ムロの洞窟の最奥にある小部屋に、どう考えてもダメな感じしかしない石キチな青年がいた。
ピッケルの音だけが響き渡る小部屋の中で静かに冷や汗を流すカナタ。思春期コンビとマゾヒスト、委員長系エロ女とエロジジイというコンボに耐えてきたカナタだったが、まさかの変人の登場に心が打ち砕かれそうになっていた。……他の地方に引っ越そうかなぁ。
というか、今はとにかくツワブキ社長からの任務を完遂しなければならない。ジム戦の事やナギの体調の事もある。あまり長居は出来ないのだ。
ふぅ、と息を吐いて覚悟を決め、カナタはダイゴと思われる青年の肩を軽く叩く。
「っ!? き、君は誰だい!?」
「あのー、ダイゴさんですよね? 俺、ミシロタウンのカナタと言います。ツワブキ社長からあなたに手紙を預かり、ここまで来た次第です」
「もちろん石板に彫られているんだよね?」
「紙に決まってんだろぶっ飛ばすぞ」
☆☆☆
なんとかハリセンを取り出すのだけは我慢したカナタは大きく溜め息を吐いた後、持っていた封筒をダイゴに直接手渡した。「石版じゃないのか……」とダイゴは残念そうにしていたが、そもそも石板に伝言を彫る現代人とか聞いた事ねえんだよ。お前は石器時代の人間か。
封筒から手紙を取り出し、ダイゴは頭に装着していたライトで照らしながら読み進めていく。結構な文章量があるのか、ダイゴの目は忙しなく動き回っていた。
無事に手紙を読み終えたダイゴは手紙を封筒ごと懐に仕舞い込み、
「わざわざ届けに来てくれてありがとう。これは何かお礼をしなくちゃならないね」
「いや、別に良いですよお礼なんて。どうせジムによるついでだったし……」
「そういう訳にもいかないさ。これは常識とか礼儀とかいう部類の問題だからね」
「はぁ」
さて、どんなお礼がいいかなぁ。懐を探りながらそう呟いたダイゴにカナタは露骨に顔を引き攣らせる。
さっきのダイゴの様子から察するに、結果的にお礼として現れるのは石とか石とか石とかだろう。それが進化の石とかならまだ良いが、ただの綺麗な石とかだったら話は別。丁重に突き返して早々にこの洞窟から出なければならなくなってしまう。……荷物が多いが、追いつかれないように全力疾走だ。
変に警戒するカナタ。
ダイゴは「あ、これが良いかな」と懐に挿し込んでいた手を引き抜き、
「僕のお気に入りの石で作ったバ〇ブなんだけど、良かったら君にあげるよ」
「何か今、入口の方でナギさんが全力で頷いた気配がした!」
☆☆☆
最終的にはナギが地面を這いながらバ〇ブを受け取ってしまったため、カナタは凄く疲れたような表情でダイゴにお礼の言葉を述べる羽目になってしまった。……後で説教だ。いつもの五割増しは約束しよう。
未だに荒い呼吸を繰り返しているナギを背負い、リュックサックと鞄を手に取る。やっぱり重量としてはギリギリだったが、まぁ別に持てないという訳ではないから問題はないだろう。ここに来る時も大丈夫だったし、帰りも大丈夫なはずだ。……俺の理性以外は。
やけに大荷物なカナタに苦笑を浮かべていたダイゴは「あ、そうだ」と懐から何かを取り出しながらカナタに近づき、
「その状態で脱出するのはきついだろう? 特別にこれを上げるよ」
「これは?」
「穴抜けの紐だよ。このアイテムを使えば、入り口まで一瞬で移動する事ができるんだ」
「へぇ……」
そんな便利なアイテムがあるのか。これはこの洞窟を出た後にフレンドリィショップで買っておく必要があるな。今後もいろいろな洞窟に行くかもしれないし、脱出用のアイテムは必須になるだろう。うん、これは絶対に手に入れなきゃな。
ありがとうございます、と穴抜けの紐を受け取りながらお礼を述べる。
ダイゴは「礼なんていいよ」と軽く手を振り、
「それじゃあ僕はこれからもう一度、キュートな石たちと楽しく喋るから」
「やっぱりこの人も重症だな」
☆☆☆
「……カナタ、一つ質問があるのだが、いいか?」
「何ですか?」
「その穴抜けの紐、本当に脱出に使ってしまうのか?」
「そりゃ、まぁ。そもそも脱出用のアイテムらしいですし」
「そうか。…………これは因みに提案だが、その穴抜けの紐で私を亀甲縛りするという選択肢はどうだろう?」
「身体より先に口を縛ってやろうか?」
☆☆☆
ダイゴから貰った穴抜けの紐でムロの洞窟から無事脱出したカナタは、昨日から借りているポケモンセンターの四人部屋へと戻ってきていた。
部屋の中には人影はなく、誰かが一度帰って来た様子もない。おそらく、ユウキとハルカはまだムロタウンジムでポケモンバトルをしているのだろう。今から参加しようかな、とか思わなかった訳でもないが、今はそれよりも先にやる事がある。
リュックサックと鞄を部屋の隅の方に置き、体調が悪いナギをベッドの上に優しく寝かせる。
「よ……っと。とりあえずはこれで良し、かな」
「すまないな、カナタ……いろいろと苦労を掛けてしまって……」
「主に胃へのストレス面での苦労が大きいですけどね」
ぴしゃりと言い放つカナタにナギは顔を引き攣らせる。最初に出会った時よりも格段に冷徹になってしまっているように見えるのは私の気のせいだろうか?
未だにズリの実の媚薬効果が切れない事で顔が火照ったままのナギは、ぼーっとしながら飛行服のファスナーを胸の真ん中の位置まで引き下げた。
もちろん、それを見ていたカナタは極度に焦ってしまい、
「い、いいいいいいきなり何やってんですか!?」
「は? いや、身体が熱かったから涼しくさせただけだが……」
「やり方ってモンがあるでしょう!? そ、そんな、異性の目の前で胸を露出するなんて……常識外れにもほどがあります!」
「???」
自分がやったことの重大さが分からないのか単にぼーっとしてるからカナタのツッコミが理解できないのか。とにかくナギは不思議そうな表情で小さく首を傾げている。可愛いな、とか不意に思ってしまったのはここだけの秘密だ。
ただでさえ背中に未だに乳の感触が残っている事で焦りに焦ってしまっているというのに、ここでまさかの谷間を露出と来た。何だこの試練、俺はやっぱり早死にするんじゃなかろうか。
極度の焦燥のせいで頭が混乱してきたカナタは顔を真っ赤にしながらナギの胸元にあるファスナーへと手を伸ばし、
「い、いいからさっさと胸を隠してください! というか、もう俺が隠しますからね! これ以上は俺がもたないんで!」
「もたない? 何故君が我慢できなくなるのだ? 私ぐらいで興奮する事などないだろうに……」
「……んぁああああもぉおおおおおっ!」
突然ケンタロスの様な雄たけびを上げたカナタは真っ赤になった顔を片手で覆い隠しながら、ナギの視線から逃げるように目を逸らし、
「言っときますけど、俺だって一人の男なんです! 女性の裸を見れば興奮するし、それが美人だったら尚更の事! しかもナギさんは俺の好みのタイプにバッチリだから、色々とまずいんですよ色々と! これで興奮するなって方が無理があるんです! 分かりますか!? 分かったらそこら辺をもっと自覚してください!」
焦りと混乱が限界を振り切ったせいで自分が何を言っているのかよく分からない。今叫んだ言葉も既に忘れかけてしまっている。俺、今凄く大変な事を言った気がするんだけど……。
「あーもー悪循環だぁあああああっ!」と頭を抱えて悶えるカナタ。彼の腰のホルダーで彼を慰めるかのようにジュプトルとドククラゲがボールの中でガタガタと揺れる。
カナタがそんな感じでぶっ壊れる中、ベッドに寝かされているナギはというと。
「~~~~~~ッッッ!」
顔を紅蓮に染めて視線を不自然に彷徨わせていた。
真っ赤に染まった顔を右手で覆い、やけに激しい鼓動を発生させている心臓を左手で服の上から抑え込む。――しかし、この胸の高鳴りは収まる気配も見せていない。
ナギは先ほどよりもかなり上がった体温に喘ぎながら、口を微かに震わせる。
(い、いいい今カナタの奴、『俺の好みのタイプにバッチリ』と言ったのか!? いや、気のせい――ではない! 絶対に言った! う、うそだろ? カナタの好きな女性のタイプが、この私……? う、うぅぅぅぅっ! 何故だ何故こんなにドキドキしてしまうのだ!?)
その原因に気づけば楽になるのに、鈍感なナギは鈍感すぎるが故に喘いで悶えて苦しんでしまう。それはカナタも全くの同様で、ベッドの下に座り込んで頭を抱えて苦しんでいた。――もちろん、顔は耳の先まで紅蓮に染まってしまっている。
互いに悶えて互いに喘いで互いに苦しんでいるこの状況。一体何をすればこの状況を打破できるのか。というか、そもそもこの胸の高鳴りは一体何が原因なのか。それが分からない事にはこの状況から本当に脱出したとは言えない。
しかし。
どうやってもこの状況からは脱出できない気がしてならない。――そして、この胸の高鳴りが少しばかり気持ちが良いのが厄介だ。あぁくそっ、一体全体何事なんだァーッ!
ぐるぐると思考と目を回す二人。
そして。
先に混乱が振り切ったナギはベッドから勢いよく起き上がり、ベッドの下にいたカナタの右手をギュッと掴み――
「こ、こうすればこのドキドキが止まるはずなんだぁああああああああああああああッ!」
「うわぁあああああああああああああああああああああっ!?」
――自分の左胸を勢い良く握らせた。
むにゅ、もにゅ、とナギに捕まれた右手が本能に従って彼女の胸を勝手に揉みしだく。
「んっ……くぅっ……」
「わ、わわわわわわわ!」
混乱と動揺に更なるショックを与えられたカナタの目が物理的にぐるぐる回る。右手から脳まで電撃が走り、「柔らかくて気持ち良い」という感想が脳から全身に発信された。――やばい。すっげー柔らかい! これは抗いようがない!
互いに自分が何をしているのか上手く理解できていないカナタとナギ。正直、心の底からこの状況を打破できる者の出現を待ち望んでいたりするのだが、その願いが果たして届くかどうかは微妙なところ。寿命を十年削ってもいいから誰か俺(私)を助けてくれーっ!
と。
そんな必死の願いが通じたのか。
部屋の扉を勢いよく開け放ち、ハルカが元気いっぱいな様子で帰ってきた。
「ジムバッジゲットだよーっ! いやー、ワカシャモとスバメの“つつく”が結構よ、か……った…………?」
「「………………」」
ナギの胸を鷲掴みしているカナタの図。
「…………わ、私はユウキと夕焼けでも見に行きますねー。せ、セッ〇スの邪魔はしちゃいけないからーっ!」
そう言うや否や、ハルカの姿が入口から一瞬で消えた。
ナギはカナタの腕を胸から遠ざけ、カナタはナギから目を逸らす。
そして二人はゆっくりとベッドから足を降ろし――
「「ご、誤解だぁあああああああああああああああっ!」」
こういう時だけ空気を読むな! とナギとカナタは全速力でハルカの後を追いかけた。
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