境界線上の守り刀   作:陽紅

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九章 刀、相対す 【中】

 

 

 ――はぅ。

 

 

「わーっ!? 鈴さん、しっかり! いや、いきなりの展開過ぎて自分もいろいろ混乱してますけど……と、とにかくしっかり!?」

 

 

 絶叫にビックリしたのか、それともまた別の要因によってかは分からないが、立ったまま後方へと倒れた鈴を、茫然自失からいち早く復帰したアデーレが何とか抱きとめる。

 

 

「だ、大丈夫、だよ? うん、きっ、と大丈、夫……だといい、なぁ」

 

 

 ――それって結構駄目な感じですよね? とは言わない。

 

 あの言葉によるショックが一番大きいのは、多分きっと、この武蔵の中で――鈴がダントツだろうから。

 

 

 自分のことはいいから、ホライゾンを助けてほしい。

 ――そう鈴が願ったのは、まだ記憶に新しい今朝のことだ。アデーレ自身は作文に、非常に我欲に塗れた内容を書いていたため――とてつもない罪悪感やら後ろめたさがMAXだったため、よく覚えている。

 

 しかし、それと同時に『救わなくては。助けなくては』と決意したのも、よく覚えている。ホライゾンはもちろん、大切な友達である鈴本人も一緒に。

 

 

 ……だというのに。

 

 

 その願いを、真っ先に告げられた二人の片割れが、『助けに行くの止めね?』発言を投下しやがったのだ。

 鈴のショックは、計り知れないだろう。

 

 

「と、トーリ君!? バカだ大バカだとは思っていましたけど超バカ発言にも程がありますよ!? 一体何を考えて……ま、まさか何も考えてないとか言いませんよね!?」

 

 智も驚愕を隠せそうに無く――さて、左手に展開した弓は一体何のために使うのか。

 

 

「いや、だってさ? ホライゾン助けに行くと聖連と戦争じゃん? 良くないよな、人いっぱい死ぬぜ? 痛いのやだし、楽しくないじゃん? アーマゲドンとか、全力スルーしないとじゃん?」

 

 

 意外や意外、論はあった。

 しかし、残念ながらそれは、トーリが言うべき台詞ではない。

 

 

「…………」

 

 

 ――それは、未だアングリと口を開け、目をパチパチさせている正純が言うべき、台詞だった。

 

 

「あ、え、ちょ、ちょっと……頼むちょっと待て葵。今の、その、私の聞き間違いだよな? ……な?」

 

 

 正純も正純で、鈴に負けず劣らずショックが大きいらしい。誰が見ても哀れにしか見えないほどキョドっていた。

 

 

 

「なんだよセージョンらしくねぇな――分かりやすく三行で、もっかい言うからちゃんと聞いとけよ? 

 

1、聖連と戦争するのはだめっしょ?

 

2、だからまぁ、ホライゾン助けに行くのやめようぜ

 

3、

 

 ……二行で終わっちまった!? まあいいや、つまりそう言ったんだよ! 分かったか!?」

 

 

 

「分かるかバカぁぁぁああああ!!!!!????」

 

 

 正純が吼えた。冷静になれ、と頭のどこかでストッパーが働いた気がするが、なってなどいられるかという多数派に見事に突破された。

 

 

「それは私の台詞だ! 何でお前が言うんだ!?」

 

「だって良く考えなくてもそうじゃん。戦争ダメだろ? 先生だって、『聖連側と武蔵側』って言ってたけど、『どっちがどの主張か』までは制限してなくね? ……だーかーらーだよ」

 

 

 またもや意外。論は通っている。若干屁理屈に聞こえなくも無いが、間違ってはいない。間違っていないからこそ、言い返せないのだ。

 

 

 繰り返す。言い返せない。バカに。

 

 これほど悔しいことはないだろう。 

 

 

 正純が歯軋りする中、ガラガラと数台の馬車が校庭内に突撃してくる。牽引している馬は相当頑張っているのか、馬車でドリフトをやってのける荒業ぶりだ。

 

 

 そんな、ドリフトを決めた馬車。要人護送用の――正純には少し、見覚えのある馬車。

 

 

 そこから、少し予想していたままの人物が顔――どころか全身で飛び出してくる。相当大慌てな様子で……なりふり構っていられぬとばかりに。

 本多 正信。正純の父だ。続くように現われた暫定議会の主だった議員や、武蔵の名士たちが集結している。

 

 

 ……父の様子に、ああ、あの人も慌てることがあるんだな――とどこかホッとしていた正純の耳に、荒い息のままに叫んだ正信の言葉が届く。

 

 

 

「どういうことだ正純! 何故お前が『姫を救いに行く側』の対論をする立場にいる!?」

 

「え? ……あっ!?」

 

 

 ……自分はさっき、何と言った? この相対戦で、何をして相対とすると定めた?

 

 『討論による対論のみ』

 対論――相手と対になる意思を持って、論じなければならないということである。

 

 

 そして、相対するトーリが『ホライゾンを助けない』という武蔵側の意思を示した今――正純はその対論。『ホライゾンを助ける』ことを目的に、相対しなければならない。

 

 それも聖連側として。

 

 

「(クソッ、やられた!) 葵! お前まさかっ!?」

 

「ドwヤwアw」

 

 

 

 ……なんと、なんと殺意の沸くドヤ顔であろうか。制限が無ければ間違いなく蹴り倒しているだろう。

 

 トーリがドヤ顔をさらし、正純がそれに激怒しつつ必死にどうするか手段を考えている中――。

 

 

 もう一人の相対者が、やっと、やっと動きを見せる。

 

 

 トーリを見て、正純を見て。それをもう一度繰り返して。

 

 

 

 

 

「……お、おいダム?」

 

 

 止水はゆっくりと移動する。トーリから離れ――自分の役目はなさそうだと梅組に戻る。

 

 

 

 

 ……のでは、なく。

 

 

 

「……えっと、止水?」

 

 

 二人の相対する中を進み、正純とすれ違うように更に半歩進み……そこで180度、方向転換して立ち止まる。

 止水を見上げる正純が怒りを忘れ、思考も一時停止して――止水の行動と、その立ち位置を『客観的』に考える。

 

 

 正純の、右手後ろに半歩。すぐに手が届き、小さな声でも言葉を交わせる……その位置は。

 

 

 

「――悪いトーリ。俺、正純(こっち)側だ」

 

 

 正純を先頭とし、正純についていく――という位置である。そして、何が起きても、すぐに彼女を守れる位置でもあった。

 

 

 ぽかん、と珍しく呆けているトーリだったが、すぐさま頭を振って我に返りつつ状況を理解し、ビシッと止水を指差し指定する。

 

 

「お、おいこらダム!? て、てめぇ、まさか裏切るのかよ!?」

 

「いや、裏切るも何も、先に掌返したのトーリじゃん……それに、俺は最初っから姫さんを『助けに行く側』ってずっと言ってるだろ? 今更『助けに行かない』っていう方にはいられないよ。……鈴とも約束したし。……な?」

 

 

 あ、とつぶやき、ホッと安心したような笑顔になる鈴に……苦笑を浮かべる止水。

 

 

「あーもう。あーもう!! だー!? 俺だって本気で言ってるわけじゃねぇよ! 建前だよ!? 気付けよ!? 俺の『作戦』台無しだろ!?」

 

「まあ、知ってる……でも、俺はそれでも嫌なんだよ。例え建前でもさ、『姫さんを助けない』なんて言いたくないし、そのために動きたくないんだ。助けるって堂々と言って、堂々と助けに行きたいからな」

 

 

 その言葉に、そして行動に、梅組は苦笑する。

 

 頑固だな相変わらず、相変わらずの不器用ですね――などなど……馬鹿にしているような、安堵しているような苦笑だ。

 

 

「だから、俺は正純に付くよ。――事後承諾で悪いけど、よろしくな、正純」

 

「あ? ああ……私は別に構わないが……いいの、か?」

 

 

 Jud. と間をおかず答える止水に、正純も苦笑を浮かべる。そして、なにやらとてつもなく悔しがっているトーリに視線を戻した。

 

 

「おいセージュン。今だけだ。いいか? い・ま・だ・け!! ダム貸してやる! ボッチなおめぇに俺からのお情けだ! でも後で返せよ!? ……ちゃんと返せよ!? ほ、ほらベルさんとか泣くぞ? 姉ちゃんとかいろんなヤツが猛るからな!?」

 

 

 悔しがっているというよりは――不安そうである。あせっている様でもあるが。

 

 

 そんなトーリを見て、優位性という立場がいつの間にか逆転していることに気付き――。

 

 

「えっと……ドヤア?」

 

 

 ……微妙に出来ていないドヤ顔だが、効果は存外に大きかったらしい。地団駄を踏みまくるトーリに――正純は、なんともいえない優越感を抱けた。

 

 

 先ほどの仕返しとばかりに見下し気味に鼻を鳴らし、徹底的にこき下ろす。

 

 

 

「くっ、くっそう今に見てろよセージュン!! ってな訳で先生! タイム! 作戦タイムプリーズ!!」

 

「……はいはい……」

 

 

 

 オリオトライに作戦タイムを要求し――さっさと始めなさいよねぇ、というため息の、なんともいえない雰囲気のまま、両陣営は作戦タイムへと入った。

 

 

 

***

 

 

1+1は?

 

 

 マイナスにもプラスにも。

 

 ゼロにも無限にもなるときがあったりなかったりするじゃん?

 

 

配点【相棒率】

 

 

 

***

 

 

 

「おいおいおいおいおいおいおいおいおい、やべぇよ、ダム向こう行っちゃったよどうすんだよ……いやマジでどうしよう?」

「本当に、本当に大バカね愚弟。止水のオバカの『こういうこと』での頑固さは分かりきってたでしょうに。あと止水のオバカはこの賢姉様のもの(予定)よ? 何勝手に所有宣言してんの? クビるわよ?」

「も、もの扱い、しちゃ、だめ……っ!」

「「ごめんなさい」」

 

 

「ヤツは金では動かん――が、向井が望めば戻りそうではないか? 情で動かせば、金も掛から無くて済む」

「んーナイちゃん思うに、無理じゃないかなー。むしろあっちに攫われちゃう……あ、なんかそれもいいかも?」

「お姫様抱っこ? ねぇマルゴット、今お姫様抱っこ想像したでしょ? 止水なら片手でいけるだろうからもう片手貸してよね」

 

 

「はぁ……少しは真面目に考えられないのかいアンタ達は……早い話、正純にアタシらの『大黒柱』を持ってかれたってことさね。どうすんだい?」

 

 

「腕っ節での相対であれば、まず間違いなく自分達の即行負けで――あ、いや、それは無いでござるな。――『勝つことは不可能』になるでござるが……幸いなことに、相対は論戦のみ。止水殿の役割は全くないはずでござる」

「それ、遠まわし的にじゃ無くて直接止水さんのことバカにしてますよね第一特務」

「……あれは自分をバカとは言うが、考えぬわけでなかろう。それは皆知っている。……だからこそ、厄介だぞ」

 

 

「はい……討論であれば、正純の独壇場です。それをわかっているはずですから――彼なら、まず邪魔はしないでしょう。だから、今の正純に必要なもので、止水君に出来ること――」

「『味方』だね。それも絶対的な支持と絶対的な防衛力を持った味方だよ。――本多君はさっきまで孤立無援だったのに、止水君一人でそれがなくなっちゃったわけだよ。……それも、僕らにとっても一番味方にいると安心できる人で」

 

 

「あの、戻ってきて早々にあの人が向こう行くとか、私、嫌われてますの……? おかえりも促さなければ言ってもらえませんでしたし……」

「ンフフ、アンタは素直にならないからよ永遠チパーイ。……どストレートに言っても大して意味は無いけど」

「アタシだってアレ促しただろ? 大して変わらんさね。――ってかミト、アンタその後に背負い込むなよって心配されてるじゃないさ。アレを止めの字から言わせといて何言ってんだい」

 

 

「えーっと、脱線してっけどつまりは、だ。話まとめるぜ? ダムは向こうに行っちまったわけだけど、バカだから直接的な戦力にはなってなくて? でもなんかセージュン単品がウルトラパワーアップしちまった感じなわけだ……ってやべぇじゃん! 誰のせいだよ!?」

 

 

「「「「「「お前のせいだよこのウルトラバカ!!!!」」」」」」

 

 

「なんだと!? ああそーですよ俺が悪うございましたーっ! ってか何だよあの二人のツーカー! こっちなんか十年以上幼馴染やってんだぞ!? ああ!?」

「あらなに愚弟、アンタ一丁前に嫉妬してんの? 止めなさいよそこのBL天使がワッハーしちゃうじゃない」

「正×止? 止×正? ――上の一本だけでころころ変わるわよこれ」

 

 

「手遅れでござるな。まあ、タッグ度で言えば止水殿と丁度反対の立場にいる正純殿のほうが相棒らしいでござろう」

「だね。武力と知力、理論派と感情論派、しかもお互いに一歩引けて尊重しあえる……理想的過ぎるよ、笑えないよこれ」

 

 

「ああ!? みんな何言ってんだよ? 止水の相棒俺だし!! ……おい誰かハンカチ貸してくれよ、『あの泥棒猫っ!』ってやるから」

 

 

「「「「「少しは危機感持てよ!!!」」」」」

「お前らもなっ!!」

 

 

 

 

「ハハハ、元気いいなぁ皆。……にしても、なんだか不思議な気分だな。皆のああいうのを、外野から眺めるってのは」

 

 作戦会議のためにまたスクラムを組む梅組を、正純と並びあった状態で横目で見る止水。浮かべているのは苦笑だが――そこにいないこと(・・・・・・・・)には、大して何も思っていないらしい。

 

 

 ……それでも、聞かずにはいられない正純なわけだが。

 

 

「なあ止水……さっきも聞いたが、本当にいいのか? 皆のほうにいなくて」

「本当にいいんだよ。さっき言ったのが俺の本音だし、先生だって止めないんだから『アリ』なんだろ? ……それともなんだ、俺が味方だと嫌なのか?」

 

「それはないっ! ……あ、いや――」

 

 

 思わず大声で否定してしまったが……嫌なはずが無い。嫌なわけが、あるはず無い。

 嬉しいからこそ、問いたい、確かめたいのだ。『私のほうに来て後悔していないか?』と。

 

 

「……ずるいぞ、お前」

 

 

 そうしたいのに、ちらりと見上げた顔には、欠片の後悔も躊躇いも無いのだ。一年程度の付き合いだが、この男に表情を偽るなんて器用なことが出来ないことは知っている。

 嫌なことにははっきり顔をゆがめるし、嬉しいときや楽しいときは、周りまでホッとさせる笑顔を浮かべるのだ。

 

 

「いや、正純。いきなりずるいって言われても困るんだけど……何が?」

「……な・ん・で・も・だ!!」

 

 

「……最近、みんなが唐突に理不尽だよ」

 

 

 ……俺なんか悪いことしたかなぁ? と頭をかいて記憶を辿る止水。

 数秒沈黙していたが、結局思い当たらなかったらしく、わからん、とつぶやいて問題を放棄した。

 

 

「でもまあ、嫌じゃないならいいや。……それより、大丈夫なのかよ? 正純からしたら、いきなり主張変えて討論するんだろ? 立場とかも今更だけどゴチャゴチゃだし――親父さんも来てるみたいだけど」

 

「……問題ない。『ホライゾンを助けることでの利益と不利益』そして逆に『助けないことでの利益と不利益』は大方出している。……こちらで助けたことでの利益と助けなかったことでの不利益を更に濃くして主張して、葵の言ってくる全てを対論として上書きすればいい」

 

 

 何気なく、実はこっそり心配していたことを聞いてみて、聞いてみたら聞くまでもなくスラスラと答えられて。

 

 

「うん。問題ないどころか――とりあえず、俺が役立たずな味方ってことに変わりはないな、これ」

 

 一人が二人になったのだが、実質何かをするのは一人だけと変わりなく、そしてまた無い知恵を絞る必要も無く――その事実に、肩を落としてしまう。

 

 そんな止水に苦笑を浮かべるが。

 

 

 ……ふと、正純の脳裏に一案が思い浮かぶ。

 

 

「……いや、案外、そうでもないかもしれない、ぞ……?」

 

 

 

 その一案は、まるで水面に落ちる雫のように、正純の思考視野に波紋を広げていく。

 

 ……いきなり押し黙った正純に疑問を抱くが、声をかけることはしない。それは愚だからだ。

 

 

 やがて、考えがいたり。正純はそれを頭を振って否定――いや、拒絶する。

 

 

(ふざけてる……こんな手が、上手く乗ってくるとも限らないのに……第一、そんなことをしたらこいつが)

 

 

 

「おっしゃー! 作戦会議終了!! おいセージュン&ダム! 終了だ! 相対始めるぞ!?」

 

 

 

 喚きたてるトーリに二人揃って苦笑を浮かべ、視線で促してくるオリオトライに頷いて返す。

 

 

 

 

「――好きに『使え』よ。お前の考えなら、間違いはねぇさ。正純」

 

 

 そんな言葉を言われて、背中を押されて。

 

 

 

 本当にずるい……と、心中で罵倒しながら。――正純は前へと進んだ。

 

 

 

「さーて、っていうか皆、時間食いすぎよ? 分かってる? タイムリミットのこと忘れてないわよね? ――というわけで、ここから待ったをかけたら問答無用でそっちの負けにするから」

 

 

 仕切りなおして、何度目だろう。本当の第三戦目が、幕を開けた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

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