境界線上の守り刀   作:陽紅

156 / 178
新年、あけましておめでとうございます。10日ほど遅くなりましたが、今年も『境界線上の守り刀』、お付き合いいただけると幸いです。



五章 刀、挑む 【壱】

 太陽王。全裸。六護式仏蘭西総長。全裸。戦場のど真ん中、最前線である場所で、全裸。

 

 

 

(全裸ってなんでしたっけ……?)

 

 

 アデーレの中で、全裸ゲシュタルトが崩壊しつつあった。『ゲシュタルト』の使い方がこれで合っているのかどうかすらも怪しいほどに木っ端微塵だ。

 ただでさえ、自分たちの総長が日頃から全裸ネタをやりまくっているのだ。……この場合、女の子として『どういうリアクションを取ればいいのか』すら、わからなくなってしまっている。

 

 ――とりあえず、女の子がお風呂以外でやっちゃあいけないものです、という確固たる信念を持ち合わせて、アデーレは見たくもない肌色を我慢して見た。

 

 

 

「あの、えっとお……なんで、全裸なんです? うちの総長じゃああるまいし……」

 

 

 

「……おっ、呼んだ?」

 

 

 

 アデーレは機動殻の中から前にいる太陽王――ルイ・エクシヴに問いかけた。問いかけたつもりだった。だがしかし、答える声は後ろから、しかも激近距離から聞こえたのだ。

 『呼んでない』とか『どうやって、いつの間に』など、そういう常識的かつ当然の問いは、この存在にはもはや無意味だ。

 

 

 ……武蔵の全裸が、服を着てそこにいた。

 

 

「い、いやあああ!! そ、総長が! 総長が服を着てますよぉぉおお!!」

 

「おい待てこら待てちょっと待てアデーレ! なんだよその反応! それはあれか!? 脱げって遠回しな逆説的要求か!? 脱いでほしいのかそんなに俺に!」

 

「きゃあ、し、止水さん! 今自分止水さんと組んでるんで! ほら、だから気を利かせて放っておいてくださいよ!」

 

「あ、アデーレ、とりあえず落ち着けっそれが普通だから! でもって前にも言ったけど機動殻込みでしがみ付くなって角増えてるからこの前より痛たたたた」

 

 

 全裸の全裸にではなく、全裸が服を着ていることに悲鳴をあげるアデーレと、そのアデーレの飛び付きによりこの戦争で初めてダメージを受けた止水。

 

 余談だが……実はこの従士、何気に止水へのファーストアタックの最多記録保持者だったりする。

 三河での機動殻飛び付きに始まり、英国で浴場の床に御柱着弾で守りの加護を通しての痛撃。両国会談裏でのズッコケ頭突きなど、直接的な被害で考えるとズドン巫女よりも警戒しなきゃいけないんじゃなかろうか、と止水になんとなくでも思わせるレベルだ。

 

 

 閑話休題。

 

 そんなアデーレの様子を見てエクシヴは髪を搔き上げつつ、フッと鼻で笑った。

 

 

「ふふ……これが、君と朕の歴然たる差だよ。その従士のリアクションでわかる。朕の全裸こそ、常たる常識ということさ。それに、英国に入る前に全国へ映された君の全裸を見させてもらったが、あれはダメだ。全く全裸としてなってない」

 

「英国前っていうと……ああ、俺があの女教師系のねーちゃんに股間タッチされた時か!」

 

 

 ……武蔵の外交担当部に三征西班牙から匿名で大量の抗議文が弾幕のごとく飛んできたが、それは余談でいいだろう。三征西班牙出身の立花夫妻が戦場から顔を逸らし、どこか遠い目していたのも余談だ。

 止水はひとまずアデーレを落ち着かせ、そして、部隊の面々も合わせて少しばかり下がらせる。

 戦況は、良いか悪いかはさて置くとして、両軍とも止まっている。

 

 里見が対応する武神隊も、北条がほとんど蹴散らした自動人形の残存部隊も……そして、彼らが建前としていた武蔵への砲撃も、すべて。

 

 

「……『全裸としてなってない』って、全裸ってただ服を全部脱ぐだけじゃないのか……?」

 

「ふふ、いい疑問だね。だが君が言う『服をただ脱いだだけ』ではただの『裸』でしかない。『裸』という概念を全身全霊をもって『全う』する――そこで初めて人は『全裸』となるのさ!」

 

「……え、っとぉ……?」

 

 

 ――問うて答えられた止水だが、答えを聞いて理解することを早々に諦めて投げた。同じ言語を使っているし文法やらも理解できるのに、内容だけが一切理解できないという……止水もその初めての現象に戸惑いを隠せなかった。

 助けを求めるように周りを見渡すが、皆も自分の身が可愛いのだろう。視線が合うとそっと眼を逸らしてしまう。

 

 だが、助け……と言えるかどうかはかなり怪しいが、トーリが前に出ることでエクシヴの意識が止水から移る。

 

 

「わかる。わかるぜ……! そうだよ、ただ裸になってるだけじゃねぇんだ! おめぇらいいかよそこんところ!」

 

「うわぁ、わかっちゃうんですか総長。すいません今自分、軽く全力でドン引きしちゃいました。あ、もちろん総長にですから。総長に」

「……あれ? でもトーリ、今お前の全裸ネタ完全にダメ出しされてる感じだけど、それはいいのか?」

 

「――わかってねぇ、わかってねぇなこの似非全裸! 俺の全裸がどうダメだってんだああん!?」

「「「お前自体が全体的にダメなんだよ!」」」

 

 

 指摘されて即行掌返しをするトーリに総員からツッコミが送られる。こいつ落ち着きねぇなぁ、と、梅組のメンバーから一斉に呆れ冷めた感想が向けられるが、その程度のことも武蔵では日常茶飯事なのでトーリもどこ吹く風だ。

 ――エクシヴはまた髪を搔き上げ、またフッと鼻で笑う。

 

 

「あんな無粋なもので隠している時点で全裸ではないよ。確か、『ゴッドモザイク』だったかい? 神道のアマテラス系だったかい? 由緒はあるだろうけど、いかんせん古すぎる。あんな解像度の悪いもので隠すなど、言語道断さ。朕のを見たまえ。これこそが時代の最先端、限界に挑んだ最新式の高解像度術式……。

 

 ……【ゴッドフレスコ】さ」

 

 

 

 胸を張り、どこかドヤ顔にも見える余裕を讃えた顔の全裸太陽王、ルイ・エクシヴ。

 

 ……止水にはそれが、どうしても、どこからどう見ても――ただの変態にしか見えなかった。

 

 

 そして、それは止水だけではないらしく、緋衣部隊の数名がほんの少し前まで自分たちと斬り結んでいた――未だエクシヴに拝礼姿勢の――敵部隊の誰それに「おいお前の国アレでいいのかよ?」と問いかけ「……お互い様だろ」と返され、固い握手を交わして国交友誼を交わしていた。

 

 

「――馬鹿野郎。おめえこそわかってねぇ……! いいか! 俺のゴッドモザイクはな、浅間が試行錯誤の末に色々と犠牲(ズドン系)とか重ねて作り上げた一品なんだぜ!? おめぇのは最先端だの最新だの御託並べて、心が篭ってねえ!」

 

 

あさま『篭めてませんよーぅ! 欠片っ、も! 篭めてませんよーぅ! さも私が研究開発したみたいな言い方止めてくださいトーリくん! 既存術式をそのまま流用しただけですから! ……あと犠牲(ズドン系)ってなんですか!?』

 

賢姉様『ンフフ、その頃は主に止水のおバカが盾にされてたから、基本的に犠牲は止水だったけど。通用しなくて浅間が一撃威力厨になっていったわよね! ワンショット(ズドン)=ワンキル!」

 

 

 的の真ん中に当てる → どこまで深く刺さるか  → どこまで鏃の大型・重量増加できるか

 

 という具合に進化……否、狂化していった中等部時代の智の弓の練習風景をふと思い出し、彼女一人だけほかの弓道部員とやたら方向性が違うことに当時の止水は疑問を覚えていたのだが――その疑問にやっと納得がいった。

 

 

 

「――……あれ? そういやさ、結局のとこ、お前なんでここに来たの?」

 

 

 エクシヴの全裸インパクトを発端にし、迷走を始めたこの現状を鑑みて、ふと止水は聞いた。

 

 ここは戦場だ。……それも、両軍がぶつかり合う最前線である。

 

 

 そんな場所に、どちらとも『なんの装備もなし』と言える状態で、トーリとエクシヴ――両国の長が出てきたのだ。考えなしとまでは言われずとも、それに近い扱いをされる止水にしても、『なにかあるんじゃ?』と思う程度には……。

 

 

(……でも、トーリだしなぁ……)

 

 

「……えっと、エクシブ、だっけ? お前なんでここに来たんだ?」

 

「おいダム。今俺のこと見て、かーらーのーため息はなんだYO?」

 

「ヴ。は行濁点の『ブ』じゃない。あ行で唯一濁点表示できる『ヴ』。下唇を若干噛むようにすると発音し易いから、意識してみるといい。

 ――朕がここに来た理由かい? 朕は太陽王。その光は、どこへでも分け隔てなく振り注ぐのさ。それ故にだよ」

 

 

 

 わかりきったこと聞くんだね? と、さも常識を問うかのように肩を竦めるエクシヴに、止水は刀を持たない左手で表示枠を開き、一言。

 

 

 

影 打『お助けプリーズ』

 

約全員『頑張れ』

 

 

 その無情な返事は、当然のように一瞬で返ってくる。ですよねーと項垂れかけた止水が表示枠を閉じようとした時、止水の操作前に表示枠が勝手に閉じた。

 

 

 ――貧従士『時間稼ぎ、あと二分』

 

 

 

 ……閉じるその刹那にアデーレから送られた一文を、止水の動体視力は余裕で捉えていた。

 

 時間稼ぎ――表示枠の隅にあった時計を思い出せば、1508という数字が映っていた。義経と久秀が要求した十五分のうち、ネシンバラが最低限稼いで欲しいといった十分。そして、少しずつ、アデーレを含めた緋衣部隊が陣形を整えるようにしながら少しづつ距離を取っているのを気配で確認する。

 

 

(……いや、わかるよ? わかるけどさ……どう稼げと?)

 

 

 現代の法である校則法がある以上、末端位職(番外特務)である止水が最上位職(総長)であるエクシヴに直接相対を挑むことはできない。つまり、トークによって時間稼ぎをしなくてはいけないのである。

 

 

(言葉でのあれこれを俺に要求するなよぉ……)

 

 

 言葉のあれこれは苦手だ――そう、止水はかれこれ十年以上は公言している。だというのに、ここ最近はやたらめったらその苦手分野で頑張らされている気がしてならない。

 流石の頻度に、俺なんか悪いことしたかなぁ、と止水がこっそりため息を吐いてしまうのもしょうがない話だろう。

 

 

 ……『太陽王だから太陽が照らすっぽい感じで、どこにでも行く』――要約するとこの太陽全裸はこう答えたのだ。この返答を考慮して会話を続けなければならない。

 

 

「――しっかしダム、あれだな。 ……全裸って割と気持ち悪いな」

 

「……英国の始まりから終わりまでほぼ全裸だったお前がそれ言っちゃうのか……」

 

 

 ……それに加え、この、服を着た全裸の相手もしなければいけない。

 エクシヴとトーリなら総長同士で相対が可能だが、勝てる見込みはほとんど無いに等しく――トーリと相対させないようにもしなければならないのだ。

 

 

 こそこそと内緒話をする形だが、いかんせんトーリの声が無駄にでかい。しっかり聞こえたらしい武蔵からかなりの人数のブーイング合唱が聞こえる。

 

 トーリは軽く踊って不可視攻撃のそれらを回避して――武蔵に聞こえたのだから、当然聞こえていただろうエクシヴの余裕の表情に、眉を寄せた。

 

 

「ふ――ここでも君と朕の差が浮き彫りになったね。君の全裸は民衆に受け入れられず、対して朕の全裸は我が国の民衆に受け入れられている。そも、朕の全裸は教皇に認められている公式のものなんだ。君の自称とは、比べるまでもない」

 

「教皇のおやっさんもなにやってんだよ……」

「あのおっさんも結構芸風俺ら寄りだなぁ」

 

 

 K.P.A.Italiaからも匿名の抗議文が弾幕のように来たが以下略で済まされ――そろそろ全裸論争が言葉では終わらず、互いの全裸を見せ合って雌雄を決するしかないと二人が身構え、帰りたい、と割と本気で止水が項垂れかけた、その時……。

 

 

 

「いい加減に――っ」

 

 

 女の声が、近付きながら飛んできた。六護式仏蘭西の兵が、跪いたまま器用に道を開けていく。

 

 

 

「さっさと戦況を進めろこのバカ全裸!!」

 

 

 若い……トーリや止水と同年代だろう、六護式仏蘭西の女子制服を相当に着崩した女が。

 

 両足を揃えた跳び蹴りを、エクシヴの脇腹に叩き込んだ。

 

 

 

***

 

 

 

(あれは……)

 

 

 武神の視覚視野を通して、その一部始終を……なるべくエクシヴを見ないようにして見ていた義康が、わずかに目を細める。

 蹴り飛ばされたエクシヴはろくに受け身も取れず、ベチン系の効果音が聞こえてきそうな見ていて痛々しい着地をしている。しかし即座に回復して、蹴り飛ばした女の隣に駆け寄った。

 

 

『――義康。気になるのはわかるが、あまり気を抜きすぎるなよ?』

 

『……! 誰がいつ気を抜いた!?』

 

 

 義康が搭乗する里見武神『義』。その前方に立ち、背を見せるようにあるのが義頼が乗っている武神『八房』。剣砲武装である村雨丸を手にする、里見最強の武神である。

 

 

 その足元に転がっているのは、先ほど部品と化したばかりの武神、およそ六騎分だ。義康が落とした二騎と合わせ、里見の今回成果は武神八騎ということになる。

 艦隊からの砲撃が止まっているので、この戦争に参加する建前が使えなくなり、牽制として並び立っているのが現状だ。だが、ほんの数分、数十秒での成果としたら十分なものだろう。油断さえしなければ、多少気を抜いても問題はなさそうだが。

 

 

『そうか。武蔵総長と止水たちの方を見ていたように見えたが――私の気のせいか』

 

『――……。ふん!』

 

 

 搭乗者の意識のまま動く武神は、搭乗者の感情も少なからず反映させる。八房のかすかに揺れる肩は、笑いでも堪えているのだろう。

 すり寄った全裸の頭上に手刀打ちをかまし、蹲った全裸の頬をつねり上げて何やら説教を開始している。

 

 六護式仏蘭西の勢の中で唯一跪かず、王と対等――いや、エクシヴの対応を見ると彼より少しばかり上にいるような女。

 

 

 

『……毛利 輝元。彼女は、その名を自ら進んで襲名したと聞いたが――真実だったようだ』

 

 

 かの偉人の歴史を総じると長くなるので割愛するが――多くの者がその襲名を拒否した、と義康は聞いている。実際、長く襲名者不在だった時期があったことも記憶していた。

 

 そこそこに戦場で活躍し、名の知れた合戦にも参戦し――しかし、その最後は華々しさとはかけ離れ、歴史書の片隅に埋もれるように没した男。

 その人生で最も有名で、教本に乗るだろう最たる歴史は、誰もが聞き覚えがあるだろう『関ヶ原』だ。石田三成に西軍の総大将に擁され……そして、東軍――徳川に敗北した、敗軍の長。

 

 

『……』

 

 

 どんな、覚悟をしたのだろう。

 

 どんな覚悟をすれば、負けて衰退していくことが決められた名を、背負うことができるか。

 

 

 

 ――「おめぇが毛利 輝元か! この前授業で習ったぜ! ……あれだ、三本の矢折れなくて引きこもった奴の娘!」

 ――「や、ちがう。空気読まないで矢を折っちゃった長男の娘。……あんまり言わないでやってくれよ。本人結構気にしてたからさ」

 ――「ふっ、大丈夫さ輝元! なにを隠そう、朕も折れなかったから!」

 ――「割り箸三本で試したけど俺もダメだったぜ! 気落ちすんなよテル!」

 

 ――「「……え、お前ら折れないの?」」 ←輝元:梃子の原理使用、止水:握力のみ

 

 ――「「(´・ω・`)」」

 

 

 その雰囲気はどこか気軽い。だが軽薄というわけでもなく、根にある真面目さが見て取れる。そして、その装いと合わせて第一印象とすると……。

 

 

(……真面目な、不良?)

 

 

 サラシを巻いただけの上半身と、どこか荒のある言葉使いは、まさしく不良。

 しかし、その雰囲気に怠惰な気配はなく、面倒臭がりながらもきっちりやる――そんな印象を抱かせる女性だ。

 

 

 

 ――「ったく。珍しく『自分に任せろ』みてぇなこと言ったかと思えば、なに敵対相手のド真ん前で全裸談義してんだお前。いっつも言ってんだろうが『服を着ろ』って。お前のせいで国で全裸が容認されてるとか全国に誤解されたらどうすんだコラ」

 ――「これは違うんだ輝元! いいかい? 朕の全裸は真性の全裸! そこの武蔵の紛い物の全裸と一緒にされては我が国の権威に関わアフン!?」

 ――「らねぇよバカ。風邪ひいたらどうすんだ」

 

 

 その輝元は全裸に対し、全裸がいけない事・非常識である事を、言葉と拳で教育していた。

 それを見た――見てしまった武蔵の面々は、視線を逸らすように俯いてしまう。

 

 

匿兵い『……だよ、なぁ。普通、何度でも言うよな。止めるまでああして、注意するよなぁ』

匿兵ろ『最近じゃあ副会長もなんか慣れてきた風だし、番外特務は言ってはくれるけど、弱いんだよな。もうちょい強く言ってくれたらなぁ』

匿兵は『ホライゾン副王に全てを託すしかないわ。あの人物理的に注意してくれるから』

匿兵に『野郎の全裸見てキャア! っていう女子がまた武蔵に戻ってくるといい――あれ? なんか俺変なこと言ってる』

匿名ホ『なるほど、つまりホライゾンのコカンパンチャーが最後の希望というわけですか。これは気合を入れて練習しなければなりませんね。トーリ様だけでは練習題材に欠けますからどなたかに犠牲……もとい協力していただきましょう』

 

男 衆『ひぃっ』

 

 

 「情報共有のため」と浅間の巫女が読み専の契約を結んだ表示枠が、いらん情報を共有させてくる。

 

 同盟を組んで本当に大丈夫なんだろうか、とかなり本気で思い悩む義康に、前から再び声が来た。

 

 

『――義康』

 

『だから油断も気抜きも――』

 

 

『違う……構えつつ、下がれ。そして武蔵の書記に言葉を飛ばせ』

 

 

 来た声は硬く、刃の様な鋭さを持っていた。それは、里見総長としての義頼が発する命令である。

 

 背を向けていた八房は位地や体勢こそ大きく変えていないが、その姿勢は『迎撃』の型――村雨丸の刃を上にして下段に構える、独特の構えを取っている。

 

 その八房に対峙する――銀色の女性型武神。

 

 

 

『――……六護式仏蘭西旗機、『パレ・カルディナル』とお見受けする。こちらは里見が旗機、銘を『八房』。

 

 何用で参られたか、などとは敢えて聞かない。だが武蔵に――……我が親友の故郷に仇なすというのなら、相応の対応をさせてもらう

 

 

 見たことがない、聞いたこともない――裂帛たる闘志を込めた八房の構えと義頼の声に、義康は僅かに……しかし確かに()()()()

 

 

 ……里見八犬伝を準え、その八徳を掲げし、里見最強の武神。

 

 ――其に認められしは、里見最強の武神乗りなりや。

 

 

 

***

 

 

「……リュイヌが始めた、か。さて。アタシらもぼちぼち戦況を進めようか。お前らが稼ぐべき時間がそろそろだと思うんだけど、そこんとこどうだよ」

 

「ははは……はぁ、おいネシンバラ。もう相手に全部バレてるっぽいからさ、俺開き直るぞ? アンタの言う通りだよ。あと一分ちょいってとこだな。実は皆から『話で稼げ』って言われて、内心結構困ってたんだ」

 

 

 刀を肩に担ぎ、苦笑を浮かべて脱力する止水。そんな身内事情を赤裸々に暴露した止水と、その向こうで慌てている従士を見て、輝元も苦笑を返す。

 

 なお、トーリとエクシヴは三本矢を折れなかったことにショックでも受けたのか、二人揃って自軍の兵から矢を三本拝借しようとして怒られていた。

 

 

「――んじゃあ、付き合ってやるよ。そのお話とやらに。こっちもこっちで、ちょいと時間が欲しいからな。……あのバカがここに来た理由だけど、太陽の光りが〜云々は……まあ、全裸で脳細胞がなくなったバカの冗談ってことにしといてくれ」

 

 

(全裸になると脳細胞がなくなんのかよ……やべえよダム。イトケンとネンジ大丈夫かあれ)

(心配しなくても、学力じゃあ俺たちちゃんと負けてるから大丈夫だって)

 

 

 なおイトケンは理系、ネンジは文系がそれぞれ得意だったりする。試験の時に時折世話になっているので、止水はよく知っていた。――閑話休題。

 

 

 

 本当は――と、告げようとした輝元が僅かに言い淀む。若干朱を帯びた頬で言葉を探し、

 

 

「まあ。あれだ――『武蔵(お前ら)の宣言に乗っかる』ってことを『宣言し返しに来た』のさ」

 

「輝元。君が朕の言葉を代弁してくれるのはとても嬉しい。それこそ天に昇ってしまいそうなほどさ。

 

 ――でも輝元。それは本題に取って付けた建前に過ぎない。だから、朕は朕の言葉で語ろう」

 

 

 やっと探して見つけた輝元のその言葉を遮り、エクシヴが胸を張る。

 

 ……長い金髪が風を孕んで大きく波打ち、隣立つ輝元を――まるで、守る様に広がった。

 

 

「――君たちが三河で宣言した、『誰が最強かやってみようぜ』……我が六護式仏蘭西もそれに賛同しよう。強き者がこの世界の真たる王になる。実に単純明快で、実に朕の好みだ」

 

 

 だから故に、乗ってあげよう。その誘いに。

 

 それを、光栄に思うがいい。

 

 

「――朕は、朕の全てと我が国を用い、この世界の最強()となる。そして、我が最愛の妻であるこの毛利 輝元に、その絶対的勝利を捧げる。

 

 歴史の敗者――朕の輝元に、そんな名は似合わないからね」

 

 

 

 全てを敵にし、その全てに勝利し。その全ての勝利を、ただ一人の女のために。

 

 

 

 

 歴史再現に反する行為は、聖譜連盟に。

 関ヶ原で輝元が勝つという宣言は、後の東軍である武蔵に。

 

 ――太陽の王とその王に続く臣下たちが、今、世界に向けて高らかに宣戦布告した。

 

 

 

『ま、待て! 六護式仏蘭西総長ルイ・エクシヴ! 武蔵アリアダスト教導院、副会長の本多 正純だ! 貴殿の発言は聖譜連盟から総攻撃されるぞ!』

 

 

「心配してくれるのかい? だが無用だ。ちゃんと考えはある。

 

 ――朕が、輝元が。そして、我が六護式仏蘭西が。武蔵が担当している松平・徳川の諸々の襲名を多重襲名で受ければいい。勝者と敗者が同一人物であるなら、関ヶ原は形だけの合戦で済むだろう。その合戦も、全て我が国の自動人形で行えばいい。これで歴史再現と聖譜は守られる。

 さらにこれによって君たちが三河、英国で掲げた『歴史再現による死の強要』も起こらないし、それを求められたとしても、朕は起こさせるつもりもない。加えて、末世解決へも総国力をもって尽力しよう。解決の鍵たる大罪武装を全て収集し、無償でホライゾン・アリアダストの下に集めようじゃないか。

 ――君たちはこれまで通り極東を巡ってもいいし、一箇所に留まってくれてもいい」

 

 

 そこでエクシヴは一旦言葉を切って、意味ありげな――すこし哀しみを帯びた眼で止水を見る。

 

 

「それに――守り刀、と言ったね。末世解決の保険と松平 元信に言わしめた男。三河からこれまで君と君の一族のことをいろいろと聞いたよ。君の在り方と、そんな君と共に戦いたいと思い願う武蔵の者たちのその心情、朕は心から賛同し、共感しよう。

 

 だが……武蔵の民よ。逆に考えてみてほしい。戦い守り続けた一族を――もう休ませてあげてもいいんじゃないかな?」

 

 

 

 エクシヴと止水は正真正銘の初対面である。……妖精女王エリザベスのように、夢幻のようななにかしらの接点があるわけでも、忠次たちのように先代――過去の守り刀たちと面識があるわけでも、ない。

 

 

 だが、慮ってしまうのだろう。敵であれ、失うには惜しい男と――最後まで輝元の『策』を止めようと思い、一人でこの場に来てしまうほどに。

 

 ……だからこそ、悲しいのだろう。自分のこの提案は、決して飲まれることはない。そう確信させるほどの、強い反骨たる意志が自分に向けられてるとわかってしまったから。

 

 

 

「――おいダム。あの全裸ああ言ってるわけだけどよ、正直なところ、お前いま疲れてる? そこんとこどうよ?」

 

「いや、全然……っていうかトーリ。エクシヴが言ってる、俺を休ませろーっていうの、多分そういう意味じゃないと思うけど」

 

 

 トーリの問いに苦笑いつつ答え、その苦笑いのまま、止水はエクシヴに向いた。

 

 

 

 

「悪いな。『心配無用』――そのまま返すぞ太陽王。……俺が休めるのは、どうも当分先の話らしい」

 

「ふ……随分ブラックな国だね武蔵というのは。ならば、朕の太陽たる光で照らしてあげよう」

 

 

 

 

 

 そして、長針は進み、十五時十分。

 

 ザワリ、と――戦場の気配が、明確に変わった。

 

 

 

「――悪りぃな。先、謝っとくよ」

 

 

 それは、静かに。しかし、戦場の全てに響き聞こえた。

 

 

「ちょいと、じゃすまないか。今から結構、えげつないのがくるからよ」

 

 

 

 

 

 

 

   ――「おう、なんだ。読まれてたのかよ。結構気まぐれに寄ったんだがな」

 

 

 

 

 それは、荒れた男の声だった。

 

 戦場の端――その空白地帯に、ただ一人立つ異色の男。

 武蔵でも、六護式仏蘭西の者でもないその出で立ちは、その戦場に立つ全員に警戒を抱かせた。

 

 

 

 

   ――「三河でも思ったんだけどよ。世界の王だ、世界征服だ……なに勝手に俺ら抜いて話語ってんだてめぇら」

 

 

 

 

 黒。その男を表すなら、それに尽きた。

 

 浅黒い肌に黒の総髪。黒いサングラスをかけて、黒い衣装でそこにいる。腹に巻いたサラシと、その袴のようなズボンに刻まれた『4』の白を例外として。

 

 

「えげつないって、あいつのことか?」

 

「――いんや、アタシもタイミング良すぎて狙ってたのかって言いたいくらいびっくりしてるよ。……なんでここに、六天魔軍がいるんだよ」

 

 

 

 六天魔軍――それは別名である。正しくは五大頂であり、四を預かる枠が二名いることから、計上六名。魔王たる長の軍を預かることから、その名が広がった。

 

 だというのに、「誰?」とばかりに首をかしげる二人はやはり馬鹿なのだろう。

 

 はっ、と笑う声が通った。

 

 

 

   ――「羽柴んとこに遊びに行く道すがら、少し前にそこの刀野郎に()()()()()()こと思い出してな……」

 

 

 

 歩く。大股で堂々と、どちらも敵寄りと言える二国の軍隊が集結する戦場を歩み、笑う。犬歯をむき出し、壮絶に。

 

 

 

 

「前は盛大に無視してくれやがったからなぁ、そこの刀野郎によ――ケジメつけに来たぜオイ……!」

 

 

 

 P.A.Oda――佐々 成政。

 

 

 

 

 

 

「……おいダム。なんかおめぇご指名されてるっぽいけど、どうよ?」

 

「あ、刀野郎って俺か? うん――俺だな。やばい、全然身に覚え無いんだけど……」

 

 

 

 

 

『二人とも! 今はどうでもいいから! 兎も角、時間だ! 全員、帰ってこい!』

 

 

 ……戦況が、第二段階へと移行した。

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。