戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜   作:円小夜 歌多那

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第参拾玖話

――ここは?

 

 そこにいたのは少女一人だけだった。

 風景なんてものはなく曖昧に光が歪曲する不思議な世界だった。

 

――そうか……、私は破れたのだな。

 

 夢の中でここが夢だとわかる、なんてことはないとラウラは思っていたけれど、不思議とその直前の記憶が鮮明に残っていた。……そのせいか変な声を聞いてからはプツッと途切れていたが。

 

――意外なものだ。もっと憎しさや恨みでどうにかなるものだと思っていたのだが、存外そうでもない。むしろ清々しいと言ったくらいだ。負けて良かったとさえ感じる程に。

 

 ラウラは折角夢の世界にいるのならと、あの日――織村千冬と出会えた日のことを思いだし、自身の変わり果ててしまった瞳にそっと手で触れた。

 

――あの頃の私はこの目のせいで『出来損ない』の落款を押されてしまったのだったな。だがこの目があったからこそ、教官や指揮官と会えた。

 

 『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』、超高速戦闘状況下における胴体反射の強化を行うためにナノマシン投与の処置を受けた肉眼、それがラウラの金目の正体だ。しかしこの金の目は失敗作だった。

 本来の彼女の目は右と同じ赤をしていて、何の問題もなくこの処置が成功していたのなら金に染まることはなく、必要な時だけに色を変えるものとなるはずだった。ところがこの目に移植した際あるはずのない拒絶反応を起こしてしまったのだ。

 その結果がこの目の色だ。そしてもう一つ、常時活動を続けるという欠陥を抱えることになった。

 

――あの時は頭が可笑しくなりそうだった。教官の『それなら眼帯でも付ければいいのではないのか? いや、それでも治まらないのか?』という何気ない呟きを聞いた時は、天命を受けたような気がしたものだ。世間を知らない私は眼帯なるものを知らず、あの時は教官にいったいどんなものなのかと問いただすような真似をしてしまった。今思い返すと恥ずかしいことをした……。

 

 千冬から内容を聞き出したラウラはガーゼを目に当て固定すると、今までが嘘のように痛みのほとんどがなくなった。その後ラウラがどうなったかは語るまでもないだろう。彼女の今の部下が何故か持っていた光を通さない藍色の眼帯を付けかえてからは、より一層だ。

 

――そう言えば、教官が帰られる時にこの眼帯を頂いたのだったな。この私の初めての宝物を。

 

 その頃には既に、ラウラにとって千冬は大きな存在となっていた。だからこそ千冬が一夏のことを嬉しそうに話し、照れくさそうに語る姿に、嫉妬した。

 

――今ならあの時の心の意味がよくわかる。ヤキモチというやつだ。それがいつの間にか憎悪になってしまっていた。……ふむ、羨ましいと言う感情は憎いとなるのか。実体験すると理解しやすいな。

 

 一つ賢くなったと思い至るラウラだったが、その辺りの思考は横に退ける。

 

――私は彼と出会い、闘い、そして敗北し、理解できた。何故教官のような方があのような顔を見せたのか。そして教官たちが伝えようとしていた強さというのが、どういったものなのか。

 

 いくつもある強さの定義、誰一人として同じ解のないその内の一つを一夏は見せつけた。

 

――ん? なんだ、ここ?

 

 夢の中なら何でもありだな、と呆れるもののそれほどまでに強烈な出会いだったのだと思うと不思議でも何でもないのだろうか。ラウラはそう結論付けて問いかけてみた。

 

――強さとは何だと思う?

 

 と。

 

――それが俺にもまだよくわかんねぇんだよな。でも最近は心の在り方なんじゃないかって思うんだ。自分がどうありたいかを常に思い続ける、それが強さに繋がるんじゃないかって。

 

――そう、なのか?

 

――でもそう思わないか? 自分がどうしたいのかもわかんねぇ奴は、強い弱い以前に歩き方を知らない奴と一緒だろ。

 

――歩き方……。

 

――どこへ向かうか、どうして向かうのか。ま、やりたいことをやったもん勝ちってやつだ。遠慮も我慢も、あんまりしすぎても損するだけだぞ。

 

 姿は見えないがたぶん一夏はニヤリとして言っただろう。

 

――やりたいようにやらなきゃ、人生じゃねぇよ。

 

――なら、お前はなぜ強くあろうとしていられる? どうして強い?

 

――ははっ、俺は強くねぇよ。俺はまったく、強くない。

 

 羨望の問いはばっさりと切り捨てられた。あれほどの力を持っていながら、強くないと言い切られ、ラウラは理解できずぽかんと呆ける。

 

――俺にはまだ『答え』ってやつを見付けられてない。自分なりの『答え』を見付けた千冬姉にはまだまだ敵わないし、たぶん闘う理由を持って『答え』に指を掛けてる響にも俺の手は届かない。

 

 千冬の強さは他の誰よりも長く一緒にいた一夏が一番知っている。そして響も、一夏の知らない世界で闘う意味を考えて拳を握る理由を悩んだ。その『答え』はまだ出ていないのだけれど、一夏よりもよっぽど多くの歩みを進めている。

 だから自分は強くないのだと、ラウラに告げた。

 

――それでも俺が強く見えるなら、それは……

 

――それは?

 

――強くなりたいから。

 

 一夏はそう言いながら、いつか響と踊が語った二人の知り合いのことを思い出していた。果たしたい何かのために、命の限りを尽くす人たちの話を。

 そしてそんな彼女たちは一夏のやりたい夢を為した人たちでもあった。

 

――俺は誰かを守ってみたいんだ。自分の全てを使って、自分のためじゃなくただ誰かのために闘ってみたい。……いや、闘いたい。

 

 その強い意志にラウラは自然と惹かれていて、知らないうちに曲がった世界でその姿を求めていた

 

――そうだな。だから、お前も守ってやるよ。ラウラ。

 

 一つの世界が砕け散る。歪みのないまっすぐな暖かい世界がラウラを迎え入れた。そしてその先で笑顔を浮かべ待っている少年を見て……

 

 ラウラは恋に落ちた。

 

 

 

「うっ、ぁ…………?」

 

 ぽかぽかとした光に包まれるような不思議な感覚に、ラウラは目を覚ました。

 

「気がついたか」

 

 寝起きが悪いようでしょぼしょぼとした目で声の主を捜す。軍人として訓練に明け暮れたラウラは、寝覚めが良いほうなのだが珍しくその時は寝惚けていた。

 声の主と目が合った。

 しばらく見つめ合い、静かに時間が流れ、

 

「……”~I($#"~!?!? き、教キピィッ!?」

 

 意識の覚醒に従い、千冬と長らく見つめ合っていたことを理解し暴走した。……すぐに変な悲鳴を上げてヒクヒクしていたが。

 

「安静にしていろ。全身に無理な不可がかかったことで筋肉疲労と打撲がある。暴れるな」

 

 微妙に心配があるものの千冬はもう用は済んだという雰囲気を出して去ろうとした。けれどそこは流石元教え子、千冬がはぐらかそうとしていることに気付いて問いかける。

 

「……何が、起きたのですか?」

 

 ラウラは上半身を無理矢理起こす。ピリピリなんて可愛らしいものではない、バチバチと感電したような痛みが全身を駆け抜け、顔をしかめたがそれでも聞きたいという意志をオッドアイに強く宿らせまっすぐ見つめた。

 

「……一往、重要案件で機密なのだがな」

 

 前置きだけは置いて、特に迷うことなく千冬は説明を始めた。

 

「VTシステムは知っているな?」

 

「はい……。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム……。過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムですよね。ですがあれは……」

 

「そう。IS条約で現在どの国家、組織、企業においても研究、開発、使用の全てを禁止されている。それがお前のISに積まれていた」

 

 世界トップの動きをトレースするシステム、それだけを聞いたなら非情に魅力的なものだった。提唱されたばかりの頃は世界はこぞって研究を試みていた。だが研究は即座に廃止されることになる。

 よく考えればわかることだ。

 今のラウラの状態を鑑みるとわかるだろうが、ISが世界トップのパイロットの動きを真似すると言うことは、そのISを使っているパイロットもその動きをしなければならないということになるだ。世界トップに一パイロットの肉体が付いてこれるはずがない。

 

「巧妙に隠されていたがな。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意志……願望。それらが揃うと発動されるようになっていたようだ」

 

「……」

 

 ラウラの手がぎゅっとシーツを握るのが千冬の目は捉えていた。しかし何も言うことはせずただ話し続ける。

 

「現在学園はドイツ軍に問い合わせている。近々委員会の強制捜査も入るだろう。……何も問題がなければ、だが」

 

「私が……望んだから、ですね」

 

 何を、とは言わなかった。けれどあの時の姿を思い出せばそれが何かなんてことはわかる。俯いたラウラが何を悔やみ苦しんでいるのかを、千冬はちゃんと受け止めた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はいっ!!」

 

 どんなに落ち込んでいても身体に染みついたものが取れることはない。教官と慕う人に名前を呼ばれると、反射的に背筋を伸ばして顔を上げ、そして千冬の目を見てしまう。

 千冬からしたら、教師と生徒としての付き合いとは少々離れたものなため、何とか止めさせたいと思っているのだけど、今回だけはそれが良かった。

 しっかり赤と金のラウラの目を見て問いかける。

 

「お前は誰だ」

 

「わ、私は……、私……は…………」

 

 『私は』の後に続く言葉をラウラは言うことができなかった。

 たった一言、『私です』と告げればいいだけなのに、言えなかった。

 

 他人になることを望んでしまったから……。

 

 ラウラは自分の意志で自分自身の存在を否定してしまったのだ。今更どの口で『自分は自分だ』と言えるのだろうか? もう自分は誰にもなれないのだと悟っていしまい、喉を詰まらせて嗚咽を漏らしそうにいなる。

 

「誰でもないなら、丁度良い。お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。他の誰かが決めた『ラウラ』ではなくお前の決める『ラウラ』に。何、時間は山のようにあるぞ。なにせ三年間はこの学園に在籍しなければいけないからな。その後も死ぬまで時間がある。たっぷり悩めよ、小娘」

 

「あ……」

 

 普段のちふゆ(変換はご想像にお任せします)な振る舞いの多い口から、励ましの言葉が出てくるなんて思ってもいなかったラウラは口を開けて固まった。

 

「ふふ、ではな。ああ、それとお前は私にはなれないぞ」

 

 千冬はそのまま仕事に……、と思ったところでどたどたと廊下を走るバカの音が聞こえてきた。

 どうやらそのバカはここを目指しているようで一直線だ。やれやれと嘆息して何時も通り出席簿を取り出す千冬。……どこから取り出したのかは聞いちゃダメ。

 バンッ! と扉が開け放たれるやいなや、これまたバンッ! と出席簿がバカの頭を捉えた。

 

「痛いです……」

 

「……何をしているんですか。山田先生」

 

「あ、そうでした! 織斑先生、大変なんです! 聖君が! 聖君が!!」

 

 無謀にも山田先生は千冬を捜して廊下を走っていたらしい。……教師でありながら、ちふゆな教師を捜しているのに。

 痛みもそれなりに、あたふたしながら山田先生はポケットから通信端末を取り出し何かを訴える。やけに混乱しているせいで何を言いたいのさっぱり伝わらないが、付き合いの深い千冬は余程のことがあったのだろうとそれをのぞき見ると……

 

『今日この日をもって、ドイツ軍を解散する』

 

 そこにはドイツ軍の消滅を宣言する踊の姿が映っていた。

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