境界線上の守り刀   作:陽紅

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十二章 刀、抜き放たれ 【下】

 ――ずっと。

 

 この時を、この瞬間を。……私は、ずっと待っていました。

 

 

 

 何も出来なくて、それが悔しくて。

 

 ――何かをしたくて――でも、何もさせてくれなくて。

 

 

 

 相談してほしかった。

 

 たとえ、私なんかじゃ答えどころかヒントさえ見つけられなくても。

 

 

 頼ってほしかった。

 

 たとえ、私なんかじゃとても支えられない大きな重荷でも。背負いようのない重責(モノ)だったとしても。

 

 

 

 知ってますか? 私が、貴方の契約内容を見たときに思ったこと。

 

 覚えてますか? 私が、それを知ったときに貴方に向かって言った言葉を。

 

 

 

 

 でも、私の言葉じゃ、貴方には届かなくて――誰の言葉も、貴方は聞いてくれなくて。

 

 

 

 

 ……十年ですよ? 十年も、見ているしか出来なかったんですよ?

 

 

 

 

 

 「ふふっ」

 

 

 

 でもやっと。

 

 

 ――やっと。

 

 

 

 やっとやっとやっと……!!

 

 

 

 

(私は、貴方と同じ場所に立てる(・・・)……!)

 

 

 

 止水君が、あの人が十年間守り続けた、武蔵を。

 

 いまこうして、私がここで、守る(・・)……!

 

 

 

 

 

 

 

 ――ゾクリ、と。

 

 智の背中に、電流が走った。歓喜か快感か。それは逃げ惑うオバカをヘッドショットできたとき以上のゲフンゲフンであった。

 

 

 そんな、『思わず浮かんでしまった笑み』を横顔として見た喜美が、ニヤニヤっとした、また違った笑みを浮かべ……

 

 

 

「ンフフ……あさまー? あんた今猛烈にエロい顔してるわよー!? ……巨乳巫女が巨乳エロ巫女になったわ! 進化よ進化! ――神道的に大丈夫なのかしらこれ……?」

 

 

 ――いいえ、アウトです。

 

 突然耳に入った喜美の爆弾発言にズッコケそうになって、しかしズッコケることが容易に出来ない重装備であったため転ばずに済んだ智。――ズッコケることが出来なかったので少々不満そう、なんてことはない。断じてない。

 

 

「え、えっちな、顔……っ?」

 

 

 ……それよりも武蔵の至高に抱かれかけているイメージを払拭することのほうが、ズドン巫女にとっては最優先事項だった。

 

 

「す、鈴さーん? 貴女は多分一生涯知らなくていいことですよーう? ……それより喜美! 誰がエロい顔なんてしてますか!?」

 

「――ズドン前にあんな愉悦に浸ったイイ笑顔浮かべて、エロいで済ませとかないとアンタ色々拙くない? 巫女的にも女的にも」

 

 

 はい。アウトです。ツーアウトです。

 おふざけかと思いきや、かなり真面目な内容の発言だったという罠。しかし、まだアウト二つだ。ここからの逆転劇は割と良くある。だから大丈b――

 

 

「ははは! 実はね、この抗争のあれこれって、全部各国に生中継されてるって……知ってた?」

 

 

 ネシンバラの『言い忘れてたメンゴ♪』という表情の報告に――。

 

 ……スリーアウトを受けた智は、がっくりとうな垂れた。

 

 

 

 

「浅間様、落ち込むのは後々にしてください。敵主力流体砲発射まで、ぶっちゃけ三十秒切っております。――――以上」

 

 

 

 

 

 

 

「え? ……え"っ!?」

 

 

 

 

 

 

 武蔵の、少しだけ冷たさを混じらせた視線を受けて、智はやっと我に返る。

 

 三砲のうち、中央と左を受け持つと智が言ったために何の対策もせずに右艦の流体砲に備えていたので……智が何もしてくれないと、結構真面目に武蔵終了のアナウンスが流れるのだ。

 

 慌てて見上げたその流体砲の射出口は――かすかな光を集めつつあるではないか。

 

 

 

 ――いろいろと喜美には物申したいし、手遅れかも知れないが、全世界に対して弁明位したい。

 だがそんな気持ちをぐっと堪え――深呼吸を一つ。……智は左腕を、航空艦が展開する空へと向けた。

 

 

(後でズドンですからね喜美……!)

 

白砂代座(しらさごだいざ)、上位展開……っ!」

 

 

 

 智のその言葉を鍵とし、左腕を覆う鎧が縦に割れる。手首を基点に、大きな『×』を描くように広がり――。

 

 一つ一つが更に形状を変え、一辺が、女子としては長身である智の丈を越え……弦が交差するように自動で引き渡され――異形の弓が姿を現す。

 

 

 

 その弓の銘は、『双聯(ソウレン)・梅椿』。

 

 ――誰も届かない。誰も間に合わない。……ならば、己の矢を届かせ、間に合わせよう。

 

 

 より速く、より強く。より遠くへ。

 

 十年を経て、智が得た答えのうちのその一つ。それをこの上なく形にした弓である。

 

 

 

 続き、スカート状の装甲板が拓き――足元に出現した無数の術式鳥居に突き刺さり、智の身体を固定する。

 

 ……ここまでに、十秒。

 

 

【いちかんけい みそぎ終了ーっ! とっておきのだすから 受け取ってね!】

 

 

 

 頭上でくるくる回るハナミが、二度拍手を重ね――弓の交差点に、取っ手が出現する。

 

 

 

「やだ、本当に取って置き……でも、丁度いいですね!」

 

 

 

 苦笑しながらその取っ手を引けば――現われたのは、二本の巨大な杭だ。これでもかとお札を貼り付けられたそれは、智の腕を越える太さがあり――長さも彼女ほどにある。

 

 取っ手付近に付けられた矢羽でかろうじて『矢』という形をとっているものの……最早何の冗談という代物だ。

 

 

 そんな代物を――ほぼ両腕を、真横に伸ばすようにして矢を番え――足から打ち出された楔が、彼女を更に固定する。

 

 

 

「っ! 一射につき三拝気確定! 計六拝気使用! ――全拝気を、そのまま威力へ!!」

 

【《拍手》!】

 

 

 

 

 震える腕もなんのその、智は左の義眼(このは)に、己が獲物を捕らえる。

 

 追尾も障害避けもかけず、ただ純粋に破壊力のみを求めた術式を纏い重ね……聯なりの杭は、僅かな発光を帯びた。

 

 

 

 ……『神が降りた』――そう比喩させるような、ある種の荘厳な威風を場に示し――智は、笑みを浮かべる。震える腕もなんのその……智は左の義眼(このは)に、己が獲物を捉えた。

 

 

「ちょっと浅間? さっさとズドンしなさいよ。……まさかアンタ、張り合う気じゃないでしょうね?」

 

「Jud. 張り合うつもりですよ? だって、その方が武蔵の強さを証明できるでしょうから。――あ、鈴さんの耳押さえてくださいね? 多分音とか、すごいと思いますから」

 

 

 ……少しの会話と、鈴が耳を抑えるまでに、十数秒。この数秒後――三砲からなる流体砲の斉射が行われるのだろう。

 

 

 

 

 その隣、武蔵が、指運に大量の防御術式を乗せる。数十、百、千と重なり圧縮し――。

 

 智が、大きく身を反らす。……より胸部が強調されて凄まじいことになってしまっているが、当人は全く気付くことなく――最後に限界を超えてその矢を引き絞り――。

 

 

 

 

 

 

 

「「……勝負!」」

 

 

 

 

 

 

  先手は譲ってやる。

 

 

 

  だから……さっさと撃ってこい。

 

 

 

 

 

 ――そんな、二人の挑発にしか見えない態度を見たわけではないだろう。

 だが上空から、圧倒的な暴力を顕現させた光の奔流が武蔵野……明らかに二人を狙って、瞬きの間に迫る。

 

 

「会いました……!」

 

「守り穿ちます……! ――――以上」

 

 

 ――轟音。

 そして、極光。

 

 

 

 大気を引き裂いて迫る光は、その行程の半分をやや過ぎたところで、止まる。阻まれる。

 

 

 武蔵側から放たれた二条の――圧倒的な暴力を、より濃密な力で捻じ伏せる砲撃。

 そして、連続で打ち出され続ける防御術式の進行に、阻まれたのは僅かに一瞬。

 

 

 

 ――光を食らい、防ぎ。停滞無く押し返し続ける二人の意思が、ついぞ負けることなく……光を放ち続ける砲台に至り――。

 

 

 

 

 

「ンフフフフフ♪ ……たーっ♪ まーっ♪ やぁーっ♪」

 

 

 

 

 ――大空に、本日で一番大きな三つの大爆発を、狂い咲かせた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 現場は移り――砲撃合戦を真上に見上げていた、各陣営の陸上部隊。

 武蔵へと放たれた三条の光を呆然と見上げ、そしてまた武蔵から放たれ返した二条と一条の光を見送り……墜ちていく敵艦を眺めていた。

 

 

 

『ズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖い……』

 

「ア、アデーレ! 終わった! 終わったから! ――機動殻込みのしがみ付きは流石に痛……ッ!!」

 

 

 約一名、トラウマの扉が開き、そして約一名に甚大な被害をもたらしていたりするが……武蔵側は砲撃戦の勝利に興奮している――ことにして。気にしない方向でいくらしい。

 

 

 

 気にしない方向で進めていたからこそ、墜ちていく艦を見上げていた点蔵が、『それ』に気付いた。

 

 

 

「あれは……ネシンバラ殿! 武神にござるっ!!」

 

『射出音はこっちでも感知できたよ。 ……現在三機が高速で武蔵に接近中――直接防護を抜いて落とす気だね。――幸いなのは、残ってる二艦には流体砲も武神も積んでいないってことくらいだけど……さて』

 

 

 一難さってなんとやら。流体砲三斉射に続き、今度は武神が三機。

 興奮していても、その空戦力の高さは分かる。言うまでも無く危機だ。

 

 

「おいおいおいおい、スーパー浅間タイム終わったら今度は空戦でってか!? ――いや、どうすんの? マジで」

 

『うーん、どうにかできる人はいるかい? 立候補じゃなくて推薦でもいいよ? 出来れば早急に、今すぐに』

 

「よっ、と――俺が行こうか? 飛べるわけじゃないけど、攻撃する手はいくつかある」

 

 

 機動殻の圧殺ハグから何とか抜け出した止水に、一同の視線が集る。

 見た限りで飛び道具の類を持っているようには見えないが――彼がここに来ていろいろとやっているだけあってか、普段なら冗談として聞き入れないことも、『本当に何とかしそうだ』と、すんなりと受け入れられていた。

 

 

 

 ……もっとも、それを決めるのは現在、全権指揮を一任されているネシンバラだ。

 対処が出来るという止水に武神の相手をさせる。――どうするのかは分からないが、自ら名乗り出たということは自信が有ってのことだろう。確実性は高い――のだが、その分陸上部隊の主柱の一本が抜けてしまうことになる。

 

 

 どうするか、とネシンバラが思考を加速させる中――止水はいつでも『跳べる』様、双脚に力を溜め始めた。

 

 

 

 

『……バカ言ってんじゃないよ、止めの字。アンタのやるべきことは、こっち(・・・)じゃないだろ?』

 

 

 そんな中、届いたのは声だった。

 

 

『空は、私たちにお任せくださいな。――我が王への道付け、お願いいたしますわよ? ――上ではなく前へ。私たちも、必ず続きます』

 

 

 

「おいおい直政にネイトかよ!? ズドンが良い格好したからってバコンとドカンが焦ってるぜ!!」

 

 

『空のことなら! ナイちゃんたちも忘れてもらっちゃあ困るよー!』

『武神三機に、良い女が四人。……数の上なら、余裕よね?』

 

 

 何処にいるのか分からない直政と、同じくネイト。そして、既に空にいる双嬢・マルゴットとナルゼ。

 四人分の通神画面がトーリの前に表示され、宣言した。

 

 

 

 ――『私たちが行く』と。

 

 

「なんだよ四人とも気合入ってんじゃねぇか! ――○●コンビはいいとして、ネイトと直政はどうすんだよ? 相手、空だぜ?」

 

『ふふ。愚問ですわ我が王。――相手が空にいるだけ(・・)でしょう? 騎士にはいささかの問題もありませんわ』

 

『ミトの言うまんまさね。……空にいるなら、地面に引き摺り下ろしてやれば良い。『地摺』朱雀の名前の通りに、ね。――ということで、空の武神はアタシ達がもらうよ、ネシンバラ』

 

 

 これ任せなかったら僕ボコボコにされる……? とこっそり零したネシンバラが苦笑しながらも、指示を示す。

 

 

『――分かった。それじゃあ、空の武神三機は四人に任せるよ。まだ残ってる敵艦の牽制はこっちでなんとかするから……。

 

 ――止水君。こっそり飛び出そうとするの、禁止ね?』

 

 

「……」

 

 

 ギクリ、と肩を震わせて止まる刀バカに、一同の生暖かい視線が集中した。

 ……止水は必死に顔を逸らしてごまかそうとしているが、姿勢が『位置について、ヨーイ』であるため――敢えて言うと、完全に無駄である。

 

 

 

『――なんだい止めの字。アタシらの心配かい?』

 

「……心配に、決まってるだろ」

 

 

 ……この男は本当に分かりやすい。と一同は呆れ、苦笑する。

 

 問答無用で止水一人が飛び出せば、直政たち四人が戦う必要も無くなる。――というなんとも極端な論からの行動をあっさりと止められた以上、口下手である止水にはネシンバラを納得させるだけの論を言うことも、また彼女達を止める言葉を見付かりはしない。

 

 

 ――チラリ、と見た通神画面の向こうでは、梃子でも譲らぬといった四人がいるわけで……。

 

 

「でもさ、止めても聞いてくれはしないんだろ? ――……なら、無理はするなってだけ。危なくなったら――俺が行くからな?」

 

 

 

『『『『……Jud.!!』』』』

 

 

 

 四人分の通神が途切れる。――おそらく、四人とも戦場(そら)へと向かったのだろう。

 止水が零したため息は、心配か、はたまた別の何かか。

 

 

「――おいダム、おめえやけにあっさりしてね? 俺的にもーちょい駄々コネまくってネイトたち止めるかなーって思ったんだけど」

 

 

 直に、砲撃戦の勝敗から来る混乱も冷めてくる頃合だ。膠着していた両陸上部隊も本格的な戦闘を開始するだろう。

 その中にあっても、トーリは笑顔を崩さない。

 

 

 

「まあ、そりゃ止めたいよ。……でも直政に言われちゃったからな。俺のやるべきことやらないと――直政たちに怒られる」

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

「――トーリ。と、あと全員。道作るからさ、先に行ってくれよ。ここは俺がやっとくから」

 

 

 

 

 そういって、盾を構える三河警護隊の間を通り抜け、前へ、誰よりも前へと進み出る。

 

 

 

『――えっと、これ、自分だけですか? 軽く自分の耳疑ってるんですけど』

「ああ、安心しろ。俺も今意識を飛ばしていた――バカがすごいバカなことを言ってる夢を……くそ、ふざけは無しだ。オイ止水!」

 

 

 アデーレが自身の頭(機動殻)をガンガンと叩いてなにやら直そうとして、ノリキが止めようと進もうとして――その足を止める。

 

 

 トーリにその肩をつかまれて、止められる。

 

 

「……オイバカ」

「待って怖い。ガチで怖いからマジで睨まないでくんね!? いや、大丈夫だからよ! だ、だよなダム!?」

 

 

「……大丈夫、かは分からないよ。絶対なんて保証はどこにもないし。……ただ、結構時間が危ないだろ。ここで皆でやり合ってたら、聖連が決めた姫さんの自害の時間までにたどり着けないし、多分、間に合わない。

 

 ――それに、告るんだろ? ……男が女を、待たせたらいけないんだってよ」

 

 

 

 下がる気配は、微塵にも無く。

 進み、歩み――2500対1……という、なんとも異常で、ありえてはならないだろう光景が、作られつつあった。

 

 

 

 圧倒的な、数の差。戦においてそれはもっとも重要な項目の一つである。相手よりも兵数・物量で上回ることが戦前の戦とさえ言われる所以だ。

 

 

 250対2500ですら、十倍。

 1対2500にいたっては――もう改めて言うまでも無く、そのままだ。

 

 

 

 

「――《変刀姿勢・戦型三番》。 酔いは醒めてるかよ『(つるぎ)』。出番だぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

【ああ――いいねぇ。分かってるじゃないか。ここで私を呼ぶのは正解だよ、止水のぼーや】

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな声が、何処からともなく聞こえて。

 

 1が、2へ。2と言っていいのか分からないが、きっと2へ、変わっていた。

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

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