カナズミシティ。
《自然と科学の融合を追及する街》というキャッチコピーを持つこの街はホウエン地方でも有数の都会である。最先端の技術でホウエン地方の科学を支えるデボンコーポレーションがこの街に位置していることからも、その事が窺える。
さて。
謎の女性トレーナー(実はジムリーダー)であるナギのおかげでトウカの森を無事に脱出したカナタはカナズミシティにやってきた。
そう、やってきたのだが……。
「ひ、人が多い……」
「都会だから当たり前だろう?」
頬をヒクヒクと引き攣らせるカナタの隣で「お前何言ってんの?」とでも言いたげな表情でナギは言い放つ。
カナタの驚き様からも分かる通り、カナズミシティの通りは数多の人々で溢れ返っていた。右を見れば人、左を見れば人、前後を見れば人人人……。ミシロタウンでの祭りの時でもここまでは多くなかったぞ!? と凄く田舎者の様な感想で頭を抱えるカナタくん。
そんなカナタの頭をポンポンと優しく叩き、ナギは相変わらず包容力在りまくりな笑顔を浮かべ――
「痴漢プレイをするなら今がチャンスだぞ?」
「あぁっ! 何故か俺たちの周りから人が急激に減っていく!?」
☆☆☆
このままでは職務質問は避けられない。
そう判断したカナタはナギの首根っこを掴み、カナズミシティのポケモンセンターへと移動した。移動中にヒソヒソと『あの二人、どういう関係なのかしら……?』『痴漢プレイとか言ってなかった?』という不名誉な話し声が聞こえた気がするが、カナタは完全にシカトした。……後で胃薬買っておこう。五箱ぐらい。
約一日ぶりにやってきたポケモンセンターはトウカシティのものとあまり大差ない内装で、センター内では多くのトレーナーたちがトレーナーカードやポケモンを見せ合ったりしていた。――おっ、アレはゲンガーか。珍しいなぁ。
肩にキモリをボールにドククラゲを。微妙に新米臭を醸し出すカナタはナギを引き連れながら受付へと足を進める。――って。
「やっぱりジョーイさんって同じ顔なんですね……」
「まぁ、それだけが取り柄ですから……」
あはは、と困ったように笑うジョーイさん。同じ顔である事だけが取り柄とか、どう考えてもこのセンター制度はおかしいと思う。せめて恰好だけでの統一にしとけよ。怖いよクローンかと疑うわ。
「それでは、ポケモンを御預かり致しますね?」
「あ、はい。頼みます」
促される形でドククラゲが入ったボールを渡し、逆にボールには入っていない状態でキモリを彼女に手渡した。
その行動を疑問に思ったのだろう。ナギはキモリを指差しながら、
「どうしてそのキモリはボールに入れないんだ?」
「いやぁ……何かこいつ、ボールの中が嫌いみたいなんですよ。だから四六時中ボールの外に出してるんですけど……やっぱりおかしいですかね?」
「いや、別におかしいという訳ではないだろう。事実、君のようにポケモンをボールから出したままにしているトレーナーは結構な数いる事だしな」
やっぱりこの人やけにポケモンに詳しいよな。というか俺、ナギさんの事、全くと言っていいほど知らないんだけど。互いの事を知らないままで一緒に旅をするって――どうなんだろう? いやまぁ、別に気にするような事でもないとは思うんだけど……。
ドククラゲとキモリがジョーイさんに連れて行かれるのを眺めながら今更過ぎる思考に意識を埋めるカナタ。別にいいか、いやいや流石に……。思考の渦はメビウスの輪のようにループを繰り返し、カナタの意識を更なる渦へと取り込んでいく。
――と。
むにゅ、というイレギュラーな感触が後頭部に走った。
「え?」と一気に我に返ったカナタはくるっとターンをして後ろを振り返る。――その直後。
やけに見覚えのある女性の胸が、体勢を低くしていたカナタの顔面に押し付けられた。
「…………私が言うのもなんなのだが、君も大概思春期だな」
「土下座でも何でもしますからとりあえず弁解をさせてください!」
今まで言われたどの悪口よりも心に深く突き刺さった。
☆☆☆
体力の回復が終わったキモリとドククラゲを回収したカナタは、ジョーイさんに指定された部屋へと移動した。
ポケモンセンターはポケモンの回復だけでなくトレーナーの寝食の世話までもを承っている。ポケモンの健康はトレーナーの健康。トレーナーの健康はポケモンの健康。――という訳だ。
しかし、この世の全てのトレーナーがそのサービスの対象になるという訳ではない。
ポケモンセンターのサービスを受ける事が出来るのは毎月千円をポケモンセンターに振り込んだトレーナーだけ。他にも税金やら色々な制度があるのだが、今はその説明については置いておこう。
とにかく、ポケモンセンターの運営のために必要な金銭を振り込んでいないトレーナーは、センターのサービスを受ける権利をはく奪されてしまう。結局は金かよ、と言われてしまえばそこまでだが、ポケモンセンターだって元を辿れば営業組織だ。設備の維持費や食糧費、電気ガス水道の料金などなど。そこら辺のホテルなんかよりもずっとずっと高いお金を必要としている。
とまぁ、堅苦しい話はそこまでにして。
206号室、と書かれた部屋の扉の鍵を開けながら、カナタは疲れたように呟いた。
「…………まさかナギさんと同じ部屋になるだなんて……」
「この部屋以外は空いていないというのだから、仕方がないだろう? 男らしくそろそろ覚悟を決めたらどうだ?」
「いや、それはそうですけどね?」
扉を開いて中に入り、ベッドの上にリュックサックを放り投げる。どうやらこの部屋はダブルベッドの部屋であるらしく、部屋の中にはソファとテーブルとテレビ、その他には棚ぐらいしか家具と呼べるものが置かれてはいなかった。――というか、ダブルベッド!?
「いやいやいやいやぁっ! 流石にこれはまずいだろ! いろいろと! 世間的に!」
「だから覚悟を決めろと言ったんだ。私と同じベッドで一夜を過ごす。――フフッ、今夜は寝かせないぞ?」
「ま、負けないぞ!」
☆☆☆
そして一夜が明け、朝食を摂り終えたカナタとナギはポケモンセンターから外出していた。
今日の目的はただ一つ。
カナズミシティジムへの挑戦だ。
――だがしかし、それ以前の問題として。
「おい、本当に大丈夫か、カナタ? 目の下に巨大なクマが出来ているように見えるのだが……」
「…………放っといてください」
珍しく顔を引き攣らせるナギにカナタの力のない言葉が返される。
同じ部屋になる事に覚悟を持って立ち向かったカナタだったが、心が重度の思春期であるナギにコテンパンにやられてしまったのだ。――その一つ一つを詳しく上げるとするならば。
タオル一枚のナギが前屈みで話しかけてきた。
頭を洗っている最中に「背中を洗ってやろう」と何故かナギが二度目の風呂に入ってきた。
テレビを見ている傍でエロ本を熟読された。
覚悟を決めてベッドに潜り込んだら背中から抱き着かれた。
我慢して寝ようとしたが、寝ぼけたナギがカナタを振り返らせて思いっきり抱き着いてきた。
……もう俺死ぬかもしれん。ナギさんに殺されてしまうかもしれん。特に乳。乳圧で殺される。
はぁぁぁ、と額に手を当てながら心底疲れたように溜め息を吐くカナタ。旅を初めて早三日、早々に死の危機に襲われてしまっている。ポケモントレーナーってこんなに厳しいもんだったんだな……。
苦笑しながら肩を優しく叩いてくるナギに感謝をしつつ、カナタはふらつきながらカナズミジムを目指して歩を進めていく。
と。
ようやっとカナズミジムの建物が見えてきた――その直後。
「あっ! 三日ぶりねカナ――って、どうしてそんなに疲れてるの?」
「あぁ、ハルカか……久し振り……」
前方からやって来るなり困惑の表情を浮かべた、一人の少女。
緑色のバンダナとオレンジ色の袖なしの服が特徴で、無駄に明るい印象を周囲に与えるとびっきりの美少女だった。残念な事に胸は控えめだが、それをカバーするぐらいに他のパーツが整っているため、決してスタイルが悪いという訳ではない。
カナタの隣に立っているナギに気づいたのか、ハルカと呼ばれた少女はニヤニヤ笑顔でカナタの肩を肘で突き、
「なになに? 巨乳好きなカナタくんはついに巨乳な美女を手に入れちゃった感じですかぁ?」
「俺の好みのタイプこんなところでばらすのやめてもらえます?」
☆☆☆
とりあえずカナタに拳骨を貰ったハルカは反省の素振りを見せることなくナギの前に歩み出た。
「自己紹介します! 私はハルカ、ポケモンチャンピオンを目指してます! さっきのやり取りで十分分かってもらえたでしょうが、カナタとは長い付き合い――つまりは幼馴染みです! とりあえずよろしくお願いします!」
「あぁ、ご丁寧な自己紹介をありがとう。私はナギ。なんやかんやでカナタと一緒に旅をすることになった巨乳で美人のトレーナーさ。――カナタの好みである巨乳で美人の、な」
「オイ今なんで人の恥部を穿り返しやがったんだテメェ」
「恥部だなんて……ハレンチだぞ?」
「お願いします。とりあえず一発ぶん殴らせて!」
☆☆☆
ここで会ったも何かの縁。
というわけで、カナタとナギと一緒にハルカもカナズミジムへ行くことになりました。
「なるほど、君の手持ちポケモンはワカシャモとスバメなんだな」
「はいっ! かわいいですよね、ワカシャモもスバメも!」
「そうだな。鳥のような見た目が特に可愛らしいな!」
何でこの人たち意気投合してんの? と瞬時に蚊帳の外に追い出されたカナタは少しだけ不機嫌そうに溜め息を吐いた。――つまりは嫉妬というヤツだ。
きゃいきゃいとガールズトークを繰り広げるハルカとナギの一歩手前を歩くカナタ。彼のリュックサックの中では今朝購入した胃薬が五箱ほどセットされているが、今はまだ使い時ではない。朝夕三錠ずつ、できるだけ綺麗な水で飲む。この服用法を護らなければ、最大の効果は期待できない。
カナズミジムの全体像がカナタの視界に入ってきた。トウカシティにもジムはあったので別に初めて見るという訳ではないのだが、それにしてもやはり――無駄に大きいっすね。
茶色の屋根が特徴のポケモンジム。他の地方なんかでは街毎にジムの形も違うらしいが、ホウエン地方は面白みのない形で揃えられている。全てのジムが同じ形状という訳だ。やっぱり分かり易くするためなのかなぁ。
(まずはこのジムで、俺の実力が試される……)
ホウエン地方に八つあるポケモンジムの、一番目。失礼な言い方をするならば、最も弱いポケモンジム。ここを攻略できない者は次に進む権利を与えられない。――云わば、チャンピオンへの第一関門。
気づいた時には両手が汗で湿っていた。肩の上にいるキモリが心配そうに頭を優しく撫でてくれた。やっぱりコイツは最高だ。俺はお前達と一緒に絶対にチャンピオンになってやる!
覚悟は決めた、後悔は捨てた。この一歩を踏み出してあの扉を潜った瞬間、俺はジムへの挑戦者となる。チャンピオンへ近づくための、最初の一歩を踏み出すんだ――!
キモリの顎を優しく撫で、カナタは緊張の面持ちで一歩を踏み出――
「「やっぱり見られる方が興奮するよな(しますよね)!」」
「シリアスブレイク説教タァ――イムッ!」
☆☆☆
ジムの中は、岩と地面で構成されていた。ゴツゴツとした荒れた大地の上に、大小さまざまな無数の岩が鎮座している。そしてその一番奥に――その少女は立っていた。
カナズミシティジム代表。
ジムリーダーのツツジ。
岩を司るトレーナーであるツインテ少女が、扉を潜って来たカナタに強気な視線を向けている。どうやら、まずは視線で歓迎してくれたようだ。
冷や汗を流しながらも、カナタは前へと進んでいく。ナギとハルカはジムトレーナー達の案内で観客席へと歩いていった。――つまり、此処からは本当にカナタ一人での戦い、という事だ。
ザッ、と砂の混じった大地に足を踏み出す。
「ようこそカナズミジムへ、挑戦者さん。わたくしはカナズミジムジムリーダーのツツジ。『岩にときめく優等生』とはわたくしの事! 第一のジムだからといって甘く見たら、痛い目を見ることになりますわよ?」
「……ご忠告、感謝します」
律儀なカナタにツツジはすぅっと目を細める。
「それでは、まずはジムリーダーへの挑戦権をかけたクイズに答えてもらいますわ」
「は? クイズ?」
「ええ。このカナズミジムはトレーナーズスクールに併設されておりますの。そしてわたくしはスクールの講師。講師が他人の知識を試すのは至極当然の事。――つまり、このジムでは実力以前に頭脳を試されるのです!」
なるほど、そういう特徴がある訳か。
ジムには千差万別があるとは聞いていたが、まさかバトル前の試練までもが一風変わっているとは想像もしなかった。よりにもよってクイズか……トレーナーズスクールが関係してると言っていたから、クイズの内容はポケモンに関係している事と思って間違いないだろう。『炎タイプに有利なタイプを全て挙げよ』とか『技マシン38の中身を答えよ』とかいう問題が出ると思われる。難易度は想像できないが、この人生をポケモンの事に費やしてきた俺に応えられない問題なんて無い!
「よしっ、そのクイズ、受けて立つ!」
「話が分かる生徒は好きですわ。――それでは問題!」
さぁっ、どんな問題が来る!? バトル系か? コンテスト系か? アイテム系か? それとも――ポケモンの図鑑ナンバーか?
俺の十八年間分の知識、お前に見せつけてやる!
大きく身構えるカナタにツツジはお嬢様然とした笑みを向け、
「『ジムリーダー・ツツジの性感帯を三つ答えよ!』」
おかしい。問題文が分からない。
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!