境界線上の守り刀   作:陽紅

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今話より、感想返しを再会させていただきます。


 あわせまして、多くの方々から頂きました御声援、本当にありがとうございます。


十三章 刀、至ること『千』 【中】

 

 

 

 

「お、おい! 今更だが本当にいいのか!? いくら強いといってもこれでは余りにも――っ」

 

「おいおい無謀ってかよ!? なめちゃいけねぇよ! ダムはやるときゃやる奴だぜ!?

 

 

 ――多分……」

 

 

 

 ――大変不安なんだが!?

 

 トーリのボソリとつぶやいた一言。それを聞いた三河警護隊の一同の感想がこれである。

 

 

 『任せろ』と言った手前、当然止水にも自信があるのだろう。そして実際の問題として、警護隊としてはここで力を一切使わず、ほぼ完全に温存した状態で先へ進めるならそれに越したことはない。

 

 ……しかし、そのために一人が犠牲になるというのであれば、警護隊は『ふざけるな』と口をそろえるだろう。戦争なのだから犠牲は当然出るだろう。そこまで甘い考えは持ち合わせていないが、それでも『見殺し』などという胸糞悪い手を取りたいとも思わない。

 

 

 

 無数の、999本の刀が飛んでいく様には唖然・呆然としたものの……それでも人数を見れば一対軍……常識的に考えれば、全員で掛かるべき状況だ。

 

 ……トーリの言葉を受け、それでもなお警護の代表は通神の向こうにいるネシンバラに視線を送る。

 

 

 

『うーん。実は判断材料が少ないんだよね。僕ら非戦闘系の生徒って、止水君が戦うところを見るの、実質は初めてなんじゃないかな。普段からありえないバカ力とか、身体能力関係は結構見てるんだけど。

 

 ――戦闘系の君たちからして、どうなの? 止水君の強さって』

 

 

 

 うーん、という唸り声は、通神の向こうからも聞こえた。

 

 そして、それは、一人や二人ではなかった。

 

 

 

『射撃戦闘系巫女を代表して言いますと、『マジ当たらないんですけどあの人』ですね。最近なんてゼロ距離で矢が掴まれますし。たまに突然盾にされてって時も結構余裕で。

 

 まぁ、早い話――』

 

 

『重槍近接系従士を代表――って、あ、自分しかしないですかねこれ。……『刀と槍なら槍の方が有利』ーって言ってた昔の偉い人に見せてあげたいですね。真面目に。

 

 で、とどのつまりは――』

 

 

 

『武蔵機関部を代表して! あれは何時だったかねぇ! 作業場で地摺朱雀積載オーバーで倒れた時に下敷きにしちまったけどピンピンしてたさね止めの字は! ――っと! 行きなミト!

 

 まあ、結局は、だ!』

 

 

 

近接忍術師(ニンジャフォーサー)を代表して自分が。――悲しいまでに忍を忍ばせてくれないでござる。後ろから頭上から。気配消して奇襲してもまず確実に回避防御されるでござるな。

 

 つまり要約すると、でござるな――さん、はい」

 

 

 

 ――遠ざかっていく緋衣の背中は、加速を増して。

 

 それを見送る、友らの眼は信頼に満ちて。

 

 

 

 「『『『見てれば分かる と思いますよ / んじゃないですかねー / 分かるさね 』』』

 でござる――……え、何故に自分だけ別枠!?」

 

 

 点蔵の叫びと、奇しくも同時。

 

 止水が、その身を霞ませるまでの最高速に至り――西班牙方陣(テルシオ)が世界に誇る、防御の砦のそのど真ん中を。

 

 

 

 

 

 

 ……腕の一振り。刀一本。

 

 

 

 なんと驚くことに、それだけで爆発を叩き起こした。

 

 

「「『『…………』』」」

 

 

 

 人が、最重量装備で身を固めた盾兵十数名が――空を豪快に舞い踊る。当然そこに彼らの意思は欠片もない。

 

 大きく抉られた大地だった岩やら石やら土と共に、陣の中にか外にか関係なく、呆気なく墜ちていく。

 

 

 

 大地を抉る一撃を叩き出したその刀は、止水の肩に現われた『鞘口』に収められる。その鞘口と柄は、【(つるぎ)】の拍手と同時に掻き消え、再び丸腰に戻った止水。

 

 そして――おそらく、先ほどの爆発で大地と一緒に空へと打ち上がっていった一刀だろう。その小太刀ほどの長さの刀を器用に掴み、その切っ先を、陣の中央へと向けた。

 

 

 

 

 ――いまから、そこに進む。

 

 ――止められるものならば、止めて見せろ。……と。

 

 

 

 

「……おいおいおいおいおい、点蔵。俺だけかよ『ダムすげぇ!?』って思ってんの。おめぇら、たまにダムと『しゅぎょー』してるとか言ってたよな? いっつもああなのかよ」

 

 

「あ、ネシンバラ殿。先ほどの会話、全カットでお願いするでござるよ。いや、マジで、なんでござるかアレ。爆発って、え?」

 

『……自分達って相当手加減されてたんですねー……いや、でもあれ、地面が……えー』

 

 

 

『……ねぇ、今どんな気持ちだい? 自信満々に『見れば分かる』って言った当人達。……誰も知らなかったの?』

 

「……あー、そうらしいぜ? けどまーしゃーねぇんじゃね? ……ダムって基本、っていうかまず『キレ』ねぇからなぁ――アイツが喧嘩とか、ねぇわ」

 

 

 

 目の当たりにしていたのは、『守る彼』のみ。

 

 

 十年を越える年月を共にした友人らでさえ――『攻める彼』を、見たことがないらしい。

 

 

 

 ……白刃が――閃いた。

 

 

 

***

 

 

 

両手で振れば強かろう

 

 

片手で振るより、強かろう

 

 

 それでも、片手で振るう愚か者

 

 

 

配点【手を引くための手】

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 前には敵。

 

 

 後ろにも敵。

 

 

 

 右も左も、皆敵。

 

 

 

 上には大空だけがあり、下には大地だけがある。

 

 

 

【(――嗚呼、悪くないね)】

 

 

 

 そう……【(つるぎ)】は心の内で、静かにつぶやいた。

 

 

 血を流し尽くし、肉を失い。魂と思考だけとなり、息づいていたときの名も忘れ――。

 

 いつしか、いつからか。生きる者たちに『守り刀の【(つるぎ)】』と呼ばれる様になって久しい走狗の身体。

 

 

 

 幾百の戦場を己の身で、己が刀で駆け抜けた。

 

 

 幾億の戦場を己の眼で、緋色の肩越しに見届けた。

 

 

 

 そんな膨大な経験の中において……【(つるぎ)】はこの戦場を、『悪くない』と評した。

 

 しかし、笑みを作っている口元さえ見れば――評価は悪くない(それ)だけではない――と、誰もが思うだろう。

 

 

 

 

 一人対、二千超。刀対、飛び道具。

 

 

 

 

 その事実を見ただけで、明確な、圧倒的な劣勢を意識せざるを得ないだろう。だからこそ、三河警護隊の面々は不安を覚えたのだ。

 しかしそんな不安も、【(つるぎ)】からしてみれば、たかが、二千ちょっと。たかが、飛び道具如きであった。

 

 

 数の差ならもっと酷い戦場があった。一対数()のときなんて、良くもまあ一人相手に集ったものだと呆れたものだ。

 

 武器の差なら、月よりも遠い遥か高みから光を放てるカラクリを相手にしたときもある。――いや、あれには驚いた。月は夜に見上げ、酒の肴にするものだと【(つるぎ)】は思っていただけに、『距離を推し量る目安』になどと考えたことも無かった。

 

 

 

 ……時代を重ねていくたびに、戦場は大きくなっていった。それらの時々の際たる戦場に比べたら、人数は少ない上に武器も貧弱。少々どころか彼女にとっては物足りない戦場と言えるだろう。

 

 

 それでも――【(つるぎ)】は『悪くない』と笑みを浮かべる。

 

 

 

 この戦が、『守る』だけではなく、『守りにいく』ための戦場であることと。この戦いが、その先駆けであること。

 

 

 

 

 

 そしてなにより。今この場にこそいないものの――止水と……守り刀と『共に戦う』と拳を掲げ、鬨の声を上げてくれた者達がいる戦場。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かと共に戦う戦場など――【(つるぎ)】は、知らない。

 

 

 

 

 

 

【一刀・納刀! ――さあ、止水のぼーや! 一刀ずつなんて小出しせずに行くよ! まずは……『十刀式』!!】

 

「……俺よりも【(つるぎ)】が熱くなってるのは何でだろう、なっ!」

 

 

 羨ましいんだ。そして若干、妬ましいんだ。

 そんな感情を隠しもせずに、【(つるぎ)】は使役するべき刀を選別する。

 

 

 ……ああ、己を持てる肉がほしい。熱く滾る血がほしい。刀を握る腕が何よりもほしい。この高揚感を爆発させたい……切実に。

 だから代わっておくれ。代わりに戦っておくれ。

 

 

 

 止水が足裏に術式を展開させて踏みつけた震脚により、地面より高く飛び上がったのは、【(つるぎ)】が言うように丁度十本の刀だ。全てが止水の身の丈ほどもありそうな長い刀。

 人間の腕は二本しかないというのに十本――? と、当然のような疑問を抱く三征西班牙(トレス・エスパニア)の目の前にして。

 

 

 

「――変刀()()……!」

 

 

 

 右手にした刀は、長刀一本のみ。

 

 しかしその切っ先に連なった――三本の刀。三本の先にそれぞれ二本が繋がって十刀。その形は――

 

 

 

「鳥の、足……?」 

 

【はっはっは! 鳥の足にも確かに見えるが残念。これはホウキ(・・・)だよ。『千刀十系・刀掃き』ってね――【(わたし)】の売りは一対軍。つまりこれも、それ相応の技さ】

 

 

 彼女曰くホウキらしい。それを携えた止水が、高く飛び上がり振りかぶる。刀四本分の距離を、一刀分の振り速度で――縦に。刀が兵を巻き込み、そして巻き込まれた兵が後ろにいる兵を巻き込んでの連鎖を繰り返し続け―― 一直線に。

 

 

 

 

 開戦の折、止水が榴弾を打ち返して大破させた――姫へと続く、その門まで。

 大軍を裂いて、突破口を作って見せた。

 

 役目を終えた刀たちが不自然な軌道で止水へと飛んで帰り、かざした手――出現した十の鳥居術式に納まっていく。

 

 

 

「――道でござる! 全員最速で突破するでござるよ!!」

 

「「「「っ! 応!!」」」」 

 

『え、ちょ、無理ですって自分、これ足遅――あれ? 足が地面に――あれぇ!?』

 

 

 

 

【十刀・納刀っと。……中々どうして、機を読むのが上手い子が多いじゃないか】

 

 

 先頭を進む点蔵、次いで、ノリキが駆けていく。それに間をおかず、左右に盾を並べながら警護隊の面々が術式込みの全速力で駆け抜けていった。

 その最後尾は、ペルソナ君だ。トーリを乗せたアデーレの機動殻を背負うようにして担ぎ、重量感を盛大に見せ付けて必死に駆けている。

 

 

 流石にそれほどの速度は出せないらしい。万が一を考えて、すぐさまに一刀を引き抜いた止水が駆け寄って追走した。

 

 

「おいダム。 俺らとりあえず、先行ってるからよ。おめぇもさっさと来いよな」

「Jud.――多分姫さん、まだ寝てるだろうから。先に行ってたたき起こしておいてくれよ。俺も、すぐ行くからさ」

 

 

 ただそれだけのやり取り。言葉は少なく。しかし当人達には十分すぎるほどに。

 

 トーリの顔は、いつものニッコリとした笑みを浮かべながらすでに前を向いている。止水も立ち直れていない左右の軍勢に気を張っている。

 

 

『あ、あの! その……残るんですよね、止水さん』

「ん? ああ。まぁ、追撃されたらマズイからな。それに、刀置いていけないし」

 

【私は捨て置いても構わないとは思ってるけどねぇ――まあ、奴さんたちを最低でも足止めしないといけないのはその通りだよ……心配かい? でも、適材適所ってやつだよお嬢さん】

 

 

 ホライゾンの自害決行まで時間が無い。しかし、この一軍も無視して進めるわけが無い。アデーレにも、それは分かっている。……止水の追走もそろそろ終わるだろう。

 

 

 

『止水さん!』

 

 

 いろいろ考えて、なんと言えばいいのかを悩んで。

 

 

 

『――ご武運をっ!』

 

 

 門を目前に、友たちが行く門を背にして急制動をかける彼の背中に。

 アデーレはただ、それだけを伝えた。

 

 

 

【――止水のぼーや、この戦が終わったら、お説教兼勉強会だ。女心とかそのへんを重点的に叩き込んであげるよ】

 

「なんだよいきなり……?」

 

 【(つるぎ)】の突然の物言いに、止水がかなりげんなりとした表情になった。何故、という意味を込めて見上げても、『当然だ』とばかりに見下され――意味がわからんと小さくつぶやいて、自分の相手を、また眺める。

 

 

 大きく陣形を崩されながらも立ち直りつつある三征西班牙(トレス・エスパニア)勢。……先ほど十刀でそれなりに減らしたと思ったが、かなりの数に攻撃範囲から逃れられてしまったらしい。数十名の脱落がいいところだろう。

 

 

 その事実を受け止めて、止水はまたげんなりと肩を落とす。

 すぐに行く、と。トーリと約束してしまったのだ。だからこそこの場を、すぐに終わらせる必要がある。だというのに相手は未だ2400人余り。

 

 

 

 そして『すぐに終わらせる』……そのためには――。

 

 

 

「ちょっと厳しいけど――巡るぞ。【(つるぎ)】」

 

【わかった、心得たよ。いや、ぼーや達風に言うと、じゃっじ。】

 

 

 苦笑とも微笑みとも取れる笑いを浮かべ、【(つるぎ)】は本日幾度目かの拍手を叩く。

 

 

 

 一度目の拍手。

 いまだ、大地に刺さっている九百八十七本の刀たちから、かすかな緋焔が立ち登る。今度は何だ、と僅かにざわめくが、見た目にかすかな変化が出ただけで、被害は一切ない。

 

 

 二度目の拍手。

 

 そして、千刀を開始したときの様に――止水の身体から、緋色の焔があふれ出す。唯一違う点を上げれば、緋焔が天に昇ることはなく――止水の身体に、押し込まれていくように、渦巻いていることか。

 

 

 

「……っ。これで、何割だ?」

 

【五……と言いたいけど、まだ四ちょっと。……焦るんじゃないよ、ぼーや。歴代の中でぼーやと同じ年で、纏えた奴なんかいやない。

 ――胸張って、堂々と巡りなよ】

 

 

 

 ……そっか、と。

 駆けて行った身内が、誰も見えなくなったそこで――本当にかすかに、苦しげに顔をゆがめる。

 

 ゆがめて――次には、消えていた。

 

 

 

「……は?」

 

 

 止水に最も近い場所で盾を構えていた一人の兵が、そんな、間の抜けた声を漏らす。

 止水が、止水本人が、消えていた。

 

 

 

「うおわぁあ!?」

「なんっ――!?」

 

 

 そして、背後からの悲鳴。とっさに振り返り確認すれば、宙へと舞い上がっていく同僚達。

 ……かすかな緋色が人垣の向こうにあるのを視界に捉え。耳が、ギリギリ、澄んだ納刀音を拾った。

 

 

 

「ぎっ!?」

「おい! どうしっがぁ!?」

 

 

 遠く離れた場所から上がる苦悶の声と悲鳴。そして――納刀音。

 

 

 列を成す兵達の間に、緋焔がチラリと垣間見える。

 

 

「グフッ……!」

 

 

 しかし、そこと全く別の場所で仲間が倒れていく。そして――納刀音。

 

 悲鳴、苦悶。そのいずれかと納刀音が交互に響き、次第に音同士の感覚は短くなっていく。

 獅子の身中にいるのは――、虫などという生易しい存在ではない。

 

 

 

 

 緋衣と緋炎を荒々しく纏い上げ、戦場にいるとは思えないほどに平然とした表情の―― 一人の鬼であった。

 

 

 

 




読了、ありがとうございました。

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