境界線上の守り刀   作:陽紅

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五章 槍、見(まみ)える

 夜の空、双月が浮かぶ空に一隻の船が停まっている。

 極東が旗本、武蔵アリアダスト教導院の紋を掲げた航空艦――武蔵の航路安全を確認するために西へと向かっていた先行艦だ。

 

 

 その一室。唯一明かりの灯るその部屋にて、数名が顔を険しくして議論を重ねていた。

 

 

「人為的な地脈路の暴走です!! ――聖連からの通神によれば、対処に向かった聖連の部隊に対し三河の自動人形が相対、その部隊は壊滅したとのことです――! これは……」

 

「Jud. ……十中八九、反抗の指揮は鹿角だろう。ともすれば、父・忠勝も関わっているはず」

「ならば二代様、本艦は直ちに引き返し、忠勝様に加勢することも出来ますが……!」

 

 

 艦の主だった者が一堂に会し、その視線を一人腕を組み、瞑目する女武者へと向ける。

 

 彼ら、彼女らの顔に欠片の迷いも無い。

 

 ……今から死地へ向かう、と宣言しても、間もおかず(Jud.!)と呼応することだろう。

 

 

(好きにしろ――これ()含めてのことでござろうか……父上。しかしこの難局、正純ならばどう手を打つか……)

 

 ふと思い浮かんだのは、自分とは違い、こういう場面に強かった幼馴染の顔。

 ――いない人物に縋るのは止そう。この場に在り、責を負っているは自分なのだから。

 

「――ことは、拙者らがどう動くのが三河……いや、『極東』にとって良いのか――で、ござろう。……誰か、意見はないか」

 

 

 二代は、自身が武辺者であることを認識している。政治もお世辞にも詳しいとは言えず、疎いといえるだろう。

 

 ならば、少なくとも自分よりは詳しいだろう者たちの意見を聞く一手を打った。

 

 

「Jud. もし、地脈路の暴走が三河の意図によるものならば――三河はその責任を聖連に追及され、極東代表の地位を奪われるでしょう。そして、いずれ武蔵まで支配される可能性があります。

 ……聖連にとって極東や武蔵の支配は利点しかありません。――我々にとって最悪が、聖連にとって最良となるのです」

 

「……ふむ。だとすれば、今武蔵と聖連の間に割って入れるのは、実質拙者たちのみ、ということでござろう。――三河ものであるが、武蔵となれあっておらず、武力という意見の後ろ盾も持っている拙者らが……」

 

 

 今三河に付けば、地脈路の暴走を加担したとして、そのまま聖連に支配される。

 

 かといって武蔵に付けば、極東側として、責任ある立場にありながら何もしなかった、と責を問われ、これもまた聖連の支配を止めることは出来なくなる。

 

 

 聖連側に付いたとしても、果たして何の疑いも無く対処の傘下に加えてくれるかどうかも怪しい。なにせ、自分はあそこに居るだろう……地脈路を暴走をさせた男の、娘なのだ。

 

 

 どちらについても、悪手。ならば――

 

「ならばこそ、今拙者らに出来ることはどちらにも付かず、待機の一手にござろう。……聖連へ打診! 有事の際には我々を『使用』してほしいと――聖連とて武蔵に何かをするにしても、他国の人間をいきなり送る愚は冒すまい」

「二代様!? しかしそれは、御本心に背くものではありませんか!?」

 

「Jud.!!」

 

 副艦長以下のその問に、二代は是、と答える。本心に反していると。

 そして、自身不自然と思える笑みを浮かべて、浮かべることが出来て、言葉を発した。

 

「なれど、これが拙者の『忠義』にござる。心ではなく、その行為行動にこそ、意味があるのでござるよ」

 

 

 ――間違ってはいない。

 

 そう、自分に言い聞かせつつ……二代は慌しく動き出す艦員たちを眺めていた。

 

 

***

 

 

 

我は思う

 

我は尽す

 

我は問う

 

 

配点《故に我あり》 

 

 

 

***

 

 

「それにしても、随分と遅かったのですね。非常に迷惑したのですが」

 

「……悪かったよ遅れて。――殿が最後の準備とやらで手間取っててな。中央に入るまで警護なしとはいかんだろう? ――悪い虫がいまのだけとは限らんしな。

 ……我はこれより殿の警護に戻るがお前はどうする? ……仲間達の魂を拾って圏外へ逃げるなら今しかねぇぞ」

 

 忠勝は鹿角の顔を見ず、暴走を続ける地脈路の光に目を細めている。

 今ならばきっと、まぶしさを諸々の理由に、隣にいた自動人形が居なくなることにも気づかないだろう。

 そんな忠勝を、鹿角は思いの丈を込めて――

 

 

 

 

 蹴った。

 

 コンクリートくらいなら軽く砕ける硬度を誇るつま先で、それなりの速度で、忠勝の脛――は脚甲があったりで脹脛辺りを。

 

 

 完全に予想外の痛みに忠勝は声のない悲鳴をあげ、痛みに悶絶する。――蜻蛉切をそれでも手放さないあたり、武人だった。かなり情けないが。

 

「いきなりなにをバカな事を言い出すのかと思えば。それに今若干『あ、今の我かっこいい』とか内心で思っていたのでしょう? ……年齢と自分のキャラをお考えください」

「お前、今、我かなり真面目に……! どうしてまともに相対してねぇのに一番負傷してんだよ……!?」

 

 主に味方……というよりも鹿角にやられた負傷が多い忠勝であった。

 

「私どもは三河へと預けられた身。三河の主である元信公の意向に準じるだけですので。そして、元信公は『城を守れ』とおっしゃいました」

「イテテ……あのよ、今だから聞くが、お前。我と殿、どっちの言うこと聞くんだ? 我の家に付いてる癖にあんまりいうこときかねぇし……」

 

 

 今度は鹿角が、暴走する地脈路を見始める。自動人形でも遠い目、というものを出来るらしい。現在形で鹿角がそれを証明していた。

 

 

「はっはっは(棒)。忠勝様の言うことなど聞いていたら自動人形の身が擦り減ります。家事全滅、無駄浪費、極めつけは犬猫を突発的に連れてきて『可哀想だろ!? 今日からこの子はうちの子だ!!』宣言とか。――駄目人間炸裂なさいますし」

「だ、だって可哀想じゃねぇかよ!? こう、ダンボールの中でプルプル震えて……お前鬼か!?」

 

「ハイハイJud.Jud.。子猫のみーちゃんを筆頭に武蔵の施設にキチンと世話してもらえるように手配した私は鬼ですかそうですか。

 ……まあそれはさておいて、私ども地脈路暴走でドカンされた経験がございませんので明確にはいえませんが、今より元信公の下に参ろうとすれば、十中十。生きては居られません。それでも参られるとか正直理解できません。忠勝様、本当に人間ですか? 実は自動人形(欠)ではないのですか?」

 

 

 (欠)ってなんだよ……。……さあ?

 

 というなんとも他愛の無い応酬が続く。主に鹿角が正論の攻勢で忠勝はお説教を受けている感じだが。

 

 

「――花火の前に、できれば一度、着替えておきたいところでしたが……」

「そんなちゃらちゃらした洋服なんか着てるからだ」

「異議在り。これは自動人形の民族衣装としてはメジャーなモノです。戦闘用のものは聖連が下ろしてくれませんでしたの――」

 

 

 で。

 

 と、鹿角の言葉が続くことは無かった。木橋と下駄という音を立てていた足音も止まり、流石にいぶかしんだ忠勝も脚を止め、振り返る。

 

 

「どうした? 鹿角。時間は――」

 

 ないぞ、と鹿角に近づいた。その鹿角は左手を水平と平行に、西へと向けて立ち止まっている。

 

「おい……?」

 

 言葉を遮るように。これ以上来るな、と阻むように。

 差し向けられた、鹿角の左掌。

 

 目前の掌を避け、鹿角の背中側から覗き――彼女の背中から胸部に、指先大の黒い穴が穿たれているのを確認。

 そしてその西へと向けた右手。そこにも手を貫通する黒穴が穿たれている。

 

「っ!? 鹿角!」

「敵です、お気をつけ――ッ」

 

 を、と言おうとしたのか。それとも、ください、と言おうとしたのか。……胸部から下を、巨大な爪の一撃でも受けたかの様に打ち砕かれた鹿角の口から、その先が紡がれることはなかった。

 

 

 そして直後。鹿角の正面、三河の大地が長大な範囲にわたり――削ぎ落とされていく。

 

 鹿角と忠勝が歩いてきた大通りを周辺の建物一切合切を無関係に削ぎ落とし削り取り、上半身だけとなった鹿角を抱えた忠勝の目前にて大きく南へ逸れていく、斬撃と言おうか爪撃といおうか。

 

 

「――おいおい、今のにはちぃとばかし覚えがあるぜ我は」

 

 

 右手に鹿角を抱え、左腕に蜻蛉切を構え……忠勝は地脈路を背に、対峙する。

 

 倒壊する建物の砂塵と、抉り斬られた大地の土ぼこりの中より現われた、白と黒で形作られた異形の剣を携えた美丈夫――否、若武者。

 

 

 

「――お初にお目にかかります」

 

 よく通る声だ、と忠勝は笑みを深める。獰猛な、獣の笑み。声に隠し切れない強者の息吹を、忠勝の中の武人がしっかりと聞き届けていた。

 

 

三征西班牙(トレス・エスパニア)所属、『神 速(ヴェロシダート・デ・デイオス)』ガルシア・デ・セヴァリョスを二重襲名しました。――立花 宗茂と申します。そしてこの――」

 

 黒白より成るその異形の剣――その力を知っていれば剣砲という武器カテゴリーが正しいだろう――を眼前に掲げた。

 

 

三征西班牙(トレス・エスパニア)に預けられし大罪武装――『悲 嘆 の 怠 惰』を預かりし者。そして、八大竜王と呼ばれる一人でもあります」

 

「……ぉう、ノリノリだなお前? ……西国一と謡われた、立花 宗茂の襲名者か?」

 

 

 穂先を上に蜻蛉切を担ぎ、にやりとした笑みにて返す忠勝。

 

 

「Testament.」

 

 

 

 そして、その宗茂が――消えた。消えたとしか思えないほどの速度で駆けた、と理解しているにも関わらず、忠勝の目にしても、忽然と消えたようにしか見えなかった。

 長年の勘ですぐ背後、というのは分かるが――素直に感心していた。

 

「投降をお願いいたします」

「――『結べ、蜻蛉切』」

 

 

 なんの躊躇いも無く……僅か手首を返し、銀の穂先に宗茂を映し出す。言霊を淡々と結び――片腕を振るい蜻蛉切は割断を成した。

 

 

「(手ごたえなし、か。掠りもしねぇとは)――神速の名は、伊達じゃねぇか」

 

 僅かにS字を描く超速機動の名残の先、30メートル以上は目測でもあるだろう距離を置き、宗茂がいた。

 

「Tes. ……蜻蛉切はその刃に対象を写しこむことで『名』を取得し、割断を成します……有効射程は30メートル。対処は刃に写らない位置からの攻撃か、射程範囲外まで退避すればいい……」

 

 

「……Jud. 詳しいですね? どちらでそれを?」

 

 忠勝が抱えていた上半身だけとなった鹿角が、何事も無かったように顔をムクリと上げる。

 

「なんだ鹿角、お前生きてたのか」

「Jud. なんと、死体を抱きかかえる趣味があったのですか?」

 

 言葉では淡々と変わらないが、鹿角の損壊は到底無視できるものではない。自動人形の心臓が有する流体抽出機能が破壊され――動作不能一歩手前の状態だ。

 

「うるせ。なんか拾ってたんだよ。――あれだ、鎧のつもり?」

「こちらに疑問で返されても……それに、鎧でしたら、どちらかと言えばこうしたほうが宜しいかと」

 

 ほとんど動かない左手を忠勝の首へまわし、ギリギリ動く右手で左手首を掴んで、ぶら下がる。位置的に、忠勝の首元へ顔を埋めているようなものだ。

 

 

「……お前さあ」

「Jud. なんですか?」

 

「後でこの状態、写真撮らせろ。やっべかわいいってからかってやるから」

「――捻りの無い上に、こちらを一瞥もしないとは。……先ほど、飛来した力場を左手から入れ、重力操作の連続で何とか横に逸らしましたが……あれは一体……」

 

 

 忠勝は、それでも鹿角に目を向けず、真っ直ぐ宗茂と相対し続ける。自由になった両腕で改めて蜻蛉切を構えた。

 

 

「――『悲 嘆 の 怠 惰』の超過駆動ってやつだ。確か、悲嘆には三つの機能があってな。……一つは剣砲として、一つは蜻蛉切と同じく相手を削ぐ通常駆動。そして、大規模破壊兵器としての、超過駆動。たしか、『刃に写し覚えた射程距離上のものを削ぎ落とす』――で、合ってるよな?」

 

 

「Tes. 発動すれば悲嘆を示す『掻き毟り』が走ります。――よく御存知ですね」

 

「当たり前だ。蜻蛉切はそちらさんに渡された『悲 嘆 の 怠 惰』と『怠 惰 な 嫌 気』の試作品だからな。――どっちも我がテストしたんだが」

 

 

 まさかこうして相対するとはなぁ、と嘆息。

 

 

「忠勝様。つまり、こちらは試作、あちらは新品――ということですね?」

 

「ん? まあ、そうなるな。――それがどうした?」

 

 

 

「――負けですね。どうも有り難う御座いました。いろいろとくだらないことしかない人生でしたが、経験値的にはかなり幅広いものだったと判断できます。上下のアップダウンの幅は特に」

 

 

 

 目を閉じて――まだ見ぬ黄泉路でも夢想しているのだろう。

 

 なんとも、悲観的な鎧である。

 

 

「おいおい、勝手に敗北決め付けんなよ、――勝てる要因は武器だけじゃねぇんだからな」

「ほう? ではその勝てる要因とやらを仰ってください」

 

 

 そうだなぁ、と考えることしばし。

 

 

「うむ、我のほうが年上」

「老けているだけですよマダオ」

 

「くっ、ではあの小僧より我のほうが偉い!」

「出世打ち止め親父と、将来ある若者。――今何かおっしゃいましたか?」

 

「……では、我のほうが格好いい」

「………………残念です。手鏡を忘れました。現実を見せて差し上げることが出来ません」

 

 

 言葉による、見事な三連割断であった。敵である宗茂でさえ同情しているのか、すこし悲しそうな目で忠勝を見ている。

 

 

「あ、あのな? 我はあの大罪武装の特徴を知っておるんだぞ?」

 

「武器だけじゃないといったばかりですが。――なんでしょう?」

 

 

 

 

 

「……デザインがだせぇ」

 

 

 

 

 ――なんとも、なんともな発言であった。鹿角が自動人形でさえなければ、盛大に頬を引きつらせていただろう。

 

 

「……ああ、宗茂様。大変に申し訳御座いません。別に油断させようという意図は皆無で。――これが素です。ええ、残念ながら」

 

 

「Tes.しかし、時間稼ぎでしょう?」

 

 

(――忠勝様、あの若者、ポジティブシンキングの使い手です、それも相当な。まだギリギリかろうじてこちらの面子が保てているので今後ミスらない様にしていただけると幸いです)

「……あのな、前々から言いたかったんだが、お前基本的に目に付く全てを舐めきってるだろ? 確実に聞こえるような小声で言ってんじゃねぇよ……」

 

 

 

 忠勝が嘆息を付き――ちらりと、掻き毟られた三河の大地を眺める。

 

 

「だがまぁ視たところ、一度に出力五十パーセントってところか――有効射程は、ざっと三キロ。そして、ボウズ。あと『一発』だろう? それもやっと撃てて」

「……Tes. しかし、ここからなら北西か南東の地脈路が射程圏内に十分入ります。その一発でどちらかを壊せれば、流体は逃げ場を得て――爆発を回避できる。三河消失という最悪を防げます」

 

 

 たとえ、そのために空気中に飽和した流体により、長く三河が怪異多発地帯になろうとも。そして、それの非責を自身に集めようとも。

 

 若き西国無双は、それほどの覚悟を持ってここにこうして在った。

 

 

「見上げた覚悟だな。――だがな若造。三河の持ち主(・・・)は、そうは思ってねぇみてぇだぜ? ……見てみろよ」

 

 

 

 

 

 忠勝が槍を担ぎ、今時分は攻撃はしないと態度で示す。

 

 素直に信じる愚は冒さないが――幾度目かの促しの後に宗茂は、随分と短くなった光の塔のその根元――ゆっくりと開門していく門の向こうに――流体発光により、金色に光る新名古屋城……地脈統括炉があった。

 

「……四方の抽出炉の暴走は完成し、流体を蓄積中。統括炉の許容限界点を越え、オーバーロードに至るまでおおよそ、五分といったところでしょうか」

 

 

『その通りその通り! ……いやぁ、何とかここまできたよ。鹿角が言ったように後五分ってところかな? それで、そこな立花 宗茂君はどうするつもりかな? タイムリミットは待ってくれないぞ?』

「元信、公……」

 

『正解!! ふふふ! やっと、やぁぁあああっと! 私の出番だね! それじゃあ全国の皆……』

 

 

 マイクが、その呼吸さえ拾い上げ、主催の世界に向けての第一声を――

 

 

 

 

『こぉんばんわぁあああ!!』

 

 

 主賓は御満悦に。

 ホストは苦笑を。

 特別ゲストは顔を険しく。

 

 

 そして、観客達は――ただただ、困惑していた。

 

 




読了有り難う御座いました。
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