境界線上の守り刀   作:陽紅

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少し短いです。


十五章 刀、不折 【上】

 

『 夕暮れ時、17時25分。

 

 第一戦

 三征西班牙(トレス・エスパニア)勢2500名からなる西班牙方陣(テルシオ)。防衛主体のこれに対し、武蔵勢は総長連合番外特務である止水が単騎にて相対。

 比喩ではなく、相違なく一騎当千足りうる実力にてこれを撃破。なお、当戦闘による死者0。

 

 

 同刻。第二戦

 武蔵本丸より総艦長武蔵とズドン巫女――失礼、浅間智のズドンにより撃墜された三艦より射出された三機の武神。これに対し、武蔵総長連合特務乙女組の四人が迎撃。

 ドカンとネイト・ミトツダイラに、バコンと直政繰る地摺朱雀により、三機のうち二機が撃墜。

 なお現在も、黒嬢マルゴット・ナイト、白嬢マルガ・ナルゼの双嬢が残った一機と交戦中。

 

 

 

 夕暮れ時、17時33分。

 

 三征西班牙(トレス・エスパニア)、八大竜王が一人――立花 宗茂が出撃。僅か数分足らずで、あと少しで武蔵本丸を大罪武装による砲撃射程圏内に収められる位置にまで進行。

 しかしギリギリのところで、向井 鈴の一報を受け、躊躇うことなく急行した止水により足止めに成功。

 そしてなぜか、副会長の本多 正純を護衛しているはずの本多 二代が乱入。立花 宗茂との戦闘を開始。  』

 

 

 

 

 

17:35 name 未熟者

 

 えーと、とりあえず簡単にまとめてみたけど、今のところこんな感じだよ。なにか質問が――あっても胸のうちにそっとしまっておいてね。答えるの面倒だから。

 

 

17:35 name アサマチ

 

 えーっと、あの、私と武蔵さんの活躍が凄く、すっごーく、蔑ろにされてません? されてますよね? あ、いえ。別にいいんですよ? いいんですけど、やっぱりこう、成果はキチンと明記しないとほら、信用問題になっちゃいますよ? 

 

 

17:35 name 俺

 

 皆お前がオパーイ張ったこと知ってっから問題ねーよ浅間! あ。あとよ、質問じゃなくてマジレスすっけどさ、二代副長にしたの早まったっぽい? セージュンもネイトと一緒でボッチ耐性ねぇんだから戦場放置プレイとか駄目じゃね?

 

 

17:35 name 賢姉

 

 ンフフしょうがないから夜のお布団チョメチョメに今も一人でプルプルしているミトツダイラ! そしておまけにいろいろ貧しい政治家!! アンタ達も混ぜてあげるわ!! ――右がいい? 左がいーい? 上は駄目よ鈴の指定席なんだからっ!!

 あ、そうそう愚弟。浅間がズドン狙ってるから注意よ! 戦争中の事故って怖いわよね!?

 

 

17:35 name 銀狼

 

 で、でしたら左希ぼ――はっ!? き、喜美! 貴女やっぱりアレそういう意味だったんじゃない! そ、それに私は別に一人でも大丈夫で――……

 

 

17:35 name 約全員

 

 またまた御冗談を~☆ 

 

 

17:35 name 銀狼

 

 なっ、冗談ではありません!! ほ、ほら、早くホライゾンを助けに行きますわよ!!

 

 

17:35 name 俺

 

 いいじゃんナイスなツンデレだぜネイト!

 

 

17:36 name 十ZO

 

 む!? 自分たち陸上部隊敵方本陣に到着でござる。

 それでは各々方、ご武運を。

 

 

17:36 name 俺

 

 おいおいテンゾー!! いきなり素にもどんなよ!?

 

 あとさ、えっと――それさ、多分じゃなくてもよ……俺が言う台詞じゃね?

 皆、がんばってくれよー、的な台詞だよな、それ。

 

 

17:35 name 十ZO

 

 あれ……もしかしてこれ、やっちまった感じでござるか、自分これ。

 

 

 

 

 

17:37 name 影打

 

 おーい、正純なんとか拾ったぞー。

 

 

 

   ―― 17:37 name 銀狼 さんにより、強制終了されました。

 

 

 

 

 

 

「ん……あれ? おかしいな、終わっちゃった……まあいっか」

 

「な、なぁ、緊張感、無さ過ぎじゃないか、皆……」

 

 

 整備されていそうでされていない――早い話、獣道のような林道を駆け抜ける止水。

 走りながら通神板を操作するのは大変危ないのだが、うねる木の根や地面がどこにあるのかも分からないような茂み満載の悪道にも関わらず、平然とした顔でかなりの速度を維持している。

 

 そして、その背中にこのたびライドオンしている(しがみ付いている)のが、止水が通神板で伝えたとおり正純である。肩越しに覗き込むようにして、緊張感の欠片も無い通神内容に頬を引きつらせていた。

 

 

 ……ここで余談だが、実は正純――今まで担がれたことは何度もあるが、その時は大体空腹で前後不覚の餓死寸前だったため、はっきり言ってその時の記憶はほとんどと言っていいほど無い。

 

 だから、今回のようにはっきりと意識(・・)したのは、意外にも初めてのことだった。

 

 本当に走っているのか? と疑問を持ってしまうほど揺れの少ない背中に乗り、肩にしがみ付いて、覗き込むようにして止水の手元の通神板を見ていたのだが――。

 

 

(……か、肩幅、広いな。……それに、うん……)

 

 

 正純が三人ほど余裕で入りそうなほど広い肩幅に、今更ながらドギマギしていた。

 測るように左肩の端と右肩の端に手を添え、結構な力を込めて押してもビクともしない――と、そこまでやりきって、我に返って顔をぶんぶんと振り乱す。

 

 

「んー、そうか? 俺は逆に、いつもどおりで安心したけどな。これが初めての実戦だー、って言ったって誰も信じないだろ。」

 

 

 確かに。と正純は苦笑を返す。

 

 それから止水の歩幅にて十数歩分の間を置き――肩を掴む手の力を、ほんの少し強めながら、問うた。

 

 

「――なあ、止水。……さっきの現状報告を見る限り、一応武蔵側が優勢――と思っていいんだよ、な?」

 

 

 報告の通りであれば、驚くべきことに武蔵側の被害はゼロ。――二強国の連合を相手にしていながら、ある程度の交戦を終えていながら……だ。

 これまでで友人が誰一人、仲間が誰一人怪我などが無いというのも確かに喜ばしいことだ。しかもその上、この事実のまま勝利できれば……武蔵は今後他国に対し、とてつもないアドバンテージを持てるだろう。

 

 大罪武装八つのうちの二つ。さらにそこに加え、圧倒的な戦力差を相手にしても覆せる武力がある。それを全世界に知らしめることが出来るのだ。今後絶対あるだろう、武力を用いた他国との外交にも、力強い手札が一枚加わることになる。

 

 

 ……そんな、希望的になれるいくつもの要素があり、その希望の形が明確に見えていた正純が――思わず同意を得るような問い方をしても、仕方がないのだろう。

 

 

「……なあ、正純。さっきも言って、もう一回言うけどさ……俺たち……いや、武蔵ってさ。これが、本当に始めての戦争なんだよ」

 

 

 しかし、希望に明るい正純に対し、止水はまた『逆』の感情を抱いていた。

 初めての戦争に対し、みんなが緊張や恐怖に強いられることなく本来の力を発揮している。それは喜ばしいことで間違いは無い。

 

 

 

 しかし、だからこそ――。

 

 

 

「……そろそろ、だよなぁ。『来る』としたら」

 

 

 

 止水は、何かを予感していた。惜しむらくは、彼が感じていたそれがなんとなくの……『勘』というものでしかなく、それを説明するだけの説明能力が止水には足りていなかったことだろう。

 

 

 

 獣道が終わり、目視で敵本陣を捉え。

 

 正純が、僅かに聞こえた止水の言葉に問い返そうとした、それと同刻。

 

 

 

 

 武蔵の誰もが聞き取ることの出来なかった、たった一度のフィンガースナップを合図に――

 

 

 

 ――戦況が大きく動こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っていうかさ、緊張感がないっていうなら、正純だってそうじゃん。なんだよ『うっきゃあ!?』って」

 

 

「なあっ!? あ、あれはお前がいきなり茂みから出てくるから……っ!? とにかく忘れろ! いいか!? 絶対だぞ!?」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……?」

 

 

 その小さな違和感に気付いたのは、航空都市艦『武蔵』の総艦長を務める武蔵その人だった。流体砲も武神すらも積んでいない、何故でてきたのか分からない――おまけのように時折砲撃を仕掛けてくる二艦。

 その砲撃を、淡々と防いでいたのだが……。

 

 

 その砲撃が、ピタリと止んだ。

 艦の大きさからして、こんなに早く弾切れになるはずはない――と自動人形の高速思考を必要としなくても分かる事実を念頭に、思考を早める。

 

 

(――予備として投入されたため、砲弾の数が最低限なのでしょうか。それとも、止水様の相手をした兵の回収……止水様の御活躍は超高画質で録画完了、機密フォルダ内に保存完了。鈴様、砲撃がやんでホッとなさって――)

 

 

 いけません。――――以上。と思考をリセットする。

 それでもしっかりと鈴のホッと安堵した瞬間を高画質で収め、砲撃をやめた上に、武蔵から離れつつある件の二艦を見上げる。

 

 

 大した危機――とは思えなかったが、『危険が去っていく』という報告は、武蔵住民にしてみれば安堵できるものだろう。

 

 

 しかし、何故? 何故このタイミングで?

 先の三艦が落ちたときに、撤退しようと思えば出来たはずだ。なのに、今――武蔵勢が、優勢に立てたと判断できる、こんなタイミングで。

 

 

 不意打ちを警戒しつつも、武蔵は通神画面を開き、各戦場を見る。

 

 

 

 一機の武神と空戦を繰り広げる、空の双嬢。

 

 森の中を高速で動きまわり、刹那の火の花を散らしあう宗茂と二代の激戦。

 

 武蔵陸上部隊は、K.P.A.Italia勢の本艦たる『栄光丸』の寄港している広場に到着している。

 

 止水はなにやらお冠の正純にポカポカと殴られているところを録画でJud.

 

 

 よく戦っている。

 

 しかし何か……どこかに違和感がないだろうか。

 

 

 

「……?」

 

「あ、あのー、武蔵さん。さっきから挙動不審だけど、どうかしたの?」

 

 

 普段滅多に怒らない人が怒ると凄まじく怖い様に、普段から冷静で頼れる人物にカテゴリされる武蔵が落ち着いていない。それだけでかすかながらも不安要素になる。

 ……表情は自動人形ゆえに落ち着き払っているのであしからず。手元の通神を高速で操作し、何かを確認している。

 

 

 

 そして――。

 

 

「……っ! 浅間様! 大至急敵艦の撃墜を!!」

 

 

 ――そして、何かのデータと何かの平均データを見比べて……武蔵が。『あの』武蔵が、声を荒げた。

 

 至急の前に、『大』を付けて、『以上』という口癖さえもかなぐり捨てて――智に指示を飛ばした。

 

 

 学生間抗争、学生以外は関わることが禁じられているという事実を、知っているにも関わらず。

 

 

「は、はいっ!? あ、いや、でもまだ拝気熱の排出が……!」

「っ……!」

 

 

 撃墜不可能――武蔵の防御術式は相手の砲撃を暴発させる必要がある上に、最早届く位置でもない。この距離から穿てる智が無理であれば――。

 

 

「して、やられました……――――以上」

 

「まって、まさか――今までの砲撃は……悪あがきじゃなくて『牽制』……?」

 

 

 ネシンバラが、撤退――否、目標を変更した二艦を呆然と見上げ、次いで、苦々しい表情で睨みあげた。

 

 

「……あとはまあ、『確認』でしょうね。浅間の連射性能と――武蔵からこれ以上『航空戦力』が出てこないことの、ね」

 

 

 去り往く二艦を睨むオリオトライは、長剣をぎゅっと握り――。

 

 

「……あんたたちさ、勢い、付きすぎじゃない? 普段より力はでてるかもしれないけど――初の実戦で、浮ついちゃったかー?」

 

 

 生徒達に……言いたくても言えなかった指摘を、やっと、伝えた。

 

 

(ああ、んっとうに、歯がゆいわね。……【(つるぎ)】さんの愚痴の意味が、ようやくわかったわ)

 

 

 恨めしく睨み上げるオリオトライなど気にも留めず、二艦が……再び砲撃を開始した。

 

 砲撃目標は武蔵では、ない。武蔵は最早、防御術式を展開しようともしない。

 

 

 一艦は、空へ。もう一艦は、地上へ。今まで眠っていたのではないかと思えるほど、荒々しい砲撃だ。いまさら、その目標となった戦場に一報を入れても遅いだろうが――。

 

 

「くそ……! いや、違う――ごめん、でも……」

 

 

 繋げた通神の、相手の応対を待つ暇も無く。

 

 

 

 

「耐えてくれよ……!!」

 

 

 

 

 

 ――その相手の、返事を聞くことも、出来はしなかった。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

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