戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜 作:円小夜 歌多那
「お前……何をバカなことを……」
「バカで結構、皆によく言われます。親友からも変わった子だ~って。でも、これが私のやり方なんです」
私は倒れていた了子さんに肩を貸して歩いていた。誰に何て言われても、これが私なんだから止める気はさらさらない。皆に呆れたような顔をされたって、関係ないもん。
綺麗だったから、夕日のよく見える場所で彼女を下ろした。
「もう終わりにしましょう、了子さん」
「私は、フィーネだ……」
「でも、了子さんは了子さんですから。きっと、私たちわかり合えますよ」
敵対してたって、ちゃんとわかり合える。伝え合える。クリスちゃんのときのように、ちゃんと正面から向き合えば思いは届く。
「ノイズを作り出したのは……先史文明期の人間だ」
「……踊君から話は聞きました」
「ならば分かるはずだ! 統一言語を失った我々は手を繋ぐことよりも相手を殺すことを求めたのだ。そんな人間が分かり合えるものか! だから私は、この道しか選べなかったのだ!」
「お前ッ……!」
了子さんは金の輝きを失ったネフシュタンの鎧に手を掛けた。桃色の鎖が揺れる。クリスちゃんが何かしようとしたけれど、翼さんが抑えてくれた。
「人が言葉よりも強く繋がれること、わからない私たちじゃありません」
「…………」
了子さんは夕日に向かって歩みを進める。
「……! ハァァァアアアアア!!」
そして振り向きざまに、鞭を振り下ろした。
「!」
躱す。何の苦もなくただ躱し、そして胸の手前に拳を突きつける。別に当てる必要はない。これでもう勝敗が付くのだから、了子さんを傷つけることなんてない
「……ハァッ。私の勝ちだァアア!!」
「え?」
「なっ!?」
「うそっ!?」
了子さんは私を見ていなかった。慌てて振り向いた。了子さんの視線の先にあったのは元丸い月とその欠片……、そして今なお、一直線に伸び続ける鎖の鞭。
光線のように見せながら鎖は進み、やがて止まった。月の欠片に突き刺さることによって。
「何を!?」
「月の欠片を墜とすッ!! 私の悲願を邪魔する禍根はここでまとめて叩いて砕くッ!」
「バカか!? てめぇも巻き込まれて終わりだろうがッ!?」
「バカはお前達だ! この身はここで果てようとも魂までは絶えやしないのだからなッ! 聖遺物の発するアウフヴァッヘン波形がある限り、私は何度だって世界に蘇るッ! どこかの場所、いつかの時代、今度こそ世界を束ねるためにッ! 私は永遠の刹那に存在し続ける巫女、フィーネなのだァッ!!」
「…………」
何度でも、か。
「うん。……そうですよね」
いつの時代でも生くことができるなら。
「どこかの場所、いつかの時代、蘇る度に私の代わりにみんなに伝えてください。世界をひとつにするのに力なんて必要ないってこと、言葉を越えてわたしたちはひとつになれるってことを、わたしたちは未来にきっと手を繋げられるっていうことを」
了子さんの胸に拳を当てる。
「わたしには伝えられないから。了子さんにしかできないから」
「お前、まさか……」
姿勢を正して、笑いかける。
「了子さんに未来を託すためにも、私が現在を守って見せますね!!」
「ホントにもう……放っておけない子なんだから……」
了子さんは紫の瞳に私の顔を映して、私の胸の傷がある辺りに指を当てた。
「胸の歌を信じなさい」
「はいっ!」
あのままじゃどう考えても、直撃は免れないだろうな……。
「あんなものが落ちたら……私たちもう」
「もう、ダメなのかな……」
計算結果も直撃だと予測されたらしい。これはもう、やるしかないよね。
「響……?」
「何とかする」
宙を見上げる。大丈夫、まだ……私は戦える。
「ちょーっと行ってくるから、生きるのを諦めないで」
皆に笑いかけて、私は大きくツバサを拡げる。
「ッ!? ノイズ反応を検知!!」
まだ、生き残りがいたの? 月の落下の危機があるっていうのに……、でも三人がいれば大丈夫。……月に集中できる。
「……え?」
「し、信じられない……。そんなバカな……。し、司令……これを見て下さい」
「いったい何だ……!? 何だ、この馬鹿げたサイズと密度はッ!? 何故、月の上にこんなものがいるというのだ!?」
月の欠片はゆっくりと本体から離れて進んでいた。徐々に軌道がずれたことで見えたその間からそれは姿を覗かせた。
その姿は、はっきり見えた。……そう、はっきり見えてしまった。地上からだというのに、そのノイズは地上からでも目視できていた。出鱈目なサイズだと思っていたベイバロンまでもを遙かにしのぐ濁った斑模様の巨大。手足を持つそれは片手で月の破片を包み込み握り潰してしまった。
「あらら……、まさか月にまであれほどのノイズが潜んでいたなんてねぇ」
「やるしか、ないよね……」
「ひ……響?」
「……ぁれ?」
唐突に身体を覆うガングニールが崩れ、元の制服姿に戻ってしまった。身体に溢れていた力が一度に抜けてふらつく。
「もう休め」
「……どうして、踊君」
「すまん」
離れたガングニールは踊君の姿に変化する。そして彼は了子さんの前に立ち向き合った。
「……フィーネさん、私はとある方から貴女に伝言を預かっています。しっかり聴いて下さい」
「……なんだ」
「……『すまなかった』……」
「何……?」
踊君は了子さんではなくフィーネさんにそう告げた。フィーネさんに変わった了子さんは踊君の意図が分からず怪訝な顔をする。
「……
『我は貴殿の事は知っていた。貴殿が我を崇めていることを、我の傍にいようとし、彼の塔を建てる計画に荷担していたことを。貴殿以外にも同じ目的をしていたものがいたことも我は知っている。だが我は全てを知るが故に罪深きものが数多いたのも知っている。あの日潰さねばそう遠くない時で世界に災いが持たされていたことも知った。故に我はこの選択を取るしかなかった。……本当にすまなかった。これまでの長き時、変わらず我を崇め続けてくれ、ありがとう』
と……」
「っ!? ……あのお方は私のことを知っていて、下さったのか…………」
「…………」
踊君は静かに頷いた。
「……ずっと気に懸けていらっしゃいました。そして貴女の行う全てを見て、悔いておられましたよ。これで本当に良かったのか、と。それを知った私の原初の友が、その友のためにと使わせたのが私なのです。彼の方の声を代わりに届け、そして貴女が行った全てを捌く役割を為すために」
踊君の雰囲気が一変した。人でも機械でもない、味わった事のない厳かな圧が私たちを呑む。
「…………了子さんを、どうする気なの?」
それでも私は口を開いた。折角、和解できた了子さんとフィーネさんを守るために……。これからの未来を託したいから。
いつものようにどこからともなく鎌を取り出す踊君の前に立ちはだかる。
「退いてくれ。彼女は捌かれねばならない。この世に廻る理を律するため」
「なんで今日なの! 何千年間も時間があったんでしょ!? ずっと時間があったはずなのに!! 折角、了子さんとフィーネさんの思いを聞けたのに……、未来を託そうとしてるのに。なんでその邪魔をするの!」
「……いいのだ。それが私の犯した罪の重さだ。その罰は受けねばならない」
「了子さん……?」
「聖踊。一つだけ、頼みを聞いてほしい」
「…………」
了子さん……フィーネさんは私を押しのけて自ら踊君の前に立って、その捌きを受け入れた。それを踊君は黙った見つめる。
「罪を犯したのは私だ。彼女ではない。捌くのは私だけにしてくれ」
何も言わず誰もいない横に向けて鎌を振った。
「?」
「……原初の友より授かった門だ。これを通った先が、貴女の罪を捌く場所。櫻井了子のことは気にしなくても良い。これは貴女を通すためだけに友が用意したもの。貴女の霊体しか通る事は出来ない」
鎌の通った軌跡が裂け真っ黒な口が出来上がった。不意に踊君は空を見上げる。
「……早く通った方が良さそうだ」
「……そのようね」
巨大ノイズがゆっくりとここ……地球に近づいてきていた。
「この門は直にしまる。急いげ」
「……ええ」
「フィーネさん!!」
静かに彼女は門を潜る。
フィーネさんは光り輝き、そしてゆっくり光を失う。
「……? これで良いのかしら?」
「ふぅ……、もう大丈夫です。貴女の大方はあちら側に向かいました。貴女は櫻井了子として、共にしっかり生きて下さい」
「……なんだか不思議な感じよ。私としての記憶も彼女としての記憶もあるだなんて」
「説明したいのは山々だけど、そろそろ限界みたい……。行かなきゃならない」
「え?」
宙の先を見て踊君は一人、離れていく。
「……ディバンス、サージェ。行くぞ」
「御意」
「わかりました」
「「!?」」
二人が現れたと同時に、翼さんとクリスちゃんが膝を突いた。
……私の時と同じで力が抜けてしまったみたい。
「みんなは、未来を創るのが誰なのか知ってるか?」
「……なんだ、いきなり…………」
「……そんなの今生きてる人たちでしょ?」
踊君が何を言いたいのか、分からない。未来は皆で創るものだ。誰か特定の人が創るものなんかじゃない。
「そう、その通りだ。未来は
「えっと……それは…………」
言葉に詰まって、言い淀んだ私たち全員を見て、踊君は深くて優しくて暖かな笑みを浮かべ静かに言う。
「過去を生きた者たちさ」
と……。
そして彼らは背を向けて、宙に顔を向けていた……。