境界線上の守り刀   作:陽紅

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本編の前に…

前話のあとがきにて、場違いにも読者の皆々様に対し、情に訴えかけるような真似をいたしました。また、大変な御迷惑と御心配をかけてしまったことを、ここに深く、お詫び申し上げます。


数多くの方々からもったいないほどの激励を受けまして、今後とも続ける決意を再び固めさせていただきました。

 感想欄でのお言葉の数々、本当に嬉しかったです。時間が掛かってでも、お一人お一人に返信させていただきたいと思います。


 ――今後とも、未熟な私の織り成す、未熟な物語に、お付き合いいただければ幸いです。




九章 刀、相対す 【下】

 

 

「……なあ、コニタン。ひとつ相談があるんだが」

 

「そのあだ名を公で――もういいです、なんですかノブタン」

 

 

「どうすればいいのか、教えてほしい。……娘が娘だって自分でばらしてしまったんだ」

 

「それはひとえに……編入のときに、素直に女子として手続きしなかった御自分の所為ですよね完全に。 ……しかも理由が親バカ爆発させて『娘に悪い虫がつかないように』とか。――真っ先に止水さんが味方になって、いろいろとサポートしてくれはったからよかったものの……」

 

 

 政治家の必須スキル『ポーカーフェイス』を無駄に発揮しながら、暫定議会議員と武蔵の名士たちは激論を静かに交わす。――顔は相対の場に向けたままなので、よほど近づかなければ聞こえはしないだろう。

 

 

「というか、何で今の今まで女の子ってバレていないのか……凄い不思議なんですけど? あんなに可愛い子なんですよ? ドンだけ節穴なんですかあそこの野郎ども」

 

「まー、守り刀君がかなり頑張って補助していたからなぁ。――行き倒れてる正純ちゃん背負って飯屋に駆け込んでる、なんてかなりの頻度であるし」

 

「一昨日なんて、疲れて眠ってるあの子を自宅まで運んでましたっけね。――っていうか普通に家の鍵、開けてましたけど……?」

 

 

 え、マジで? という雰囲気のなか、パパが鼻を鳴らす。

 

 

「当然だ、鍵を渡してあるからな。ふむ……そのあたりは計画通りか」

 

「「「「「……はぁ!?」」」」」

 

 

「親バカどうしたよ!? なに自分の手で娘の貞操危なくしてんの!? 親バカから親取ったらただのバカだろ!?」

 

「そ、そうですよ! この前なんか、正純さんがちょっと勇気出して『その、お茶でも、どうだ……?』って言ってたときなんか……あああぁぁぁぁあああああ!!!!????」

 

「ぐふっ……さすがはわしらの隠れアイドル……おい、戻ってこんかい」

 

 

 発狂しかけた秘書の一人だが、頭への一撃でなんとか理性を取り戻せたようである。

 

 そして、早く説明しろよコノヤロウ、という視線を、ノブタン……失礼、本多 正信に向ける。

 

 

「……実は最近な、正純を見ていると――ふと思うようになったんだよ」

 

「うぼあー、どないしましょう。とてつもなく、とてつもなーく聞きたくない内容が待っていそうな気が……。とりあえずノブタン、何をお思いになられたんです……?」

 

 

 ああ――と少し間を置いて。

 

 

「……可愛い娘と、頼れる息子がいる食卓って――最高だと思わないか?」

 

「「「「「「最高だな! そして最高のバカだな! 何既成事実狙ってんだテメェ!!!」」」」」」

 

 

 娘はいる、後は息子――いや、義息子だけじゃないかっ! と拳を熱く握る男。

 

 

「……ああ、どうも。商業区の小西、いえコニタンです。ええ、突然すみません。実は緊急でして……はい。異端者が出没しましてな? 『異端審問会』の開催をお願いしたく……ええ。異端者の名前ですか? 『本多 正信』。ええ――彼です。はい――残念です」

 

「こ、コニタン!? ちょ、ま、まさか!?」

 

 

 業務用の通神端末を、広域音声に切り替え――全員が聞き取れるように。

 

 

『……Jud. この一件が終われば、お覚悟していただきます。――――以上』

 

 

 ――十字を切るもの。南無南無と手を合わせるもの。宗教が多々揃っているが――安らかに冥福を祈っていることに変わりは無い。

 

 冷や汗を一筋。正信はどんな重要会議のときでも見せなかった超速思考をもって言い訳を考え始めた。

 

 

 

***

 

 

 

 女。

 女性。

 女子。

 女の子。

 好。――これは違うか。

 

 

「えーと、つまりはだ。セージュンは、男の娘じゃなくて、女の子ってことだよな……?」

 

「おい今凄まじく不愉快な男子の扱いしなかったかお前?」

 

 

 気にすんな気にすんな、と梅組男子一同(少数を除く)から手を振られ、正純はしぶしぶ男ではなく女なのだと首肯して、認めた。

 

 そして、追求の視線は――止水へ。女である事実に、ではなく、『その事実を伝えたこと』に驚いている彼に向けられる。

 

 

 そして、止水も少し考えが回り始めて――今更口下手な自分が何を言っても撤回できそうに無い状態と、正純自身の強い意志を尊重して、同じく首肯する。

 

 それを受けて、トーリは――梅組の男衆(一部除く)は。顔を伏せ、震えていた。拳をきつく、硬く握り締め……。

 

 

「……んだよっ……それっ……!!」

 

 

 ……聞こえたのは、そんな声だった。

 

 押し殺している声。何を――と考えようとした正純は、すぐにそれを『怒り』だと、判断した。

 

 ……一年。それを長いと見るか、短いと見るかはお任せしよう。

 

 

(当然、だよな……私は皆をだましていたわけだし)

 

 

 正純が自嘲しようとした、その瞬間。

 

 

 

「つまりはあれかっ……! 階段でセージュンの後ろ上ってて、そのケツにムラッて来た俺は別におかしくねぇんだよな……!?」

 

「…………へ?」

 

 

(ケツ? けつってなん……!?)

 

 

 さっと両手で腰の後ろ、足の付け根――……面倒なので素直に言おう。お尻を隠す正純。いわずもがな、顔は真っ赤だ。

 

 

「なぁっ!? あ、葵!? お、おま、いきなり何を!?」

 

「ありがとよセージュン! 女の子でいてくれて! 本っ当にありがとう! 時々ムラッて来て『ああ、俺のセンサーとうとう逝かれちゃったのか』って嘆いてたんだけど……正しいんだよな!? おめぇにムラッて来て正しかったんだよな!? ――ってことは……ダムてめぇ分かってて間に割り込んできたのか!?」

 

Jud.(そりゃもちろん)」 

 

 

 ぶっちゃけられたのは、自分の貞操の危機がいたるところにあって、友人にそのいたるところにあった危機を幾度となく助けられていたという。

 

 

 トーリの後方で、自分は伸びをしたときが妙に色っぽく……小生は首をかしげるしぐさにやられかけましたとも、などなど。などなどなど。

 

 男だというので、そうなるたびに自分を責めたのだが、女の子であるのならばと声高に――女子陣と少数の男子たちの冷たい目に気付くことなく、バカな宣言をするバカたちがいた。

 

 

 たまらないのは正純だ。『そういう目で見られた部分』を隠すように自身を抱いて、『そういう目で見られた行動』を隠すように――隣の止水を盾にするように後ろに下がる。

 

 ……そんな行動が小動物のような~、などと思われているなどと――思いもしてないのだろう。

 

 

「お、お前らなぁ!? 今この時くらい真面目になれないのか!?」

 

「真面目だぜ!? この上無く大真面目だぜ俺ら!! ――しかしまぁあれだ、証拠がねぇよな証拠が……上はアデーレ並みのだから……やっぱ下か!?」

 

 

 手をワキワキさせて、正純の穿いている男子生徒用のズボンをロックオンするトーリと、更に止水を盾として身を隠す正純。

 

 

「あの……これ、自分泣いていいですよね? 遠まわし的に、『男子と大差ない』って言われてますよね? ……グスッ」

 

「あ、アデーレ!? ほ、ホラ、あれですよ? 大きくても肩こるんですよ!? 走るときだって、ほら――あの」

 

 

「オイオイ浅間お前が言っちゃいけなくね? だってお前巨乳じゃん。見ろよアデーレの眼力、すっげぇぜ? ――ところで、知ってるか皆! そのノーブラ巨乳、またデッカクなってんだぜ!?」

 

「何でそっ……!? ち、ちがいます!? いったい何を言ってるんですか!?」

 

 

 智が自身の胸部を抱いて隠すが、高々二本の腕で隠しきれるものであるはずがなく。……それどころかより強調された『それ』を目の前にして……アデーレはいじけることにした。

 一同の端っこで膝を抱え――すんなり何の障害も無く抱えられたことにまた落ち込み、視覚化できるほどの負のオーラを纏い出す。

 

 

 それは、バカをやっていた男衆も思わず自重するほどだった。トーリでさえ自身の失言に気付き、『やっちゃったZE!』と……。

 

 

「大丈夫だってアデーレ! チパーイはチパーイで需要あんだぜ!? ……きっと!」

 

 

 気付いたところで――謝罪するつもりは毛ほども無いようである。

 

 そして、更にそれ以上踏み込むこともなく。落ち込むアデーレを放置してトーリは正純と向かい合う。

 

 

「……あのさセージュン。俺ぁお前が、どんな覚悟で――どれだけの勇気でそれを言ったのかはわからねぇ。でもよ、お前が男だろうと女だろうと、『セージュンの答え』を聞きたいんだよ、俺は」

 

「(え、そっちは放置なのか……?)……お前はどうして一々もったいないんだ……」

 

 

 前半をガッツリカットして、その言葉を最初に言われれば感動もしただろうに。

 

 

 正純はため息をついて――それでも『信じてくれた』という事実に安堵する。

 

 

 

 

「……わかった。私の答えを、言おう。『ホライゾンを救う大義名分』――それは」

 

 

 

 ――正純の覚悟は、決まっていた。戦場を生きる、そして、ともに戦う覚悟だ。隣にいる止水と、そして、その後に続くであろう友たちと。

 

 

(……これから言うことは、宣戦布告になるだろうな……そして十中八九、介入して来るはずだ。それを上手く利用して――)

 

 

 そこまで思考をめぐらせて、ふと、他愛もない思考を一つ。

 

 

(やれやれ。まさか二代じゃなくて、私が一番『槍』を担うことになるとは、な……)

 

 

 まだ、言えるだろうか。『武』の本多と『知』の本多と――まだ、言えるのだとしたら――本多にとって先陣を切ることは、なによりの誉であろう。

 

 

「『ホライゾンが、旧三河消失の責任を取る義務はない』――それが、武蔵が……いや、極東が掲げる『一つ目』の大義名分だ」

 

 

 誰も口を挟むことは無い。

 

 ……正純がすでにトーリを相手にしていない立ち位置にいて――相対者であるトーリではなく、通神を見ているであろう、最大の障害に挑んでいた。

 

 

「ホライゾン・アリアダストが三河君主……松平 元信公の嫡子と判明したのも、また略式相続を受理・認可したのも今日未明のはずだ……! そうだな、浅間!」

 

「あ、はい! 厳島神社経由で通達があったのは今朝です! どちらも最短処理で受理されていましたけど日付は今日で……え、でも……」

 

 

 何故それを、正純が知っているのか。

 

 ……答えは、ひときわニッコリ笑っている秘書課の一人を見ればおのずとお分かりだろう。こっそり自分の情報が生かされてガッツポーズしているが。

 

 

 智の疑問に答えることなく、『浅間神社の娘』の確固たる証言を得た正純は、言葉を更に強くし、勢いに乗せる。

 

 

「その上、彼女……ホライゾン・アリアダストには一年前からさき――つまり、武蔵に来る以前の記憶が無い! そして、その後も武蔵の住人として生活していたに過ぎない! つまり彼女はただのパン屋の従業員でしかなかった!

 ――三河の消失に加担どころか、消失そのものを予想すら出来ない立場にいた彼女に、何故『三河消失の責任』が課せられなければならない!?」

 

 

 通神を見ている、誰もが思うだろう。

 

 『理不尽だ』と。――それも、正純の狙いだった。ただ言われたことを、押し付けられたことに恭順を示すのではなく。その上で、争い、抵抗するのでもなく。

 

 

 異議を示し、それを芯として立ち上がる――決して屈しぬことで、聖連と同等である国へ。

 

 

「そもそも一国の主を選定するという重大案件をなんの会議を行うことなく、各国の意見を取り入れることなく決定し、見当違いな責任問題を課して自害させようとする! こんなこと許されていいわけが無い! これは――っ!」

 

 

 聖連。

 

 ――略さず言えば『()()盟』。歴史再現を、その根幹たる聖譜に順じ、主導させるための組織である。いくつもの大国が連盟に名を連ね、それが故に世界に対し絶対的な発言権と権力を持っている。

 

 ……その聖連加盟国をも、正純は味方につけようとしていた。今作られようとする悪しき前例――それを、全世界に発信される通神を通して、一国の『フライング』に待ったをかけられるだけでも、十分な効力を発揮するだろう。

 

 

 

 ――明確な抗議が行われれば最高だが、高望みはしない。

 

 

 

(さぁ、来い……!)

 

 

 ――最低限、あの相手を引きずり出すことさえ出来れば……。

 

 

「これはっ! ……聖譜にある歴史再現を悪用し、自身の思い通りに『自害』というもっともらしい理由付けをした、ただの殺人行為だ! ――そこに正義も大義も、ありはしない!!」

 

 

 

 正純の声が、高らかに響く。

 

 

 その声は武蔵の民に、極東の民の心に、大火を灯す。

 

 強く強く握られた拳と、武蔵全艦から轟くような雄たけびが、その大火の大きさをただただ示していた。

 

 

 

 

『――随分と言ってくれるじゃないか……なぁ、おい……!』

 

 

 

 

 ……その大火の中、アリアダスト教導院の広報部が撮影するカメラと、正純の間に割って入る形で、巨大な通神画面が展開される。

 男だ。初老に近く――しかし、衰えの少ない感じの男。……それが、額に青筋を浮かべ、隠しきれていない頬の引きつりと一緒に、映し出されている。

 

 

 その様子も中継されているらしく、武蔵のあちこちで息を飲むような雰囲気が伝わってくるが――その中に『退く』という感情はない。

 いやむしろ、挑むように決意を固めているのが大半だった。

 

 

 

 悪くない士気だと一人考える正純を見て、トーリと止水が二人同時に動く。正純の前に立つように並び、通神画面の男を指差し……顔は正純へ。

 

 

 

 

 

「「このオッサンだれ?」」

 

 

 

 

 

 ピキリ――。と、通神の向こうで、そんな音が聞こえた、気がした。

 

 

 

 二人は真顔だ。……本気で、だれだか分かっていない。

 

 お前も知らねぇの? 見たこと無いな――というアイコンタクトを交わす。それ受けて、画面の向こうの男の額に大きな血管が浮かんでいた。 

 

 

 

『K.P.A.Italia代表にして教皇総長、インノケンティウス。聞いたことくらいはあるよなぁ、おい……本来であれば貴様らが』

 

 

「……おいダム侍。いてぇよ、あのオッサンいてぇよ。『自分有名だから知ってるだろ』宣言やっちまってるぜおい……」

 

「――偉いんじゃないのか? 俺たちが知らないだけ……あ、けど知らなくても別に今まで問題ない程度……あ、ごめん。いんの――何だっけ?」

 

 

 

 血管、一つ追加である。

 

 

 ――敵対していて、更に引き出しておいてなんだが……。正純は欠片ほどの同情を教皇総長に向けた。

 

 しかし、都合がいいのも事実だったりする。……正純がやろうとしたことを、二人が手伝ってくれているのだから。

 

 

「……これはこれは教皇総長、いかがなさいましたか?」

 

『くっ……フン、白々しい真似をする。まぁ何だ、一つ、話をしたくてなぁ?』

 

 

 見下すように――事実、立場諸々において正純と教皇総長の立つ位置は、天と地ほどもあるだろう。

 

 だから、地に立つ正純は――天に立つだろう男を……。

 

 

「そうですか……ですが、少々お待ちいただけますか? まだ、相対戦での私の返答が終わっていませんので」

 

 

 

 堂々と、いっそ清々しいまでに――無視することにした。

 

 見下してくる教皇に対し、見上げることが疲れたとばかりに視線を外す。

 

 

 

『っ!? ……ああ、なあおい、ここまでコケにされたのは、何時以来だろうなぁ? ……良かろう、聞いてやる。貴様らの言う詭弁の大義とやらをなぁ……!』

 

 

 画面の向こう、深く椅子に腰掛けた教皇を一瞥し――正純はトーリと、そして梅組一人ひとりの顔を見て。

 

 ……最後に、止水を見上げる。

 

 

 

「そして――二つ目(・・・)の大義。それは『あること』をなすために彼女の……ホライゾンの力が必要だということだ。故に、私達はホライゾンを失うわけにはいかない」

 

 

 良手か。それとも悪手か。

 

 それは、止水が味方についてくれたとき……正純がふと思いついた一案だった。

 

 

 守り刀の一族、その最後の生き残りである止水――その《立ち位置》を思い描いた瞬間、広がったもう一つの大義名分。

 

 

 

 ――今は亡き、松平 元信が遺したもの。末世解決への道筋と、最後の大罪武装の所在。……そして、真実の歴史。

 

 

 

「かつて、極東が――神州側(・・・)が起こしてしまった大罪。その、贖罪のためにホライゾン……彼女の力が必要なんだ」

 

 

 

 息を飲む。言葉を失う。――好きな言葉で比喩していただいて構わない。概ねにして同じ状態を示す言葉であればなんだって。

 

 

 

 

「――武蔵は、姫・ホライゾンの所持する大罪武装と、他八つの大罪武装の収集をすることで――全世界へ向けて『極東の大罪』の贖罪を行う……! 罪名は『重奏神州の崩壊』! そして、贖罪の内容は――」

 

 

 

 

 

 ……末世の解決。

 

 

 

 ――ゆるぎない決意とともに落とされたその言葉は――世界へと広く、波紋を広げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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