境界線上の守り刀   作:陽紅

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九章 それぞれの分岐点 【伍】

 

 

年齢

性別

信念

思想

 

 あーもう! 細かいこと言ってないで、ほら、乾杯!

 

 

《配点》──『かつて交した盃』

 

 

***

 

 

 迫る極光は目前。やたらと時間がゆっくりになった世界で、ルドルフ二世はぼんやりと考えていた。

 

 

 ──これ私、死んだんじゃないのぉ?

 

 

 伝説の剣……なるほど、エクスカリバーの名を冠するだけのことはある。超々高密度の流体が高速で放流されることによる斬撃は、ある種の極致に至っていた。

 

 ……流石に『全身を満遍なく一気に削り抜かれた』経験はないようで、本能的に『死』というものを悟ったらしい。

 

 だが、これが走馬灯ってやつかしらぁ、と呑気に思えているあたり、本人は案外余裕そうだった。

 

 

 ──ふむぅ。思い出のコマ送りは来ないわねぇ……。

 

 

 ……どうやら過去の記憶は巡ってこないタイプの走馬灯らしい。思い出したい記憶はあんまり無いが、守り刀の彼女との思い出ならば大歓迎だ。

 

 

 ゆっくりと迫ってくる己の死を前に、達観していたルドルフは、しかしふと思う。

 

 

 ──できれば、もう少しお話ししてみたかったわぁ。

 

 

 生まれやら地位やら、その特性やら。諸々がとんでもないせいで友と呼べる存在がほとんどいなかったルドルフ二世だが……『友である』と、相手である彼女がどう思っていようが、親友であるとさえ断言できる一人の女剣士──その、息子。

 

 欠損した両腕を除いた全身。その表皮を埋め尽くさんばかりに走る傷跡。歴戦の証であろうそれは、しかしなぜか、『その殆どの傷が、彼自身の戦闘で負ったものではない』と確信が抱けた。

 

 

 母親と同じく、人のために無茶をする子のようだ。

 

 ……自分との戦いで、終ぞ刀を抜かなかった、彼女のように。

 

 

 ──ねえ、紫華? ……ここで死ねれば、貴女に──会いに逝けるのかしらぁ……?

 

 

 それは……と考えて、うん。それはそれで、悪くない……と思う。

 

 しかしその反面、再会した途端に絶交されてしまいそうだ。いや、絶対されるだろう。彼女はキレたら怖い。瞳孔ガン開きで、能面のように無表情でただじっと見てくるのだ。マジで怖い。

 

 

 基本は大雑把なくせして、人が傷付くことや、人の生き死にに関しては……自分の命を投げ擲ってでも手を伸ばしてくる。

 

 

 

 ……本当にきれいで、本当にずるくて……本当に、本当に……どうしようもなく、輝いていた人だった。

 

 

 

 

 ──止水くん、だったかしらぁ。

 

 

 

 

 親友の息子。

 

 彼女の──忘れ形見。

 

 

 会えばきっと、何かが変わると思った。幸い手元には武蔵が求めるメモがあったから、そう遠からず会えるだろうと思っていた。

 

 ……実際に会ってみて特に何も変わりはしなかったが、それでも、もっと話したいと思った。

 

 

 彼と飲むお酒は──彼女と飲み交わしたお酒と同じように、美味だろう。

 

 話すネタはもちろん母親だ。彼も色々と苦労しただろうから、ソレを肴に、夜明けまで。

 

 

 

 ──きっと、楽しいでしょうねぇ。……絶対、楽しいはずよぉ?

 

 

 

「…………嗚呼」

 

 

 

 ──生き、たいわねぇ。……いいえ、違うわぁ。

 

 

 

 諦観が消える。達観も消えた。

 

 強い信念があるわけでも、やり残した大義があるわけでも……ましてや、この世界に対する未練すらも、実は言うほどあんまりないが。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()……!)

 

 

 

 

 『親友の息子と呑み交わす、ただ一献の酒』

 

 

 

 そのために、それだけのために── 生きよう。

 

 そう、心から思えた。それにここで生きることを諦めてしまったら、その親友に絶交レベルで怒られてしまうだろうから。

 

 

 

 迫り来る極光の刃に対し、すでに空中で身動きが取れないルドルフ二世は、当然回避ができない。

 

 

 故に、防御するしかない。戻ったばかりの四肢だが左腕を無理やり引きちぎり、斬撃の範囲外にぶん投げる。

 

 『上手くいけば』の保険を残し、そして自身も全身の表皮、筋肉、骨格を最大まで強化して、それらを頭部や心臓の盾にするように体を丸めた。

 

 

(……ふふ。この私が、まさか『生き残るために全力で守りに入る』なんてね)

 

 

 新鮮すぎると苦笑を浮かべるが、不思議と悪い気分じゃない。狂ってはいるが、生命としての本能を全うしている、という不思議な達成感すらあった。

 

 

 

 体感時間が加速する。極光の斬撃がルドルフの体を飲み込み……

 

 

 

 そのまま、何事もなく通過した。

 

 

 

「……え?」

「……あらぁ?」

「……うん?」

 

 

 

 ──キョトンと呆ける、三者三様。

 

 斬った者と、斬られた者と、送り出し見上げた者が、あれぇ? と傾げた頭の上にそれぞれ疑問符を浮かべる中、ゆっくりと一拍を数え……。

 

 

 

 

「いいっ!? あ、がっ……!?」

 

 

 僅かなうめき声。そして……

 

 

 

 

「いったぁぁぁぁあああああああああああああいいいいい!!??」

 

 

 

 

 『自ら引き千切った左腕の傷』を抑えて、ルドルフ二世が大絶叫した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「いやこれ、絶対ダムが原因だって」

 

 

 隣の全裸がなんの確証も無しに呟く。近場にいる仲間や、先日大激戦を繰り広げた仲間の母親やらがそれに賛同するように頷いた。

 

 

「……いや。ほら、まだ決まったわけじゃないだろ? いろいろ原因とか、要因とか、その……」

 

 

 間。

 

 

「──やっぱ原因……俺、かなぁ?」

 

 

 美女の姿でギャン泣きするルドルフ二世と、それを懸命にあの手この手で宥める女戦士の一団。時折、親の仇を睨むような非難の眼が戦士団から止水に向けられており大変居た堪れない……満場一致で『悪いのは止水』となってしまった。

 

 そして恐らく、主な原因は止水なのだろう。

 

 

「……なあ、コール、ランド。あのさ、お前らのなんか特殊な能力が原因ってことは……」

 

 

 『頑張ったよ? 褒めて褒めて?』とばかりに止水にスリスリと寄っていた一対の剣に淡い期待を込めて問うが、双剣はそれぞれ首を傾げる雰囲気を発してから、難しいことは知らんとばかりにスリスリを再開。

 

 ……一縷の望みは、どうやら届かなかったらしい。

 

 

「うむ。確定でござ──……? あのぅ、止水殿? なんかさらっと流しそうになり申したが……今のコールとランドって、まさか『王賜剣・一型(コールブランド)』の名前でござるか……?」

 

「そうだけど……あっ、悪い。もしかして他に名前付けてあったか? いや、こいつらたまに俺のとこに遊びにくるからさ。こう……「名前がないと色々不便だなぁ」って、ちょっと前から勝手に呼んでたんだ」

 

 

 ──「ちなみに、こっちがコールでこっちがランドな」

 

 と、どう見ても適当に言っているようにしか見えないのに、名前を呼ばれてポンポンと叩かれた片刃一対の聖剣は、それぞれ嬉しそうにスリスリを激しくした。

 

 ……ちなみに、抜き身の剣が〜、刃物がスリスリとか危ない〜、という極めて一般的な常識思考をする者は、残念ながらここにはいない。

 

 

 

「……『自分ちの双子なのに知り合いのほうが正確に見分けられていることを知ってしまった父親の心境』ってどんな感じだと思うよ点蔵」

「トーリ殿、ちょっとシャラップでござる」

 

「うーん、コールとランド。ヴ……じゃなかった。『ブ』はどこに行っちゃったんだろうねぇ……」

 

 

 ……柄頭に飾り布でも付けよう。色違いの。『自分のマフラーと一緒』とかそういう感じで行けばいい。ついでに事実を知ったメアリが『ウチの子がお世話に〜』系の挨拶をどこか嬉しそうに止水にしていて……うむ。やっぱりメアリ殿は最高でござ──

 

 

 

 ──閑話休題。

 

 

 

「もう……我が王、それに第一特務も。話が脱線していますわよ? ……私たちは条件を達成出来たのか否かですわ。ルドルフ総長に痛みを知覚させたわけですし、私個人的には達成したと思っているのですが」

 

「ネイト? 貴女も若干脱線してますわよ? ここは『痛覚のないルドルフ二世総長がなぜ痛みを得たのか』という……? あら、何でそんなに『し、しまったぁぁあああ!?』ばりの驚愕してますの?」

 

 

 

 ネイトが頭を抱える。……まだ大丈夫、自分はまだ大丈夫、という悪がつく長年の足掻きが崩れ去ろうとしていた。具体的には梅組で数少ない常識人カテゴリ枠だと思い込んでいたのだろう。

 

 

「うんうん♪ ミトっつぁんもついに武蔵色に染まりきったね♪ ガチな荒事関係のアレコレは大体『しーちゃん(止水)がなんかやらかした』で解答証明はい完了! ようこそっ!」

 

 

「「「こちらがわへ!」」」

 

「やかましいですわ!」

 

 

 

 ……。

 

 さ、さて、ここに解説係(ネシンバラ)がいないので永久に脱線し続けかねないため、当局のほうで詳しくぶっちゃけてしまうが。

 

 

 この件、徹頭徹尾……全面的に止水のせいである。

 

 

 

 ① 緋色の流体は青の流体よりも『肉体に馴染みやすい』

 

 という既出の情報に加え、

 

 

 ② 止水が漠然と抱くルドルフ総長との『関係性』

 

  が、今回の件に大きく関係している。

 

 

 

 まず『母と知古である』というルドルフ総長に対して、止水は最初から敵意を抱いていない。

 

 それどころか、ネイトを教え導くようなルドルフの立ち振る舞いに、武蔵でいうところの酒井やヨシキ、ヨシナオといった面々に向ける感情すら止水は抱いている。

 

 ──狂人? 武蔵にはもっとハイレベルな奇人変人が跋扈御在住であることを思い出していただきたい。むしろ『口調がちょっと独特なだけの貴重な常識人』にカテゴライズされ、外道衆被害者の会の皆々様から、咽び泣いて歓迎されるはずだ。

 

 

 そして、英国にてエリザベスの光翼の衝撃から正純たちを守る際、緋炎は正純たちには無害で光翼の衝撃だけを防いだことからわかるように、無意識に敵と味方を識別しているのだ。

 ……攻撃を行なったのはネイトであり、用いられたのは伝説級の武装であるコールブランドだが、そんな『身内には基本無効』な流体を攻撃に変換したところで、攻撃力は実質皆無。それどころか、ごく短時間ではあるが極めて高効率の『守りの術式』に近い効果が出たのである。

 

 それこそ『無痛覚』──先天的なその()()を、一時的にとはいえ正常な状態にしてしまうほどに。

 

 

 結果として、今まで痛みというものを知らなかったルドルフが、いきなり片腕を引きちぎった激痛を叩きつけられたのだ。……最悪、精神崩壊しているレベルのトラウマになっていてもおかしくはなかったのだが、これは不幸中の幸いなのだろう。

 

 

 

「グスッ、ひぐ」

 

「あー、その、ルドルフのねーちゃん? 大丈夫、か?」

 

 

「異議ありっ、ですわ! ワタクシがおばっ……えと、()()()()()なのに何故ルドルフ総長がその呼称ですの!?

 ……え、なんでそんなにキョトンと、え?」

「お母様……は別件として。止水さん、ルドルフ総長は男性ですわ。まあ男性と言っても、種族柄あまり雌雄の関係がありませんけれど。

 ……さらにキョトンとされてますわー……」

 

 

 何言ってるのこの母娘? と言わんばかりに眺め、改めてルドルフ見る。だが、どこをどう見ても、柔らかく丸みのある肢体は女のそれだ。

 

 ルドルフが性別やら体型どころか、種族さえ変貌できると知らない上に、初対面(壁突き抜けて顔面モザイク必須)から女性体なのだ。いきなり男だなんだ、性別が種族で関係なくなるってどういう意味だと疑問がわんさかである。

 

 

 そんな、なんとも言えない雰囲気の中、当事者と言うべきか被害者と言うべきか。ルドルフがその女体を起こした。

 

 

 

「うう……あれが痛み、なのねぇ。紫華の言ってた意味が、ちょっとわかったわ」

 

 

 『無いとダメだけど、出来れば無くなって欲しいもの。マジで』──戦場にその生涯の大半を委ねる一族ならでは、な感想なのだろう。酔っていたはずの赤ら顔が一瞬で素面になる様子はルドルフでさえちょっと引いた。

 

 ……もう、今まで通りの無痛覚に戻っている。試しに自分の手を強く引っ掻いて傷を作ってみるが──何も感じず、作ったばかりの傷もすぐに消えた。消えて、しまった。

 

 

 いや……これでいい。これでいいのだ。

 

 神にさえ望み請うた痛みを知り、今また、親友の言葉の一つを己の物と出来たのだから、十分ではないか。

 

 

 満足げな、どこか憑き物が落ちたような……そんな微笑みを浮かべるルドルフを見て、女を泣かせてしまったと内心穏やかではなかった止水も取り敢えず大丈夫そうだと安心を得た。

 

 

 

「しっかし、ここでもおふくろか……ほんと、何してたんだかなぁ」

 

 

 安心してふと思い返せば、現状何気に皆勤賞である。

 

 三河では元信公が地脈炉を暴走爆発させる直前に『紫華(先代頭領)からの遺言がある』と言っていたし、英国では花園にて末世について調べていた(しかも幻影ではあるが登場すらしている)し……ここに至っては、なんと重要人物と友人関係だ。

 

 ……本当に死んでるんだよな? と軽く不安になるレベルの先回り率である。実は草場の影とかじゃなくてその辺の草叢に隠れていたりしないだろうか。

 

 

 

 

(……先代()()、か)

 

 

 ──凄まじく今更だが、思い返した元信公の言葉には、奇妙な違和感があった。

 

 

 『頭領』というのは、改めて言うまでもなく『集団の長』を意味する言葉である。

 守り刀の頭領。それ即ち、守り刀の血族……十三ある刀派の垣根を超え、その全体を率い統べる者。

 

 しかし、母は自分と同じくたった一人の守り刀だったのだから、統べるも率いるも無いだろう。

 

 

 別の意味があるのか、それとも、単に自分が知らないなにかの習わしなのか。

 

 

「……して、ルドルフ総長。自分らは貴殿がお持ちの……カルロス一世総長が残したとされる末世研究の書文を頂けるのでござろうか?」

 

(あー、そういやそんなこと言ってたなぁ。完全に忘れて──……

 

 

 ん? あれ? ちょっと、待てよ……?)

 

 

 

 

 点蔵が伺い──ネイトが戦ってたのその為だもんなー、とのんびり思い出し……また、違和感。

 

 英国で末世を調べていた母。そして、ここにも訪れていた母。つまり……

 

 

 

 ──ルドルフ総長のメモを、紫華は、すでに見ているのではなかろうか?──

 

 

 

「もちろん渡すわよぉ? でも……多分あなた達が欲しがるような、末世に関する情報はあんまり、どころかほとんどないわよぉ? むしろ……」

 

 

 軽く……それこそ、ポンと渡された、一枚のメモ帳の切れ端。

 

 

 

 それを見て、理解して。

 武蔵に先んじていた先代の守り刀は、そのまま酒宴を開いたそうな。

 

 

 それを見て、考えて。

 先行く母に、遅れに遅れた当代の守り刀は……このまま自宅の酒蔵に飛び込んで、いくつかの瓶を開けて、飲み干したくなった。

 

 

 

 酒宴と瓶を開けたその理由は──母子そろって『自棄酒』である。

 

 

 

「紫華が言ってたわぁ。『もうそれ、英国で知ってるから……!』って……うふふ。そうそう、今の止水くんと同じ顔して書き殴ってたわぁ。やっぱり親子ねぇ」

 

 なつかしいわぁ、と思い出に微笑むルドルフを他所に、止水達はただただ沈黙していた。

 

 

 

 

  たいきょうさまへことはあそびのしんけん まっせはいしをへた

 

 

 

 それは、極東語。どこか拙い……書き慣れてない感がする一行の平仮名。おそらく、これがカルロス一世の残したという文章だろう。そして──

 

 それは、同じく極東語。書き慣れた、しかし、当時の心境でだいぶ荒れていたがゆえに拙く見える、その一文。

 

 

 

 

  終わりから始まりへ 心を得 三役を成せ

 

 

 

 

「…………」

 

「──ダム。おいダム。顔ヤベェ。顔から感情が抜け落ちてる。傷も相まって地味に怖いからやめろマジで。いやしかしこれ、後半に関して、ダムがわかんなきゃ誰にもわかんねぇんじゃねぇ……?」

 

 

 非常に珍しく、トーリがごもっともな感想を呟く。

 

 ……任を終えた。連れ去られた王と命を危ぶまれた刀の二人は無事であり、追加で命じられた末世メモも手に入れた。

 

 

 しかし一行に達成感は無く……あいも変わらず暗中模索であることに変わらない現状に、どこか疲れたような吐息を零した。

 

 

 

 

─*─

 

 

 

(──今後の課題は未だ山積みでござるが)

 

 

 さて。何はともあれ、トーリは無事に確保できた。止水も、両腕のことは一先ず置いておくとして、生命そのものが無事であることに変わりない。

 救助部隊に欠員もいない。点蔵自身は決死を覚悟したが、この場に限って終わってみれば、なんと見事な大団円ではないか。

 

 

 末世のメモの解読は、まあ、専門家たちに委ねるとして……。

 

 

 

(良う、ござった。……これで自分、胸を張って武蔵に帰還できそうでござる)

 

 

 

 パシリオーダー、見事完遂。

 白き半竜の契約は、見事に達成と相成ったのである。

 

 

 ──そんな、人知れず個人的な達成感に密かに浸っていた点蔵に、ルドルフは視線を向けていた。

 

 

(……盃交わした、友の危機……だったかしらぁ)

 

 

 思い出したのは、一族を示す謳の……ある一節。

 

 その一族は、ただ盃を交わした友の危機に、万里を物ともせず駆け抜けるという。

 『関係性』と『どこまでやるか』という尺度で、真っ先に出てくる一番小さな例えだ。

 

 

 しかし、それは守り刀が行うことである。止水が友の危機に万里を駆けたなら謳の通りなのだろう。

 

 

 

 ──だが、今回は、逆だ。

 

 

 

 ()()()()()()に、()()()()()()()()()()()のだ。

 

 ……もう無痛覚に戻っているはずなのに、ズキリいう不快が胸に刺さる。

 

 

「……ッ」

 

 

  ──「……む? ルドルフ総長殿? 如何したでござるか?」

  ──「おいおい点蔵! オメェまさかメアリに続けて二人目の金髪巨乳を第二嫁にする気かよ!? これは武蔵通神記載待った無しだな! ……ちょっと爆発してこいよ」

  ──「待ったぁぁぁあああああ!!! それは本気で待った案件でござるよトーリ殿! あと最後のセリフがどうしてそんなにガチ気味 !? 英国以降からなんか増えた怪しい事故がさらに右肩上がりになってしまうでござるから! 番屋に報告しても「……で?」って返される気持ちがわかるでござるか!?」

  ──「顔出した瞬間に「はあ……」ってため息吐かれた気持ちならわかるぜぃ!」

 

 

  ──「……番屋からの全裸回収依頼が俺か先生に来るの、なんとかなんねぇかなぁ。あ、今度から連絡先を姫さんに変えてもらえば……」

  ──「ホライゾンだとナイちゃん、『いい薬ですので3日くらい放置しましょう』って言うと思うよ? そっから『おや、もう3日ですか? では延長で、ええ。景気良く一週間行きましょう』のコンボで、計10日間だね」

  ──「目に浮かびますわね。……青雷亭の店主様は? 我が王のお母様ですわよね?」

  ──「ヨシキさんなぁ……トーリの捕獲内容があまりにもアレすぎてさ。番屋の連中が武士の情けで親への連絡だけは止めてるんだって。──え、喜美? 番屋じゃアイツ、二次災害扱いされてるぞ?」

 

 

 

 実に楽しそうである。我が家もかくやと言わんばかりの和みっぷりだ。

 

 ──聞けば、この鉄塔に来る前。武蔵の面々は連れ去られたトーリと止水を奪還するために、理不尽の象徴である人狼女王の下へ、半ば決死隊のような形で敵地を駆け抜けたのだという。

 

 

 髪の毛よりも遥かに細い希望の糸を手繰り寄せ……空気のように当然としてある絶望を振り払いながら。

 

 

(……この感情は、なんなのぉ?)

 

 

 

 羨望に近い。しかし、後悔にも似ている。

 

 

 自分もそうしたかった。たった一人の親友、彼女が危機だとわかっていたのなら、再生能力に物を言わせて極東の何処へでも駆け抜けただろう。

 だが、何もできなかった。死んだという事後の報告と、嘘だと思いたかったその報告の信憑性を高めるいくつかの情報を得ることしかできなかった。

 

 

 ……駆け抜け、守り抜いた。それを、目の前で見ていることしかできない。自分は、もうそこに立つ資格はないのだ。

 

 

 

「よっしオメェら! とりあえず目標は全達成のコンプリートってわけで、俺らもそろそろ武蔵に戻ろーぜ!」

 

「達成条件その壱が急に仕切り出したでござる……いやまぁ、その通りなんでござるが」

 

 

 全裸が股間に金色のモザイクを輝かせながら宣言する。点蔵が一応物申したが、文句があるわけではないらしい。守り刀の彼も、金翼の少女や忍者に寄り添っている精霊術師も、自分に痛みを与えた銀髪の騎士も、彼の言葉を遮ろうとはしない。

 

 やはり、彼が彼らの王なのだろう。

 

 

「んじゃあ帰る、んだぁが……その前に、だ」

 

 

 

 浮かべた笑みを少し強くした全裸の顔が、ルドルフへ向かう。

 

 そして、特に溜めることなく、淡々と。

 

 

 

「どうよ、ルドルフのねぇーちゃん。俺らと一緒に、武蔵に来ねぇ?」

 

 

 

 ……結構なお点前の爆弾を、ヒョイとばかりに投下した。

 

 きっかり五秒。一同は、言われた言葉とその意味をしっかりと理解するためにかけ、場の雰囲気は二つに割れた。呆れ微笑む者と、理解してなお正気を疑う者だ。

 

 

「あー、そういや、IZUMOで正純も松永のじーさんを誘ってたけど……なに? 今の武蔵ってそういう方針なのか?」

 

 

 松永 久秀に会ったIZUMOの居酒屋が、随分昔のことのように思える。あのじーさんの試練って結局どうなったんだろうとふと思い出しながら、止水は場の推移を大人しく見守ることにした。

 

 

「方針っつーか、あれだ。俺の個人的な思惑ってやつ?」

 

 

 そういうと、顔だけではなく、全裸は全身をこちらへと向ける。

 

 ……貧相な体だ。忍者の彼と同じくらいの細さだが、鍛え方は圧倒的に劣っている。当然、恵まれた巨体を一心に鍛え抜いた守り刀の彼とは天と地ほどの差があった。

 

 だからだろうか……彼の左肩、そこに刻まれた大きな……後遺症さえあるだろう傷跡が、やけに目立った。

 

 

「俺は戦えねぇ。交渉もできねぇし、戦略を立てることもできねぇ。犬臭くパシリなんてやりたくもねぇし 、空も飛べねぇ」

「ちょいちょい会話の最中に自分へのディスりを入れてくる件は後で断固抗議するので覚悟しておくでござる」

「……あとで聞き流してやるから今はステイ! と、まあ、俺ぁなーんにも出来ねぇ男なわけよ。なにせ『不可能男(インポッシブル)』だし!」

 

 

 その事実にくしゃりと笑い、そして。

 

 

「──俺は、何にも出来ねぇんだ。だからよ、なーんにも出来ねぇ俺の代わりに、コイツのこと、守ってやってくんね?」

 

「あなた……」

 

「世界征服。やるぜ俺は。……でもよ、なにもべつに全部敵にして全部倒すーなんてバイオレンッな世紀末思考じゃなくても良いわけじゃん? 極論、『敵を全部味方にしたって良い』わけじゃん? だからさ」

 

 

 トーリからルドルフへ差し伸ばされた手……それを見て、誰かが息を呑む。

 幽閉されていたとはいえ、ルドルフが一国の総長であることに変わりはない。それを、武蔵の総長が引き抜こうとしているのだ。

 

 

 国境も、政治も。宗教も人種も。なにもかもを『知ったことか』と振り払って。

 

 

「来いよ、ルドルフ総長。おめぇが抱えちまったその『不可能』、まとめて俺が貰ってやる。そん代わり、俺の『可能』を持って行け。

 

 ──全部守るって、無理無茶無謀の三拍子に即座突撃する俺の親友を、守ってやってくんねぇか」

 

 

 

 『俺の親友を守ってくれ』と……笑ってしまいたくなるほど、ド直球に。

 

 

 

 

 

 

「いや……あのさ? トーリ。IZUMOの時にも言ったと思うんだけど……頼むからそーいうの、本人()のいないところでやってくんない……?」

 

 

 尚、ついでに。

 

 顔を真っ赤にしてボソボソと呟くご本人の心からの陳情も、知ったことかと振り払っていた。

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

持病の免疫疾患とコロナが相乗でちょっとヤバ目な感じになってましたが、無事閻魔様のお目溢しをいただきました。

生活環境の激変がありまして、正直執筆にどれだけ時間が割けるかわからない状態ですが、遅くなれども止まることだけはしたくないと思いますので、今後とも長い目でお付き合いいただければ幸いです。



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