境界線上の守り刀   作:陽紅

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十六章 刀、王と共に 【上】

 すべての動きを止め、呼吸すらも忘れ。

 

 

 ……二代は、ただただ、笑った。

 

 

 武の道を歩むと父に誓ったその瞬間より、戦場で傷を負うことは当然として、死さえも覚悟している。しかし、恐怖がそれで消えるわけではない。

 

 傷、というより痛いのは忌避するものであるし、死ぬことも――何も為せずに、死ぬことも、当然、怖い。

 

 

(影すら、踏めぬ……ッ! 嗚呼まさに! まさにまさに言われたとおり!! 背中にも追いつけぬでござるなぁ!! 同じ道は、拙者には到底進めぬ……!!)

 

 

 誇りを汚されたと、その事実を知った瞬間は憤った。

 尋常の勝負にして、一対一の真剣勝負。なにものの邪魔さえ入ってはならず―― 先に邪魔したのは自分だがそこらへんは忘れておくことにして ――いかなる横槍さえ批難の対象となるだろう。

 

 

 しかし、槍を交えながらもう少し考えてみて――自分には絶対に真似できないと、瞬時に認めることとなった。

 

 

 痛みも傷も嫌だ。死ぬことだって怖い。

 自分の分だけでこれほどなのに――戦場に立つ誰かの分まで背負うなんて、きっと、自分には出来ない。考えもしない。

 

 

 自分が倒れてしまえば――というとてつもない重責で、きっと全力で戦うことなど、出来ないだろう。それでも、彼は戦うのだろう。

 

 

「なるほど……! 嘘偽りなく『守り刀』でござるな……!」

 

「やれやれ……私はこれ、何度仕切りなおしたらいいんでしょうね……っ」

 

 

 何事か。と、いうことは問わない。『何故か』聞こえてきたもう一人の本多と武蔵の女子の会話を聞いて――宗茂もよりより覚悟を決めたのだから。

 

 

「問題はないでござる! これより拙者……本気でござる!」

 

「……上等です。ならば私も、本気でお相手しましょう」

 

 

 なによりもまず、眼前の敵を。

 ――そしてその先に居るだろう、ある境地に達しているであろう男との、一騎打ちの為に。

 

 

「東国無双が娘! 本多 二代!!」

 

「八大竜王が一人、立花 宗茂!!」

 

 

 

 互いの名乗り上げの後の、ほんの刹那の間。

 

 

 

「「おおぉぉぉおおおおおお!!!!!」」

 

 

 気合の叫びは距離を零にし、互いの刃が激突した衝撃により。

 

 

 ――その林道に、最早修復不可能なほどのクレーターが発生した。

 

 

 

***

 

 

 多くを語る、必要はなし。

 

 

 

    配点 《王道》

 

 

***

 

 

 

 ――例えば、の話をしよう。

 

 

 例えば、野球だ。九回の裏のもはや終盤、ツーアウトを取られ、その上自軍は何点も差をつけられている。観客席で応援していたファン達は最早諦めムード一色で、声援にも力がない。

 

 例えば、何かしらの競争だ。自分はアンカーで、なのにバトンを手渡されたとき、競うべき相手はもう半ばを走り終えている。既に走り終えた仲間達は確実に来るであろう『敗北』に膝を屈している。

 

 

 例えば、上記の二つに並んで、『敗北必至』な状況を、想像していただきたい。

 

 

「ク、クク……」

 

 

 ――そして、そんな状況から。

 

 

「クハハ……!」

 

 

 

 僅かな僅かな可能性に賭け、足掻き、手繰り寄せた逆転勝利。人はそれを……。

 

 

 

「はっはっは……『奇跡』、などではないぞ? いいか、おい。

 

 ――これが、『必定』というものだ。勝利への絶対的な確証。聖譜の在る世界において、結果にはすべて、必ず正義が付いてくるんだよ」

 

 

 可能性ではない。そうなる道筋を、刻み付けるように示したのだから。

 

 逆転などではない。最初から、そもそも劣勢にすらなっていないのだから。

 

 

 

 『 我ら、聖譜の元に行動せり 』

 

 『 我ら、聖譜の元に結論せり 』

 

 『 我ら、聖譜の元に規範せり 』

 

 

 教皇総長・インノケンティウスは高らかに。自身が旗艦である『栄光丸』の甲板上にて宣言した。

 右手に備えたる大罪『淫蕩の御身』を掲げ、眼と口に弧を描きながら。

 

 

 K.P.A.Italiaが誇る精鋭部隊。経験も、実力においても。武蔵の手勢を悠々と上回り、数の上でも数倍の差。

 

 既に命運は、掌の上――あとはもう、握りつぶすだけだった。

 

 

 

「おい点蔵! 六回ワンワンじゃたりねぇっぽいから縦三回転のニャーだ! ダム急いで召喚しねぇとやべぇよおい!」

 

「いや待って! 止水殿は犬猫というよりは黒藻派でっていうか何で自分!? さ、さっきもやってからあれー? って思ったでござるけど!!」

 

「いやだってさ……適任、おめぇじゃん? こう……さ?」

 

 

 

 その眼下。掌の上にいると比喩された、何故か木にしがみつくように上っているトーリと、そこを基点にかろうじて陣を作っている武蔵勢。

 

 『淫蕩の御身』により防御術式を形成することも儘ならず、文字通り身体を張って凌いでいる。だが直に、それも崩れるだろう。

 

 

 

 

 ……だというのに、この緊張感のなさはどうしたことか。

 

 

 

 

「だってよ? アデーレにやらせっとよ? 各方面から多分すっげぇ苦情とか批判とか殺到するじゃん? でも俺がやるのも、なぁんか、なんだ? 悔しいってか恥ずかしいーっていうかよ。

 

 ――で、思いついたわけだよ! 生贄(点蔵)がいるじゃん! って!!」

 

 

「待ってルビ振りぃぃ!? 今絶対ルビ振り間違ってござるな!? 生贄を強調したでござるよな!?」

 

 

「なんでもいいから援軍を呼べるならやってくれ!! 陣の維持がそろそろ限界だ! 精神的にきついんだよこっちは……!」

 

 

 切羽詰まった、おそらく三河警護隊の代表各だろう者の要求。防具の破損や汚れは目立つが、怪我などは一切負っていない。

 負傷を止水に奪われている以上ソレが原因で戦線離脱はないが――その事実を知って――攻撃を受ける度、湧き上がる悔しさに心が先に押し潰されそうだった。

 

 

 

 

「ぐ、ぐぬぅ……!」

 

 

 

 点蔵が、そんな一同を見て何やら壮絶な葛藤を繰り広げる。プルプルと拳が震えるほどに握り締め、唸る。

 自分も同じ気持ちだ。少なくとも十年前、憤りのままに自分より大きな止水の胸倉を掴んだ記憶もある。

 

 

 

 ――だがしかし、ソレ(ニャー)とこれとは、余りにも話が違い過ぎないでござろうか。

 そもそも、ニャーする空気だろうか。現状かなりシリアスな場面では? という、なんとも点蔵らしい苦悩の末――

 

 

 

 

 やがて、意を決したように顔を跳ね上げ――天高く飛び上がる……!

 

 

 後方に、一転。伸脚しまた一転。最後に身体を捻りながら一転し――合わせること、三回転。

 

 

 足をそろえて着地し――体勢を戻すと同時に、点蔵はあらん限りの声で叫んだ。

 

 

 

「っ! ニャァアアア!!!!」

 

 

 

 

 ――多分、絶対に。

 

 取り返せないだろう、黒い歴史を……。盛大に、叫んだ。

 

 

 

 

 

「……ああ、うん。お疲れ」

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

『『『『『『……』』』』』』

 

 

 

 一斉に開いた通神からくる、仲間達の『うわマジでやりやがったよコイツ』的な視線が大変痛い。幸いにもK.P.A.Italia勢の攻勢も止まってはいるが……防具越しに送られてくる視線には、多くの同情が篭っている。

 

 

 

 ……敵方のほうが哀れんでくれているとは、これ如何に。

 

 

 

 

「――まぁ、なんだ、おい。俺が言うのもどうかという感じはあるが、流石に言わせてもらうぞ?

 

 ……強く、生きろよ……!」

 

 

 

 淫蕩の御身を発動させたまま、やや横にどけ――教皇は心からの、若干裏返るほどに感情を込めた声援を送った。

 敵対はしている。しているが、これくらいの『塩』なら誰も見咎めはしないだろう。――見咎めないでくれ。頼むから。と、そんなことを考えながら。

 

 

 

「く、くそぅ! 敵方のボスの励ましが一番ってどういうことでござる……!? もう巻いて、いやもういっそ自分の(くだり)全カットで! はいキュー!!」

 

 

 点蔵の行を全カット。そう言われ――防ぐ武蔵勢、攻めるK.P.A.Italia勢はお互いに視線を交わし、何処からだっけとしばし考える。そして、とりあえず陣形を防御に適したものにして身構え、守り方の準備完了をしっかりと確認してから、攻撃を再開した。

 

 

 再開した自軍の攻勢と、やはり追い詰められるしかない武蔵勢を眼下に、インノケンティウスは咳払いを一つ。

 そして――ちょっといろいろとあったが――改心の笑みを、浮かべることが出来た。

 

 

 

 思えば、武蔵――極東とインノケンティウスの因縁は長い。

 今代の学長である酒井が三河教導院の総長で会ったころからの因縁であるから、それはもう何十年と経っているのだろう。あの時は搦め手を使われて目的を為すことは出来なかったが――それも、今回のための布石なのだと思えば多少は溜飲を下がるというもの。

 

 

(なあ、おい。――気付いているか? 武蔵の若僧達よ)

 

 

 現時点、この抗争の中で、消耗しているのがお前達と三征西班牙(トレス・エスパニア)だけだということを。

 ガリレオを討ったことは……見事、と一応言ってやらんでもない。しかし、アレもきっと『教師としての性』がでたが故の敗北だろう。などなど、言い分はいくらでも立つ。

 

 

 

(K.P.A.Italiaの再興はここからというわけだ。……松平元信の言が正しければ、嫉妬の大罪――全竜は、八つの大罪の力を集約することが出来る。手中に、とは欲は掻けんが……)

 

 

 強く、強く。八つの――否。九つのうちの、一つを強く握り締める。

 

 

 

(俺達が『末世解決』の陣頭指揮を執ると言えるだけの成果が、この抗争にはある――!)

 

 

 

 そして、その成果を今まさに――手に収めんとしている。

 

 

 

 

 

「俺の勝ちだ、酒井……! 今度こそ――……」

 

 

 

 意気込みを改め、最後の号令を下そうとして――インノケンティウスは、『それ』を見た。

 

 その戦場の、誰よりも高い位置に居たからこそ、誰よりも早く『それ』に気付けたのだろう。

 

 

 

「んん……?」

 

 

 問題は空。――こちらに向かってくる、三征西班牙(トレス・エスパニア)の航空艦。五艦あったうちの、最後の一隻。

 武蔵側があえて討つようにした最初の三艦、そして、残った二艦はそれぞれ、空戦と陸上部隊の援護に回る手はずだ。

 

 

(……待て、何故()()()へ来る……?)

 

 

 

 高度は低い。その上、更に落としてくる。この発着場に降りようとしているのは明白だった。

 

 しかし、そんな予定は、インノケンティウスの『策』にはない。撤退するにしても、もっと後方の山間地帯と知らせている。そもそも、陸上部隊とは言ってもK.P.A.Italiaのではなく、既に敗れてしまったが、三征西班牙(トレス・エスパニア)勢の陸上部隊を対象にした内容だ。

 

 

 そうしなければ、『足を引っ張られつつも勝利を収めた』という演出が、出来なくなる。そうすれば、強く言い出すことが難しくもなるからだ。

 

 

 もしかしたら、ソレを見越したのかも知れない。しかし、今更助力に来たところで、と額に皺を寄せようとしたとき――右舷の推進を担っていた出力口が、いくつもの小さな爆発を巻き起こし、艦そのものが、揺れた。

 

 

 

(……ま、まさか着艦ではなく……ここに墜落かおい!?)

 

 

 ああ、そう考えれば納得がいく。垂直に高度を調整できる艦が、態々地面すれすれを往くような、危険な離着陸を行うわけがない。

 

 そうこうしているうちに、艦の小規模爆発は全体に拡がっていき――おそらく艦員だろう者達が各々の脱出方法で離艦していくではないか。

 

 

 ……そんな中、艦首甲板上。

 

 

 

「――あんにゃろう……!! 点蔵の三回転ニャーか!? ――……いや、ねぇわ。アレに呼ばれるのは正直嫌だわ。最終到達地点はここだから、結果重なったんだろ」

 

 

 

 ――まぁこんなもんかなぁ、とでも言っていそうな立ち方の――止水がいた。

 

 

 

 

「あれ……何ゆえ、今自分ディスられたでござるか……」

 

『そんなことはどうでもいいよ! いいかい、皆。よく聞いて。今から隙を作るから、一旦大罪武装の効果範囲から撤退してほしいんだ』

 

「隙って……いやしかし自分達か囲まれてござる。この包囲網を突破するには……」

 

 

 攻撃の一切が封じられている現在、一点突破を敢行して切り開くなど、誰の眼から見ても不可能なこと。

 

 

 

 

 丁度トーリたちの真上を通過する際――爆煙に隠されつつではあるが、トーリが見たのは、余りにも見慣れた姿。ソレがしっかりとトーリを見て、ハンドサイン。

 

 

 ――当たったら、ごめん。

 

 それは……片手で冥福を祈るようなポーズに、見えなくもなかった。

 

 

 

「おいおいおい、ネシンバラ。もしかしなくても、ダムの奴――やっちゃうかんじかよ」

 

『うん、やっちゃうかんじだよ。いや、促したのは僕だけどさ。最初は大罪武装の攻略法で教皇に艦突撃させようと思ったんだけど――よくよく考えたら成功してたら教皇と一緒にグシャリだな。ってことで作戦変更。

 

 ……変更したけど、ほとんど実行はできた止水君に個人的に『どんだけぇ』って言いたいけど』

 

 

 

 大罪武装『淫蕩の御身』の能力は、『鉄鎚に映り覚えた範囲に存在する敵対する者達の武装を骨抜きにする』――大量破壊兵器というカテゴリの中、こと防衛に特化した代物だという。

 

 ということを――先ほどトーリたちを追い込んだ際、インノケンティウスが態々説明してくれた。

 

 

 だから――範囲外から、敵対云々が曖昧な『航空艦の墜落』で潰したらどうだろう。と指揮を放り投げた指揮官の指示。

 

 少し角度やらを間違えていれば、葵くんたちを潰していたかもしれないなぁ……という指揮官の恐ろしい呟きは聞こえなかったことにして。

 

 

 

 誰もが見上げる中で――止水は艦首から艦尾まで、一気に走る。一歩ごとに右腕を肩先から霞ませ、甲高い金属音を響かせながら。

 

 そこでふと思い出したのは――綺麗に分割された、どごぞの門。明らかに刀身よりも長い切断面。ようは、アレをやっているのだろう。

 

 

 

『あ、あのーすみません。今その、外部の状況が分からないんですけど、どんな感じなんですかね?』

 

「Jud. ……動かないその機動殻が、いまとてつもなく羨ましい状況にござる。あ、ペルソナ殿。アデーレ殿の運搬はお任せしても?」

 

「……!」

 

『へ? え? あの――』

 

 

 

 

 

「おーし! それじゃおめぇら!! ……

 

 

 『落ちてくる』

 

 

 『輪切り艦を』

 

 

 『死ぬ物狂いで避けながら』

 

 

 

 

 全☆力っ! 撤退ぃ!! ダムのばぁか!!!」

 

 

 

 

 

 

『あ、本当に斬っちゃった。それじゃあ皆。

 

 ……強く、生きてね? うん』

 

 

 

 

 そんなネシンバラの、今どこかの艦の上でアングリと口を開けている某教皇の台詞の真似は。

 

 我先にと離脱に駆ける一同の誰にも、届くことはなかったとさ。

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

アンケートの御回答を見て、妄想中。。。。

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