境界線上の守り刀   作:陽紅

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二章 刀、揺らがず  【上】

 

 

 呼吸を落とし、耳を澄ます。

 

 遠く、いくつかの壁を通して聞こえてくる、慌しく駆けて行く十名単位の足音と息遣い。そして、手短に交わされる指示の内容と了解の声。

 

 

 心を深く沈め、気配を殺す。

 

 その数秒後、板一枚向こうを、駆ける足音が近づき、そして遠ざかっていく。負傷者の数と場所――どうやら彼らは、負傷した仲間達の回収へ向かうらしい。

 

 

 ……気配を殺していた影は、長いマフラーを靡かせ、音も無く、天井より降り立った。

 

 

 武蔵アリアダスト教導院総長連合、第一特務――点蔵・クロスユナイト。現在、絶賛お忍び中である。

 

 

 

「――ふむぅ。戦時とはいえ、随分警備が()()にござるな……」

 

 

 見張りらしき人員は未だ確認できず、先ほどで四度目となるが、やり過ごした一団も気付く気配すらない。あまりに無警戒すぎて、四団とも背後から奇襲できそうなほどだった。

 

 

「これは……もしや、誘われているでござるか……?」

 

 

 帽子に描かれた眼が、逆八の字を寄せて思案する。

 

 出て行った戦力を鑑みて、点蔵は『敵が総力に近い戦力できている』と仮定していた。そう仮定していたからこそ、この警備状態が少々腑に落ちない。 

 

 

 誘われているならば、危険は当然大きくなる。最悪見付かり、捕縛され、人質として外交の札に――。

 

 

 

 札に……。

 

 

 

 

「……ならん、でござろうなぁ。「だれだよそいつ」って満場一致で言われそうでござる……」

 

 

 まず間違いはないだろう。その光景がとても鮮明に想像できてしまい、少し悲しくなった点蔵。

 

 しかし、そうとは言っても、たぶん何人かは心配してくれるだろう。その何人かが、誰かによっては、外道たちは掌をひらひらと容易くひっくり返すから性質が悪い。

 

 

 

 そして、おそらく――これは自惚れかもしれないが―― 一同が掌をひっくり返そうが返すまいが、動いてくれるだろう友が、一人いる。

 

 その彼は現在、戦線に出ることが適わない状態となっている。正直冗談みたいな原因が理由だが、戦力主幹の一人がいないという事実には変わりはない。

 

 

 

 

 ……ならば。もし、現状誘われているとして、それゆえに危険だとしても。

 

 

 ――その一人が欠けていると思わせないだけの成果を、上げるべきではないだろうか。

 

 

 

(……そもそも、自分は忍。危険だろうと罠があろうと、掻い潜り進むだけにござるし)

 

 

 うんうん、と、自分の中で決めた何かを再確認し、幾度目になるだろうか、気配を探る。

 

 そして、問題がないと判断し、自分が出てきた天井に合図を送る。

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 

 

 ――送る。

 

 しかし、返事はない。

 

 

 というよりも、返事を返してくるはずの人物の気配諸々がない。上に潜んでいたときには確かに自分の背後で『台所などに出てくる神代からの黒い害虫』の真似をしていたのだが……。

 

 

 

 そのカサカサ音も、いまや退治された直後のように、無い。

 

 

 

「え、これ、マジな感じでござるか……?」

 

 

 

 

  ――シーン。

 

 

 と、当然ではあるが返事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ま、いいでござるか。敵地に入ってからは自己責任にござるし?」

 

 

 間の分、およそ数秒。点蔵はきっぱりと開き直った。

 

 

 見捨てたわけではない。断じて。

 

 全裸が全裸のままフリーダムしていれば、もっと阿鼻叫喚の騒がしさが拡がるはずだ。ソレがない以上、あちらも上手く忍んでいるのだろう。

 

 

 ……かなりの割合で『すでに捕縛されているから騒ぎになっていない』という可能性もあるが――。

 

 

 

 

 十ZO『業務連絡。トーリ殿が敵艦内にて行方不明にござる』

 

 ● 画『ちょっと黙ってくれる!? 今最高の二次ネタ収穫中なんだから!』

 

 金マル『ガッちゃんガッちゃん! ちょっと濃い目の墨消しいれよ!? 今一応真面目な抗争なうだから!』

 

 守銭奴『一々金にならん情報を流すな。――"業務連絡"が"訃報"になったら呼べ。いいな?』

 

 あさま『姿が見えないと思ったら何をやってるんですかトーリ君は……通神も意図的に閉じてるみたいで繋がりませんし……』

 

 銀 狼『さ、先の砲丸がまた来ましたわよ!?』

 

 

 

 あさま『会いましたぁぁッ!!!』

 

 

 

 

 ――その後、しばらく身を隠して通神画面を眺め、幾人かが言葉を寄せてログが流れるが、心配の様子はない。

 

 それどころか、守銭奴に至っては死んだら報告しろという。それが平常だと思えるのだからとんでもない。

 

 

 全裸だが自分たちの長で、馬鹿だが、武蔵の副王の一人。

 

 

「よしよし、トーリ殿が通神を閉じている事実ゲットでござる。これで心置きなく見捨て――否、自分の役目を果たせるでござる」

 

 

 自分は無罪。みんなも同罪。と自己保身を完了させ、点蔵は当初の目的どおり、艦の中枢を目指す。

 

 

 選択肢は二つ。――機関室か、艦長室だ。

 

 ――この艦に敵方の総長連合の面々や生徒会の役職者達が集っている。自国の政務を投げてここまで来るとは考えられず……つまり、持ち込んでいるはずなのだ。国の情報を、少なくない確率で。

 

 

 希望としてあげるならやはり軍事機密だろう。航空艦の性能や武神の構造などが入手できれば最高だ。それ以外の情報でも、上手く搾り取る連中が梅組には大勢いるので心強い。

 

 

 情報が無ければ、機関室を直接叩く。

 

 艦の心臓部を叩けば、当然艦は沈む。敵方の重鎮達がその程度でどうにかなるとは思えないが、この抗争にて武蔵の勝利は間違いなく、多いに時間も稼げる、などなど良いことずくめ。

 

 

 歴史再現的にいろいろ問題はありそうだが――そこは腕の見せ所。事故に見せかけるのは造作もない。

 

 

 

 どちらに向かおうとも、点蔵にハズレはないのだ。

 

 

 

 

 

「……第一戦功、狙わせていただくでござるよ……!」

 

 

 

 点蔵は自分の目標を再確認し、ついでに気合を入れなおし、通路を駆け出した。

 

 

 

 音は、武蔵の至宝。彼女に気付かせぬつもりで。

 

 気配は、リアルアマゾネス。あの女傑の不意を討つつもりで。

 

 

 

 しかし、これではまだ気付かれるだろう。故に更に、磨きをかける。

 

 

 ――容易に思える潜入。誘われていると勘違いさせるほどの手薄な警備。

 

 

 ……なんてのは、全て点蔵の勘違いだったわけである。特務はおろか副長、教導院によっては総長級さえ欺けるその隠行に、一般生徒たちが気付けるわけがないのである。

 

 

 

(しかし、なにゆえトーリ殿は途中まで付いてきたのでござろう……?)

 

 

 ふと、天井に張り付いてやり過ごしているときに思う。

 

 もっともそれは、一番最初に考えて、侵入する前に当人に確認しなきゃいけないことなのだが……。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 忍が忍んでいる一方で、表舞台の戦況もいよいよ佳境を迎えようとしていた。

 

 

 三征西班牙(トレス・エスパニア)の主だった 兵力は、機動力を生かした奇襲戦を主戦略としているため、軽装備の陸上競技系の部員が大半を占めている。ゆえに、例外を除いて殆どの生徒が一撃離脱を徹底していた。

 

 

 

 つまり今、その"例外"の面々による戦局が繰り広げられている。

 

 

 副長、野球部主将、弘中 隆包。国より預けられたのは聖譜顕装『身堅き節制・旧代』――相手の時を倍に引き伸ばす大剣型の武装。

 

 ……相対するは武蔵の副長、本多 二代。

 

 

「おらどうした! てめぇも副長なら背負ってるモンがあんだろうがよ!? そんな腑抜けたもんなのか!?」

 

「ぬぅ……! (攻め崩せぬ……! どう打ち込んでも次手に繋げぬ様に払うとは……!)」

 

 

 

 

 書記、ディエゴ・ベラスケス。煙管を咥えて揺らし――黄昏ているようにも見える長寿族の男が、高い位置にて戦場の全てを見ている。少しでも揺らげば、『身堅き節制・新代』の力を即座に行使するのだろう。

 

 

 

 

 そして――第二特務、江良 房栄。

 

 武蔵側からすれば、戦局を優勢にするためには、まず真っ先に彼女を下さなければならないだろう。上の男二人の持つ聖譜顕装も厄介と言えば厄介だが、彼女の場合は、武蔵八艦のいずれかを航行不能に陥らせるだけの打撃力を、彼女個人が操っている。

 

 

 

 純白のその巨躯。重厚でありながら、しかし俊敏な機動をとる異常。

 

 物資と工場さえあれば作られる武神どもを、遥かに圧倒するその比類なき存在感。

 

 

 ――四方、その中の西方。その方角を守護するとされる神獣の名を、名乗ることを許された世界に唯一の武神。

 

 

 

 ……三征西班牙(トレス・エスパニア)旗機――その銘を、『道征き白虎』。

 

 

 

 

 相対するは――。

 

 

 

「くそ……ッ!」

 

 

 

 

 武蔵が第六特務、直政。そして彼女の繰る重武神・『地摺朱雀』

 

 

 

 朱と白が、幾度目かの激突を果たす。

 

 ……しかし、それはすでに攻守がはっきりとわかるぶつかり合いだった。

 

 

「二人の聖譜顕装が付いてたときの損傷が引いてきているのかしらね、と。それとも、地力からしてこの『道征き白虎』が優秀なのかしら――と!」

 

 

 どっちもだ……! と、悪態を我慢し、言葉と同時に放たれた前蹴りの衝撃を堪える。

 

 盾として使っていた巨大レンチは、あと数撃耐えてくれたなら製造元に感謝しようと思わせるほどにボロボロで、それを使う朱雀の体もあちらこちらに損傷が生じている。

 

 

 あと三度……潰す気でこられたら、次で沈む。長年機関部で培った経験が、冷静にそう判断を下した。

 

 

(……こりゃ、あたしは戦勲はもらえんさね……だが、敗因になることだけはゴメンだ――気合入れな、地摺朱雀……!)

 

 

 関節部に生じた歪みを、流体を用いて無理矢理にでも祓う。高熱が揺らぐが、直ぐに霧散していった。動ければいい。動ければ、耐えるだけではなく抗うことが出来る。

 

 

「――実は前から、興味あったのよね。武蔵の朱雀には」

 

 

 房栄が、笑み顔のまま告げる。跳ね回る白虎に振り落とされること無く平然としているのを見れば、彼女が体格どおりの身体能力だとは思うまい。

 

 

(たしか、隆包(ダンナ)と一緒に霊体になったって話だったか)

 

 

 無言で返す直政に対し、房栄は苦笑で返す。

 

 

「――でも、ハズレみたいね。貴女の朱雀は(あやか)りの朱雀だったみたい。神格武装としての専用術式も使えない。そもそも、飛べない時点で朱雀たる名の意味が無い、と」

 

 

 苦笑にわずかな落胆が浮かぶ。ジワジワと追い詰めて、専用術式をつかわせようとしたのに、と手の内を明かしてすらいる。

 

 もはや、直政と地摺朱雀を敵としてみていない。ただの障害物として見ているような、そんな物言いだ。

 

 

 

 

「ったく、好き放題言ってくれるさね……んで、アンタの言いたいことは、それだけかい?」

 

 

 

 言われるだけ言われた直政は、煙管から紫煙を一吹きし、睨み笑う。

 

 ……挑発して、激昂したところを討とうとしていた房栄は、その対応にしばし唖然とした。

 

 

 なにせ、武神乗りが自分の武神を侮辱されて、それでも平然としている様など、房栄は見たことがない。

 

 いままでとは違う乗り手――と少々身構える。

 

 

「あたしにとっちゃ、この地摺朱雀が『四聖の本物かどうか』なんざどうでもいいんだよ。あんたらが偽者だ、騙りだって喚きたてることも、正直どーだっていいんさね」

 

 

 ああ、そうさ――どうだっていい。

 

 どうでもいい連中の評価なんか、今更、どうってことないんだ。

 

 

 

「……あたしと地摺朱雀はね、一番言ってほしい言葉を、もうとっくにもらってんだよ。だから、あたしたちはソレに答えるだけさね……!」

 

「あらあら。……それを言ってくれた人って貴女の"良い人"?」

 

 

「――勝手に想像してなよ。

 さあ……武神乗りが武神に乗って、こうして対峙してんだ。ぶつけんのは、言葉じゃないさね」

 

 

 直政のその言葉に、朱雀は構える。ボロボロでありながら、後ろではなく前へ。白虎へ挑まんと当たっていく姿勢だ。

 

 そして、挑発したはずが挑発を返されて、しかもその気にされてしまった房栄は、先ほどとは違う苦味の苦笑を浮かべて白虎に指示を出す。

 

 

 

 

「……『道征き白虎』。大道を駆けるわよ」

 

 

 

 呼応し――虎が、吼える。

 

 

 

 白の躯体が燐光を纏い、その後ろから伸びてきたのは――黄金の稲穂に左右を飾られた、踏み均された……道だ。

 

 

 どこまでも続くと思われる稲穂道の上に、朱と白の武神が在る。

 

 

「これが、四聖の力。山川道澤の『道』。絶対の足場を作り出すの、と。さっきの不安定な甲板の上なんかとは比べ物にならないから、注意してね? ――と」

 

 

 

 

 ……来る、と判断したのは直政の直感だった。

 

 

 

 

「――『道征き白虎』、GO!」

 

「――ぶちかませ! 『地摺朱雀』!」

 

 

 大地を蹴る四肢と二足。

 

 朱雀が一歩を踏むのと同時、白虎はすでに朱雀に飛び掛っていた。圧倒的な機動力の敗北。そして、機動力だけではないだろう、性能面での絶対的な差。

 

 

 

()()()()! 『地摺朱雀』ッ!!」

 

 

 その一撃を。振り下ろされ、朱雀をバラバラに出来るほどの威力を持つその一撃を――レンチを犠牲にすることで受け流す。

 

 盾を失い、体制も少々崩されたが……機動力の差から詰めようがなかった距離が、無くなる。

 

 

 

「甘いわ――懐に入るだけじゃ覆せないわよ、と! 『道征き白虎』! 右肩、"一重咆哮"!」

 

 

 

 房栄の言葉通り、白虎の右肩の形が変化する。虎をイメージしただろう意匠から、虎そのものへ。

 

 その口に、流体が収束した。

 

 

 

 

「――待ってたのは"一重咆哮(そっち)"さね! 蹴り()ませ! 『地摺朱雀』!!」

 

 

 跳ね上がったのは右足だ。獲物を狩る爪を持つその脚で、咆哮を溜める右肩の虎へと叩き込んだ。

 

 

「"一重咆哮"はその程度じゃ――」

 

 

 爪が食い込むよりも早く、顎が脚へと噛み至る。そのまま咆哮を放てば、右足から連鎖して朱雀が砕かれ……。

 

 ……砕こうとした朱雀が、『右足』を軸に、身を回している姿を見た。

 

 

「ああ、止まらないだろうさ。――まぁ、確かに有名さね、アンタんとこの白虎は。そのご自慢の技も一緒に、なっ、右足をパージしろ!」

 

 

 ……道征き白虎の戦闘は、今回がはじめてではない。むしろ幾度も改良されているとはいえ、50年も前に三征西班牙(トレス・エスパニア)に確保された機体である。当然、少なくない戦闘実績が存在する。

 

 そして、明確な戦力とわかっている存在を、他国がなんの調査もしないわけがない。これは直政が、三河が有していた情報の中にあった一つを偶然見つけた、偶然の結果だが――。

 

 

 圧縮された空気が一気に抜ける音と共に、朱雀の右足が根元から抜ける。

 

 しかし、すでに生じている朱雀の回転は死んでいない。長い焦げ茶の髪をゆらし、スカートを翻し。咆哮によってパージした右足が砕かれるのと同時に、残った左足に遠心力の全てを込めて、白虎の胸部にぶちかました。

 

 

 右足が無くなり、軽くなった朱雀の一撃は、いくら遠心力込みとはいえ、白虎に損傷を与えるには些か重さが足りない。

 

 二歩ほど後退させ……それだけだ。

 

 

 

 むしろ、攻撃側の朱雀のほうが吹っ飛んでいる。

 

 

 

「"一重咆哮"――流体に影響を与えて振動を起こし、その振動で破砕する『咆哮列化』――だっけか。これだけ距離開けば、余波も意味ないさね? ……たまにはネシンバラの奴の長い話も、存外役に立つもんだ」

 

「っ! ……勤勉ね。でも、片足を失ったら戦えないわよ、っと!」

 

 

 いや、と。直政は笑う。戦いは終わった、とでも言わんばかりに。

 

 

「そろそろお暇させてもらうさね。今日は朝から走りこんで疲れてるし――時間は稼げた」

 

 

 いまだ、高く高く跳ね上がっていく朱雀を見て、房栄はやっと最後の蹴りの意味を理解する。

 

 

 ()()は攻撃ではなく……。

 

 

(まさか、離脱のための()()……!? 右足を躊躇い無く外したのもそれを見越して……だとしたら!?)

 

 

 

『お疲れ様、直政君。よく、やってくれた』

 

「あいよ。……あ、機関部の休み、有給じゃなくて特別扱いにしてくれよ?」

 

 

 

 稲穂の大道を突き破り――世界が戻る。

 

 そして真っ先に飛び込んできたのは――大型の輸送艦の艦首。それが、白虎に突撃するように、三征西班牙(トレス・エスパニア)の旗艦へと『乗船』を敢行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あー、こりゃ、一回全改修の勢いで総点検しないと拙いか。はあ……まぁた泰造爺にどやされる」

 

 

 武蔵の輸送艦の上。そろそろ上昇が止まり、重力に捕まって落下していく地摺朱雀の上――直政はため息をつく。

 

 

 御存知だとは思うが、今の朱雀は左足しかない。その上、ほぼ全身に損傷を負っている。さらにその上に重ねて、蹴った反動で体勢の取りようもない。

 

 輸送艦にそこまでの損害は出ないだろうが――朱雀へのトドメとなるには十分なダメージだろう。

 

 

 当分は役立たずになる。そんな、憂鬱な気分で衝撃に備え――。

 

 

 

 

       ――変刀姿勢・体型五番。

 

 

 

 ――聞きなれた声が聞こえた。

 

 

 

 それで……少し、安堵してしまった自分に、苦笑した。

 

 

 

 

「【具足腕】っと……ん? なあ直政。朱雀ってこんな軽かったか?」

 

 

 

 背中の左右の肩甲骨あたりから無数の刀鞘が伸び、その先から連結するように、そして太くなるように刀たちが緋色の、巨大な腕を作り出している。

 

 片腕は朱雀を受け止め、片腕が輸送艦を掴み――無数の肘が、衝撃の殆どを奪い、朱雀を下ろしながら、首を傾げて早速馬鹿発言をかましている。

 

 

「世界中の馬鹿探しても、武神の重さを個人で量る馬鹿はアンタくらいだろうさね――止めの字」

 

 

 馬鹿馬鹿言うなよなぁ――と刀を戻しつつ肩を落としている止水。僅かに覗く顔は、確かにいつもより青く、どこかだるそうだ。しかし――それでも、動けるくらいには回復したらしい。

 

 今も、朱雀の失った片足の部分を見て、悲しそうな顔をするくらいにはいつもどおりで――。

 

 

「……あの、直政? なにこのロープ」

 

 

 ――ロープを容易く首に結べるほどに、弱っていた。

 

 

 

 煙草女『あー、業務連絡。止めの字を捕獲したさね』

 

 

 左遷男『え、まじ? だってベッドに寝て――ってうおぉ身代わり人形かこれ!?』

 

 

 武蔵王『なにぃ!? 医師から数日は安静にするようにと……!』

 

 

 武 蔵『…………。あとで、お話が。はい、お説教系のです。――――以上』

 

 

 

 影 打『……つい、出来心でやりました。後悔はしてないけど』

 

 

 

 

 そう打ち込むのを後ろで見つつ、直政はため息を零す。案の定、この刀馬鹿は脱走してきたらしい。

 

 

(――誰かが釘刺したのかね。それでも、できるだけ現場に近いところにいたかった……ってところか)

 

 

 ロープの片側を手に、もう一度ため息をつく。その辺の根回しは、オリオトライか喜美あたりだろうと当たりをつけ、ならば自分は、現場での抑え役を担おうではないか。

 

 

 

「これに乗ってきてるのは、正純とホライゾン――に、ミトか。いくさね止めの字。停戦宣言見に行くよ」

 

「え、あ、うん」

 

 

 

 ――何事も無く、ロープに何の言及も無く付いてくる止水を見て、本気で少し心配になったのは内緒である。

 

 

 皆の前に行く前には外すとしよう。――うん。皆の前に、行くまでは。

 

 

 




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