境界線上の守り刀   作:陽紅

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九章 刀、相対す 【中 其の弐】

 

 ――学生寮、某室

 

 

 

「――ちょっと! 止水兄さんが『おじさん』で貴方が『パパ』ってどういうことよ!?」

 

「よ、余にも分からないよ! この子が急に言い出して……そ、それに! 止水君が『東のそばなら大丈夫』って言って預けてくれたんだら!」

 

 

「追い出そうなんて誰も言ってないでしょ!? ホラこの子泣きそうになってるじゃない!! 私が言いたいのはねぇ……! なんで外堀が埋まってるのかってことよ! 貴方がパパ!? で兄さんが叔父さんなら、貴方と止水兄さんが本当に兄弟みたいじゃない!! 自分から言い出せないからってこんな小さな子を足がかりにするなんて!!」

 

「ひ、酷い言いがかりだよ!? 余はそんなこと――……」

 

 

 

『パパ……おじちゃんとこあそびにいきたい……』

 

 

 

「……そんなこと? そんなこと、なにかしら……っ?」

 

「い、いやだから、余はなにも!? それに、この子は止水君から見守ってあげてくれって頼まれて――」

 

「なんでそれを早く言わないのよ!? ……いいわ、貴方が『パパ』で兄さんに近づこうっていうなら、私が『ママ』になればイーブンよね?」

 

「だめだよ! 絶対ダメ! し、止水君が余に頼んでくれたんだから!!」

 

「ふふん、この子、パパとママを探してるんでしょ? なら父親だけなんてかわいそうだと思わないの? ……ほぉら、ママよー?」

 

 

『……マ、マ?』

 

 

「ええ、そうよ? でもごめんなさいね、おじちゃんは今、とっても大切なことをしに行ってるの。……だから、ここでママと一緒にお留守番できる?」

 

 

『――うん』

 

 

「――これで、イーブンね?」

「ず、ずるいよそれ!?」

 

 

 

 

 

 

「――なぁ」

「……なんだ?」

 

 

「――ツッコミどころ満載過ぎて、何処からツッコミ入れればいいかわからないんだが」

「……何処からでも、いいんじゃないか? うん」

 

 

 

 ……そんなことを言いながら、どこかホッコリした笑顔の見張りが二人ほどいたそうな。

 

 

 

 

 

 

「ックチ……!」

「――止水。今の、まさかくしゃみか?」

 

「ん? そうだけど……なんだろ、急に痒く――ックチ……あー」

 

 

 鼻を擦り、難儀だと顔を顰める止水。正純は、その大きな体格から想像も出来ない可愛らしいくしゃみになぜか和んでいた。

 

 

 ――正純の背を押して、行って来いとばかりに前に進ませて。……オリオトライに「あんたもでしょうが」と指摘され――少し顔を赤くして後を追った止水にも和んでいたが。

 

 

 

 

 そんなこんなで。再び、三人が出揃う。

 

 

「――時間が無いらしいからよ、手早く終わらせようぜ。……対論の立場から俺、葵・トーリは問う! 『聖連に逆らってまでホライゾンを助けることに、利点があるのかどうか』!? ――教えてくれよ、セージュン。俺とダムじゃ、その答えが出せなかったんだ」

 

 

 ホライゾンを救う。ただそれだけのこと。

 

 トーリと止水だけならば。或いは、梅組だけならば。それだけの行動理念だけで済んだであろう。

 

 

 だが直政が言ったように、彼女を救いに行けば、聖連との戦争が幕を開けることになる。

 

 そうなれば、当然梅組だけの問題ではない。武蔵そのもの、否、極東そのものが戦火に包まれるのだ。

 

 

 

 故に、誰もが納得する理由を。

 

 ……たとえ、戦争になったとしても、ホライゾンという一人の命を救うだけの利が極東側にあるという――『事実』がほしい。

 

 

 

(……この相対で私が降参すれば――武蔵側の二勝先取となるが、救う側の私が『手立てが無い』と決めれば、どの道意味はなくなる。これまでの相対の勝敗も含めて……だが)

 

 

 それは出来ない、と。

 

 正純は隣に立つ男を見ることなく意識し、トーリを見る。

 

 

 

 

「――対論の立場から、本多 正純が答えよう。まず、利点は存在する。『武蔵の主権を確保できること』――最大の利点はこれだ。……説明、要るか?」

 

「「お願いします」」

 

 

 相対するバカは、本気で分かっていないので。

 

 味方にいるバカは、正純に勢いをつけるために。……多分、きっとワザと。

 

 

「では――止水。『国』を作るために必要なものがあるんだが、何か分かるか?」

 

「……え、俺? んと、まぁ……人がいて土地、があればいいんじゃないのか?」

 

 

 横合いからいきなり問われ、ビクリと肩を震わせる止水。それでも考え、何とか答えるが――自分の答えに『何か足りない』と首をかしげている。

 

 

「『人民』と『領土』――お前が言うそれだけでは、ただ土地に人が集っただけなんだ。もし他国に侵略された際に、反抗する正当性がない――なぜなら、侵略国と対等であると示す『主権』が無いからだ」

 

 

 予備知識はこれでいいな? と正純は視線にて二人と、梅組に促す。

 

 頷きを返されたのを確認し――正純は三本指を立てた。

 

 

「そして、国の主権として必要な能力は三つ。

 

 

 一つ。――他国と対等になるために独立を提示する能力。これを『対外主権』

 

 一つ。――国を存続させるために領土と人民に対して統治を貫徹する能力。これを『対内主権』

 

 一つ。――前者二つを支え、意思決定する能力。……これを、『最高決定力』

 

 

 ――以上、この三つを持って『主権』となる。人民と領土とあわせて初めて、一つの独立した国家として認められるわけだ」

 

 

 説明の中、梅組の何人かが三つの内容に合わせて――止水、正純、トーリの順で三人を見る。

 

 力を外へ示す者、知を持って内を治める者、そのどちらの方向も決める者。……丁度良くその場の三名が、それぞれの立場にいた。

 

 

「国家として認められれば、それを脅かす侵略国に対し、反抗する正当性を持てる。国と国とのつながりにおいて、侵略側を違法として大義を得られる――と。ここまではいいか? 葵、止水。……付いてきてるか?」

 

 

「Jud. ……まあ、なんとか」

 

「おおおおう、当たり前だろ!? オールオーケー!!」

 

 

 ……大丈夫かなぁ、という思いは多分にあるが。大丈夫だというのなら、話を進めることにしよう。

 

 

「今まで武蔵の主権は、そのほとんどに聖連の影響を受けていた。ろくに武装の所持を許されないことで対外主権、聖連の傘下とされる騎士階級を領主にすることで対内主権。――最高決定力である総長連合の長に、葵のような軒並み平均以下の人員を推したりな。

 

 ……だが、ホライゾンを救出すれば、三河君主――極東の代表を武蔵に迎え入れることになる。『聖連の主導の主権ではなく、極東の主導の主権の下に』武蔵は動けるようになるんだ――当然、それを聖連は認めないし、そうなった場合武力行使をしてでも阻みにくるだろう」

 

「なぁるほど……今さらっとすげぇバカにされたのは流すとして。そんな理由だから戦争になっちまうわけか。んじゃあまぁー」

 

 

 おもむろにズボンの中に手を突っ込み、なにやらゴソゴソと――

 

 

「……いきなりなにやってんだ? トーリ」

 

「ああ!? 見てわかんねぇのかよ!? 取り出そうとしてんだよ!! ……あ゛あ゛待った、引っかかった!!」

 

 

(……引っかかった!? ま、待て、な、何を出そうとしてるんだあのバカは!?)

 

 

 顔を真っ赤にして背ける正純と――それを見て、隠す気あるのかなぁ? と心配になっている止水を他所に、トーリがズボンの中から紙束を取りだす。

 

 

「ここで突然ですがお便りの紹介です!」

 

「普通にしまえ! ポケットがあるだろこのバカ!!!」

 

「うっせー!! P.N.商人・小西君からの――やべ、本名だしちまった……まいっか!」

 

 

 小さく悪態をつきつつ、赤くなった顔を必死に冷ましつつ。

 ――小西、という言葉に正純は校庭を見る。そこには正純の父とともに来た暫定議会と武蔵名士の各々が集い――その中に、苦笑しつつ片手を上げている七福神の一人がいた。

 

 

「SOMOSAN! 『姫を救い、極東の主権を確立しても戦争となれば死者がでるかもしれません。そのあたり、どうお考えですか?』――コニタン! ボケられねぇよこれ!! 難しい漢字とか入れといてくれよ!!」

 

「ちょーッ総長!! そ、そのあだ名ダメェ!! 公ではNGって!?」

 

 

 普段のゆったりした口調を忘れて、トーリへと叫ぶ小西――苦笑を浮かべている止水は、どうやらその理由を知っているらしいが。

 

 

「……説破。――死者、か――答えよう。『戦争をしなくても、死者は出る』……あー、変なポーズとるな、説明してやるから。ちゃんと。

 ……今、各居留地の金融が聖連によって凍結されているのは、シロジロが言っていたから知っているな? これは聖連の支配が続けば、金融は凍結されたままだ――金がなくなれば遠くないうちに大勢の餓死者が出る。……貧困が続けば、略奪などでも多くの死者が出るだろうな……」

 

 

「それじゃ戦争しても、しなくても死者が出る――ってことだよな?」

 

「そこから答えは出せねぇよな……ならセージュン! 続きまして政治家、本多 正信君からのお便りだ!!」 

 

 

「……はぁ!?」

 

 

 突然の父の名に、正純の心臓が跳ねる。慌てて父を見るが、先ほどの慌てていた様子が嘘の様に、静かに佇んでいた。

 

 ――目を閉じ、何故、と訴える正純にも答えを返そうとしない。

 

 

 

「……『姫を救いに行くというのであれば、主権問題ではなく――大義名分を示せ! 姫を自害に追い込む聖連を悪と言い切れるだけの大義を! そして……彼に、守り刀にその刃を抜かせるだけの大義を!!』」

 

 

「っ……そ、それは――」

 

 

 ……昨夜。正純が、自らの手で抜かせなかった――その刃。今更、どの言葉を持って再び抜かせるというのか。

 

 

「『お前にそれが言えるのか!? 正純! 未熟なお前に、その覚悟があるというのか!?』」

 

 

 再び、父を見る。真っ直ぐ、正純だけを見ていた。

 

 

 

 ホライゾンを救う大義。

 

 

 

(――()()。彼女を救う大義は……武蔵にはあるんだ……! でも……ッ)

 

 

 だが……友にその刃を、刀を抜かせる大義。それが、どれだけ言葉を探せど……見付からなかった。

 

 

(私の言う大義で、止水が、刀を抜く……?)

 

 

 正純は――いや、正純に限ったことではない。

 

 武蔵に住む誰一人として、止水が『刀を抜いたところを見たことが無い』のだ。その理由を知る者は意外と多く……むしろ、誰もがその理由を知っている。

 

 

 一重に、止水本人がそれを良しとしなかったからだ。

 

 

 ――刀は凶器だ、と。人を殺す武器で、傷つける刃なのだ、と。

 

 ――だからこそ軽々しく抜いたら、いけないのだ、と。抜かないで済むならそれでいい。……抜いて簡単に済むなら、彼は少し難儀して抜かないほうを進んで取る。事実そうしてきたのだ。

 

 

 ……その言葉を聞いても、見せろというバカや、鑑定させろという守銭奴やらはいたが――些細なことだろう。

 

 少なくとも、正純はその決意に敬意すら抱いたのだ。

 

 

 しかし……その刀を抜かせる大義。父は、何を言いたいのか。何を、言わせたいのか。

 

 

 

「え、えと、あの……っ!」

 

 

 そんな思考が堂々巡りに陥りかけたころ。

 

 意外――とも取れる少女が、その手を挙げて、発言の許可を求める。一同の視線を一身に受けて少し引き身になってしまうが……鈴はそれでも、挙げた手を下ろそうとしない。

 

 

「しす、い君、と正、純のこと、だ、誰か? 呼んでる……みたい、なんだけ、ど」

 

 

 そういって挙げている手を、正純と止水が立つ、更に後ろに向けて指差す。

 

 誰だと思い振り向いても、まだ誰もいない。階段を上ってくる足音も無く――首を傾げようとしたとき、二人の耳にも、その声は聞こえた。

 

 

 

 

『まさ、ずみ しすい』

 

 

 

(この声……まさか!?)

 

 

 どこか、たどたどしい、幼子を思わせる声。

 

 黒藻の獣だ。ここに、どうやって? そんな疑問を抱く前に――その三匹は、階段の最上段に現れる。

 

 

 駆け寄れば分かる。その丸い身体はカラカラに乾ききって、感覚器もどこか力なく――。

 

 

「お、お前ら、まさかこの階段を上ってきたのか……?」

 

 

 人の様に歩ける足も無く。黒藻の獣と比べても、一段だけで自分の身体の、三倍はある段差だ。

 

 ……それを、一段一段、跳ねて上ってきたのだろう。なんども届かなくて、なんども落ちて。いまやっと。

 

 

 

『がんばった』 『がんばった?』 『おつかれ おつかれ』

 

「頑張りすぎだ……こんなになって、まってろ、すぐ水を」

 

 

『まって』

 

 

 止水に促そうとして、止水も頷こうとして。それを、黒藻の獣たちが止めた。

 

 

 

 

『ほらいぞん たすけるの たすけにいくの だから おみずあと』

 

 

 

 ――言葉が出なかった。

 

 当然のように言われたその言葉に、下唇を噛んで何かに耐える正純に代わって、止水が黒藻たちが乗れるように手をつける。

 

 

「なんだ、クロたちも姫さん助ける側か?」

 

『ともだちなの だから たすけるの』 『しすいも いっしょにいく?』 『ちがう しすいといく』

 

 

「――そっか、なら、一緒に行くか。の、前に――水分補給な? お前ら、本当にカラッカラだ」

 

『『『うー♪』』』

 

 

 その手にワラワラと乗る黒藻たちを見て、どこか、嬉しそうな顔の止水。

 

 

「え、なぁ、止水。とめない、のか? 黒藻たちが戦えるわけが……」

 

『まさずみ たたかうちがう まもるの』『しすい ひとりだめ』『それ まえといっしょ ゼッタイだめ』

 

 

 止水と守る。おそらく、武蔵にいる誰よりも非力であろう、黒藻の獣がそういった。

 

 ……前と一緒。それは絶対に駄目だ、と。

 

 

 

 

 ――カチリ。

 

 

 と……頭の中で、そんな音がした……気がした。

 

 

 止水は一人で戦える。……その通りだろう。それだけの実力も備えている。彼が全力を出そうとすれば、ここにいる誰もが足手まといだ。

 

 だが、だからといって一人で戦わせる理由には、なりえないのだ。そしてそれを忌避し、一人だけ戦わせない、というのも違う。

 

 

 

(刀を抜かせ、その隣に立つ覚悟――?)

 

 

 黒藻たちの言う前――かどうかは定かではないが、重奏統合の折。もしも、守り刀ではない誰かが、その隣にいたならば?

 

 

 力を使い果たした彼らのすぐ隣に、彼らを『支える誰かが』――誰もいなかったから。

 

 

 

 ――守り刀の一族は、滅んだのではないか?

 

 

 

 守り刀と、ともに戦う覚悟。

 

 その超絶たる力を前に、己の非力さを目の当たりにする時もだろう。

 

 もしかしたら、その力に恐怖を抱く大衆がでないとも限らないだろう。

 

 

 

 ……それでも、守り刀と――止水と共に戦う覚悟。

 

 

 

 

「……そういう、ことか」

 

 

「……なにが?」

 

『?』 『まさずみ?』 『しすい?』

 

 

 当事者も、それを分からせてくれた三匹も、そろって首をかしげている。

 

 

 

 

「止水!」

 

「え、あ、はい!」

 

 

「行くぞ……ホライゾンを、救いに。一緒に(・・・)だ」

 

「……Judgement. ――やっとその気か? 俺は最初っからそのつもりなんだけどな」

 

 

 もう一度、父を見る。強く、真っ直ぐ。

 

 それを見た正信が――ため息をついて――苦笑を浮かべた、気がした。

 

 

 

「……悪いな、葵。待たせた」

 

「――なんだよセージュン、いい顔になってんじゃん?」

 

 

 そうか。とは返さない。

 

 もう、迷ってはいない。ホライゾンを救いに行く大義名分を示せば、聖連との全面対決になるだろう。

 

 

 

 だがもう――友と共に戦う覚悟は、出来た。

 

 

 

「答えるよ。……ホライゾンを救う、大義名分。彼女を自害させようとする聖連を悪だと断言できる大義名分はある。――だが、その前に、一つだけ皆に伝えたいことがある」

 

 

 止水を一度見る。それでも決意がぶれないのを確認して――。

 

 

 

「――私、本多 正純は……男じゃない。

 

 

 

 

 私は……女だ。そんな嘘つきの言う大義でも、お前は――聞きたいか?」

 

 

 

***

 

 

 

嘘のままでいたくない

 

 

たとえ、それが悪手だとわかっていても

 

 

 

 ……貴方の隣に立つならば、嘘のままではいたくないから

 

 

 

配点 《ありのまま》

 

 

 




読了ありがとうございました。


『原作の雰囲気ぶち壊しな駄作』――未熟だという自覚はありますが、さすがにここまで言われると……(苦笑)

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