戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜 作:円小夜 歌多那
それはは木々茂る山の中、ひっそりと佇む小屋での出来事。
「月に、変わりはないのですね……」
老いを感じさせる女性は光を放つ壁が返すいつも通りの結論に目を伏せた。
「ええ、そうですね。かの軌道は以前同じものを指していますよ。…………いつか月が落下するとね」
傍で盤を叩いては思案顔を見せる銀髪の男性は女性の呟きを拾うと、そう忌々しげに答えた。
――月が落下
聞けば誰もがありえないと一蹴することだろう。
月、それは創世の時代より一時も掛けることなく星々と共に君臨してきた天の一角だ。今更落ちてくるなど誰が信じてくれようか。
そんなことを言ったら最後、狂った変人というレッテルでも貼られ笑いものにされるのがオチだろう。
だが、それは一般人であったなら、の話だ。
「隠しても意味がないというのに、何故彼らはこんなことにも気付かないのでしょうね」
「それは所詮、自分が可愛いバカの集まりだからですよ」
極一部、世界の上層に位置する者達はその範疇に入らない。
つい一月ほど前に起こった彼の事件、――ルナアタックなる言い得て妙な名前が付けられたフィーネと立花響ら奏者の戦語を知っているものたちからすればバカにできない話である。
あの戦いで月が一部砕かれたことを覚えているだろうか。
忘れたものはほとんどいないだろう。フィーネの野望こそは半ばで折れたが傷痕は今もパックリ欠けた月に残っている。
その時には砕かれ別たれた破片も地球に落ちかけていたが、それは奏者と一機の聖遺物集合体によってその猛威を退けることに成功している。
しかし彼らは残った月に触れることはなかった。分断され落ちてくる巨大な破片のインパクトに気圧され、さらには一人を喪うと言うことに繋がったが故に気付かなかったのだ。
砕けるほどの被害を受け質量も向きも何もかもが異なる本体が以前変わらずあるわけがないことに。
「言えば混乱は必至。糾弾なんかもあるでしょう。そんな面倒を彼らがわざわざ被るとでも?」
「…………くだらない」
白衣を羽織る男性の言葉に、イスに座った女性は自信の周りにいたものを思い返し嘆息と共に苛立ちをたった一言で現してしまう。
隠しきれない怒気に少々顔を引きつらせるが、男性も思うところがあったのか「まったくです」と肯定の意を示す。
「ところで様子はどう?」
これ以上考えても怒りが募るだけだと気付いたのか話を打ち切ると、女性は声のトーンを戻し、前置きもせずそう口にした。
「ああ、あの子達のことですか? 何も問題ありませんよ」
「……そうですか。あの子達には申し訳ないことを……」
あまりにも言葉足らずだった。しかし男性が彼女の言わんとしていることを正しく理解する。それは男性が場を読む天才だった、なんて訳でなくただ互いにとって共通事項だったからというだけのことである。
「問題なし」の知らせに女性はあからさまに安堵の息を吐き、それでいて目を伏せる。
「気に病むことはありませんよ。これは彼女たちが望んでやっていることです。私たちは"正しい"ことをやっていますよ」
やけに男性が"正しい"というのを強調していたことに気付く暇もなく、この小屋唯一の出入り口が開かれた。
「マム! お客さんデェースッ!」
そして、わざわざひっそり佇んでいた小屋を選んで滞在していた二人の口が開いたままふさがらなくなってしまったのは無理のない話だ。
あの人と会ったのはお昼ご飯のお買い物を終えてすぐのことでした。
「重たいデェース……、調も少しは持って欲しいのデスよ」
「それは切ちゃんが沢山食べるからでしょ。大人しく持ちなさい」
「こんなに食べないデスよ!?」
ぎゅうぎゅうに詰め込んだ袋を両手にぶら下げてた切ちゃんにうるうるした目を向けられた。でも私はスパッと切り捨てます。
だって事実だから。それに私なんかより切ちゃんのほうが力もある。適材適所というものです。あと切ちゃん、私も一袋持ってるからね。
「デェース……」
がっくり肩を落として私の前を行く。
ひどくしょんぼりするものだから突き放すようなことを言っちゃって悪かったかな、……なんて思ったら行けない。
切ちゃんは甘やかすと簡単に調子に乗ってしまうのです。そして何をしでかすかわからない。だからマリア……私たちのお姉ちゃんのような人からも甘やかしすぎちゃダメって言われてます。
「そうデス! 調、調!」
「どうしたの、切ちゃん?」
「こんな大荷物とはさっさとおサラバするためにも走って帰るのデェス!」
言い切るや、切ちゃんは走りだす。
止める暇なんてなかった。どう考えても走った方が疲れると思うんだけど……やっぱり切ちゃんはおバカです。
大声を出すのも疲れるのでどんどん遠ざかっていく切ちゃんの好きにさせて、私はのんびり付いていく。ちなみにぶんぶん振られている袋の中にはタマゴもお総菜も入ってないから大丈夫。
……なんて思っていた数秒前の私を殴ってやりたいです。
「切ちゃん、戻って!!」
「え?」
横断歩道を渡り始めていた切ちゃんの左側から大型のトラックが速度を緩めずに交差点に割り込んでいた。
信号無視に脇見運転、切ちゃんに気付く素振りもない。
慌てて止めたけどその時にはもう手遅れで、切ちゃんは走り抜けることも引き返すこともできない場所に立ってしまっていた。
「デスッ!? ……すぅ!」
切ちゃんは変な声を上げつつも、咄嗟に息を吸い込んだ。
それは人前で使ってはいけないと言われていて、特に私や切ちゃんは控えるように言われているものだ。後でマリアやマムから盛大に叱られるてしまうだろうけど、命を守るためだから仕方がないと言い訳して、切ちゃんの反射を支援する。
でもそれを使われることはなかった。
「Z――!?」
急に切ちゃんが消えてしまったのです。
「ふぅ……、間一髪。間に合った」
そしてあの人が向かいの歩道にいた。
「怪我はないか?」
「は、はいデス」
「それは上々」
抱え上げていたのを下ろしてその人は切ちゃんの顔を覗き込む。そして切ちゃんの答えと一見して怪我のない姿を見て雰囲気を和らげた。
「切ちゃん!」
「し、調ぇ……」
本当に怪我はしてないみたい。よかった……、本当に良かった……。
「それにしてもあのデカブツ、止まらずか。ふざけやがってからに。……もしもし? ちょっと信号無視と脇見運転……人身事故未遂? を起こしかけた愚か者がいたので通報を。ええ。確りと記録しています。ナンバーは……」
姿の見えなくなったトラックが目の前にいるかのように悪態ずいて、その人が何処かに電話を……あ、どう考えても警察ですね。
……え?
「ええ、被害に遭った二人はこちらで保護しますので心配は無用です。それではよろしくお願いします」
「あの……。今のって……」
「ちょっと通報しただけだ。大丈夫、何も心配することはない」
いえ、全くよろしくないです。
「……ちょっと、まずいデスよ!?」
「……う、うん。どうしよう?」
「? 警察は良くなかったか?」
後ろを向いてひそひそ話したけどばっちり聞こえてしまったらしい。ちょっとばつが悪いけど、事実だったから私たちは否定できない。
「あんまり警察とは関わりたく、ない」
「それは申し訳ない。だが安心して良いぞ。別に行かずとも大丈夫だ。信号無視はあの監視カメラが捉えている。それにそっちの子を助ける時に引かれ掛けたのは俺も同じだ。駄々をこねるようなら俺が被害者として出向けばいい話だ」
「ゲスいデェス……」
「こら」
せっかくの行為を無駄にしそうだったので切ちゃんの頭を叩いて静かにして置いてもらう。
その後、いろいろと口裏合わせというかなんというか話を終えた。
「本当にありがとう御座いました」
「ありがとうなのデスよ!」
「どういたしまして」
最後に二人でもう一度お礼を言って私たちは帰ろうとしたんだけど、最後の最後に切ちゃんが爆弾を落っことしてしまった。
「やっぱり重いデェ~ス」
「……俺が持とうか?」
切ちゃんの零した文句に別れようとしたその人に聞こえてしまったみたいです。
「良いのデスカ!?」
よくない。よくないよ、切ちゃん。
あんまりにも喜ぶから何も言えず、せめて心の声だけでも届いて欲しいと念じてみたもののやっぱり効果はなく、切ちゃんは彼に持っていた荷物を預けてしまい、ついでとばかりに私の荷物まで持ってもらって小屋に帰ることになってしまった。
本当にごめんなさい、マム。切ちゃんがおバカで。名前もわからない見ず知らずの人を連れて帰ることになりそうです……。
ここ最近、疲労で気力が湧かなかったんだ。
なのにあの二人を書き始めると一気に書けてしまった……。
不思議なこともあるもんだ。