境界線上の守り刀   作:陽紅

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十一章 刀、そして王 【下】

 

 

「なぁアサマチ、さっきのって……アンタのだよな?」

「しりませんよーう? ……私は何も見てませんよーう?」

 

 

「Jud. 射撃用の術式だったね。標的照準と、障害物避けがあったよ」

「ん。外れない様にって外逸のもあったな。あと加速」

 

 

「うぅ……わかってるんなら聞かないでくださいよ……っていうか、射撃術式をビンタに使うって……」

 

 

「うむ。ドカン・バコン・ズドン。そして新たに加わった『ズパン』で武蔵()大擬音であるな。……武蔵全住民に周知させねば」

 

「ねぇちゃんのビンタイッテェからなぁー! ……前に俺のボケ術式抜いてきたときゃガチでびびったぜ。先生だって抜いたことねぇのに」

 

 

 

 

 

 ……青天(あおてん)――()(てん)()ぎ見る。

 

 いつ以来だろうか。誰かに倒されて、空を仰ぐなど。

 

 

 誰以来だろうか。思い返せば――昨日。父から脳天に一撃受けて、気を飛ばす直前のことだ。

 

 ジンッ……と熱を持つ頬は、もうじき痛みを伝えて来るだろう。

 

 

 良い一撃だった。地味に顎が揺らされていて平衡感覚が僅かに異常を来たしている。――見上げた空が若干揺れているのが良い証拠だ。

 

 立とうと思えば立てるし、戦おうと思えば即座に出撃も可能である。

 

 

 

(いや……拙者の負け――で、ござるな)

 

 

 

 しかし二代は立とうとも――ましてや戦おうともしなかった。大の字で寝転がり、空を見上げ……のんびり去っていく雲をぼんやりと眺めていた。

 

 

 ――二代の視界に現われた、頭にウズィをのっけた喜美が、胸倉を掴んで頭を少し持ち上げるまでは。

 

 

 

「……目は、覚めたかしら。駄目女あらため本多 二代」

 

 

 不敵な笑いはついぞ崩せず――しかし、二代の頬を張り、今胸倉を掴んでいる左手は疲労か叩いた痛みにか震えている。

 

 

「拙者の負け――でござろう? 言われずとも――」

 

「そんなのあたり前よこのオバカ。……私が言いたいのはね、『迷いは消えたか』ってことよ」

 

 

 迷い。

 

 そういわれて、二代は僅かに顔を顰めた。

 

 

「あら、迷ってない? ……本当にそう言える? アンタ自身、自分が何に迷ってるのか分からないんでしょう。だからこそ、愚麻呂とここに来た……違う?」

 

 

(……この弟にしてあの姉あり、であるな。麻呂を麻呂と、しかも愚をつけて侮辱レベルをパワーアップさせているとは)

 

 

 ヨシナオが若干頬を引きつらせ――引きつらせる程度に感情を抑えつけ、黙して見守ることにした。

 

 

 喜美の不敵な笑みは……優しげなものに変わる。残念ながら梅組からは位置的に見えないが……。

 

 

 自分に何が出来るのか。二代にはそれが分からなかった。三河が消失した今、『三河警護隊』という組織にさしたる意味は無い。その隊長である自分は……と思い悩む二代を、武蔵の行く末を見届けに行くというヨシナオがつれてきたのだ。

 

 二代にしてみれば、なによりもケジメを付けたかった。三年前に不完全燃焼のまま終わってしまった決着に。

 

 ――それが出来れば、自分も動き出せると。心のどこかで思っていたのだろう。

 

 

「拙者、は……!」

 

 

「そうよ? アンタは『拙い者』……でも拙いなら拙いなりに意地や根性見せてみなさいよ?

 

 ――さあ、答えなさい。本多 二代。三河の守護を任されたアンタが、今すべきことは何? ……三河の君主が自害させられようとしてんのに、アンタはいつまで腐ってるつもり――!?」

 

 

 また二代は殴られた。手ではなく今度は言葉でだが――腑抜けた四肢に力をみなぎらせるだけの威力を持った一撃。活力が巡る。

 

 

 ……蜻蛉切はまだ握れる。18年、武とともにあったこの身体はまだ動く――!

 

 

 

「拙者の使命は君主を――ホライゾン()をお守りすること……!」

 

「んふふ、Jud.そしてHappy Birthday? 良い女になれたわね。まぁこの賢姉には劣りに劣るけど」

 

 

 覆いかぶさる様に立つ喜美を、押し返すような力強さで立ち上がった二代に最早迷いは無い。それどころか、一人でホライゾンの元へと突貫してしまいそうなほどの熱量を漲らせていた。

 

 単純ねぇ、と苦笑を浮かべる喜美に――二代は姿勢を正し頭を下げる。

 

 

「……感謝いたす。危うく道を違えるところに御座った。――今ようやく、拙者の進むべき道が見え申した」

 

「ククク精々励みなさいよ? 女も武も磨き続けなきゃとたんに腐るだけなんだから。

 

 ……そうよね止水のオバーカッ、アーンド愚っ弟ー!?」

 

 

 

「へ? いや……男の俺たちにそれ聞くの……? いや、まあ鍛錬とかはそりゃそうだけど……女って、どうなんだろ」

 

「おい、どうなんだよ!? ……あえてセージュン! 女って磨かないと腐るのか!? なぁおい!!」

 

「――おいちょっと待て葵。なんで、そこで私に振る……っていうか今『あえて』って言っただろお前!?」

 

 

 

 いきなり呼ばれて――それでも本人なりに考えて、『いつもどおり』の対応を見せる止水。そして今まで男装してきた正純に、絶対わざと振っているトーリ。

 

 ……それを小バカにしたように――しかし心から安堵しながら――喜美は微笑んでいた。

 

 

 軽く正純と修羅場っているようだが、賢姉には関係ない。

 

 

 

 ……相対場には最早用はないと二代を放置し……言い訳か弁明か。必死に言い繕っている止水と、火をつけるだけつけて放置したトーリの前まで戻る。

 ……正純もいろいろ文句はありそうだったが――とりあえず言いたい文句を押さえてムスッとした顔で、譲るようにそっぽを向いた。

 

 

 

 

「……それで? アンタ達はこの賢姉になにか言うことがあるんじゃないの? ああ、もちろん貢物でも可だけど!?」

 

「うん、すっげぇありがと。……でもあんま無理しねぇでくれよ? 後でマッサージで激疲れるの俺だから」

 

 

 良い笑顔でそんなことを言って来る愚弟。……お望みどおり明日一日奴隷にしてやろうそうしよう。

 

 そして――。

 

 

「…………」

 

 

 違和感・無理矢理感だらけで顔を逸らして、喜美を意図的に視界にいれまいとしている止水。

 

 ……先ほどは素で返してしまったが、よくよく考えれば、自分が未だに喜美に対して怒らなければならないことを思い出したのだ……まぁ、若干手遅れ過ぎな気がしないでもないが、そこは敢えてツッコミはなしの方向で。

 

 

 

「……ねぇ、勝ったわよ?」

 

「……知らん」

 

 

 ……嘘。見てたくせに。ずっと心配していたくせに。

 

 知っているんだから。何度か危ないときに、自分を抑え込むように、その手から血をにじませるまで握っていたことを。ほら……緋色の衣に違う赤が混じってるじゃない。

 

 

「ねぇ本当に知らないの? ……賢姉史上第一位クラスで頑張ったんだけど?」

 

「……知らんったら知らん」

 

 

 逸らした顔のほうに回り込めば、今度は逆へと身体ごと……背を向けるようにして逃げる(・・・)

 

 ――しかし逃げられると、追いたくなるのが人の性という奴で。

 

 

 

 

「ねぇ~え~♪!? 勝・っ・た・わ・よ・ぉ~♪!?」

 

しふぁふぇっへ(知らねぇって)ッ!? へは(てか)ひはいひはいひはい(痛い痛い痛い)!!!」

 

 

  ――『『いじめ? いじり?』』『ちがう てれかくし まさずみといっしょ』

  ――(いや、違うからな!?)

 

 背けられた背中に飛び掛り、後ろから抱きつく様にして止水の口に指を入れて――彼の両頬をあらん限りの力で左右へと広げる。

 

 首の前で交差させているため、頬を左右に引けば引くほど、二人が強くくっつく寸法だ。

 

 

 ……おー、伸びる伸びる。と、梅組は自分達に被害がないようにと完全に他人事。

 

 腕に黒藻たちを抱えているから手を使うことも出来ず――そもそも振り払うわけにもいかないわけで。

 

 ……喜美の体力の限界が訪れるまで――しばし頬を、良いように遊ばれる止水だった。

 

 

「はいはい! ちょっと喜美、せめてイチャコラは先生の勝敗宣言が終わってからにしなさいよねぇ?」

 

「ンフフ? 今更ね先生? 大体――」

 

 

 

 ――この私が出たのよ? 私の『勝ち』以外の結果、あるわけ無いでしょう?

 

 

 引っ張られて真っ赤になった止水の頬を両手で挟みつつ――違う理由でほんのり赤くなった喜美が、そう自信たっぷりに宣言した。

 

 

 

***

 

 

転べ。また立ち上がるために。

 

泣け。また笑い合うために。

 

 

 自分と同じ後悔を、抱かせないためにも。

 

 

配点 《玉座に座る教育者》

 

 

***

 

 

 

「……葵・トーリ。一つ、聞かせろ」

 

「んだよ麻呂」

 

 

 喜美の勝利に沸く皆を『背』にしながら、王と馬鹿は並んでいる。

 

 言葉を交わしてはいるが――しかしお互いの顔を一切見ようとはしない。

 

 

「貴様の姉が勝ったら、王の座がほしいとほざいていたな……聞かせろ。何ゆえに、王を求める?」

 

「ああ? んなもん決まってんだろ!? ……俺のせいで、奪われたんだぜ? 俺が惚れた女の全部がだ。だから、俺が全部取りもどすんだよ」

 

 

 

 だからこそ、王になる。

 

 その必要がある。

 

 

「――俺さ。いまの今まで――ずーっとダムに任せっぱなしなんだわ。この辺でそろそろ貸し返さねぇと追いつけねぇんだよ。

 

 ――それに、約束があんだ。守らなきゃだろ? 約束は」

 

 

 

「フン……女のため、約束のため――か。世界広し、歴史長きとはいえ――それだけを理由に王になろうとしたのは、きっと貴様が初めてであろうな……。ならば――

 

 

 

 

 ――(ゆめ)、その在り方……見失うなよ」

 

 

 

 ヨシナオは――否、『一人の王』は前へと進む。場を譲るように二代も下がり……相対の場には、王が一人残る形になった。

 

 

 

 

「……今、麻呂が道をつけてやろう。――迷わず進め、若者達よ」

 

 

 

 そして、カツン、と一度、杖を打ちつける。

 

 

 

「武蔵王・ヨシナオの名において、制約どおりこの身に預けられし『総長連合』並び『生徒会』の各権限を各人員へと返却する。

 

 ……しかし! 王権の委譲は出来ん。コレは姫ホライゾンがお戻りしても同様――今までどおり、武蔵は聖連からの派遣による武蔵王、このヨシナオを王とするものである――」

 

 

 その宣言に、一度は沸きかけた梅組が、再び沈黙する。

 

 トーリと止水は真っ直ぐヨシナオの背中を見ていて――空に浮かび上がった通神枠と、そこから聞こえて来る笑い声に気付くが遅れた。

 

 

『ハハハ! そうだよなぁ? そうするしかないよなぁ武蔵は。自由にさせないための聖連派遣の王! それがいなくなればまさしく敵対の意思有りだからなぁ! 懸命だぞ武蔵王!』

 

 

 

 インノケンティウスのその言葉に――ヨシナオは俯いたまま、返答をしない。

 

 

 

 ……なぜならば。『武蔵の王』としての彼の宣言は、未だ、終わっていないからだ。

 

 

 ガツン、と、インノケンティウスの笑いを打ち止めるように響いた杖の打音に、皆が静まり返った。

 

 

 

「ただし! 末世解決という最大難件の責を負うに当たり……麻呂の補佐として副王を二人新たに設け、権利を分権するものとする!! これは有事の際、迅速な判断を下すための処置である!!」

 

 

 

 ――静まりかえり――悟った。

 

 王は、自由を縛するその鎖を、自ら打ち砕こうと挑んでいるのだ。誰が聞いても納得できるような理屈を立てた上で。

 

 

 

『なにっ!?、待て武蔵王! 貴様まさか!!』

 

「そしてっ!! ……分権配分は麻呂を2、副王をそれぞれ1ずつとし――副王にはそこにいる総長兼生徒会長である葵・トーリと……っ」

 

 

 

 教皇総長がなにやら騒いでいる中で、大きく、大きく息を吸い込む。

 

 

 

「ホライゾン・アリアダスト……彼女を指名するものである!」

 

 

 

 

 その『決定事項(王の宣言)』を前に……二の句を告げない教皇総長へと、その言葉を叩き付けた。

 

 一瞬が過ぎ、数秒が経ち――

 

 

『……やって、くれたなぁ武蔵王? まさかここまで盾突かれるとは、思ってもなかったぞ? なぁ――おい……! 学生に感化でもされたか? いや、感傷か? そのようなことが、赦されると思っているのか!?』

 

 

「赦される? 異なことを。これこそが赦されるために、武蔵に必要なモノであります……そして、コレが、コレこそが武蔵の意思であります、聖下。いかに教皇総長たる御身とはいえ、他国の政への口出し手出しは無用に願いたい。

 

 ――麻呂は、王であります……聖下。この武蔵の、王なのであります。

 

 民と、民の行く末を守り見届ける義務が御座います。――我が民に罪があるとするならば、それをともに背負い、ともに贖罪を行う所存でありますれば……」

 

 

 見上げ、最後の仕上げとばかりに、ヨシナオの一手が打ち込まれた。

 

 

「――もし万が一、麻呂たち(・・)の行いに非があるというのであれば――ヴェストファーレン会議の場を持って、極東と武蔵の是非をお計り願いたい……!」

 

 

 

『ちっ……』

 

 

 

 苛立ちを認めるその舌打ちを、ヨシナオは敢えて流した。

 

 

 

『――良かろう。それがそちらの考えならば、致し方あるまい……だが、その会議まで貴様らは聖連と全面抗争をするわけだが――まあ、それが貴様らの決定だ。精々、良き結果が得られるよう努力することだな、大罪の民よ』

 

 

 

 ――表示枠が消えて、再び静まり返る。

 

 ヨシナオは深く深く深呼吸し――チラリと、オリオトライを見た。

 

 

 

「――オリオトライ君。……宣言を、頼めるかね」

 

「……Jud. では――相対戦の結果を発表します! 

 

 三回戦、そして延長戦を経て、二勝一敗一分けとし……武蔵アリアダスト教導院側の優勢とします! 関係者各位、当初の取り決めに遵守して行動してください! 三河君主、ホライゾン・アリアダストの奪還を……極東の判断と決定します!!」

 

 

 

 通常通神、広域通神。そして、全国通神を経て。オリオトライの宣言は通達される。それを聞き、それに呼応する武蔵の鬨の雄たけびを聞いて。

 

 

 

 

「……許せ――葵・トーリ。そして武蔵の民よ。情けないが――これが、麻呂にしてやれる精一杯である……」

 

 

 

 ……ヨシナオは情けない、とばかりに――己を責め立てる様に、杖を握り締めた――かつてと同じように。

 

 まだ、ヨシナオが武蔵の王ではなく、小さな地方の領主であった最後の日と、同じように。

 

 

 

 その時は、傍らには妻が一人いただけであった。そして妻とともに武蔵へ渡り――守ると約束された領地は結局消えてしまった――。

 

 

 だからこそ。だからこそ、今度こそ。と――民の前に立ち、守ろうとして。

 

 結局、道を造り、送り出すことしか出来ない自分を罵った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……んなことねぇよ麻呂。すっげぇ道一人で造りやがって――あんがとな。コレでホライゾンとこに、迷わずにいけるぜ――なぁ、ダム!」

 

「Jud. っていうか……あれだけカッコいいことやられて、そんなこと言われたらさ。昨日の俺たちって、相当格好悪いよな、トーリ」

 

 

 

 その横を平然と、言葉を交わしながら通り過ぎていく二人の馬鹿がいた。

 

 

 ――いや、正確には違う。一人はヨシナオの少し前で立ち止まり、一人はそのまま進んでいった。

 

 

 

 見送る側に立つのは、止水。見送られたのは――トーリ。

 

 止水が立ち止まったことにしばし呆然としたが、そのまま階段を下っていくトーリの背を見て、ヨシナオはすぐに立ち直れた。

 

 

 

 

「まて! ……助けはいらんのか……!?」

 

 

 

 背中に投げかけられたその言葉に――トーリは、立ち止まらない。

 

 

 

「ああ。いらねぇ。……ありがとよ皆! これで俺、やっとホライゾンに告りにいける! ……でも、やっぱ俺だけで行くわ。全員で行ったら、本気で戦争になっちまうからよ」

 

 

 一人だけなら、馬鹿のわがままで済む。

 

 一人だけなら、自分だけの責任で終わる。

 

 

「――『止水』、皆のこと頼むわ。いざとなったら、『本気』で守ってやってくれ」

 

「Jud. 『俺は皆のことを守る』……言われなくても、姫さんと約束してんだけどな」

 

 

 

 このまま行かせる気か、と緋の背中を見るが、大きな背中は不動のまま。

 

 

 そして、少しずつ、トーリの声は遠くなっていく。

 

 

 

 

 

 ホライゾンを、助ける術があることを教えてくれた。

 

 ホライゾンは、死ぬしかない存在なんかじゃないことを証明してくれた。

 

 ホライゾンが、死ぬために生まれてきたわけじゃないことを証明してくれた。

 

 

 

 その一つ一つに礼を言いながら、トーリは足取りに迷いを見せることなく行く。

 

 

 派遣部隊とはいえ、二大国家の精兵が待ち構える場へと。

 

 

 

 

 ――ヨシナオの後ろから、無数の盛大なため息が聞こえた。

 

 

 

 




読了、ありがとう御座いました。


第一期も終盤戦に入ります。
――どうか、止水たちを見守ってやってください。

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