境界線上の守り刀   作:陽紅

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……描いたっていいじゃない。妄想が止まらないんだもの
                     ようこう



一章 刀、駆ける 【上】

 

 

 

言の葉に乗せるには気恥ずかしく。

 

眼に見えて形あるものでもなく。

 

 

 時折そっと、抱きしめたい。

 

 

 配点  《思い出》

 

 

 

 

***

 

 

 

「三年梅組、集合――っ! ……まあつい今し方、とんでもなーくおバカな放送がされた気がしないでもないけどまあ。

 ……うん。置いときましょう」

 

 

 いいのかよ、置いておくのかよ。という大多数の内心ツッコミは無視する。察してはいるが、聞こえないのだからノーカンだ。

 

 

 武蔵アリアダスト教導院正面の橋の上。そこで、多数と個人が向かい合っていた。

 

 

 個人は女だった。黒い軽装甲ジャージに長剣を担ぎ、いかにも『体育会系の~』と思われるような快活な笑みを浮かべ、ピンと張った背筋からはその元気ッぷりがあふれ出ている。

 

 

「んじゃあ! 昨日言った宣言どおり、これから体育の授業を始めまーす!!」

 

 

 向かい合う顔を一通り眺め、咳払いを一つ。

 

 

「ルールは簡単! 先生これから品川にある『ヤの付く自由業』の事務所まで激走して、ちょっとヤクザ……あ、やべ言っちゃった……まあいいわ!

 ともかくヤクザ共を全力でブン殴りに行くから、全員付いてくるように。そっから先は実技になるから。――わかった?」

 

 

「「「「Judgement!」」」」

 

 

 返答をしておいて。

 

 ――はて、これの何処が体育なのか? と浮かんできた疑問はもっともだろう。だというのにこの生徒達、その疑問を抱いていない者のほうが過半数を超えている。

 

 

 この女教師の破天荒さをすでに熟知しているからか。……それとも、すでにそちら側の人間だからか。

 

 

「教師オリオトライ。体育と品川にいるヤクザにどのような関係が? もしや……(コレ)ですか?」

 

 

 金髪長身の、どこかむすっとした顔の青年が、若干嬉しそうに親指と人差し指を繋げて輪を作る。……言葉を濁した表現だったのだが台無しだった。

 

 

「バカねぇシロジロ。体育っていうのは運動することよ? 殴ることだって立派な運動じゃない……ほら、体育になった」

 

 

 

 体育=運動。殴る=運動。つまり『殴る=体育』と、そういうことらしい。

 

 さすがにこの発言には揃って「何言っちゃってんのこの教師」との感想がシンクロしたが、口に出す愚か者はいない。

 

 

 ――まだ一日は始まったばかりなのだ。痛む体を押して授業は受けたくはない。

 

 

 

「シロ君シロ君。先生、この前ヤクザの地上げの所為で、表層の一軒家から最下層行きっていう見事痛快な転落人生描いちゃったのね」

 

 

 シロジロという青年の裾をちょいちょい引っ張り、『会計補佐 ハイディ・オーゲザヴァラー』と記された腕章をつけた女生徒が、周囲に聞こえる小さな声で情報をもたらす。

 

 聞こえてるぞーハイディー。という教師の言葉は無視した。

 

 しかし、そういう理由があるなら、と一同は若干同情や納得の視線を送る。

 

 

「それで、自棄酒して大暴れして壁ぶち抜いちゃって、教員科に雷落とされたんだって。――途中から全部自分のせいだけど初心を忘れずに報復ってわけね」 

 

「あっ、失礼ねハイディ。報復なんて心の狭いことしないわよ? これは……八つ当たりよ」

 

 

「「「「「「 なお悪いわっ!? 」」」」」」

 

 

 ほぼ全員が一丸となってツッコミをいれるが、オリオトライはブーたれるだけで意に介さない。

 

 そして、担いでいた長剣を脇に挟み、空間に投影した出席簿を開く。

 

 

「んで、休んでるの誰かいる? ミリアムはいつもどおりの自宅学習だからしょうがないとして、(あずま)は今日のお昼ごろにようやく戻ってくるって話だけど、ほかは――」

 

 

 オリオトライの言葉に、生徒達は周囲を見渡し、見知っているがいない顔を捜す。その中で、シロジロ、ハイディと同じく腕章を腕につけた有翼の二人が互いに手を合わせる。

 

 金髪金六翼、『第三特務 マルゴット・ナイト』

 

 黒髪黒六翼、『第四特務 マルガ・ナルゼ』

 

 

「んっと、ナイちゃんが見る限り、セージュンとソーチョーがいないかなぁ? あ、あとしーちゃんはもちろんね?」

 

「そして追加報告よ、正純は小等部の講師に多摩の教導院。それに、確か午後から酒井学長を三河に送りに行くらしいから、今日は自由出席のはず。

 ……総長――トーリの情報は無いわね」

 

 

「正純は連絡のまんま、か。止水はなにがどうしてどうなってようと生きてるでしょ、止水だし。んじゃあ、不可能男(インポッシブル)のトーリについて知ってる子ー?」

 

 

「ふふ。ふふふふ♪」

 

 

 あえて《 ふ 》を強調して不敵に笑い、道を空けさせる。断じて、断じて自分の立ち位置が後ろ過ぎて目立てないとか印象が薄くなるとは考えていないはず。

 

 

「ちょっと等身大リアルプラモデルにパシリ忍者! 空気呼んで道空けなさい? この賢姉様が前に出れないでしょう!?」

 

 

 ないはず……やたら、その豊満な双胸を強調するような姿勢で、例えた二人を押しのけて、立ち位置を調整した。

 

 

「こ、これは失礼をって誰がパシリ忍者でござるか!?」

 

「等身大リアルプラモデル……ってそれは拙僧のことか!? いや。パシリ忍者よりは多少なりともマシではあるが……」

 

「ちょ、ウルキアガ殿!? 裏切るでござるか!?」

 

 

 

「だから邪魔だっていってるじゃないのこの非リア共」

 

 

 

 航空系半竜――機械的な装甲を持つ巨体のキヨナリ・ウルキアガと、なぜか帽子に描かれた眼が表情を表現するマフラーマスクの点蔵・クロスユナイト。二人そろってなにやらorz。撃沈した。

 

 

「ウチの愚弟のトーリのことがそんなに知りたい? 知りたいわよね? だって武蔵の総長兼生徒会長だものねー、ウッフフ♪

 

 ……でも教えないわ!

 

 だってこの私が朝八時に起きたときにはもういなかったんだもの! って言うか今日に限って止水のオバカが起こしにこなかったから軽く盛大に焦ったわ! だから今日は朝食抜きなの。だから止水のオバカに食事をおごらせる計画を立ててる真っ最中よ!」

 

「喜美、貴女まだ止水君に起こしてもらってるの……?」

 

「ええそうよ、それよりも、浅間ー? アンタが物申したいのは目覚ましのこと? それとも食事? まあどちらにしても羨ましいでしょう!? あと今の私はベルフローレ・葵よ? 断じて(青い)喜美(黄身)なんて生ごみまっしぐらな名前ではないわ!」

 

 

「……この前までなんだったかしら?」

 

「三日前はジョセフィーヌだったってナイちゃん記憶してるよ? ……それよりガッちゃん、やっぱり敵は多いねぇ」

 

 

 そんな喜美「べるふるぉーれ!!」……の言葉に、むっとするか羨ましがるかの数名。火花を散らす視線を受けても揺るがない自称・賢姉様。

 

 そんな、いつもの光景に苦笑しつつ、出席簿に記載をしていく。

 

 

「んじゃあまあ、連絡なしの無断欠席はトーリだけでいいかしらね。止水は――ん? 噂をすればなんとやら」

 

 

 オリオトライが振り向けば、橋より先にある少し長めの木製階段を、軽い音とともに重々しく上ってくる緋色が一人。

 

 多少の改造を許可されている武蔵アリアダスト教導院の制服とは明らかに違うが――無数数多に装備されている刀剣の隙間から見える、緋色の裾に縫い付けられた腕章が生徒であることを証明していた。

 

 

 そして、階段を上りきり――オリオトライの隣に立てば、頭二つは高いだろう。刀剣で嵩張っていて少し分かりづらいが、体格も申し分ない。

 

 

 

「……んで? とりあえず今朝方のなにやら頓珍漢な放送はなに?」

 

「Jud.んー……とりあえず、か。とりあえず躓いて、転んだ先があの階段だった――ってことじゃ駄目かな?」

 

 

 とりあえず。……真面目に説明する気がゼロだということだけは一同総意で理解できた。

 

 ただ止水という彼を知っている場合、説明が面倒だからはぐらかしているのか、はたまた別の理由があってか。そのどちらかだ。

 

 

 ――彼が躓くなど、あり得ない。万が一、億が一躓いたとて、転ぶことも、階段を転がることなどあり得ない。それもまた、一同総意の見解だ。

 

 

 

「ま――事後だからまあどうでもいいけどね。それより、遅刻は遅刻よ? 何か申し開きは?」

 

「Jud.……それも面倒だからいいや。言葉で軽くするのは性に合わないし。……っていうかそもそも軽く出来る言葉が全然思いつかないし」

 

 

 淡々と。

 

 教員陣の中で物理的に誰よりも厳しいと評判(?)のオリオトライを前にして宣誓である。

 

 オリオトライがニタリと悪い笑顔を浮かべ、止水を除く一同がそれにドン引きしている中、ニタリ顔のオリオトライが実は困っていた。

 

 

(どうしよっかねー。遅刻っつっても、数分だしなぁ。言い訳もしないし。んー……この子に変に居残り掃除とかさせるわけにもいかないし)

 

 

 何かないか、と一同をぐるっと見渡し……ビコンと電球が灯った。

 

 

「まず止水、アンタの罰則言う前に今日の体育のルールを全部説明するわ。まず、先生が品川のヤクザにカチコミに行くまでの間、全力で走っていきます。君たちはその間に、先生に一発攻撃を当てればOK。当てることが出来た生徒には出席点を五点上げる――意味分かる? 『五回サボれる』ってことよ」

 

 

 教師の発言じゃないよね? と誰かが言ったがスルーされている。非も無くサボれる、というご褒美は、学生にとってなによりもほしいものだ。

 

 

「先生! 攻撃は『通す』ではなく『当てる』でいいのでござるな?」

 

「ったく、戦闘系は細かいわねぇ――当てるでいいわよ。手段問わず、ね」

 

 

 手段問わず――つまり、どんな手でも使えとこの教師は言う。それくらいの勢いでやれ、という意味なのか、それだけやられても大丈夫という自信があるのかはさておいて。

 

 

「では……先生の身体でぇ、触ったり揉んだりしたら減点になる部位(パーツ)などはありますか?」

 

「または加点やボーナスポイントがつく場所などは?」

 

 

 点蔵、ウルキアガともにやたらと前へ出ているが、にじみ出る思春期の変態模様を隠しきれていない。女子陣は数名を除いて盛大に引いていた。

 

 

「はっはっは! ……授業始まる前に、死ニタイ?」

 

 

 ――口調は冗談。だが眼がマジだったと後に点蔵とウルキアガは語る。

 

 

「ルールは以上! そして止水、アンタの遅刻の罰則はこの体育の授業の加点なしってのと、この時間……そうね、三つの制約をつけてさせてもらうわ」

 

 

 一同への説明を終えたオリオトライが、再び止水へ、三本指を立てながら向かう。

 

 

「Jud. ――それで、制約の一つ目は?」

 

「【刀の使用禁止】つまり、アンタの全身の刀を使うな、ってこと」

 

 

「Jud. 俺は【刀を使わない】――二つ目は?」

 

 

 

「【刀をその身から外さない】使わないからって外すなってこと。まあ早い話が枷ね」

 

「Jud.俺は【刀を外さない】――最後の三つ目は?」

 

 

 

「【非戦闘員である向井・鈴を目的地まで運ぶこと】……以上よ」

 

 

「はひ!? わ、わた、私、で、すか?」

 

 

 いきなり指名されたことに奇声をあげたのは、前髪で目元を完全に隠している少女、向井 鈴だ。

 耳を聴力強化の機器で補い、見えない眼の代わりに驚異的な聴覚で周囲の状況を聞き取っている。

 

 日常程度なら特に不便のないレベルで生活できるが、眼が見えないゆえに、運動全般は不得手なのである。

 

 

「……Jud.俺は【鈴を目的地まで連れて行く】。あー、開始の前に、配()位置を変えてもいいかな? もちろん、外さない。位置を変えるだけ」

 

「理由にもよるわね。動きやすくするため、とかなら却下よ」

 

「今の位置だと、動いた時に鈴に当たるかも知れない配刀位置があるんだよ。それもいくつか」

 

「うん、それなら許可。さぁて……んじゃ!」

 

 

 助走無く、拍子なく。オリオトライは後方へと跳んだ。長い階段を大きく離れ、さらに一歩でより遠くへ。

 

 

「遅いわよ! いまので反応しなきゃ! あ、止水は階段に踏み込んだらスタートよ!」

 

「くっ……!? 追え!!」

 

 

 

 戦闘系が駆け出し、非戦闘系も後に続く。最後に残ったのは、鈴と止水の二人だけだ。

 

 

「ご、ごめ、んね? わ、私がい、いるせいで……」

 

 

 うつむいた鈴が、ゆっくりと、一歩一歩を確認するように止水へと歩み寄る。

 

 止水は、鈴が言ったその言葉に僅かに顔を顰め――身体を器用に動かして、いくつかある刀剣の鞘と鞘を、二回、三回、二回とぶつけて音を出す。

 

 

「……」

 

「……えっ、えっとあの、うん、ご、ごめん、なさい。……い、いこ?」

 

 

 謝ってはいるが、むしろ鈴は、花咲いたような笑顔を浮かべている。

 

 それに短くJud.と答えた止水は、身体を深く沈め、膝をつき――。

 

 

 

「Jud.――変刀姿勢・移ノ型一番【鈴守】」

 

 

 鍵たる言葉を、静かに奏上した。

 

 全身に帯びていた無数の刀の位置が、目まぐるしく変動していく。今まで見えていた刀も、そうでない刀も、盛大に位置が変わっていく。

 

 

 緋色の衣は変化無く、緋色の鞘の刀が、まるで背中を覆う籠の様に配刀(・・)されていた。

 

 

「そ、それじゃあ、乗、る、ね?」

 

「おう。一応も無いだろうけど、しっかり掴まってろよ?」

 

 

 鈴も慣れた足取り手つきで刀剣を足場に、その背に負ぶさる。

 

 そして主人を得た【鈴守】はまた少し姿を変え、鈴が足場とした刀剣はどこぞへと引っ込み、扉の様に空いていた空間も埋まる。

 

 

「こ、これも久しぶり、だね!」

 

「あー、そういえばそうだな。んじゃ、取り合えず――先生を追うぞ、鈴」

 

 

 頷きを確認。

 

 そして、鈴を乗せた止水はオリオトライと同じように、教導院前から跳んでいく。

 

 ……その足は、一度も階段を踏むことはなかった。

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

ひっそりこそこそ続きテイクつもりですので、お付き合いいただければ幸いです。

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