境界線上の守り刀   作:陽紅

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この次で、原作における一巻終了です。
長かった……!


十九章 終の一撃 【姫】

 

「……ふむ。拙僧ふと、思ったのであるが」

 

 

 揺れる武蔵の艦上にて、そう零したのはウルキアガだ。

 二人の本多を無事護送――姉でないものを何故拙僧がっ、などと呟きながら――し、ネシンバラたちと合流を果たしていた彼が、武蔵の後方で起きた映画バリのシーンを見て、何かしらを思ったらしい。

 

 

「あら、何よ等身大リアルプラモデル。――ああ、それとアンタ知ってる? いい男って、思ったことをそう簡単に言葉にしないらしいわよ? 黙って背中で物語る男……っていうのがこれからのモテ益荒男の必須なんですって。

 

 ……で、何思ったのよ言って御覧なさい?」

 

 

「…………」

 

 

 ウルキアガ、沈黙。――そして若干背中を見せ気味である。

 

 

「ああ、ちなみに今の、愚弟が言ってたことだから適当に無視しないと損よ損!!

 

 ……あらやだ、本気で黙っちゃったわこの半竜……!」

 

 

 プルプルと震えだしたウルキアガのその背中に――哀れみその他諸々の感情を込めた視線が突き刺さった。

 

 ……泣くことはせぬ。だって拙僧っ、オトコノコであるから……っ!!

 

 

「ふぅ――大体、無口な上に自分を見てくれもしない男に女が靡くわけがないでしょう? ただ意図して黙ってるとか、コミュ症中二病の肉体言語マンじゃない。

 ……そこのところ、どう思うのかしら中二病(ネシンバラ)狙撃言語体得者(オパーイ巫女)は?」

 

 

「「言いがかりだ!!」……あ! しまった墓穴っ。カット! いまのところカットで!! ちょっと聞いてますか!?」

 

 語るに落ちまくった智の、かなり古い編集要求(カット)(両手でチョキをチョキチョキと)を一同総意でスルーする。

 いや、スルーというよりも、それどころではない状況になってしまったというべきだろうか。

 

 

「わ、わたし……っ、も。……こみゅ症、なの――かな……?」

 

 

 たどたどしい、言葉で。

 必死に、必死に悲しさを隠しながら……それでもどこか、しょぼんとしている――。

 

 

 ……武蔵の至宝たる鈴のフォローを、全力でしなければいけないのだから……!

 

 

 

「喜美様……っ。――――以上。」

「喜美……!」

「葵君……!」

「葵姉……」

『この愚娘……!』

 

 

 という視線がいたる所、及び通神を通して、一斉に喜美に向けられる。喜美もまさか鈴が反応するとは露にも思わず――しかし、慌てることなく苦笑を零した。

 

 

「ンフフ。愛されてるわねぇ、鈴? ……まさか身内からも来るとは賢姉も予想外だったけれど」

 

「あ、あい……? へ?」

 

 ……何の、こと? と首をかしげる鈴の両頬をフニフニと弄り、喜美は鈴の顔を自分へと向けさせる。

 

「いーい鈴? 鈴は鈴のままで皆が大好きなのよOK? 至宝って知ってる? 『それ以上ない宝物』ってことなのよ?」

 

()っ、と……?」

 

 

 離してやれよ。と誰かが言うが、構わず横にミョンミョンと。

 

 若干クセになりそうねーと戦慄しながら、喜美は笑う。

 

 

「――止水のオバカが言ってたこと、もう忘れちゃったの? あれはとんでもなく、とんでもなぁく鈍くてどうしようもなぁい大木だけど……『大切なもの』を真っ直ぐ『大切だ』って断言宣言できる程度には男気持ってるの。

 ……ホライゾンを助けたい、救いたいって気持ちと同じくらいに、鈴のことも言ってたでしょ?」

 

 

 思い出せば、アレ何気にプロポーズじみてなかった? と疑問がよぎるが、とりあえず置いておく。あとでホライゾンの告白疑惑とともに厳重に追求せねば。

 

 

 わき道から少し戻って、――今は保身のときなのだ。

 

 

 触れている頬が、赤く、ほんのり熱を帯びたことを確認し、トドメに入る。

 

 

「――アレ、皆の総意よ?

 わかる? 皆が鈴を守りたいって思ってるし、傍に居てほしいって思ってるの。そこのズドンも中二もリアルプラモデルも貧乳政治家もリアルアマゾネスも陽気なクッションも陰鬱なクッション(笑)も武蔵ーズも、そしてこの賢姉も。皆鈴が大好きなのOK?

 だから、アンタは今のままでいいの。ありのままの鈴が、皆の宝物なんだから。分かった? 分かったら返事はい3、2、1!!」

 

「わっ、!? えっ、と。わた、しっも、大好き、だよ?」

 

 

 

 

 ――みんな、の、こと。

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 

「……き、喜美、マジ自重してください。相手方の攻撃じゃなくて自滅で武蔵負けるとか笑えませんから……うちの祭神が「え、何で来てるの? まあいいや六文銭おいていってね♪」って――がめついなぁ」

 

「ナイちゃん思うに……ベルさんがマジ武蔵最強な気がしてきたよ」

 

「ンフフ。……これはマジでごめんなさい。正直舐めてたわ」

 

 

 

 鈴を除く全員は、生還、またはオーバーヒートからの復帰をすぐさま済ませる。

 

 気を取り直し――というよりも、喜美のせいで脱線しまくる前の話は何であったか、と皆で考え、ウルキアガに視線が集中する。

 

 

 

「……で?」

 

 

「……こ、この空気で改めて発言をするのは厳しいであるな……!

 う、ウォッホン。……拙僧が思ったのは、『先の止水の一撃を、何故最初から奴が使わなかったのか』という点である。あれだけの攻撃を当初からだしていれば、ここまで長引くこともなかったのではないか――とな」

 

 

 遠方にあった五艦。それを瞬きの間に封殺できるだけの技があるならば、何故。

 

 

 という、ある意味当然のような疑問だ。

 

 既にホライゾン救出は成ったからいいものの、タイムリミットがあった当時であれば、何よりも迅速に行動しなければならなかったはず。

 

 

 止水が、そういうことを出し惜しむような男には思えない。思えないからこそ、当然のような疑問が、こうして浮いてくる。

 

 

「――物語的にいい感じだからだよ。クライマックスに相応しいじゃないか。でも、どうやって描写したらいいんだろうね……さっきのといい、良い難題出してくれるよホント」

 

 

 という作家視点は堂々と無視し――その問いにある二人がお互いの顔を見合わせる。

 

 

 

 梅組担任のオリオトライと、自他共に認める止水の姉たる武蔵だ。

 

 説明するべきか、否か。そして、それをどちらがするべきか――というアイコンタクトを交わし、武蔵が顔を伏せることで、その役をオリオトライへと譲る。

 

 

(――しょうがない、か。『知らなかった』で済ませられることでもないだろうし)

 

 

 オリオトライがコホン、と咳を一つつき、全員の視線を集める。

 

 

 

「そんじゃあ、面倒だけど、先生が御高説してあげましょうかねー。

 

 ――まあ、止水にもいろいろ考えがある、ってのもあるだろうけど……一番に挙げられるのは『使いどころの見極めがとてつもなく難しい』ってことよ。

 

 ほら、ゲームとかでもたまにあるでしょ? 必殺ワザとか決める前に、ゲージ溜める必要があったり、回数制限があったり、技の後にいろいろ制約があったり。止水の……いや、この場合は守り刀の、かしらね――その前後と回数制限。その全部があるのよ。『(つるぎ)』様しかり、『(なまくら)』様しかり。

 ……最初の『(つるぎ)』様のときは、余力を残すために終型まで行かずに一型の『宵の序の口』で済ませた」

 

 

 だけど。

 

 

「でも、『(なまくら)』様のあれは、『破国・斬刀狩り』の終型。確か、『暁』――だったかしらね。

 

 ……さっき、止水が自分の左腕に刀を刺していたでしょ? あれはね、鞘内を血で満たして、居合いのときの摩擦を減らすのと同時に……血に含まれる流体と刀から出る流体を反発させ続けて、斬撃に変えて一気に飛ばす為の前準備。

 ――威力は見ての通りだけど、使った後も見ての通りよ。血を結構な量流すし、流体もとんでもなく消費するから補填も追いつかない。

 

 ……後を任せられる状況か。それとも後がないって状況でもない限り、使いたくても使えないの」

 

 

 だから。

 

 

「……誰かがね、支えてやんないといけないのよ。誰よりも強いだろう守り刀を。

 

 

 ――支える誰かが、誰もいなかったから……守り刀の一族はたった一人を残して、滅んでしまった」

 

 

 誰かが。――いや、誰もが、息を飲む。

 しかしすぐさま、そんなことはさせないという強い意志を感じて、オリオトライはにっこりと笑える。

 

 

「ま、アンタ達ならそうはならないでしょうけど――いい? 今の止水でも、終型は多分一度が限界。もしも、二度目を使おうとしたら……何してもいいわ。絶対に止めるのよ?」

 

「「「「「『『『『『っ! Jud.!!』』』』』」」」」」

 

 

 

 一同の揃った返答を、気絶しているだろう止水はきっと聞いていないだろう。

 だが、それでいい。きっと知られたら自己犠牲精神の強い彼のことだ。誰も止められない状況を作りかねない。

 

 オリオトライは生徒たちから望んでいた答えを得られ、一つ頷き……。

 

 

 

 

「――で、いつになったら二代の持ってる大罪武装をあっちに届けるのよアンタ達は?」

 

 

 

***

 

 

抑えきれず 抑えようとして

 

さらけ出そうとして 隠してしまい

 

 

 殺しても捨てることはできなかった

 

 

 配点 【かんじょう】

 

 

***

 

 

 

「ったく……あやうく、うっかりボケで全滅するところだったさね……」

 

 

 笑えないねぇ、と煙管を咥えながら呟く直政。

 

 真面目にやらなければいけないところにも逐一ボケ、もしくはネタを入れてしまうのは……最早ある種の病気なのかもしれない。――武蔵住民限定の病気なのか。

 

 

「でもま――あとはホライゾンで〆るだけ、か」

 

 

 丸べ艦の船首、そこに立つ王と姫に視線を向ける。

 マルゴットの速達便にて届けられた『悲嘆の怠惰』。それの一射で三艦を撃墜する為には、横薙ぎに撃つ必要があるのだが――本体の砲口から展開される力場は固定されてしまう。

 

 つまり、微調整は出来たとしても横薙ぐなど無理という構造なんだとか。

 

 

 もっともその問題はとっくに解決済みで、砲口もホライゾンもどうにも出来ないならば、足場――丸べ艦そのものの旋回運動で砲撃自体を回す荒業で乗り切る――とのこと。

 

 問題はないのか、と疑問が上がったが、自動人形たる武蔵が計算したところ、確率すら出すことなく『可能』と言い切ったのだ。

、確率すら出すことなく『可能』と言い切ったのだ。

 

 

 

「しっかし、一番の戦功者が、最後の最後を見れないとは……難儀というか自業自得というか」

 

 

 と、傍ら。

 「見張っているように」と頼まれ、了承した監視対象である止水が、足を投げ出すようにして壁に背中を預けている。

 風音で聞き取り辛いが、呼吸も安定している。これ以上はなにもないのだから、流体を十分に補填・治癒に回せるだろう。

 

 

 ちなみに、緋衣はちゃんと着直されている。

 

 某騎士様が、それはもう必死に欲望を抑えながら懇願したので、特にふざけることなく。

 

 

 

 

 ――肺から紫煙を一掃し、言葉を発する為の、一呼吸。

 

 

「……お疲れさん。止めの字」

 

 

 そして、きっと。とも思う。

 

 きっと、彼はこれから、これ以上に過酷な戦いに身を投じていくだろう。

 

 

 しかし、直政達梅組はこの抗争で、止水の限界を知ることが出来た。どこからどこまでが無茶で、どこから先が無謀になるのか――おおよそであるが、オリオトライからの教えもある。

 

 

 ならば、減らせるはずだ。と仲間達は勇んでいた。

 

 止水一人に集約するだろうさまざまなものを、力を持ってと騎士のネイトが。忍びの点蔵は情報を密にすることで総員の負傷を減らして見せると。ノリキやアデーレたちも、決意を固めていた。

 

 

(……ま、真面目な意見しかない、だって……!?)

 

 

 それは、思わず煙管を落としてしまうほどの衝撃だった。

 

 空気を読んだ、というのもあるだろうが、その場にいたのが梅組でも比較的に良心的かつ真面目なものが主だった面子というのも関係してくるのだろう。

 

 答えはそんな簡単なもので――大げさだったさね、と煙管を拾うのと、同時。

 

 

 ホライゾンが持つ『悲嘆の怠惰』による、砲撃が始まった。

 幸いにも後方に展開した三征西班牙(トレス・エスパニア)の艦とは違い、砲撃はない。というよりも、そもそも戦闘能力はない輸送艦とのこと。反撃・迎撃の砲撃はなく、航路を塞ぐためだけの艦らしい。

 

 

 掻き毟るような手の群れが殺到し―― 一つ、二つと艦をあっけなく落としていく。

 

 そして……三つ目。重なるようなお腹に響く破砕音とともに、黒い煙を上げ、丸べ艦、武蔵の下へと落ちて行く。

 

 

 

 

「……? あれ、ここどこだ……?」

 

「……あんた、タイミング悪いさね止めの字。起きるのが数秒遅かったよ」

 

 

 いま、終わったところさね。

 寝ぼけたように首を――回すことは出来ないようで。顔を僅かに動かし、視線で周囲を確認していく止水に、苦笑を向ける。

 寝ぼけているのか、それとも血が足りていないのか。いつにも増してボーッとしてる。

 

 

 

「……違う。まだだ、直政」

 

 

 ――だが、苦笑も長くは続かなかった。

 止水の声音が、緊張を強いる硬いものだったからか。それとも――。

 

 

 

『――緊急連絡! 『武蔵野』前方より高出力流体反応を感知! これは、K.P.A.Italia旗艦ヨルムンガンド級……『栄光丸』の流体砲と判断いたします! ――――以上。!!』

 

 

 武蔵の声が全艦放送で鋭く響き渡る。安堵の空気が一瞬にして張りつめる。

 見れば、武蔵の告げた空域に、栄光丸がかなりの速度を維持したまま急速浮上してくるところだ。おそらく……感知のし難い超低空飛行で近づいてきたのだろう

 

 

「やばいさね……気をつけな! 流体砲だけじゃないよ……奴ら、そのまま武蔵野に体当たりする気さね!!」

 

 

 栄光丸の浮上速度は止まった。……が、推進力を抑える気配がない。

 

 流体砲も十分脅威だが、栄光丸ほどの戦艦の直撃も決して無視できない。いやむしろ、防御耐久に重きをおいた栄光丸だからこそ、最大速度での体当たりのほうが脅威となるだろう。

 タイミングも拙い。武蔵野はまず間違いなく沈むだろう。左右旋回、浮上降下への緊急回避も間に合わない。いたずらに被害を広げる可能性が高く――そうなれば……。

 

 

「相手が一枚上、か……姫さん、もう一発打てそうか?」

 

「幸いにも先ほどは出力おさえましたので、ギリギリもう一射はいけます。ですが、角度的にかなりこちらが不利な上に、出力的にも相手との距離が近すぎるかと。あと」

 

「……まだあるの?」

 

 

「Jud. ……もし先ほどより高出力を出せたとしても、後方支援が非力っ子過ぎて、反動が抑えきれないかと。

 先ほどの砲撃の際――ホライゾンの尻を撫でた現行犯で、後ほどタイーホ連行していただいてもよろしいですか?」

 

「…………。 ――つい出来心だったんです。まあ、とりあえず撃ってみようぜ。

 

 ……ダメなら、ダメでよ。俺たちが負けるってだけだろ?」

 

 

 ふざけてる場合じゃないだろう――と直政が憤りかけ、ふと、その言葉を止めた。

 

 傍らに力なく座り込んでいたはずの止水が――傷や、失血を感じさせない、いつもどおりの動きで立ち上がり、そのまま二人の下へと歩み出したからだ。

 

 

「――ああ、そうだな。俺たちが負ける。――ただ、それだけだ」

 

 

 止水が直政を横切る、その瞬間。僅かに、しかし確かに、彼女は聞いた。

 

 ギリ――と、短く、硬質な何かがきしむような――。

 

 

「――はぁ」

 

 

 それは、歯を、食い縛る音。……それも相当強く、歯が折れかねないほどに、強く。

 

 

(止めたって、多分聞かないんだろうね――あの馬鹿は)

 

 

 ホライゾンの言った問題点。角度と反動とのことだが――実は解決する方法が一つあるのだ。それも即座に、それも簡単に。

 

 

 それは、丸べ艦のほぼ真下(・・)にある武蔵野……そこにトーリとホライゾンを抱えて飛び降り、そのまま『悲嘆の怠惰』による砲撃を行えばいい。そんなことが出来る上に大きな反動を抑えられる者は――。

 

 

「……シロジロ! この輸送艦をギリギリまで下げな!! ちょっとくらい武蔵野にぶつけたって構わないさね!! むしろぶつける気で下げろ!」

 

『? ――お前はいきなり何を……』

 

馬鹿(止水)馬鹿(トーリ)とホライゾン抱えて武蔵野に飛び移るつもりさね! いいから早くしなっ!」

 

 返答が来るまえに、丸べ艦が急激に高度を下げる。直政は僅かによろけながらそれに耐え――。

 

 

 

「止めの字!

 

 

 

 ……あとで一発ぶん殴るッ!! だからちゃんと帰ってきな!」

 

 

 

 

 止めたい。できるなら、今すぐに。

 

 それでも、苦笑して片手を挙げて――二人を担いで跳ぶ彼を、送り出した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……ダム、今バキッて音したけどまさか折れたか!?」

 

「ん? ああ。折れた。 いや……甲板の板のほうがな? ってんなことより! 姫さん!!」

 

 

「……Jud. 『悲嘆の怠惰』、砲撃開始します……!」

 

 

 ホライゾンが引き金を引くのと同時――おそらく相手も大罪武装が目の前に来たことを確認していたのだろう――栄光丸からの流体砲が放たれる。

 先に武蔵と智が勝利した流体砲の比ではない威力の光線砲撃と、『悲嘆の怠惰』の黒き掻き毟り――互いの中間で激突し、一瞬の拮抗を見せるが……。

 

 

 

「――おいおい、押されてね? これ」

 

 

 

 ……明らかに、『悲嘆の怠惰』が、押されている。

 

 

 止水もその光景を、反動で暴れる『悲嘆の怠惰』を押さえつけながら、睨むように見る。

 

 

 

「……一つ、お二人に聞いておきたいことがあったのを思い出しました。

 

 昨日の――お二人がホライゾンを救おうと二人で来られたとき――あの、伸ばした手が届かなかったあの時……どのようなお気持ちだったのでしょうか……?」

 

 

 そんな中、ホライゾンから唐突な問いがきた。

 

 

 それを聞いて、トーリは、ホライゾンの両肩を支える手を。

 

 それを聞いて、止水は、『悲嘆の怠惰』を抑える手を。

 

 

 それぞれ見て、互いに顔を見合わせて。

 

 

 

「「()()()()()っ!!」」

 

 

「また俺たちからホライゾンを奪うのかよっ! ってさ!」

 

 ……ふざけるな。

 

 

「――だな。また約束破らせるのかよ! ってな」

 

 ふざけるな……!

 

 

 先ほどからやたらと出てくる表示枠は、『固体感情表現:超過駆動:出力60――』やら流体燃料ゲージやら。状況を打開するものは何一つとしてない。

 

 徐々に破滅が近づいてくる中で、なおも、ホライゾンは問う。

 

 

「ホライゾンには、感情がありません。客観的に、お二人のそれは『怒り』や『悔しさ』というものなのでしょうか。……この『悲嘆の怠惰』は、悲しみの感情を……!?」

 

 

 ホライゾンが言葉にしたからか、意識したからか。それとも、二人の投じた感情が、なんらかの起動を促したのか。

 

 

 いくつも浮かんでいた表示枠を押しやるように現われた、新しい表示枠。強い明滅を繰り返し……存在を強調していた。

 

 

 

 

  ――ホライゾン様:第三セイフティ解除――

 

 

        ―《魂の起動》―

 

 

       ――お願い致します――

 

 

 

 

「魂の、起動……?」

 

「なるほど……それが出来なきゃ、俺たちの負け、ってことだ。ホライゾン」

 

 

 負ける。

 

 先ほど二人が、淡々と自分たちの負けを示唆していた。

 

 

 

 ここで、ここで負ければ――……。

 

 

(まず、ホライゾン――は自動人形であるから置いて、このお二方は死んでしまわれます)

 

 

 耐久力人並み以下のトーリと、現状満身創痍の止水。そうでなくとも、流体砲など受ければ助からないだろう。

 

 

 

    ――『死』――

 

 

 

 そういえば、と――思い出す。

 

 ホライゾンである自分は、昨夜――。

 

 

 

 『父親』を、失ってしまったのだ、と。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 ――動いた。胸の奥底にある、何かが強く。

 

 

 うごめき暴れて、自動人形となった体を飲み込もうとして。

 

 

「……大丈夫だ。ホライゾン」

 

 

 両の肩を支えてくれている手が、それを押し留めてくれた。

 

 

「俺が、ここにいる。

 俺、葵・トーリは、お前とずっと一緒にいる! なにがあっても支えてやる! だから……!」

 

 

 ……この時止水は視線を下げ――掌から肉が焦げるような熱さと匂いを自覚しながら、直も強く押さえつける。

 

 

(……俺の役目は、わかっている。だから、頼むトーリ……!)

 

 

 

 失ってしまった悲しさと、傍に居てくれる人を認めて。

 

 ……永遠に、言葉を交わすことも、触れ合うことも出来なくなってしまったことをより強く思い知らされて――……!

 

 

 

 

 ああ、これが、これが! 悲嘆(感情)……ッ!

 

 

 

 嫌だ――これは……こんなの……嫌だ……っ!!!

 

 

 

「あ、ああ……!」

 

 

 

 その慟哭を、空へと奉じ……。

 

 

 

 

     ――セイフティ解除――

 

 

      ――《魂の起動》――

 

 

     ―― 《 認識 》 ――

 

 

 

 続いて。

 

 

 

     ――大罪武装統括OS――

 

 

      ――Phtonos-01s――

 

 

  ――初接続:初期化……《 認識 》――

 

 

 

 

 

 

 

       ―― よ う こ そ ――

 

 

     ―― 感 情 の 創 世 へ ――

 

 

   ―― Go the middle of nowhere(進め。境界線上のその果てへ) ――

 

 

 

 

 ホライゾンの両の眼から止め処なく溢れる涙は、悲しみの証。

 

 

 

「謡おう……ホライゾン。――通すための、通していくための、歌を」

 

 

「っ。……と――り、ま、せ……」

 

 

 

 砲撃の激突音に負けている。風の音にも、負けているその歌に。

 

 

 ……刀が、吼えた。

 

 

 

「……聞こえねぇよ。そんな小さな声で、何を通そうってんだよ姫さんは……!?」

 

「……っ」

 

 

 

 

 ――もう、最後の最後だ。終わったら全部投げ出して倒れてやる。

 

 

 

 

「もっと、大きな声で歌え! 喚き立てるように、泣き叫ぶように歌えっ!!

 

 ……()()は、俺たちに支えさせろ。……守らせて、くれよ」

 

 

 

 ――己を掻き毟るべき爪が、光を抉り払っていく。

 

 

 

 

 流体の不足は、トーリが支え。

 

 荒れ狂う反動の全てから、止水が完璧に守り。

 

 

 

 全ての音を制して響く彼女の歌を得た悲しみの力は、穿っていく。

 

 喰らっていく。

 

 

 喰らい尽していく。

 

 

 

 瞬きの間に押された分を押し返し、同じ勢いのまま、ぶつかってくる栄光丸をも飲み干して――。

 

 

 ――栄光の船を、貫いた。

 

 

 

 

 いたるところで爆発を起こし、加速していた分の惰性で武蔵の下へ、もぐるように落ちて行く栄光丸を――ホライゾンは見ることはなかった。

 

 

 

 

「どう、して……!?」

 

 

 『悲嘆の怠惰』を無意識に手放し、そしてまた無意識に、自分を支えてくれていたトーリに幼子のように、縋りつく。

 

 なにも見たくない。もうなにも聞きたくない。こんなもの、悲しいことばかりではないか。

 

 

 

 

「悲しいって辛いよな……でもよ、今の悲しいは、全部の感情を取り戻したら、あとは全部嬉しいって感情に変わっていくんだぜ?」

 

 

 ……だから、よ。

 

 

「今は、ホライゾン。……俺の代わりに、泣いてくれ。喚いてくれ。俺はもうそれが出来なくなっちまった。

 ……お前と一緒に笑えるその日まで、俺がずっと、傍に居るから」

 

 

 全身を埋めるようにして、しかし、何度も頷いて。

 

 ――ホライゾンの自動人形たる感覚器が、傍らに立つもう一人の体が、大きく揺らいだことを感じとった。

 

 

 それは、きっととっさの行動……というものなのだろう。

 トーリの服を掴む片手を残し、もう片手で、トーリから身を僅かに離して、傾いていく彼を、止めようとして。

 

 

 

 

 

 ――その手は、阻まれた。

 

 

 ほかならぬ止水本人に。それを拒むように、なけなしの力で、踏み止まることによって。

 

 

 

「おっ、おい、止水。無茶は……」

 

「……姫さんの細身じゃ、俺はもう支えられないよ。それに……格好悪いしさ」

 

 

 ホライゾンが一瞬延ばしかけた手を気にも留めず。

 

 止水は、危なげの無い足取りで進む。そして、いつの間にか指揮所に集っていた梅組一同の前まで、何とか歩いて。

 

 

 

 力強く笑って、大の字に倒れこんだ。

 

 慌てて駆け寄ってくる一同に更に苦笑を向け――。

 

 

 

「ん……腹、へったなぁ」

 

 

 

 盛大な腹の虫を、恥ずかしげに轟かせた。

 




読了ありがとうございました!!

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