戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第参拾捌話

 二つの刀剣が真っ赤な火花を撒き散らしアリーナの中心で乱舞していた。

――片や白、片や黒。

――片や剣、片や刀。

――片や男、片や女。

 全く異なる二人、生まれた場所も生きた世界も類似しない。しかしその二人が放つ剣技は同じもので、憧れた人物も同じ、一人の女性であった。

 

「ウォオオオ!!」

 

「~*#%$@!!」

 

 片腕のみで武装し生身で抗う男が咆える。全身が機械に呑まれた女が奇声を発する。

 振り上げた右腕で繰り出す剣筋は寸分の狂いなく全く同じ軌道を通り衝突する。圧されたのはやはり生身の男――一夏だ。だがその体から溢れ出る気迫を見ると女――ラウラ(黒いIS)よりも遙かに勝っていた。

 弾かれる勢いに逆らわず体をコマに見立て、一太刀の力に上乗せする。

 

「負けて……、堪るかよぉおおっ!」

 

 再び見えた二つの横薙ぎの刃、今度は互いに不動だ。織村千冬のデータから産み出された黒いISは元より、その弟である一夏の一挙一動にも織村千冬の姿が、いやその魂が宿っていた。

 

「グゥッ……ァアアアアッ!!」

 

「=”~#$!?」

 

 熾烈な打ち合いを制したのは、魂を引き継ぎし者(一夏)だった。黒いISが落とす全力の袈裟斬り(叩き付け)に刃を潰されながらもその上を滑らせる。

 黒いISの懐に遂に一夏が入り込んだ。

 

「零落白夜……発動」

 

 一夏から沸き立つ意志が鋭く洗練されたものに変わるにつれて、ただ散っていくだけだったエネルギーが一つの指向性を見せ始めた。その手から放たれた輝きが最高潮に達したその時、その剣から従来の厚みが取り除かれていく。ただただ薄く鋭く尖ったものへと収束していく。

 それは正しく今の一夏が渇望した姿だった。

 姉の技が最も煌めく至高の存在。

 

「よく見やがれ! これが!」

 

 実体刃を捨てて弐型が選んだのは先代の姿である。振り上げられた蒼白の一閃は偽りの雪片を紙の如く斬り裂いた。

 

「千冬姉の、本当の雪片()だ」

 

 天上から振り下ろす縦一文字の斬撃が、黒を断ち切った。

――一閃二段の構え。

 それは篠ノ之道場で千冬と箒から一夏が最初に教わった剣術の初歩であり、千冬(オリジナル)の繰り出す剣術全ての根底だった。だが上辺だけのコピー体でしかない偽物はそれを理解していなかった。故に対応できなかった。

 残心も雑多に一夏は即座に雪片を手放す。ISの裂け目から意識を失ったラウラが滑り落ちたのだ。

 

「おっとっと」

 

 地面にぶつかる前に両手で抱え上げた。ふぅー、と深い一息を吐いて肩で息をする一夏を後目に役目を終えたと言わんばかりに雪片がブレスレットの中へと消えていく。

 同時にまだ部分展開していた篭手も仕舞おうと……。

 

「GYAAAAA!!」

 

「ッ!?」

 

 したその時だった。突然、真っ二つに切り開かれ操縦者も失ったISが咆え、液化し崩れゆく腕を振り上げたのは。

 だがそれは未遂に終わった。もう奇跡としか言えないほどに、偶然が折り重なったのだ。

 ラウラを抱えていたことで普段より一夏の体勢が低かったこと、驚いて下げた足が滑ったこと、まだ篭手を仕舞っていなかったこと、雪片を先に格納していたことでほんの少しエネルギーに余裕があったこと。

 それら全てが重なったことで、迫っていた爪先は白式の篭手に阻まれ二人はそれに触れられず(・・・・・)にすんだ。

 動き出した化け物を潰すために一夏がしたのは一つの構えだ。

 

「邪魔をするなっ!」

 

 シャルロットのお陰で使うことがなくなったと思ったんだけどな、なんて一夏は心の中で苦笑を浮かべていたのはさておいて、今度のそれは剣技ではなく無手の拳技。

 億の時を生きた義兄から義妹へと伝わり、信念を通し続けるその義妹から伝えられたもう一つの一夏の誇り。

 やってみないかと誘われた時は、普通の人間には無理、と笑って型だけしか学ばなかったが、今の一夏はそれを放てる確信があった。

 岩石をも打ち砕くその一撃を。

 

「ぶっ飛べ! ――掌底破!!」

 

 一夏は響みたく気なんて摩訶不思議なものを使えない。しかし今は白式という気と似たようなことができる摩訶不思議エネルギーを扱う武具を宿していた。

 これなら気の代用になるのでは? という若干浅い考え(本人はいたって真面目)で使ったそれは、間違いでは無かった。

 

「GIIGAAA#~*%(@!!」

 

 一夏から流れだす意志が白式と重なりその掌を通して黒い液体の中へと激しく伝播する。耳が劈かんばかりの奇声を上げようと、黒の身体はブクブクと沸騰する水のように気泡で膨れあがり、そして遂に爆散した。

 織斑一夏の完全勝利。

 

 

 

 

 そして、幕が、閉じれば良かったのに…………。

 

 

 

 

 自身の教えた技を一夏が完璧に使いこなし、立ち塞がるものを打ち抜いたその様に響は独り、周りが引く程にガッツポーズを決めて喜んでいた。しかしその胸の内では、警笛が酷くがなり立っていて、変に思われないようにそれとなく周囲に意識を回して考えていた。

 

「(なに? このやな感じ……。まさかまた前みたいに何かあるの……)」

 

 だが不意に、何の前触れも無くはためく布の音を耳にしてその思考は遮られる。

 

「ふへぇ~、間に合った間に合った。みなさん、どもね。ちぃ~っすね」

 

 あ、うん。遮られるどころじゃなかった。完全に停止してしまった。その姿は会場にいる者なら誰もが知る世界でもトップクラスの有名危険人物――死神(ヴァルファ)だった。だが、そうであるのに、なんだそのお気楽な登場は。その場の全員が心の中でツッコんだのは仕方ないことだった。

 

「えっとえっと、それじゃあ早速だけど、この耳障りなのはもらってっちゃいますね」

 

 可笑しなことを言う。目障りならまだしも、既に戦闘は終わりもう随分静かになったというのに、いったい死神は何が耳障りだというのだろう。言われた一夏が不思議そうにしていたがそれを無視し、背を向けると死神は鎌を構える。

 それは宛ら野球選手のバッターよう。明らかに長い鎌を、しかも石突き間近を握って、豪快に振りかぶり片足を持ち上げる。

 そして鎌から聞こえてはいけないはずの大気が押し潰されるような鈍い音を奏で、盛大にフルスイングした。

 

「うおっ!?」

 

 アリーナ全体を烈風が駆け巡る。その勢いは文字通りの強烈な風圧を放ち、人一人抱えた一夏までもが吹き飛ばされそうになっていた。台風で言う目の位置にいたために"されそう"ですんだが、前にいたらと思うと……一夏はゾッとする。

 まぁ、一夏のことは何処かに捨て置き、見なければならないのは風だ。アリーナやレーゲンの表面から次々と黒い斑点を巻き上げては死神の前にダマとなるようにかき集めていった。

 

「んと……、この辺で良いかな~。よ~いしょっと」

 

 大体が集まり丸い球となったところで死神は後ろに下がり、距離を取る。腰や膝を曲げたり伸ばしたりと身体を温め始め、そして背筋を伸ばすようにして、おもむろに鎌の頭を地面に触れさせた。

 

「夏のお兄ちゃん、そこにいたら危ないよ~」

 

「へ?」

 

 人懐っこい声で一夏に話しかける。だが危ないなどと良いながらも待とうなんて優しさがないのは、フードの隙間から覗かせた三日月状の口元がひしひしとお知らせしてくれていた。

 

「……よっこい」

 

 一夏が呆けている間に、死神は後ろに立て掛けた鎌に真っ直ぐ天を仰がせる。

 たった今まで吹き荒んでいた竜巻が今度は線になって襲いかかってくる……、そう思い至ると慌てて一夏は止み始めた風の中を突っ切り避難する。

 

「せの」

 

「――――の?」

 

 死神もとい素体となった踊本来の腕力と重力に物を言わせた過剰すぎる暴力がアリーナ中心に突き立てられた。波紋のように衝撃が広がったが一夏たちが思い描いた程のものではなく、肩透かしを食わされたような気になってしまう。

 しかしそれは死神にとってまだ途中の段階だ。この鎌の切っ先に込められたエネルギーは死神という弾丸を撃ち出す撃鉄でしかない。

 音でさえ彼方に置き去るほどの超速でぶっ飛び、そんな最中に豪快な回転を見せつける。…………大半が視認することさえできていないのだが。

 

「せっ!!」

 

 かけ声が聞こえてきたその時、和紙でも突いたかのように容易く、フィールドを覆うシールドに穴が開いた。

 内部の振り下ろしで外部に影響を与えたのかと、技術関係者らは死神の一刀を見て興奮した。だが、特筆しなければならないものが聞こえてこず首を傾げる。そして気付いた者から順に目を見開き唖然とした。

 

 特筆しなければならないもの――それは避難を促す警報だ。

 技術者の推察が真実で空から槍のような何かが落とされたのだとすると、前回のゴーレム騒ぎと同様に、いやその経験を踏まえればさらに高等な警報がならされても良い状況の筈なのだ。

 それが反応を示さないとなると、考えられるのは内側からの影響しかなく、それでいて外側から開けるように見せたということになる。

 はて、それはいったい如何様にしてなせるというのだろう?

 

 その答えはガリガリと磨耗していく球が示していた。

 

「……空間を断ったとでも言うのか!?」

 

 是。乱れ狂う内部の暴風を見て呟いた誰かの言葉が正しく的を射たものだった。

 死神が鎌を通して斬ったのは黒い球ではなく、黒い球が存在している空間自体だったのだ。恐ろしい程に瞬間で断ち隔てられたことで生まれた直線状の真空が、シールド外からの大気をも引き寄せ穴を開けるという事象を引き起こした。

 人工物が侵入しようものならそれが敵だと判断できるだろうが、あって当然の天然物が重くなったとしてもそれが攻撃だと誰が予想できようか。現に監視塔ではシールド発生装置の異常として処理され、即座に再構築されている。

 

「ふへぇ~……、これだけやってようやくだなんて、やんなるなー」

 

 地に足を付けて死神はぽつりと嘆息を漏らした。それは誰にも聞かれることなくシールド内に舞い散る灰色の塵芥に吸い込まれて消えていく。

 

「ま、いっか。……夏のお兄ちゃん! 今度はボクもちゃんと顔見せに来るからねー!」

 

「ん? なんだって?」

 

「しししっ、さ~ねぇ」

 

 聞いていた以上の難聴っぷりに思わず笑いそうになっていたが、歯を食いしばってはぐらかしてしまう。どうせいつかわかることだから、と。

 

――――……遅い

 

「ごめんごめん。じゃねぇ~」

 

 人の声のようになびく風のお便りに一人謝ると、死神は現れた時のように何の前触れもなく灰色の世界だけを残し、消え去った。

 ……前回のように飛び立つことなく、シールドに何の影響も与えず、解けるようにして。

 

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