境界線上の守り刀   作:陽紅

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聖連連合軍の陸上部隊の人数を修正しました。2014/7/01


十二章 刀、抜き放たれ 【上】

 

 

 夕焼けの空、より濃い朱を纏う武神が、空へ舞い上がる。

 

 

 その機動音は確かに聞こえたが、ソレを横目に眺めることもせず。自身の自害を待つだけの彼女は、ただ、淡々と手を動かした。

 

 

『なぁおい……外の様子が、気にならんのか? お前を助けようと、武蔵の学生共がおろかにも俺たちに挑もうとしているわけだが』

 

 それに敢えて問うたのは――おそらく気まぐれ、だったのだと後に、問うた者は言う。

 

「Jud. ――率直に申しまして、あの方々の行動がホライゾンには未だ理解が及びません。理解しえぬ事に付随する事象を、気にする必要性は今のところ皆無です」

『ふん――自動人形らしいモノ言いだな』

 

 

 ポン――、と音がして、ホライゾンはまた手を動かす。眼前に在る通神画面を見ることはなく、その向こうの相手も、どこかつまらなそうな顔だ。

 

 

「Jud. まあ、偽りなくこの身は自動人形ですので――……

 

 

 ……ハイ、王手(チェック)

 

 

『なぬっ!?』

 

 

 通神画面の真下。良く見れば、そこにはホログラフのチェス盤があり、白と黒の半透明の駒が戦っていた。

 

 戦っていたのだが……。

 

 

『……元教え子よ、私の見間違いならすまないのだが――黒駒がキングしか残っていない上に白駒の軍勢に完全包囲されている様にしか見えないのだが。』

 

 

 横合いから、覗き込むように赤き魔神族――ガリレオが現われ、余りにも一方的な戦局に唖然としている。

 

 

「見間違いではなく、純然たる事実です。一応、ホライゾンが四度ほど『待った』を受けまして、ええ、八戦八勝の連勝記録を更新中です」

 

 

 ――なんともいえない空気が通神画面の向こうに流れた気がした。

 

 

『ぐ、ぐぬぅ……!』

「『騎士(ナイト)が最強たる所以を教えてやろう』『(キング)こそが盤上において無敵』――などなど。録音していなかったのが残念でなりません……なんてことは考えておりませんので。あと、誰それにバラすつもりもありませんので、御安心を」

 

 

 ――。

 

 画面の向こうで、ガリレオが優しい目を教皇に向けていた。

 

 

『『……』』

 

「あ、いけね。ですがJud. 挽回できます多分きっと。……頑張ってください」

 

 

 通神画面に見えない位置でVサインを作っていた手を持ち上げて、サムズアップ。しかも、Vサインのまま通神範囲まであげたので、どちらのハンドサインもガッツリ相手には見えているわけで。

 

 

 

『お……っ!』

「……お?」

 

 

 

『お前()なんか嫌いだぁああああ!!!』

 

 

 

 そう叫びを残して、勢い良く通神が切られる。それと同時にワンサイドゲームを彩っていたホログラムチェス盤も消え――ホライゾンは静かにため息をついた。

 

 

 ――四方を白い膜のような境界で覆われたその部屋は、それなりの広さがあるにも関わらず、彼女が座るだけの椅子が一つ、ポツンとあるだけのもの寂しい場所だ。

 

 自身の処刑に用いられるという、この白い膜。世話役の女子生徒が言うには、過去の罪に『食われる』というものらしい。その過去の罪を覆し克服できれば膜から出られる……らしい。

 そも、過去に『罪』とある時点で覆せるわけがなく、その後悔も克服できるわけが無い。

 

 

「……」

 

 

 白い膜を見て、ついで、それにもうじき触れるであろう、自分の手を見る。

 

 

 昨日の朝。ある緋色の生徒を遅刻から救おうとした手。

 

 昨日の昼。黒い饅頭のような、新しい友人を得るきっかけを作った手。

 

 昨日の夜。趣味で男装をしているわけじゃないと分かった女生徒に引かれた手。

 

 

「……思い返すと、いろいろな方に触れているのですね、この手は」

 

 

 

 ――そして今日。未だ、誰にも、触れていない手。

 

 

 

 ふと、本当に、ふと。

 その手を視線の先へと、伸ばしてみる。腕だけで伸ばしても、1mにも満たない範囲。椅子以外なにも無いので掴めるものがあるわけがなく、どこかに届くわけも無いのだが。

 

 

「……」

 

 

 では昨日。

 腕を、身体ごと、いろいろなことをしてまで、自分に向かって手を伸ばしてきた彼らは。必死に伸ばして、それでも自分に届かなかった彼らは。

 

 

 

 ……一体どんな、気持ちだったのだろうか。

 

 

 

「……困りました。自害直前にとてつもない未練が出来てしまいました」

 

 

 

 しばらく解を出そうと頑張ってみたものの、答えは出ない。

 

 故に――保留、した。

 

 『分からない』と断言して捨ててしまえば良いものを、しかし自動人形であるはずの彼女は、保留に留めることにした。

 

 

 これはきっと、分からないで済ませてはいけない。と――思考の中にある何かが、強く強くそう判断させている。その『何かというものは一体なんなのか』というのはうまく説明できそうに無いが。

 

 

「……『言葉で説明できないことはこの世に有り余るほど有る』と店主様もおっしゃっていましたし。どうせ、暇ですし――答えが出せるまで、思考するとしましょう」

 

 

 誰になくつぶやいて――ホライゾンは目を閉じる。簡易スリープに入り、思考に集中するためだ。外部からの何らかの刺激を受けない限り、短時間の間に目覚めることはない。

 

 ……次に目を覚ますことがあるとするのなら。自害のその瞬間か、もしくは……

 

 

 

 

***

 

 

***

 

 

「腹減ったなぁ……」

 

 

 夕焼け空に雲を引き――きっと、上空から情報を集めているだろう三征西班牙《トレス・エスパニア》の武神、『猛鷲(エル・アゾウル)』の後姿をぼんやりと見送った止水が、特に何も考えずにつぶやいた。

 よくよく考えれば、お昼ご飯を食べていない。そもそも日付が変わってから固形物を口にしていない。――昨日の夜は、食べただろうか……?

 

 

「む? いかんでござるよ止水殿。腹が減ってはなんとやら、でござる。――自分の握り飯で宜しければあるでござるよ?」

「おいおい点蔵――具なんだよ具」

「む? おかかでござ「俺、もーらい!」あっ!」

 

 

 包みから取り出した男飯たるやや大きなおにぎり。それを、横からトーリが掻っ攫っていった。

 そのまま先を駆けつつ大口で堪能し、もらおうと手を伸ばしていた止水の手は空しく空振る。……あったはずのおにぎりを掴もうとしている手がなんとも物悲しい。

 

 

 

「……腹、減ったなぁ……」

 

 

  聞くだけでひもじい気分にさせる腹の虫を響かせて、駆けて行ったトーリに続くように、トボトボと二番手として進む。

 

 

 

『――ねぇねぇ、君たちさ、ピクニックとかと勘違いしてない? 本気でこれから戦争に行く気あるの?』

 

「「「「「そりゃもちろん!」」」」」

 

『よぉし、ならせめて物陰に隠れながら移動してくれるかなー? 道のど真ん中を行進とか、ふざけてしかいないよね君ら。ただでさえ総合的にも分野的にも戦力に圧倒的な差があるんだよ? 武神に位置確認されて遠距離から砲撃ーってことだって――』

 

 

 通神から呆れきっているネシンバラの声と顔を見聞きして、一同はようやく『隠密行動』を始める。

 

 

「……おいネシンバラ。戦力の圧倒的な差、ってのは、どれだけのもんなんだ?」

『うん、ノリキ君がまともでよかった。そういう質問が真っ先にこないといけないんだ。――っと、戦力差だね。とりあえず――えー、現場のマルゴット君、ナルゼ君、中継してくれるかい!?』

 

「「「「「「お前もふざけてんじゃん!」」」」」」

 

 

『ふぇっ!? えっとぉ、その、ごめんな、さい?』

『マルゴットの涙目キタこれでかつる。――はいはい、こちら現場の双嬢(ツヴァイフローレン)。 まあ、口頭で説明するのも面倒くさいから、映像送るわね』

 

 

 ネシンバラの通神の隣に新たに展開された通神。その向こうで、金髪の天使がビックリしたのか涙目で、後ろの黒髪が耳を疑うような発言をかましている。

 

 そして、三つ目の通神画面が開く。――おそらく、空にいる二人が撮影しているのだろう景色。

 

 現在、トーリを筆頭にした陸上部隊が進む蛇行した道、その先に、小型艦でも通すのかという大きな門。その先の西側広場に――。

 

 

『……うっわぁ、大人気ない』

 

 

 空から見て、おおよそ広場の半分が綺麗に埋め尽くされていた。トーリ達からして、入り口と反対側にあるもう一つの(出口)を完全に塞ぐように、数えるのも億劫な重量装備の軍団が居座っている。

 

 

『数にして、おおよそ2500、ってとこかしら。よくもまぁコレだけそろえたわね。見た感じ、三征西班牙よねこれ。――わっかりやすい時間稼ぎの隊列だこと』

『だろうね、見た感じ部隊配置が完全に西班牙方陣(テルシオ)。ところどころに隙間があるけど……移動式の大砲かな。まあ、向こうからしたら勝つ必要はないから……時間稼ごうぜ精神なんじゃない?』

 

 

 

『……ねね、ナイちゃんだけかなー? 二人の会話についてけないの』

「安心するでござるよ。ここにいる全員『なに語りあってんのこの二人』って表情にござるから」

 

 

 うんうん、と武蔵陸上部隊の面々は頷きあって、『わからなくていいんダヨ』という雰囲気を構成。

 状況説明用の通神が、西側広場から上――回廊を進んでいく。

 

 

『で、第一陣を超えれば……』

 

 

 写ったのは、陸上港。そこにまた展開されている大部隊と、二隻の航空艦があつた。

 

 

『ええ。私たちの目的であるホライゾンがいる、三征西班牙の審問艦、でもう片方の豪華そうなのが、K.P.A.Italiaの『栄光丸』――どっちも動く気配はないわね。その代わりに――』

 

 

 そして、空へ。茜色に染まっている夕焼け空に、五隻。

 

 

『警護艦が五隻も出張ってるわ。昨日の三河消失で生き残ったのと、予備艦も投入したみたいね。……武神積んでると思ったほうがいいかも』

 

『空と陸。ものの見事に完全封鎖だね――みんなのこと、輸送艦で運ばなくてよかったね。途中で絶対撃ち落されてたよコレ。えっと、軽く見積もって――』

 

 

 

 陸上部隊2500人+約1000人超。航空武装艦五隻。武神数機。

 

 ――武蔵勢の、何倍だろうか? 

 

 

 

『『 \(^o^)/ 』』

 

 

 

 

『お、おわたっちゃ駄目ですよぉ!! これから自分達あそこに突撃するんですよ!?』

 

 二つの通神が白く染まったかと思えば、黒字の、とんでもなく不謹慎な顔文字が浮かび――ずんぐりとした青い機動殻の中でアデーレが憤慨する。

 

 

『いや、なんか出さないといけない気がして。――でも、安心したよ。この事実を知って、どこもかしこも誰一人、悲観してないんだね』

 

「――ようは一人十人打ち倒せばいいだけだろ? ……変に試すな」

 

 

 拳を掌に打ち付けているノリキを筆頭に。心外だと憤慨している総員。

 ……覚悟は出来ているらしい。

 

 

『ゴメンゴメン。

 ――じゃあ道を示そうか、登場人物たち。進むは前だよ。一直線に一丸となって……突き進め。大国が待ち構え、英雄達が守護するその壁を打ち破るんだ』

 

 

 

 通神の向こうで、一息ついて。

 通神の向こうで、深呼吸。

 

 

 

『……ねぇ皆。開戦の前に、少しだけ聞いてくれるかい?』

 

 

 

 

 

『これから始まるのは、戦争だよ。でも誰だって、争いごとなんか本当は望んでないと思うんだ――甘い考えだとは思うけど』

 

 

 

『でもさ。……戦わないと、僕たちは大切なものを守れないんだ。――皆、いままでいっぱいいっぱい、後悔したよね? ――極東は、いままでずっとずっと、耐えてきたよね? この戦争には、その辺のものが全部詰まってるって言っても過言じゃないんだ。だから……』

 

 

 

『だから、戦おう。相手がどれだけ強大だろうと。

 戦おう。――相手が、どれだけ膨大であろうと……!』

 

 

 

『危機に瀕している友を助けるんだ。そうすれば負けない。

 絶望している友が誰かの名前を叫ぶ前に希望を分けてあげよう。そうすれば負けない。

 

 『俺こそがヒーローだ』って全員で胸を張ってごらんよ。そこには勝利があるから』

 

 

 

『あ、あとね。これが終わったら大宴会だ。人数分きっちり用意してもらってるからね? 欠員はなしで頼むよ?』

 

 

 

 

 

 

『それじゃあ開幕だよ、登場人物たち。物語を盛大に盛り上げてくれ。無事読者が付けば、続巻が描かれるから!

 

 ――さぁ、主人公。そろそろ一言頼むよ。 っていうか、さっきからやけに静かじゃないか。何か言ったらどうだい?』

 

 

 ネシンバラの言葉に、点蔵は自軍を眺める。先頭付近にいる自分から、後方組まで決意を固めた顔を一通り眺め。

 

 

「――でー、えっと、その主人公(トーリ)殿はどこでござる?」

 

 

 ……。

 

 

『え、いないの? いや、困るよ? 展開的に。……僕結構良いこと言ったよ? 繋げたよ? 締めてほしいんだけど?』

 

 

 ネシンバラがぶっちゃけるが、それでもトーリが、郡の中にいない事実は変わらない。見渡して分かったが、やたら目立つ緋色もいない。

 

 どこだどこだと全員で探し――機動殻に乗っていたアデーレが、二人の姿をズームアップで見つけた。

 

 

 

 

 

 

『あ。い――た?』

 

 

 

 

 ――巨大な門の、その前に立つトーリと。

 

 その隣で――鞘をつけたままの刀を片手に、担いでいる止水。

 

 

『……んん?』

 

 

 ――はて、彼らは、何をしようとしているのだろう。

 

 

 疑問符を浮かべているアデーレに釣られ、一同も門を見る。

 

 なにやら大げさな身振り手振りで指示を出しているトーリに、それを見て聞いて――肩に担いだ刀を、腰に帯び……構えた(・・・)止水。

 

 

 

「――おい、まさか……」

「で、ござるよな? いや、えー……」

『……あ、すみませーん。みなさん突撃準備お願いしまーす』

 

 

 

 突然の指示に何事か、と互いを見合う警護隊の一同は――サンッ、と、軽い音を耳にして、門に走った二本の線に呆然とする。

 

 

「は……?」

 

 

 門に走った、二線。丁度、左右の上端から交差するように左右の下端へ――『×』を描くように線が付いて――

 

 

 

 その線を境に――門が六つに、崩れていく(・・・・・)

 

 

 ――呆然とその結果を眺め、立ち上る土ぼこり……という事後を眺めるしかない両陣営の視線を一身――いや、二身に集めた二人が、進み姿を現した。

 

 

 

 

「武蔵アリアダスト教導院! 総長兼生徒会長、葵・トーリ!」

「本当に名乗り上げを……わかったよ。やるよ。――武蔵アリアダスト教導院。総長連合『番外特務』――守り刀、止水」

 

 

 

 ――西日を浴びて、茜を反射するその銀尖。緩やかな反り返りを見せるその独特の刀身は曇りなく……刃として、ある境地に至っていた。

 

 

 

 ソレをみて、『止水が刀を抜いた』という事実にあっけに取られるのは点蔵たちだけ。三河警護隊も……そして当然、敵対者である聖連側など、そんなことは構いなく。

 

 

「う、撃てぇぇえ!!」

 

 

 

 

 ――突然現われた主格二人に、一斉射撃を下した。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!

止水は陸上部隊で――今までの分まで大暴れするようです。

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