテナ)を展開し、そこに収められた無数の太刀を射出し、瞬く間に戦場を剣林に変えていく。全方位武術士という戦種を確立させた遠近両用武装『天下剣山』が、主人の意志のもとに大太刀を撃ち続ける。反撃の銃撃が数百と迫るも、自身が持つ四振りの大刀で淡々と対処していた。

 

 

 ……その決定的な瞬間のすべてを、ネシンバラはまるっと見逃してしまった。作家として最高級の資料を見逃したことにガックリと項垂れる彼には、全裸の股間のモザイクを全身のモザイクに変え終えたオリオトライが長剣を肩に担ぎ直しつつ問いかける。

 

 

 

「……で、なんで号令を点蔵にさせたの? さっき尤もらしいこと言っていたけど、君のことだから本当の理由があるでしょ?」

 

「え? 普通に適任がいなかったからだけですけど? だって同盟国とはいえ二国の長が参戦する戦争で全裸とかに出陣宣言させたら面子とか今後の関係とかズッタボロボロになっちゃうじゃないですか。その点ホラ、点蔵君なら基本真面目だし、噛んだら噛んだで彼の個人責任だし」

 

 

 うんうんと頷いて賛同している連中が、圧倒的多数であったことをここに明記しておこう。

 

 そんな、武蔵ではありふれまくって見慣れたその光景――それを見て、にこやかな笑みを浮かべる存在が一柱。

 

 

【皆さん、本当に仲良しですね。あの子の内からよく見ていましたが……羨ましいほどに、絆が強い】

 

 

 野点の番傘の下。長椅子に腰掛ける武蔵王ヨシナオの隣にいるのは、守り刀が御霊、【鋸】その人だった。

 

 

「……失礼、【鋸】殿。どこをどう取ればそのようにお見えになるので? 麻呂にはどこをどう見てみても、その、友を平然と贄に捧げているようにしか……」

 

【表立って建前を言うのは簡単です。建前とはその為にあるのですから。ですが、その逆……本音は基本胸に秘すものです。聞かれてしまえば、もしかしたら、今の関係が壊れてしまうかしれない。ですが、あの眼鏡の彼は――そして、日頃からの皆さんも、それを全く気にすることなく本音をさらけ出しています。

 ――さらけ出したところで、壊れる絆ではないと。意識するまでもなく根付いている証ではありませんか?】

 

 

 場にいた一同が、そっと……鋸から顔を逸らす。そう言って、言い切って心からの笑みを浮かべる彼女は、外道に染まりきった者どもの眼にはあまりにも眩しすぎた。

 

 この場にいる【鋸】は、分身ではない。本人の自己申告で本体と告げている。止水たちが突撃した直後くらいから、こうしてここにいるのだ。現在止水が展開している【王刀楽土】……その、説明と効果を発揮する為に。

 

 

「……『立場』――役職が発動条件の鍵、か」

 

 

 正純が視線を戦場の――『そこ』にいるであろう緋色の彼に向け、説明され理解したことをまとめて、小さく呟いた。

 

 

 守り刀が止水。彼が勤めるその役職は、武蔵アリアダスト教導院、番外特務である。

 

 その番外特務を最上位の『王』に例えてしまうので、役職上位者は全員術式の対象外になってしまうのだという。番外特務とは、数字が振られる特務とは違い、言い方が悪いが特務の『補欠』だ。つまり、生徒会や総長連合に所属し、かつ正式な役職に就いている者は強化範囲外となる。

 

 

 副長である二代は特務勢のリーダーだ。つまり、止水より役職が上なので、術式の対象外となる。

 

 アデーレは従士だが、役職に就いているわけではない。よって止水より立場は下なので、術式の対象となる。

 

 ネシンバラ、正純は組織こそ違うが、書記と副会長という正式な役職者であるので対象外。智は浅間神社の跡取り娘かつ高威力な攻撃手段を持ち合わせているが、一般生徒なので対象――といった具合だ。

 

 

「……それで例えるなら、麻呂やオリオトライ君は教師生徒の関係で上下が生じる為対象外、であるな。……将ではなく兵を強くする、戦場の王――というわけか」

 

 

 守りたい。しかし戦う力がない。そう嘆いた【鋸】と同じ思いを抱いた者たちに力を与える。それが、守り刀が一派――王刀【鋸】の力。すでに戦う力を持つ者には必要のない、一歩を踏み出すための微々たる力。

 

 

 

【(本当に羨ましい、ですね。――だというのに、まだ貴方は、隠し続けるつもりですか?)】

 

 

 目標の十五分。そのおよそ折り返し地点を超えて、【鋸】は戦場のさらなる変化をその戦術眼で察する。

 

 察して――眼を、閉じた。

 

 

 【鋸】は武蔵から戦場を俯瞰視点で見て、その視覚情報を止水へ送る。打ち合わせることなく、後ろから来た第二陣の面々と合わせられた仕掛けがこれだ。

 

 だが、眼を閉じる。止水に戦場の情報を送る意味は、もう無くなった。

 

 

 

 ――王刀の力が覆される一手。それが、打たれたからだ。

 

 

 

 

【――如何に備え、万全を期せど。()()()()()()()()()()()()()しまっては……王も兵も、ただの木駒、ですか】

 

 

 

 ――六護式仏蘭西の本陣から、眩いばかりの光が打ち上がる。さながら太陽のように輝くそれは高く昇り……やがて、激戦区のど真ん中へ着弾し、熱や蒸気で周囲を圧する。

 

 

 それらが一気に収縮し――戦場に大きな空白が空く。その中央、光球が形を変えて……人の形を成した。

 

 長い金の髪は風になびかせる、それは男。

 

 

 

『――初めまして、武蔵の諸君。

 

 朕がルイ・ロワ・ソレイユ(太陽王)・エクシヴだ。ああ、ブじゃない。おしゃれなお店のヴだ。よしなに頼むよ?』

 

 

 余裕の笑みを口端に浮かべ、優しささえ思わせる視線を備え。その後陣に、膝つき頭を垂れるアンリらを従えて、止水たちの前に立つ、六護式仏蘭西が王。

 

 

 

 

「…………やっぱり、王様ってあれか? 脱ぎ癖でもあるのか……?」

 

 

 

 それは、全裸だった。

 

 

 




読了ありがとうございました!

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