ホウエン地方は何処も思春期   作:秋月月日

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暖かな抱擁

 それは、いつの事だっただろう。

 ホウエン地方のミシロタウンに生を受けてから、ちょうど十年が経過した時の事だっただろうか。子供は親の同意を得ることで十歳から旅をすることが許可されるが、カナタの両親がそれを許可してくれなかった――という状況での事だったハズだ。

 月が明るい、雲一つ無い夜の事だったと記憶している。

 小さな家の二階にある自室の窓から空を見上げていたカナタは、一緒に空を見上げていた父親に、こんな事を言われていた。

 

「旅を始めるという事は、多くの人たちとの出会いと別れを経験していくという事だ。それはとても素晴らしい経験になるが、今のお前ではその意味をしっかりと理解できない。だから今はしっかりと知識と人格を鍛え上げ、準備万端にしてから旅を始めるべきなんだ」

 

「むぅ……」

 

「ははっ、そんなに怖い顔をするんじゃない。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」

 

 あははっ、と父親はカナタの頭を撫でながら笑う。

 

「お前の幼馴染みであるユウキくんとハルカちゃんも、お前と同じ日に旅立つことにしたんだろう? なにもお前だけが遅く旅立つという訳じゃあないんだ。みんな一緒の旅立ちなんだから、そう不貞腐れる事はないだろう?」

 

「……でも、八年も待てないよぉ」

 

「なーに、心配は要らない。八年なんて、すぐに終わるさ。お前が充実した毎日を送ってさえいれば、八年なんてすぐにやって来る」

 

「そんなものなのかなぁ」

 

「そんなものなのさ」

 

 ガシガシ、と乱暴に頭を撫でる父親。

 

「そうだ、カナタ」

 

「なに、とーさん?」

 

「これから旅のための準備期間に入るお前の為に、父さんが一つだけ大事な事を教えておいてやろう。うん、これは人生において最も大切な事と言えるだろう。ちゃーんと聞いておくんだよ?」

 

「おれにドレスとかワンピースとかを買ってくる人の話なんて聞きたくなーい」

 

「それは聞けぬ相談だな」

 

「こっちの台詞だわボケー」

 

 冷たい視線を向けてくるカナタに冷や汗を流して顔を引き攣らせるも、父親は屈せずに話を続ける。

 八年後のカナタの為に、父親は大事な言葉を彼に吐き出す。

 

「旅の中で一人でもいい。大切な人を見つけなさい。そして、その大切な人の幸せの為に、自分を犠牲にするつもりで尽くしなさい。大切な人が泣いていたら、全身全霊でその人を笑わせてあげなさい。それが遥か彼方(・・)の事だとしても、だ」

 

「難しくてよく分かんないなー」

 

「今は分からなくてもいい。だが、旅を始める頃――八年後には、この言葉をしっかりと理解しておくんだ」

 

 そう言って。

 可愛いカナタに女物の服ばかりをプレゼントしてきた父親は彼の頭を優しく撫でながら、男であるカナタに向かってなんとも男らしい笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「―――ッ! っ、~~~~ッ!」

 

 目を覚ますと、知らない天井を視認する前に激痛が脳を刺激した。それは腹部から発生した激痛で、カナタは起き上がれずにそのまま体を倒してしまった。

 額に浮かんだ脂汗を手の甲で拭い、カナタは周囲を見渡してみる。

 そこは、見覚えのない一室だった。

 部屋のあちらこちらに精密機械が置かれた、比較的小さな部屋だった。壁の造りから察するにマグマ団のアジトの中なのだろうが、少なくともカナタにはこんな部屋を訪れた記憶はない。だから、こんな部屋に辿り付けるわけがない。

 気絶したカナタを誰かがここまで運び込んだ。

 もはや、それしか考えられない――しかし、それが誰なのかが考え付かない。周囲に誰もいない点からナギやツツジやアスナではないことは確かだ。彼女達だったとしたら、カナタを一人で放置するような真似はしない。こんな、モンスター(・・・・・)ボール(・・・)が床に(・・・)散らばった(・・・・・)部屋に、ケガ人を放置して置いて行く訳がないのだ。

 

「……とに、かく、今はナギたちに合流しねえ、とな」

 

 しかし。

 ぐぐぐ、と体に力を込めるが、腹部からの激痛のせいで力が霧散してしまって起き上がる事が出来ない。それでも諦めずに再度試みるが、結果は同じだった。

 と、そこで。

 小部屋の扉が開き、一人の少女―――いや、一匹のポケモンが姿を現した。

 サーナイト。

 彼の目が異常で無ければ、そのポケモンはカナタに酷く懐いている大切な仲間の一人だった。

 カナタが起きているのを見た途端、サーナイトは一目散に彼の元へと駆けつけ、彼の身体を激しく抱きしめた。

 

「っ……」

 

《良かったッス、目を覚ましてくれてよかったッス、カナタ! 一応、応急手当はしたんスけど、カナタが目を覚ましてくれなかったから心配で……もう、目を開けてくれないんじゃないかって、心配で……ッ!》

 

 ぽろぽろと涙を流すサーナイトの頭にカナタはゆっくりと手を伸ばし、出来るだけ優しく頭を撫でた。

 

「心配、掛けたな。んで、手当てしてくれてサンキューな。今度デートにでも何でも付き合ってやっから、とりあえずは許してくれ」

 

《じゃ、じゃあ、今度ポケモンセンターに泊まる時は、ワタシと二人部屋って事で!》

 

「それは無r――ぐぼぉっ!?」

 

 包帯が巻かれた腹部にサーナイトの拳が突き刺さった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「っつーか、お前がここまで俺を運んでくれたんか?」

 

《確かにワタシがカナタを運んだッスけど……カナタを応急手当てできたのと安全地帯に避難できたのは、ここまで案内してくれたポケモンのおかげッスよ》

 

「他のポケモンが、俺たちを助けてくれたんか?」

 

《はいッス。――というか、さっきからカナタの傍にいるじゃないッスか、そのポケモンは。ぶっちゃけた話、ワタシは彼にカナタの護衛を任せてから外の様子を見に行ってたんスよ?》

 

「はぁ? この部屋にお前以外のポケモンなんて、俺の腰のボールの中に居るジュプトルとドククラゲぐれえのもんだろうが。あとはそうだな……そこに散らばってるモンスターボールの山ぐれえだな」

 

《いや、だから、そのモンスターボールの山の中に紛れ込んでるんスよ》

 

「…………まさか、そのポケモンって……」

 

《マルマイン、って言うらしいんスけどね。なんか、「この人なら安心して俺っちの自爆を受け止めてくれるハズ!」とかなんとか言ってたッスけど……》

 

「あ、バカ! それは最悪な死亡フラ――」

 

 直後。

 マグマ団アジトの某所が爆炎と爆音に包まれた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ―――強い。

 カナタを先に送り出し、ホムラというマグマ団幹部とのバトルを開始していたアスナは、頬を伝う汗を拭いながらそんな感想を想っていた。未だに互いのポケモンは一匹たりとも戦闘不能に陥ってはおらず、コータスとグラエナはほぼ互角の戦いを繰り広げている真っ最中だ。

 

「ちィッ。しぶてェ野郎だな! グラエナ、コータスの首に“かみくだく”!」

 

「躱して“のしかかり”よ、コータス!」

 

 鋭い刃のような犬歯を剥き出しに迫りくるグラエナを寸でのところで回避し、コータスはその巨体でグラエナの身体を押し潰さんと圧し掛かる。しかし、グラエナはその素早い動きを駆使してコータスの反撃を難なく回避。互いにダメージを与えられず、スタミナだけを消費する結果となってしまった。

 ぐるるる、と喉を鳴らすグラエナに、アスナは小さく舌を打つ。

 

「そのスピードさえ、何とかなれば……ッ!」

 

「はン! オレのグラエナにそんな岩亀が追い付けるわけがねェだろうが!」

 

「まぁ、攻撃力不足だから私のコータスを倒すには至ってないみたいだけどね!」

 

「その減らず口をポケモンごと捻り潰してやるよ! グラエナ、今度は首の根本目掛けて“かみくだく”だ!」

 

「何度も同じ手を使うなんて、学習能力がないんだね! コータス、“からにこもる”で防ぐのよ!」

 

 瞬時の判断でグラエナの刃を甲羅でガードしたコータスは、技の効果で防御力を向上させる。ただでさえ防御力が高いコータスの防御が向上したのを認識したホムラは吐き捨てるように舌を打ち、ギリィッと歯を噛み締めた。

 ―――その時。

 何処からともなく爆音が鳴り響き、アジトが大きく揺れ動いた。

 

「うぉっ!? も、戻れグラエナ!」

 

「避難して、コータス!」

 

 ゴゴゴゴゴ、と地震でも受けたかのように大きく揺れるアジト。ホムラとアスナは自分たちのポケモンをボールの中に避難させ、壁に手を着くことで揺れに対しての僅かばかりの抵抗を見せる。

 しかし。

 その抵抗をあざ笑うかのように、アスナの頭上の天井が崩れ落ちた。

 

「―――え?」

 

 人間は、窮地に追い込まれたときは身体が動けなくなってしまう。

 自分へと迫りくる天井に、無慈悲に落下してくる瓦礫に、アスナはただただ硬直してしまう。このままでは大怪我どころか死亡してしまうかもしれないというのに、彼女の体は動かない。―――うそ、このままじゃ本当にヤバい!

 「っ、ぅぅ!」なんとか身体を動かそうと必死になるも、今からでは回避は到底間に合わない。

 ああ、ここで私はリタイアなのかな――などという緊張感に欠けた諦めの感情に思考を回してしまう程に混乱してしまうアスナ。自分へと迫ってくる天井を茫然と眺めながら、アスナはただただ立ち尽くす。

 しかし、その天井がアスナを押し潰すことはなかった。

 それは、アスナの身体が誰かによって遠くへと移動させられたからだ。アスナを抱いて凄まじい速度で跳躍したその人物は、ズザザザザーッと床を滑りながら壁へと激突した。――その間、アスナは大きな体に包まれるかのように守られていた。

 何が起こったのかが理解できない、といった様子のアスナに、彼女を助けた人物――ホムラは彼女を抱いた状態のままそっぽを向き、

 

「女に目の前で死なれちゃ困る。特にテメェはオレとの決着がついてねェンだ。そんなしょうもねェ事でむざむざ死ぬなんて許さねェぞ」

 

「う、うん。……ごめん」

 

 敵であるはずの青年の身体の暖かさに、アスナの体温は僅かながらも上昇していた。

 

 




ナギ「あ、あれ? メインヒロインである私の出番は!?」

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