「あ、あのー、……武蔵さん?」
「Jud. なんでしょう酒井様。……ぶっちゃけ大変忙しいので、御用が御有りでしたら後ほどにしてください。――――以上。」
「ああ、うん。大丈夫。すぐ済むから。数秒もかからないから俺の用事」
取り付く島もないねぇ、と苦笑を浮かべながら――背中に大量の冷や汗をかきながら、酒井は武蔵に問う。
武蔵は無表情ながら、しかし眉を僅かに潜め、自身の行動を止めようとしてくる酒井へ意識を向けた。
そのことに、それだけのことに、まず酒井は『良し……っ』と内心でガッツポーズ。
「あー、と。……その、明らかに……なんだ? 『掃除以外の目的』で制御されたお掃除グッズたちは、なんなのかなぁ~って、うん」
武蔵の着ている侍女服――は、いつもどおり。清楚かつ凛とした彼女に大変良く似合っていらっしゃる。白と紺の二色しかない彩りを、彼女は完璧に着こなしていた。
酒井が言いたいのは、そして聞きたいのは……それ以外のアクセント――否、
両手に携えるのは、頑固な汚れはもちろん錆さえ削ぎ落とせそうなほどの硬質デッキブラシ。
背に交差しているのは浅間神社の神主を脅し――失礼。頼み、特注して作らせた禊術式仕様の竹箒。
そして、彼女の周囲には、彼女に付き従うかのように、それらの数十本近い予備がある。
「Jud. ……見て分かりませんか?」
「うんゴメン全然わかんない。そんな『なに言っちゃってるのこのオッサン』って顔されてもわからない。
……掃除の時には絶対にしない振り方されたって俺にはわからないからね絶対……!」
わからないを連発した酒井だが、とりあえずわかることは一つ。
(――
逃げろ……! 知らないけどどっかの誰か!
と酒井が久々にガチな心配をしていたら、武蔵の眼前に通神が開く。
『武蔵様、少々御報告が。――――以上。』
「……Jud. ……貴女もですか武蔵野。報告内容は手短に、簡潔にお願いします。――私はこれより、己の存在理由を賭けた最終決戦に挑まねばなりませんので。――――以上。」
――臨戦態勢、とでも言うように、掃除用具たちが、舞う。
酒井に言わせれば、武蔵総艦長という超重要な存在ではないのか。なのだが――口に出す愚挙は起こさない。老いた身なれど命は惜しい。四天王の生き残りは最後までしぶとく生きようと決めているのだ。
それになにより、まず間違いなく、アイツ関係だろうと止水のことを思い出しながら、ため息をつく。
『……Jud. 向井 鈴様のことなのですが? ――――以 「詳しく説明しなさい。――――以上。」……Jud.』
……舞っていた長物たちがピタリと止まった。
そのまま、傍目から見ても武蔵野の通神へ向けて集中しているのだとわかる。
『現在、梅組の皆様が『王様ゲーム』をヒャッハーなさっておいでなのですが、ついさきほどマルガ・ナルゼ様が王座をお取りになられまして。
御命令の内容が 十六番の方が武蔵様の前で、ハンド猫耳しながらニャン? とのことでして――――以上。』
止まり、静止していたホウキたちが――カランカラン、と乾いた音を連続して響かせる。……その中に、酒井が咥えていた煙管が落ちた音も混じっていた。
「も、もしやその十六番の方というのは……? ――――以、上。」
『……Jud. お察しの通りかと。あとついでに申し上げますと――』
戦慄している武蔵の背後。彼女の聴覚センサーが、風の音を感じ――何かが、いや、誰かが飛んで来たことを伝える。
『――マルゴット様が、はい。そろそろそちらに鈴様をお連れする頃かと。――――以上。
あの……武蔵様。感覚リンク、お願いいたします……! ――――以上。』
武蔵野の通神が消える瞬間を、武蔵が認識することは――無かった。
「はーい! ベルさんGO♪」
「え、えっと、こ、こう? それ、で――
……にゃ、にゃあ……?」
***
「うぉぉぉおお!? ま、正純の作った昼食がぁぁああ!?」
「そっ、それどころじゃないよノブタン!? む、武蔵の推進出力その他諸々が止まったっていま報告が!?」
「それどころ? いま正純の作った昼食を『それどころ』と言ったかコニタンッ!?」
「ああもうこの親バカイヤァァアああ!!!! ってああああ!? 徹夜して並んでゲットした限定黒盤がぁぁああ!!!」
***
「ふうっ――武蔵最強は伊達じゃなかったわね」
「ごめんナルゼ君全然笑えないよ? 今間違いなく十万人が死に掛けたってことだよ? 番外編で『今まで応援ありがとうございました』のアナウンス流すところだったよ?」
総てから顔を逸らし、全てから目を反らしながら、ナルゼは教室の窓から空を眺める。
直政がいくつかの通神を開き、その通神の向こうの何人かに、心からの労いの言葉を送っていた。
「なんとか持ち直したってよ……泰造爺たちが頑張ってくれたみたいさね……あと二十秒遅かったら地面にドカンと逝ってたってよ」
……ある意味で諸悪の根源と言える梅組一同も、ワリと本気で戦慄している。
実際に『あ、コレはヤバイ』と本能的危機感を感じるほどの角度で教室が傾いた。
その際、車輪ゆえに流されんとするミリアムの車椅子を点蔵が、東ともども押さえ、よろけたハイディをシロジロが支える……などで事なきを得た一同。
そして、全裸の馬鹿がふざけて転がって壁に激突し、その上に真面目に弾んだネンジがぶつかり飛散し、御広敷が情けない悲鳴を上げて樽の様に転がりストライク。――そこに、体勢を崩したペルソナ君が――。
以上が、事なきを、得られなかった一同の死屍累々である。
「……ふう。取り合えず、皆さま御無事なようですね。しかしコレが王様ゲーム。命を掌に転がす王のゲームですか」
「フフ……そうよ愛義妹ホライゾン。王たるもの、こうして己の権力と責任を学んでいくの。――副王たるアンタも、しっかり学びなさい?」
「……Jud. 学ばせていただきます」
「……ギャグだよな? 特にホライゾン。お前今ヒロインが浮かべちゃいけない笑顔なんだが……」
ツッコムべきか。注意するべきか。正純が頭を抱えて唸る中、梅組の教室へ向かい、大慌ての足音が近づいてくる。
「悪い遅れたッ!? 皆大丈夫――」
「ッ! ミトツダイラ!!」
「Jud.!! 御行きなさい銀鎖!! 智!!」
「……え、最後私!? あ、あ……
会いましたぁ!!」
ガラリと、戸を吹き飛ばしかねない勢いで戻って来た緋色を確認するなり、姉が指示を騎士に飛ばし、騎士が鎖で刹那に捕らえ、捕らえた獲物を巫女へ。
そして巫女は何をトチ狂ったのか、鎖に巻かれて自分へと飛んでくる止水を受け止めることなく。即座に『弓を展開して矢を引いて簡易術式纏わせてズドン』、一拍子に、狙撃。
……何気に雅楽ユニット『きみとあさまで』のメンバーでのコンボだったのだが、最後のズドンは二人にとって予想外だったらしい。わずかな時間だが恍惚とした顔になった巫女を……人でなしを見る眼で見ていた。
「――喜美? ええと、確認なのですけれど、おそらく問い質すために捕まえて動けないように、的な指示でしたわよね? ワタクシそう判断したのですけれど」
「ええそうよ? 浅間なら術式でちょいちょいってそういう捕獲できると思ったんだけど」
チラリと、被害現場を見る。
――――おい! コイツ心臓うごいてないぞ!?
――――正純殿落ち着いてぇ! そっち左! っていうか鎖の上からじゃ普通わからんでござるよ! ……あ、銀鎖殿。真面目に、大丈夫でござるよな?
――――『 脈拍正常ー ……一応ー』
――――容赦なく顔面を狙いおったぞあの巫女……幸い額宛にズドンされたからよかったものの……!!
――――ズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖いズドン怖い……×2
「「…………」」
「や、違いますよ!? ほら、えっと、あれですッ! 男の子に急に近づかれて、ほら、女の子の防衛本能っていう感じで!」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
――味方は、居なかった。
「たっだいまー♪ ……ってしーちゃん!? どどど、どうしちゃったの!? 擬音系衝撃にやられちゃった感じがするけど……」
「あたしじゃないさね」「ワタクシじゃありませんわよ?」
「あっ(察し)」
「し、止水く、ん!? どう、なに、が……!?」
***
「ンフフ。なんかいろいろあったけど、問題なさげだからとりあえず続けるわよ?」
全裸は真面目に包帯を巻かれ、御広敷も似たような感じでぐったりしている。
止水はなんとか意識を取り戻し、しかし涙目で額宛痕を押さえている。額宛は相当頑丈らしく、僅かな歪みもなかったそうな。
その犯人たる智は銀鎖に――胸部装甲の問題で一部を除いた――全身を拘束され、その上に『反省中です。慈悲を与えないでください』と張り紙されてシクシクと泣いていた。
「姉ちゃん姉ちゃん! よぉく見ようぜ! よぉぉおく見ようぜ! 身内の一人が満身創痍的な感じ! 問題ありげ! ――あもなんか今のエロゲみたいなタイトルじゃね?」
「愚弟知ってる? 傷ついた男にクラって来る女も居るみたいよ!? あとアリゲなエロゲってフラグ満載ね! ただし恋愛系フラグだけだと思ったら乱立してるのはデス系フラグだから要注意よ!?」
「うん、マジレス。……傷ついてマジクラってる男を放置もどうかと思うんだ俺」
ちなみに、喜美が『傷ついた男』云々のくだりで某刀馬鹿をチラ見していたが、チラ見先は未だに脳震盪でも患ったのか、フラフラしているので無意味である。
「まあいいわ! 細かいことはどこぞへポイ!! 行くわよ愚衆共第三回戦!!! せぇーの!!!」
「「「「「「王様だぁぁああれだ!!!」」」」」」
プルプル振るえる手が三つ。口で啄ばむ巫女一人。
ぶっちゃけ内心帰りたい、と思う幾人かの心情とは裏腹に――王の遊戯は、混沌の様相を見せていった。
……第三回戦の結果報告。
帰還早々マルゴットが王を引き、
――終始無表情のシロジロとどこか照れ交じりの東。そんな当事者を他所にハイディがカーテン丸々一枚を噛み千切りパルパルし、腐った黒翼が『古い家の御曹司と商人の跡取り息子の禁断の愛憎……ッ!』とか血走った眼でほざかれた。
実害特になし。……ママが怖い顔なさっていたが、家族間にはノータッチ。
……続いて、第四回戦の結果報告。
騎士でありながら、自身の王を差し置いてネイトが王権を獲得。
未だ王を取れず、番号さえも呼ばれないトーリの変顔もあったが、なにより本人も余り嬉しそうでもなく――無難に肩叩きという外道分の少ない内容を早々にチョイスしたのだが――。
その対象が
機関部にて働いているため、平均よりも当然力のある直政の肩たたき……ということで僅かに苦笑を浮かべた御広敷だったのだが――直政が振り上げる右義手を見て、絶望する。
……彼女も彼女で、止水とオリオトライの件には憤るものがあったらしい。しかしながら当の止水は既に痛い目を見た上に、命令された止水に当たるのは八つ当たりになる。
それはちょっとかっこ悪いな――ということで、元凶に憂さ晴らしをしようと考え至ったらしい。
音にすると『トン』と『バコンッ』が交互に降りかかってくるのである。
『肩がぁ! 小生の肩がぁぁあああ!!!』となるのは明白であり――ついにこのゲーム初の脱落者を出した。
そして、犠牲者も出たことだしそろそろお開きにしよう、という流れで、最終戦。
――の、はずなのだが。
全員が掛け声とともにクジを引き、その内容を確認した。にも関わらず、名誉ある絶対者を名乗り出るものが居ないのだ。
「……王様が居ない、というのはありえるので御座るか?」
「有り得んでござる。いやさ、そもそも王であることを隠す必要は……むう?」
二代が率直な疑問を問うが、答えた点蔵を始めにそれはない、と首を傾げる。
全員が、キョロキョロと王を探す。しかし数秒たち、それでも、王を名乗るものはいなかった。
「……ちょっと止水のオバカ? アンタ何番よ」
「ん? 喜美? ――いや、俺も9番だから、王じゃないぞ。
――ん?」
状況を見て、止水が確認していないと思ったのだろう。喜美が態々止水の傍まで足を運んできた。
そんな止水は自身の番号を苦笑とともに伝え、やっと脳震盪から回復してきたーと喜び……つかの間。
ふと、喜美との会話に違和感を覚えた。
「……?」
喜美の台詞を頭の中で何度か繰り返す。繰り返して――何故、という言葉がなんとか浮かんだ。
何故……喜美は、止水に何『番』か、と確信をもって番号を聞きにきたのか……?
「ふふっ、フフフフフ♪」
答えはまぁ、彼女の勝ち誇った笑みと――その手に握られ、ゆっくりと開かれたことで、その王冠のマークを顕わにした紙片を見れば、容易くわかるだろう。
「さあ行くわよ王命ぃいいい!!!」
「ず、ずっる!? 喜美それはちょっとズル過ぎますわよ!?」
「クフフ! 勝てば官軍よ! そしてこの世は弱肉強食!! 肉食系の笑う時代!! つまりミトツダイラ! アンタは高笑いできるのよ良かったじゃない!?」
そういう問題ですの……? と首をかしげるネイトを他所に――ここに来て、賢姉テンションMAXである。天元突破でも可。
舌なめずりをして
なにせ、自分たちに被害はないのだ。むしろ飛び火してこないように止水を村八分して隔離し始める。
「皆、行動早いなぁ……」
「御黙り9番! ええそうよ9番!! 覚悟なさい!? 9番――」
効果音が出そうな勢いで指差されたのは止水――では、なく。
「――と! 23番!! キスしなさい今此処で!!!」
安堵して、これからなにをしようか、と予定を立てている、9番以外の面々。
突然のことに数秒呆然として、命令の内容を理解して。
半ば忘れていた自身の番号を、大慌てで確認した。
「……ねえ喜美ちゃん? 14番にしない!? 9番と14番がナイちゃん占いで今日の喜美ちゃんのラッキーナンバーっぽいよー!?」
「くっ、自分、8番です……!
――っていうか、25人で王様ゲームやったら何もしないで終わる人多いですよねー……」
「き、喜美! 貴女なんて破廉恥なっ!? そういうことはもっと、順番、じゃなかった段階を踏んで! ――――ニアピンの22番なんてあんまりですわ……ッ!!」
「あたしは1番さね。――お、鈴は2番か……まあ、命令でされてもうれしかないからねぇ」
「……(命令じゃなかったら、うれしいってこと、だよね……?)あ、は、はい。Jud.……でも、23、番って。誰、なの?」
とりあえず、同姓とキス。というこの上ない黒歴史を回避できたことを天に感謝している男衆ではないことは確かだろう。
「…………」
「……? どうしたで御座るか正純。なにやら顔が赤いで御座るが……」
二代に声をかけられたからか、それとも、何かしらを合図にしたかっただけか。
……顔を真っ赤にした本多 正純が、脱兎の如く、教室から駆け出した。
「「ははっ♪ 出会え! 出会えぇ!! 脱走者をひっとらえろぉ!!」」
「大丈夫だよ本多君! 他所の国ではキスなんて挨拶みたいなものさ! ――録画準備は? 多分良い資料になると思うんだけど」
「安心しろ。高画質な上にデコレーションコミで無料でやってやる。カメラマンは……」
「武蔵、参上いたしました。――――以上」
殆どのものが駆けていく。
逃げる側は当然必死に、追う側は面白いから、もしくは自身の欲に忠実に。
「――で、俺どうしたら良いんだよ? ここで待ってればいいのか?」
「……あら、アンタはいいの? 貧乳政治家が捕まって連行されてくればキスよ?」
「……土壇場で、有耶無耶にするつもりなクセによく言うよ」
ピクリ、と反応する喜美に半眼の視線を送り、ため息を付く止水。
キス、とは行ったが、別に口同士で、とは一言も言っていない。
額や頬なら確かに恥ずかしいだろうが、手の甲に、というのでも当然ありという逃げ道がある。
「――はあ」
……と、考えた止水に対し、喜美は残念そうに、呆れるように、ため息を返す。
「……あれ? ちがった?」
「はいはい。それでいいわよ逃げ道満載よ? ほら、貧乳政治家のマジ逃走見に行くわよ? さっさと屈みなさいな」
――え、俺が運ぶの? と言いつつも、しっかり背を向けてしゃがむ止水に対し――。
……『恥ずかしかったから無理矢理他の番号を指名した』なんて、言えるはずもなく。
肘やら膝やらをワザと立てて、喜美は止水の背に搭乗した。
――その後、奇跡的に梅組の面々から逃げ切れていた正純を止水が拾い、日が暮れるまで、武蔵中を駆け回ったそうな。
「……みぃーつけた」
「「……ひぃ!?」」
……リアルアマゾネスに見付かった馬鹿とロリコンは、日が昇るまで武蔵中を駆け回ったそうな。
読了ありがとう御座いました。