遠くから、いくつもの壁を越して、低い重低音が無数に聞こえてくる。砲撃か、爆発か――直接揺れればこちらの被害で、揺れなければ向こうの被害だろう。
――ズド……ン
「あ、これは浅間ね」
「う、うん。そ、それ、と、水の、はじける、音」
抱えている腕の中――鈴から小さな同意と、追加で情報が入ってくる。
……ズドンと射って、その後に水音――それもはじけるということは。
「……とうとうあの巫女、人を狙撃したのね……しかも爆散――。私の書いた奴をリアルで表現してくれるなんて、ナイス読者サービス! やるわね……!」
「あ、あの、人じゃ、ない、みたい――悲鳴、聞こえた、けど」
ナルゼが頭の中で、「次はこれね!」となにか技名のようなシチュエーションのようなものにチェックを入れる。人をズドンできたのなら、今度は貫通系。五、六人くらい景気良くズドンと――。
(ッ! ネタきたコレ!!)
――次回作のラストシーンは乞うご期待。特に巫女の恍惚艶顔に。
『あのーすみません! 今なにか凄い不愉快な念を特定的に感じたんですけど!?』
「――気のせいよ。ほら、それより集中しなさい。次回作の資料が足りなくなるでしょ?」
『き、気のせいじゃない!? なんですか次回作って!? ナルゼ貴方まさか"アレ"の続編を……!?』
「アレ、って『浅射て』でしょ? 続編も何もあれもう巻ノ六くらい――」
と、思い出し、件の同人はなし崩し的な同意を得ていたとも思い出す。
しかし、この智も焦りようはなんだろうか。そして微かに通神越しに聞こえた「あ、そっち」の言葉も引っかかる。
『ちょっとあなた達! 戦闘中ですわよ!? 無駄話をしている暇はありませんわよ!
それより智っ! 五時の方角より先ほどと同じ投擲物がきますわ! 街に落とせば燃焼で厄介になります! ……ここは景気良くズドンと!』
『ええっ!? 私!? 私ですか!? 距離というか位置的にミトのほうが近いじゃないですか!』
……いや、まあ、確かに火事は厄介ですし? 消火は面倒ですし、後処理も大変ですよ。ええ。でもちょっと難易度高め。――うん。え、なんですかハナミ? ……術式いじれば空中爆散じゃなくて打ち返し爆散いける? な、なにを言ってるんですか!? 巫女たるもの人を傷つける行いは……いや、でも、まあ――巫女は人々の願いに答えなきゃいけませんもんね。期待されたら答えなければいけません。Jud.Jud.
……えへへ。
『会い、ましっ、たぁぁあ!!!!』
ズドドドドン……ッ!
後、爆発。
――通神越しに、どこか晴々スッキリとした巫女が頬を紅潮させており。ナルゼは静かに見届けて、通神を閉じた。
「――さすがは武蔵の射殺巫女。四連射とはやりおるわ」
「……? 六、だよ? 二本の、二回……あったから」
さすがは武蔵の至宝。通神会話は基本首から上であるため、何本構えているのかなんて普通わからないのだが――矢が空を往く音か、それとも着弾音か。正確な数を把握したらしい。
しかし、それを向けられ、果たして自分は完全回避できるだろうか? と考え……即座に無理だと判断を下す。
「……鈴、いざとなったらかばってね? お礼に今度
「……? な、に? いま、の、ぴー、ってこえ……? か、かばう? えと、いい、よ?」
ナルゼの禁忌発言に合わせるように、廊下を徐行速度で飛ぶ二人にぴったりと付いた通神からハナミが顔を出し、術式を込めた声で完全に相殺する。
……この至近距離で鈴の耳にも聞こえないようにするとは、とんでもなく高度な防音術式を用いてきたようだ。当然、智のいたり知らぬところであり、ハナミの独断というわけでもない。
早い話が、神様達が態々出張ってきたのである。……職権乱用しているような気がしないでもないが。
(やるわね……とうとう神々まで萌え落としたわこの子)
――腕の中で……おそらく視線を感じたのだろう。ナルゼを見上げるようにして、コテン? と首を傾げるその仕草の破壊力。その凄まじさたるや、ナルゼが咄嗟に上を向いて鼻からの愛を抑えるほどである。
(だけど、まあ――)
鼻からの愛が引っ込んだのを念入りに確認し――ため息一つ。
……そんな鈴だからこそ……、ナルゼは納得できた気がした。
今、自分がここにいて、こうしていることに。
第四特務という立場――それは決してお飾りなどではない。他国との抗争時はなおさらだろう。その国、その教導院の代表の一人として戦線にでるのだから、その責任は重いといえるだろう。
しかし今、総長連合の中で明確な役職を持つナルゼが、戦場から離れ……『避難誘導』という一般生徒でも出来そうなことをしている。
「…………」
――
ただ空を飛ぶだけならば術式込みのホウキで十分だろう。しかし、『特務』として、武蔵の名を背負って空へ戦いに出るのに、それでは圧倒的に足りない。ただ的になりにいくようなものだ。
(……わかっては、いるんだけど。ね)
ナルゼは苦笑を浮かべる。
あの時の判断は間違っていないと、今でも断言できるからこそ、苦笑で済んでいた。
あの時、至近距離で武神の流体砲を、マルゴットと二人揃ってまともに受けていれば、その負傷を奪う止水も無事では済まなかっただろう。最悪、止水の許容量を超え、三人とも命を落としていた可能性だってあるのだ。
更に少し大げさに考えれば、その延長にあったホライゾンの命も、大局的に見れば武蔵の未来も。……あれで護れたとさえ思える。
(ま――今だって思いっきり役立たず、って訳じゃないものね)
腕の中を見る。
白嬢を失い、空戦に出れなくなったが故に。おそらく、誰もが護りたいと思うだろう内の一人である鈴を、こうして護送する任をネシンバラから真っ先に伝えられたのだ。
……梅組の戦える面々の中で、空戦力でありながら空を翔けられず、しかし最低限の戦力として戦うことが出来るナルゼ。
「……が、っちゃん?」
まあもっとも、その護送対象たっての願いで、こうして避難誘導も兼ねているのだが。
「……なんでもないわ。さ、そろそろこの区画も終わりだし、そろそろ私たちも――」
「う、うん――……? この、音……あ、あずま、くん?」
ナルゼが、安全なところへ……と告げようとしたところで、鈴が唐突に個人名を口にする。
何事かとナルゼが顔を上げれば、丁度、手前の角から東が曲がってくる。東も二人に気付いて、少し弾ませた息を整えていた。
「ドンピシャね――っていうかこんな所で何やってるのよ? 一応、通神経由で、指示があるまで自室待機、って連絡がいったはずだけど?」
「あ、うん。ええ、と。そうなんだけど……余にも何かできることないかなって。そうしたら……シロジロ君たちから学校下の倉庫街の検査とか、氷室の調整とか見てきてくれ。って頼まれたんだ。
……まあ、行ったら現場の人たちから『早く安全なところへ! っていうか何で来たんですか!?』って怒られちゃったんだけど……あ、お、終わったのはちゃんと確認したよ!?」
説明して、苦笑して、そして、何故か慌てて。
しかし、現場の作業者達もさぞ慌てたことだろう。なにせ、帰属しているとはいえ、帝の子供が安全地帯から出てきて確認に奔走しているのだから。……彼らが最速かつ的確に頑張ったことも言うまでもない。
「現場もさぞ大変だったでしょうね――で、東。これからどうするの?」
「Jud. 余は一旦ミリアムとあの子のところに戻るよ。止水君からあの子のことを頼まれてるし……」
それに……と続けようとして、あえて東は言葉を濁す。しかし、視線がナルゼに抱えられている鈴に向けられたところを見れば、大体の想像が付く。
(……何よ、ちゃっかり男見せてるじゃない)
……鈴とミリアムで共通していること。真っ先に思い浮かぶそれは、守り刀の守護術式だ。
ここにはいないが、正純もそれに当てはまる。三人にかけられたその守護の深さは最深度であり――この武蔵において、それは『絶対安全』と同義なのだ。
逆に言えば、この三人を護ることが、間接的に止水を護ることにも繋がるわけである。
いま現在、冗談じみた理由によってだが止水がダウンしている状態である。彼の早期の復帰の為には、これ以上の負担をかけないことが第一だろう。
……それを、言葉にして言うことなく、自分の役目だと不言に動いている東。
戦えないが、戦っている。
(――荒事無縁で虫一匹殺せないような、男の娘の東がねぇ)
「……あ、来た。ネタゲット」
「「……?」」
無垢系(無知系でも可)の二人には理解できない内容だったらしい。
他の連中ならツッコミの嵐よね、と考えながら、なんでもないわよーと営業スマイル。
「まあいいわ――あの霊体の子ね。少しは慣れた?」
「そう、だね。慣れてくれてる……といいな。――出来れば、他の子供達と遊ばせてあげたいんだけど……御広敷君が養護施設を進めたりしてくれてるけどね」
子供同士仲良く、そして、友達をたくさん。そう願うが、霊体という不安定な存在だから、ためらいがあるだろう。
――短いとはいえ、ともに過ごした家族なのだから、その不安は当然と言える。
「……あのロリコンのことだから、9割は邪な性癖よ絶対。気をつけなさいね?
そうね……なんだったら、梅組の誰かの家にお泊り、なんてのはどう? ノリキの家なら小さい弟君や妹ちゃんもいるし、私たちなら私たちのところで、良い『予行練習』になりそうだしね」
「予行練習――って、なんの?」
そりゃあ当然、と前置きして。
「子育て、に決まってるでしょ? ――まだ学生だけど、学生は産んじゃいけない、なんて校則はないし、大体SEXくらいなら、案外やってる連中も多いしね」
……私はまだだけど、とは言わない。
(ま、シチュエーションとかムードも大切よね。でもあの朴念仁にソレを要求するのは些か難しいかしら。ならまあ、その辺はマルゴット……もテンパリそうねー、私がやらなきゃダメよねこれ。止水と二人でマルゴットをウッヘヘヘヘ)
どこかでピクリと反応した金翼と、ビクリと背筋を振るわせた末期患者がいた気がするが、気のせいとしよう。両者とも自分のやることに集中してほしい。
そして、ナルゼは心の中であふれ出たよだれをジュルリと拭う。当然、そんな様子を表には欠片も見せないが。
「……ねぇ、ナルゼ君」
あら、この話題は無垢っ子の東には早かったかしら? あ、でもそれはそれでネタに――
「 "せっくす"ってなに? 」
「……なん、ですって……!?」
***
――『おいぃいい!? と、通っちゃったよ!? いまのワード通っちゃったよぉぉおお!?』
――『いやぁ、拙いですねぇ。いやぁ、大変ですねぇ……どうなっちゃうんですかねぇ、鈴ちゃん。……アハ♪』
――『な、なんで邪魔したんですか!? っていうか貴女、ここ全年齢だから殆どの神力を禊がれてるはずじゃ……ッ! ま、まさか……ッ!?』
――『身悶えする姿を妄想したらなんか力わいてきたわ。……目指せ『板』移動……ッ!』
配点 《どこかの神様会議(非公式)》
***
「……なん、だって……!? まさか、でも、いや……」
――戦慄。それが正しい表現だろう。
その光景を通神越しに見て、それを情報として把握して――汗を一筋作り上げ、つばをゆっくりと嚥下した。
『バラやん!
「……
『チッ……で、なんなんだ? その聖譜顕装とやらは』
新しい通神画面にて、口元の血を拭いつつノリキが問う。視線は鋭く……戦闘中なのだろう。
それを視界に入れつつ、ネシンバラは軽く息を吸う。
「――聖譜顕装。聖譜そのものを燃料とする神格武装の一種さ。聖譜に刻まれた七つの枢要徳――すなわち、『信仰』『希望』『慈愛』『賢明』『正義』『勇気』『節制』を起源としている。――七つ全てに旧代・新代が対としてあるから、七対……つまり十四の武装があることになる。……
『――説明長いさね! アレの注意事項とあたしらがやることはなんなんだ!?』
「っ……こっちの攻撃や速度が減衰する! ナイト君は下がって! 直政君、朱雀で時間を稼いでくれ!」
『『Jud.!!』』
減衰されようと、朱雀は10t級の武神。対人相手の時間稼ぎならば、余裕だろう。
――対人、ならば。
「嘘、だろう……!? 聖譜顕装だけじゃなくて四聖の武神まで持ち出してきたっていうのか!? ほとんど向こうの総戦力じゃないか……っ!」
聞こえてくるは、硬質・超重量の物質同士がぶつかり合う異音だった。それも朱が、白に一方的に攻め立てられているぶつかり合いだ。
敵の旗艦は、副長"弘中・隆包"と書記"ディエゴ・ベラスケス"の両名が持つ聖譜顕装により撃沈はまず不可能――。
(拙い……どうする……? どうしたら……!?)
……ほんの、数分前のことだ。
一人に頼らず、共に立てることを証明しよう――と、皆に火をつけたのは。
しかし、いざ開けてみれば、相手は総長連合特務、及び生徒会役員のほぼ総員と、自国の防衛の要である聖譜顕装を持ち出している。それは最早、小競り合いなどというレベルではない。……確実に今ここで、武蔵を潰しに来ている。
今が踏ん張りどころ――なのだろう。しかし、いずれの戦場も、ほんの小さな躓きで崩れるほど危うい。そして一つでも崩れれば……後は連鎖だ。
何か手を……と、悩み考え――ぐるぐると思考の渦に飲み込まれていくネシンバラ。
……相手が総力で来ているならば、こちらも総力で応じるのが普通じゃないか? ならば。少し無理をさせるかもしれないけれど、ある意味考えれば、もう一度彼の力を世界に見せ付けるチャンスじゃないか。
そんなもっともらしい言い訳を考えながら、通神を開いた――
――その、背後。
「ククク……いっせぇーのっ」
――それは仲間とタイミングを合わせる掛け声じゃないか? という疑問は上がらない。上げる者がそもそも傍にいないというのも当然理由の一つだが……。
緋の羽衣も腕に纏わせ、口角で弧を描き、自分の中の音楽のままに舞う姉には、些細な問題であった。
「せぇーっ♪」
そしてまぁ、彼女はそのまま、ネシンバラのケツを打ち払った。加速の術式やらいろいろな加護を纏った――それはそれは痛そうな、いやもう痛い音を盛大に轟かせて。
「いったぇぇぇええッ!?」
「全く、なぁーにウジウジしてんのかしらねこの眼鏡オタクは! 草食系なら草らしくシャキッとしなさい瑞々しく! ――あとアンタって訛りキャラだっけ? 言ったえ?」
「え、なに!? なんで!? あれぇ!? 僕ボケた? ねぇ!?」
涙目を白黒させ、痛みを逃がそうと跳ね回り――不敵な笑みを浮かべる喜美を睨む。
「あ、葵君!? ふざけてる場合じゃ――!」
「あら、心外ね。私別にふざけてないわよ? ……勝手に悲観して現場見えなくなって、弱音爆発しかけてる指揮官に渇いれにきただけだもの。」
見下ろし、見下し。その上で、見てみなさい、と指を向ける。
「ああ、それとこれ、コソコソしてた某先生の独り言なんだけど。
『指揮所だと、目立つところしか見えない。通神から見えるだけしか見ないから。だけど、『戦ってる現場』はそこだけじゃない』
――らしいわよ? ……先生たまにキュンと来る行動するから侮れないわよねぇ? ま、見てみなさいな現にほら、良い女しようとしてる連中が良い格好しようとしてるじゃない」
指し示された方角に遠めに見える細い糸。目を凝らしてよくみれば、それは銀色の鎖だ。それが武蔵の何処かから、敵艦へ先を向けている。
そしてその上を凄まじい速度で駆ける―― 一人の女武者。
先端へたどり着いて女武者は止まり――鎖が大きく"撓んで"、その身を打ち出した。
「ミトツダイラ君に"槍"本多君……!? そうか、彼女の蜻蛉切の割断なら――!」
ネシンバラの記憶から蘇って来るのは、先日の話だ。
新参である二代が、どれほどの戦闘力を持っているのか――は、先ごろの西国無双との戦闘で概ね理解することができた。そして先日……なんとも要領を得ない説明ではあったが、『空間展開した術式的な何かしらも割断できる』。
「――らしい。ククク、アレも大概体育会系よね? ま、でもこれで一番の難関の、難所の攻略と戦力の増強ができた感じね。
……で、ネシンバラ。アンタ、何時までその弱気な通神開いてるつもり?」
『影打』のチャット呼び名の人物に、音声通神を開くか否か、の画面のままのソレは。
……指揮者は指示をつなげるべく腕を振るう。勢い良く示された腕の動きで、邪魔な位置にあった何かが叩き割られたが、些細な問題だろう。
そして、満足げに姉は笑う。
――背中でこっそり開いていた通神から、どこか諦めるような、馬鹿のため息を、つかせることができたから。
読了ありがとう御座いました!