北欧神話出身の執筆者   作:人類最古の執筆者

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神話:人類が認識する自然物や自然現象、または民族や文化・文明などさまざまな事象を、世界が始まった時代における神など超自然的・形而上的な存在や文化英雄などとむすびつけた一回限りの出来事として説明する物語であり、諸事象の起源や存在理由を語る説話

――――――Wikipedia


見つけた光明

 何かが足りない。

 そのなにかは喉元まで出かかっている。

 しかし、口に出そうにもするりと抜け落ちて、無理に言葉にしようものならそっぽを向かれかねないめんどくささがある。

 

 何だ。何が足りない?

 

 頭を抱えて、思考を回す。

 

 僕が書くべき形式は、台本だ。

 この古代世界を舞台にした、壮大な神話の筋書き。考えてみれば当たり前のことだ。当事者が何らかの事態を誘発させようとすることを「裏で糸を引く」などというくらいだし、人形劇の様に全てを支配するとはいかなくても、形式だけは劇のそれに沿っている。

 ならば、書くべきは台本しかない。ノンフィクションでも、歴史ものでも。どういうジャンルであれ、台本形式になるだろうことは決まっている。

 じゃあ、そこから考えてみよう。台本に出てくる要素は四つ。

 「物語」「ナレーター」「演出」「登場人物」だ。

 

 ナレーターは登場人物と一致させてもいいかもしれないが、これらの要素が無ければ演劇は成り立たない。

 

 ……それは、裏を返せば、それらさえあれば十分劇として成立するということ。

 登場人物はいる。北欧神話の神々の連中だ。

 だが、演出と物語、それはどうする?

 

 柔軟性を残し、臨機応変に……って、それもう実質筋書きなんてないも一緒じゃないか。

 ソレではだめだ。いや、いいのか?

 もともと無理な依頼だ。できませんでしたと言ってのけ、歴史の修正力に一縷の望みをかけるのはどうだ?

 

 はっ、情けない。駄目に決まっている。

 依頼された以上は書き上げる。それが僕のプライドだ。

 

 だが、だが……

 

 

 なにを、書けばいいんだ?

 

 

 

 

 

 

 ――いや、あるじゃないか。

 

 考えてみれば、答えはもう喉元まで出ていたのだ。

 要するに、筋書きがあるようでない、そんな台本ならばよかったのだ。

 そして、そんな劇の存在を、僕は知っている。

 

 即興劇(インプロヴィゼーション)

 

 設定と大筋だけ作る。物語は登場人物に紡がせる。軌道修正するだけでいい。

 それだけで、いい。

 

 ああ、簡単じゃないか。

 思い至れば、後は怒涛の如くアイデアが湧いてきた。

 

 基より、この世界は北欧神話に基づいている。ならば大筋はその通りになるようにすればいい。少し早めにギャラルホルンを吹かせる。スルトの代わりに、ムーンセルの刺客を登場させる。ムーンセルに存在を気付かせる、刺客を遅らせる方法は? 今の時代がムーンセルに不都合だと思わせればいい。何がムーンセルに対して不都合なことだ? ムーンセルは観測機だ。観測できないことは不都合だろう。極めつけに、観測できない所にムーンセルへの害意が存在し得るなら更に良い。

 そうだ。簡単ではないか。簡単なことなのだ。

 僕がやるべきことは少ない。

 大まかな筋書きを仕立てる。軌道修正しながらエンドロールまでもっていく。その為に必要な演出を担うのは僕だ。

 

 神々を掌で踊らせてやろう。なに、僕ならできるはずだ。

 なにせ、僕はこの世界で唯一、神を正しく扱っているものなのだから。

 

 北欧神話の始まりは、巫女の予言で始まる。ああ、なんだ。都合がいい。ヘイズに頼もう。今気づいたけど、名前までちょうどいい。彼女に予言を伝えてもらおう。

 月の観測機の存在を神々に教えよう。その存在が不都合だとわかれば、神々は対策するだろう。そうすれば、『衰退』まっしぐらになる。

 

 問題は、途中で起こり得ることへのアドリブ。軌道修正するための情報把握能力。

 ある程度は投げ出すしかない。僕の手は二つしかない。体は一つだ。複数の問題が起こっても、一斉に対処はできない。ヘイズの手を借りようが、限度がある。

 だから、動くのは深刻な問題にだけ。それ以外の時は工作活動に専念しよう。

 

 そうと決まれば、書くべきものがある。それは脚本でも小説でもない。

 

 手引書(マニュアル)なのだ。

 

 

 

 「――ヘイズルーン。居るな」

 

 「はい、此処におりますが……どうされましたか?」

 

 「いや、なに。依頼が特殊すぎたからね。君にも手伝ってもらうよ。依頼内容は『この世界に衰退を齎すこと』でいいよね?」

 

 「はい、そうですが……」

 

 よし。僕はほくそ笑む。

 訳が分からないという風に小首を傾げるヘイズに、僕は言った。

 

 「ヘイズルーン。死んでくれ」

 

 

 

 

 

 

 北欧神話。別名、スカンディナビア神話。

 キリスト教化以前の、北欧全体に広まったスカンディナヴィアの人々――ノース人の信仰に基づく神話だ。

 その中でも重要視されるのは、世界の始まりと終わり。それが作中で明言されたのは、オーディンが呼び出した死霊の巫女、ヘイズから予言を聞き出したからだ。

 

 かつて片眼を捧げて魔術を知り、首を吊ってルーンの秘を知った彼は、その偏狂的な知識欲から世界の始まりと終わりを知ろうとする。

 既に死者である巫女はオーディンを恐れる必要が無い。彼女は飽くなき知識欲を持つオーディンを浅ましいとするが、オーディンは神々の王を務めるならば、全ての叡智を持たなければならないと主張して聞き出した。

 オーディンとは、古ノルド語において「狂乱(した者)の主」という意味がある。その狂気じみた知識欲もそうであるが、彼は理性的な一面とかけ離れ、過激な性格も見せる。

 

 ……いや、それは王となる者の定めでもあるのだろう。オーディンは来る終末に備え、ヴァルハラにて戦死者の訓練をする。この逸話から、オーディンは戦争と死の神でもあるとされる。また、ルーンの秘を知ることから、言葉を綴る詩人たちの神ともされる。

 オーディンは、知恵と計略に長けた神なのだ。数多の名を持ち、神々の王である彼は、しかしそれでも死すべき運命を定められている。

 

 ああ、僕に前世の知識があってよかった。心からそう思う。

 前世の知識にある北欧神話。これの大筋をなぞり、所々に改変を入れつつ、この神話世界に終末を齎す。

 条件は不平等だ。向こうは無数の神がいるというのに、此方の陣営は二人のみ。

 しかし、頭では対等に渡り合える。ルーンの秘を知り、全知全能を謳うオーディン。神の秘を知り、この世界の終わった後を知る僕。

 そして何よりも大きなアドヴァンテージが、彼らが僕らの存在を知らないということだ。

 

 僕らは弱い。神々の一柱でも、容易に殺し得る程度に弱い。

 ならば気付かれなければいい。たとえ如何なる万能性を有していたとして、それを振るうものが振るうべき対象を見つけられなければ意味がない。

 だからきっと、オーディンは知を求めた。万能性を正しく振るい、自信を盤石となすために。

 

 勝利条件は簡単。

 気づかれず、北欧神話のシナリオを動かす。

 物語を紡ぐのは、僕の仕事だ。神話もまた物語。

 ならば、神話そのもののこの世界は、もはや僕の支配下にあると言っても過言ではない。

 だからできる。

 

 根拠は無い。

 だけれど、失敗する気はしなかった。

 前世以来の高揚感。それが僕を襲う。

 これから一つの壮大な世界を書き上げるのだ。ああ、それは、とてもとても楽しそうで。

 何より、書き手冥利に尽きるじゃないか。

 

 

 

 嬉々として筆を走らせながら、頭の片隅が疑問を呈する。

 

 

 ――そういえば。

 なんで、ヘイズはこの世界を終わらせたいのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なんて、格好つけたところで。

 さて、それからの執筆状況を切り出してみよう。

 

 まず念頭においてほしいのは、何かくときに肝心なのは、書き出しであるということだ。

 どのくらい重大なのかというと、書き出しによってその後の内容の質が決定されるぐらい、といえばいいだろう。

 少なくとも、僕は書き出しを最も重要視しているし――

 

 

 

 ――書き出しを、最も苦手としていた。

 

 「あの、まだ書けませんか?」

 

 「もうちょっと! もうちょっとまって!」

 

 「そのー、先程から思い付きで付け足す部分が多すぎるように見受けられるのですが……」

 

 「それが僕の執筆だからね!」

 

 「あ、はい……」

 

 大見得を切って、「死んでくれ」などと恰好を付けた後に、この無様である。

 もし僕が小説を書くなら、必ずこの二つのシーンは切り離すだろうね。台無しになるもん。

 

 「その、僭越ながら申し上げますが……酒場でからまれた際の対応など要らないと思うのですが……」

 

 「いいや、要るね。きっと要る」

 

 「そんなモノまで含めると、紙幅が酷いことになりませんか?」

 

 「大丈夫! 何とかできるから! 魔法で圧縮したり、神秘法則で閲覧端末作ったりするから!」

 

 「は、はぁ……」

 

 呆れている。寧ろ蔑みの感情すら見える。

 というかこれ、もう台本じゃないな。ゲームブックって言った方が近い。

 「○○となったら、○○○○Pの○○行目へ飛べ」「○○してしまったら、○○○Pの行動をすること」なんて、考えられる限りの想定外と、最善の道筋と、最悪を避けるための前提条件を書き綴る。

 

 そのはずだったのだが……

 

 書き出しが、致命的だった。僕はやってしまったのだ。

 

 「第一項:死んだ後の行動」

 

 そう書きだしてしまったから、第二項第三項……いつの間にか宴での振舞い方まで書いてしまっている。

 嘗てないほどの速さで動いた手は、残像を生み出していた気がする。きっと気のせいだ。少し石板が溶けているが、なんかそこら辺の魔獣の血に酸性が含まれていたに違いない。さもなくば植物の液に。

 ぶっちゃけ、これもう目を通すだけで一日かかりそう。端末化して、検索機能つけないと……

 

 「あー、仕事、多いなぁ……」

 

 「増やしているのは御身では?」

 

 ごもっともです。

 

 

 

 「ふぅ、きゅーけーっと。水くれ」

 

 「はいはい、今汲んできますね」

 

 呆れた顔で水瓶を取りに行くヘイズ。ここ数日の同居生活で、だいぶ親しくなった自身がある。

 妙に敬意を示してくる態度が気に成るが、今の時代の女性何て多かれ少なかれそんなところがあるものだ。中にはむしろ、油断してると喉元食いちぎってきそうなやつもいるけど。やっぱ人はどこでも千差万別だな。

 

 ちょろちょろと流れる音を聞いて、僕は傍らに目を移した。

 ここは川辺である。今回の執筆中は此処にいると決め、数日間水精霊と共に過ごしてきた。

 水精霊の寂しさを紛らわせるため、というだけの理由ではない。ここの水は水精霊がいるせいか、不思議な性質を帯びているのだ。

 それは、この水を基に作り上げた液は水分を保持し続けるということ。

 岩に書き綴ろうが定着し、紙に垂らそうが液体の光沢を失わない神秘的なそれは、こういう一大仕事の雰囲気作りにちょうどいい。なんか「今すげぇかっこいいことしてるっ」という感じが出るのだ。

 

 雰囲気作り以外の意味はさほどないけれど。

 

 だって神秘の触媒が欲しければ魔獣の血や僕の血とかで十分だし、今使っている老倒木を削りだした筆でも十分なのだ。これ以上は必要ないし、今回の仕事は魔導書作りでもない。

 魔導書なんて、ニ、三冊作っただけだが、それでもこの性質は必要ない。水精霊の河水は、そもそもが僕の雰囲気作りの為の素材なのだ。

 しかし雰囲気作りと侮るなかれ。雰囲気というのは大事なのだ。

 雰囲気で分かりにくければ、やる気と言い換えてもいい。モチベーション維持の重大な役目を果たしてくれるのだ。

 

 「あー、疲れた」

 

 水瓶を取りに行ったヘイズは、まだ帰ってこない。

 そういや最後に水呑んだのいつだっけ?

 

 ……昔の人間って、本当に生命だったのかな? 型月補正があろうと、ショコズみたいな生命力に納得がいかない。なんか身震いする。

 

 「……と」

 

 目の間の凝りを自覚する。肩もだ。いや、全身と言ってもいい。

 長いことじっとしていたからだろう。手は腱鞘炎なりかけ、それ以外は身動ぎするだけでバキバキと鳴る。

 これは休憩が必要だ。さっきの判断は、正解だな。

 

 「さて、水精霊(ウィンディーネ)。少し遊ぼうか」

 

 パシャパシャリと水面を叩き、喜びを全身で表現する水精霊は、その整った顔立ちにも満面の笑みを浮かべた。かわいい。

 では何をするか。水かけ? 綾取りやお喋りなんてのもいいだろうか。或いは知恵比べとか、軽い喧嘩とか。それとも、適当な自作ボードゲームでもヘイズに持ってこさせようか……

 ぬ、さっきもそうだが、なんか自然とヘイズをこき使うのに慣れてきてる。なんでだろうか。

 

 ま、いいか。

 ヘイズはあれだ、なんか駄目男製造機って感じがするし、だからだろう。

 

 

 

 「あっはは、やったなー」

 

 ――♪

 

 なんて。

 結局水かけを選んだ水精霊の手で、僕はびしょぬれになっている。笑顔で緩く言ってるが、内心は極めて真剣だ。ムキになってきてる。

 神秘法則を応用して水精霊の支配領域を切り崩そうとするが、もとより水の――ことこの川の支配者である水精霊には動じても優先性において一歩劣る。

 ならば放たれた水を支配……と思ったが、それもできなかった。放たれた水にも支配権を及ぼしているらしい。君そんなことできたんだね。

 

 そして僕はズタボロに負けた。

 当然の結果であった。

 

 「はっ、くしゅん」

 

 我ながらかわいい声が出た。うん。一瞬自分の女体化物語が浮かんでしまった。

 そのプロット――何故かすらすら浮かんだ――をかき消し、川辺で水面を見つめる。傍らには水精霊が座り、もう片方にはいつの間にか戻ってきていたヘイズが。

 水瓶で水を掬い、水を飲む。今更ながら手で救えばよかったのでは? などと思ったが、持ってきてもらったのだからこれでいいだろう。

 

 

 

 流れる水を見て、思いを馳せる。

 それは遥か昔。前世の記憶。

 どこかで、何かを川の流れに例えていたなとふと思い、それを探っていた。

 答えはすぐに出た。運命だ。

 運命というのは実に面白く、前世で物を書く際には大なり小なり物語の中に取り込んでいた。

 特別なことではない。運命にあらがう。滅びの運命。そんなフレーバー的なものから、主人公の特殊性を際立たせるための舞台装置。様々に役立つ、使い勝手のいい概念だっただけの事。

 

 ……ん? 使()()()()()()()

 

 あ、そうだ。

 

 

 

 

 

 

 「……あの、王よ。いきなりどうされ――何をっ!? ちょ、ま、何をされているのですか!?」

 

 「あはははは! 思いついた! ああ、妙案だ(エウレカ)!」

 

 ――♪

 

 そして、岩の砕ける音が響く。

 それこそゴング。神代を終わらせる戦いの、その号砲となったことを、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 「な、なんてことを……」

 

 「まぁまぁ、何とかなったし、別にいいじゃん」

 

 「でもわざわざ書き上げたものを壊す必要ありませんでしたよねっ!?」

 

 それはそうだけど。

 でも素直に言えない。言ったら「ほらやっぱりぃ!」なんて言って首を絞めてきそうな気がする。

 でもま、もう事は動き出してしまったのだ。書くべきものも書き上げた以上、やってもらうことはやってもらわないと。

 

 「ま、ヘイズ、ちゃんと台本は読み込んだね。非常時とかの対応マニュアルも」

 

 「はい。だいぶ苦労しましたがね……」

 

 恨めがましい視線には、もう少ししか畏敬の念が見て取れない。随分と馴染んだものだ。

 それはともかくとして、もうするべき下準備は無い。後はヘイズが死ぬだけだ。

 

 「僕がやろうか?」

 

 「……いえ、私が、自分で」

 

 「そう」

 

 首吊りって割と苦しいらしいよ、と僕の編んだ縄を持つヘイズには言えなかった。

 その代わりに、僕も覚悟を決める。

 

 今回、僕は書くだけでは役割を、つまりは仕事を果たせそうになかった。

 というか、こんな面白そうなこと、筆者である僕が特等席で見れないなんて嘘だ。

 だからこそ、僕も動く。この森とは暫くお別れだ。もしかしたら、ずっとかもしれないけど。

 

 僕はヘイズが死ぬのを見届けて、心の中でだけぼそりと呟く。

 

 

 

 さあ、北欧神話を始めよう。




神話:書き手、編纂者の手により、時代に染められ曲げられ、また、侵略しあう文化の象徴。自然現象や宗教、禁忌や理念、その人々の侵略による正史改変、数多の欲によって作り替えられた名もなき神々たちの残滓。
人が神をシステムとして認識しやすくすると同時に、システムには不要な神聖さを与える欠陥品。しかして、知恵の無いものがそれらを扱うのを阻む篩に成りえる。
民族の共通意識、阿頼耶識に近い混合概念。

世界で最も基本的な魔術基盤。
神々を生み出す根源的存在。

二つの世界を分かち、その二つの鎹となる概念のこと。

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