戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜 作:円小夜 歌多那
次の日から私の修行は始まった。
早朝、弦十郎さんの家に行くと、既に弦十郎さんと踊君は準備を終えて待っていた。すぐに用意された胴衣に着替えるとサンドバッグの前に連れて行かれた。
「取り敢えず打て!」
「「はい!」」
言われたように何度も殴る。少し前から踊君に習っているためバシバシといい音が鳴った。踊君の方も同じかそれ以上の音が軽快に響いている。
「そうじゃないッ!」
弦十郎さんに怒鳴られた。何処か可笑しいのかな……?
「稲妻を喰らい、雷を握り潰すように打つべしッ!」
「言ってること全然わかりませんッ!」
「安心しろ。俺にもわからん!」
稲妻を喰らうって何ですか!? 雷をに、握り潰す? 困って、踊君をちら見したけどあっさりそう返された。もう! だったらやることは一つだよね。
「「でも、やってみます!!」」
落ちてくる雷を思い出す。あれを喰らって、さらに握り潰す……。構えを取る動きに合わせ呼吸を整えて、私は右腕を引き絞る。踊君は逆の左腕を後ろに回す。私の背と踊君の背が合わさった。
踊君の鼓動が聞こえる。……機械だからこう言うのは可笑しいのかもしれないけど、確かに聞こえた。その音を聞いていたら何故か力が湧いてくる。
……今なら、いける!
「ハァアアッ!!」
「オラァッ!!」
拳がサンドバッグに当たる。サンドバッグは大きく拉げ、吊していた枝がと向かいの枝に落ちた。
「やったぁっ!」
「おうよ!」
拳を踊君の拳に当てて、満面の笑み。でも喜ぶのはまだ早かったみたい。後ろから、パンパンとくぐもった音が聞こえたので後ろを見ると、イイ笑顔をした弦十郎さんがミットを付け構えていた。
「そろそろこちらもスイッチを入れるとするか」
まだまだ大変そうだけど、やりきってみせる!
*****
とある城の一室、少女の絶叫が上がった。
「クリス……」
やはり虚しいものですね……。すぐそこで少女が苦しんでいるというのに何も出来ないというのは。
「苦しい? 可哀想なクリス。 でも、貴女がグズグズ手間取るからよ。誘い出されたあの子をここまで連れてくれば良いだけだったのに、手間取ったどころか空手で戻ってくるなんて」
……それは仕方がないと思うのですがね~。ディバンスが相手側に付いていたのですから、クリス一人で勝てるわけがないでしょう。彼がすぐこちらに来たとはいえ、その前にノイズを一掃してくれちゃったようですし、絶唱も使われましたのですよ。
ハァー、クリスを擁護してあげたいところですが、部屋の中には入れないので悔しいですが、聞いていることしか出来ません。
「これでいいんだよな……? あたしの望みを叶えるにはお前に従っていれば良いんだよな……?」
「そうよ。だから、貴女は私の全てを受け入れなさい」
……これ以上ここにいたら、私を押さえられる自信がなくなりそうです。離れましょうか。
「覚えておいてクリス。痛みだけが、人の心を繋いで絆と結ぶ、世界の真実ということを」
――ガキッ
女の声が聞こえた時、口の中で何か音がしたような気がしますが気のせいでしょう。
……後日、私は奥歯が掛けていることに気付きました。
*****
――一人になってから私は一層の研鑽を重ねてきた――
光のない真っ暗な闇の中に少女の嘆きはただ寂しく虚空に溶けていく。
――数え切れないノイズを倒し死線を越え、そこに意味など求めずただひたすら戦い続けてきた――
少女が目を開いた。その瞳に、色はない。
――そして、気付いたんだ。私の命に意味や価値がないってことに――
『そんなこと言うなよ』
暗い闇に小さな光が生まれた。その光は大きくなり、一人の姿の形を取る。少女が待ち続け、そして乞い続けた、
「かな……で…………」
天羽奏であった。奏の姿を見た翼の瞳から一滴の光が流れ落ちた。何処までも広がり蝕み続ける闇に負けない小さく儚いたった一粒の雫が、
――――ポトン
波打った。
闇の中に静かに響いた波紋が、暗く悲しい世界に広がっていく。黒一色の世界に蒼く煌めく色に染まる。静かなことに代わりはなかったが、その世界は孤独ではなくった。
「奏ェ!!」
「久し振りだな、翼」
奏は飛びついてきた翼を優しく抱きしめて、泣きじゃくる翼の頭を撫でる。久しぶりの翼の温もりに目を細めた。
「相変わらず、翼は泣き虫で不器用だな……」
「そうだよ。私は泣き虫で不器用だよ。翼が倒れてから泣かないって決めてたのに……負けないって誓ったのに……」
「そういうことじゃなかったんだけどな……まぁいいや。見てたよ。絶唱、使ったんだな」
「え……何で、そのことを?」
言い当てられ、翼は目を見開いて聞いた。すると奏も驚いたような顔をして見返して言い返す。
「踊から何も聞いてないのか?」
「踊? えっと、聖さんのこと? どうして奏が聖さんのことを知ってるの?」
「本当に何も聞いてないのか?」
「う、うん……」
頭を抱えてしまった。何時もの冷静さは何処にいってしまったのか翼はどうしたら良いのか分からず慌てふためく。戦場に立つ少女もたった一人の親友の前では形無しだった。
「ちゃんと説明しとけってんだ。はぁ、時間ももったいないし、後で踊に直接聞いてくれ」
「あ、うん。わかった」
ぼつりぽつりと、言葉を交わした。今までの穴を埋めるように翼はこの三年間に起こったことを語った。楽しむ余裕なんてなかったから報告みたいなないようばかりだったけれど、奏は笑いながら聞いていた。このまま時間が止まってしまえば良いのに、そう翼は思ったがそれを奏は許さなかった。
「そろそろ時間だな」
「……え?」
楽しそうに語っていた顔が固まった。
「ごめんな。でも、もうすぐちゃんと会えるから、それまで皆のことを頼めないか?」
皆が誰のことを示すのか、それはすぐにわかった。二課にいる人達だけじゃなく、そこには立花響と聖踊も含まれているのだ。翼は静かに、本当に静かに頷いた。
「頼んだぜ。あたしの後輩をしっかり導いてやってくれ」
「……わかったよ。だから……だから、奏も必ず帰ってきて」
「ああ。当然だろ」
奏の姿は薄れ始めていた。現れた時とは逆に、光に代わって世界の中に溶けていく。奏が完全に消えてしまう前に翼は大胆にも奏を抱きしめた。
不意に目から涙が零れそうになったけれど、もう彼女の世界が暗い闇に包まれることはない。
奏は安心していける。
だってそれは、別れを見送る、
「約束だよ!」
大切な笑顔(翼の姿)が見れたから……。
『どうだった? 翼嬢の様子は』
「泣いてたよ。でももう大丈夫だ。あいつは気が弱いけど、ここの強さは本物だ」
何処からともなく聞こえる声に自分の胸を指して強く応えた。見えてはいないだろうが、その様子に満足したようだ。
「ありがとな。助けてくれて」
『礼なんて言わないでくれ。俺がもっと早くお前の元にたどり着いていたら、あんな真似する必要はなかったんだ』
「でも、それじゃあ響……だっけ、会えなかったんじゃないのか?」
『それはないと思うぞ。あいつは結構な不幸持ちだからな。何かしらの理由をつけてガングニールを使うことになってただろうよ』
酷いことに声の主は本人のいない場で、”不幸な響のことだから”と笑った。
「ひでぇ、兄だな。そう言うもんなのか?」
『呵々、そう言うもんさ。だから気にしないでくれ』
「わーったよ」
「後数日の我慢だから、もう少しだけ待っててくれ」
一頻り笑うと、声の主……聖踊は去って行った。