境界線上の守り刀   作:陽紅

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クオリティがただ下がり……シリアスは苦手です……


六章 刀、届かず 【上】

 

 武蔵八艦、そのそれぞれの船首。そこに映し出された特大サイズの通神画面を、武蔵の民はただ呆然と眺めていた。

 唐突過ぎるその内容を理解しろ……という難題もあるだろう。しかし、それ以上に、事が理解の範疇を越えている。

 

 

 地脈路の暴走。

 

 三河の当主の公開授業。

 

 東国無双と西国無双の一騎打ち。

 

 

 事実なのだと真に受けるには度を越えていて、しかし、冗談だと割り切るには役者が有名過ぎる。……ただ、次第に聞こえてきた不気味な地響きと筆舌しがたい焦燥感が、少しずつ、事態が事実なのだという理解を、ジワジワと広めつつあった。

 

 

「こ、これは現状、結構マズイ感じなんでござろうか?」

 

「ばっか! みりゃわかんだろテンゾー!? つまりあれだろ? ――はい解説のネシンバラ君!!」

「自分も分かってないからって僕にふるのかい? ――いや、まあいいけど。……実感がわかないのも無理ないと思うよ。ついでに言うと結構マズイってレベルじゃないよ。とんでもなく、やばい」

 

 巨大通神画面と、目視にできる光の塔。それを順に眺め、ネシンバラは目を細める。よく見れば、その頬を一筋の汗が流れていた。

 

「流体は分かるよね? 万物のエネルギー。地脈って言うのは、それの通り道なんだ。地脈路って言うのがそれをくみ上げる場所で――今、許容量を無視して流体をくみ上げつづけてるんだよ」

 

 ゴクリ、と誰かが生唾を飲み込む音が、嫌に響く。

 

「……理路整然と説明されて理解はしても、理解したくないものでござる、な」

「え、今ので理解できたのかよテンゾー!? ――いや、俺だって理解してるぜ当然だろ!? ……おーい、誰かツッコメよ? 今のボケだぞ? 素じゃねぇよ?」

 

 きょろきょろと全員を見渡すが、誰もつっこみを入れてくれる気配は無い。

 やれやれとため息をついたトーリが、少しキリリとした顔で背筋を伸ばす。

 

 

「誰か三行で俺にもわかるように説明プリーズ!!」

 

「はぁ、――いい愚弟?」

 

壱、エネルギー溜めすぎて三河が消えちゃうくらいの大爆発まで秒読み状態

弐、極東代表である三河が消えたりしたら極東に所属している武蔵はふざけた影響を受ける。

参、愚弟はバカ者から大バカ者を略して超バカ者になった。

 

「――以上よOK?」

 

「――おーけー。とりあえずそういう危機的状況でも姉ちゃんが俺のことバカに出来るってことも分かった。 ……ん? でもさ、さっきあのおっさん『守り刀』がどうとか言ってたけどさ、アレってダム侍のことじゃね!? ガキん時ダム侍が守り刀どーのこーの言われてたけど! アレマジだったのかお前!?」

 

 

 脈絡も無く、唐突に言い放ったトーリに、一同が別種の沈黙を送る。

 

 

(((((((――こいつ、話聞いてたのか聞いてないのかどっちなんだよ……!?)))))))

 

 

 こう思うのも無理はないだろう……どうか思い出していただきたい。

 

 通神の向こうにいる元信公は、一体どのように『守り刀の一族』を言い表していただろうか。

 

 その言葉が正しければ、その一族は滅んだという――それも滅ぼされたとしかいえない形でだ。その上、生き残りは一人だとも言っている。

 つまり、止水の両親も、親族でさえいないことになる。

 ……そういえば、止水の両親は居ないと知っていたが、話題に上げたことはない……と、かなりデリケートな話であり、流石の梅組一同でさえおいそれと踏み込めずにいた。

 

 

 いたの、だが――。

 

 

「……ちょ、ちょっと愚弟? 流石の賢姉もアンタのエアブレイカーっぷりに驚きを隠せないのだけど」

 

「え? 俺なんか地雷踏んだ? まじかよ? おいダムダム! 俺なんか地雷踏んだっぽいんだけどそこんとこどーよ!?」

 

 

 ――だから止水(本人)に聞くな! と、一同より内心ツッコミを連打されているトーリ。

 

 喜美や浅間、点蔵や鈴たち……彼ら彼女達は、止水とは初等部に入ったころからの付き合いだ。

 当然その十年以上の付き合いの中で、止水に両親が居ないことも知っているし、なぜか苗字の無い彼が、酒井学長や武蔵の有力者達から『守り刀の止水』などと呼ばれていることも、知っている。

 

 

 子供ながら、聞くのが躊躇われたこと。それが止水の両親、ひいては血筋のこと。

 そばにいるからこそ、特になんの疑問も持っていなかったこと。――それが、『守り刀』という呼び名。

 

 

 今まで、気にもしなかったこと。

 今までどおりの日々が続くと思っていたからこその、安心。

 

 それが崩れようとしている今……不謹慎だが、もっと知りたい。そう思ったのが、梅組一同の意思だった。

 

 

 ……もっとも、トーリの様に聞きたい、とは誰一人思っていない。

 当事者の止水とて、きっと複雑な心境であるだろう。これをきっかけに、少しずつ本人がその胸に秘めていることを聞くことが出来れば――

 

 

 

 

 

「――え、なにが?」

 

 

 

 

 

 ……その当事者の方が、いつも以上にキョトンとしていらっしゃる場合は果たして、どのようなリアクションをとればいいのだろう。……ついでに、肩車している青白い半透明な少女に関しても物申したい。

 

 そんな、なんとも悩ましげな全員の視線を受け、頭をまた逆方向に傾ける。頭の上に疑問符を幻視させるのも忘れない。肩の上の半透明少女も同じ動作を行っているのがなんとも可愛らしいではないか。

 

 

 ……可愛らしいだけに、場がどんどん混沌とした空気を纏わせていくのだが。

 

 

「ってかダム侍。その頭の上の子どうしたんだよ?」

「なんだかよく分からないけど懐かれた。……東が『パパ』で俺が『おじさん』らしい」

 

 

 鉢金で逆立っている黒髪の感触が面白いのだろう、楽しげにベチベチと止水の頭を楽しそうに叩いている半透明少女。

 

 ――叔父と姪に見えなくも――なくも、ない……かもしれない。隣で東が申し訳なさそうにしているのが、なんとも言えなかった。

 

 

「それより呼ばれた気がするんだけどさ。地雷をふんだとかどうとかこうとか」

「おうそれそれ! ……わりぃテンゾー。どんな話だったっけ?」

 

「え゛え゛!? そこで人に回すでござるか!? し、しかも今一瞬ぐるって見渡してから自分を見たでござるよな!? 明らかに自分を生贄に選んだでござるよな!?」

 

 

 いいからお前逝けよ、適任だろ!? 今絶対字が不吉な『いけ』でござったな!?

 

 ……などなど、水面下での若干醜いやり取りを眺めて、止水もなんとなく察したらしい。通神から聞こえてきた、元信公が言っていた内容を適当に思い出す。

 

 

「んー。――『守り刀の一族』ってのは、多分俺のことで間違ってないと思う。お袋がそんなこと死ぬ直前まで言ってたし」

 

 

 胸倉をつかみ合っている点蔵とトーリを他所に、止水は語る。困ったように頭を掻こうとして、少女が居たことを思い出して――腰に帯びた刀に手を合わせる。

 

 実際何本あるのか、誰にも分からない刀。現状で外から見えるのは30本程度だろうが、『変刀姿勢』を行った際は軽く倍の本数をそろえている。

 長さや太さは多様だが、緋色の鞘と柄頭が統一されている――きっと『守り刀の一族』独自のものなのだろう。

 

 

「生き残りなんだ、って自覚はあんまり無いけど。俺だけなんだー、って言うのはなんとなく……なんだろ、理解っていえばいいのかな。それはあるんだ」

「それじゃあ、止水君の御両親も――」

 

「Jud. 『守り刀』だったお袋は四つのときに。親父はお袋が言うには俺が生まれる前に死んでるって」

 

 

 淡々と、淡々と。

 昨日の夕飯はあれだった……程度の軽さで、自身が天涯孤独であることを告げる。

 

 しかもそれが、十にも満たない――片手で伝えることが出来るほどの幼さでそうなっていたというのだ。

 

 

 なんとなく、そうなんじゃないか……とは思っていたが、改めて知らされる事実は――想像以上に重かった。

 

 

「寂しく、ないんですか? 独りで……」

 

 

 思わず――そんな浅間の言葉に、止水は今日一番のきょとん顔を見せる。

 

「――ん? 寂しいって、なんで?」

「え、いや、だって……」

 

 

 

 

 

 

「みんながいるだろ?」

 

 

 

 

 

 そんな、たった一言。

 それも、映画やドラマのように、溜めることも、また、なにがしらを意識して言っているわけでもない。それを言った当の本人は本当に「なんで?」といった表情を浮かべており。

 

 

 つまり、意識無く、そう、日頃から思っているわけであって――

 

 

 ……言われた言葉を理解するのに数秒。それを理解するのに、また数秒。

 

 

 

「いった!? 何!? え、俺何かした、って痛いって! ちょ!?」

 

 

 やや顔を赤らめた一同から。やや、にやけ顔を必死に隠して隠しきれていない一同から。蹴る殴るが飛んでくる。

 

 本気で叩かれてはいない。しかし、梅組一同であるがゆえに地味に痛い。

 

 

 硬貨がこっそり弾かれてきたり、巨大な工具が何気に強く突いてきたり。

 

 ほうきの柄がグリグリとしてきたり、ペンが飛んできたり、肩に拳が押し付けられたり。

 

 背中を平手でバシバシ叩かれ、こっそり一撃脛を蹴られたり。

 

 何よりも軽い頭突きを避けるわけにもいかず、飛びついてくるハイテンション姉弟を振りほどく余裕もなく……。

 

 

 そして、頭上の半透明少女は何を勘違いしているのか、バシバシと笑顔で頭を叩いている始末。

 

 

 

 ――囲まれているうえに、逃げ場が無い。

 

 

 

 

 

「――実情を知っていれば、和やかな青春の一頁であるのに、現場だけ見れば私刑にしか見えないのであるが」

 

「Jud. これが梅組クオリティかと。――――以上。」

 

 

 

 とりあえず、ヨシナオ、武蔵ともに、止水から送られてくるSOSのアイコンタクトを温かく見守っていた。

 

 

 

 

 ――それを止めたのは――いよいよ臨界が近づき、のこり二分となった、その時である。

 

 

 

***

 

 

『                  』

 

 

 

配点《    》

 

 

***

 

 

 

 巨大通神の向こう、マイクを手に元信公が猛る。

 画面の左下、おおよそ1/16サイズの別画面で東西無双の死闘が同時に映し出されているが、あくまでもメインは――『先生』ということなのだろう。

 

 

『それじゃあいいかな全世界!! 今から九つ目の大罪武装、そして、()国目の『大罪武装所持国』を、だぁい発表しまぁあす!!』

 

 この言葉だけで世界はもう揺れている。既存で所持している国でないということは、絶対的に、世界のパワーバランスの崩壊を意味しているからだ。

 その上、渡っている国はそれと知らないわけで――自国に大戦の引き金となる爆弾が仕掛けられているということでもある。 

 

『九つ目の大罪武装、それは全ての大罪の源である『嫉妬』、武装の名は『焦 が れ の 全 域』!! ――そして、新しい所持国はぁ……ど・こ・に・し・よ・う・か・なー? って決まっているんだけどね? さあ拍手で迎え上げてくれたまえよ! 

 

 極東が所属、むぅぅぅぅさしぃぃぃいい!!!』

 

 

 むさし

 

 ムサシ

 

 ……武蔵。

 

 準バハムート級航空都市艦の、名であった。

 

 

『おっと凄いね、秘匿通神が倍になったよ? はい、それではここでお便りを紹介しようかな? P.N 教皇さんから……『武蔵のどこにある!?』 んー、いい質問だけど、捻りがなぁ。ついでに質問自体もちょっと間違えちゃってるよ? 『どこにある』じゃあない。『どこにいる』が正しい質問だ』

 

 いいかい? と人差し指を立てて、注意をする。 

 

『――九つ全ての大罪武装。その原点は、ある少女の九つの感情なんだ。大罪武装は人の感情を材料としているんだよ。そして、嫉妬――最高の悪徳はその少女に宿したままさ』

 

 

 声は、更に高らかに。その威容をいや増して――全世界に、響けとばかりに張り上げる。

 

 

『その少女の名は……ホライゾン・アリアダスト……! 十年前に私が事故に遭わせ、大罪武装と化し、自動人形の身を与えた!! そして――P-01sという自動人形の『魂』こそが、最後の大罪武装『焦 が れ の 全 域』!! ……御理解いただけたかな? 全世界全生徒諸君』

 

 

 

 

 

 少女のその名が、姓まで告げられるその前に。

 

 

「ホライ、ゾン……!?」

 

 

 走り出していたものがいた。十年前自らも重傷を負い、その傷によって運動全般を不得手にならざるを得なかった、葵・トーリが……全身を使って走りだす。 

 

「っ!」

「愚弟!? アンタどこに――止水!?」

 

 

 そして、そのトーリとほぼ同じタイミングで駆け出そうとし、肩に乗せている半透明少女を下ろしていた分若干遅れて止水も飛び出し――その行く手を阻むように出現した、壁のような通神画面に止められる。

 

 

 

『おっと君はちょっと待ってくれるかな? 武蔵アリアダスト教導院三年梅組――『守り刀の止水』君。君には先生、個人的に二者面談をしたいんだ』

 

 

 

 穏やかな――先ほどまで世界を相手取っていた狂人とは思えないほど穏やかな笑みを浮かべている松平 元信。

 

「よっと」

『実は先生、君のお母さん――先代の守り刀の頭領から伝言を預かっている……ってあれ? 止水君!?』

 

 しかし、そんなもん知らんとばかりに、その通神画面を突破。先を走るトーリへと距離を詰めていく。

 

 

 そして、その止水を追いかけるように、通神画面も小型化して追従した。

 

 

『先生とっても大事な話があるんだけどなぁ!? 君にとって絶対絶対ぜぇっっったい! 大事なことだよ!?』

 

「Jud. それが本当に大事なことかどうか分からないだろ? なら、俺は大事だって分かりきってるものをまず守りにいく……よっ!」

 

 

 そう言い放ち、しつこく付いてくるうるさい通神を斬り落とし――トーリに並ぶ。

 

 

「止、水! ホライゾン、が!」

「分かってる! いいから乗れって!!」

 

 

 名前で呼ばれるのは何時以来だろうか、などと考える余裕もなく――トーリを背に乗せ、止水は一気に階段を飛び越えていく。

 

 

 そして着地した矢先、踏み込みで粉塵を撒き散らし、全身を前へ前へと打ち出していく。今朝、オリオトライを追いかけていた速度の比ではない。鈴を背にしていたときの安定感も無い。

 

 なりふり構わず全力で加速を続ける止水の背に乗るというのは、暴れ馬にしがみつくようなものだ。

 一歩ごとに強くなっていく加速負荷と向かい風に耐えるように必死にしがみつきつつ――トーリはそれでも、前だけを睨んでいた。

 

 

 

 目指す場所に、目印がある。

 

 降下用のロープを武蔵に伸ばす、武蔵のものではない、小型艇。

 

 

 止水は駆ける。トーリは願う。

 

 ただ二人は――今度こそはと、そう歯を食いしばっていた。

 

 




読了有り難う御座いました。

 

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