境界線上の守り刀   作:陽紅

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英国編! スタートです!

境ホラ最大の装甲度を誇る下巻……! 乗り切れるでしょうか……。



英国編
序章 刀、知らず


 ――青、そして、白。

 

 その空間を説明するには、ただその二色の原色で事足りる。

 どこまでも澄んだ――澄みすぎて、どこかゾッとさえするだろう青空と、そこに浮かぶ、いずれの季節の雲郡たち。

 

 大地は、ない……ように見える。どれだけ眼下に眼を凝らそうと、青天という空間を否定することは出来ない。では海洋がひろがっているのか、と問えば、そうでもないのだ。

 

 

 『空の世界』――センスの無い語り手が居たら、きっと、そう名づけるだろう。

 (ソラ)の世界であり、また、(カラ)の世界だった。

 

 

 

「……」

 

 

 それは、女だった。青と白しかない世界に、『波紋』という形で足を乗せるべき場があることを証明しつつ歩む、一人の、ただ一人の、女。

 装いは襤褸としか言えない布を何枚か。巻き付けているのか着ているのかはさておいて。無風の世界で、自身の歩みによりそれらをなびかせながら、ただただ、歩んでいく。

 

 頭に巻き、首から上に巻いた襤褸で、顔は判断つかないが、適当に結んだ黒の長髪が、青と白の原色に、唯一喧嘩を売るように映えている。

 

 

 延々と、数えることが億劫になるほどの歩みの波紋を刻んだ女は、なんの前触れも無く、その歩みを止める。

 

 

 そのまま僅かに顎を押すようにして空――いや、上下左右が空であるため、この場合は『上』だろう。とにかく、そちらを見た。

 

 

 

 ……数秒か、数分か。それとも、数時間か。

 

 

 

 じっと、ただじっと見上げ続けた女は、息を零す。――ため息だ。

 

 呆れるような、それでいて、苦笑するかのような、そんなため息を一つだけ。

 

 

 そして女は、再び波紋の歩みを再開する。止まっていた分の遅れを取り戻そうとしているのか、立ち止まる前よりかはよくよく観察すれば幾分か、歩幅は大きく、回りも速い。

 

 

 ――そんな彼女は、なんとなくだが、気分が良さそうであった。

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 

「……んぉ?」

 

 

 体が感じたのは、確かな浮遊感だった。

 

 更に感じたのは、落下時特有の内臓の動きだ。

 

 

 なるほど。つまり――俺は今、結構な高さから落ちているというわけだ。

 

 

 ……と、ぼんやりとした視界には、硬そうな白の地面やら痛そうな感じの障害物があり――。

 

 

「あ、これは痛い」

 

 

 

 ……直後、鈍すぎる音が短く、そして短くない苦悶が、誰に聞かれること無く静かに続いた。

 

 

 

 

「むぅ……しかし――俺も頑丈になってんだなぁ」

 

 

 準バハムート級航空都市艦『武蔵』。

 

 八艦が連なり、その全長にして優に八キロを超える。全高も、あるところでは八百メートルを超える場所もあり、外部から見たその迫力はとてつもないものだろう。

 

 その右舷二番艦『多摩』――の外側外郭の連絡通路に大の字になり、百m単位で上方にある、自分が寝ていた場所を見上げる。

 

 

(あ、武蔵動いてるからもう少し横……か?)

 

 

 風上側に視線を動かし、苦笑を一つ。

 

 もし寝ていたのが艦尾あたりであれば、更に数百メートル下の海上へ単身フリーフォールしていることになっていたかも知れない。

 

 

 それでも、「今度から外郭で寝るときは気をつけよう」などと、まず根本的にそこで寝なければいいとは思わない当たり、止水らしいと言えばらしいだろう。

 ちなみに、止水には以前も同じような高さから落ちた経験がある。その時は確か中等部で、寝起きなどではなく意識もしっかりして、その上受身まで取ったのだが、しばらく動けないくらいのダメージを負ったことを覚えている。

 

 

 それが今では、多少呻く程度。五体満足で負傷も無い。

 

 これを成長といわず、なんと言うのか。

 

 

 ……そんな馬鹿な思考を馬鹿が頷きながらしていると、そんな馬鹿の元へと小走りにやってくる人物が一人いる。

 武蔵八艦、その運行に従事する自動人形が着る侍女服姿。

 

 

「……止水様、御無事ですか? ――――以上」

 

「あー、うん。寝ぼけて落ちただけだから問題はないよ。多摩……さん」

 

 

 ちなみに、現在止水の前に来たのは右舷二番艦『多摩』の艦長を任されている自動人形である。対となっている左舷二番艦『村山』と同型――いや、同じ容姿をしているため、髪型の左右の違いと髪の色くらいでしか判断することができない。

 

 

 

 

 ――できない、のだが。

 

 

 

 

「……えーと」

 

「……。――――以上」

 

 

 多摩と村山の大きな違い。――それがある特定の人物に限定して、大変わかりやすく『出る』時がある。なお、これは武蔵を含む全九名の各艦長にも言えることなのだが……。

 まあ、その特定の人物の一人が止水であって、彼の場合は昔の口癖である多摩 " 姉ちゃん " と言おうとして態々言い直した上に他人行儀な " さん " 付けにすると顕著に現われる。

 

 

 立っている『多摩』と、寝た状態から上体だけを起こした止水であれば、さすが見上げ見下げの関係は逆転する。逆転するにも関わらず、俯いて、上目遣いで不服そうに睨んでくる。

 

 それが、多摩だ。

 

 

 同じ容姿の『村山』だが、彼女は眉を八の字にして不満をアピールし、総艦長たる武蔵に至っては、なんと実力行使で『姉』と呼ばせてくる。つまり、各艦長によって個性がかなり出るのだ。

 

 

 その特定の人物には鈴やアデーレも含まれていて、鈴の場合はいざという時の体の支え方、アデーレの場合は差し入れの種類――などなど。知る人であれば、彼女達を見分ける違いは結構多い。

 

 

 

(……言わなきゃだめかなぁ……これ)

 

 

 小等部ならいい。中等部でも、まだいい。

 

 しかし、高等部の最終学年にもなって、更には自分よりも小柄な相手に対して、" 姉ちゃん " 呼びはさすがに恥ずかしい。喜美やトーリのように実の姉弟ならまだしも。

 

 更に言えば……初等部の頃の様に頭を撫でにくるのもやめてほしい。背伸びしても届かなくなって、終わるかなぁ、と思えば三日後くらいには重力制御を用いた高度な撫でスキルをドヤ顔で披露してくる九人衆がいた。

 

 

「……あと、どれくらいだっけか。多摩姉ぇ」

 

「……Jud. はい。現在の航行速度から申しまして、はい。あと数日かと。――――以上。」

 

 

 

***

 

 

06:15 name 多摩

 止水様ツンデレフィーバータイム入りました! ――――以上。

 

06:15 name 村山

 映像を。――――以上。

 

06:15 name 武蔵野

 音声も忘れずに。――――以上。

 

06:15 name 高尾

 というより『多摩』と止水様は早朝からなにを? ――――以上。 

 

06:15 name 多摩

 Jud. いえいえ。報告するべきことは何も。……ふふ♪ ――――以上。

 

 

 

 

06:15 name 艦長ズ

 ギルティ。――――以上。

 

 

 

 

06:15 name 武蔵

 総員、仕事をしなさい。――――以上。……『多摩』。後ほど、教導院裏に来るように。――――以上。

 

06:15 name 多摩

 武蔵様。実はここに、先ほど確保しました『止水様の寝顔写真一ダース』が御座いまして。――――以上。

 もちろん、最新版です。――――以上

 

 

 

06:16 name 武蔵

 ……。

 『多摩』を除く総員、キリキリ働きなさい。――――以上。『多摩』はそのまま情報共有状態に移行し、止水様のお世話を続行しなさい。――――以上。

 

 

 

06:16 name 艦長ズ

 ……。――――以上。

 

 

***

 

 

「……Jud. 止水様。まだ少々お早いかと思いますが、朝食など如何でしょう? ――――以上。」

 

「(……『Jud.』 って何が?) んー、喜美起こしに青雷亭に行かないといけないから、ついでにそこで食おうかな、って思ってたんだけど。

 ……多摩姉ぇも来r 「行きます! ――――以上」 お、おう。Jud.」

 

 

 この人()()は本当に自動人形なんだろうか、と心で考えつつ、緋衣に付いた汚れを二度三度払い、立ち上がる。

 

 梅組の中でペルソナ君、ウルキアガに次ぐ巨漢は伊達ではなく、平均的な女性の身長でしかない多摩が並べば、大人と子供としか見えないくらいの差が瞬く間に生じた。

 

 

(――以前は、ワタクシどもの腹部程度だったのですが)

 

 

 それは嬉しいで、そして、寂しいという感情だろう。客観的に自分の状態を把握した『多摩』は、指示通り、他の艦長たちに情報を共有しつつ、止水の背によじ登る。

 

 

「……何も言っていないのに、もう俺が走っていくことが決まってる気がするのは何故だろう……」

 

 そんな愚痴を零しながらも、振り払うことはもちろん、降りろと視線で訴えることもせず。

 

 止水はそのまま、青雷亭のある多摩上層部まで、一息で跳びあがった。

 

 

 

 弟と、姉。やや普通とはいえない二人の、どこか微笑ましいその光景は。

 

 

 

 

 

 ――しばらく後、木端の如く粉砕されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういやさ。俺が落ちてから多摩姉ぇが来るの結構速かったけど、近くにいたんだな。……あれ、でもこんな時間に何してたんだよ?」

 

「……J、Jud.――――以上」

 

「……今一瞬説明された気になっちゃったよ……ん、って、あれは……?」

 

 




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