今回は少しばかり彼女たちに自重していただきました。
ノズパス。
修行の中でほとんどのポケモンは調べていたからその特異な外見に驚くことはなかったが、やはり直に目で見ると意外と大きいことが窺える。確か情報では身長一メートルで体重が九十六キロ程だったか。岩の塊だからこその重さなのだろうが、あれを人間に換算すると相当なメタボという事になってしまう気がする。……いや、換算なんて不可能だけど。
コンパスポケモンという分類の通り、ノズパスには方位磁石の赤い針のようなクチバシがついている。そのクチバシは方位磁石の針と同じ役割を持っていると言われ、常に北の方角を指し示しているらしい。
だからだろうか。目の前のコンパスはカナタの右の方に顔を向けていた。
「そんなんで攻撃とか避けれるんですか……?」
「フフッ、その心配は無用ですわ。わたくしのノズパスは鉄壁要塞――つまり、動くことなく相手を叩き潰すポケモンなのです!」
相当な自信だなぁ、とカナタは呆れたように表情を崩す。
オーッホッホッホ! と露骨なお嬢様風な笑いを披露してくるツツジへのツッコミをなんとか我慢しながら、カナタはドククラゲにモンスターボールを向ける。
「戻れ、ドククラゲ!」
「あら? もう触手プレイはお終いなんですの?」
「終わりも何もそんなプレイを始めた覚えは一切ない!」
☆☆☆
ボールに戻ったドククラゲに「よくやったな、ありがとう。とりあえずは休んでてくれ」と感謝の言葉を述べたカナタは傍に立っているキモリにちらっと視線を投げかけた。
カナタの視線に気づいたキモリは、ぐっ! と拳を上に突き出す。
「よーっし、そのやる気なら問題ねえ! お前の出番だ、キモリ!」
「きゃもっ!」
トタタッと可愛らしい走りでフィールドへと顕現するキモリ。周囲の観客やジムトレーナー達が『可愛い!』と盛り上がっているのを耳にし、カナタは嬉しそうに表情を緩めた。自分のポケモンを褒められて嬉しくないトレーナーなどいない――という気持ちでいっぱいだった。
フィールド上で向き合うノズパスとキモリ。互いの体格差はかなり違うが、バトルへの意気込みは互いに劣らず。己が主人の為に全力を尽くし、勝利という名の土産を持って帰るのだ!
一瞬の静寂がフィールドを包み込む。
ツツジのこのノズパスを倒せばカナタは最初のジムバッジを手に入れる事が出来、幼馴染たちと約束したポケモンリーグへの道へ一歩だけだが前進する事が出来る。そう思うとどうしようもない程に気分が高揚してきた。
ぶるっと身体が小さく震える。これが俗に云う武者震いってヤツか、と初めての感覚にカナタの頬が熱く朱く染まっていく。
『ナギさん! 今カナタ、ぶるって震えましたよ!』
『まさか極度の興奮で絶頂を迎えてしまったのか!? カナタ、怖ろしい子!』
「ハルカとナギさん以外は凄い集中力だ!」
「わ、わたくしとのバトル中に絶頂なんて……ふがっ、がふっ!」
「そして鼻血を出してるツツジさんも彼女達の中に加えさせてもらおう!」
☆☆☆
「先手必勝! キモリ、ノズパスの周りを走りながら連続で“タネマシンガン”!」
「“かたくなる”で受け止めなさい!」
両手を顔に被せる形で自身の硬度を上げたノズパスに、彼の周囲を走っているキモリの“タネマシンガン”が全方向から襲い掛かる。岩タイプのノズパスにとっては草タイプの技である“タネマシンガン”はかなりのダメージであるはずなのだが、元々の防御力と“かたくなる”とが合わさったノズパスは怯むことなくフィールドに鎮座している。どんだけ硬いんだよこのポケモン……、とカナタは思わず歯噛みする。
このままでは埒が明かない。そう判断したカナタはキモリの走りをやめさせ、
「キモリ、距離を取ったまま“すいとる”攻撃!」
「きゃぁもっ!」
「……ッ!?」
予想外の特殊攻撃に、ノズパスが僅かにだが揺らいだ。
“かたくなる”は自身の物理防御力を底上げする技である。さらに上の段階に“てっぺき”という技があったりするが、その技を使用したとしても特殊系の技である“すいとる”の攻撃力を弱めることは不可能だろう。何と言ったってそもそもの技の要素が違う。光線を物体で遮る事が出来ないように、特殊技を物理技で遮る事は不可能なのだ。
しかし、“すいとる”の攻撃力は微々たるもの。物理防御までとはいかないが、ノズパスは特殊防御力もそこそこの高さを誇っている。この技だけでノズパスを倒すのは結構時間がかかってしまうのは火を見るよりも明らかな事実だ。
カナタはそれを分かっているが、新たな打開策を思い浮かべるまでには到達していない。キモリが覚えている技は“すいとる”“タネマシンガン”“にらみつける”“でんこうせっか”。“にらみつける”でノズパスの防御力を下げるという策がない訳ではないが、すぐに“かたくなる”で防御力を元に戻されてしまっては元の黙阿弥。行ったり来たりの無限ループになってしまう。基本的に制止しているノズパスは体力の消費が少ないから良いかもしれないが、常に走り回っているキモリは長時間の戦闘を行うことは困難だ。やるなら先手必勝、相手に行動される前に決着をつける!
(くそっ! 良い手が浮かばねえ……ッ!)
ここでキモリを引っ込めてドククラゲにチェンジしようか。――いや、ダメだ。俺はキモリを信じて交代させた。ここで負けそうだからとキモリを引っ込めたが最後、俺とキモリの信頼に大きなひびが入ってしまう。ここはキモリの力だけでこの場を凌げる戦術を考え出すんだ……ッ!
真剣な表情でキモリとノズパスの一進一退を見守るカナタ。
そんなカナタの様子に気づいたツツジは形の整った胸を大きく張り、
「わたくしの黒光りした硬いノズパスの耐久値はそんじゃそこらの男共とは比べ物になりませんわよっ?」
「ええい、いいからとりあえずシリアスタイムを侮辱するな!」
☆☆☆
そうは言ったがやはり打開策が浮かばないのも事実。このまま“タネマシンガン”と“すいとる”のみでノズパスをじんわりと弱らせていくのも一つの手だが、流石にそれでは時間がかかり過ぎる。
さて、本当にどうしよう。やはり覚悟を決めてキモリとドククラゲを入れ替えるか? うーん、しかしそれをしてしまうとキモリの奴が不貞腐れちまうからなぁ……。
あれもダメこれもダメ、しかし他に策もない。進展のないバトルのせいで徐々に冷静さを失っていくカナタ。それこそがツツジの狙いだと気づかないカナタはキモリへの指示をしながらも無意識の頭を抱えてしまう。
――直後。
ツツジが本領を発揮した。
「茶番はここまで、一気にフィナーレへと向かわせてもらいますわ! ノズパス、“がんせきふうじ”!」
「なぁっ!? き、キモリ!」
一瞬の隙を突かれたキモリの身体にフィールド上の巨大な岩が密着し、キモリの身体を強固に拘束した。ドククラゲとイシツブテの時とは違う純粋な圧殺行為に、キモリはくぐもった悲鳴を上げる。
“がんせきふうじ”のタイプは岩タイプなので草タイプのキモリには普通の威力でダメージが通る。これだけを見れば効果抜群の技ばかりを当てていたキモリの方が優勢に見えるが――実は違う。
キモリは特殊防御と特殊攻撃、それと素早さに能力が偏っているポケモンである反面、防御力に関してはポケモンの中でも下位クラスに位置しているポケモンだ。――つまり、物理の攻撃を当てられたが最後、凄まじい速度で体力が減少していってしまう、という訳だ。
“がんせきふうじ”の攻撃がやみ、キモリの身体が自由になる。フィールドに着地したキモリはそのまま地面に膝を突き、荒い呼吸を繰り返し始めた。
誰がどう見ても限界寸前。このままではキモリは瀕死になってしまう。やっぱりドククラゲと交代させた方が……、とカナタがホルダーからボールを取り出そう――としたまさにその瞬間。
「きゃぁっ、もぉ……ォオオオアアアアアアアアアアアアアッ!」
突如としてジム内に響き渡ったキモリの咆哮。
カナタ達が驚きの表情を見せる中、キモリの身体が白い光に包まれた。
まるで閃光玉が炸裂したかのような光に思わず手で庇を作るカナタ達。――しかし、その目は確かに見た。光で視界が覆われる中、カナタはその異変をしかと自らの目で確認した。
「これ、は……進化……?」
メノクラゲがドククラゲに進化した時にも目撃した、光の変化。ポケモンが更なる高みへと昇る為に自分の限界を超えたときにのみ発生する、突然変異。
小さかったキモリの身体が一メートルほどまでに成長していく。弱々しかった腕からは鋭い葉のブレードが生え、細かった脚は強靭な筋肉質の足へと変化していた。
激しい光が徐々に弱まっていき、成長したキモリの姿が露わとなる。――いや、このポケモンは既にキモリなどという名前ではない。
ジュプトル。
ホウエン図鑑ナンバー002。
もりトカゲポケモン。
枝から枝へ素早い速度で飛び移り、確実に獲物を捕らえる森の住人。
カナタの事を他の誰よりも想っていたキモリの、カナタへの勝利を捧げようと必死になる気持ちが生み出した――奇跡の結晶体。
膝をついていたジュプトルはゆっくりと立ち上がり、ちらっと横目でカナタを見る。――それはまるで、次の指示を待っているように見えた。
感極まっていたカナタは目尻に浮かんでいた涙を手の甲で拭い取り、新たな仲間――ジュプトルへあらん限りの攻撃の指示を飛ばす。
「“タネマシンガン”の中に“すいとる”を紛れ込まして連続攻撃! お前の新たな実力を見せてやれ、ジュプトル!」
「ジュプトォッ!」
カナタの指示に短く答え、ジュプトルはノズパスの周囲を持ち前の脚力を生かして走り回る。
「は、速い!? 先ほどとは比べ物にならない速さですわ!」
『カナタはアッチの方も早いんだぞ! しっかりと覚えておくが良い!』
「こんな時ぐらい自重しろ! そして酷い誤解を招く言葉は禁止だぁっ!」
☆☆☆
キモリの攻撃には耐えていたノズパスも流石にジュプトルの攻撃には耐えられなかったようで、“タネマシンガン”と“すいとる”のコンボを決められたノズパスはズゥゥゥゥンと激しい音を奏でながらフィールドにぶっ倒れた。
「の、ノズパス戦闘不能! よって勝者、ミシロタウンのカナタ!」
「よっしゃぁあああああああああああっ! よくやった、ドククラゲ、ジュプトル! これで一つ目のバッジ、ゲットだぜ!」
審判の宣告の直後にドククラゲをボールから出したカナタは、大事な二体のポケモンたちと熱い抱擁を交わした。
ツツジとカナタの激戦を称え、会場中から大きな拍手が送られる。その中には何度もエロ発言を繰り返していたナギとハルカも含まれている。バトル中には自重しない二人でも、流石にバトルを称える時には冷静モードになるようだ。……または賢者モードとも言う。
戦闘不能になったノズパスをボールに戻し、ツツジは少しだけ悔しそうにしながらもカナタの元まで歩み寄る。
カナタはドククラゲの触手に埋めていた顔を上げ、ツツジの前に一歩踏み出す。
そしてそのまま躊躇うことなく彼女の手をギュッと握った。
「ひゃぅっ!?」
「楽しいバトルでした! ツツジさん、俺、あなたとバトルができて本当に良かったです!」
「そ、そうですわね。わ、わたくしも、バトルでこんなに興奮したのは久しぶりですわ」
ずいっと顔を近寄らせるカナタにツツジは仄かに顔を赤らめる。やはり真面目な委員長キャラは押しに弱いのか、今までの下ネタキャラがどこか遠くへとぶっ飛んでしまっていた。
ツツジは笑顔でカナタの手をやんわりと解き、審判の少女が持っていた箱から小さなバッジを手に取った。
「それでは、わたくしに勝利した証として、このストーンバッジを授けます。そしてこちらはわたくしからのプレゼント――技マシン39、中身は“がんせきふうじ”ですの」
「ありがとうございます!」
やったーっ! とバッジを掲げてポケモンたちと喜び合うカナタ。その姿は本当に子どもの様で、ツツジは思わず自分の生徒達の姿と照らし合わせてしまっていた。
カナタはリュックサックの中からバッジケースを取り出し、上の列の一番左に丁寧に置いた。旅を始めて初めて手に入れたジムバッジ。その輝きは今まで見たどんな物よりも綺麗に見えた。
カナタはバッジケースをリュックサックにしまい、再びツツジに向き直る。
「こんなタイミングでお願いするのもなんですが、また今度この街に来ることがあったら――その時にもまた、俺とバトルしてもらえますか? その時はもっと強いトレーナーになって、あなたに挑んでみせますから!」
「……ええ。その誘い、快く了承させていただきますわ。次の対戦の時までにはわたくしも更なる実力をつけておくことを約束します」
それでは、とツツジはカナタの右手を両手で握り、
「あなたのこれからの旅に幸在らんことを。この先の道は更に険しくなります。お身体に気を付けて、最強のポケモントレーナーの道を一歩ずつ確かな足取りで進んでいってくださいませ。あなたならばチャンピオンも夢ではないと、わたくしは心から信じておりますわっ」
「っ。……あ、ありがとうございます! そ、それじゃあ、俺はこれで!」
ドククラゲをボールにしまい、ジュプトルを傍らに、カナタは凄まじい速度でジムの外へと駆け出して行った。とんでもない速度で逃亡したカナタの後を「ま、待ってよカナターッ!」と緑色のバンダナを被った少女が縺れ足で追いかけていくのがなんとも言えなく面白い。
――と。
「やはり良い腕だな、ツツジ。改めて感心させられたよ」
「わたくしとしてはそんなお世辞よりも先に、何であなたが彼と一緒にいるのかが疑問でたまりませんわ――ヒワマキジムのジムリーダー、ナギ様?」
悪戯っぽく皮肉を込めて言うツツジにナギは照れくさそうに頬を掻く。
「今は有給中の身でな。彼とはその、トウカの森で助けてもらった関係だ」
「ふぅーん? あの堅物姫ナギが男にうつつを抜かしているなんて聞いたら、あなたのファンが黙っていないのではなくて?」
「だ、誰が誰にうつつを抜かしてるって!? 私は別に、カナタにそのような感情が抱いてはいない!」
「あら、そうですの? だったらわたくしが貰ってしまいましょうか。あの真っ直ぐさといい優しさといいポケモンへの愛情といい、最近珍しいぐらいの好物件ですし」
「だ、ダメだ! そんな事は私が許さな――ハッ!」
「(ニヤニヤ)」
「え、ええい、なんだその全てを悟ったかのようなニヤつきは! 私はもう行く! せいぜい三連敗しないように気を付けることだな!」
「はいはい、お気をつけてー。避妊を忘れないようにするんですのよー?」
「言われなくともそのつもり――ってまた私は一体何を言っているんだぁっ!?」
頭を抱えて顔を赤らめて。中も外も騒がしくなっていたナギは全力ダッシュでジムの扉を潜り、カナタとハルカの後を追い始めた。今から走って見つかるかどうかは分からないが、まぁポケモンセンターで待機していれば必ず会えるだろう。ポケモンが大好きな彼はまず最初に手持ちを休ませることだろうし。
ひらひらと手を振りながらナギを見送ったツツジはくるっとターンを切って後を振り返り、ジムの裏口へと歩き始めた。今日はもう疲れたし、ジムの運営はここまでにしよう。今からシャワーでも浴びて気分をリセットしましょうか。
ツツジは砂と石と岩で構成されたフィールドをカツカツと歩いていく。
「……カナタ、か。女のわたくしが照れてしまう程に可愛らしい殿方でしたわね。――ハッ! まさかあの方は俗に言う“両刀使い”というヤツなのでは!?」
そんな相変わらずの下ネタを叫ぶツツジの顔は、誰が見ても分かるほどに――いや、ここは彼女を気遣ってあえて口を閉ざしておく。
岩にときめく優等生の岩のように硬い心は、彼方からの光で一瞬で溶かされてしまった――とだけここに記しておくことにしよう。
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次回もお楽しみに!