戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第四十二話

「……戻ってこい」

 

 翼さん達から離れて、ディバンスとサージェはそっと踊君に触れた。彼らの触れた場所から波紋は広がり、二人は踊君の中に吸い込まれた。

 やがて波が静まると、踊君の後ろ髪は膝下まで伸びていて風にふわりとなびいて舞った。日の出の光と月沈む灯りを受けてきらきら輝いて美しい。そして自分の手を開閉させて、体を動かして自身の感覚を確かめた。

 

「…………」

 

「踊君……?」

 

 そして徐に瞼を閉じて、硬く握りしめた拳を自分の胸に当てた。

 

『インストール、成功しました……』

 

 私の中から小鈴のようなか細い声が聞こえた。

 

「イアちゃん……?」

 

 それは慣れ親しんだ声だった。けれど何時ものような明るさはなくて酷く震えていた

 

「イア、響を……俺の大切な人たちを頼む」

 

『畏まり、ました……』

 

 ……イアちゃんは泣いていた。見えない涙を隠そうと子供のように必至で取り繕ろって、嗚咽を漏らした。

 

「響、お前の道は茨の道だ。どんな苦行が待ち構えているか、俺にもわからない。でもお前にはたくさんの仲間がいる。決して踏みとどまるな。ガングニールがその拳に込める力は他でもないお前の信じる思いだ」

 

「最速で……最短で……まっすぐに……一直線に……」

 

「呵々」

 

 小さく踊君は笑うと私たちからどんどん離れていってしまう。そして離れれば離れるほど、今の踊君が負っている傷が目に付いてしまった。

 全身の至る所にできている不快亀裂。その開いた隙間からは切れた配線が姿を覗かせていた。さらに、踊君が足を前に出す度にジジジとモーターの音が漏れて聞こえ、何度も火花が飛び散った。

 それでも彼はゆっくり進み、空に手を延ばす。

 

「世界の境のその先で、起こした過ちを繰り返したりなんか絶対しない」

 

 小さく呟いた。

 

「俺の大事な教え子達に同じ悲劇をさせたりしない。愛する者たちを守りたい。全部守ってみせる。だから力を貸してくれ、デュランダル! ネフシュタン!」

 

 踊君の体から溢れ出る細かな光が、私の手の中にあるデュランダルと了子さんの纏うネフシュタンに繋がり結びつく。私の手からするりとデュランダルは離れていき、了子さんをいつもの白衣を着た服装に戻してネフシュタンを引き寄せる。

 そしてその二つを二人の時と同じようにして内部に取り込んだ。

 

「……ッガ! ぅゥ……グゥッ!」

 

『……ッ!!』

 

 さっきとは打って変わって二つを取り込んで踊君は苦しみ始めた。でも空に延ばした開いた手は下ろそうとはせず、ただひたすら苦痛に耐え続ける。

 

『魂が……崩壊していく……』

 

「ど、どういう意味よ、それ!? 先生はどうしちゃったのよ!?」

 

イアちゃんの声は全員に聞こえてしまった。友達の一人が私に詰め寄って、イアちゃんに怒鳴った。

 

『……踊さんはこれまで極限までその力の使用を制限することで、3つの聖遺物の制御を行っていたんです。それをさらに2つ、しかも制限すらしていない聖遺物を取り込むなんて無茶をして…………』

 

 踊君の身体中の亀裂が広がり始め、橙や紫など混沌と化した謎色の光が吹き出した。その勢いも不規則で、偶に起きる爆風のような激しい奔流が踊君の肉を削いでいく。

 

「……ハァ、……ハァ」

 

 私たちに休めと言ったくせに踊君の方が明らかに状態は酷くぼろぼろだ……。それでも踊君はそのままの状態を維持して、深く息を吐いて脱力した。

 

「響……、翼……、クリス……、奏……、了子……」

 

 そしてそう言った時、少しだけ踊君は振り返って私たちを見た……と思う。長く伸びた髪の隙間から覗いた瞳はとても白かった。……普段の暖かな優しい黄色でも、ひんやりした冷たい蒼でも、愉快げな荒々しい紅ですらもなくて、白く濁っていて誰の姿も映していなかった。

 

「詠ってくれないか? 世界を満たす……皆の、唄を…………」

 

「「「「「……ッ!?」」」」」

 

「……?」

 

「歌が持つ力は、世界を変える奇跡を起こす……。俺に、俺たちに力を……」

 

 言葉の途中で体勢が崩れた。でも踊君はそのぼろぼろの片足で大地を踏み締め、バランスを取って……、

 

「……託してくれないか」

 

 微笑んだ。

 すぐに何かわかってしまった。だってまだ私が飛べていたのなら、詠おうとしていた歌だったから……。奏さんから受け取って、翼さんに教えられて、クリスちゃんが繋いでくれた歌だから。

 踊君が頼んでいる歌……それは誰かの終わりを告げる悲哀の歌。

 

「……信念は揺らがないようね。」

 

「仕方ねぇ。本気みてぇだな」

 

「……ちっ、わぁったよ。……けど、死ぬんじゃねぇぞ」

 

「後悔はない、みたいね。ちゃんと生きて戻ってくること」

 

「……うん」

 

 それでも私たちはすぐに覚悟を決めた。踊君の選んだ道だから、私は彼を後押ししたい。

 

「……信じてる。私たちに残された全てを踊君に……!」

 

 踊君は地面を蹴って宙に浮かんだ。少しずつ加速しながら、月に向けてまっすぐ飛んでいった。どんどん早く遠くへ離れていって、その度に踊君から吹き出す光が色濃く染まった。

 私たちにできることはもう信じる事しかできない。だからせめて、胸の思いを込めて踊君のために詠おう。

 深く息を吸う。たったそれだけで詠いたい歌詞が自然と湧いてきた。ギアをまとっていなくても、胸の歌が教えてくれる。何の合図もしないで、ただ胸の鼓動に耳を傾け、口ずさんだ。

 

「「「「「--Gatrandis babel ziggurat edenal--」」」」」

 

 歌は綺麗に協和する。機械のようにぴったりで、でもとっても暖かく優しい和音が世界を伝う。自然と手が伸びて、隣にいた翼さんとクリスちゃんの手を握っていた。そして二人もまた奏さんと了子さんと手を繋いでいた。

 そして踊君の元に音が届いた時、その身体から漏れ出していた光が治まって、散らばってしまった色とりどりの粒子がその身を包んで踊君の影を覆い隠した。

 

「「「「「--Emustolronzen fine el baral zizzl--」」」」」

 

 ここにいる皆が、空を見上げる町の人たちの祈りが、私たちの歌に乗って天まで届く。

 幾つもの色が溶け合って出来た球が皆の歌を聴いて、大きく、大きく成長する。

 

「「「「「--Gatrandis babel ziggurat edenal--」」」」」

 

 自然と涙が零れ落ちていた。それは私一人だけじゃなくて、全員で、涙も拭かず尊ぶようにして飛んでいく球を見守り続けた。

 震える心が巨大な球に小さな亀裂を生んだ。

 

「「「「「--Emustolronzen fine el zizzl--」」」」」

 

 そして最後の一節が彼に神変を紡ぎ、力を呼び起こした。穏やかに広がる花のように音の風が天を越え、宇宙へ続く扉をこじ開けるきっかけを創り出す。

 

『……必ず守ってみせる。皆の明日を、時を生く子達の道を』

 

 光球は閃光を散らし、内に宿した灯は太陽すらも霞ませて、砕け散った砂塵の中で魂は覚醒した。

 

『絶えさせてなるものかァァアアアッ!!』

 

 その咆哮は星々を轟かせる。その姿は一対の巨大なツバサを持つ。明々と燃えて、轟々と自身を焦がす。羽撃つ姿、それは紛う事なく龍だった。私たちが倒した紅き龍と姿形は違っても、全く同じ龍が飛んでいた。

 

「赤き龍を……従えた?」

 

 月の破片を越えるノイズとそれよりも一回り小さな龍が向かい合った。

 ……そしてノイズの掌と龍の頭蓋が衝突した。

 

「勝つのよ……。貴方以外にそれを止める手立てはないのだから……」

 

 龍は後ろに羽ばたきノイズの周りを飛び回る。けれどそれをノイズは分厚く伸びた太い腕でその後に迫った。さらに腕先から濁ったミサイルのような線を撃ち出し、逃げる龍を襲い始める。

 ツバサを畳み、龍は螺旋を画いて宙を泳いだ。ミサイルの炸裂は龍を削り、姿を見えなくした。

 

「……お前はまだ、戦えるはずだ!」

 

 弟子を信じる師匠の声が空を突き抜けた。……汚れた光は切り裂かれる。龍は再びツバサを解き放つ。

 龍の体はエネルギー。何度傷ついてもエネルギーが溢れ続ける限り、必ず元の姿を取り戻す。何があっても途絶えたりしなかった。

 幾度もツバサを撃ってノイズの前に立ちはだかり、全身で押し返す。決して逃げず体当たりし続けた。何度もぶつかり、紅き龍は片翼をノイズに掴まれてしまても、龍はノイズの胴体に喰らい付き諦めない。グルグルと互いを振り回して、狂ったように暴れた。

 ノイズの振り下ろした腕が龍の背中を殴打する。ツバサをもぎ取ろうと引っ張った。

 

「行け、ディバンス!」

 

 喰らい付いた胴を離し、龍は体を縦に捻るとその長く垂れた尾の先でノイズの肩口を切り裂いた。鋭く尖ったその尾はこびりつく血を払う様にして付着した灰を振って落とす。そして刃に似た光沢を放ってみせた。

 片腕を失ってもノイズは今だ健在で、残った腕で龍の頭を殴りつけて大気圏まで龍を堕とそうとした。

 

「頑張れ、先生ェッ!!」

 

「負けないで!!」

 

 背面を穿ち、龍は大気圏すれすれで減速し持ち直す。そしてUの字を描いてノイズに向き直り、顎を開いた。

 青と藍の間に一際輝く星が生まれる。

 

「撃て、サージェッ!!」

 

 星々の熱を集めたような一粒の星の雫。それは赤黒く炎のように紅蓮に染まり熱線を撃ち出して、裏拳を放とうとしていた残ったノイズの腕を呑み込み消しさった。

 

「踊さん……」

 

 ノイズの残された全身から、大量の線が撃ち出された。……ノイズの最期の抵抗だ。出鱈目に撃ち出された線は360度、いや上下も含め全てを埋めた。

 それを龍は避けず、ツバサを限界まで広げて降り注ぐ線を受け止める。私たちを守るために地球に線が落ちぬように。

 受け止めた線の数は百を越え、龍はどんどん押されていた。さらに受ける度にどんどん小さくなって、光が弱まっていく。

 ノイズの叫び声、声自体は聞こえなくても強烈な振動は伝わって皆に恐怖を与えた。でもそれは立ち向かう龍の咆哮も同じだ。踊君の魂の雄叫びはずっと皆に勇気を与えてくれていた。だから誰も目を背けたりしなかった。

 助けられる人たちだって一生懸命だから、誰も戦う踊君から目を離さずに応援した。

 

『勝って! 踊さん!!』

 

 私に出来ること……。

 

――胸の音を聞け。お前の思いを込めて詠えば良い。

 

 自然とその言葉が頭に過ぎった。

 

「……そうだよね。今までと同じだよね」

 

 胸の傷に手を添える。きっと届くはず。だってここにイアちゃんが宿っているんだもん。離れていてもガングニールを通してイアちゃんは私の中にやってこれた。だったら私の声を踊君に送ることだって出来るはず、きっと伝わるものがあるはずだ。

 胸の音に全力で耳を傾ける。

 

「響?」

 

「……………………」

 

 違う、これじゃない。あれでもない。そう何度も間違えて、迷い続けて、

 

「…………………………………………………………!!」

 

 そしてやっと胸の音は教えてくれた。それは何時もと同じだった。けれど、それは貫き続ける私の証に違いなかった。

 だから私は詠う、私の始まりから今まで変わらずにいたこの音を。

 

(信じてる、踊君なら必ず勝つって。そして絶対帰ってくるって)

 

 だから……、絶えたままで終わらせちゃダメなんだ。次を始めないといけないんだ。

 

「響ったら」

 

「未来、離れてて」

 

 未来には離れてもらう。危険な目にあってほしくないから。深呼吸を繰り返して、息を整える。

 

「……何を」

 

『響さん?』

 

「踊君に届いて……」

 

 息を吸い込み、肺を膨らませた。そして私はゆっくりとこの音を響かせる。

 

「--Balwisyall Nescell gungnir tron--」

 

 始めを告げた私の聖詠を……。

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