境界線上の守り刀   作:陽紅

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八章 の後半になりますので、誤字ではありません。


八章 銀狼の咆哮 【上】

 

「なあダム」

 

「ん……? 何?」

 

 

 未だ春巻き――本人曰くライスペーパーなカーテン巻きであるトーリが、同じく未だ鎖蓑虫で丸太椅子と化している止水に声を投げる。橋を横断する形で二人が並び、かつ頭がどちらも外側であるため、顔は一切見えず、声も遠い。

 自然、二人が会話するためには一同の静けさが必要になってくる。

 

 

 ――格好云々は遠い彼方においておくとして、かなり真面目な顔かつ冗談のない声に、教導院側聖連側関係なく一同は静かになった。

 

 

 審判の立場であるオリオトライも、相対における事項か? と発言を待っていた。

 

 

「すっげぇいまさらなんだけどよ。お前いっっつも、いっっっっっっっつも赤い和服ってか着流しと着物? じゃん? 制服着ねぇの? 他の服ねぇの?」

 

「「「「「「「いや……いきなりどうしたお前?」」」」」」

 

 

 相対関係ないじゃん……とため息と同時に頬を引きつらせたオリオトライ。……でも、と思い止まる。

 

 

「あ、でもでも気になるよねー。しーちゃんの服って結構高そうだし、何気にブランドものだったり?」

 

「だとしたら意外よね、止水がそういうことにこだわるなんて」

 

 

 有翼コンビが、鎖に直接では痛いだろうということで鎖巻きの上に敷いている緋色の着物に触れる。幾重かに折り畳んだそれは鎖による凸凹はあっても、ほとんど金属の無骨な硬さや冷たさを通してこない。その上に、頬ずりしたくなるような滑らかさだ。

 女物ではまずないだろうが安物ではない質の良さ。そして鮮やかな緋色。

 

 ……高そう、という言葉に過剰反応した男は総意をもってスルーした。

 

 

 常日頃止水の背中に乗っている鈴には慣れ親しんだものだが、言われてみれば、確かにと首をかしげる一同がいた。

 

 

「制服じゃないってんなら、俺だけじゃなくてイトケンとかネンジとかもそうだろ?」

 

「いや、ボクらは単純に『着れないだけ』だからね? うん。止水君がボクら特別視しないで見てくれるのはとっても嬉しいけど」

 

 

 さわやかな笑顔で嬉しそうにサムズアップしているのは、基本全裸である伊藤 健治。そして、足元でプルプル震えて頷いている、桃色の饅頭のようなネンジだ。

 

 種族的に着ない・着れない彼らと止水では訳が違う。

 

 ちなみに、外側から緋色の着流しに緋色の着物、白い肌胴着となる。下は緋色の長丈袴だ。……いつか言ったが、アリアダスト教導院の黒を基調にした制服の中では大変目立っている。

 

 

「別にそんな特別なものでもないんだけどなぁ……守り刀の衣装ってだけは聞いてるけど」

 

「聞いてるって、誰にだよ?」

 

 

 

「おふくろ。……何でも、一族が大切にしてきたものだからー、ってまだ生きてる時に」

 

 

 

 

 ……母が、生きている、つまりは亡くなる前に渡したもの。

 

 ――それは、別の言い方を……いやそんなことをせずとも『形見の品』と言えるものではなかろうか?

 

 

 そしてそれを現在、お尻の下に敷いている五人がいるわけで……。

 

 

 

「は、早く言ってよしーちゃんそういうことはさあ!?」

 

「喜美!? アンタ早くどくさね!」

 

「こ、これ洗濯、いやクリーニングに出すべきですか? いや、でも下手にやって痛んだらそれこそ!?」

 

「待ちなさいアデーレ! 白魔術なら痛ませずに綺麗に……!」

 

 

 大慌ても大慌てだ。正直トーリの発言をおふざけの内容で済むとばかり思っていた四人は、バッと勢いよく跳ね上がるようにして立ち上がる。

 

 しかし一人――位置にして、腹部の辺りに座っていた喜美は、未だに片足を組んだまま離れようとしない。

 

 

「フフフ、落ち着きなさいよ愚民共。このオバカが服が汚れるどうこうで騒いだらそれこそ末世じゃない」

 

 

 豊満な胸を揺らしつつ、何故か胸を張る喜美を見ながら、そういえば、と。一同は過去十数年分の記憶を思い出す。

 

 

「むう……そういえば自分、小等部のときに思いっきりドロ団子当ててござるな」

 

「あー、全員が先生に大目玉食らった『武蔵ドロドロ合戦夏の陣』な! 甘ぇよ俺なんか大体毎年の夏祭りで綿飴ぶつけてベトベトにしてんぜ!? 狙ってねぇのに!」

 

「寸胴ぶちまけてキーマ漬けにしたことありますネー……もったいなかったデスネー」

 

 

 男子陣の出てくるわ出てくるわ酷いこと酷いこと。それもそれぞれが、さも武勇伝を語るように自慢げだ。

 

 そして二人ほど。女子の中において、必死に顔を逸らしているズドン巫女とリアルアマゾネスがいたりする。前者は顔を両手で覆ってゴメンナサイを連呼していた。

 

 

 なんとなく、いつもの梅組だなぁ、と全員がそんな感想を抱いたところで。

 

 

 

 

「あ、あの。えっと……そろそろ私との相対を、その、していただきたいのですけれど……?」

 

 

 ……一人ポツンと寂しげに。

 おずおずと小さく挙手をしたネイトが、寂しそうに自己主張した。

 

 

 

 盛大な名乗り口上を完膚なきまでにスルーされた上に、自分そっちのけで楽しげに思い出話に華を咲かせる談笑。

 

 

「まあ待てってネイト! 今から決めっから! タイムってヤツだよ分かるだろ!? ……分かれよ!!」

 

 

 その上で何故かトーリに逆ギレされるのである。――理不尽だ。

 ……そんなネイトの目の前で止水とトーリはゴロゴロと転がされ、二人揃って顔をならべる。そして、その二人を囲む様に、教導院側がスクラムを組んだ。

 

 仲のよさを見せ付けるように、男女入り混じる形で。

 

 

 

(……さ、寂しくなんかありませんわよ? ええ……)

 

 

 ――ちらり、とネイトを見ては再び顔を突き合わせている。

 

 

「……うぅ」

 

 

 何処かしらに割り込みたい衝動を必死に押さえ、ネイトはただ相対者を待つ。

 

 ……態々『戦う気満々!!』という姿勢を見せて――オリオトライが言おうとした『不戦勝』という結末を取り消させてまで。

 

 

 

 ……そして一方、教導院側はというと。

 

 

 

「……おいおいネシンバラ、お前のいう感じで一芝居やったけど。……どーいうことよこれ。ネイトぼっち耐性ねぇんだからあんまイジメてやんなよ」

「あ、うん。言いだしっぺでなんだけど、今の彼女見てると凄い罪悪感あるねこれ」

 

 口では何とでも言えるな、と眼鏡をキラリと光らせているネシンバラに全員が内心にてツッコミを入れていた。

 秘匿通神の掲示板を全員の前に開き――ネシンバラが一番最初に書き込んだ内容が今一度表示される。

 

 

 

 

 『――ミトツダイラ君の真意が知りたい。焦らせるだけ焦らしてくれ』

 

 

 

 

 との要求に皆が乗った。――乗ったのだが。

 

「……いや、総長。出来れば打つ芝居の内容をこっちとしてはもうちょっと考えてほしかったんですけど……お母さんの形見だったなんて知りませんでしたよ自分……」

 

 

 スクラムの中、一人肩を組まないで参加しているアデーレ。その両腕には畳みなおした緋衣を抱えられている。

 彼女も止水と同じく、両親は既に他界している。そのためだろうか、家族の大切な……思い出の品を粗末に扱ってしまった罪悪感は人一倍強かったらしい。

 

 

「ンフフ。真面目で素敵よアデーレ。そこのズドン巫女とリアルアマゾネスは猛省しなさい? 私なんて綺麗な緋色が羨ましかったから引っぺがして勝手に仕立てなおしたけど! 文句ある!?」

 

「すっげえなねぇちゃん! ……ダム侍、素で言うわ。ごめん」

「気にすんなってトーリ。同じの何枚かあるにはあるんだ。……確実に、三枚はなくなったけど」

 

 一枚は喜美で、ほかの二枚は智とオリオトライだろう。

 残存枚数が気になるところではあるが――今は、それよりも重要なことがある。

 

 

 

「それじゃあ皆気になってるだろうから理由を話すけど……ぶっちゃけ、何で『彼女が向こう側にいるのかな?』っていう疑問があったからなんだ」

「……? 何で、とは言うがネシンバラ。先ほど本人が拙僧達に向かって言っていたではないか。――確か、主なき極東は、何を持ってして騎士を従えるのか――であったか」

 

 ウルキアガがいつもより前かがみになり、面々と肩を組みやすくするべく下げた頭で答える。

 

「Jud. そこだよ。そこからしておかしいんだ……ミトツダイラ君は騎士だろう? つまりは貴族で――僕ら平民より身分が上で、従う理由なんかないはずなのに。その騎士が僕たちと態々『同じ立場になる相対の場』まで降りてきて戦って、優劣を決めようとする理由はなんだと思う?」

 

 

 分かるかい? と一同を見渡すネシンバラに、未だ全員が思案顔だ。

 ネイトの従士であるアデーレも、彼の言葉に続く。

 

 

「自分も書記と同じ意見です。……第一、この相対自体がおかしいんですよ。武蔵の騎士は封建貴族ですから、自国の民を守らなきゃいけない立場なんですよ? 相対で戦うこと自体あっちゃいけないんです」

 

「待てよ待てよ、んじゃあそもそもネイトは俺たちより偉い上に、俺たちを守らなきゃいけないんだよな……なら、この相対意味なくね?」

「なんか理由があるってことじゃないのか? ……その理由は分からないんだけど――うん。手っ取り早く、聞いてみるか」

 

 

 

 

 ……止水の言葉に、皆が「へ……?」と一斉にキョトン顔になる。鎖巻きの状態で器用に転がり、スクラムから離脱した彼をただ呆然と見送るしかないほどに呆けていた。

 ゴロゴロ転がり、ミトではなく、なぜかオリオトライの下へ。

 

 

「なぁ先生、ミトに相対関係なしに質問して良い?」

「んー。いいわよー? そんかわし……服の件これでチャラね?」

 

「「「「「「「「アンタ教師かよそれでも!?」」」」」」」」

 

 

 よし、懸念が晴れた!! といわんばかりの晴れやかな笑顔のオリオトライに許可を受け、再び転がって移動、跳ねて方向変換し……横向きの顔をミトへと向ける。

 

 

「というわけで、ミト。俺から一個質問あるんだけど」

 

「……いいですわよ? ただし、相対の内容に触るようでしたら返答を拒否しますけど」

 

 

 何時まで巻かれているんでしょうこの人は――とネイトは苦笑をもって返す。律儀な人……という意味を込めていたりもするが。

 

 止水は止水でジャラリ、と鎖を鳴らしつつ頷いて――ネイトを見上げた。

 

 

 

「ネイトとしては――ああ、立場とかそういうの抜きでだぞ? ……姫さんのこと助けたいって思えないか?」

 

 

 

 問うた。

 

 問うて、静まり返った。

 

 

 

((((((……無自覚にすっげえ核心キタ――(;;゜д゜)――!?))))))

 

 

 

 しかも言い方がズルイ! とミトを含めた全員が、止水の言う『質問』の内容に戦慄していた。

 しかも、騎士としてこの場にいるネイトに、騎士という立場ではない彼女に問うているのだから、ちゃっかり相対に関係ない範囲に留まっている。

 

 

 

 意図して、などいないのだろう。みなの言うとおり。ただ聞きたい――いや、確認したいだけなのだろう。

 

 『助けたい側だよな……?』

 

 

 ……彼女自身の言葉での、その証明を。

 自分がツッコまれた理由が分からず、きょろきょろと一同を見回している止水に、ネイトは答えた。

 

 

 

 

「――友を見捨てる女。……私をそう評すのなら、御自由にどうぞ?」

 

「……相変わらず答えが分かり難いよミト。うん、まあ御自由にっていうならいいや」

 

 

 そして、再びごろごろと……。スクラムの中に戻る止水。

 

 

「……みんなの中で、ミトのことを『友を見捨てる女』って評価するのいる?」

 

 

 そして、今度はミトではなく、皆に問う。

 

 その皆は呆れている。苦笑している。 

 

 ――が、総じて、全員が否定した。ネイト・ミトツダイラは、『友を見捨てる女』などではない、と。

 

 

「うん、Jud. 俺もだ。つまり、ミトの本心はこっち側ってわけだけど――やっといていまさらなんだけど、これって判断材料になるかな?」

 

「じゅーぶんじゅーぶんダム侍! んじゃあ、以上を踏まえて……相対、誰が行くよ?」

 

 

 ぐるりと下からスクラムを見回して――トーリの顔が、一人決意を抱いている少女に、止まった。

 

 

***

 

 

心配だ。変わるべきでは。危なくはないのか。

 

でも思いを無駄にしたくない。その決意の邪魔をしたくない。

 

 

 ……歯食い縛って見守るのも、『守る』ってことだよな。

 

 

配点【送り出す側】

 

 

***

 

 

 

「……はあ――――以上」

 

「いや、あの。武蔵さん? 態々これ見よがしにため息つかないんでほしいんだけどなぁ、と不肖ながら思ったりしたりして……」

 

 

「「……はあ――――以上」」

 

「……品川と重ねなくて良いから。 いや、悪かったって思ってるよ本気で――」

 

 

 右と左。両方から同時に聞かされるため息というのは中々に珍しい。珍しいというだけで経験したいとは思えないが。

 武蔵へ帰還する道中、武蔵と品川の、『両手に花』という状況にも関わらず、酒井の表情は決して良いものではなかった。

 

 

「しかし、あの野郎が本気でくるとなると――些か分が悪いかねぇ……こっちは」

 

 

 先ほどまでのやり取りを思い出し、煙管を砕かんばかりにかみ締める酒井。品川はちらりと武蔵を見るが、何のアクションも起こさない彼女を見て、自身もそれに倣う。

 

 

「まあ幸いなのは、教皇総長として、止水にそれほど興味をもってなかった――ってことくらいか」

「何が幸いなのか、理解しかねます。――――以上。聖連の思惑が通れば、『武蔵』はP.A.ODAの最前線とされます。そうなれば……」 

 

 

 品川の物申しに、酒井は速度を緩めることなく、応じる。

 

 

「……俺ぁもう学生じゃねぇから、生徒間抗争が始まったら外野から野次飛ばすくらいしかできないんだ。悔しいことにな。武蔵に所属する以上、大人たちはみーんな同じ思いを抱いてるさ」

 

 

 でもよ、と。

 

 

「俺は『そんな大人たち』の中で、唯一あいつらを間接的にだけど助けられる一手を持ってんだぜ? 品川の言う『そうなれば』を回避できるかもしれない――んだけど、アイツらがどういう結論を出すかにも依るんだよなぁ……コレ」

 

 

 

 その酒井の言葉を聞いて。

 武蔵と品川。そして、二人と情報リンクしている他六名の武蔵艦長はため息をついた。

 

 

「……っかしぃなぁ。二つだけしか聞こえないはずなのに八人分のため息が聞こえたんだけどなぁ?」

「気のせいです。――――以上。そして酒井様。ご自身で既に確信していながらさも不安そうに言われるのは如何なものかと。――――以上」

 

 

 後ろから『追走』してくる武蔵の声を聞き、品川が頷くのを気配で感じ――酒井は今再び、速度を上げる。

 

 

「確信なんてしてない――だが、あいつらなら絶対そうするって信頼はしているよ。これでも俺、学長だからさ。生徒信じてやんなきゃ、いかんでしょう?」

 

 

 だからまあ。

 

 

「可愛い生徒を送り出すためにまず第一に、やるべきことをやろうかね。止水君の、お姉さん?」

 

 

「「Jud. 」」

 

 

 

「では、武蔵総艦長・武蔵より、品川を除く艦長七名に上位命令発信。全艦長、通常の業務の一切を放棄し、止水様、並びに梅組皆様のバックアップに総力を注ぎなさい。――――以上。」

 

 

 

『Jud. こちら『多摩』、命令を了承。――――以上』

 

『Jud. こちら『村山』、命令を了承。――――以上』

 

『Jud. こちら『高尾』、命令を了承。――――以上』

 

『Jud. こちら『武蔵野』、命令を了承。――――以上』

 

『Jud. こちら『浅草』、命令を了承。――――以上』

 

『Jud. こちら『青梅』、命令を了承。――――以上』

 

 

『Jud. こちら『奥多摩』、命令を了承。追加で、現在鎖にて蓑虫状態の止水様を高画質で録画中。如何なさいますか? ――――以上』

 

 

 

「Jud. 奥多摩のみそのままの業務を続行しなさい。画像は後ほど提出するように。武蔵・品川両名は、最大速度を持って武蔵へと帰還します。――――以上。」

 

 

 

 ――それから少しして、街道をやたら早い速度で駆け抜ける一人の中年が――『ブラコン自動人形たちめ』となにやら叫びながら……なによりどこか寂しそうに、していたそうな。

 

 

 




読了ありがとうございました。

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