北欧神話出身の執筆者 作:人類最古の執筆者
転生っていう現象は実在するらしい。少なくとも実体験からなのだから、この認識に間違いはあるまい。
寝食を忘れながら本を読み漁る生活が祟ったのか、余命宣告から二か月で死んでしまった。そんな八十何歳だったかの人生の記憶を、人格ごと引き継いで赤ん坊になった。
エピソード記憶も漏らさずあり、時間の経過で薄れても、何一つ欠けている記憶は無い。
子供の頃から大人びていた僕は、何処か大人からして気味が悪く思えるらしく、それに気づいてからは子供らしく振舞うことにした。
そんな感じで一人前になるまで狩りをしたりして過ごし、やがて大人と認められると同時に僕は森の中に家を作って隠れ住むことにした。
村のみんなはそれを否定しなかった。いや、正確に言えば、旅に出たと思っているのだ。
確実に否定されるだろう奇行。そう認識されると思っていたから、真実を話す気はなかった。
ここはミズカルズ。死を免れない人間の国である。
うん、明らかに北欧神話の世界です本当にありがとうございました。
森の中の生活は意外と楽しい。
朝、日が昇るのと同時に目覚め、木の上に建てた家から注意して降りる。強い日差しは木々に遮られ、心地よい光が森に満ちる。視界が葉に反射した爽やかな緑に染まっているのも、もうこの数年で慣れた。
この家を作るときは秘密基地を作るみたいでドキドキしたものだ。男はいくつになっても少年ということだな。まあ、精霊とかが出てきて一悶着あったが、今は何事もなく共存できている。
降りる方法は草を撚り合わせて作った縄梯子だ。下に何もいないことを確認してから降りる。
この森の中にはやたらと強い獣たちが大勢いる。下手したら自作の粗末な鉄砲でも仕留めきれないだろう程強い。
それでも奇襲と罠を駆使すれば、何とか食っていける分の肉は手に入れられる。特に強かったのはイノシシか?いやあれもうマンモスだろと言いたいが、腹に収まればイノシシと変わらない。とても肉が多かったので精霊たちにもお裾分けしようと思ったら、どうやら彼らは肉を食べないらしい。なので代わりに自作の琥珀の首飾りを送った。
現在は森の中で見つけた岩塩で塩漬けにしている。とはいっても量が多いので、近々どうするか考えないといけないだろう。
そう思いながら、保管庫として活用している大樹の洞を見回る。時折、鳥が住み着いていたりするが、争いにはならない。彼らは温厚で、話し合えば分かってくれるのだ。
昨日の内に採取していた可食の野草の入っている洞からいくつか取り出し、別の洞から調味料になる果実や加工物を選んで取り出す。
塩もあるが、今日は塩漬け肉があるから入れなくていいだろう。これ以上入れると栄養過多になってしまう。
石を繰り抜いた鍋のある地点まで歩き、近くの自作の桶で川まで水を汲みに行く。
川はすぐ傍だ。道なり(といっても道なんてないが)に進んで数分も過ぎないうちにせせらぎの音が聞こえてくる。視界が開けると、日光を反射して黄金の流れるように輝く川が見えた。
途中の岩にぶつかって跳ねる水滴が宝石のように美しく舞い踊り、柔らかく流れる清水は清らかな乙女を思わせる。現代のそれとは比べるべくもない清らかさだが、それでも生水で飲むのはダメだ。
川辺に着き、岸で膝を突いて水を汲む。自作の桶は、しかし自作の割には良くできている自負がある。隙間は無いし、これでもう数か月だが未だに壊れない。コツをつかむまでに何回も作り直したことを思い出すと遠い目になる。
その頃は川辺で食事をしていたなぁ……などと過去に思いを馳せていると、急に川底が近づいてそのまま溺れてしまう。
「がぼぼぼぼぼっ!?」
「ふふっ」
幸い、足で立てる程度には浅いので慌てずに川底の石に足を付ける。急な転落だが、原因……というか犯人は分かっている。冬でもないのでそこそこ気持ちいい程度の冷たさなので助かった。これが冬なら凍え死ぬところだったかもしれない。
バシャッ、と顔を上げそいつを見て、僕はこう言ってやった。
「全く、こういう悪戯はやめろよ。危ないだろうが」
「知らないわ。貴方が来てくれなくなったのが悪いんじゃない」
「来ないって……一日一回は来てるじゃないか」
「前は一日三回だったわ」
顔を上げた先には全身がここの川の水で構成されたように清楚な印象を受ける全裸の女性がいた。長い髪で大事なところは隠れているし、足は半分水と同化しているが、それでも痴女に見えてくる。
こいつは
原理としては純粋な神に近い。つまり人の「水に対する信仰」を糧として生きる存在だ。まあ、魔力を食べれるようになって来たらしいので、信仰が無くても存続できるかもしれないが。
嫋やかに、しかし悪戯な笑みを浮かべる彼女は、
その笑みには流石に罪悪感が湧き、石鍋の位置をここに戻そうかなどと思案する僕であった。
「じゃ、またね」
「もう行くの?」
「ご飯作らないといけないからね」
「むー」
暫く談笑して、その後に石鍋まで水をぶち込みに戻る。
さて、ご飯だ。
ところで、あなたは「巫女の予言」というものをご存じだろうか? そう、北欧神話の始まりの、予言の巫女ヴォルヴぁがオーディンに語った世界の予言である。
ヴァルハラの主神オーディンは一度死んだヴォルヴァの魂を呼び出し、過去と未来を明らかにするよう命じた。
その後の彼女の消息は知らされていない。
しかし、もし彼女が、オーディンに僅かの間だけ現世での活動を許されたのなら?
もし、その間に彼女がある
これは語られざる神話の断片。人類最古の執筆者の誕生を祝う為に、彼女はそこを訪れた。
「この森に、彼の者が……」
新緑溢れる森の奥深く、到底旅に適しているとは言えない服装の女性が呟いた。
顔はフードに覆われて見えない。いや、仮に下から覗いたとして、彼女が許可しない限りはその顔を拝むことはできないだろう。
ただ一本の杖を頼りに獣道を行く。体格の大きい彼らに踏み固められた道は、少なくともその他のところを歩くよりはましな程度には開けていた。彼らの自重で固まった地面は歩きやすいが、それでも唐突な獣との遭遇という可能性は考慮しなければいけなかった。そう、このように。
「BRRRRRAAAAAAAA!!!!!」
現れたのは猪。それも周囲の木々を薙ぎ倒しながら進んでいる巨体は、到底この獣道程度に収まらないのがわかる。
その大きさは女が見上げなければならないほど大きく、吹き飛ぶ木の枝が運の悪い羽虫を叩き落す。
それを見た女は慌てた様子を見せずに杖を掲げ、何かぶつぶつと呟けば……なんと、驚くことに猪が歩を止めたではないか!
足を折りたたんで地に腹を付けた猪の額を、女は優しく撫でる。そしてそこから去っていった。
方向は先ほどの目指していた道の先。この森で数少ない川に繋がる道である。
猪は女の後姿を眺め続け、とうとうその姿が新芽よりも小さくなってから立ち上がった。
そしてブルリと体を震わせ、そのまま周囲の木々を押し倒しながら旋回し、元来た道を戻る。
のっしのっしと歩く姿から先ほどのような凶暴さを見取ることは、もうできそうになかった。
尚、薙ぎ倒された木々はこの後に森の微生物たちが美味しく頂いた。猪が薙ぎ倒し、積み重なると道を封じる倒木を、微生物たちが食らう。何気に共生関係だったりする。
え? そんな早く分解できるわけがない? いやいや、こいつら唯の微生物じゃないですし。
「……何故か唐突に生魚を食べたくなってきたな」
ふと思ったことを口にする。今世では良い調理器具も手に入っていないし、石で包丁を作っても魚は捌けないだろう。というか刺身は作れないだろう。それでも食べたいというのなら……鉄の精錬に手を出すしかないな。でもこの世界、所々物理法則が可笑しいし……大丈夫だろうか?
捕らぬ狸の皮算用。そもそも鉄鉱石すら見つけられていないというのに、何を心配しているのやら。
それより先に僕にはやるべきことがあるだろう。獣たちへの対処法とか。
未だに逃げ回り続けるしかできない獣たちへの対処は、それはもう、武力を持たない僕には到底無理なこと。
それでも罠ぐらいはしかけられるだろう。
猪のような巨体が埋まる落とし穴なんて、どれぐらい掘ればいいんだよ。そもそも隠し切れないし自分もそこら辺使えなくなるわ。
成程、それもそうだ。
……先ほどから何を一人で自問自答しているのだろうか。これが一人暮らしの弊害か。
でもさっさと調理を済ませてしまうべきか。
まずは火熾しだ。これも、何と言うか現代の常識が通用しない熾し方なのだ。
右手にちょっと黄色い不思議な鉱石を持ち、左手でちっさい丸太を抑える。そして、その丸太に向けて雷の様に右手を振り下ろす。
すると、雷のような轟音と共に何故か電気が発生、すっごいびりびりする手を退けると丸太に火がついているのがわかる。正直物理法則舐めてんのかって言いたくなるが、これがこの世界のルールなのだから仕方がない。
小さな火に息を吹きかけながら、暇な思考を働かせる。
この世界の法則、僕は神秘法則と呼んでいるのだが、これは案外単純な代物だ。何せ突き詰めれば二つの原則に集約される。即ち、「神になぞらえ、その行いを再現する」、「強い空想に従う」ということだ。訳が分からないだろうから、先程の火熾しを例に挙げてみよう。
「雷に準えた石を」「雷の様に上から振り下ろす」という二動作。これはつまり雷霆を模した行動であり、それによって丸太に火をつけたわけだ。この行動の結果がどうなるのかというと、「石が雷に変換される」なんて馬鹿げたことが起こる。つまり、準えたものに変化するのだ。
どうやらこの世界、「マクロの行動はミクロの結果と対応」するようで、嵐の後はあちこちの木々や土が渦を巻いていたりすることがある。その逆もまた然りの様なのだ。
先ほど「神」といったが、要するに大きな現象、自然現象などの「再現」を人為的にできるという事。ミクロの行動がマクロの結果を「再現」することができるのだ。
で、強い妄想に従うということだが、この法則を発見した時の閃きから分かったことだ。
「何故、今世では雷を見たことが無いのに、こんな再現ができたのか?」という疑問。誰がやってもこうなら、別の場所で起こった行動の再現なのかもと思えるが、違った。
他の者に同じことをやらせると、それこそ静電気程度の物しか出せないのだ。誰がやっても同じ結果、他の場所で起こった現象を再現しているのなら僕と同じような結果になるはずなのに、だ。
ここから検証を繰り返し、結果として「強い思い込み」、或いは「自身の記憶」に存在する現象と、「自身の行った行動」が対応していることが分かった。
即ち、神秘法則とは「行動の結果を記憶を参照して再現する」ことだとわかった。
では次の疑問は「世界の安定性」だ。
僕がいくら地割れの再現をしようとも、完全に地割れは再現されない。そもそも、記憶が再現されるというのならば、僕の歩く大地はアルファストの様な物になっていなければおかしいのだ。
ここで出てくるのが「神の絶対性」である。この世界は神の存在が他の法則よりも比較的優先されるのだ。故に地母神である台地には傷をつけるのが難しい、ということだ。
神が実在するのは驚いたし、まさかお目にかかることがあるとは僕も思わなかった。だが、そのお陰でこの世界の仕組みが薄っすらと分かったのだから良しとしよう。死にかけたが、それに見合う成果はあった。
まあ、神秘法則で世界の全てが構成されているとは思っていない。世界とは、そんな単純な物ではない。
それでも今日を生きれるのだから、知った甲斐はあった。つくづく自身の知識欲に感謝だ。
因みに水精霊を生み出したと先ほど言ったが、それは中々に大変な作業だった。
まず「魔法」という存在が確実に存在すると自身に確信させるための自己暗示。お手伝いを創るために試行錯誤して、一番納得のいく論理で生み出されたのが彼女だ。
僕の場合、納得のいく論理に基づいていれば、ある程度神秘法則は制御できるようだ。この術を僕は「魔術」と呼んでいる。「魔法」というマクロと対応するミクロだ。
マクロの劣化版にしかならないという点が扱いにくいところだが、それさえ守ればいろいろできてしまう。今世の世界は本当に面白いところだ。
但し、他の人がいると自身の法則に乱れが入ることがあるため、僕は誰もいない森の中に引っ越したというわけである。
「……ふぅ」
丸太に燃える火を眺めながら、石鍋に火をかける。
ゆっくりと温まっていく水に木の根やらを入れ、灰汁を取っていく。
見上げた空は、梢に囲まれ青々と澄み渡っていた。
気付けば枝の擦り合う風音の中に足跡が聞こえた。
軽妙で、リズムの整った歩調。
どうやらお客さんのようだ。
一旦、調理の手を止め、背後を振り返って客に言う。
「やあやあ、よくこんな辺鄙な所まで来たね。迷ったのかい? それとも此処に用があるのかい? まあ、兎も角いっぱい食べて行きなよ。もうすぐ出来上がるところなんだ」
久しぶりに紡いだ歓迎の言葉は、どうやら上手く伝わってくれたみたいだった。