境界線上の守り刀   作:陽紅

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八章 朱雀の願い 【上】

 

 

進む道は同じでも

 

考えている方向が違うときは必ずある

 

 

配点《仲間》

 

 

 

***

 

 

 本多 正純に与えられた命は、至極簡単な内容だった。

 

 

『教導院で反抗行為をしている生徒達と交渉し、武蔵にとって良い結論を出せ』

 

 

 至極簡単な……超難問だった。父・正信は正純の返答を待たず、いくつかの状況を一方的に告げただけ。必要な情報はその秘書達から言われたことをまとめただけ。

 

 だけだけだらけ。その上、正純自身の心中は未だ悩みの泥沼にはまり込んでいる。

 

 ――教導院へ向かうその足取りは、今までで一番重いものとなっていた。それでも、できる限り普段と変わらぬペースで歩き続け教導院へ行く道中にて――二人分の人影に脚を止める。

 

 正確には正純を含め――三人が、十字路の三方向から丁度合流したような形だ。

 

「ミトツダイラに、直政か――」

 

 

 Jud. と答える直政は煙管から紫煙を昇らせつつ片手を挙げ、対面の道からやってきた長大な二つのケースを背負ったネイト。彼女は正純と直政を見て、静かにため息をついた。

 

 

「これはまた――武蔵の騎士階級、政治系、機関部の代表がそれぞれ揃いましたこと。一応確認ですけれど、教導院でバカ騒ぎしてる皆様に物言いに行く……でよろしいんですのよね?」

 

 

 再び、Jud. 今度は二人分だ。

 

 

「ああ、先に言っとくがね。……アタシは、最悪腕っ節に訴えてでも止めるつもりさね」

「……随分過激だな機関部代表は。まあ――理解が出来ないわけではないが……」

 

 武蔵の主権が聖連の手に渡れば、当然『艦』としての武蔵も聖連の物となる。住民などはある程度の手続きを終えればそのまま住み続けることも、本人達が望めば不可能ではない。

 

 しかし、直政をはじめとする機関部はそう簡単な話ではない。彼ら彼女達は艦の整備などの引継ぎ作業が終わればまず間違いなく、外へ出される。

 

 

 ……万が一の反抗を考慮して。

 

 

「……なら、アタシのやりたいことも大体わかるさね?」

「ああ。――『聖連と戦うだけの力があるのかどうか』それを問いにいくんだろう?」

「Jud. それが機関部会の総意さ。アタシの立場としては、それで正しい。……だけど、結構な私情も挟ませてもらうがね」

 

 

 そう言って、煙管を大きく吸い込んでは大量の煙を吐き出す直政。――常々にして姉御肌気質の彼女だが……今は、珍しく苛立っているようだ。

 

 

「ミトツダイラは――領主として、か」

 

「Jud. ……聖連とことを構えれば戦争は必須。そして、その戦禍は当然、領地を持つ領主――いえ、領地に住まう領民達に降りかかるでしょう。そうなれば、それを守るために教導院に在学している騎士階級の生徒、並びに従士階級の生徒は戦うことになりますわ……ゆえに、それだけの覚悟があるのかどうか――犠牲を強いてでもという覚悟があるのかどうか。それを確かめるのが私の仕事ですわ」

 

 

「回りくどいねぇ――早い話が、大方にしてアタシと同じってわけだろ? 背中の『ソレ』でドカンと決めるつもりなんだろうし」

「直政だってバコン派じゃありません!? そ、そんな人を破壊王を見るような目で見ないでくださいな!!」

 

 

 ――ほんの少し『らしさ』の戻った直政の苦笑に、ミトは盛大に猛る。

 

 そんな二人のやり取りは――ごく一般市民程度の身体能力しか持ち合わせていない正純にとっては、どっちもどっち……五十歩百歩のやり取りだった。

 

 

 なにせ――二人は武蔵アリアダスト教導院の中でも、おそらく最高ランクといって過言ではないほどのパワーキャラ。この二人が喧嘩でもおっぱじめようものなら……武蔵八艦は武蔵七艦と名を改めることになるだろう。

 

 

「まあ、アタシら二人なら――正純。アンタにとってもいい判断材料になるんじゃないのかい? アタシらの勝敗で武蔵の戦力も具体的にわかるだろうしね」

 

 

 そんな問いに、正純は首を振る。――当然、横に。

 

 

「……判断材料もなにもないさ――私は、暫定議会側。……戦力如何、覚悟如何を問う以前に、私はお前達を……止める側だ」

 

 

 本人は、そんな無表情を浮かべて、十字路に残された最後の道を進み、教導院へと向かっていく。

 

 ――難儀なヤツだ。ミトは肩をすくめ、直政は紫煙を吹かしつつ互いに確認しあい、数歩遅れて正純に続いていく。

 

 

 そして僅かにも経たずに、歩いていた足は階段を登っていた。教導院へと続く長い階段は――どうやら昨夜のうちに無事修繕されたらしい。

 

 

 

 

(この長い階段が終われば――どうなるんだろうか)

 

 

 

 

 ――ちがう。この場合、どうしていく(・・)のだろうか、だろう。正純自身も、そしてこの階段の上にいるであろう者達も。

 

 軽い、木材を踏みしめる音がする中で、ミトがスンスンと鼻を鳴らす。

 

 

 

「――どうやら、皆さんお待ちかねみたいですわよ?」

 

「こっちの動きはバレバレってことさね。まあ……あっちにゃ情報収集の専門家に飛行能力持ちだっているんだ、当然だろう? むしろ出来てなきゃアウトさね」

 

 

 そして、脚よりも先に視線が階段の終わりを迎える。そこにはミトの言うとおり、梅組のほぼ全員が集っており――『来たか』とばかりに正純たちに顔を向けてきた。

 

 

 

 

 それに正純は――正純たち三人は、階段を登り終えたところで、足を止める。いや、意図してではなく、完全に無意識に止めてしまった。

 

 そんな三人を見て、一団の中の一人が歩み出てくる。

 

 

「よく来たな。生徒会副会長。必要ないかもしれんが、元生徒会会計、シロジロ・ベルトーニだ」

 

「――改めて、現生徒会副会長、本多 正純だ。臨時生徒総会の開催を認めたうえで皆に提案をしに来た。――来たん、だか……」

 

 

 ――えっと、と言葉を繋ごうとして……失敗する。正純は立場的にはまあ、一応味方であるミトと直政に振り返り、救援を求めた。

 

 ミトは、何も言いたくないとばかりに片手で顔を押さえている。ついで直政を見れば、彼女は紫煙混じりの深いため息をついて――致し方なく、援護に出てくれた。

 

 

「……一応、聞いておきたいんだがね、そのカーテンに巻かれたトーリみたいな物体はなんだい? 春巻き……にしてはピクピク動いててかなり気色悪いんだけど。……あと」

 

 

 シロジロが片足で踏みつけている白い布の塊。そして――多分本題。

 

 

 

「……そこの止めの字はどうしたんだい? 下手人の真似なんてして」

 

 シロジロが片手に引くやたらとゴツイ鎖のその先に、そのゴツイ鎖に雁字搦めにされた上に布で口をふさがれて捕縛された止水がいる。

 ん? と些細な存在を気に留めるかの如く、シロジロは踏みつけている足を一度足踏みし、ジャラリと鎖を持ち上げる。

 

「これか? ――貴様の言うとおりだ。この二人は下手人に相違ない。罪状は『昨夜勝手に突っ走ったくせに失敗したこと』だ」

 

 

 ……頭を下げた二人への、梅組一同の返答がこれらしい。ちなみに多数決での結果だ。止めようとした数名がいたことは明記しておこう。

 

 

「下手人でも春巻きでもねぇよ太巻きだよ!! 外側白いから所謂ライスペーパーってやつグフゥ!?」

「むぅ、むーむ、むむむむむむむ?」(なぁ、なんで、俺だけ鎖?)

 

「黙れ少年T&S。実名を公表されないだけありがたいと思え。……話を戻すが、教導院全生徒から、この臨時生徒総会にて武蔵の方向性を決めていいという賛同はすでに得ている」

 

 

 シロジロは本当に話を戻しに来た。しかし話は戻っている――のだろうか。どうしてもチラチラと、呻き声を漏らす太巻きと、どう見ても大型の猛獣用の鎖で顔以外の全身を巻きつけられた止水に目を向けてしまう。

 

 

「――ふむ。気になるか? どちらかほしければ、やるぞ? ……ただしこちら側に来ることが条件だがな!!」

 

「む?」

「おいおいおい、俺食べられちゃうのかよ!? や、優しくしグフェ!?」

 

 

 頑張って体をそらし、シロジロを見る止水と、布から赤らめた顔を出し、再び呻くトーリ。脚をどけろと文句を言いそうになった彼だが、ふと言葉を止める。

 

 

「……おいシロ、今の提案は取り下げたほうがよくね? それも迅速に」

 

「む? どうしたバカ。なにやら急にマジ顔になったが」

 

「後ろ、ってか味方見てみろよ。裏切り者が決算セール間近だぜ?」

 

 

 

 疑問符を浮かべつつ、ちらりと後ろを振り返れば――なにやら盛大に迷っている数名がいるではないか。少々息が荒い巫女なんていない。いないったらいない。

 

 

 

「あ。シロくーん、止水君はだめよー? 彼、武蔵でも随一の労働力なんだから」

 

「――っ!? 撤回だ! バカならくれてやる!!」

 

 

「「「「「「「この守銭奴夫婦最低なんですけど!?」」」」」」」

 

 

 

 正純は頭を抱えたくなった。

 

 ――自分は何をしに、ここに来たんだろう? というより早くもあちらのペースに乗せられているような……作戦? これって作戦だったりするの? バカはいいけど止水なら考え――

 

 

 

「はいはい、いい加減話進めましょうねー。バカやってると先生たち帰っちゃうわよー?」

「……はっ!?」

 

 

 オリオトライの言葉に、我に返る正純。――なにやら訝しげな視線を二つほど後ろから感じるが、努めて無視した。

 

 

「んんっ! ……臨時生徒総会。その議題は、生徒副会長(わたし)の不信任決議を通して、教導院側の姿勢を決めること――相違はないな?」

 

「Jud.こちらが武蔵側、そちらが聖連側となる。……双方の相対の結果を持って、今後が決まるわけだ。では、相対を始めるぞ。――教師オリオトライ!」

 

 

 ん、となにやら満足げに頷いたオリオトライが長剣を背負いなおしつつ、両陣営の丁度中間に立つ。

 

 

「聖連側は正純に直政、それにミトね――なら、三対三の二勝先取側が勝利としましょうか。相対はどんな方法でも構わないわよ。腕っ節だろうが討論だろうが、聖連側は【刃向かうことの無意味さ】を知らせ、こちらは【抗うに足る力があることを証明する】を知らせればいい」

 

 

 ってとこかしら? と両陣営に確認し、それぞれの頷きに応じる。

 

 

「あ。あと、諸注意ね? 腕っ節な戦闘行為での相対で、先生の判断で『やべぇ』と思ったら強制介入してその時点で勝敗は決めるから。その時の言い訳は一切受け付けないんでよろしく」

 

 

 そのための長剣か、と一同は納得する。生徒の味方――というオリオトライが出来る、それが精一杯なのだ。

 

 沈黙という肯定を受け取り、オリオトライは欄干ギリギリまで下がる。

 

 

「では一番手は私が――」

 

 

 そして、そのオリオトライとは逆。一歩進もうとした正純を――義腕では無い、生身の腕が遮った。その手には煙管が握られ……僅かなメンソールの香りが残っている

 

 

「……悪いね正純。一番手はアタシがもらうよ。……ミトも悪いけど、譲っておくれ」

 

 

 ネイトも一歩踏み出そうとしていたが、先をとられ、しぶしぶ足を戻す。

 

 そして、正純が何を言う前に、相対者として前へと進んだ。

 

 

「――皆知ってのとおり、アタシは機関部の代表としてここに来た。ぶっちゃけ、立場で言えばアタシ達も武蔵側なんだけどね……だけど、聖連に逆らうってんなら、戦争になる。アンタ等が明確な武装の無い武蔵で、どうやって戦う気なのか――それを知りたくてね」

 

 

 相対の内容を、直政は既に告げ始めていた。……戦う力もろく持たず、戦争の可能性がある未来へと踏み出させはしない、と。

 

 

 ……いつもと違う雰囲気となった直政に、誰もが静かにつばを飲み込んでいる。直政は――梅組の戦闘系の者達を一人ひとり眺め、最後に止水を……現状、鎖蓑虫としか言えない彼の姿を見る。

 

 

 

 

 ……それに、一瞬だけ。

 

 優しげな、いつもの笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 義腕を前方にかざし、個人用としては特大の通神画面を展開する。そこには誰からも見て取れる、『射出許可』の四字が明滅していた

 

 ――それに、煙管を握った左腕を叩きつける。

 

 

「……『接続(コンタクト)』!!」

 

 

 ガラスが砕けたような音を響かせ、通神は光に消える。叩き付けたその一瞬だけ、四字から二字――『承認』となって。

 

 

「――各国のもつ戦闘力のうち、戦場における代表格ってのは何か、知っているかい?」

 

 

 ――ふと、誰かの日差しが遮られた。その誰かが、何故だろうと、ゆっくり空を仰ぐ。

 

 

「……航空艦? 違う。機竜? 違う。機動殻? それとも騎士? ――どれもこれも違う」

 

 

 

 大気を纏い唸らせ、それは――大地へと激突した。激突したと思わせる衝撃を伝えて、着地(・・)した。

 

 片膝を付き、拳を地面につけていた――赤と黒の衣装をまとう……どこか女性を思わせる鉄の巨人が、その威容を見せ付ける様に、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

「今からその答えを見せてやるよ。……この重武神、『地摺朱雀』でね。――機関部作業用で装甲も薄けりゃ、戦闘用と違って明確な武装も無い。だけど、機関部一の力自慢は伊達じゃあない。単純な力なら、その辺の10t級の武神より強いさね」

 

 

見上げるほどに――教導院の校舎よりも高い巨躯。直政が相手と分かった時点である程度想定はしていた一同だが、実際目の当たりにした衝撃は大きい。

 

 その直政は後方へ大きく跳び、地摺朱雀の肩へ乗り移る。そして梅組全員を見下ろし、煙管を再び咥えた。

 

 

 

 

「さあ、アタシとこの地摺朱雀の相手をしてくれるのは誰だい――?」

 

 

 

 

「む、むぅ……予想はしていたでござるが、直政殿なにやらテンション高めでござるな――」

 

「いやいや、テンション高めとかそんなレベルじゃないですって小生たちのような一般ピープルからしたら十分死ねますよこれ……! というより、個人で武神に相対できる人なんて――」

 

 

 御広敷の視線が、自軍ではなく――相手側にいるネイトを見る。彼が言いたい事は全員がおおよそ理解できた。単純な破壊力で相対するならば、同じパワー重視系のネイトくらいだろう。

 

 

 しかし、そのネイトは相手側だ。つまり――

 

 

 ……ぷはぁ、という――気の抜ける声が足元より聞こえる。身をよじりくねらせ、何とか口を塞ぐ布を外すことに成功した止水がいた。

 

 

「――え、なに?」

 

 

 じゃら、じゃらと音を立てて、自分を見つめる一同と、地摺朱雀の上で苦笑している直政を見上げる。交互に見ては、『俺なんかした?』と不安げな顔だ。

 

 

「――バカしたねぇ、アンタら。よりもよって、止めの字をそんなにしちまうなんて――まあ、アタシにゃ好都合。止めの字抜きでアンタらがどこまでやれるのか、見せてもらおうか?」

 

「ダム侍が駄目とか言ってくれるじゃねぇか……ってことでシロジロ、俺ら縛った張本人としてお前逝けよ」

 

「フン。止水はともかくきさまは自分からカーテンに巻きついておいて何を言う。――だがまあ、責任は取らねばなるまいか」

 

 

 

 ……トーリの声が、鶴の一声というわけではないだろうが、シロジロが一団から歩み出て――武神vs商人――などという、異色過ぎる対戦カードが成立する。

 

 

 

「改めて――シロジロ・ベルトーニ。不本意だが、金の力を見せてやろう」

 

「機関部代表、直政。そして地摺朱雀。……さっき、立場はアンタたち側とは言ったけどね……アタシ個人として、アンタたちを全力で止める派さ。――せいぜい、死なないように気をつけろよ……!」

 

 

 片や淡々と、片や、日頃ではあまり想像できそうに無いほど熱く。

 

 

 

 ……オリオトライの開始の合図が終わると同時に――轟音が、響き渡った。

 

 




読了ありがとうございました。

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