戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第ⅩⅡ話

 三箇所で激しい攻防が繰り広げられる。

 マリア嬢と切嬢と刃を交える翼嬢、クリス嬢は両者とも長年の慣れも生じてか優位性を保っていれているようだ。しかしここ、調嬢と言葉を交わした響に巻き込まれ俺は劣勢に立たされていた。

 

「止まるな、バカ!」

 

 戦場でありえない停止をしている響に蹴りを入れ、やり過ぎと言われてもおかしくないほど強い力で退かす。

 だがそれが間違いでないのは今の響でもすぐに分かったはずだ。空いた隙間を通る形で巨大鋸が瞬きもない間に横断する、その隙間でさえ狭く加減していた場合手足が取り残されただろう地点だったから。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「集中!」

 

 本来なら、謝ってる暇なんかあるか! と叱責くらいはしたいところだが、その時間さえ今は惜しい。

 別段、目の前の調嬢が特別強いわけではないのだ。他二人にも言えることだが練度はどちらかというと低い。響よりは長いが場数は以下、合計稼働戦闘時間なら二課組のほうが遙かに多いだろう。

 けれど調嬢の棘だらけの口舌を聞いてからというもの響の動きが目に見えて悪くなった。もはや足手纏い以外のなにものでもない。

 数で有利なはずが足を引っ張ってくれるせいで正負が逆転してしまった。

 俺がカバーに入っていなければ翼かクリス、あるいは両方が指向を分散させなければならなかったし、俺がいても少量の意識がこっちに向けざる終えないほどにここだけやけに押されている。

 

「ハッ!」

 

 響の意識が今に向いた。

 ここしかないと速やかに攻勢に転じる。迫り来る鋸々を左右に体を揺らして躱す。そして前へ前へと駆け抜ける。そして……

 

「ちっ! だからッ!!」

 

 ……徒手の構えで地面を踏み砕き、引き返した。

 

「止まるな!」

 

「きゃっ!?」

 

 響がまた止まっていた。

 さっきから同じことの繰り返しだ。止まった響を蹴るか殴るかで起こし、集中して躱せるようになっている内に攻撃しようとして、響がまた止まる。

 調嬢の攻撃の手がある内は避けることに夢中になって気が逸れるのだろうが、俺が攻撃に転じて止むと、戦いを放棄してか響の意識が先程の調嬢の言葉に向けられるのだ。

 

“偽善者”

 

 彼女が何を思いどういう経緯を通った結果の言葉なのかは分からない。

 しかしそれは響を揺さぶるにはとても効果的だったらしい。

 残念ながら俺には何故そこまで悩むのか分からない。俺は響ではないし、人それぞれに真偽も善悪も変わるものだ。その辺りは後で本人と語り合う必要があるか。

 

「そこ!!」

 

 響を殴り飛ばした時点で無数の鋸が追加に飛ばされていた。先に飛んでいた方は調整していたため当たることはないが、追加は無理。なにせ10m近い距離を一挙に戻ったせいで殴った動作のまままだ空中にいるのだ。

 体勢は前のめり、蹴る足場もない。とはいえこのままむざむざ切られるのを待つというのも癪に障る。なので少し無茶をしようと思う。

 できる限り体を動かして手を下に足が上に来るようにする。腕もちょっとでも曲げて捻りも加える。

 

「なんとかなれ!」

 

 そして放つは掌底破に似て趣の異なる衝撃破。力の流動は集束ではなく拡散し、ゴツゴツとした疑似的な感触が手のひらに伝わってきた。反動で返ってくる力が小さな捻りに大きく歪められるのも感じられた。

 自然と体が回る。そこから足を開くと何とか一つの技の形となった。あえてテロップをつけるならこうか?

 

-- 逆羅刹風回し蹴りver.ゆっくり --

 

 威力は極小、二つ三つ弾けた程度で大抵の鋸に足がざくざくと切られた。あとスカートもすっぱりいかれてしまって、膝下ほどまであったのがふともも半ばまで短くなってしまった。でもやらなければ全身で蛇腹切りになっていた可能性もあったのでこれでもだいぶマシな方だ。

 

「踊君!」

 

 着地に失敗し転がったさきで見たのは一対の巨大鋸。

 慌てて自身の被害を確認して回避を試みるも返ってきたのは悲しい現実だった。

 右手-ダメージ小・ただし関節部に中度の損傷あり。

 左手-ダメージ甚大。

 両足-ダメージ大。

 武器-なし。

 つまるところ真面な回避手段がないということである。

 

「大丈夫か!」

 

 なんとか右手は犠牲にならなくて済んだらしい。目前まで迫っていた鋸が蒼と紅の力で退けられる。

 

「どんくさいことしてんじゃねぇ!」

 

「立花! 呆けてないで聖の守護!」

 

「は、はい!」

 

 勿論、翼嬢とクリス嬢だ。どうやら、追い込んでいた戦闘を放棄してまで援護に入ってくれたみたいだ。……先人として少々不甲斐ない。

 その間にマリア嬢らも合流していた。振り出しに戻ったと、言いたいところではあるが俺の被害が大きすぎる。向こうの疲労も大きいため不利になったわけではないが差が大幅に縮まってしまっただろう。

 

「――了解」

 

 その一言がやけに深く耳に響く。即座に響に肩を借りて立ち上がり、周囲の警戒に強めたがあまり意味はなかった。

 突然舞台の中心、丁度俺が降り立った位置辺りが光り出す。

 

「うわぁぁ、何あのでっかいいぼいぼっ!?」

 

 現れたのはなんとも言い難い緑色の肉塊状のノイズ。特徴としては響が驚いたように大量のいぼいぼがあることくらいだ。あと秒間的に質量が増えてる気がしないでもないところ。

 

「増殖分裂タイプ……」

 

「こんなの使うなんて聞いてないですよ!?」

 

「…………アメーバ的なものか、それとも」

 

 きりしら嬢の小さな驚愕を聞き咎めてしまいげんなりする。

 脳内に過ぎったのは単細胞生物と、もう一種厄介な特徴を持った生命体。前者だけならまだ楽だが、後者なら非常に厄介なものになる。

 

「おいおい! 自分らで出したノイズだろ!?」

 

「なんのつも……」

 

 対処法を考えることに没頭してしまったせいでクリスが騒ぎだすまでそれに気付くのが遅れた。

 マリア嬢の槍が外向きに展開し中に空洞を作っていた。その空洞に紫電が走る。彼女の行動が示したことはただ一つ。

 

「いかん! 誰かマリア嬢を止めろ!!」

 

「「「え?」」」

 

「…………」

-- HORIZON†SPEAR --

 

 このいぼいぼノイズが俺の予想した後者の性質も併せ持っていると言うことだ。

 いぼいぼは弾け雨のように細切れになり、そのまま肉片となって降りそそぐ。でかい雨粒を盾にマリア嬢らが一斉に撤退する。

 

「このタイミングで撤退だと!?」

 

 翼嬢も緑の雨の中でマリア嬢らの動きを見逃さなかったことで驚愕した。

 

「せっかく体が暖まってきたってぇのによ!」

 

「良く周りを見ろ! このタイミングだからこそだ!」

 

 随分と視界が狭まっている。後を追おうとするクリスを止めて全員に促す。

 

「の、ノイズが!?」

 

 飛び散ったノイズが恐ろしい速度で再生していた。それも一塊一塊が個別に膨れ、くっついたものが一つの塊に変化していく。

 

「アメーバとプラナリアを足しぱっなしで割り忘れた感じだな」

 

 速やかに翼嬢が蒼ノ一閃で斬撃を放ってみたが、一部は消し飛ばせたものの結局元通りに再生している。イチイバルの銃撃も効果なし。爆撃は巻き込まれるので論外。

 

「こんなもん放置したらよ!」

 

「活動限界が来る前に間違いなく市は墜とされるだろうな」

 

「なんと厄介な……」

 

 ノイズにおける最終防衛ラインを担う装者の足を確実に止める実に理にかなった方法な事よ。

 

「これくらいで厄介なんて言葉を口にするな。もっと厄介なことがある」

 

『ええ。残念ながらまだこの会場周辺にはまだ避難した観客が……いいえ、救助に来た方々も大勢います。このノイズをそこから出すわけには!』

 

「分かったか? こいつらを一片でも外に飛ばせばその時点で何万の命が消え去るってこだ。徒な攻撃もろくに許してはもらえない。放置せずとも厄介なんだ」

 

 斬撃で斬り飛ばそうと爆発物で吹っ飛ばそうと仕留め損なってしまえば分裂に手を貸すことに他ならない。

 

「そんなんどうすりゃ良いってんだよ!?」

 

「……手はある」

 

「何がある?」

 

「俺から提案出来るのは2つだ。1つは泥沼覚悟の消耗戦。四方から一片も逃げ出さぬように活動限界まで耐えるだけのお仕事だな。とはいえこれは誰かの気力が途切れたら即終了、敗北が決する。お勧めはできない。俺としてはもう1つのほうで――」

 

「絶対ダメ」

 

 響のしかめっ面が俺を向いていた。

 

「立花?」

 

「絶対にダメだよ。……それって、踊君の自爆でしょ? あの時と同じように」

 

「…………よくわかったな」

 

「付き合い長いもん。これくらいわかるよ」

 

 響の勘のよさにおどろ……くことはないな。今までの自分の行動を振り返れば基本似たようなことばっかりしている。

 

「でも、こうするしかないんだ。受け入れろ」

 

「――絶唱」

 

「…………」

 

「絶唱ならできるんだよね」

 

 響のその言葉は問いではなく確認だった。俺ができるとわかっていながら隠しているのだと決めつけた物言いであり、そしてそれは是である。

 

「危険が過ぎる!」

 

「それに絶唱を使ったからって殲滅出来るわけ、が――お前っ! まさか!?」

 

「S2CA・トライバーストなら!」

 

「……本気か?」

 

 S2CA、それはかつて俺を天に誘った絶唱による5重奏を元に考案されたもので、響の“他者と手を繋ぎ合う”ことを特性にしたアームドギアを基点にすれば理論上は可能だろうと櫻井女史が提唱したシステムの名だった。

 

「一度も成功した事なんてないんだぞ!? それ以前に訓練だってろくにできてねぇのに!」

 

「でも分裂を上回る破壊力で一気殲滅、立花らしいじゃないか。理にもかなっている」

 

「おいおい!」

 

「それに踊君がいればちょっとはなんとかできるでしょ」

 

「呵々、違いない」

 

 にっこりと満面の笑みを向けられてしまえば折れるしかないじゃないか。

 どかりとその場に座り込み、禅を組んだ。

 

「いいんだな?」

 

 三人の顔を再度見回して確認するが、杞憂だった。クリスはやれやれといった感情も見えたが、みな覚悟を決めて俺を見ている。ならもう俺はやることを全部するだけだ。

 

「イア、全バイパスを解放する。手伝え!」

 

『かしこまであります!』

 

 聖遺物片“ガングニール”、“天羽々斬”、“イチイバル”と完全聖遺物体“聖踊”、“ディバンス”、“サージェ”が見えない線で繋がる。同時に絶唱を歌い始めた三人から弱くない負荷が流れ込んできた。これでも奏嬢の時と比べると穏やかといってしまえるから驚きってな。

 絶唱の歌が終わる。

 そして訪れるは本番だ。

 

「スパーブソングッ!」

 

「コンビネーションアーツッ!」

 

 装者を呑み込むほどの激しく無差別な暴力が七色の光を放って猛威を揮う。

 すぐ目の前までいたノイズが分裂をする間もなく消されており力の程を見せつける。だが、それは同時に装者までもを傷つけた。

 

「セットハーモニクスッ!!!」

 

 システムの起動が宣言されその負荷はさらに肥大化した。

 

「うぐぅうううっ!」

 

「耐えろ! 立花!!」

 

「もう少しだ!」

 

 中でも反動が重いのは繋げて調律する響だ。『私』が肩代わり出来る負荷は全てしているがその一点だけは手が出せなかった。

 いや、手を出すことが許されなかったというべきか。

 なぜならその行為は『私』を造り出すのと全く同じ、神々の所行そのものだったから。それに手を加えることはできなかった。

 

「うわぁぁああああっ!!!!」

 

 全方位に拡散してく絶唱の光が触れる端からノイズを消滅させていく。しかし響に掛かる負荷はそれ以上に酷く限界が迫っていた。

 

「響、『私』を感じろ!」

 

 無理をしてでも多く『私』の存在を響に送った。

 調律のイメージさえ掴むことができれば響の負荷は十分中和できる、いや完全中和できてなければ俺は存在できなかったのだからむしろできない方がおかしいのだ。

 

「こ、これならなんとか!」

 

 思った通り三重奏が『私』に近づくと響の負荷が抑えられた。

 そしてその新たに稼いだ時間が勝敗を分けた。

 

「今だ!」

 

 翼嬢の視線の先にはなんとも言いづらいノイズの本体がいた。細長い二本足の柱と言えばいいのか、真っ直ぐなサソリの尾と言えばいいのか、それとも腕の無い人体模型と言うか……、ざっくり言ってしまえば気持ち悪い形をしている。

 

「レディッ!」

 

 響の声でガングニールの各部位パーツが解放され展開していく。さらに金色のオーラで全身を染めながら響は両腕のユニットを合わせ真円へと統合させた。同時にガングニールが響の意思をくみ取りユニットを即座に変形させ四方に金の刃を作り上げた。

 

「ふん!!」

 

 天に突き出されたユニットが十字に開き内側の増幅器が高速回転を始める。溢れ出るエネルギーリングが七色に煌めく横で、響は光を揺らがせながらも拳を握りしめ徒手空拳の慣れ親しんだ構えに移っていた。

 

「ぶちかませぇっ!!」

 

 クリスの声を号砲にして、響は矢庭に前に踏み込んだ。足場を砕くような余計な力はそこになく静かに空に舞い上がる。

 

「これが私たちの!!」

 

 どうやら腰のブースターまでも出力が増幅されていたらしい。ガングニールの全てに後押しされて、響はノイズの本体、その頭部を射程圏内に納めていた。

 

「絶唱だぁああアアッ!!!」

 

 それは天を貫く槍と化す。

 突き立てた拳を切っ先に、右と左の回転が複雑に絡み合い重なりあった螺旋が穂となり放たれる。

 受けたノイズ本体はコンマ01秒ほども耐えたが、やはりその力に身を灰に返した。

 そして穂が夜空を突き抜け成層の彼方へ向かっていく中、後を追う虹の竜巻が柄となっていた。

 

 

 

 天空目掛け駆け行く奔流の中にきらりと光るものがあった。

 そしてそれを見て俺はようやく思い出す。

 だがその時にはもうすでに手遅れだ。

 

――あ、ティーカップ天井に置いたままだった……。

 

 もう動く気力のない俺には僅かばかりに零れ落ち散っていく紅い雫を涙を呑んで見送ることしかできなかった。


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