境界線上の守り刀   作:陽紅

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ほぼ、説明会です。


八章 王、道を定む【四】

 

 どこまでも続く草原。咲き誇る花畑。広大な大森林。

 季節や土壌問題を一切合切無視した植物の楽園は、ただただひたすらに穏やかで、しかしどこか物悲しい静寂を保っていた。

 

 長いようで、しかし短いようにも感じたその道程を超えた、その先。

 

 

 

【さあて、着いたがよ。

 

 ……どうじゃ、結構なもんじゃろう?】

 

 

 

 自身の数代前の先祖の刀の付喪神に連れて来られた先にあったのは……一本の樹だった。青々とした葉を揺らす、瑞々しく生命力満ち溢れた、大自然そのものと言わんばかりの大樹。

 

 

「いや、結構も何もこれ……」

 

 

 

 なの、だが。

 

 

 

「いくらなんでも、これはデカすぎだろ……?」

 

 

 

 思わずそう呟き、首を大きく真上へ……それだけでは足らず、背中を限界まで反らしながら上を見た。

 焦点を合わせたのは遥か上空。正確な高度はわからないが、風が強い日でも動かない雲と同じくらいの高さに()()()()が、霞みがかって辛うじて見える。

 

 

 どこぞのゲームや漫画で『世界』を冠する大樹があるが……空想の、それも画面の向こうにしかないそれらとは到底比べ物にならないほどの威容がその巨樹にはあった。

 

 

「っていうか、この馬鹿でかいのがいきなり現れたけど……案内が必要、ってのは、これのことなのか?」

 

【まー、そんなところじゃあのう。ほれ、そんがことよりも、しっかり拝んどけぇよ】

 

 

 そう言って、先達は苦笑とも取れる笑いを一つ。

 

 

【……この樹こそ、わしらが一族の『初代様』なんじゃけぇの】

 

 

 数歩前にいた桜枴の心刀の付喪神……もう桜枴でいいだろう。彼は巨樹に向かい、まるで誰かに挨拶するように小さく会釈を一つする。何気ない動きだが、無意識下で行われた手足の揃えなどを見えれば、その相手に本心からの敬意の感情をもっていることは容易く知れた。

 

 

「初代……様?」

 

 

 

 守り刀の『一族』。

 

 歴史が長すぎる上に形として何一つ残っていないため、どれだけ昔からいたのかは定かでは無い。エリザベスが言っていた夢見を信じるならば、『国という概念すらなかった古代』からすでに一族としてあったそうだ。

 

 一族というのであれば……当然『最初の一人』がいる。語り唄が正しければ、『守りの刀から生まれた』という、一族の原点。

 

 

「それが、この樹……?」

 

 

 巨大な樹。何千、何万……何億年と、枯れずに生き続ける樹がもしあるならば、この大きさも頷ける。

 

 

 

 

 

「いや、えー……?」

 

 

 ……刀が人になって、成れの果てが、まさかの超巨大樹だ。

 

 それを理解しろ、と言われて、一発で理解・納得できる者は絶対にいないだろう。

 

 

【じゃろ? そうなるじゃろ!? 安心せぇ。おんしだけじゃなか! 何を隠そう、ワシもおんなじリアクションしたけぇの!】

 

 

 わっはっは、と大いに笑いつつその根っこ(露出部分だけで数百メートルをゆうに超える)をバシバシと叩く桜枴。

 拝め、と言った本人の直後の手のひら返しであるが、ややあって笑いを鎮めると、「じゃが」と一言置き、深い想いを浮かべる目で巨樹を見上げていた。

 

 

【守りの刀は人となり、守り刀の血を生まん……じゃったけの?

 

 ……初代様はのぅ、最初から『守れなかった守り刀』なんじゃ。その『守れなかった』っちゅう後悔が、『今度こそ守り抜く』っちゅう強い怨念のような信念を持ったがよ。それが、なんぞぉ人の形を持ったらしいが】

 

「……今、だいぶ重要なとこ端折ったよな」

 

【んなこった言われてもなぁ……ワシもわからんき。それに、正直どーでもよか。

 ……じゃが、説明も証明もできんが、ワシにも、歴代たちにも。そして……オンシにも。その『今度こそ守り抜く』ちゅう信念がある。

 

 ーーそれは初代様から、代々受け継がれてきたもんじゃ】

 

 

 胸、丁度心臓の位置を掴むように握る桜枴に、止水は沈黙と、同じ動作を返した。

 

 

【……親から子へ、そして、子から孫へ。『忘れるな』なんぞ言われんども、次へ次へと繋いで来たんじゃ。

 

 今度こそ、守り抜けますように。

 次こそ、守りたいと思った誰かの、絶望を斬り裂ける刄になれますように……っての】

 

 

 

 鼓動は強く、ドクン、ドクンと脈を打っている。そして、気の所為ではないだろう。目の前の巨樹からは、それに呼応するような何かがあった。

 

 

 

 

 ……不安がなかった、と言えば嘘だ。

 

 真贋こそどうでもいいと言い、一族など関係なく守ると誓ったが……止水も、己が一族の者である確固たる証明ができなかったからだ。

 先代である母は、自分になに一つ教えてくれなかった……事実、十年前に止水が一族を自ら継承するまで、緋色の衣装と一族の名前以外、なにも知らなかったのだ。

 

 

 一族の習わしで、誕生の際に贈られる心刀もなく、ただ本能のように守りたいと、迷わなかった十年。

 

 

 

 それは……間違いでは、なかった。

 

 

 

 

 

 にっこり笑う桜枴から顏を逸らす。……なんとなく、幼いころに授業参観で気恥ずかしそうにしていた友人たちの気持ちが今更ながらにわかった気がした。

 

 

【義経のおチビが、オンシのこと疑っとうたじゃろ? じゃから今度ば誰ぞに言われたら、胸張って言い返したれや。『俺は守り刀じゃあ!』ちゅうてな】

 

「……あいつも、最後の方じゃちゃんと認めてくれてたけどな」

 

 

 ……でもこれ、証明しろ、って言われても出来ないタイプだなぁ、と苦笑する。

 

 あの小さな世界最年長の少女。まだ別れてから一週間と経っていないはずだが、濃密すぎるあれこれで遠い昔のように思えてならなかった。

 

 

 義経を思い出したからだろうか 、彼女とのやりとりも思い出す。

 

 それは、そもそも彼女が疑ったきっかけだった。

 

 

 

「あ、そういや義経で思い出したんだけどさ。俺の『止水』って名前、なんなんだ? 一族じゃああり得ない名前だって言われたし、俺も納得したんだ……けど」

 

 

 言ってしまって、気付く。

 ……聞いちゃいけないことだった。と、桜枴を中心に、一気に変わった空気を感じた止水は自分の失言を察した。

 

 

【……実はんな、まだ、連れて行きたい場所にば着いとらんき。そこへ行こか。……そこで、オンシの名ぁの意味も教えたるが】

 

「あ、ああ。……わかった」

 

 

 止まっていた足が、再び進み始める。止水はそれに続く前にもう一度、初代の巨樹を大きく見上げた。

 

 

 ……この世界に風はない。

 

 故に、遥か頭上にあるその枝葉が揺れたように見えたのは、一体如何なる理由であろうか。

 

 

 

***

 

 

 

「『なましすい』って……てんぞーのやつ、さすがにあわてすぎだよなぁ」

 

「いや、他人事っぽく言ってますけど、超自分のことですからね? 止水さん」

 

 

 武蔵アリアダスト教導院の女学生、K.A(18)による幼児誘拐未遂の被害者に危うくなりかけた幼児である幼止水は、やっとアニマルパジャマ地獄から解放されて、緋色の和装に落ち着いた上で、アデーレに肩車確保されていた。

 

 なお、容疑者である女学生は『将来のための予行練習よ?』などと供述して容疑を否認しており、現在武蔵の至宝によるお説教の最中である。

 

 なおなお、四歳児ほどの止水にあう緋衣は武蔵が保管していた物で、止水が幼少時に実際に着ていた物である。……『止水の自宅から持ってきたわけではない』との匿名によるタレコミ情報があるが、情報規制が瞬時に引かれたため詳細は不明である。

 

 

 閑話休題(いつものことなのでスルーします)

 

 

「生水は()め、あと、止水さんが食品になってる感じでもありですねぇ」

 

「まあ、あるいみいまのおれって『かこう』されてるようなもんだから、あっちのほんたいが、なまっていうのも……いいえてみょうだなぁ」

 

 

 そうですねぇ、と合いの手。

 

 

 

「で、止水さん。自分のところに来たってことは、現状の説明すればいい感じですかねこれ」

 

「じゃっじ。いや、おれがばかってのもあるんだけどさ、あいつらがやってることもけっこうあれだろ……?」

 

 

 あははと苦笑し、内心で、ですよねー。と、返しながら、アデーレはこの四日間ほどのあれこれを思い出す。

 ……未だに極東式の茶道湯呑みを前にすると、まるで天敵を目の前にしたかのように身構える、マクデブルク代表のゲーリケ氏にほんのり同情しながら。

 

 

「……ともってさ、たまにむいしきに『ああいうこと』するから、とーりとかきみとかしろじろたちよりやっかいなんだよなぁ」

 

「ズドンされても知りませ……あ、さすがにいまのショタ状態じゃ回避も防御も出来ないですよね。え、自分が守らなきゃいけない感じですかこれ」

 

「ん? かわすだけならできるぞ?

 あいつ、やをはなすときにちょっとくせがあるんだよ。れんしゃのときといっぱつだけのときでくせがちがうから、ちゅういいるけどな? じゅつしきつかってきたらまたべつだけど、そのくせさえみのがさなきゃよけられる」

 

「流石は対ズドン最終防衛ライン……あっれ? 説明頼まれたの自分なのに、むしろ自分がズドン攻略法を説明されてますよ? っていうか説明されても実践とか無理ですから」

 

「いや、いまのおれだとふせげないだろ? さいきんのとものずどんってついびがきほんだから、たてにもかべにもなれないと……まあ、がんばれ?」

 

 

 自分ズドンされるの確定な感じですか!? と結構マジなショックを受けているアデーレだが、盛大に話が外れているので無理やり話を戻す。

 肩に乗せている止水が見やすいようにいつもより高めの位置に表示枠を展開し、意識を頭上へ。

 

 

「えと、どこらへんからわからない感じですかねって全部わからないですかわかりましたー」

 

「…………ちょっとは、りかいしてるぞー?」

 

(……。うわぁー、喜美さんが言ってたのはこのしょぼんですか。なかなかの破壊力ですよこれは)

「Jud. Jud. まあ途中からの説明だと地味にややこしいんで、最初っから大体な感じで説明しますね。あ、飴食べます?」

 

 

 二人で口の中をコロコロしつつ。

 

 

「まず、この前の抗争の終盤、武蔵に亡命してきた六護式仏蘭西の旗機パレ・カルディナル……会計とゲーリケ氏の会談の時に止水さんが連れて行ったリュイヌ夫人が会いに行こうとしているのがアンヌ・ドートリッシュ様。六護式仏蘭西の前暫定総長兼生徒会長……現総長ルイ・エクシヴの実妹らしいです」

 

「それはまえにきいた。なんか、えんめいのためにりょうようしてるんだってな」

 

「実はそのリュイヌ夫人が六護式仏蘭西の生徒会会計で『マゼラン卿』を二重襲名してるんですけど……その立場で今回のマクデブルク略奪に関するあれこれを説明してくれたのが、この前の地獄茶道です」

 

 

 そこでやらかしたのが茶道部である智と、副王ホライゾン・アリアダストである。

 走狗体であるリュイヌは飲食ができないとし、武蔵勢のトップのホライゾンが味覚の不出来を理由に断ってしまったため、点てられた全てがゲーリケに向かった。

 

 

 ……無論、その方面では極東きっての武蔵である。ただの抹茶で済むわけがない。

 

 

 ペースト状のコーヒー(ブラック無糖)に始まり、明らかに飲み物ジャンルではないチーズフォンデュが出された。……そして、その苦行を超えたゲーリケにホライゾンが武蔵名産と言って『トドメの一献【天極】』を取り出そうとしたーーが、正純がギリギリのところでスベりギャグをかましてなんとか阻止。

 茶会は、奇跡的に一人の死者も出すことなく無事に終了したそうな。

 

 なお……『スベりキャラを欧州にも広めるのか』と悲嘆を得た半泣きの副会長が、精神安定のために柴犬パジャマの幼児にしがみつき、そのお腹に顔を埋めていたとかいう情報はなかったことにされた。

 

 

 

 

「それで……えっと、そのアンヌ様の延命が、そろそろ限界らしいです。だから、リュイヌ夫人も半ば強硬策に出た感じで……その病気っていうのが、流体の循環不全、流体崩壊が起きているそうです。ルイ・エクシヴ総長同様に半神だそうなんですけど、神様側の血が濃いそうで……『この世にあるべきではない』とか」

 

「むりやりにでもあいにいく、か。

 なあ、そのアンヌにさ……おれのりゅうたいをわけたり、とかできねぇかな……?」

 

 

 そう告げた止水に、アデーレは何を言い返すよりも、まず苦笑を浮かべた。

 

 聞き慣れた声……よりも大分高い、ボーイソプラノ。見慣れ、触れ慣れた分厚く硬い巨躯とは程遠い華奢な体。

 そんな体になっても、他人を気遣ってる余裕など普通に考えてないだろうにも関わらず、知った彼の口から出てきたのは『助けたい』という一心だった。

 

 

(これ、本当なら怒って止めなきゃいけない場面なはずなんですけどねぇ……)

 

 

 この人は! と思う。そう思う反面で、これが彼なのだとも思ってしまう。

 

 『助けられるかもしれない』

 『救うことができるかもしれない』

 

 その可能性がほんのわずかにでも……ゼロがいくつも並んだ小数点の先に、数字がやっと出てくるパーセントでもあるのならーー後先考えずに突っ走るのが、この男なのだ。

 

 

 

「……止めても止まってくれないと思うんで、先に言っておきます。

 止水さん自身の命に関わったり、止水さんの体にどうしようもない後遺症が残ったり、あと、それやって誰かが泣いたりするようなことは、ぜっっっっっったいにしないでくださいね?」

 

「あー、うん……あでーれ、ほら、あれ、せつめいのつづきつづき」

 

 

 ……今から泣きますよー? と脅そうかとも思うが、後にする。自分一人よりも、鈴を始めとした有志を募って数人がかりで総攻撃だ。至宝への密告は確定である。

 

 

「リュイヌ夫人としての目的が『アンヌ様のお見舞い』なんですが、もう一つ、マゼラン卿としてもマクデブルクに行く理由がありまして……それが『ルドルフ二世が持っているメモの確保』なんだそうで」

 

「……だれ?」

 

「M.H.R.Rの生徒会長、マティアスの実兄で、英国のカルロス一世の……甥、じゃなくて曽甥ですかね? まあそんな感じのお偉いさんです。ちなみにルドルフ二世がM.H.R.Rの総長ですよ」

 

「……いっきにとうじょーじんぶつがふえたなぁ。で、えっと、そのルドルフ? ってのがもってるメモ? がなんかだいじなのか?」

 

「Jud.  大事もなにも、カルロス一世が英国で研究していた末世や公主隠しのデータが記されているメモだそうです。相続したのがルドルフ二世で、それが丁度マクデブルク近郊に来ているそうで……で、それをなんか取ってこいって第一特務に一報飛ばしたんです。

 しかも、それを示唆したのが、松永弾正 久秀だという裏情報もボソッと」

 

「あのじいちゃんか……『おふくろとばあちゃんのエロゲつくらせろ』っていわれたきおくしかねぇんだよなぁ。ってか、あの『15ふんたえろ』ってしけんみたいなの、どうなったんだけっきょく」

 

 

 あの時、普通に15分経ってなかったっけ? と頭上で首を傾げる様子を肩車越しに感じる。

 

 

「……『一次試験は合格だあよぅ。このままの勢いで、本試験行こうぜぇ?』だ、そうです」

 

「あのじいちゃんはっちゃけすぎじゃねぇ?」

 

 

 

 上下でため息が綺麗に重なる。

 

 アデーレと止水は、久秀曰く一次試験で全てを出し切ってしまって本試験とやらに出場ができなくなってしまったのだから、そのため息も仕方がないだろう。

 

 

「あとはM.H.R.Rの背後にP.A.Odaや羽柴勢がいて、色々とやりとりがあったらしいんですがー……まあ、早い話が解釈でやり過ごそうとしたマクデブルクの略奪をガチでやろうぜ? って感じになったらしくて」

 

 

 先の抗争で横槍に来た五大頂、六天魔軍の佐々 成政。彼が居合わせたのも偶然ではないだろう。どちらの国家かはわからないが、強敵が近くにいることは確かだ。

 

 そして、この介入を快く思わないのが聖連だ。旧派・改派ともに陰鬱たる内容の歴史再現であるが故に、マクデブルク側には色々と融通を利かせているらしい。

 史実では略奪の被害にあった三万人の住人だが、事前避難や不死系・霊体系異族の傭兵雇用で住人としてみなすと推奨支援し、さらには性的暴行を受けた女性の代役として、()()()は女性となっている元男性を募ったという。

 

 

 余談だが……その話を聞いた忠次が、あの野郎らしいねぇ、と懐かしそうな苦笑を浮かべていたりした。

 

 

 

「メモの確保とマクデブルクの突破。これをクリアーできたら、六護式仏蘭西もべストファーレンに武蔵側で臨んでくれるらしいです。あちらに預けられた大罪武装の返還も含めて」

 

「ひめさんのたいざいぶそー、か。おれたちのもくてきのひとつだからなぁ……しかし、むさしのほうと、てんぞーたちのほう……おれどっちにもかかわってんのに、どっちにもたいしたことできそーにねぇなぁ……」

 

 

 

 再びしょぼんとした止水を、今度は堪えられなかったアデーレがハグってイイコイイコしたのも、まあ、余談でいいだろう。

 

 

 

 ーー六護式仏蘭西との抗争から、数えて五日目。

 

 奇しくも、人狼女王がトーリを喰らわぬと誓った期日の朝……今再び、武蔵は激動の大時化場へと舵をとった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 眦が上がる。限界まで寄った眉は眉間に深いシワを刻み、唇はきつく結ばれ綺麗な『へ』の字を作っていた。

 

 ……よほど空気が読めない者でもないかぎり、その二人がーーネイトとマルゴットが、中々以上に不機嫌だと察することができるだろう。

 

 

『こ、怖いですーン。背中からヒシヒシと負のオーラを感じるのですーン……!』

 

『穢れセンサーじゃないですーン……! 本能がっ、生き物としての野生の本能が怖がってますーン……!』

 

「ばっかおめぇ! そーいうことは『 』(言葉にしない)( )(内心で思う)だけにしとくんだよ! そうやって騒ぐと激オコな矛先が向くだるぉぉぉおおっ、ちょ、ギリギリ縛り上げはらめぇえええ!!」

 

 

 よほどのバカなら、空気を読んでも踏み込むらしい。布巻きにされた全裸が小脇に抱えられた状態でネイトに絞られていた。

 

 

(バカも鳴かずば叱られまいに……しかしこれは……)

 

 

 そう感想を得る点蔵も、現在少し……いやかなり居心地がよろしくない。

 

 

「点蔵様? その、万が一ということもありますので、私の体に手を回してはいかがでしょうか?」

 

『大丈夫ーン! 絶対、絶対ゆらさないからーン! (……おい濡れた犬。てめぇは降りて走れ)』

 

「だだだ大丈夫でござるよメアリ殿! むしろ自由に動けたほうがいい感じなので、ちゃんと両手で! ……いや両手で自分を抱えるのではなくて手綱を握ってくだされ!(自分のキャラ付の語尾すら守れないデフォルメされすぎた何かの言葉なんぞ聞こえんでござるなぁ)」

 

 

 謎系語尾が先程から入り乱れているので、一応説明しておこう。

 適当に書いた楕円。取って付けたような鋭角な(かど)に、紐を引っ張ってつけるタイプの照明の紐と錘。楕円の中に点を二つと動物系の鼻をちょいと書き足せばそれになる。

 

 ーー幻想を彩る、神聖の獣。穢れなき乙女しかその背に乗せないと言われる白銀の馬。

 

 

 

 ……ユニコーンが、ただの子供の落書きのようになってしまっていた。

 

 

 「○○ーン」という無理やりすぎる語尾が「ユニコ()()」だからという理由を聞いた時は目眩すらした。『処女しか乗せねぇ! 男と人妻はてめぇらで走れ!』とこっそり点蔵だけに言ってきた時には殺意を覚えた。

 

 

 

 ……武蔵から通神が点蔵に届いた直後、六護式仏蘭西側からの連絡も人狼女王に届いた。

 

 三銃士の一人、が直接言葉を届けにきたのだ。それをまた無視しようとした人狼女王だが、続く言葉に乗せられた名前に呼応した。

 

 

(アンヌ・ドートリッシュ殿。人狼女王がミトツダイラ殿を身籠もられている時に彼女を匿い、親子共々を守ったというお方でござったか)

 

 

 聞けば、六護式仏蘭西の副長をしているのもアンヌからの願いがあったからだという。

 

 その名を聞いて即座に行動を起こした人狼女王が『移動のために』と連れてきたのが、このユニコーンたちだ。

 ……なんでも、情報量を限りなく制限して消費流体を減らしているのだとか。

 

 

 最後尾にいる点蔵とメアリ。その前にマルゴット、そしてトーリを縛って抱えるネイトがいる。

 そして止水は……先頭。両腕が欠損し、また、『歩くのがやっと』の状態である彼は、現在人狼女王に抱えられていた。

 

 

「頑な、でしたね……」

 

「Jud. 筋金入りでござるよ」

 

 

 出発前。さあ行くぞ、という場面でのことだ。

 傷が癒え切らず、さらに両腕の欠損でいつも通り動けるわけもない。それでもなんとか立ち上がり……無理に歩こうとすれば、当然躓き、転んでしまうだろう。

 

 

 ーー近くにいて、さらに受け身もできなかったことを気にかけていたマルゴットとネイトが、すぐさま止水を支えようと手を伸ばし……

 

 

(男の意地か……それとも、一族の矜持でござろうか)

 

 

 

 しかし止水は、それを拒んだ。

 

 やんわりと、ではなく、支えられる前に無理に足を踏ん張り、全身に走っただろう激痛に脂汗をいくつも浮かせて……しかし、転ばず倒れないことで()()()()()()()を強く拒んだのだ。

 

 両腕分の重量を失ったとしても、元々が大柄な止水の体躯だ。今の状態ですらここにいる誰よりもずっと重量がある上に、満足に力が入らないので、支える者にさらに重さを課してしまうだろう。

 

 

 思い返せば三河終盤、疲弊によって倒れかけた止水をホライゾンが支えようとした時にも似たようなことがあった。

 

 その時はトーリとホライゾン、二人の関係を慮ってのことだと点蔵たちは考えていたのだが……それとは別の理由がありそうである。

 

 

(何にしても、お二人がすごい不機嫌でござるなぁ)

 

 

 そして、その直後。見計らった様にやって来た人狼女王が止水の身を、まるで自分の物だと言わんばかりに問答無用で掻っ攫ったのだ。そのままユニコーンに跨り、支えを拒まれたことにショックを受ける二人をドヤ顔で見下ろすオマケ付きで。

 

 止水は無駄とわかっているのか抵抗らしい抵抗をしない。それどころか、移動を始めた直後から今に至るまでずっと眠り続けているほどだ。

 

 

 ……見慣れているはずの、無防備なその状態。それが、二人の機嫌をさらに悪くしていることに、止水はきっと気付いていないのだろう。

 

 

 

 

 

「しかし、こんな状況……あんな体勢? でよく眠れるでござるなぁ……」

 

「おん? いや寝れるだろフツー。俺だってたまにベッドの角に腰だけ乗せて足と頭床に付けてるぜ!」

 

 

 ……全裸の普通は、一般の逸般ではなかろうか。

そう返そうとするが、「それに」と続けるトーリに言葉を止める。

 

 

「あんにゃろう、ずぅっと気ぃ張ってやがったからなぁ。ネイトママンが起きてるときはずっと起きてたし、ママンが寝るときには意識失う感じでよ。寝る、ってのはおめぇらが来るまで、マジでしてねぇ」

 

 

 

 ーートーリと止水がお菓子の家に連れられた、最初の夜。疲労困憊で眠りに落ちた人狼女王に媚びを売ろうとしたトーリが、ふと立ち寄った一室で見たもの。

 

 

 そこにあったのは……密度を上げすぎたが故に、とうとう半物質化した緋色の流体結晶の中に浮かぶ、止水の姿だった。

 室内に入ったトーリに何の反応も示していなかったので、意識こそなかったのだろうがーーそれでも気を張っていた、とトーリは言う。

 

 

「流体の、結晶?」

 

「触った感じちょいスライムっぽい感じだったぜ! 多分あれ、流体的な意味でのママンの腹一杯にする感じでやってたんじゃねぇかな」

 

 

 人狼女王は疲れて眠ったのではない。ただただ純粋に、満腹が過ぎて眠りに落ちただけなのだ。

 止水は兎も角、デザート(トーリ)を食う気など失せさせるほどに。

 

 匂いを堪能しただけで餓狼状態から回復したことのあるネイトは、思い当たる節が大いにあった。

 

 

(もしや、メアリ殿のあの異常行動もそれが原因でござろうか……?)

 

 

 流体の半物質化。理論上は可能だ。というよりも、航空戦艦に搭載されている流体砲が物理的な威力を持っているのだから、すでに実現もしている。

 しかし、個人保有流体量で可能かと聞かれれば、『頭大丈夫か?』と心配されるだろう。

 

 その結晶が解かれた際に分散した流体が人狼女王の腹を満たし、森に行き渡った残滓が木精のハーフであるメアリを活性化させた。

 

 ネイトが影響を受けなかったのは、単純に人狼と木精の流体摂取方法の違いからだろう。

 

 ……鍛錬の妨げにこそならなかったが、そもそも鍛錬をした意味すら現状怪しい感じである。

 

 

 

「いやそれが、ちょっとまずい感じでよ」

 

 

 王は、珍しく本気で困ったように苦笑する。

 

 

 

「ママンさ、『食わなくてもいいならむしろラッキー!』って感じで……ダムのこと、ガチで占有する気だぜ?」

 

 

 ……その発言から数秒。

 

 金翼と銀髪が跨るラクガキが、本日数度目の悲鳴を上げた。

 

 

 

 

《余話》

 

 

「そんなに嫌なら、いまからあちらのどちらかと代わってもいいでござるよ?」

 

『へへ、旦那。そう言わずにあっしを使ってくだせぇ、……ーン!』




読了ありがとうございました!



少しトーリ側の時系列がややこしいですが

1、ママン止水を一口。一族の洗礼? を受ける
2、ママン止水の応急処置。半日後、安定してから結晶化
3、トーリ起床。止水結晶発見

止水と桜枴のやりとりのは1、2間で行われています。

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