境界線上の守り刀   作:陽紅

81 / 178
六章 刀、請け負う 【上】

 ……二週間。日に直して十四日。時間にすれば336時間端数除き。

 

 

「ふぅ……短いようで、結構長く感じたな。このサバイバル生活も」

 

「だねぇ~。密度やたらめったら濃かったもんね。ナイちゃん的にはキャンプみたいで楽しかったよ?」

 

 しみじみとこの二週間を思い返す二人の記憶には、『苦労』と呼べるほどのことがない。着替えも風呂もない状況は女子としては不便かつ許しがたいものがあったが、それに対して不平不満を抱くことは不思議となかった。

 経験したことのない生活は、不安よりも新鮮さが先に立っていた。

 

 

 そんな二人の視線の先。点蔵の誘導と直政たちの作業によって、一本の巨大な綱が、いまだ水平線を天としている輸送艦に──

 

 

 

 

 ──今、つながれた。

 

 

 連結綱の上を赤い光の帯が、よじれて走る。その上を武蔵側の作業者が確認するように歩き──問題ない、とばかりに大きく腕で丸を描いていた。

 

 

「うにゃー、やっと羽洗えるよぅ……」

 

 そう垂れるマルゴットの隣で苦笑する正純も、自分の体に鼻を寄せる。湯浴み・水浴びは頻繁にしているが──それでもやはり、少し汗臭い。髪も少し痛みが出ているのか、パサついている。

 

 ……英国との交渉がどうなったのか、この二週間で他勢力がどう動いたのか、などの確認を早急にしなければならないだろうが、今ばかりは身だしなみを最優先しても誰も文句は言わないだろう。

 

 

「でも、ホライゾン──ずっと眠ったままだったねぇ」

「……ああ」

 

 

 食事時などは起きているのだが、それ以外は死んだように眠っている姫。わずかな起床時間に説明を求めたのだが、『問題ありませんのでお休みなzzZ』とのこと。

 刀馬鹿が『……相変わらず寝坊助だなぁ』と呟いたら輸送艦の廃材らしき木材がえらい勢いで飛んできたので、本当に問題はないのだろう。

 

 

「それも、武蔵で検査できるようになるさ。もっとも、まだ私たちが武蔵に戻る許可は出てないようだが……」

 

 

 悪化はしないだろう、と。楽観を決め──続々と渡ってくる物資と人員を眺めていた。

 

 

「マルゴットー! 正純ー! 無事でしたかぁー!?」

 

 

 手を大きく振り、小走りでくるのは智だ。二週間も開ければさすがに懐かしい。後続に梅組の面々もいる。……その中にあって、連結帯などわざわざ使っていられるかとばかりに、マルゴットに対して黒翼が突撃飛翔してきた。

 

 

「マルゴットぉぉお! 貴女大丈夫!? 禁欲生活の男共にエッチな感じの蹂躙とかされてない!?

 ──ちっ、マルゴットのにおいだけで男のにおいはなしか」

 

 

「おー、なんかこのノリも久しぶり~……。……。……!? ちょっ、ガッちゃん!? 後半の舌打ちはなに!? ナイちゃんそんなこと──うん。してないかんね!」

 

 

 なにやら妙な間があった気がしないでもないが、正純は放置する。ナルゼがボルテージを上げているが、そちらも放置だ。身体検査と称してまさぐられているマルゴットも以下同文。

 

 他人の難事を外野から眺めていると、先頭を走っていた智が輸送艦に入り、そのまままっすぐ正純たちのもとへやってくる。

 

 

「正純! ……よかった、思いのほか元気そうですね」

 

「ん──まあ、な。……むしろ私たちよりも、お前のほうこそ、その……大丈夫か? えらいやつれているが……」

 

「え? ああ……気にしないでください。普段物理で抑えてくれる人たちの有り難味を痛感していただけですから。いやー」

 

 

 

  『ほらぁ、い、ぞぉーんッ!!!』

 

  『む! 怪しいやつ……! 結べ、蜻蛉切!』

 

「──会いました」

 

  『ちょおおい! つっこみカジョー!?』

 

 

 ……苦笑していた智の眼が据わり、瞳のハイライトが消え失せ──『弓を展開し矢を番え、照準のちズドン』が一拍子の中で行われて終わる。

 

 割断とズドンのコンボによるツッコミ(威力不問)によって馬鹿が海に落ちる音ともに──智が顔を正純に戻した。

 

 

「普段気づかないことでも、状況が変わるとわかることってあるものなんですね。──この二週間で勉強させられましたよ」

 

 

 据わっていた目は元の「てへへ」といった苦笑に。展開した弓は何事もなくしまわれている。

 会話も、何事もなかったかのように続いており……。

 

 

(──え、無意識ズドンとかなにそれ怖い……)

 

 

 二週間ぶりにあった友人の()化ぶりに、正純は内心で戦慄する。巫女って人射っちゃいけないんじゃないのかよああ無意識だからいいのか、などの感想を一片たりとも表情に出さないあたり、さすがだ。

 

 

「それでですね──ひとつ聞きたいんですけど」

「う、うん。なんだ?」

 

 

 

 

 

「しすいくん は どこですか ? いろいろ と おはなし しないといけないんですけど ?」

 

 

 

 ──巫女と鬼が『=』で結ばれることもあるのだと。

 

 その瞬間、正純は実施で学んだ。

 

 そして、予想以上に強い握力で正純の華奢な肩が捕まれ、ミリミリといやな音を立てている。音はするものの、痛みは例によって守り刀の術式により奪われ続け。

 

 そして当然そうなると……。

 

 

「──おい正純!? 大丈、夫……?」

 

 

 もう一人の馬鹿が釣れるわけである。

 

 釣られた馬鹿は、日ごろ疎いと言われていながらも、本能でその危機を察知したのだろう。

 しかし、危機を察知した本能が『手遅れだ、あきらめろ』と丸投げているため、逃走を早々にあきらめて正座拝聴姿勢を取っている。

 

 その直後だ。梅組の面々がぞろぞろと現れたのは。

 

 

「着きましたー、ってあれ、止水さん既に捕獲完了な感じですか、これ?」

 

「ふむ。見たところこれからお説教タイムというところか。──丁度いい。拙僧もいろいろと物申したいと思っていたところだ。さて浅間。正座はいいが、ここでは何の苦もない。

 ゆえに拙僧……石ゴロゴロの川原に場所を移すことを提案しよう」

 

「いいですね、それ採用ですウルキアガ君。それじゃあ止水君? ……覚悟はいいですよね?」

 

 

 Jud.……とつぶやいた止水と、ズルズルと引きづられていく様を見て──『売られていく子牛の歌』が正純の頭の中に流れる。

 この二週間でそれはもう頼りになった男の姿は、どこにも無かった。

 

 

 

「ンフフフ……作業そっちのけでなにやってるのかしらねぇあの愚衆どもは。……はい、あんたたちの着替えとかその他もろもろ持ってきてあげたわよ?」

 

「み、みん、な。さびっ、さびしか、ったんだ、よ? た、たぶん……まさ、まさずみ、もおつ、れさま」

 

「……ん。ありがとう」

 

 

 何気ない、しかし心からの労いの言葉に。なんとなく、鈴がみんなに大切に思われる理由がわかったような気がした正純であった。

 ──野太い悲鳴が響くが。無視しておこう。巻き添えはごめんだ。

 

 

***

 

 

(んーむ、最近浅間のやつピリピリしすぎだぜ。ボケるのも大変だってのによぅ)

 

『ぶるるるるぁああ……災難であったのぅぅ』

 

「ガボゴボ!?(な、何やつ!?)」

『ぅ海の中ぁのワカメの根っこぉの神だぁああ』

 

 

 えらく限定的な神さまもいたものである。姿かたちの描写は割愛させていただこう。──ワカメの根っこというのに、声が穴子なのも気にしない方向で。

 

 

『海ぃの底からぁ見ておったがぁぁ、お主はちぃとばかし防御力が足らんのぅぅぅ。しょうがないからこれをやろぅ』

(お、おいまさかこ、これって……!?)

 

 

『ミィネラルたぁあぷっりの、ワぁ☆カぁ☆メぇ☆アァアアマァアであるぅぅ。精々ぃ励めぇい、小童がぁああ!!!』

 

 

***

 

 

『い、いやぁぁあああ!!!! そ、総長が! 総長が全裸の股間にワカメ乗せ、きゃあぁぁあ投げてきたぁああ!!??』

『秘戯! ──ワカメ☆ダブルスロー!!』

 

 

 輸送艦から聞こえてくる悲鳴は絶え間なく、聞く限り一人また一人と犠牲者を量産していっているようだ。

 

「……トーリも元気そうだなぁ。──あれ、この近くの海にワカメなんてあったっけ?」

 

 その悲鳴と怒号と、やっぱり悲鳴をBGMに、『 反省中 慈悲無用 』と書かれた札を首から下げて、止水は正座している。最近定番になっていた鎖やらロープなどの縛りは無い。珍しく。

 

 ……今日の夜に、届いた物資で焼肉宴をやる。なので、それまでそうして反省していろとのお達しだ。

 

 

「…………はぁ」

 

 

 逃げようと思えば逃げられるし、足を崩そうと思えば崩せる。

 にも関わらず、止水は正座を維持した。

 

 

 ……智たちのいうお説教は、実はそれほど長くはかからなかった。最初はウルキアガの拷問器具(商売道具)に悲鳴こそ上げたのだが、続く智は言い責めるうちに段々と支離滅裂になり、その内容も時間を遡ったり対象が変わったり。

 

 最後には、『どうしてそう無茶ばっかりするんですかぁ……!?』とボロボロ泣き出してしまい……。

 

 

「ぶん殴られたほうが、まだマシだな……これ」

 

 

 そんな智の様子を見て言葉を失ったほかの面々はそれ以上特に何を言うこともなく、智はアデーレに付き添われて輸送艦へ、ウルキアガも無言で、軽い一撃を残して戻っていった。

 

 

 

 ──『ホライゾン見っつけ──って何だよ浅間たちもって……え、あれお前泣いてんの……? お、おいおい待てよ、それだめだぜ? あ、アデーレ!? ほら、胸貸してやれよ! セージュンとかネイトも探してきて、浅間に懐かしいムパーイ時代を!』

 

 ──『な、泣いてなんかいませんよぅ! だ、大体誰のせいでストレス蓄積して爆発したと……っ! ああもう、

    会 い ましたぁ!』

 ──『合わせましたぁ!』

 

 

 ──『だから同時にくんなっての、わかめ☆しーるど!』

 

 

 

 ──『トーリ様。……うるさいです静かにしてください』

 

 

 ベキャリ、と外装の一部が人型──トーリ型に『膨れる』。そこでワカメ男は鎮圧されたのか、輸送艦からは勝ち鬨らしき雄たけびが響いた。

 

 それに苦笑を浮かべ……。

 

 

 

「……これはこれは、武蔵の諸君は元気そうだね。You。何かお祭りかね?」

 

 

 

「……いや、結構いつものことだよ。今日はちょっと、普段より元気がいいけど」

 

 

 突然横合いからかけられた言葉に、止水は大して驚きを見せない。

 ──見られていることは、知っていた。止水の川原裁判(弁護なし)が始まってから、ずっと。

 

 タイミングを計っていたのか、それとも、空気を読んで待っていてくれたのか。

 

 

「……えっと、確か……ベン、ジョンソン……だっけ?」

「Tes.覚えてもらって光栄だ。こうして直接会うのは初めてのことだが、私もYou.のことは知っているよ。……守り刀の一族の、止水君だね」

 

 

 ジョンソンはほんのわずかに距離を開けて、止水の隣に立つ。そして同じように輸送艦を見上げ──そう切り出した。

 先の三河で元信公が世界に宣言したからだろう。ほとんど初めて会う者でも止水のことを知っている。末世回避の鍵になるかも……とのヒントはやはり大きかったのだろう。

 

 

 厄介な──とげんなりしている止水を、ジョンソンは観察するように眺める。

 

 

「──で、ジョンソン……さん?」

「Tes.しかし呼び捨てでいいとも。なぜかYou.の『さん』は途方も無い違和感がある」

 

 

 すまん、と一言置き──……。

 

 

「ジョンソン『たち』はさ、何しにここへ来たんだ? 監視って感じじゃなさそうだし……悪いけど、みんなそれなりに疲れてるから──……。

 

 ……()るってんなら、俺が相手するぞ?」

 

 

 一刀を立て視線を、背後──英国式の制服を着た男女二人に向ける。

 

 男のほうはメガネをかけ、鍛えていない恰幅の良さからして戦闘系ではまず無いだろう。

 女のほうは──体が関節ごとに分離している。自動人形かそれに近しい存在だろう。こちらは男と違い、戦闘に従事する者が発する独特の気配を持っていた。

 

 

 今、女は不動だが……立てた刀の鯉口を切れば、そのまま開戦となるうだろう。

 

 

「いやいや、こちらに戦闘の意思はないよ。信じる信じないはYou. 君次第だが──私と彼女は、彼の護衛さ。そして、彼の目的は『交渉』。ひとまず、彼の話を聞いてくれるとありがたい。

 

 

 あとすまない。その首に掛けられている札を外してほしい。お願いします」

 

「……ごめん。外すとたぶん俺怒られるかもしんないから……」

 

 

 まじめに、シリアスにと努めたジョンソンにも限界だったらしい。『 反省中 慈悲無用 』の札が異様なまでに空気をぶっ壊している。正座も続行のようだ。

 

 

「えー、と。私は構いませんよ。どうであれ、私のすべきことは変わりませんから」

 

 なんともいえない空気の中、進んできたのは件の男。ここまで歩いてきた汗を拭きつつ、会釈をひとつ。

 

「はじめまして──英国オクスフォード教導院生徒会会計──女王の盾符(トランプ)の『7』を預かっております、チャールズ・ハワードと申します。

 このたびはどうしても武蔵の方々にお願いしたいことがございまして、こうしてお伺いさせていただきました」

 

 

 丁寧、それも過ぎるがつくほどのハワードの言葉に、止水は『はぁ』と呆けてうなずき返すしかない。

 ハワードが願い、そして、やや怪しいが止水がそれに『応えた』……という形が、出来上がる。

 

 

 そこからは、ハワードだけが動いた。

 

 わずかに数歩進み、止水との距離を詰める。そして、石がゴロゴロしている場にも関わらず勢い良く膝をつき──両手で作り出した三角形の空間に──額を突き落とした。

 

 

 「お願いします……っ!」

 

 額を軽く上げ、さらに、大地に頭突き。

 

 

 

「どうか、どうか英国を、お救いいただけないでしょうか……!」

 

(え、これ、まさかDOGEZA……!?)

 

 

 

 それは、極東の商人が使う『必殺技』だ。聖譜にもしっかりと記述されている、歴史再現的にもしっかりと確約された技術体系であり──商人たちの間では、

 

 『そのDOGEZAに心が動いたら、絶対に譲歩をしなければならない』

 

 という暗黙の謎ルールがあるほどだ。

 

 

 しかし、それはあくまで商人間での話。当然止水は商人などではないし、難しい話は途中で右から左と素通りしていくだろう。

 

 

 だが、この男は──『助けてください』と、言ったのだ。

 

 止水には英国を助ける縁も所縁も、義理もないが……。

 

 

 

「……え、えっととりあえず、話、聞かせてくれよ。何をどう助けたらいいのかわからないし、たぶんそれ、俺だけ聞いてもどうしようもないと思うからっ」

 

 

 でも誰を呼ぶべきか。正純はまず必須として、あとはトーリ……はいらない。

 

 わたわたと通神を開き、どこかへと連絡を取り出している止水を見て、ジョンソンとハワードは、こっそりと呆れ──こっそりと苦笑する。

 

 

 ──『もし、件の守り刀の男に会ったなら誠心誠意、こう言ってみよ。『助けてくれ』……とな。それで我が事のように動いてくれたのなら……そやつは、本物であろうよ』

 

 

 通神越しの相手から、きっと叱られているのだろう。しきりに謝りながら、『でも』と引かない止水を見て、一族の血筋からの、お人好しなのだろうと。

 

 

 

 ……二人は、盛大に勘違いをした。

 

 

 




読了ありがとうございました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。