戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜 作:円小夜 歌多那
「うぇ?!」
「む? そこな少女よ。人の顔を見ていきなりいったい何事……だ?」
お天道様がようやく全身を出した頃、研究者の地味なハイテンションから解放された帰り道だ。
俺の顔を見てしかめ面をする少女に出会った。見た目年齢的に言えば今の俺より上でつい先日までよりは下くらい。
普通なら誰もいない早朝を満喫している子供の邪魔をしてしまった、と謝罪し早々に立ち去ってあげるところだ。……たとえそれがどんな反応だったにしても。だが、それはあくまで平時限定の話、今目の前にいるヘビッ子は全くの別だ。
「……少女の身体を乗っ取って何をしている、メデュー。返答次第ではサイフにするのも辞さないぞ」
ゴーゴン三姉妹だっただろうか?
旧友の一人の三人娘の通称で、名前はクモッ子のアラネとヘビッ子メデュー、サソリ少女のシャウ、だったはず。
三人共が魔女界でもなかなかに強力な魔の使い手で、よく相手をさせられて疲れさせられたものだ。…………毒蜘蛛も毒蛇も毒蠍もどれ一つ効くことはなかったが。
「いくら私のお肌がキレイだからって遠慮させてもらうわ。それと私はメデューじゃなくてメデューサよ。……それにしてもやはり生きていたのね、聖兄さん。それと、なんとなく言わなきゃいけない気がしたから言っておくけど、私の姉妹はアラネとシャウじゃなくてアラクネとシャウラよ」
「む? そうだったか。それはすまん、メデュー。昔からメデューとばかり呼んでいたからすっかり忘れていた……。それでアラネとシャウは元気にしてるか?」
「……メデューサだと言ってるでしょう。はぁ……アラクネは貴方が逃がしたせいでうざいくらい元気よ。シャウは……あの子は死武専の子たちにやられちゃって今は魂が保管されているわ」
「あの子が……。いや、おかしな事でもないな。結構狂気走らせた子だったし……。終ぞ治らなかったのか」
できそうなら跡で回収して説教しよう。治るなら良し、治らねばぶった切るだけの話だ。問題ないな。
「それでメデューはその少女の身体を乗っ取って何をしているんだ? ああ、しゅわっち……じゃなくて阿修羅の封印を解いた時にいろいろあったのは聞いている。それを踏まえて話を聞かせてもらえるか?」
あ……しまった。しゅわっちと話をしにいくのを忘れていた。後で行かねばな……。
「聖兄さんには関係の無い話よ」
やれやれ、突っぱねられてしまった。時間も限られていることだし、あの手で行こうか。
「そうか。なら仕方がないな」
「え? ちょっと何を……!?」
小さい身体では普通に抱え上げるのはできないので足を掬い上げて両手で抱える。
「一刻も早く少女を解放してやって欲しいところだが、そういうわけにもいかんのだろう? 魔力が底を突いているのを見るに無理に離すとメデュー自身の存在が消えかねない、といったところか。魔力が回復するまで時間はたっぷりある。話はその間にゆっくり聞かせてもらう。もちろん死武専でな」
「……ほんとお節介な人ね。でも下ろして下さらない? いくら私たちが幼い姿をしてるからって、私も貴方も立派な大人でしょう。流石にこの格好は……」
顔にほんのり赤みを射し込ませそう言われたが止めるつもりは毛頭ない。
下ろせば逃げ出しそうだし、何より帰りが遅くなる。小脇に抱えるなどの持ち方もあるが身長差で擦りかねないし、落とす恐れもある。
それに背中には既に物があって背負うのもできないし。
「なに、安心しろ。幸いまだ人はいないし移動中に誰かに見られると言うこともそうそうない。あぁ、それと口は開くなよ。舌噛むから」
……最近、休む機会が減ったなぁ。
そんなことをしみじみと考えながら大地を踏み抜いた。
「きゃぁぁぁあああああ!?」
――ぁ……ぁ……
「……なんか聞き覚えのあるような」
よう君が帰ってくるまで暇なので、ちょっと先生に頼んで生徒に紛れさせてもらってます。そこでブラック☆スター君とか他にも何人かの人との決闘を制して遊んでいたら、なじみ覚えのあってしまう旋律が微かに耳に入ってきた。
「な、なんだ?」
音のする方向に顔を上げてちょっと左右を確認。
……みっけ。不思議そうに首を回す人たちに指差しでお知らせする。上空のさらに遙か彼方にあるってことを。
「……?」
それは黒っぽいちっちゃな点です。でも目を懲らすまでもなくどんどん見えるようになっていく。だってこっちに向かってもんのすごい勢いできてるんだもん。
たぶん通ったんだろうな~、と思える辺りの雲が局所的に歪み、戻るを繰り返してる。空気を斬り裂くという次元じゃないね、もう大気割っちゃってない?
あの人の腕の中で巻き込まれた人も運が悪い……。…………………………え? 腕の中?
よう君が誰かを抱えていた。
「いや、べつにようくんがだれとどんなことをしててもいいんだよ? ようくんのじゆうだから……でもあんなおさなそうなこをおもちかえりとかないよね? まじでろでりなひとだったの? そりゃあ……あはははははははは…………」
「響ちゃんが壊れた!?」
わたしはこわれてない。わたしはこわれてない。わたしはこわれてないわたしはこわれてないわはひはこわれてないわたぉわれて……
「到着っと」
「ようくんようくんそのコハダァレ?」
「? ……そう言えばこの子はだれなんだ? メデュー」
「レイチェル、と呼ばれていたわ」
「だそうだ」
「はい?」
「め、メデューサッ!?」
え、……どゆこと?
………………
…………
……
「つまりこの子……改めメデューさんはよう君の古いお友達の娘の一人で、今は訳あってレイチェルちゃんの身体に寄生してると」
「メデューサよ」
「うむ。それで引きはがす必要があるのだが、その場合魔力不足でメデューの存在が壊れかねなくてな。それにこの子の家を俺は知らない。変なところで切り離して泣かせるより、シニ君に尋ねて分かっている状態のほうが良かろう」
「だからメデューサよ」
「他にもメデューのしようとしていたことを聞き出す必要もあるからな。出先でする訳にもいくまい」
「だからメデューサだと……」
「ああ……、なんかメデューさんが企んでたんだっけ?」
「言ってるでしょう!!!」
「うぇひっ!」
あらら、怒られてしまった。
「俺の中ではメデューはメデューだ。今更変えるつもりはない」
「メデューって響き、かわいいもんね」
「貴方が貴方なら、その連れも同じなのね……」
疲れた様子で肩を落とす幼女Ⅱの脇に手を射し込んで抱え上げてみる。よう君とはまた違った抱き心地がしていいかも。
「……もう好きにして」
「あのメデューサが投げた!?」
「そのまま響はメデューをシニ君のところに連れていってやってくれ。その間にここらにいる魔女ッ子を呼びかけてくる」
「了解であります」
出会って早々だけど授業を抜け出して死神さんの部屋に向かいましょう。
「ゲコッ!? なんでメデューサがここにぃ~、ゲコブッ!?」
「なんでって、俺が連れてきたからだが」
よう君に連れられて来たエルカさんはメデューさんを見るや異様なほどに全身から汗を滴らせ、逃げ出さんと回れ右で駆け出す、前に足を取られて床に張り付いた。
「まぁ、案ずるな。ちょっと魔力を分けてもらうだけだから」
「い、いやよ!? そんなことしたらわたっわたし!?」
「あらあら、どうしたかしたの?」
メデューさんの捕食者のような歪んだ笑みが向けられる。受けたエルカさんは半狂乱でオタオタしてる。
まるでヘビに睨まれたカエルのよう? あ、使う魔法的にもヘビでカエルだった。なるほどエルカさんにとって天敵なのか。
「大丈夫だ。メデューには何もさせんよ。中にあるのも含めて」
「……気付いていたの」
「当然。メデューのやりそうなことくらい予想できる。魔造兵器の基礎を組んだのが誰か忘れたか?」
「お兄ちゃん/聖さんが作ったの!?」
刺々しい視線が襲いかかるもよう君は笑い飛ばして平然としてる。さらにエルカさんや一緒に来て言葉を失ってたキムちゃんが驚愕するようなことを言ったらしい。
言葉だけでなんとなくわかるけど、よう君の多岐性にはもう呆れるのも億劫になってきた……。
「うぃ。自壊させることもできるがどうする?」
「回収するわよ」
エルカさんの中から斑模様のほぼ二次元なヘビがうねうね出てきた。紙にでも書いたような曖昧な立体感をしてるなんて見てたらメデューさんの腕に張り付いてタトゥーになってしまった。
この時、着脱自由なタトゥーとか儲けられるんじゃ、なんて外れたことを考えてしまった私は俗世に汚されてしまったということなのでしょうか……。ちょっと落ち込む。
「エル嬢とキムはメデューの魔力補充を頼む。シニ君、レイチェルって子の身元確認できないか?」
「ちょっと待っててねぇ~。いま死人君に確認させるから~」
鏡の中に死神さんが一旦消える。
そういえば言ってなかったかも。死神さんって普段は鏡の世界で暮らしてるんです。鏡渡りなんて能力があるそうで鏡電話やダンボール渡しもその一端なんだとか。
「お待たせ~」
「……お、終わったわよ」
死神さんがぬっと出てくるのとエルカさんが息を吐くのは同時だった。
「その子は少し前に捜索願が出されてたよ。今、ママさんに連絡を取ってもらってるよ~」
「一往、メデューサの魔力は大体戻ったわよ。本当に大丈夫なんでしょうね……」
「そうか。じゃあ早く送り届けてやらないとな。心配ならエル嬢は下がってても良いぞ。後は俺がやるから」
エルカさんが心配そうにするのを余所によう君はメデューさんと目を合わせる。
「返してやってくれるな?」
「…………いやといったら?」
「強制退去だな」
にこりとよう君が笑った瞬間、よう君の右手がバチバチャァッ! と聞いたこともないような通電音で唸りを上げた。
「ブラック☆スターの完成された魂威を元に作ってみたんだが、丁度良いのがなくて試せてないんだよなぁー」
「…………」
湯気の漂う右手をふりふりと振って楽しそうに告げた。その横顔はついさっきメデューさんがしてた笑みと同等以上の迫力を持って上下関係を明確にしている。
ニコニコしてるよう君を見ていたメデューさんの体が不意に二つにぶれた。でもすぐに戻る。またぶれる。
メデューさんの色がどんどん曖昧になっていき、そして完全に二つに別れると片方の体が地面に……
「おっと」
吸い込まれる前によう君が抱えた。
手折れなかった方は大きくなっていって女性の姿で色が固定された。
「メデューのほうは大丈夫そうだな」
「ええ。魔力は全然足りないけどこの子じゃ仕方ないもの」
「少なくて悪かったわね!」
「あら、貴女のこととは一言も言ってないのだけれどね?」
「ムキーーーッ!!」
大人な色気を醸し出しつつ無邪気さを残す女性がメデューさんの本当の姿なんだ。こめかみの辺りから長ーく伸びる左右の髪を胸元でクルクル巻くとよう君を見た。
「これで良かったわね?」
「うむ。シニ君、メデューのことを頼んだ。俺はこれからこの子を送り届けて、あとこいつの設置に行かなきゃならんので。もしメデューが何かアホなことを……シニ君のことだから大丈夫だとは思うが、したら響を頼ると良い。そんじょそこらの職人や武器より断然強いから」
「えっ?! 私、魔法とかそんな予備知識皆無なんですけど!?」
「響の対応力なら余裕だぞ。それに……な」
満足げなよう君は最後のほうの言葉を濁すとククっと笑いをかみ殺した。
「あらら? このまま放置しちゃうけい?」
「ああ。殺すことさえしなければ俺は何も言わんよ。メデューがやったことは良くないことなのは確かなようだし、その罰は下しとかなきゃいかないだろう? そう言えば、ここにはメデューの子もいるようだし」
……ああ、そう言えばいたっけ。
出会って早々、こん珍妙奇天烈な人となんてどう接したらいいかわかんない、って言ってくれるもんだから思わず一兄感覚で一発でやってしまったんだよね……。なんとか謝ろうとしたんだけど逃げられちゃってそれっきりになってしまってる。
でもさ、女の子に向かっていきなり珍妙奇天烈は酷くない? 私自身変わってるのは自覚してるから、珍妙か奇天烈のどっちかだけなら許せるんだよ? でも珍妙奇天烈は許せません。勿論、奇天烈珍妙も一緒。
「響の中でいったいどんな線引きがされているのか聞いてみたいところだが……、まあそれは良いとしてシニ君、死なない程度でよろしく」
「はいは~い。いってらしゃ~い」
あ、また置いてかれてしまった……。
「月の裏側ならこんばんわ~? っと」
「ぎぃぃぃいぃぃぃやぁやああぁyぁやぁあ!?!?!?!?!?」
神が蛇にお説教し始めたその頃、世界の半分が寝静まった空の上でそんなやり取りが行われていたとかいないとか……。