『LostHeaven―盲目のユメ―』フリーゲーム三次創作ファン小説/本編終盤のネタバレ・IFバッドエンド妄想含みます。   作:MEIKO

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※元の御話が好きで語彙力が消失しています。全体的に稚拙な文章力で申し訳ないです;
※物語の終盤以降等についてネタバレと妄想に因るifやキャラクター崩壊等が含まれてしまうかもしれませんので、先に深く御詫びを申し上げます。
※ザウアーさんがまた生き残ってしまう……最早、呪いでは;

◆もしも第二の『終末の日』、あの真っ赤に染まった世界でリアン様が外縁調査に出る事無く三百年から五百年程、新生世界統一国家『ヴェルンディア』にて生き続けたら……と云う妄想がお題となっております。

◆本編後半から終盤に掛けてのシーンは本当にしんどくて涙腺が緩みました。ライゼさん、こんな所を見せつけられて良く耐えられるなー、と思ってしまい。もしも精神的に耐えられずあの日、諦めてしまったら……。

◆一部、血気盛んなド修羅場が含まれた戦闘描写が入ります。閲覧の際にはお気を付けて。



『LostHeaven―盲目のユメ―』第九章

 

 

 あれは何時の頃だったろうか。御父さんと一緒に隣国の姫君を治療する医療団体の研修員としてエリュシオン離宮と云う御屋敷に連れて来られた私は、そこで運命の殿方と出会う。

 そう言えば聞こえも良く、まるで御伽噺の序章を連想させるが現実は夢の有るお話など一つも有りはしない。ずっとそんな風に思っていたからこそ、庶民の出身で権限も持っていないような私が姫君―エルメルディア様―と王族の第二王子であらせられるリアン様に仕える事となった際、喜びよりも驚きと不安の方が勝ってしまった。

 元より余り自信家でも野心家でも無かったので、こんな名高く高貴な方々がいらっしゃる世界で十分にやっていけるか解らず、何度も失敗したり辱めを受けて逃げ帰りたくもなった。

 だが、私が一人で密かに悲しんでいると何時もあの御方が手を差し伸べて優しく守って下さるのです。森の中で魔物に襲われそうになった時も、王子様の様に颯爽と現れて眩い清輝で闇を払い救ってくれた。

 私の事など名前さえも覚えては貰えないだろうと思っていたのに、私以外にも優秀で頭も良く見目の麗しい女給を何人も抱えていたのに、あの御方は何故か私を追い出す事もせず御傍に置いて下さって。時に、バルコニーで密やかに語り合う時間が何よりも楽しいと仰ってくれた。

 誰よりも自分自身を選んで下さった事には今でも深く感謝している、だけど当時は自らに出来る事なんて殆ど無くて。どうして彼はこんな私を離宮に残したのか、嫌われない様に呆れられない様に、と必死に張り詰めて余裕何て微塵も無かった。

 

 それでも、自分に出来る事が一つなりとも有ったとして。エルメルディア様の御病気を治して、リアン様を支えて、共に歩んで行けたら。

 階級の低い者が彼等の為に物事を願うだなんて、思い上がりにも程が有るけれど人生でたった一度だけ我儘を抱いてしまったのだから仕方がない。

 もしも彼等を、リアン様を御救い出来たら、その暁にはずっと一緒に温かい日常を謳歌出来たら良いな……何て。

 

 今更、叶う訳がない。だって、私の大好きな人はもう……この『セカイ』には居ないから。

 

 

 

 本日の朝餉は随分と変わった逸品が出されたものだ。繊細な彫刻が施されている優美な銀食器に御世辞でも見てくれが良いとは言い難い、歪みの目立つキッシュが盛り付けられている。

 品の欠ける女給共を幾人か首にしてからと云うもの、屋敷で出される調理はクーシアとシェリーヌ或いは雇いの調理師に任せていた筈であったのだが。どうやら時折、ガードナー博士の御子息でもあるディアナ・ガードナー嬢が何かと手伝いをしているらしく。

 我が私室の出入り口付近で残るメイドの二人と共に整列して、朝食を終えた私の反応を待ち侘びている。極度に緊張しているのであろう、絆創膏と包帯で手厚く応急手当を成された腕を固く握り合わせて恐る恐る見詰めていた。

 そんなにまじまじと監視されると気恥ずかしくて食べ難いと思いつつも、日々責務に押されている為に時間を浪費する訳にもいかず仕方なく一口だけ頬張ってみようと手を添えた。

 ナイフで小さく切り分け丁度、一口大程の大きさになった切り身をフォークで刺して静かに口元へ運ぶ。仄かに鼻腔を擽るパイ生地の芳香は悪くないが而して味の方は如何なものか。

 

「……うむ、決して見てくれが良いとは言い難いが。味は然程、悪くはない。これを作った調理人には今後も精進を重ねるよう伝えて於いて欲しい。」

「は、はいっ! 有難き御言葉にございます、リアン様! あ……」

「ちょ、ちょっとディアナ御嬢様! それは秘密にしておこうって……あわわ、申し訳ありません!」

「お気に召して頂けて光栄にございます。こちらの調理師もきっと御歓びになられる事でしょう。是非とも、その様に御伝えしておきます。」

 

 うっかり口を滑らせたか、どうやらキッシュを作った調理人とはディアナ嬢であるようで。彼女は私の率直な感想を耳にして、天にも昇る気持ちを隠そうともせず胸一杯に歓喜を膨らませつつ明るい笑顔を見せる。

 当初の予定とは違う反応を返してしまった少女に対して、隣に佇む二人の侍女は動揺する者も居れば変わらず毅然と対応する者も居たりで、三者三葉の個性的な一面が見れて可笑しかった。

 至って小馬鹿にして笑っている訳ではないが、彼女らの親し気な様子を前にすると楽しくてついくすりと笑んでしまう。そんな私を垣間見てディアナ嬢は恥ずかしかったのか、頬を紅潮させながら一礼を交わし、そそくさと私室を立ち去ってしまう。

 

 私はまた彼女を怒らせるような失態を侵してしまったのだろうか、と侍女達に問い掛けるも彼女らは含めた微笑みを返すばかりで。はて、と小首を傾げつつ早摘みの紅茶を頂く。

 深い渋みの有る茶葉でミルクティーにも良く合っている。窓からそよぐ春風に乗せて爽やかな香味が穏やかに室内を包んでいく。

 長閑に流れる時に安穏と身を委ねて連日の疲労を癒していると、これから知らされるであろう辛い事を全て忘れてしまいそうで……。

 

 ふと、違和感に気付く。今まで傍で賑わっていた筈の侍女達が何処にも居ないのだ。それ処か私室には既に私しかおらず、窓の外も廊下も、離宮全域が吹雪の最中に覆われてしまったかの様な白銀の世界に呑まれてしまっていた。

 突発的な空間の異変に吃驚し、警戒しながら席を立ち臨戦態勢を取るが一切の音が消えた世界で聞こえて来るは自身の心音のみ。ゆっくりと歩を進めて様子を窺うべく私室の出入り口へと向かい、白く染まって行く空隙にそっと手を翳す。

 一見して吹雪のようだと思っていたそれは、触ると凍え付く程の冷気を帯びた霧で出来ていて翳した指先に痛みを感じ、押し進んで突破は不可能であると知る。

 この世界の異質な変容を鑑みるに、どうも私一人だけが此処に閉じ込められているらしい。これでは責務も果たせぬし参ったな、と頭を抱えて溜息を吐いたその時に、背後から唐突に私を呼ぶ者が現れた。

 

「キッシュは美味しかったですか、リアン様。」

「誰だ……って、君は」

 

 声の主を訝しみ振り向くと、そこに立っていたのは誰であろう、ディアナ・ガードナー女史ではないか。

 それも先程とは召し抱えている衣装も瞳の色も、漂う雰囲気も、内包している魂の質すらも彼女とは何もかも違う姿で顕在していた。

 髪は外界の白と同じ純白で、床に付きそうな程の長さを持て余しているそれは先端に進むと徐々に真紅に染まっていて。地面から血を吸い上げる桜の木を思わせる。

 瞳も以前の蒼穹ではなく、今や私の瞳に似た若草色に瞬いて生温い視線をこちらに注ぐ。着ている衣装は滅亡したと伝えられている黄金卿の逸品か、艶やかで清楚な魅力を振舞いつつ静かに摺り足で近寄って来る彼女の妖艶な美しさに圧倒されてしまう。

 一体、何がどうしたと言うのか。先程まで私の言葉で心躍らせ、一喜一憂していた乙女とは到底、比較出来ぬ程の変質振りに困惑が滲む。

 彼女は何か恐ろしいものを見てしまったかの如く、怯えるように後退りして行く私を哀しそうに見据えて前進を止めるのだった。

 

「やはり、この姿では解らないのですね。怯える貴方も愛しいと思ったのですが、申し訳ありません……少々、遊びが過ぎましたわ。」

「君は、一体……まさか、とは思うが。ディアナ、なのか? しかし、その格好は……。」

「ふふっ、そんなに情熱的に見詰められては恥ずかしいです。リアン様、シロムク……と云う御召し物でしょうか。似合って、おりますかしら?」

「え、あ……嗚呼、似合っているのではないか。その、胸元と裾の足を隠せばの話では有るが。」

「リアン様、その様な所ばかり見詰めて。視線がいやらしいです。」

 

 目のやり場に困る、と双眸を空中に彷徨わせ狼狽える己をディアナ嬢はくすくすと笑い、背筋が凍える程の冷淡な瞳で見詰め返す。何を考えているのか読み取れない眼光の奥に暗鬱とした意志を宿している様に見えて気に掛かった。

 何か重い苦悩を背負っているのでは、と気遣い彼女を労うつもりで声を掛けようとするが私が側に寄り添うと強い拒絶を現して身を引いてしまう。何故、これ程までに余所余所しくなってしまったのか。

 

「……私は、また君を知らぬ間に傷付けてしまったのだろうか。だとしたら、せめて謝罪だけは述べさせてくれないか、ディアナ。」

「いいえ、違います……リアン様。これは私の我儘でこうなってしまったのです。もう、私は貴方様と昔の様に触れ合う事は叶いませぬ。」

 

 それはつまり、人ではなくなったと云う事なのだろうか。確かに常軌を逸した神力を帯びている少女は、この世の者とは異なる何もかも隔絶された神秘性を有している。不用意に近寄れば身に纏う柔らかな冷気に因って魂ごと凍て付いてしまうに相違ない。

 苦しそうで物寂しい顔を押し込めているディアナ嬢に言葉を投げ掛ける事も出来ず、歯痒い思いに堪り兼ねるもどうしようも無く。泣きそうになりながら肩を震わせる彼女を慰めようと伸ばした腕を引き戻すしかなかった。

 誰かに優しい声の一つでさえも交わしてやる事もしなかった己を憎み、目前で苦痛に潰れてしまいそうな小さな乙女をも救えない。そんな私がエル様の王騎士に成る、などと。相応しくない、中途半端に出来が良いだけで人の心が理解出来ない人形に務まるものか、と。

 この真間、誰にも私の本心を明かす事無く静かに舞台を降りて最も王騎士として見合った者に譲り渡そう……さすればエル様も、あの子も救われる。そう思い、自身の警戒心を解いてしまった。

 

 

「ずるいじゃないか、僕の兄さんを独り占めするなんて。」

「……っ!」

「……レクセス様、申し訳ありません。ですが、最後に彼と話がしたかったのです。」

 

 腰に下げた脇差が無くなっている。見返せば私を背後から羽交い絞めにしている黒騎士の手に握られていた。どうやら思考の隙を突かれ盗み取られたようで。

 おまけとばかりに、彼女が発した呼び名に驚愕と疑念を感じる。今、この騎士を何と呼んだ……レクセス、だと。爪先から頭上まで禍々しい光輝を纏った黒鉄の鎧に身を包むこの者を、我が弟であると言わしめたのか。

 到底、信じられない奇妙奇天烈な出来事ばかりが続いて私の脳が状況に追い付かず錯乱してしまいそうだ。耳に粘り付く様な声色で心底、楽しそうにくつくつと嗤う黒騎士は私を抱く腕に力を籠めると同時に気怠げな態度で顔を覗き込んで来る。

 兜の隙間から微かに見える瞳は黒々とした緑色で、この男もまた深く陰湿な情念を宿している様が窺える。

 

「別れの挨拶か、それならば仕方がないな……丁度良い、僕も兄さんやカノジョにお別れを言う為に来たんだよ。」

「な、何の話だ……その前に、手を放して頂けると話し易くもなるのだが。」

「嫌だよ、手放したら兄さんはまた何処かへ行ってしまうのだろう? こうして引き留める事が出来る者は僕だけだから、少しの間で良いから我慢しててくれないか。」

「ごめんなさい、リアン様……いいえ、リアン。貴方の魂を護る為には、もうこうするしかなくて。今の私に出来る事何て、これ位しか思い付かなかった。」

「何を、言っている……っ! おい、二人共……」

 

「不肖、レクセス・ヴェルンツヴァイト。貴方様に降り掛かる如何なる困難も絶望も消し去ってくれましょう。」

「ディアナ・フォン・ヴェルンツヴァイト。この名に恥じぬ獅子奮迅で、御身の御霊を必ずや永久なる楽園へと誘いましょう。」

 

「さようなら、また御逢い出来る日を……」

 

 少しずつ二人の気配も声も遠退いて姿形も認識出来なくなってしまう。

 気付けば私室も全て白い霧に呑まれていて、私の意識は足先から競り上がって来る絶対零度の空気と背から伝わる生温い抱擁に絆され溶けていく。抗い切れない睡魔に襲われながら耳元を過ぎていく囁きを子守唄でもあるかの如く聞き入れて、深い深い眠りの森へと誘われた。

 もう何人であれ、我が魂を掬い上げてくれる英雄など現れないだろう。この『セカイ』は永遠不滅の理想郷なのだから。

 

 雪の女王は願う。自らの死を無間に欲する神を愛してしまったが故に。

 もう普通の少女には戻れないと悔やみながら、彼の永遠を愛し続ける。

 青年は想う。裏切られた愛を取り戻す為に、愛した女神の永遠を護る為に。

 自らが犯した原罪を消し去り、彼の愛を護る為に。

 

「だから今更、許して欲しい何て言える訳がないの……それでも。貴方が私に姓をくれた事。とても、嬉しかった……結婚何て出来ないだろうと決めていたのに、貴方は」

「僕が兄さんとカノジョと我が子を犠牲にする未来が有るとしたら、僕はそんな未来は認めたくない。兄さんは、不器用で優しい人だから……きっと、また僕を止めてくれないだろう」

 

「そんな未来は認めない、僕は兄さんを殺さない。カノジョの未来も僕が護る。その為に、僕が戦場に立つよ……兄さん、さようなら。僕が居ない『セカイ』で幸せになってくれ。」

「貴方がくれた思い出を私は決して忘れない。短い髪の私も好きだったけど、長い髪の私も好きだと言ってくれたから。私は過去も現在も未来も愛しているから。私の『セカイ』が貴方を護る。」

 

 双方の願いは荘厳に咲き乱れた。世界の理を白銀の雪と花々で埋め尽くして、真っ赤に染まる大地を浄化する。

 崩壊したヴェルンディア王国を中心部から浸食し、止まる事を知らない新たな神の奔流は大陸全土に浸透すると大海へと溢れ出て触れた先から時が凍結していく。

 硝子が割れる様な音と共に、次元の歪みが生じている天空は異様とも取れる虹彩が揺らめき、一目で魂を奪われてしまいそうな美々しいオーロラが発生していた。

 夢の中で発露した神力は現実の世でも影響を及ぼそうと、二対の神に有りっ丈の力を捧げる。己自身の大切な者達を死守するべく儚い命を投げ打って。

 

 

 見覚えの有る庭園にカノジョは一人で茶会を開いていた。傍らには白い揺り籠が一つ、幸福を胸に称えた聖母のように見守る少女の視線には何が映っているのだろう。

 汚れ切った瞳に入れるには余りにも眩しく、側に寄るのも気が引けてしまい一歩を踏み出すか否か迷っていると不意に私を見据えた。

 びくりと身体を強張らせて、その場に留まってしまった自分にカノジョは懐かしい者に再会した喜びを表して温和に声を掛けて来る。「貴方もお茶会に如何でしょうか」と、私は断る理由も無かった為に仕方なく華奢な椅子に腰を下ろす。

 ティーカップに早摘みの紅茶が注がれていた。兄さんとカノジョが好んで召し上がっていた品種であろうか、仄かに爽やかな香りが湯気と共に漂って来るが、今の私では飲食を堪能する事も叶わない。

 味覚は当の昔に失せていたのだ、何を食べても飲んでも鉄臭い味しかしない我が身ではカノジョの茶会を台無しにしてしまう。とは言え、出された物に手を付けないなどと無礼に当たるので、一応は一口頂く振りはしておくが。

 そんな私の態度など初めから気付いていたと、眼前の少女は可笑しそうに談笑を振りまいて来るのだ。姿形が変わろうとも私の存在を見付けてくれて、こうして呼び寄せる事が出来たのかもしれないと女神の歓喜を輝かせて、揺り籠に抱かれて眠る我が子をそっと撫でる。

 

 カノジョは恐らく自分の知らぬ『世界』で生きているのであろう。冷たい柩で眠っていた姫君とは年も遠く離れている様で、淑女にも見える麗しさは嘗ての姿からは想像も出来ぬ。しかし、春の妖精を思わせる面影は今もカノジョを優美に象っていた。

 互いに名を明かす事は叶わぬとも、魂はどんな時でも繋がっているのだ。二人の胸元を飾る翠玉の首飾りが我等の絆をしっかりと結んでくれている奇跡に感謝しながら。

 

「僕は貴方を救うと言っておきながら何一つ出来なかった。時間は沢山、有ったのに……何も」

「私の王騎士よ。どうか顔を上げて、私もこの子も大丈夫ですから。貴方が何時も護って下さったから、こうして今日も無事に生きているのです。」

「ですが、あの未来では貴方を救えません……ですから今度こそ、貴方を御救い出来る未来を、僕が作って見せます。その『世界』ではきっと健やかに過ごせる様になりますよ、元気になったら海を見に行きましょう。」

「ええ、ずっと……待っているわ。貴方と、また逢える日を……」

「僕が、連れて行って……差し上げますから。どうか……その時まで、待っていて下さい。ずっと、先の事になってしまいますが……必ず、逢いに行きます。」

「レ……セス……私の、旦那様……愛して」

「愛して、います……エルメルディア様」

 

 翠玉の姫君は最後に穏やかな笑みを浮かべ真白い百合の中に透けて行く。黒騎士の瞳から温かく優しい涙が伝う。

 手にした首飾りを大切に握り締めて、暫しの別離を告げると決意を胸に抱くのだった。

 

 

 

 視界に飛び込んでくる茨の噴水は、生々しい発色を鮮やかにばら撒きながら天より落ちるイカロスを地に打ち付ける。

 白と黒の閃光が轟き巡るホールに舞い散る羽根が私の頬を掠めて、手元に辿り着くまでもなく粒子となって消えてしまう。

 目の前で一つの終焉を迎えた惨劇に理解が及ばず、自らの脳内で何かが切れた感覚が襲い今起こっている現実に疑問を抱かずにはいられなかった。何故だ、と。

 何故、私はまた大切なものを一つたりとも護れずに終わるのか、と。

 受け入れ難い事実から逃げ出して夢の中に閉じ込める事が出来たら、どれだけ幸福だろうか。我が悲願に撚りて創造された監獄に、彼等を監禁しよう。其処では如何に魔人と言えども、侵入する事も生き続ける事も出来ないから何人であれ彼等に手は出せぬ。

 私も二度と触れ合う事は出来なくなるが、それで良い。今この場で彼等を、兄さんを救える者は我々しか居ない。なればこそ『セカイ』の変革を此処に願おう……彼等に永久なる祝福を。

 

 赤い、紅い、赤黒い。何だ、アレは。どうして、あの人が倒れているの……奴は、あの人に何をしているの。止めて、止めて、お願いだから奪わないで、汚さないで。

 私から彼を奪わないで、その汚らわしい手で馴れ馴れしく触らないで。貴方は私の夢で、憧れの騎士様で、美しい花で在って欲しかったのに自ら汚れているだ何て言わないで。

 そうよ、私は普通の何処にでも有り触れている、庶民の生娘だもの。少し位、夢を見てしまうのは仕方のない事でしょう。

 貴方は面倒な女だと笑うのかもしれないけれど、私は何時も貴方に輝いていて欲しいし、幸せになって欲しいの。自身の我儘で傍に居られなくなっても構わないから、また素敵な微笑みを魅せて欲しい。

 その為ならば『セカイ』でさえも凍らせて見せる。私の大好きな騎士様を汚す総ての厄災を白き雪で覆い尽くして、鮮血も傷痕も我が胸に抱いて癒しましょう。

 もう何も思い出さなくて良いから、永遠に帰れなくなっても良いから、私が創る『セカイ』で安らかに御眠りなさい。

 

「我が夢は幸福なり。その優しき腕に抱かれる度に胸は高鳴り、陽光に憧れる天使が私の全て。例え此の身が焼かれ朽ち果てようとも、愛しい御身を抱いて死にましょう。この魂は総て貴方様の為に有るのだから、故に私の恋の炎は誰にも消させない! 神請・我が恋人よ、永久に不滅たれ――其の愛は神の虜なり(Engage・Eternity Lovers)!」

 

「楽しかった思い出、辛かった思い出、苦しかった思い出。一人ではどうする事も出来なくて、何度も逃げ出したいと思っていたの。でも、私が諦めようとする度に貴方の姿が目に浮かんで離れなかった。素敵で、美しかったあの日の栄光、陽だまりの様に抱き締めてくれた貴方の温もりを忘れたくない……普通の女の子に戻れなくても良い、ただ傍にいさせて。貴方と共に過ごした、この温かな時を永劫留めておきたい。それが私の願いで、最後に出来る事! 神請・氷河の蟲毒に抱かれて眠れ――我が愛しき華よ(Engage・Frostbite Anastasia)!」

 

 

 空間に歪みが生じる。一人の騎士と、一人の女神を愛した只人から異様な神力の放出が爆発散華して黒い稲光と絶対零度の暴風が王宮内を掻き乱す。

 ホールの中央を占めていた嵐は鳴りを潜めるが、代わりに発生した二重の竜巻が尚も怒号と悲痛を唸らせて残る魔人を襲う。嘗ての部下を手に掛けた男は、何か最期の使命を終えたかの様な穏やかな表情で部下の頭を優しく撫で上げる。

 毒気と生気が抜け落ちた顔は先程までの鬼気迫る姿とは、見違える程に和らいでいて父性をも思わせる、温もりと至上の幸福に満ちたものであった。

 彼の傍らで安らかに眠りに就く一人の騎士も漸く永年に渡り、汚泥の如く濁り溜まっていた病巣が剥がれて正しく浄化された御身を横たわらせている。

 先刻まで熾烈な争いが火花を散らしていた空間とは思えない、安穏とした時が緩く静まっていく心音に合わせながら流れゆく。

 朝日が崩壊した王宮を荘厳に照らし出し、舞踏会場から溢れ出るエーテルの光輝が戦々恐々とした地獄の果てを優しく包み込む。

 

 

 砂時計は刻一刻と、彼の命を刻んでいた。

 

 

【『LostHeaven―盲目のユメ―』第九章/了】

 




 十話で終わらない可能性が;

 一先ず、そっと投げて置いて後で変な所や誤字脱字が見付かり次第、随時少しずつ修正を加えようと思います。十一話で終わらせられるのだろうか;
 まだ次の話をどう纏めようか考え中ですが、時間が有る時にちまちまと地道に執筆して来ようと思います。
 それでは、此処まで御読み下さって真に有難うございました。また次回、気が向きましたら御楽しみ頂けますと幸いです!
 短編とか言いながら長くて失礼しましたー;
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