ホウエン地方は何処も思春期   作:秋月月日

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突然の大誤算

 トウキからミツルと自分の安全を護る為にポケモンセンター二階の個室に籠城したカナタは、偶然にも一階に終結しているジムリーダーたちと同様、今後のための作戦会議を開始していた。

 部屋の中には新たにハルカが加わっていて、三人は間にホウエン地方の地図を広げ、顔を突き合わせていた。

 

「カガリが言ってた『海底洞窟』ってのがどこにあるのか、っつーのが問題なんだよなぁ。クスノキ館長とかオダマキ博士とかなら、仕事柄で知ってそうなものなんだが……」

 

「でも、無駄な調査を避けるためにあえて非公開にしている、という話を聞いたことがあります。だからボク達が聞いたところで、素直に教えてくれるかどうか……」

 

「うーん……いっそ、海の中を虱潰しに探す、ってのはどうかな?」

 

「それは最終手段だな」

 

「最終手段なんだッ!?」

 

 空気を変えるためのギャグのつもりだったのに! と予想外の展開に困惑するハルカ。海の中を虱潰しとか、時間と危険的な意味で命がいくつあっても足りない気がする。そもそもの話、彼らは海に潜る手段――潜水艇かダイビングを所持していないため、海中に潜る事すらできない状況にある。

 さて、どうしたものか。

 海底洞窟を探すための第一段階で既に躓いてしまっている三人。ユウキを早急に救出してマグマ団を止めるためにも、なるたけ迅速に解決策を導き出さなければならない。こんな所で油を売っている時間などないのだ。

 うーん、と三者三様のポーズで唸り声を上げた―――まさにその時。

 ドゴンッ! という轟音。

 それと共にカナタ達がいた部屋の壁が吹き飛ばされ、強風と煙が部屋の中を蹂躙する。

 そして『何事!?』と揃って驚愕の声を上げる三人に応えるかのように、消し飛んだ壁の向こう側から一人の青年が姿を現した。

 

「予想通り、三人揃っているね」

 

 それは、銀色の髪と無駄に高級そうな衣服が特徴の青年だった。

 それは、銀色の強固そうなポケモン――メタグロスに乗った青年だった。

 そして、カナタは、この青年に最悪なぐらいに見覚えがあった。ハルカとミツルは初対面であるが、カナタは嫌と言う程にこの青年と知り合いであった。

 故に、カナタは言う。

 何の前触れもなく現れた育ちの良さそうな青年にカナタは心の底から軽蔑するような目つきを浮かべ、冷たく言う。

 

「帰れ」

 

「あははっ。相変わらず僕に対しては手厳しいな、カナタくん」

 

「帰れッッ!」

 

 彼の名は、ダイゴ。

 世界中の意志を心から愛する真正の石キチであると共に、ホウエンリーグの元チャンピオンでもある青年のご登場だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 元ホウエンチャンピオン・ダイゴが姿を現した。

 それはダイゴを警戒しているカナタにとっては大誤算な展開であり、ハルカの背中に隠れながら「ぐるるるる!」と唸り声を上げ始めてしまう程に突然の出来事だった。

 背後でグラエナのようになってしまっているカナタに戸惑いつつも、ハルカはダイゴに言う。

 

「え、えーっと……とりあえず、何方様ですか?」

 

「おっと失礼、まだ自己紹介がまだだったね」

 

 そう言って、ダイゴは自分の胸元に手を添える。

 

「僕はダイゴ。元ホウエンチャンピオンで、世界中の石をこよなく愛する採掘家さ!」

 

「またの名を石キチの変態野郎とも言う」

 

「ちょっとカナタ、話が進まないから少し黙っててくれない?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ハルカとミツルとダイゴがとりあえずの自己紹介を終えた後、ダイゴ(メタグロスの上に乗ったまま)はカナタ達に手を差し伸べ、こう言った。

 

「突然の要望で申し訳ないんだが、君たちに来てほしい場所があるんだ」

 

「お、落ち着く暇もないんですね……」

 

「どっかの洞窟以外でお願いします」

 

「カナタは別の意味で落ち着きなよ」

 

 未だに警戒の色を顰めないカナタにハルカは軽い頭痛を覚えてしまう。彼とダイゴの間に一体何があったのかは知らないが、流石にそこまで警戒する事もないだろうに……向こうは好意的に接して来てくれているのだから、少しは気を許すことも考えるべきではないだろうか。

 ダイゴのメタグロスに若干脅えた様子のミツルの前に一歩踏み出し、ハルカはダイゴに問いかける。

 

「私たちに来てほしい場所、というのは、マグマ団の活動を止める事に役に立つ場所ですか?」

 

「流石はハルカちゃん。噂には聞いていたけど、噂通り――いや、噂以上の頭の回転率だ。そうだね、君たちにこれから来てもらおうと思っているのは、マグマ団を止めるために必要不可欠な場所なんだ」

 

 それは願ってもないチャンスだ、とハルカは思った。

 マグマ団への対抗策が導き出せていない今、ダイゴの提案はまさに闇に注ぐ一筋の光と言える。このチャンスを逃したが最後、マグマ団を止める術はもう見つからない可能性もある。もしかしたら他の打開策が誰かしらによって発見されるかもしれないが、それはおそらく自分たちではない誰かだ。

 他人頼りではいけない。

 自分たちの力でユウキを助け、マグマ団を止めなければならない。

 ちら、とミツルを見る――びくびくとしながらも小さく頷きを返してきた。

 続いて、カナタを見る――不服そうながらも視線で肯定を示してきた。

 異論はない、と他の二人が言っていた。これはもう、これからの判断を迷う意味なんてないだろう。

 だから、ハルカは言う。

 差し延べられたダイゴの手を掴みつつ、ハルカは決意を固めたような表情で彼に告げる。

 

「分かりました、ダイゴさん。私たちはあなたの提案を呑みます――精液を飲むよりも速く!」

 

「締めるなら最後まで気を引き締めろやこのエロ女!」

 

 結局の所、ハルカは何処までもグダグダだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 かくかくしかじかで五つのジムのジムリーダーが集結した。残りのキンセツシティジムジムリーダーとトウカシティジムジムリーダーとルネシティジムジムリーダーさえ来てくれればジムリーダーが全員揃うことになるのだが、それは絶対にありえないだろうなぁ――とアスナは眉間を指で揉み解しながら思ってみる。

 

(テッセンさんとセンリさんはともかくとして、アダンさんがルネシティの外に出るなんて絶対にありえないだろうしなぁ」

 

 あの超絶ダンディズムな紳士ジムリーダーが自ら率先して荒事に身を投じるなど、絶対に考えられない。可愛らしい少女とか女性とかがピンチに陥ったりしていれば話は別なのだが、あの人は基本的にルネシティバカだからなぁ……今日もルネシティの海で手持ちポケモンたちや住人(女)と戯れている事だろう。

 本当、この地方のジムリーダーにはまともな人がいない気がする。今更過ぎる事案に頭を悩ませつつも、アスナは「はぁぁ」と大きく溜め息を吐く。

 

「それでそれで?」

 

「結局これから、どうするの?」

 

 登場した時からずっと手を繋ぎ合っているフウとランは可愛らしく首を傾げながら、ヒワマキシティジムのジムリーダー・ナギに問いかける。今までの流れからは想像も着かないだろうが、ナギはホウエン地方のジムリーダーの纏め役だったりする。持ち前の冷静さと厳格さでホウエン地方のジムリーダーたちを纏め上げ、他の地方に負けないぐらいのジムを作り上げるために日々尽力している、結構偉い女性なのだ。……まぁ、この地方のジムリーダーたちは揃いも揃って変態ばかりなので、その尽力がプラス方向に働くことはほぼあり得ない事ではあるのだが。

 豊満な胸の下で腕組みをしていたナギは「そうだな……」と呟きを漏らし、

 

「とりあえず、自分たちの仕事を蔑ろにしているこの状況は極めて不味いと思う。今年度のリーグが開催されるまで残り半年だ。リーグ出場を狙うトレーナーたちの為にも、まずは自分たちのジムに戻るべきだと私は判断する」

 

 ナギは一拍間を置く。

 

「だが、今はそんな事を言っていられない状況であるということも事実だ。戦力は多いに越した事はない。……これは提案なのだが、とりあえず君たちは自分たちの街に戻り、ジムリーダーとしての責務を全うしてはくれないだろうか?」

 

「お断りですわね」

 

 一瞬の合間も無かった。

 ナギが言葉を吐き出した直後、ツツジは真面目な口調でナギの提案をバッサリと切り捨てた。

 他のジムリーダーたちが沈黙する中、ツツジは組んでいた脚を組み直して言葉を続ける。

 

「ジムリーダーの統括役としての言葉かもしれませんけど、はっきり言って不愉快ですわ。貴女のその言葉に他意はないのかもしれません。――しかし、わたくしには、貴女がわたくし達を戦力外だと言っているようにしか聞こえませんわ」

 

「違う! 君たちは皆、ホウエン地方を代表する実力者たちだ! しかし今は、マグマ団の事ばかりに気を取られてジムリーダーとしての責務を蔑ろにする訳にはいかないと――」

 

「とりあえず、まずはその大前提が間違ってるんじゃないか?」

 

「なっ……そ、それはどういう意味だ、トウキ!」

 

 ずっと目を瞑ってナギとツツジのやり取りを清聴していたトウキは、真剣な表情で彼女の疑問に答えを提示する。

 

「忘れたのか、ナギ。オレたちジムリーダーの責務は『ポケモンリーグ運営を円滑に行う事』と『ホウエン地方全体に危機を及ぼす可能性がある事態に直面した時、全力で対処する事』の二つだ。つまり、今回のマグマ団の件は、後者の責務に該当しているんだよ」

 

「だから、マグマ団を止めるまではジムに戻る必要はない、という訳ですわ」

 

「し、しかし、それではリーグ出場を目標とするトレーナーたちはどうする!? マグマ団の活動など知らないトレーナーたちに、どう言い訳するつもりだ!?」

 

「それについては問題ありませんわ。――そうでしょう、貴方達?」

 

「当然だな」

 

「もちろんです」

 

「そうそう!」

 

「私たちも大丈夫!」

 

 ツツジの合図を受け、トウキ、アスナ、フウ、そしてランは肯定の言葉を放つ。

 彼らが何を言っているのかがまだ理解できていない様子のナギに、ツツジは「はぁ」と溜め息を吐く。

 

「……どうやら、貴女は自分が育てたジムトレーナー達の強さを信じてはいないのですわね」

 

「あ……」

 

 ようやく分かった――いや、理解させられた。

 ポケモンジムにはジムリーダーの他に、ジムトレーナーと呼ばれる人々がいる。彼らはジムリーダーが不在の時に代役として挑戦者とバトルを行ったり、ジムバトルを円滑に進行するために働いたりする――云わばポケモンジムには欠かせない存在だ。

 彼らジムトレーナーはジムリーダーから直接指導を受ける事が出来るという特権を持っており、それ故に彼らの実力は折り紙つきとなっている。そんな彼らにジムの運営を任せる――それが、ツツジたちが先程から言っている事の真相だ。

 確かに、ジムトレーナーはジムリーダーに比べてバトルの腕は大きく劣る。――しかし、だからと言って代役が務まらない訳ではない。日々ジムリーダーから特訓されてきた彼らだからこそ、ジムリーダーの代役を務め上げる事が出来るのだ。

 

「……そう、だな。私は大切な事を失念していた」

 

「分かればよろしいのですわ、分かれば」

 

 そう言い合って、ナギとツツジは「「ふんっ!」」と不機嫌そうな顔を浮かべて顔を逸らし合った。相変わらず素直じゃない二人だなぁ、とアスナは思わず苦笑を浮かべる。

 さて、これで寄り道は終了だ。

 無駄な問題が解決したところで、これからマグマ団についての話し合いを始めよう。

 

 

 と、本来ならばそんな流れになるはずだった。

 

 

 その流れを止めたのは、二階の方から響き渡った轟音だった。

 「な、なんだ!?」と思わず立ち上がるジムリーダーたち。ナギも彼らと同様にソファから立ち上がり、マグマ団の襲撃か!? という判断を下そうとしていた。

 しかし、その判断は下されることはなかった。

 それは、ナギたちがポケモンセンターから飛び出して二階を見上げた事が原因だった。

 そこにいたのは、銀色のメタグロスと数人の男女だった。無駄に育ちの良さそうな銀髪の青年には激しく見覚えがあり、更に彼と同じくメタグロスに乗っている女顔の青年と活発そうな少女、それに臆病そうな少年に関しては見覚えがある所の話ではなかった。

 これは、一体どういう事だ?

 何故、カナタ達があの男について行こうとしているんだ?

 驚愕と混乱に頭が支配され、冷静な判断を下せない。それは他のジムリーダーたちも同じようで、メタグロスの上にいる元ホウエンチャンピオンを信じられないと言った表情で見上げていた。

 そして。

 ジムリーダーたちが見上げる中、彼らに何かを告げることなく、カナタ達が乗ったメタグロスは流星のような速度で空の彼方へと飛んで行ってしまった。

 まさに、嵐のような出来事だった。

 何かの説明を受ける暇もなく、カナタ達がどこへともなく消えてしまった。

 かくん、とナギが膝から崩れ落ちる。

 地面に崩れ落ちて手と膝をつくナギに駆け寄るアスナ。

 「カナタが……」と譫言のようにナギが呟く傍らで、ツツジは真剣な表情でこんな事を思っていた。

 

(ナギが崩れ落ちた理由を一瞬でも『絶頂したから』と判断してしまったわたくしは、果たして有罪か無罪か、どちらなのでしょう?)

 

 勿論『有罪』に決まっています。

 

 




ハルカ「寒っ!? 潮風と空気抵抗による強風と夜の気温のせいで凄く寒い!」

ミツル「(がちがちぶるぶるがちがちぶるぶる!)」

カナタ「ちょ、ちょっとダイゴさん!? いろんな意味でミツルが絶体絶命なんだけど!?」

ダイゴ「それはまずいな。とにかく、今から全速力で太陽の陽が届く雲の上にまで移動するよ!」

ハ&カ「「逆に気温が下がるだろうがいい加減にしろォォォォ!」」

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