境界線上の守り刀   作:陽紅

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二章 刀、眺める 【上】

 

 

 コチコチコチ。漢字で書くと、東風東風東風――……失礼。

 

 秒針だけが唯一音を刻み、そして時を刻んでいく。何とも言えない感覚と耳に心地いい音が、優しいまどろみを助長していた。

 

 

「ん……」

 

 まだ、瞼は開けない。それでも意識をレム睡眠とノンレム睡眠の波間から浮上させる。なかなかに難儀だった。

 

 ―― 『市民の――準バハ……級航空都市艦『武蔵』が』

 

 遠くから聞こえてくる定時連絡、その断片に意識が引き起こされる。そのままゆっくりと身を起こし――自分の記憶にない毛布が、その華奢な身体から滑り落ちた。

 ……否。毛布ではなかった。さらに言えば、寝具の類でもない……それは、一枚の着物だ。

 

 

 少し厚めの、緋色の着物。

 大きさからして女物ではないだろう、頑丈さと耐久性が売りのそれ。

 

 

 自分のものではない。だが、自分はそれをよく知っている。

 ぼんやりとそれを眺め、呆然と自分のものではない着物の持ち主を思い出し……にへら、っとした笑みを浮かべる。

 

 

 そんな自分にハッとして頭を振り、少しボサッとした髪を手櫛で整える。

 少し身体が痛い。ソファーで寝れば当然か。風邪を引かなかっただけまし。まあ、アイツのおかげなんだが。

 

 

 ……着物は、意外と良質な素材で出来ているらしい。

 

 

 ―― 『……なお、奥多摩後方艦名物『何段あるかわかんねぇ階段(葵・トーリ命名)』前にて、止水様が人間転石トラップになっておりますのでご注意ください。――――以上』

 

 

「……は?」

 

 

 何を言っているのか分からなかった。分からなかったので、とりあえず想像してみた。

 

 この緋色の着物の持ち主が、ゴロンゴロンと勢いよく階段を転がり落ちていく光景を。

 

 

「ぷっ……なにをやってるんだ、あのバカは……」

 

 

 あの階段は本当に無意味に長いが、きっと無事だろう。何せ重武神の下敷きになっても平然としているほど頑丈なんだから。

 

 と、ひとしきり笑い、身体を伸ばす。

 いい起床ではないか。笑顔で起きれる。なんと清々しい朝だろう。

 

 

 そんな清々しい、と満面で語る本多 正純はいまだコチコチ音を立てる時計を見つめ――。

 

 

 ピキリと、音を立てて停止した。

 

 

 短い針。7と8のPK戦終盤。

 長い針。天を突き立てる直前。

 

 デットヒート……なんとも熱い時間帯ではないか。

 

 

「まて。頼むから待ってくれ、いや、だって目覚まし。あ、かけてない……そ、そうだ! きっと時計が少し早く進んでるだけ、そうなんだろ……?」

 

 

 どこの誰に問いかけているのかは――気にしてはいけない。

 

 

 ――『繰り返します。準バハムート級航空都市艦『武蔵』が、武蔵アリアダスト教導院の鐘にて『朝八時』をお知らせいたします。――――以上』

 

 

 しかし僅かに希望に縋ろうとした正純を、まるで見ているかの様な武蔵の放送がJud!した。

 

 

 サァーと血の気が引いていく。先ほどまで温かだった心は極寒だ。

 着物を蹴り飛ばすようにして慌てて飛び起き、寝坊でロスした時間の挽回に挑む。いや、挽回は無理だ。ならせめて被害を最小限に。

 

 

 

 

「──……あれ?」

 

 

 

 

 しかし、そこでハテ? と、唐突に冷静になって首をかしげた。

 

 

 ……何故自分は、アイツの着物が『意外と良質な素材で出来ている』と思ったのだろうか? 手ではそう触れていない。でも軟らかいさわり心地を堪能してそう判断した。

 

 

 

 ――今度は真逆。……血の気の引いた顔が、一気に赤くなっていく。極寒から熱帯へ。全く忙しい生徒副会長である。

 

 

 

 

 さあ、自分の状態を、主に衣装関係を口にして確認してみよう。

 

 

「ワイシャツ。下着。

 

 

 ――――以上。」

 

 

 武蔵艦長ズと同じ口調になりながらも、盛大にテンパっている。

 

 健康的かつスラリとした、綺麗な美脚を惜しげもなく、ご披露していた。

 

 

 

 それは……悲鳴が上がる、二秒前。

 

 

 

 

 

「あれ――そういえば止水君、一番上の羽織はどうしたの?」

「ん? あー、正純にかけてきた。……いくら知ってる仲でも、少しは危機感もったほうがいいんじゃねぇかなぁ、あいつ」

「……?」

 

 

 

***

 

 

 

学べ

 

何を?

 

 

 学ぶときを

 

 

配点《授業》

 

 

 

***

 

 

『十時をお知らせいたします。本艦はこれより、ステルス航行へ移行いたします。--―――以上』

 

 

 品川・浅草の、右舷左舷一番艦の船頭より。高尾・青梅の右舷左舷三番艦の船尾まで。武蔵全体を巨大な術式が通過していく。巨大な筒状の術式範囲は武蔵全艦をすっぽりと覆い……外部からは何もみえず、筒の中に入れば武蔵が視認できる、ステルス仕様に武蔵を瞬く間に変えていく。

 

 

 武蔵側からすれば今まで見えてきた空がステルス術式のために見えなくなるだけで、大した差異はない。

 だから、ことさら空に大した関心がない者達にとっては、その大した差異さえ感じられない。

 

 

 ……水浴びをしている、小さな小さな武蔵の優しい頑張り屋である……『黒藻の獣』。そして、そんな黒藻たちに水を与えている自動人形・Pー01sには、特にどうでもいいことだった。

 

 

『ありがと』

『わんもあ ぷりーず』

「Jud.」

 

 水をかけられていた黒藻が頭を下げ――ているのだろう。ビジュアルが黒い饅頭に白い眼をくっつけただけだ。その白い眼が真横の棒線になり、上から下へ。

 そして、順番を代わるように場所を代わったもう一匹に水を浴びせていく。

 

 ……黒藻は武蔵やほか都市の下水処理役として働く、一種の意思共通生物だ。彼らは光合成をするように《汚れ》を食べて《汚れてない》へと浄化する。

 つまるところ、汚水が彼らの食事に該当するのだが……降雨量の減少やその他の要因などで下水の流れがよどむことがある。

 

 よどんでしまえば、下水は詰まる。そのよどみと詰まりを押し流すためにも、水分が必要なのだ。――ちなみに言えば、黒藻たちの役目は、それに含まれてはいない。

 

 

『いつも ありがと たすけてくれて』

『でも なんで? におうよね?』

 

 下水の処理――すなわち、黒藻は常に汚水に身を浸している。汚れは浄化できても臭いは消えない。それが迷惑になると知っているからこそ、黒藻たちは人目に付く場所に出てくることがほとんどない。

 現に今も、表情があるなら鼻に皺を寄せるだろう悪臭はある。

 

 

「Jud.正直に申しまして、確かに臭います。……ですが、助けを求める貴方たちがいて、P-01sにはそれを助けることが出来ます。故に率直に申しまして、P-01sに貴方たちを助けない理由はありません」

 

 P-01sの断言に、黒藻たちは少しだけ顔を傾げて、だったら、と数匹が声をあわせた。

 

『ともだち?』

「Jud.……お互いを認め合い、助け合える関係をそう表現するのであれば。私たちは、友達です」

 

『おなまえ ぷりーず』

「――P-01sと申します」

『ありがと いつも じゃあね』

 

 そして、水をかけられた全ての黒藻が再び一礼して、側溝に飛び込んでいく。

 ひらひらと手を振って見送ったP-01sは、店先の掃除に戻ろうと腰を上げ――代わりに現われた珍客のほうと視線を向けた。

 

 

 珍客は、今度は人であった。武蔵アリアダスト教導院の男子生徒であることは制服を見れば分かる。やや長い黒髪はよく手入れされており、華奢すぎるその身体はフラフラと危なっかしく――。

 

 そのままバタリと、道のど真ん中に倒れこんだ。

 膝を使わない豪快な、いわゆる直倒れである。

 

 

「み……みず……」

 

 

 それだけ告げると、気を失った珍客。

 P-01sは先ほどまで黒藻たちに水をかけていた柄杓をかけていた場所――そして珍客を交互にみて数秒ほど思考し――。

 

 

「……店主様、お客様です。いつものように本多 正純様が、見た感じでいつものように――餓死寸前で」

 

 のんびりと、店に戻っていった。

 

 

 

 

 ……それからやや経って。

 

 

 

 

「いやいや、餓死寸前はやばいよ正純さん……もう少しまともなバイトしてちゃんと食べなきゃ……」

「……今後、気を配ります」

 

「その返事、止水が正純さんをここに緊急搬送した時から変わってないんだけどねぇ……男装の女の子が生き倒れてたらファンもつかないよ?」

 

 食後のいっぱいの水。それが、何よりも美味く感じる学生も、そうそういなかろう。

 

「いや、ファンとかは……それに私のことを女だと知っているのは止水と、父の知り合いくらいですから……店主だって、私が夏場に倒れて介抱されるまで気付かなかったわけですし」

 

 

 飲み干したコップを両手で支え、正純は苦笑を強くする。

 

「あの時はビックリしたよ。米俵みたいに運ばれてくるんだから。まあ、ちらって見たときからかなり黒だと思って疑ってはいたよ? だからP-01sと二人で脱がしたんだけど」

「あは、あはは……」

 

 

 苦笑を強くして――今朝の思考が蘇ってきてしまった。

 

 

(やはり……その――見られた、だろうか……まて、プラスに考えるんだ。幸いなのは、お気に――(ry

 

 ガンッ! と一撃。机に強めの頭突きを入れる。

 

 

 そんな正純の行動をどう捉えたのか、店主はため息一つついて、正純の完食した食器を下げていく。

 

「ところで、こんな時間に出歩いてるってことは、これから生徒会のお仕事かい? そろそろ三河らしいけど」

「あ、Jud. これから生徒会副会長として、酒井学長を三河の関所まで見送りに――その前に、母の御墓参りに行こうかと。……私も母も、三河が故郷ですから降りる前にその報告にと……」

 

 

「そうかい……ずかずか聞いて悪いけど、学校はどうだい? 生徒会は――あたしゃ未だにどーしてあのトーリ(バカ)が生徒会長やってるのか、人生最大の疑問なんだけどねぇ。それこそ正純さんあたりがやってたほうがって思ってるよ?」

 

「Jud.武蔵に来て日の浅い私より、アイツのほうが気心も知れているでしょうし……教導院では……正直、止水に何度か救われてますよ」

 

 着替え云々、トイレ云々。かなりの頻度──というよりほぼ毎日。

 

 

(ん……あれ? 私、まともにお礼とかしたことある……か?)

 

 

 記憶力には自信がある。あるのだが、この武蔵に初めて来たその瞬間までさかのぼっても、お礼と取れる行動を取っていない。

 物はもちろん、言葉としても。

 

 

 

「? どうかしたかい?」

「店主! おれ、お礼になにかいいものはないですか!?」

 

 

 

 

 ――説明中……――――以上。

 

 

 

 

「ふーん、別にいらないと思うけどねぇ。あの子にゃ『いつもありがとう』で大体済むんじゃないかい?」

 

「そ、そうでしょうか……?」

 

 JudJud♪ という店主。正純もとりあえずのところ、いきなりお礼の品、とも考えつかないので言葉だけでも次会ったときに、と心を決めた。

 

 

「というより、あの子はお礼は『言葉』以外、絶対受け取らないと思うよ?」

「……? えっと、それはどういう……」

 

 店主は何かを口にしようとして口を開き、そしてそのまましばし考え、伝えて知るようなことでもないか、と考えを改めた。

 そして、どこか遠い、懐かしいものを見るように、店の中からある方角へと顔を向ける。

 

 

「――ねぇ、正純さん。今度……いや、いつでもいいからさ。『後悔通り』のことを調べてみたらどうだい? もし正純さんが、トーリや止水、みんなともう一歩近づきたいと思ってるなら、だけど」

「後悔通り……ですか」

 

 

 

 ――Jud.そう答えて笑うその顔は、亡くなった、母が浮かべるそれに、よく似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

――午前10時43分

 

  ところ変わって、武蔵アリアダスト教導院。

 

 

「んじゃあ今日の極東史は、神州が暫定支配される経緯となった【重奏統合争乱】ね――……んー、と」

「あ、今先生ぜってぇ『めんどくせぇからだ・れ・に・し・よ・う・か・な♪』とか考えてるぜぜってぇ!」

「ぜってぇぜってぇうるさいぞそこー。歴史の授業から打撃の授業に君だけなりたくなかったら呼吸もするなー? んと、まあ、『ご高説』はしてもらおうと思ってたんだけど……」

 

 

 と、一同を見渡す。やべぇと口と鼻を塞ぎ、塞いでからあれこれ数分で死ぬんじゃね俺? と首をかしげているオバカ(トーリ)を筆頭に、オリオトライが視線を向けるとツイと視線を逸らす半数。そもそも授業をまともにやっていない少数。そして、更に少数はもう限られてきている。

 

 

「んじゃあ鈴。知ってることだけでいいから、先生の代わりに説明よろしく」

 

 

 おそらく、視線が自分に向いている状態で頷かれたと察知して、あらかた予想はしていたのだろう。ビクリと小動物の様に反応してから、鈴は立ち上がる。

 

 

「ご、ご高説、です、ね? J、Jud.……えっと」

 

 

 

 そして、鈴は手元に通神を展開――それを大きく拡大し、どこかで見たことがある、しかし、二重になっている地図を公開した。

 

 

「え、えっと、昔、世界はげ、現実側の神州と、別空間にこ、コピーした重奏神州にわか、分かれていました……現実、側の神州には信州の民っ、別空間、側の重奏神州には、世界、各国の民が……住み、お互い、に仲良くしていた。

 ……と思うんです……けど……?」

 

 

「うん、Jud.いいわよ、そのまま」

 

「おーいベルさん! 安心しとけよ。危なくなったら、オレかダム侍が代わりに殴られてやっからさ♪ だぁいじょうぶ! 少なくともオレ、エロゲの最初の分岐で悶え苦しんで選択する直前にセーブするまで死ねねぇから」

 

 

 その重量装備ゆえに最後尾で教科書を開いていた止水が、「え? 俺もか?」と他人事の様に聞き流していた。

 

 

「おい待て貴様ぁ! それはエロゲ道に反する蛮行であるぞ!」

 

「そうでござる! セーブは睡魔に敗北するときのみ! 一年の時節に誓い合ったではござらんか!」

 

「わりぃ、オレ誓ったその日からそれ破ってるわ♪」

「「こいつ最悪だ!」」

 

 

 白い歯をみせてサムズアップする光景だけを見ていればそれなりには映えたのだろう。右手にしっかりと握られたアンケート用紙が大変に残念である。

 

 

「ポンポン死亡フラグ立てるなそこー。そしてなにちゃっかりアンケート用紙に書き込んでるわけ? 授業中よ今」

「ああ!? ほっといてくれよ先生! 会員特典ほしいだけなんだから俺のこと何かほっといてくれよ! でも時々絡んでくれよ? 寂しいと死ぬぜ俺!」

 

 

「静かにしろ、トーリ」

 

 

 明らかな授業妨害に、静かに声を荒げたのは教室前方に座るシロジロ。やや怒っているらしく、真剣な顔で――。

 

 

「今仕事中だ」

 

 授業受けてませんけど文句ありますか宣言をかました。

 

「えっと、あのねーシロ君、今授業中でもあるんだけどなー?」

「……ああ、やはりおかしいと思うか? 三河からの輸入ばかりで三河への輸出がない……これは」

 

 

「ねぇガッちゃん、ここのネームってさ」

「ちょっと待って、いまこっちので……やっぱり男の生の裸見ておきたいわね、BL的な濃いヤツ……」

 

「うるさいよ君ら。……執筆の邪魔だ」

 

 

 etcetc。

 

 

 しかし、オリオトライが鈴に言った内容は『知っていること』を伝えるというものであり、ワタワタと慌てながらも座らない彼女は、まだこの件について知っていて、かつ大切な内容を知っているという意味である。

 

 

「しょうがない、浅間、鈴を手伝ってあげて。止水は武力行使の準備。大太刀でね」

 

「「Jud.」」

 

 

 

 止水は立ち上がり、教室の後方へ。そして、肩につけている自分の身長を越える大太刀を鞘ごと外し、ぶぉん……ぶぉん……! と、なんとも重量感のあふれる音を唸らせながら片腕で素振りを始めた。

 

 ……炸裂すれば、真っ赤なトマト的な感じになるだろうことは容易く想像できる。

 もちろん加減はしてくれるだろうが、後に引く悶絶級の痛みは確実だろう。

 

 

 

 ピタリと優等生になった一同。

 真面目にやれば元来優秀な生徒たちなのである。

 

 

「効果覿面ですね……あ、鈴さん。私が代わりに読み上げますから、文面をお願いできますか?」

「あ、はい。お、願いします……!」

 

「では、代理奏上します。

 『全ては南北朝戦争を発端とします。当時、神州は二人の帝の代理人が在り、争っていました。

 そして聖譜歴1412年に、その争乱の中で地脈を制御していた神器が失われ――重奏神州が神州へ崩落。落ちてきた重奏神州は半分以上が消滅、残る半分が、神州側に上書き合体。その結果、現在神州には、多くの重奏領域が誕生しました。

 融合直後、重奏神州は神州側へ一気に攻め込み、事件の責任を神州側へ追及。神州各地で争いが起こりました。これが、『重奏統合争乱』です』」

 

 オリオトライが満足げに頷き、それを確認した鈴が安堵の息をつきつつ着席する。

 しかし、ほめられるのは嬉しいが――『次もお願いしようか』という言葉に再びビクリと震えていた。

 

 

「うっしゃあ終わったなベルさん! ……終わったよな? はいみんな注目! 今日の夜オレの告白前夜祭ってことで馬鹿騒ぎします! 場所は、アー……どっか空いてるかなシロジロ」

「金がかからない場所にしろ。金がかからなければどこでもいい」

 

 言うだけいって再び仕事に戻るシロジロ。隣のハイディは良い笑顔だ。

 

「んじゃあここでいいな、なら去年みたいに肝試しでもすっか!」

「あ、それちょっと待ってください。今時分、怪異の発生が多くなってきていますので洒落にならないかと……」

「んじゃ肝試し兼で『除霊大会』だな! 浅間いるしいけんだろ! ってなわけで先生、許可ヨロ!♪」

 

 トントンと進めていく。中身はすかすかだが、きっと誰かが煮詰めていくのだろう。

 

「まあ、私もそろそろかなー、って考えて宿直とってあるし――」

 

 

 なら話ははえぇ! と決を採ろうとしたトーリの、言葉をオリオトライが言葉を続けることで遮る。

 

「でぇも、トーリ。とりあえず君、『厳罰』ね?」

「ほえ?」

 

 トーリがなんで? と首をかしげる。トーリだけではない。見れば、ほとんど全員が頭上に疑問符を浮かべていた。

 

「さっきの鈴のご高説だけどね、一個チョイミスがあったのよ、年号は1412年じゃなくて1413年。……まあ、一年くらい大した差じゃないし、後の説明で十分取り戻してるから鈴は問題なし、っていうかそもそもご高説は間違えても厳罰はない――」

 

 だーけーどー、と続ける笑顔は、まず教員職に就く者の笑顔ではなかった。

 

「――丁度良い感じに『代わりに殴られてやる』ってバカが立候補してくれたからねぇ」

「うっは、マジかよ先生!? ……あれ、オレ今月の厳罰に何書いたっけか」

 

 

 オリオトライの授業は、他の教員と比べても異色だ。

 

 教師の問いに答えられなければ『厳罰』

 問いに正しく答えられれば『加点』

 そして、教師要らずのご高説した者にも『加点』

 

 厳罰の内容は月初めに自己申告し、その内容によって加点の点数も決まる。

 

 

 

 

「トーリの今月の厳罰内容はー、っと……『ダム侍を脱がす』……?」

 

 

 

 

 

 ダム侍。それは、トーリだけが使う、止水のあだ名だ。

 

 水を止めるモノはなんだろう→ダム! という、何とも頭がアレな付け方だ。

 

 

 

「?」

 

 

 

 

 素振りをしていた当人はよく聞こえなかったらしい。いきなり静寂が教室を包んでいたため、素振りを一旦やめて、誰もが眼を見開いて凝視してくる、異界と化した教室を眺める。

 

 

 

 そして、戦いのゴングが――今、静かに出現した……!

 

 

 

 

 

 




読了ありかとうございました。

 文才がほしいと切実に思いました。はい。

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