北欧神話出身の執筆者   作:人類最古の執筆者

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「韓信は貧しくて母親の葬儀をできなかったが、その墓に広潤な土地を選んで将来(そこに人が集い、街となり)墓守を置けるようにした。韓信は無位無官の民であった頃から一般人と志が異なっていた。実際に韓信の母の墓を訪ねると、本当にその通りであった。
 もし韓信が道を学んで謙譲であり、自分の功績を誇らず、能力をほこらなかったならば、漢の王室に対する韓信の勲功は、周公・召公・太公望が周王朝に対して成し遂げた勲功と比較されるほどのもので、子々孫々にわたって讃えられたのは間違いない。韓信は無難な道に務めずに、天下が既に定まってから反逆を企んでしまったのだから、一族が絶滅させられてしまったのも仕方ないことであろう」

――評:司馬遷


執筆開始

 まず、執筆するに至り、初めにジャンルというものを考えなければいけない。

 

 「どうぞ、スープ出来ました」

 

 「……ありがとう、ございます」

 

 「はい」

 

 ズズッと啜り、灰汁を取っていないそれに雑味に少し顔を歪める。

 でもまぁ、うん、食べれないわけじゃないし、うん。

 

 これは僕の考えだが、執筆というのはアイデアが重要だ。しかし、今回のように依頼されることだってあるだろう。前世で(広義で)小説家をしていた僕は、まま、そういう経験もあった。その時どうしていたかというと、リクエストされた題材から自分の好みを混ぜ、そして様々なネタをさながら闇鍋の如くぶち込んで風呂敷を広げていくのだ。

 その所為で幾つエタったのができたことか……。いや、これは今は置いておこう。

 

 兎に角、僕の好きなジャンル……というか、書き方というのは「成るべく弱い、或いは現実的な主人公」がいるということだ。もっと言うなら、「理由のある強さ、納得できる予想外」が好みである。

 別にチートが嫌いなわけではない。疲れた時はあれが堪らなく効くのだ。だが、何故か自分で書くとなると、文章が雑なせいか、手も当てられないありさまになる。ぶっちゃければ無双物が苦手なのだ。

 

 そして、今回依頼されたのは「衰退」の物語。さらに言えば、「ムーンセルの存在」を視野に入れた、衰退の経緯の記されたモノ。分類としては歴史書、預言書、空想歴史モノ、IF世界史みたいな感じだろうか?

 

 苦手だ。

 

 というか前世から歴史にはいい思い出が無い。文系気質なのにもかかわらず、社会の授業全般を毛嫌いしていた僕だ。当然日本史すらうろ覚えである。いいくにつくろう鎌倉幕府しか覚えてない。あ、いや、「いいくに」じゃなかったっけ? まあいいや。

 僕は歴史モノが大の苦手である。それは別に既に決まった流れがあるから、とかではない。単純に、詳しくないので書けないのだ。

 歴史モノの小説が嫌いというわけでもない。姉に勧められて「燃えよ剣」だったか何だかも読んだこともある。それで歴史モノは半ば官能小説染みていることを知った。

 いや、そもそも神話その物が官能小説染みてるよね。

 

 あれ? じゃあ、官能小説書く要領でいいのでは?

 

 ……いやいやいやいや、何を考えているんだ。駄目に決まっているだろう。

 兎に角歴史モノという観点からは逃げたいが、それはダメだろう。そもそもムーンセルが出てくる余地が少ない。アレを主軸に据えなければ、目的のものにならない筈だ。

 

 だったらどうしようと……そう、そこなのだ。

 

 

 

 ネタが、浮かばない。

 

 

 

 甲斐甲斐しく世話してくれているヘイズさんには申し訳ないが、マジでこれ見通しつかねーぞ。どうするべ。

 

 うーん、と唸る僕の横で、ヘイズさんが濡れながら鍋を片付けてた。

 あ、こら、水精霊(ウィンディーネ)。ヘイズさんにちょっかいだすんじゃない。いや、そう頬膨らませても、駄目なものは駄目だ。いやいや、そう拗ねるなってちょ、やめ、服を掴むな絡まるな引きずり込むな――!

 

 ……ヘイズさん、何が面白いので?

 

 

 

 さて、ネタに詰まったら何をするか。それは千差万別だ。

 缶詰したがる奴もいるし、とりあえず脱ぎ始める奴もいるだろう。叫びだしたり、遊びだしたりすることもあるだろう。

 

 僕は、とりあえず散歩することにした。

 どうだい平和的だろう? あ、こらそこ現実逃避って言わない。

 

 

 

 立ち並ぶ木々はまるで人の通ることを考慮しておらず、尚且つ足元も木の根と石とで安定しない。この森は、いや、自然は余りに人に対して不便で、しかし全ての生命に対して平等に区内を与える。先祖が――自分の前世の――自然現象を神々として奉ろうとした気持ちも分からんでもない。

 それらは雄大で、滾々と満ち溢れた生命の香りを裡に抱え、一つの生命の様に体内に入り込んだ者達へ厳しい。しかしながら、視点を変えればそこの土も、生える草の葉も、見上げた先にある丸々と太った木の実も、そこらに恵みと慈しみに満ちている。さながら、母の愛の様に。厳しくも暖かな愛を感じる。

 ああ、成程と。

 何故大地は女神となるのかは、これでよくわかろうものだ。

 それを理解するに連なって、大空が男神とされる理由も分かった。

 

 世界は天と地に二分される。そして地が母ならば、天は父以外にあるまいと。

 天の存在が、地の存在を持ってのみ認識できるように。地の存在無くして天は語れないということなのだろう。

 大地が無ければ、大空も単なる虚空なのだから。

 

 ……気の抜けた状態で、空想の翼を大いに広げた。世界は広く、しかし自分の世界は矮小だと自覚し、広い世界を隅々まで想像することで、矮小さを補うように。

 

 生まれついた頃からだったか。僕は夢想するのが得意で、絵空事をよく語る子供だったらしい。嘘をつくのには躊躇いがあるが、絵空事を語るのには苦労は無かった。

 成長していき、社交性が欠けて行くにつれて、僕は電子の海に飛び込む術を得た。当時はネットが民間で容易く手に入るようになったばかりで、電気代とか色々不便なことが多々あった。タイプライターを買おうかと思ったりしたが、やはりどこかで他人に自分の空想を見てもらいたいという気持ちがあったのだろう。

 

 当然のことながら、僕はさほど大きな功績を残さなかった。見苦しくない文を書けるようにはなったし、タイピング技能も一人前以上にはなった。アイデアも腐るほど湧いてきた。それでも、僕は名だたる文豪たちや、受賞者たちの列に名を連ねることはできなかった。だからだろう。僕は、自分の事を、胸を張って小説家だと説明できないのは。物書きにも満たない、独りよがりの駄文を撒き散らすだけの愚図だと、どこかで自分を見下していた。

 

 自分の物語は嫌いではなかった。嫌いだったのは、自分の筆だ。文章だ。

 まるで美しくない、何の工夫もなされず、何一つの自分らしさも見えず、書き手の顔も思いも見えない、一山幾らの書き捨て雑文。辺りを見回せば幾らでも心に訴えかける文はあった。参考にだってできた。

 だが、僕はそれをしなかった。

 

 面倒くさがっていたのだ。

 

 結局のところ、僕という書き手は、自身の趣味の下に文字を垂れ流しているだけのクズなのだ。

 

 

 

 だから、ヘイズの求めに応じようとしなかった。でも、どこかであの求めが嬉しかったのだろう。拒否をしなかったのはそういうことで、愚かにもまだ夢想を抱いているのだ。

 

 僕の夢は大層な事だった。自分の文を読んでくれた誰かが、大いに泣いて、大いに笑って、そして称賛してくれることを夢見ていた。

 それだけのことが、実は大層難しいのだ。

 

 ヘイズは、そんな僕に書くことを求めた。それは、この時代にまともな書き手が僕しか居ないからの事だろう。

 それでも嬉しかった。こんな僕が、今世で夢を果たせるかもしれないということが。

 陳腐な承認欲求を満たすために、僕はヘイズを理由にしている。

 別にこの事に後ろめたさは無い。唯、自己嫌悪のみがある。

 

 僕は、何を書きたいのだろう。もはや理想も見えなくなって、見上げた空だけが青く澄み渡っている。

 

 

 ああ、だから晴天は嫌いなんだ。

 

 

 

 

 

 

 「……さて、とりあえず下書きだけでも始めるべきか」

 

 酸化した獣の血と、寄せ集めた石を磨いて作った石板が目の前にある。

 石板は石を寄せ集めたもので、持ち上げればたちまち崩れてしまうであろう。それはパズルのように組み合わさっているが、互いに支えあうことは無いのだ。

 

 ここは川辺。いつも水を取る場所の上流。

 水精霊も居らず、耳を振るわせるのは艶かしくも清らかな川の潺と、爽快でありながら力強い梢の音。

 それ以外の一切、獣の息も、足音も、ともすれば自身の鼓動すらも消える、聖域の様な静寂。

 僕は考える。最初に走らせるべき言葉を。駆けだすきっかけとなる、その始まりを。

 

 無理な話だ。何をどう書こうかも決まってないというのに、筆を走らせるものか。

 

 それでも指先を震わせて、僕は無理やり言葉を紡いだ。

 

 「――始まりに理在り、次いで願い。そして神々は生まれ出づる」

 

 一文が終わる。

 構成は、まだできない。

 

 「人がいた。星があった。王座を巡る星々に、人は神々を見出した」

 

 飾りにしかならない、自己満足にあきれる。

 こんな文で何を表せるのかと。

 

 「そして、人は自然に神を見出した。即ち、神とは世界の理である」

 

 それでも、だんだんと震えは収まっていく。

 いつも通りだ。場当たり的に書き殴り、辻褄が合わなくなれば修正する。

 それが僕のスタイルだ。

 

 でも、きっと。

 

 予感がする。

 この物語は、求められる程の物ではないと。

 

 「大小なりとも神はおわし、人はそれを崇め、尊ぶ。その名は神に秘めた法則――」

 

 そんな予感に背を向けて、とりあえず書き続ける。

 

 「――其れ、『神秘法則』なり」

 

 

 

 「こんな感じかな」

 

 思いつくままに書きなぐった分を見直し、感想を言う。

 

 「うん、()()()

 

 そう、違う。違うのだ。

 僕が求められた物語は、「神々の時代を終わらせる」物語。

 一方で、これは寧ろ「神の扱い方について」の教本だ。

 偏にこの時代を前提とする技術は、求められたものと相反する。

 

 故に、僕は容赦なく水でこびり付いた(インク)をふき取った。

 

 ……あ、やっぱ少しだけメモしておこう。なんかの役に立つかもしんねぇし。

 

 

 

 僕は河原に寝転んで空を見上げる。

 

 「あー……」

 

 間抜けな呻き声を上げて、目を閉じる。

 思い浮かべたことは、勿論、今回の依頼についてだった。

 

 「衰退」の物語。

 

 そも、この世界が型月だと知ったも驚きに成りえる経験であったが、此方の難題の方が遥かに重く僕にのしかかる。

 「衰退」の物語とは何か。どこまでムーンセルを書けばいいのか。

 どこまでがやりすぎで、何処までは最低基準か。

 どこに向かうのか、どう描くのか、だれを描くのか。

 

 何も分からないまま漕ぎ出した筆は、案の定暗礁に乗り上げた。

 

 せめてジャンルだけでも決めるべきであった。先程書いた文はを思い返せば、それは神話のようであったし、教本ともいえる簡潔さだったし、物語ともいえるストーリー性があった。しかし、そのどれにも及ばない質の低さが目に見えた。

 方向性を決めなければ、延々とこの海域から出られない。とりあえず何か書いてみれば思いつくだろうか、などとは考えたものの、これと言って良い案は無い。

 

 やはり、自分の得意な分野で書くべきだろう。とすれば物語。それも、複数人の思惑が入り乱れる乱戦もの。

 だが、そうとなると結末が定まらない。うっかりでムーンセルからの危険評価が跳ね上がってしまえば世界が滅ぶかもしれないし、あるいは全く気付かれないこともある。

 

 観測、というものはこの時代において極めて重要な意味合いを持つ。

 神秘法則その物が、世界の目――僕が仮につけた名前――による誤認、或いは仕様を応用したもので、それで無くとも「見る」という行為は人が最も初めに会得した魔術の一つだ。そして、世界の様々な現象の中核になりうる根幹行為だ。

 であるからこそ、世界を舞台にした物語は極めて面倒だ。難しいとかいう話ではなく、世界に与える影響が大きいからだ。下手すれば新たな神性が誕生するのだから。というか、した。水精霊たちがその例だ。

 

 チャンスは一度。そう思った方が良い。途中の路線変更もできなければ、書き直しも効かない。

 事前準備だけは万端に行えるが、シュミレーションをしたところで不測の事態に対応できるかは別だ。

 物語の登場人物たる神々が殴り込んでくるかもしれない。急に路線変更したくなるかもしれない。なんか設定に矛盾が生じるかもしれない。

 これは、僕がいつも適当に創作を行っているが故の問題点で、今まではアドリブで何とかしてきた問題だ。

 だけれども、路線変更が難しいともなれば話が別となる。役者には思い通りに動いてもらわないといけないのだから、アドリブは良くても、此方が急に指向性を変えることはできない。それをすれば世界に与える影響が減るかもしれないからだ。

 

 

 

 ……ん?

 何だろうか。何か思い浮かびそうだ。まて、先程までの思考を反復してみよう。

 アドリブ、即興、事前準備万端、チャンスは一回、物語……いや、「役者」?

 

 そうだ、僕の書く物語の登場人物はキャラクターではない。()()なのだ。

 あるではないか。役者たちを躍らせるに相応しい形式が。劇を行うには、舞台を用意して、そして台本を書き上げる必要がある。僕がするべきは台本を書き上げることだ。

 

 だが、それだけでは不十分。咄嗟のアドリブ、機転はどうする。

 不慮の事態に、どう対処する……?

 そこが解決できれば、きっと物語は書き上げられる。

 

 僕は確信した。




「彼の王は優れた文明人で在り、その知性はかの名高き大神が片眼を対価に求めたモノと遜色が無い。これより生まれ出づるあらゆる賢人に比類する、正に人に火を齎すプロメーテウスであった。彼が発明した数々の文様にはそれぞれに固有の意味が灯り、人の使いこなせるようにと祈りが籠った英知の産物であった。
 もし、彼がどこぞの女衒の差し向けた毒婦に煽てられて我らが貴い主神様に反旗を翻そうとしなければ、その頭蓋から染み渡る智慧の油が猿に過ぎない人々に洗礼を授け、我々に仕え、我々を使うに相応しい魔術を世界に刻んだであろう。そして、それは我らが主君も又、良く称えて聖なる列席の末裔に名を刻むことを許されたに違いない。だが、有り余る知性を持っても欲に汚されてしまったのならば、最早その称えるべき光など失墜してしまうであろう。彼の目論見が潰えるのは、我々がそうであるように、既に世界に定められてしまった理なのだから」

――聖餐会に列席したとある青年が、戦死者を選ぶ願いの乙女(ヴァルキュリャ)に語り聞かせた酒場の戯言より一部抜粋。
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