『LostHeaven―盲目のユメ―』フリーゲーム三次創作ファン小説/本編終盤のネタバレ・IFバッドエンド妄想含みます。 作:MEIKO
※物語の終盤以降等についてネタバレと妄想に因るifやキャラクター崩壊等が含まれてしまうかもしれませんので、先に深く御詫びを申し上げます。
※ザウアーさんがまた生き残ってしまう……最早、呪いでは;
◆もしも第二の『終末の日』、あの真っ赤に染まった世界でリアン様が外縁調査に出る事無く三百年から五百年程、新生世界統一国家『ヴェルンディア』にて生き続けたら……と云う妄想がお題となっております。
◆本編後半から終盤に掛けてのシーンは本当にしんどくて涙腺が緩みました。ライゼさん、こんな所を見せつけられて良く耐えられるなー、と思ってしまい。もしも精神的に耐えられずあの日、諦めてしまったら……。
◆一部、欠損及び流血等が含まれた戦闘描写が入ります。閲覧の際にはお気を付けて。
◆この物語は公式見解では有りません。非公式のIF妄想ですので原作本編には含まれておりませんので悪しからず。
※此処までの諸注意コピペ同文です。以下本編。
宴の席は嫌いだった。元より人付き合いが苦手で良くお母さまや兄さんの後ろに隠れては、耳障りな雑音から逃げ回っていた。
お父様も、お母さまも、兄さんでさえも御忙しいようで舞踏会や晩餐会に呼び出される度に、誰も構ってくれなくて寂しい思いを沢山したのだ。
何時だったか、大人達の前で踊るのが嫌で家族の目を盗んでこっそり抜け出した事が有る。踊り自体は嫌いじゃなかった、だってお母さまも兄さんも教えてくれるから。
僕と御二方の背丈はとても離れているのに、たどたどしく舞踊に取り組む僕を馬鹿にする事も叱り付ける事も無く丁寧に御教授をしてくれた。
お母さまの踊りは稽古部屋を優しく柔和に撫でる春風の様で、兄さんの踊りは男性らしい力強いステップで基本に忠実ながらも太陽の様に華麗な舞いで魅了する。
あの時は本当に楽しかった。苦手な踊りも少しずつ練習して上手く舞えるようになると皆が褒めてくれて、恥ずかしかったけど嬉しかったんだ。
だけど、それから暫くして他国から大勢の来訪者が今は失われた旧ヴェルンディア王国に訪れる様になって僕の人生は一変した。
お父様も、お母さまも、兄さんも。僕には内緒で、何も言わずに大切な話が有るからと何日も王都を空ける事が多くなってしまった。その上で時にこうして宴の席を開く。
指では数え切れない程の大人達に囲まれて何かを話し合っているのを見はするが、子供の御身分では全部が難しい話に聴こえて。
つまらなくなると兄さんの裾を引っ張って困らせていた事も有った。その都度、兄さんは僕を気遣う様にして、大人達と親族一同に軽く会釈を交わしてから静かにバルコニーや庭園に連れて行ってくれるのだった。
後でお父様や親族一同から呆れられ叱責を受けるやもしれないのに、どうしてと訊けば何時もただの気紛れだと返って来る。この人の考えている事が良く解らなくなってしまった。僕にとっては憧れの兄さんだと云うのに。
こんな日が長く続いて晩餐会や舞踏会といった類の宴に対して、いつしか苦手意識を持つまでになったのだ。
歓談に飽きると兄さんが密かに連れて行ってくれた、とっておきの場所である薔薇園に足を運ぶ。
茨の森とも呼ばれている薔薇園は、お母さまも兄さんも気に入っていて。でも僕は未だ幼いので必ず家族の同伴で入園しないといけない。
家族と一緒に来るから余り近くで花を愛でる事も出来なくて、それはそれで面白くなかった僕は何時かこっそり入ってお母さまや兄さんに贈り物の一つでも捧げたいと意気込んでしまった。
色取り取りの麗しい花達を前に御二方の部屋に飾る為の薔薇を探して回る。お母さまは白い色が好きだと言ってたな、兄さんは深紅の私室にも似合いそうな小振りの紅色にしよう。
何て思考しつつ自分の幼く小さな手でも摘み取れそうな物に手を伸ばす。
白く可憐な花を一本、上手に慎重に摘み取れた事で気が緩んでしまったのだと思う。次に兄さんの分を、と伸ばした茨の中に一際に鋭い棘が僕の甲を刺し貫いた。
少々、目を離した隙にまたあの子は舞踏会を出て行ってしまったようで。お母様やお父様、ヴェルンディア王都にとって大切な御来賓の方々に謝辞を述べて、私は行方の知れぬ弟を捜し始める。
侍女らにも協力を仰いで二手に分かれつつ王城内をくまなく捜索するも、お転婆な坊やは一向に見付けられない。
これ程までに探し回っても何処にも居ないとなると残るはあの場所のみ、思い当たる節を侍女達に伝えて私は足早に庭園へ向かう。
「では、クーシアは東棟を。シェリーヌは西棟を頼む。私は庭園の方を見て回って来よう。見付け次第、報告する様に。」
「はい! リアン様、レクセスさまを見付けましたら此処に御連れして参ります。」
「うむ、任せたぞ。それでは一時間後に一度、この場に集合するとしよう。」
「はい、では捜索を続けます。行きましょう、シェリーヌ。」
「あ、はい! えっと、さ……探して参ります!」
ぺこりと会釈をして大慌てで去って行く侍女らを見送り、庭園の奥地に在る薔薇園を訪れた私の鼻を香しい花の芳香が掠めていく。その中で妙な鉄臭さを感じ取る。
目を凝らしながら遊歩道を進むと茨の群衆に紛れて蹲っている小さな人影を見付けて、何となしに察しが付いてしまった。
進めば進む程に嫌な予感がする。草むらで跪いている人影が気配を感じたのか、びくっと身体を振るわせて緩やかに振り向いて探していた人物が泣き顔を見せる。
片手を負傷でもしたのだろう、それなりに深い傷口から滴る血は袖を濡らし真っ赤に染まっていた。許可も無く同伴者も見当たらない、密かに一人で来て何をしていたのか知らないが概ね不用心に茨の中にでも入って遊んでいたら怪我をしたのだろうな。
眼に涙を溜めて痛みを堪える弟に嘆息しつつも、一先ずは無事に見付かって安堵の声を漏らす。後はこれを部屋まで連れて帰り、怪我の手当てをしなくては。
「全く、この様な場所で何をしているのかと思えば。お父様もお母様も心配していたぞ。勿論、私も心配で随分と探し回った。余り皆を困らせるものではない。」
「はい、すみません……兄さん。」
「……手を見せてみろ。ふむ、棘で皮膚を少々切った程度か。お前の私室に戻り手当てをするとしよう。それまで我慢出来るな?」
「はい、兄さん……。」
兄に連れ戻されて自分の私室に向かう合間、血相を変えて駆け付けて来たお母さまや侍女達に気を揉まれ。お父様からは厳しく叱り付けられ気分がずっしりと落ち込んでしまう。
お母様と兄さんに贈ろうと思って摘み取った薔薇も何処かに置き忘れてしまったようで。僕の手元には何も無く、甲からどくどくと流れ落ちる鮮血が自らの失態をまざまざと見せ付ける。
僕を気遣ってお父様の叱責を一心に引き受け自分自身が目を離してしまった事に因る不手際だと、庇い立てをしてくれている兄の袖口が赤く汚れていた。
傷付いた手に一先ずの応急処置として兄さんがハンカチーフを巻いてくれた、恐らくそのときに返り血が付いてしまったのだろう。
兄さんを穢してしまった、その事実もまた自身に対する自責の念で押し潰されそうで辛苦を感じながら部屋に帰るのだった。
「これで良いだろう、治癒神術を行使出来る者は貴重となっている。お前も既に解ってはいると思うが、我が王国ヴェルンディアはやがて戦火に包まれる。今は自国に然程、影響は無いがそれでも看護部隊として多数の神術士が出払っている。」
「傷や御病気の治療が出来る者が少ないと聞きました。」
「そういう訳だ、余り人員を割ける現況ではないと理解したな。」
「はい、申し訳ありません……。」
偶然にも一人だけ常駐していた治癒神術士から傷の手当てを受け、ぱっくりと開いていた傷口が徐々に塞がって治って行く。
包帯も針も消毒液も使わずに、どんな負傷も瞬く間に治してしまう何て便利だと言えば兄も両親も呆れて閉口してしまうだろう。
大人達がやっている『戦争』と云う喧嘩は、未熟で世間知らずな僕でさえもそれなりには聞かされていたので少しは知っているつもりでいた。
この王国内に神術士と呼ばれる従士の人達が極端に少ないのも、軍事転用などで各勢力に配属されているからだと思う。特に高位の治癒神術を行使出来る者は片っ端から前線部隊へ送られていたので、国内に居る者は皆下級の術士か見習いばかりだ。
その中でも出来得る限り上位の術式を使える看護師を選定して下さったのであろう。
痛痒も傷跡も一切、残す事もなく綺麗に治療を施された僕は手の甲を摩ってほっと胸を撫で下ろす。
だがベッドに腰掛ける僕と向かい合う形で椅子に座る兄さんは未だ怒ってる様子で、じろりと刺すような冷たい眼で見詰めて来る。
やはり一人で薔薇園に行くのではなかったな、と反省して恐る恐る兄の冷酷な顔を眺め返した。そこで漸く気付く、あの優しかった兄は一体どこに行ってしまったのかと。
「それで、何故たった一人で薔薇園に行ったのだ? あんな場所で何をしていた、同伴者も付けずに。」
「それは、お母さまと兄さんに贈り物を届けようと思って……薔薇を摘み取っていました。」
「母親と兄に贈り物、か……ふむ。では訊くが、お前の『お母様』と『兄さん』とやらは一体、誰の事を言っているのだ?」
「え……?」
目の前が突然、何の前触れもなく真っ暗になった。さっきまで確かに存在していた筈の王宮も私室も、兄さんの姿も見当たらない。ただ眼前に何処までも広がる暗黒が迫るのみ。
右を向いても左を向いても、足元や天ですら冥府の底かとも思える闇に覆われて地に足が着いていないかの様な浮遊感を感じる。辺りを不安げに見渡す自身の耳に響いて来る声は誰のものか。
僕はこんな鬱々とした生温さが漂う声色をした人間何て知らない。明らかに『お母さま』とも『兄さん』とも違う、異質な音は少しずつにじり寄って来る。
何かが僕の頭を撫でているのを感じて、じわりじわりと悪寒が走る。一見すると優しそうな声音と共に、額から鉄錆のような臭気がする液体がぼとりと頬を伝った。ごくりと渇いた喉に生唾が下りていく。
「……ひっ!?」
「嗚呼、怖がらせるつもりはなかったのだが。安心したまえ、私は君の味方だよ……一応はね。」
「だ、誰ですか?」
「今の君では知る由も無いであろうな、何れ身を以て思い知る。だが、そうだな……この場では『仮面の男』とでも名乗っておこうか。」
そう言って暗がりから姿を現す。声の主は自分よりも背が高く、歪みの無い整然とした佇まいは何処となく兄さんに似ている。
その呼称通り銀の仮面で顔を隠し、童子の怯える瞳を鋭利に冷徹に捉え緩慢な動きで視線を合わせようと屈みこむ。
間近で興味津々に観察されて嫌な気分になる……まるで品定めをされているようで、此処から逃げ出したいと云う恐怖が沸々と沸き起こった。
『仮面の男』と名乗った男は、僕の機微などお構いなく。寧ろ怖がっている様子を愉しそうに眺めて喉の奥でくつくつと笑うばかり。何だか小馬鹿にされているみたいで癪に障る。
「ぼ、僕は……こ、怖くなんかないぞ。兄さんを何処にやったんだ!? 早くお家に返して」
「そう、それだよ。少年、さっきも訊いたが君の『お母さま』と『兄さん』とは誰だ? もう、この世には居ない……君が自らの手で殺してしまったのだろう?」
「一体、誰の事を言っているのか……私に、教えてくれないか?」
足元が揺らぐ。赤い絨毯は『兄さん』の私室を麗しく飾っていた。
眩しさに惹かれる。輝く白亜の床は『お母さま』の私室を端麗に飾っていた。
僕が大好きだった世界は、『仮面の男』からの一言で伽藍洞の虚無に包まれて音を立てて崩れていく。
白亜の床に紅い『絨毯』が散乱して、その中心に二人分の人形が転がっている。何時の間にか背後を取っていた兄さんと雰囲気が似ている男は耳元で冷ややかに嗤いながら薄い肩を押さえ付ける。
目を離す事も身動きも出来ない真間に、眼前で繰り広げられる狂乱を強引に目視され嗚咽とも吐き気とも解らぬ呻きを絞り出す。
僕が、殺していたのだ。あんなにも大切で大好きだった……憧れでもあり、愛しい妻と兄でもあった人達を。この手で。
「ほら、ね。君にはもう誰も居ない筈なのに何時まで縋り付いているつもりでいる?」
「違う、こんなのは嘘だ!」
「違わないさ、これもまた可能性の一つに過ぎない。何れ君も兄さんとやらを殺したいと願うようになるだろう。」
「違う、違うんだ! 僕は兄さんを、彼女を殺すつもりなんて無いっ!!」
兄さんの口から本当の思いを聞きたかっただけなんだ。彼女に生きていて欲しかっただけなんだ。辛い事も苦しい事も一杯、有るだろうし永くは生きられないかもしれないけど。
それでも彼らに幸せになって欲しい、たったそれだけの事で。だからこそ、どんな強敵であろうとも排除するべく戦い抜いて此処まで追い掛けて来たのだ。
忘れただなんて言わせない、彼らの声も温もりもちゃんと覚えている。産まれるであろう我が子を迎えてやりたいし、願うのならば彼女と共に生き続けたい。
未だ僕と兄さんの決着だって着いていないのだから戻らねばならないのだ。こんな偽りの世界に甘んじて横着している暇など無い。
世界が一変する。黒い闇の世界から、穢れの無い真白き世界へと。
もう転がる人形も血溜まりも消え失せている。白に浸食されて行く空間を呆ける様に見回していた男は『私』から手を離しゆっくりと後退った。
幼い我が身の変貌に驚いている様が窺える。小さく頼りなげな身体は目の前の男と変わらぬ程に成長して、全ては元通りに。記憶も魂も、少し大人びた雰囲気も、兄の背を追い続けた宿命も自身の身に取り戻すのだった。
意志の強さを根深く宿した双眸を嘗て許されない罪を犯してしまった自身に向ける。男はたじろぎもせず素直に真っ直ぐにそれを受け止める。
「兄さんもエル様も絶対に殺させはしない。私が戦う理由は唯一つ、エル様を救い彼女と共に在る事。そして兄の本心を受け入れる事だ、勝敗などどうでも良い……ただ何を考えているのか訊きたいだけで、運命も苦悩も分かち合いたい。それだけなんだ。」
「また裏切られ、踏み躙られるかもしれないのだぞ。それでも戦場に行くと?」
「お互い様だろう、兄さんとて踏み躙られている。共にエル様の騎士として護り抜きたかった筈なんだ。だからこそ、今度は僕が兄さんの願いを叶えたいと思った……そう簡単に、上手くはいかなかったけれど。」
悪夢の最中、ずっと兄さんとエル様の慟哭が聞こえて何度も手を差し伸べたいともがき苦しんだ。
何としてでも二人を、皆を助けようと伸ばす腕は透明な壁に阻まれて何時だって届かなかった。歯痒い苦渋を堪えながらも無間に時は過ぎていく。
気付けば、あの日から三百年も眠り続けてしまった。流石に、そろそろ起きないと叱られてしまう。
「今度こそ、踏み外したりしない。例えどんな結末に辿り着こうとも私は……僕は、輝かしい未来へ向かう。その為に生きている、そして。何時の日か、彼女が愛した『新世界』に生まれ変わりたい。」
協力して欲しい、と。未来で待ち構えている自分自身に懇願を乞う。こうして他人を頼ろうとしたのは初めてで。今まで何でも一人きりで意地を張っては無茶ばかりして来た日々が可笑しくて「あの頃は未だ子供だったのだ」と、気恥ずかしさも覚えながら。
銀の仮面を取り払った男の面は、困らせてしまった時の兄さんに良く似ていた。柔和に微笑む口元から微かに苦笑が漏れる。不器用な性分で子守は苦手な癖に、何処か愛しい赤子をあやす優しい父親の顔をしている。
「全く、仕方のない事だな。私の人格はそう長くは持たぬぞ。何分、壊れ掛けているのでね。」
「構わんさ、僅かでも時間稼ぎが出来るのであらば。それで良い。」
「ふっ、良いだろう。私は君の味方だと言ってしまった手前だ、力を貸してやろう。但し一度きりだ、軟な只人が魔人相手に何処まで凌げるか知らんが。まあ、精々頑張り給え。」
「護るべき未来と、エル様の為に!」
轟音と共に旋風が吹き荒んだ。宴で賑わう大広間は一人の魔人が振るった刃に因り、瞬時に阿鼻叫喚の地獄と化す。
暴嵐に呑まれ崩壊するバルコニーや王城の建造物が瓦礫となって無作為に会場内に居る者達を襲い、飛び交う絶叫と血肉を喰らい舐め尽くす。閃く白銀の咢が壮絶に狂い咲く。
竜の背骨を抜き取って鍛造されたとみられる極大の大剣を愛おしい者であるかの様に携えて、新雪と同じ白に染まる間者は哀れな光景を見回してにやりと含み笑いを浮かべた。
獣の咆哮を擦れ合う刃から共振させながら酒池肉林を華やかせていたホールを隅々まで蹂躙し、未だ足りぬと言いたげな素振りと殺気を込めつつ彼の手元に戻って行く。
『神の鞭』と呼ばれていた得物の刃先に見覚えの有る『物』がぶら下がっている。
アレは、腕だ。生血に濡れる白い袖口から見慣れた手指が伸びている。薬指には先程、婚約者のクーシアと交わした指輪が清らかに瞬いていた。
銀色に輝く月に照らされて何かが『私』の上空を掠め飛び去って行く。錐揉み状に回転しつつ目にも留まらぬ速度で白銀の狂刃を弾きながら掻い潜っている『ソレ』は、何者かを片腕に抱えて頭上を駆け抜ける。
血飛沫が降り掛かって来る一瞬の合間に、その姿を捉えた。
神の鞭は悉く食い千切った腕を暴食なる腹に納めて、堪らず感嘆の声を上げる。
一時的ではあるが覚醒を果たした間隙に目の当たりにした光景は、私を怒らせるには十分過ぎる程の凶事で。
崩落したバルコニーから窓を突き破って式典会場のボールルームにまで叩き飛ばされた兄さんを追い掛け、どうか無事でいてくれと願わんばかりに声を張り上げる。間者は血相を変えて恐慌する私を見て楽しそうに笑っていた。
「兄さんッ! 兄さん、腕が……貴様がやったのかァッ!!」
「あー……余り動き回らないで欲しかったんだけどな。コイツ、制御が難しい上に大喰らいでよ……出来る事なら被害を増やしたくねェんだ。」
「これ程までの凶行に及んで、どの口がほざくッ!!」
「う……ぐうっ、レク……セス。彼女、を」
「兄さん!? 動いては駄目だ! な、クーシアッ!?}」
私の傍らで血の池に伏した真間、激痛に悶え苦しみ蹲っていた兄が右腕に抱えた女性をもそりと突き出して来る。
お色直しにしては縁起が悪過ぎる赤に塗れた姿に吃驚する。侍女でもあり、兄の妻となった筈のクーシアは衝撃に耐えられず失神した状態で差し出されるのだった。
奴に切り飛ばされる一瞬、薙ぎ払いの斜線上に居た彼女を庇って剣戟を避け切れずに左腕を取られてしまったのだろう。
腕の負傷部位から滝の如く鮮血が流れ落ちるも、暫くして兄さんの身体を巴黎緑に煌くオーラと共に妖精のような粒子が彼を守ろうと覆い被さる。
すると、あれだけの酷い流血がぴたりと治まり失った細胞が再生を始める。骨や筋線維、血管や皮膚に至るまで時間を巻き戻し床に遺った血痕さえも御身に吸い寄せられ消失した。
破れたマントを再構築した左腕で放り投げて、涼やかな態度で立ち上がり。兄は青褪めた表情で不安げに見下ろす『私』を落ち着かせようと軽く一撫でして、にたにたと狂いながら笑む間者をきつく睨める。
「不死者とは言え、その御身体で無理は出来ませんでしょう。国王陛下、こちとら軽く準備運動でもしてますので、ごゆるりと御自愛下さい……くっくっ」
「貴様ァッ! 何処までもふざけた事を!!」
「レクセス、気を静めよ。私はこの通り無事だ、傷も癒えている。奴の口車に躍らされるのではない。」
「兄さん、御怪我の方は大丈夫なのですか?」
「問題ない、それよりも生存者の確認と来賓客及びクーシアの保護、避難を頼む。」
手際良く、性急且つ的確に指示を飛ばし。気絶してしまったクーシアと客を王宮から退避させ安全を確保する。その手腕は正しく兄さんの成せる業で相も変わらず圧倒されてしまう。
勇み足で駆け付けた救護班及び数少ない警護部隊に因って救助され、パニックを起こしつつも続々と避難して行く客達の中に一早く保護されたクーシアを申し訳なさそうに見詰める兄の表情は悲痛に満ちていて胸が痛む。
それを奴は美味しそうな獲物を見付けたと言わんばかりに、眺め回す。彼の頬に付いた返り血は兄さんのものか、『私』の反応を愉しむように指で拭うとべろりと紅い舌で舐め取った。
つくづく腸が煮え繰り返る程の憎悪と憤怒を抑えて護るべき者の隣に立つ。兄さんは漸く落ち着きと静寂を取り戻したホールの被害状況を確認して溜息を吐く。
負傷に因り酷く損傷した礼装の袖から優美で艶やかな真白い腕が胡乱げに宙を仰ぐ。金色の草原にも似た御髪を鬱陶しそうに掻き上げて、いつの間にか脇に陣取っていた唯一人の従者に命を下した。
「ディアナ、剣を。これより魔人の討伐に掛かる、君も治癒神術士として加勢せよ。」
「はい、リアン様。私の剣をどうぞ御使い下さいまし。手入れは十分に施してあります、あの者の刃を軽々と弾き討ち滅ぼす強度も有りましょう。」
「暫し借りるぞ。レクセス、お前も私に着いて来なさい。」
「はい、兄さん。奴を殺せば良いのでしょう?」
「……ふむ、余り燥ぎ過ぎるなよ。刑を執行せねばならない、生かして捕らえよ。」
『私』の変貌に気付いたのだろう、一瞬だけ瞳の奥に在る『僕』の魂を探るように流し目を送ったが特に動じる訳でもなく視線を前方に戻す。
改めて巨大な白蛇とも思える鎖鎌を飼い慣らす悪魔と対峙する。理路整然とした構えで敵を迎え撃たんと己を律する兄は昔から何も変わらない。
強くて、優しくて、憧れだった。『僕』はこの人を今度こそ救わねばならない。王国の為ではなく、エル様が愛した世界の為に。
「我がヴェルンディアの神なる血脈、永久なれ!」
――此処に王家の栄光を最も揺るがしたであろう、独りの魔人との聖戦の火蓋が切って下ろされる。
――勝つのは『人』か、それとも『神』か。
【『LostHeaven―盲目のユメ―』第六章/了】
修羅場です;
此処では書き起こせていない裏妄想設定が有るのですが「不毛だなー……」と思ってしまった為、出していない部分も有ったりします。
主にクーシアさんなのですが、杞憂に終わります。お子さんは元気で真面な普通の赤ちゃんですよ!
戦闘描写で此処まで書いて良いのかどうか悩んだのですが、リアン様に前髪を掻き上げて頂きたくて書いてしまいました。
まだもうちょっとだけ戦闘描写が続きますので次回も大丈夫な様でしたら、どうぞ暇潰し程度に御楽しみ下さいませ。
お読み下さって有難うございました、ではまた次回に。